ホーム全て会議室いま会議室で話していること 管理人よりメッセージ SHARE ツイート シェア はてブ Google+ Pocket LINE 管理人より日常の連絡事項と思いつき。 レスも歓迎します! 3,655 COMMENTS 浅見淳子 2026年6月15日 おはようございます。 私はサッカーの日本代表をW杯のときしか気にしていないんですけど(予選もあまり見ていない)なんか強くなったっていうのは知っていました。海外で活躍する選手も増えたし、W杯ももう出るのが当たり前、みたいになっている。 そして今朝試合開始すぐに、本当に強くなったんだなあとわかりましたね。なんでか知らないけど、技術以前が違った感じ。もちろん技術もですが、ピッチへの散らばり方が一流のチームな感じ。 というわけで朝から応援していました。 W杯は日本が勝っても勝たなくても楽しいけど、出ている以上は応援しようと思います。 さて、あと私は皇室典範についての話し合いにもあまり興味がなく「決まったら教えてね」っていう感じです。 でも別に反皇室とかそういうのではなく、あったらあったでいいもんだと思っています。 ただ、誰かの人権を無視して無理やり続けていくくらいなら、別になくなってもいいんじゃないの、っていう感じです。たとえば今上の陛下がお若いころに継承の安定のため側室を設ける、とか言い出したら、国民の多くは反対しただろうし私も反対したでしょう。 どの家にも男の子が安定的に生まれるわけではないので、お互いに選んだお二人の間に男のお子さんがうまれなかったらそれはそれで別にいいんじゃないの、っていう感じ。 だから喧々諤々にもほとんど興味がないまま議論が進んでいるようなのですが、今回旅をしていて色々な伝統に触れ、どうやら皇室は続いた方がよさそうだ、と思うに至りました。 旅の記録はnoteに書きました。 題して「フロンティアへの旅」 https://note.com/asami_kafusha/n/nb756452c717d まあ、旅先で新世代(当社比)の人の話をきくと、やっぱり私は老害だなと自覚するわけですが、最近の身体アプローチの人々に感じる違和感のもとは何かというと 他の療法と仲良くしたがることなんですよね。 あ、そういえば、二回イベントに来ていただいた吉里さんも色々な人と仲良くする機会を設けていらっしゃいますが、それも私にとっては「よくやるなあ」という感じで見ています。 つまり私は、あんまり仲良くしたくない人なんですよね(笑)。 考えが合う人ともあまり仲良くしたくないくらいなので、違うことやっている人とは全然仲良くしたくないわけです。 っていうか身体アプローチで治ることはみんなわかったのだから、ABAとかつぶせばいいのに、というのが私の本来持っている方向性です。年金生活に入らなかったら、こっちの方向性で突っ走ったかもね。 ところが今の身体アプローチの人たちは「他の療法を否定しない」とかいうわけ。それを見て私がどう思うかというととっさに浮かぶのは「卑怯だなあ」なんですよ。 身体アプローチが優勝って決まったんだから他の療法はつぶせばいい、というのが老害流考え方なわけ。 そして身体アプローチの人たちが「他の療法とコラボ」とか言っていると、それは保身からだろう、卑怯者、と思ってしまうというわけです。 でも今回の旅でわかったのは、どうも卑怯とかそういうことではなく「そういう時代なんだな」ということです。 たとえば小田原の大先生にしても松島さんにしても皆さんから見るとおっさんだろうけど、私から見ると年下なんですよ。そして私とは違う時代を生きているの。 どういう時代かというと、今回気づいたんだけど「ABAとかああいう連中がこっちをいじめにこない」時代なんですよ。私が受けたようないじめは療育整体の人は受けていないわけ。 そういう事情も知らずに「闘ってばかみたい。ぷぷぷ」とか言われるといやだから、だから私は「療育整体の人は友だち申請しないで」と言っているわけです。基本的に仲間は作りたくないので。 それより身体アプローチの人が今堂々と身体アプローチやっていられるのは、私がいじめられてやり返したからなので、バカにするよりは鎮撫の神社でも建てたほうがいいんじゃないかな(真顔)。 まあ神社はいいから、本は買ってね。 ではでは皆様 楽しい一週間を。 返信する 浅見淳子 2026年6月14日 おはようございます。 昨日旅から戻りました。