「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

私の治った自慢

成人当事者の皆さん、グレーゾーンの皆さん

・前は悩んでいたこんなことが治ったよ
・こんなことに取り組んでみたら効果があったよ

というエピソードをどんどんお寄せください!

332 COMMENTS

シア

おかげさまで毎日忙しく過ごしています。
やり方は違くてもいろいろ覚えてやっていくうちに縦方向だけだったのが横方向につながるということがあるようです。

足を延ばして江の島にいき今度は裏手の方に回ることができました。
湘南の海も私の目にはきれいに見えます。

また高幡不動にも行ってきました。
四国88か所のお遍路を模した修験道のような山があり五重塔を上から見ることができます。
また東京の景色も一望で見えます。

高尾山に登れたのもよかったです。
こちらは子供のころと違うのはケーブルカーなしで緩やかな方の道を利用しました。
次に行くときは「男坂」と呼ばれる険しい方向で、と思います。

あと飯能の「小丸峠」も登頂しました。
こちらは高尾山と同じくらいの小山・低山ではあるものの途中で鎖をたよりに上るところがありスリルがあります。
小丸峠お勧めです。

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浅見淳子

シアさん

活動広がっていますね。
湘南の海もじゅうぶんきれいですよ。
冬なんか本当にきれいです。

あと、日本だけ発達障害が激増しているのは、国民皆保険のせいであるともいえます。
手軽なんですよね。診断を受けるのが。

雑談のお部屋のアドバイスもありがとうございます。

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シア

日本では発達障害が激増しています。
しかし外国はそれほどではないらしいのです。
発達障害は人工的な刺激物や都市化の影響が強いと言われています。

例えばさほど発達障害の増えていないドイツならどうかと言うと15、6歳になってもドイツの子供は外に出て木の棒きれなんかを拾って鉄砲に見立てて「バン・バン・バン」とやったりする遊びをする人が多いそうです。

ドイツとそれからイタリアからやってきた子。
南アフリカからやってきた子。
東京の学校にはそういうクラスメイトがいて外国ではどうもそういう事情らしいと同窓会で再開した時も繰り返し話していました。

発達障害の増えていない外国では国土が広いこともあるでしょうがスマホに子守りをさせたりビデオゲームをやっているような生活をしている人が少ないようです。
また途上国も発達障害の増えていない地域でありこれも外で体を使った遊びをやっている人が多いのは想像に難くないです。

また島に行っても発達障害が十分に治らないという人もいるかもしれませんが少なくとも家でデジタル家電に囲まれて幼少期を過ごすよりは身体の発達は「まし」でありのびのびすると思います。
また海外でもシリコンバレーの地域では発達障害が激増してますが親御さんの生活指導が子供のころからデジタルギークを強いるようだと子供がそうなってしまいます。
シリコンバレーの親御さんは少なくとも大きくなってからデジタル家電をそろえたでしょうけど子供にそれを強いるのが盲点になっているのだろうと考えられないでしょうか。

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シア

週末には二万歩ほど歩いてあちこち出かけています。
自転車の方もだいぶ乗りましたが愛車も現役で頑張ってくれていて感謝です。
今年は4泊5日で東北に旅行に行くことができました。
以前は社長が指摘されているようにお隣の県に行って帰ってくるのが精一杯でした。
いろいろ工夫もし身体も丈夫になってきたように思います。
身体を動かすことでリフレッシュすることができいろいろ捗ることがわかります。
充実して過ごせるとお国の難病や自閉症の治験のデータにも反映することができて実績にもなります。
皆さんの投稿も励みにしてもっと長生きして世の中のアレコレを見届けたいと思います。

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かたつむり(仮)

後日配信、ありがとうございました!。
松島様すごいですね、生まれつきでも、五十代でも、治ります。
首こりが激減し、全身で頭を支えるラクさが、生まれて初めて実感できました。
声のトーンと大きさの調節、発語の滑らかさが意識しないでできるようになって、感情的に言われるのは苦手、と苦言を呈していた夫も喜んでおります。
効能がピンポイントに瞬時で現れて、だから波及効果も高くて持続性につながっていると感じました。

