「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

我が家の治った自慢

発達障害の診断がついたり、グレーゾーンと疑われたお子さんだけど

・こんな風に治ったよ
・こんなことしたら治ったよ

というエピソードをどんどんお寄せください!

681 COMMENTS

智ママ

息子が生後2ヶ月で、
「これだけいろいろ(奇形を)抱えているお子さんだと、知能指数も発達指数も、下がることはあっても、上がることはありません。周りが成長しますから、差は開くばかりでしょう。もし、息子さんの知能指数や発達指数が、現状維持できたら、それこそ奇跡です。」
と宣告したNICUの医師でしたが、
息子の発達指数は、
3歳で20台後半→5歳で37→7歳で37
と、いい意味で、医師の宣告をひっくり返しました。

皆様のツイートと花風社の御本に、感謝です。

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智ママ

小学校に入学できた多発奇形は、息子が初めてらしいので、もし小学校を卒業できたら、全国で初めての、小卒の多発奇形の誕生となります。
(誤診だった某症候群には、アメリカで短大卒までいった人がいるそうですが、原則、多発奇形で重度ではない人のほうが非常に珍しく、多くが支援学校に行くか、家庭で教育を受けるかだそうです。言葉を話したり、文字を書けたりしたら、もう大騒ぎとなる、とNICU医師が言っていました。)

次の発達検査は小6なので、一歩、小卒に近づいて、両親は単純に喜んでいます。

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智ママ

さきほど、発達検査に行ってきました。

息子が成長しても、周りはもっと成長するので、小学校の先生は入学時に「次はすぐ重度になりますよ」と予言しておられました。

結果、発達指数が37で、変化なし。
ぎりぎりでの中度判定となりました。

初回は3歳で1歳そこそこでしたが、
前回は5歳で2歳いくかいかないかの数値でした。
今回は、7歳で3歳1ヶ月程度と結果が出ました。
稼ぎ頭の言語・社会の数値は41で、相変わらず高い値を出していました。

次回の発達検査は4年後です。

多発奇形でも、確実に育って発達することはわかった結果に、母親は驚いていました。

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智ママ

1学期の成績表がきました。
・筆記補助具を使って、きれいな丸がかけるようになった
・カードと単語との関係がわかるようになった
・1−10までのうち、3までが1対1の関係で操れるようになった
・大きい、小さい、長い、短い、多い、少ないの概念がわかるようになった
・手が汚れる工作をさせても、嫌がらなくなった
・鉄棒に少しの時間はぶら下がれるようになった

という、進歩があった、と書いてありました。
小学校は嫌がらずに行きたがっていたので、授業の進度からすると、とてもゆっくりした伸びだと想定していました。

自宅では、外出したいので、気が進まない母親に「〇〇、に、いくの!」
「お母さん、リュック背負った?お顔、作った?靴下はいた?着替えは、まだ?」とさり気なく出発準備を急かして、あまり刺激しないように、靴を履いて帽子をかぶったまま、玄関に待機しているという戦術をとって、外出を促しています。父親に対しては、正攻法で「お父さん、お外に行きたーい。ボクは、◯◯に、バスに乗って行きたーい」と順序立てて自分の行きたいルートを説明して、PRするようにしているようです。

お手伝いの進化は、雑談コーナーにも書きましたが、洗濯に関しては、洗濯機の操作と、洗剤の量り取りが楽しいらしく、自分でやりたがります。
洗濯が終わると、洗濯機から洗濯物を取り出して、干す場所まで喜んで運んでいきます。お皿運びも順調にしています。
水をこぼしたら、自分でティッシュを取ってきて拭くなど、自発的な動きが増えてきました。

単語数は、もう、どれくらい増えたのかわかりませんが、行きたいところに連れて行ってもらうために、企画して、説明して、企画に乗ってもらうという動きが見られるようになってきました。
相手の状態を観察して、企画を説明できるかどうかを判断しなければならないので、空気を読む訓練も、自主的にしているようです。

毎日、「さかなのえさ!金魚さん!」と言って、6−8粒の有機ゲルマニウムの粒を、母親から手に乗せてもらい、魚になりきってパクパクしています。
夏休みに、どれだけ企画にのせられて外出をすることになるか、母親は楽しみながらも、ヒヤヒヤしています。

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