大きな神社にお参りしたり、人と会ったり、事業所や活動を見学したり、おいしいもの食べたり、伝統的な行事を観光客として楽しんだり、お土産買ったり、の充実した旅でした。 その間に老害関連のnote記事をたくさんお買い上げいただいたみたいなんですけど 身体アプローチギョーカイにおける老害宣言 https://note.com/asami_kafusha/n/n6eb972131cbc 今回も「どこに出しても恥ずかしくない立派な老害」としてふるまいつつ、なぜ私が老害になっていったのか、世の中の移り変わりの一端を少しわかったような気がしました。 そのことはまた書こうと思います。 「シリーズ 老害宣言」でしょうか。 さて、寝て起きるとサッカーをやっているという楽しいシーズンが始まりました。 ではでは皆様 楽しい日曜日を。 返信する 浅見淳子 2026年6月12日 おはようございます。 昨日から花風社五月イベントをnoteで販売始めました。題して 安心安全の確保から社会での活躍につなげる講座を開きました! https://note.com/asami_kafusha/n/n7705f1f60bbd 自由エネルギー理論+ポリヴェーガル理論 のこの企画は、数年後「画期的だった」とわかると思います。まあそのころ私がこの世界にいるかどうかはわかりませんが。 今日も新しい著者に会うんですけど、その原稿を読んでいても、松島さんの動きを見ていても、つくづく私はもう老害だなと思うので。ていうかあれほど応援していた(応援以外の気持ちがなかった)小田原の大先生が離れていったのだって老害だったからでしょう。 そのあたりを正直に宣言してみました。個人名いっぱい出てくるから有料バリア設けさせてもらいましたが。 身体アプローチギョーカイにおける老害宣言 https://note.com/asami_kafusha/n/n6eb972131cbc ではでは皆様 楽しい週末を。 私は一泊出張に出かけてきます。 返信する 浅見淳子 2026年6月11日 おはようございます。 愛甲さんやニキさんの「やりたくないことはやらない」を私も真似してみました。 今度の土曜日に中川朋先生のサロン?みたいなののオープニングがあるそうです。赤坂。で、そのオープニングのご招待状をいただきました。なんかお話きいて、カクテルパーティみたいなのがあって、ということ。そういうお披露目の場なら本がいるに違いない、と私は思い込み、「発送の都合で木曜日までにお願いします」と言ったら「間に合っています」と言われちゃった。「そういうパーティじゃない」そうです。 そうなのか~。そういうパーティじゃないのか。なら行きたくないなあ、と思いました。他に特別な予定があるというより、土曜日はこの二択のどちらか ・夫が仕事のない土曜日→一緒にライド ・夫が仕事がある土曜日→ライドのお稽古 ともかくこれで楽しく過ごすので、そこに「本を置くような場じゃない」「カクテルパーティ」とかに呼ばれても(多摩)川向こうくんだりまで行くのめんどくせえな、と思いました。本がいないのに版元がいるなんてすごくみじめじゃないですか。そんな屈辱的な場にいたくないですね。 でもあっちは釣り餌を仕込んでいる。その招待状を持って行ってなんかコード読むと?QEEGを無料で受けられるそうです。だから「ほーれ、QEEG受けさせてやるから本置かなくても来いよ」っていうことなんだろうなあ、と思いました。 でも私はQEEGなんか受けたくないし、今後受ける気もないです。っていうか自分が受けたければとっくに田中先生とかにお願いしていたと思うし、きっと受けさせてくださったと思う。 でも自分は受ける気がないから「どなたか」とか言って、こよりさんが受けたいと言ってくださって、こよりさんならとても知っている方だから、これまでの経緯とかも知っている方だから、色々なことがわかるだろうと思ってモニターになっていただいて本にしたわけです。 受けたい人が受ければいいし、QEEGは簡単に色々なことがわかるし、きっと療育の成果とかもわかりやすくて、今後も療育整体の成果とかを測定したりしていくみたいだから、発達援助の使い勝手のいいツールであることは間違いないんです。 でも私は受けない。今後受ける気もない。 なぜなら私は反医療だから。医療側に自分の内面情報を渡す気はないんです。 それと自分の「脳の中身を見てみよう」とは思わない。別に見たくない。