 私は五十代後半で、周産期由来の運動麻痺があり、認知も運動もオートマではできなくて、母の出身幼稚園を三歳児クラスで入園拒否にあうくらいでした。
 慌てた両親が小児科に駆け込んでくれ、県都までの機能訓練(今で言うと運動療育でしょうか)通いを勧められて、物理的に無理なので、簡単な知能検査でのハイにコアを盾に断った経緯は、自分で記憶しています。三歳児なりにインパクトのある出来事だったからだと思います。
 医師の障害児認定と(基本的には)治りません宣言に加えて、事業の成功や弟妹の誕生で多忙化した父母が、段々とネグレクト気味になっていくのは、四歳児にも実感できました。
 なので、訓練すればましになるらしい、自分でやらないといけないらしい、あれも訓練、これも訓練、頼ってよい人もいるけどレアケース、と頭をグルグルさせて生きてきました。生き辛さはあまり無かったし、挑戦はいつも楽しかったけれど、常に自分で自分に手数のかかる感覚は、実に不便でした。
 ラッキーだったのは、自分のマシ感に優るものは無し、それには自分からは見えない事実も大切、と思える程度の自他の区別と、因果関係を理解できたことです。

 自分語りが長くなってすみません。
 土台から広げて強化していないと、凸凹で拡大していくので、不安定さも増加します。加齢(?)で自力での修正の効きが悪くなると、抉った凹に自分で嵌まって一気にパフォーマンスが落ちます(あくまで個人の感想です)。コンデショニングを工夫してもはかばかしくなく、あと五十年がかりで土台から育て直しかと、希望がある故のゲンナリ感に襲われたりしていました。療育整体で、グンと時短できそうです。
 
 一度の小田原行きで姿勢が見違えるようになった娘とは、原因や不調の経路などかなり違うかと思いますし、むしろ浅見社長のおかげで、読者は選びたい放題ができますね。本当に感謝致しております。

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シア

毎週末月末までのウォークラリーに参加していて今帰って来ました。

ポイントごとの文字を見つけてそれを組み合わせて言葉を作る。
確度の高い情報では上位入賞で恒例の牛肉(ローストビーフ)3000円分。
その他のものが振舞われるそうです。

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ブルー

<成人当事者の試行錯誤の歴史>

ハッタツ・サーガ。

■治療院にて

先月のこと。

徒手系の先生(神経学派)は、
私にモロー反射のアセスメントを行った。

徒手系の先生(神経学派):
「手をここに・・・でこうして・・・」(私にある姿勢をとらせる)
「ハイ、ではいきます」

・・・・・・(アセスメント)・・・・・・

ブルー:
「以前のように全身でバクハツ的に怖い思いはしなくなっていますね」

徒手系の先生(神経学派)
「そうですね、身体の反応がだいぶ収まってます」
 (※私の身体に触れて検査をしながら)

■若かりし日

全身でバクハツ的に怖くなると、アタマも飛ぶ。

遠い昔、若かりし日

「ブルー君はパニクるキャラだ」
「ブルー君、また真っ白(←アタマが)になったでしょ(笑)」

と先輩たちに言われていたことを思い出す。

これらは現場仕事など、
身体で状況を掴まなくてはいけない局面で
よく発生していた。

機序は多分以下のような気がしている。

1.首から下で情報が整理できないので、アタマがバクハツ気味になる。

2.その危機的状態を身体が感知するのか、モローが発動するらしく(?)

3.モローによって、全身にバクハツ的な反射が出てしまう。

4.そのバクハツ的な反射で今度はパニック発作が発動するらしく(?)

5パニック発作が来ると、それにより恐怖が倍増していく

いわば
モローが引き金になって
パニックが起き、それにより
何の根拠もない無駄な恐怖がやって来る
という感じだった。

これは本当にバカらしい身体反応だと思った。
そもそも命が危険に晒されているわけではない。

アタマでそれは分かっているのに
勝手に身体が怖がる。

だから何とかしようと思った。

パニックはトラウマ処理や、自然療法など
複数人の専門家との取り組みで少しづつ解消させていった。
これには何年もかけた。

過呼吸からパニックになって、
自分で依頼した救急車で運ばれたのも遠い思い出だ。
過呼吸に過ぎないから無傷だし、健康だったのだが。

そもそも当時の私は過呼吸というものを知らなかった。
救急車と救急病棟の無駄遣いをしてしまって
申し訳ない話だった。

その時も、無傷で健康なくせして
とにかく怖かった。

そして
本当にバカげていて無駄な話だと思った。

だからなんとかしようと思った。

■原始反射

原始反射に眼を向ければ
モロー反射と恐怖麻痺反射も
発達の先生→徒手系の先生(神経学派)と
専門家をつなげつつ年単位で取り組み、だいぶ統合した。
もはや日常生活では気にならないレベルだ。

上記の2大反射は発達の土台になっているのと同時に
恐怖に関する反射だから
生きやすさにダイレクトに効いてくる。

ちなみに恐怖反応への対処を間違えると
一番拗れた状態像としては
私がこのサイトで分析してきた人々みたいになる。

あの人達はそもそも恐怖反応への対処を間違えているのだ。
そして一生間違え続ける。

「トンデモ呪術を信奉するカルトが攻めてくる」
のではない。

自らの恐怖反応への対処の問題なのだ。

■発達課題を身体でやり直す

私は若い頃に比べてずいぶん生きやすくなった。
機能向上もした。

その間、何人もの優れた専門家に出会い
諸々の発達課題に対処した。

それは発生からの時間軸で生じる
発達課題について
一つ一つを身体でやりなおした歴史と言っても良い。

胎児期由来の問題に対処した。
出生時の身体内損傷を治した。
乳幼児期の運動発達のやり残しをあれこれと埋めた。

そして、首上げの謎を解いた。
多分、人類史上初ではないか。
ひそかにドヤ顔しているのだが。
これはいずれどっとこむで物語として共有する。

さらに最近、徒手系の先生(神経学派)により
首上げで奥にある根本的課題が見つかった。

この課題への取り組みにより
首上げがさらにグレードアップされる。

それでまた全身が良い方に変わるので、
楽しみにしている。

■トラウマ処理

トラウマも身体側からアプローチし大量に処理した。
そうだ、成人のトラウマ処理に関しても
どっとこむに残さなくては。

トラウマを除去したら、
身体のバランスさえ良い方へと変わってしまった。
徒手の先生が感心していたくらいだった。

■体験世界の変化と機能向上

その他、あれこれ。
あれこれ。
あれこれ。
あれこれ・・・。

取り組みにより身体が変わり、
発達が促進され、
体験世界はその都度変化していった。

機能向上も同時になし得ていった。

生きやすさは増していった。

■WAIS/個人内差を軽減させる

WAISの凸凹の形も、フラット化が進んだ。
偏りが均された。

まあ、バージョンⅢとⅣの比較なので
厳密な比較でもないが。

ただそれでも、成人で大問題となる
個人内差を軽減できたことは
本当に良かったと思っている。

WAISの個人内差は
身体アプローチを始めてから
私にとって一つの大きな山だった。

西洋医学の教科書には
成人の凸凹は生涯変わらないと書かれているが
それは教科書を書いた人が
ヒトの標準的発達の専門家ではないからだ。

成人でも身体・末梢から働きかけることにより
凸凹は均される。

クラスタの成人の方など、事例は見聞きしていたが
自分でもそれを確かめたかったのだ。

私の場合に特筆すべきは、
バージョンⅢで極端に低かった検査の数値があるのだが(凹)
バージョンⅣで同じ目的の検査の数値を見ると
大幅に向上していたことだ。

他の下位検査数値も、
例え苦手なものでも定型の数値の範疇にギリギリ収まった。
つまり、定型に満たない極端に低い検査数値は消失した。

すなわち極端な凹(=ヌケ)が埋まった。

全体としては定型に比して凸凹間の差はあるものの、
フラット化が進んだ。

主観的には
体験世界が穏やかで丸みのあるものになったように感じる。

■友人の言葉

私には20年来の友人がいる。
彼とは年に一回くらいリアルで会う。
去年の秋に会った時にこう言われた。

「ブルー君が明らかに変わっていて衝撃だった」
「久々に会ってすぐ分かった」

と。

彼も持病・・・
というかある種の特殊体質で、
自分の身体に向き合わざるを得ない人生だ。

だから治療や養生の過程において
一般人よりもはるかに鋭敏な感性を体得している。
その彼が言うのだから、多分そうなのだろう。

■結果を得られるという確信

ともあれ今日に至るまで、ずいぶん試行錯誤をした。

どっとこむには書いていないことも含めて
今でもいくつかのことを同時並行でやっている。
それらの取り組みは今後もずっと続ける。

自らの発達や身体に関して
何かに取り組めば必ず良い結果を得られ
それにより生きやすさと機能向上が得られることは
もう経験で分かっている。

■身体がもたらす知恵

結果をもたらすのは私の力ではない。
私よりもはるかに賢い
身体さんがもたらしてくれることだ。

つまり身体さんに知恵をもらっている。

私の場合、身体アプローチであれば
知恵は専門家を通訳として
自らの身体からもらう。

これを知恵のない私のアタマが考えることを基準にしたり
どこかの知識やエビデンスをそのままあてはめたりすると