与えられた脳にはきっと癖もあるんだろうけど、ありものを使いこなして老いていけばいい。 うちの母なんてきっともうボロボロなんだけど、でも残存能力をうまく使いこなしていますよ。 脳の中身を見たい人は他にたくさんいるから、その人たちのために本を出しただけ。 それでもその招待状は有効だそうだから、愛甲さんに電話して「QEEG受けたいですか?」ってきいたら「受けたくない。むしろいや」って言われました。同じ同じ。私も「受けたくない。むしろいや」 だからその招待状は無駄になることになりました。 でもいいや。 そうやって土曜日はパーティ行かない、って決めたら、別方面のお誘いがあり、明日から新幹線で面白いもの見に行くことになりました。観光面でも、お仕事面でも、貴重な場になるでしょう。 一つを切り捨てると次のチャンスがわいてくるって本当だなあ。 急遽決まった楽しい旅。夫に言ったら「いいね!」と快く送り出してくれます。 バカにされたらきちんとダメだしする。 相手につけこまれそうになったら拒否する。 これ大事なことだから覚えておいてくださいね。 ではでは皆様 楽しい一日を。 返信する 浅見淳子 2026年6月10日 おはようございます。 昨日「やりたいことだけやっていればいい」という意見への違和感を表明しましたが、私が最近、周囲の、まあ仲良くしてリスペクトしている人たちの発言でも感じる違和感は他にもあります。 まず「治そうと思ってはいけない」というもの。 はて? なんででしょう? 治ったほうがいいに決まっているじゃないですか。 というのが私の第一印象(反射)。 で、なぜ「治そうと思ってはいけない」っていうかっていうと、力みが入るからとか、そういうことを言う人もいます。 たしかにそうでしょう。 私も、なんとかしようと余計な力が入ってしまうことありますよ。 たとえばダウンヒルとかね。怖いから力んでしまう。 去年の夏、あまりに暑かったのであまり外を走らずに室内お稽古ばかりしていました。 コーチに上半身の力を抜けと言われた。 室内お稽古は動かない自転車なので怖くないから、力抜けるんです。 で、そのまましまなみ海道とか走ったら、うまくなったような気がしました。 そういう意味で「なんとかしてやろう」とか思いすぎたり、あるいは恐怖心から、やたら力が入ってしまって逆効果、っていうのはわかる。 でもさ そのための「魔法の手」であり「金魚体操っぽいもの」ではないの? 神田橋先生がかつて養生の一環として「貧乏ゆすり」をあげていらっしゃいましたが 思考が煮詰まったら貧乏ゆすりっぽい何かをするだけで変わります。 それは「座ったままする金魚体操っぽい何か」だったりする。 背骨が揺らげばリラックスします。 そういう手段を用意してあるんだけど まだ「治そうと思ってはいけない」なのかな。 治ったほうがいいに決まっているじゃないか。 親なら治したいと思って当たり前じゃないか。 その当たり前の気持ちを持ってはいけないとかなんでいうのかな。 ちょっと疑問です。 ではでは皆様 楽しい一日を。 返信する 浅見淳子 2026年6月9日 こんにちは。 昨日は美容院に行って、海風で傷んだ髪をトリートメントしてもらいました。それから母の家に行って、ケアマネさんの定例会議。ケアマネさんは一人頭12000円くらい公費でもらっているので(これに関しては自己負担なし)アリバイ的にでもひと月に一度直面談しなきゃいけないみたいですけど、昨日はばっちりと話題がありました。 で、そういう会議のあとって疲れるんですよね。まっすぐ帰る気にならず、ちょっとお買い物して(食料品とか百均とか高価なものではないですけど)ちょっとカフェに入って、最近通奏低音のように気になっている「発達障害の人はやりたいことだけやっていればいいのか」についてnoteに書くプランニングをしました。 「やりたいことだけやっていればいいよね」って誰かが言ったら、私は当然否定します。でも親しい人、こちらがリスペクトしている人、花風社周りの人でも、「自分はやりたくないことはやらない」「やりたいことだけやっていればいい」の方針の人がいます。まずニキさんは「頑張るのは嫌い」と昔から言っていた。そして愛甲さんも「やりたいことだけやる」みたいなことを言う。でもじゃあ、お二人があらゆるオブリゲーションから逃げているかっていうとそうじゃないし、お二人とも努力家と言って差し支えない気がしますね。ニキさんは激しく否定していたもんですが。自分が努力家だと。 