成果は出ない。

知識やエビデンスを否定しているのではなくて
知恵がないとそれらのものは活きないということだ。

そして知恵がある場合は
必ずしも知識やエビデンスがなくとも
成果が取れてしまう場合がある。
これはクラスタの方々から学んだことだ。

そして、
知識を振り回すばかりで成果の出せない
知恵のない人々を反面教師にして学んだことだ。

身体さんには知恵がある。
少なくとも私のアタマよりはずっと賢い。

だから身体さんを健康にしていき
それが発する声に従う限り
身体アプローチは必ず成果をもたらす。

私の人間観では
「自分の身体」ではなくて
「身体が自分」だ。

だから今後も自己に帰依・・・もとい
身体に帰依して生きていこうと思う。

(了)

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浅見淳子

ブルーさん

またまた貴重なお話をありがとうございます。

そういう体験世界なのですね!
モロー反射が発動するとさらなるパニックに。
そういう恐怖を感じてきたからこそ例の人物を分析できたのですね。

また個人内凸凹については、当然私も感じます。
結構大きい方だと思います。
でもたしかに、一番低いところでも、定型の端っこには引っかかっていると思うので、それで生きづらさはないんだと思います。

それと「身体さんに知恵をもらっている」よくわかります。
だから、「わが子のここが治ってもらいたい」とかでいろいろ社会性とか出しちゃうの、親の浅知恵なんですよね。
私もこの年になって思うのですが、自分でも思いもしなかったところが使い物になっています。

これもリピートアフターミー案件だと思いました。

返信する
ブルー

浅見さん

私の若い頃は凸凹への対処もさることながら
パニック発作と
何よりも無駄な恐怖をなんとかしなくてはいけませんでした。
だから例の人々のことは身体でよく分かります。

関連して、モローが残存していると
人格に二面性が出るように思います。
「人間脳を育てる」にあった通りです。
それは最終的には自分の人生を毀損していくように思います。

>一番低いところでも、定型の端っこには引っかかっている

→凹については、状態像や障害の重さによると思われるので
一概には言えないのですが、体験的には
極端な凹は埋まるとホント楽になります。

それと「社会性」なのですが。
子育てに関して私が言及できることはないのですが、
この「社会性」は、裏側に深い話題があります。

社会性の裏返しは「自然性」なんですよね。
で、これ身体性とワンセットです。身体は自然物なので。

自然性は、実は凸やギフトの使い方にも関わってきます。
凸やギフトは自然性の極致です。
つまりむき出しの状態ですと社会性を持ちません。

この件をこのサイトで詳しく論じるかどうかはまだ分かりません。
長沼先生の本「活かそう!発達障害脳」や
杉山先生の本「ギフテッド」を読んでおけばいい話かも知れません。

いずれにせよ身体は自然物ですので、身体アプローチも
自然性を元に考えていくのが基本になるとは思っています。

その際には社会性は「無視はしなくとも、いったん横におく」
という扱いになるかなと考えています。

・・・この件はとりあえずこのくらいでやめます。

>自分でも思いもしなかったところが使い物に

→そうなんですよね、ホント人生何がどこで役に立つか分からないです。
私も何回かそれを体感したことがあります。

いずれにせよこの治った自慢を書けたのは
花風社の本をずっと取り組みの羅針盤として使っていたからです。

私の場合は特に「人間脳を育てる」です。
あれは成人をも治し、発達させます。凄い本です。

刷を重ねているそうですが、納得です。
SNSでも絶賛する人が多いですね。
徒手の先生(神経学派)も治療院のHPで推奨なさってました。

花風社の本を作って頂いてありがとうございました。
これからも新刊を楽しみにしております。

今後とも何卒宜しくお願い致します。

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シア

今日は「私もそう思う。」と言ったら驚かれました。
話相手が「しみじみ」言ったことに単に同意したわけですがそれと同時に「私もそう思う。」がそれ以上の意味があるということを発見したのです。
こいつは発見した…と言うことが相手にも伝わったので「そこんとこ詳しく」話しました。
相手:それが大事だね~(しみじみ)
私:「私もそう思う。」