だからこの辺の議論は、発達障害の自覚がある(愛甲さんもそう)人たちと私とではちょっと軸がずれているのね。そして今現在私が「発達障害の人はやりたいことだけやればいいと思いますか?」ときかれたらやはり答えはノーですわ。愛甲さんはイエスかもしれないね。 私だってやりたいことしかやらないでいいのなら、ケアマネとの会議なんてやりたくないわけです。でも親のことだから、親を見捨てるわけにいかないから、会議に出ていくわけじゃないですか。 そしてじゃあ愛甲さんやニキさんが、そういう浮世の義理を欠いているかというとそんなことはなく、むしろ私よりそのあたりハイパーりちぎにこなしているかもしれません。でもお二人は「やりたくないことはやらない」主義。私はそれに否定的。いったいどういうこと? そんなことを考えながら、頭を整理していたわけです。 そしてちょこザップに行って、帰ったら郵便が届いていた。企業年金連合会(三階建て部分)からの裁定決定&年金証書。死ぬまで保管しておかなくてはならないものですよ。なぜかっていうと、終身でもらえるからね。若いころの短い正社員勤務が今になって終身年金のかたちで戻ってきた。経ってみればあっという間ですよ。 だからね、働き控えとか本当に馬鹿らしいと思いますよ。もちろん、子どもが小さいうちは家にいてあげたいとか、そういう決断はそれぞれでありだと思います。お母さんとお子さんのそれぞれの個性もあるし。でも「自分で社保入りたくないから働き控える」って本当に、判断基準としてせこすぎると思いますね、私は。働きたい、とか、働く必要がある、とか、遊ぶ金が欲しい、とか、そういう人はどんどん働いて社保を納めればいいと思います。 年金よりむしろ邪魔なのは医療費ですよね。 今朝もNHKつけていたら、看護学生が出てきて、おじいさんが病気で倒れたときお世話になって看護師になろうと思った、とか、人の役に立ちたいからこの仕事を選んだ、とかぐちゃぐちゃ言っていましたけど、私は今年に入って看護師になんか世話になっていないですよ一度も。美容師には何度か世話になっている含む昨日、ですが。しかも美容師さんはお仕事した分しかお金とらない。一方で看護師はまったく世話になっていないのに毎月金取っていてしかもマウントとる。どっちが私の役に立っているかっていうと、そりゃあ美容師さんですよ。 そもそも医療の人間は「自分たちだけが世の中の役に立っている」って思いすぎじゃないですかねえ。というわけで、キラキラした瞳で看護師を目指している若いお嬢さんたちを全然応援できない自分がいました。ああいう安定した資格商売につかせたがる親っていますけど、そういう親って私からみると毒親だからね。最初から選択肢を狭めているわけだから。子どもの可能性をつぶす毒親です。 でも、医療の人間がなんで一般人にマウントとるかっていうと、やはり変な身分制みたいなのを引きずっているんだと思うんですよ。私はこのギョーカイに入って何がいやだったかっていうと、対等な大人同士の付き合いっていうのが一切ないわけ。医療とか教育の人ってまずマウントとってくるんですよ。で、言い返すと今度は下手に出るの。対等な関係が築けないんですよあのカテゴリーの人たちって。 そしてここにきて実母もそういうタイプの人間なんだな、ってわかってきて、母はなんだかんだ封建的な時代に育ったからな、と思って、ヘルパー虐待しないようにヘルパーが来ているときは私が見張りに行ってきたんです今朝。そういうことって明らかに「やりたいこと」じゃない。でも「やらなきゃいけないこと」じゃないですか。 正社員時代も別にやりたいことだけやっていたわけじゃない。もちろん好きな仕事でしたし、多くの学びがあったし、でもいやな人間関係もあり、大酒飲んでいた時代でもあり、嫌いな人ともたくさんつきあって、自分の正義が通らなくて、でもあの時代の恩恵が今後終身続くんですからね。 ともかく ・脳内身分制度 ・やりたいことだけやっていればいいのか について今構想をめぐらせています。 そのうち書きますわ。 あと、 智くん部屋を読んでいますけど、智くんにとって地域の学校の支援級はまあ、本来の特性からするとハードル高かったのかもしれませんけど、でも本当にうまく活用していますね。もちろん色々な工夫や修行の成果でもあるけど。 それと 昨日いただいた情報によると、PBM機器の比較的安い方を購入したおうちのお子さんは、悩んでいた睡眠障害がなくなり昼寝までするようになったそうです。寝られるようになると伸びそうですね。楽しみです。 あと、五月イベント八月まで見られますのでまだまだ受け付けていますよ。 第一部で「動くことの大事さ」を 第二部で「安心安全を確保して動くこと」を学べる稀有なイベントです。 つまり、不登校の人とか、引きこもりの人とかにすごく役立つと思うのですが。 よかったら申し込みお待ちしておりますね。 返信する yasu 2026年6月9日 要介護でも要支援でも、どちらでもそうですが、介護保険の範囲でできることと被支援者がやってほしいこと(あるいは、これくらいは当然やってもらえると思っていること)の間には結構開きがあります。例えば掃除は生活空間のみに限定されるとか。(例えば、普段使っていない2階の部屋の窓をあけてきてというのはできない)こういうところが不満の発祥だったりしますね。 やりたいことだけやればいいかは、発達関係なくNGかと思います。最大の理由は「独りよがり」な考え方になり、世界は自分の思うがままに動くという誤認識につながるから。 返信する 浅見淳子 2026年6月10日 yasuさん そういうトラブルはよくきくのですが、うちの場合にはちょっと違っていまして、1月2月に大崩れして急いで介護保険を申請して要介護認定をとったのに、その後立ち直ってしまったことなんですよね。そして体は立ち直っていますが、認知の方は進んでいるわけです。だから「なんで来るの?」になってしまっているのです。 yasuさんや私のように、自分の発達特性をとりあえず定型に設定している人は、「やりたいことだけやっていていいはずがない」とぴんとくるのですが、自分の発達特性に偏りを自認している人たちは「やりたいことだけやっていればいい」と口にします。でも実際は数々のデューティをこなしておられます。ただ、影響力のある方の発言は都合よく解釈されたりしますね。 返信する yasu 2026年6月10日 なるほど、そうですか。 介護保険は融通が利かないところがあって、自分の都合の良い時だけ来てもらうわけにはいかないんですね。一度「来る」と決まってしまえば、頻度を変えるのはできない。本当は現場レベルで柔軟に対応できればいいのでしょうけれどそうはなっていないみたいですね。 「やりたいことだけやっていればいい」は「自分の得意を磨いてそれで勝負する」に直接繋げてしまうという、恐ろしい勘違いをする人がいます。これはギフテッド教育がダメな大きな理由だと思っています。自分の発言の影響力を考えるのは、そんな大物でなくても(例えば親の発言は時には子どもに大きな影響を与えます)必要だと思いますね。 返信する 浅見淳子 2026年6月6日 おはようございます。 ちょっと前に療育整体師の人に資格があるんだぞとマウント取られた話は書きましたけど、私は「けっ」と思った。それは別に療育整体が松島さんが民間で発行している民間資格だからということではなく、そもそも国家資格であれ、資格がなきゃ仕事をできない人を別に尊敬していないからなわけです。「資格がほしい」という心理自体が全くわからない。他人からお墨付きをもらわなければ安心できないほど、そんなに自信がないのかね、とは思う。 もちろん資格がなければそもそもその仕事ができないという権限の範囲のために資格があるんだろうけど(医療などはその典型)、逆に言うと資格を取って仕事している人は身一つで勝負することを選ばなかった人なので、とくに尊敬はしていないんですね。 花風社クラスタの人たちは療育整体前から身体アプローチになじみがあって、効果も感じていて、療育整体を大歓迎して活用してくださっていますが、治しているお母さんで療育整体のヒエラルキーを必死に駆け上っている人ってきいたことないんですけど(まあ、私が知らないだけで皆さん純粋にお勉強の一環として次々講座をとっているかもしれないしそれはそれでいいことだと思いますが)。治している人ほど「資格がなければ治らない」とは思っていない。本読んだり、松島さんの講座行ったり、施術を受けたりしているかもしれないけど、別に自分がマイスターだのプロだのにならなきゃ治らないとは思っていないでしょ。 私は国家資格は何一つ持っていない。何しろ多くの大人が持っている普通免許だって持っていない。婚活も就活もほぼしたことがない。でも別になんにも困っていない。学生時代に知り合った人と結婚し、二つの会社に自分で売り込みに行って働かせてもらい(そのおかげでこの年になって三階建ての年金がもらえる)、ついには自分で起業して30年。