「それだよそれ!」その調子です。

ちょっとしたことなんですが。
「本当の友達って○○のような人だと思うな~」(しみじみ)と言うような話題に

「「「私もそう思う。」」」

と言うことができたら治っていると思います。
これは相手と同じ意見でなければならないという意味ではありません。
また単なる意見に賛同するわけでもありません。

これができたら(少なくともそのときは)自閉症は治っていますからそれを自分の心で見極めるといいと思います。

私は今日それができましたから「しみじみ」系の会話を見つけてそれに「共感」できるようになったのでこの「私もそう思うな」(しみじみ)を使ってみようと思います。
これをやっていると自閉症は加速度的によくなると思います。

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道化師

こんにちは。道化師と申します。お久しぶりです。

私は新たな人生を送っていて、今日は久々に予定がフリーになっています。昨日のこととかを書きにきました。

3年前、私のカラダは悲鳴をあげていました。そして栗本先生のところへ3回目くらいですが行かせていただきました。

片足立ちができないのを直ぐに見抜かれ、試してみたけど、立てなくなっていました。それでも1時間の施術で治るんです。

弟の子どもの歩き方が不安定だったので、もしかして足の裏のカタチかな?と思い、半年ぶりに会った姪の足裏を触ると、そこまでブヨブヨなわけでもなく、私の個人的な感想ですが、普通でした。

先週の日曜日には、近所の同級生の友達と会い、世間話をしましたが、「子どもは勝手に育つ」と言っていました。

そうだよね〜、と思いました。昭和の時代はそんなもんでした。

成長は大事ですが、親御さんはある程度「ドーン」と構えててもいいのかな、と思いました。

何とかなりますよ。

「自分の考えをハッキリさせる」のが花風社クラスタだと思っています。だから、アンチはよくわかりません。自分を貫けないのかな?と思っています。

乱文、失礼致しました。

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浅見淳子

道化師さん

お久しぶりです。新たな人生、いいですね。どんどんご活躍くださいね。片足立ちができることと、自分の考えを持てることはとてもリンクしています。

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yasu

2学期も無事に終わり、1学期と同様に無遅刻無欠席でした(^^)v

学業成績も上がりましたけど、生活面で特に大きな成長が見られました。まずは、歩くのが早くなったこと。うちの学校では登下校システムが導入されていて、生徒は登下校時にカードリーダーにタッチすることで保護者にその時刻がメールされるんですが、通学に要する時間が短くなりました。スイミングスクールの進級試験も前より少ない回数で合格するようになったこと、「クラス遊び」のドッチボールや鬼ごっこで上手く逃げられるようになったこと、とわかりやすい観察事実の積み重ねがありました。

「クラス遊び」というのは、職場飲み会の小学生版のようなもので、週1くらいでクラスメート皆で校庭で遊ぶ企画です。強制参加ではなく任意ですが、クラスで「仲間」と認識されるには良い機会なんで、うちでは積極的に参加するように言っています。でもまあすぐに鬼になってしまったりボールに当たったりすると面白くないんで、参加するには身体がある程度は整っている必要があるというところです。

コミュニケーションの方も、担任からのコメントによると友だちから教えてもらったり協力したりするのも成長が見られたとのことでした。こちらは身体面での成長と並行している印象で、家庭でも自分の気持ちを押し通すのを抑えるのもできるようになっているんで、学校でもできていたということなんでしょう。

家庭では「食事をしながら会話をする」のを意識しました。学校は黙食になっているんで給食でこれをやるのは今は無理なんですが、「会食ができること」はグローバル人材の必須条件なんで(笑)、小学生のうちからきちんとやっておいた方がいいですね。うちではマスク警察の被害や学校の様子のヒアリングはすべて食事の時にやっています。