就職だとか結婚だとかを他人にあっせんしてもらうとか、他人が設定した資格をとるために勉強するという発想がない。 だから今の〇活みたいなやつは業者側の都合でできているんだと思っています。婚活業者の動画とか回ってきますが、まああの人たちはそれこそなんの資格があってあんなにえらそうなんでしょうね。謎ですね。婚活業者が離婚したりしているみたいだし。 先日は男性側から見て、「車を運転できる女性ではないと困るかどうか」っていう話があったんですけど、その中で新鮮な驚きだったのは「運転できる女性じゃないと飲み会の帰りに迎えにきてもらえない」というのがあり そうか、車社会である地方においてはだんなが飲み会だと奥さんは迎えにいくんだ、と思いました。っていうことは「だんな飲み会の日は妻は飲酒できない」こと確定だし、お風呂も入れないんでしょうか。それともお風呂に入ってすっぴんの顔に眉毛だけ書いて迎えに行ったりするのかな。 都会において飲み会帰りのだんなは自動的に公共交通機関でかえってきますので、「今日飲み会」と言われたら早めに手抜きのごはんで済ませてあとはiPadもってごろごろしていればいい、という気楽な時間。うちの夫は肉と魚と両方ほしい人なんですけど一人のときは肉か魚かどっちかでいいからラクな日です。 でも車社会の妻にとってだんなの飲み会の日はラクじゃないのかもしれないと気づいたことでした。 さて、アマゾンでも『自律神経を整える療育整体』を売り始めて、手数料惜しさに花風社からの直販を執拗にいらながった「松島先生から資格いただいていますキリっ」の方のお手元にもそろそろ本が届いていることでしょう。動画もいっぱいでわかりやすいでしょ? で、神展開に恵まれてきた私として、何があのときもったいなかったかっていうと、「花風社がキャンセル間違って送ってきた。これは今すぐやってみようということでは?」みたいな発想をするのが習慣になっているから。偶然に助けられることは多いから、偶然は神の声だと思う。 で、今回も、『自律神経を整える療育整体』をGWあたりに送り出し、執拗に返品したがる療育整体師の人とあれこれやりとりしていた時期に、来たんですよね。 何が? って次の企画の持ち込みが。 で、私、その原稿読んじゃったんですよ。 それで著者とzoomすることにした。 そして画面の向こうにいる著者に「すごいタイミングで来た」という話をしました。だって私、身体アプローチには一区切りつけたところだから。 それでもその原稿を見逃せなかったのは、それが花風社にとってのフロンティアの企画だったから。 どうフロンティアかというと、この原稿の主の目指すところは 「どうしても伸びにくい子も伸ばしたい」だったんです。 今まで花風社は、伸びようと呼びかけ、伸びた子とそのご家族をたたえてきた。 「治ったら自慢してください」と自慢を奨励してきた。 他人の自慢を卑屈に受け取る人はいやだったろうけど、他人の自慢を希望を受け取る人もいるから。 だけどその陰で、「金魚体操でもダメだった」「療育整体でもダメだった」人もいるかもしれない。 そういう人はひっそりと傷つきながら、時々横目で見ているかもしれない。 そこに現れたのが次の著者 「こんなに公金つかって療育しているのだから、伸びにくい子も伸ばしたい」という意欲を持った人物だったんですよ。 あ、これはまだやれという自閉の神様のお告げだな、と思いました。 赤本こと『自閉っ子、こういう風にできてます!』に最初に登場した自閉の神様。 私が南の島に行く前にニキさんが「そんなところに行ったら体温上がらないのか」と疑問を呈した。それが「この人たちと私たちは心が違うのではなくからだが(のちに使うようになった言葉によると神経系が)違うのだ、と気づいた最初でした。あの瞬間に自閉の神様は降りてきたんです。そこから花風社の身体アプローチ路線は始まった。2003年の暮れのこと。 そしてその間に神は何度も降りてきて、神田橋先生の姿をとったり、小田原の大先生、原始反射、療育整体とか色々な知見が現れて それが『自律神経を整える療育整体』に結実し やれやれ、次が来なかったら引退だなと思っていたら かぶせるようにやってきた。 で、それは出すことにしました。 花風社にとってもフロンティアだから 「伸びにくい子も伸ばす」。 この夏はゆったりと遊びながら、次の本も作りますよ。 こういう神展開を、私は逃さない。 だから色々うまくいってきたんだと思う。 逃す人もいるのよね。 それがちんまい手数料とかさ。そういうものを惜しんでチャンスを逃す人っているね。 ではでは皆様 楽しい週末を。 返信する 浅見淳子 2026年6月4日 おはようございます。 昨日は台風で一日こもっていました。 その間にも新横浜公園が街を守ってくれていたようです。 https://x.com/shinyoko_park/status/2062075678653288529 先人の知恵に感謝。 と同時に、地元民だからわかるのですが、水が引けばいいというものではなく、これからはたらく車がいっぱいやってきて洗浄とか消毒とかをするのです。しばらくは立ち入れないでしょう。 写真に映っている緑の木は私がこの春さんざんお花見した桜だったりします。 来年もまた、きれいに咲いてくれるでしょう。 水に浸かるのが前提で強い草木を選んで植えているそうですよ。 平時はきれいなガーデンです。 この春はチューリップも、ネモフィラもここで堪能しましたよ。 さて、そんなこもっている日にボリンゴさんから「五月イベント 第二部」の吉里さんの講演が送られてきました。 見返してみて、大事なことに改めて気づきました。 リアタイでは、進行にも気を使っているので、自分にとってのここ大事、にはあとで気づいたりします。 貴重な知見を分けていただいているな、と思いました。 とくに 安心安全→コンフォートゾーンから飛び出す勇気・元気 の流れがよくわかると思いました。 たとえば、不登校の人が、思い切って社会に出られるまでの過程など 説明がついたと思います。 結果的に 自由エネルギー理論とポリヴェーガル理論 を結びつけた花風社セミナーは貴重な場になったと思います。 noteでも売りますし 改めて皆さんにご案内させていただくかもしれません。 ではでは皆様 楽しい一日を。 返信する 浅見淳子 2026年6月1日 おはようございます。 木・金・土と二泊三日の海水浴旅行に出かけてきました。noteに旅行記をまとめておくと関連の記事がいっぱい上がってきて楽しいので、まとめるようにしております。よかったら読んでください。 本当においしいものを食べるには 奄美大島への海水浴旅行ご報告 https://note.com/asami_kafusha/n/n935cdf97940a 本当に、自然の中で身体を動かすと、しみじみ、しみじみ、と食べ物がおいしいもんだなと思いました。 あと、あっちでは海に入るのに忙しく、かつWifiも弱かったので、ブルーさんおすすめの動画は帰ってきてからみました。 中高一貫男子校出身者って、それほど詰んでいたかな? と記憶をたどってみますが 別にそれほど不利だったような気が私たちの時代にはありませんでした。 現代では「コミュニケーション力が大事」と耳にタコができるほど言われますが そしてそれがない人が恋愛そのほかの弱者になっていると言われますが この「コミュニケーション力」が本当になんなのか、私たちはわかっていない気がします。 最後は自己肯定感で終わるところは納得ですね。 むしろ、最初にモテコンサルの人がかましたきついセリフより 救いがあると思います。 皆さんも、機会があればご覧になるといいと思います。 ではでは皆様 楽しい一日を。 返信する ブルー 2026年5月28日 >夫の教え子です(笑) そうだったのですか、世の中狭いですね(笑)。確かに、勝倉さんは外国語学部ドイツ語学科でしたね。 >義理堅く あ、以前からそうなのですね。勝倉さんは何かの動画で「特に経営者ともなると、義理を欠くとか、筋を通さないというのは、巡り巡って凄く損になる」というようなことを仰っていました。でも、そもそも経営者になる前からちゃんと義理堅かったのですね。 >なんか大笑いしていました 昇吾先生に笑って頂けて何よりです(笑) 返信する 浅見淳子 2026年5月28日 おはようございます。 母のことやリスキリングやらでパタパタしている間に、ここを盛り上げていただきありがとうございます。 ブルーさんから有益情報のお知らせ 実は、この「モテコンサル」の方は、夫の教え子です(笑)。就職先のメガバンへの推薦状も書いたけど退職した、一度目の結婚式も出たけど離婚した、と言っていました(笑)。でも義理堅く二度目の夫君も連れてお会いしにきてくださったそうです。ということで、ブルーさんがリンクを持ってきてくださったと話したら、なんか大笑いしていましたよ。