外食も大事で、例えばバイキング形式の店でも食い放題モードで未就学児が泣いてかーちゃんが叱っているような店と、高級ホテルの朝バイキングと両方体験しないといけません。客層、雰囲気が違うし、そこで話される話題も違ってきます。高級フレンチ店だと子供の入店は最低でも小4~5くらいからと言われることが多いんですが、店の人から料理の説明を受けて目や知識で楽しむとか、1時間超かけてディナーを楽しむというのは、意識してそういう訓練をしないと自動的にできるようにはならないです。うちでは西洋料理はクリアしたんで、来年は和食(懐石料理)を考えています。

勉強は、理科が結構伸びてちょっと意外でした。家ではほとんどケアしていなかったので。。。科学の本をよく読んでいたのと、「チコちゃんに叱られる」をよく観ているのでそれがよかったのかもしれません。

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浅見淳子

yasuさん

お嬢様の成果、おめでとうございます。
それにしてもyasuさんの観察力もいつものことながらさすが、ですね。
黙食はどれくらい実行されているのでしょうね。黙食黙食言われる割には近所の小学校からは元気な声が聞こえてきますし(ほっとします)大学の学食も貼り紙だけが勇ましいようです。健全な姿だと思いますが。

私はとくにグローバル人材ではありませんがこれまでのキャリア構築はやはり会食の場を通してだと思います。そのあたり思い出させていただきありがとうございます。

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yasu

浅見さん、コメントありがとうございます。

黙食ですが、ほぼ守られていませんね(^^;
給食の際には班ごとに机を並べて向かい合って食べるのですが、建前は黙食なのでそれはありません。なので会話のキャッチボールにはならなくて単に教室が騒がしくなるだけのようです。ある意味最悪に近いかと・・・

最近の給食は、世界各国の料理が出て大変豊かなので、工夫次第で会食の練習は十分に可能だと思うんですが、大変残念な状況です。

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nervest kobe

こんにちは。子供の頃通知表オール1をとったことがあります。社会に出ても苦労ばかりでしたが、今ではほぼ克服したと考えてます。今はNPO団体を立ち上げ、様々な活動をしています。発達障害の研究もしています。
一緒に研究していただける人を募集していますので、ご興味があれば下までメールください。

kbtufjlp@yahoo.co.jp

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ブルー

<手帳返納>

本日、地元の役所に障害者手帳を返納しました。
また、その旨を勤務先に報告しました。

私の場合は精神の手帳ですが、
精神の手帳は2年ごとに更新の必要があります。

これはつまり2年ごとに更新するか否かを選べるということです。
また、有効期限の最中に返納しても構いません。

返納手続きに伴い、特に感慨のようなものはありませんでした。

返納により、職場では一般雇用へ移行となり
合理的配慮が消失し、要求水準が上がります。
場合によっては年収が下がります。

また、納税においては障害者控除が消失します。
これがけっこうな金額なのです。

私はずっと、返納後のそういった影響を考えていました。

ところが意外なことに。

役所から帰り道、モリモリと「人生への意欲」が強化されてきたのです。

「身体アプローチでリニューアルしたこの身体と神経系で
バリバリとこの人生でやれることをやっていこう」

となってきました。

私は誘い込まれるように書店に入り、
前から興味のあった社会人大学院の願書(無料配布中)を手にとって
カバンにいれました。

■各位にお礼

to 浅見さん

まず、花風社の本を創って頂いてありがとうございます。
特に「人間脳を育てる」及び「人間脳の根っこを育てる」は
取り組みのガイドラインとなりました。

これらの本を元にした身体アプロ―チは、
私を治し、そして発達させました。
それがためらいなく手帳を返納する原動力となりました。

また、適切な専門職を選択するガイドラインともなりました。

私は今の職場に来た数年前とは全く別の身体と体験世界になっています。
私がこの数年、身体アプローチにおいて何をやってきたかは
また後日まとめてこのお部屋に書きます。

今後ともよろしくお願い致します。

to クラスタ各位

このサイトに体験を書かせて頂くのは、

「歴史上に自分が体験の上で掴んだことを置いておきたい」
「それがひょっとして何かの礎になればもっと良い」

という動機で書いております。

加えてそれは私の自己治療であり、かつ勉強です。
さらに体験を理論化して自分なりの知見に再現性を出すためです。

つまり皆様には私の自己治療にお付き合い頂いているわけです。
その意味で御礼申し上げます。

また、皆様の書き込みから学ぶ所は私にとって非常に大きいです。

今後とも何卒よろしくお願い致します。

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