ご活躍はうっすら横目で見ていたのですが、今日これから旅に出ますので旅先で見てみますね。 cocoさんから面白情報のお知らせ 面白そうな記事ですね。これも旅先で読みます。 それと、最近バタバタしている件をnoteにまとめておきました。 色々難しいです。 介護保険3か月 ヘルパーさんの交代劇 https://note.com/asami_kafusha/n/n0e2454f20cea よかったら読んでみてください。 支援は入れたり外したりしないといけないようです。 ではでは皆様 楽しい週末を。 返信する 過去のコメントを表示 コメントを残す コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目ですコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。 上に表示された文字を入力してください。 添付ファイル アップロードファイルの最大サイズ: 32 MB。 画像, 音声, 動画, 文書, スプレッドシート, 対話型, テキスト, アーカイブ, コード, その他 をアップロードできます。 Youtube、Facebook、Twitter および他サービスへのリンクは自動的にコメント内に埋め込まれます。 ここにファイルをドロップ
浅見淳子 2026年6月15日 おはようございます。 私はサッカーの日本代表をW杯のときしか気にしていないんですけど(予選もあまり見ていない)なんか強くなったっていうのは知っていました。海外で活躍する選手も増えたし、W杯ももう出るのが当たり前、みたいになっている。 そして今朝試合開始すぐに、本当に強くなったんだなあとわかりましたね。なんでか知らないけど、技術以前が違った感じ。もちろん技術もですが、ピッチへの散らばり方が一流のチームな感じ。 というわけで朝から応援していました。 W杯は日本が勝っても勝たなくても楽しいけど、出ている以上は応援しようと思います。 さて、あと私は皇室典範についての話し合いにもあまり興味がなく「決まったら教えてね」っていう感じです。 でも別に反皇室とかそういうのではなく、あったらあったでいいもんだと思っています。 ただ、誰かの人権を無視して無理やり続けていくくらいなら、別になくなってもいいんじゃないの、っていう感じです。たとえば今上の陛下がお若いころに継承の安定のため側室を設ける、とか言い出したら、国民の多くは反対しただろうし私も反対したでしょう。 どの家にも男の子が安定的に生まれるわけではないので、お互いに選んだお二人の間に男のお子さんがうまれなかったらそれはそれで別にいいんじゃないの、っていう感じ。 だから喧々諤々にもほとんど興味がないまま議論が進んでいるようなのですが、今回旅をしていて色々な伝統に触れ、どうやら皇室は続いた方がよさそうだ、と思うに至りました。 旅の記録はnoteに書きました。 題して「フロンティアへの旅」 https://note.com/asami_kafusha/n/nb756452c717d まあ、旅先で新世代(当社比)の人の話をきくと、やっぱり私は老害だなと自覚するわけですが、最近の身体アプローチの人々に感じる違和感のもとは何かというと 他の療法と仲良くしたがることなんですよね。 あ、そういえば、二回イベントに来ていただいた吉里さんも色々な人と仲良くする機会を設けていらっしゃいますが、それも私にとっては「よくやるなあ」という感じで見ています。 つまり私は、あんまり仲良くしたくない人なんですよね(笑)。 考えが合う人ともあまり仲良くしたくないくらいなので、違うことやっている人とは全然仲良くしたくないわけです。 っていうか身体アプローチで治ることはみんなわかったのだから、ABAとかつぶせばいいのに、というのが私の本来持っている方向性です。年金生活に入らなかったら、こっちの方向性で突っ走ったかもね。 ところが今の身体アプローチの人たちは「他の療法を否定しない」とかいうわけ。それを見て私がどう思うかというととっさに浮かぶのは「卑怯だなあ」なんですよ。 身体アプローチが優勝って決まったんだから他の療法はつぶせばいい、というのが老害流考え方なわけ。 そして身体アプローチの人たちが「他の療法とコラボ」とか言っていると、それは保身からだろう、卑怯者、と思ってしまうというわけです。 でも今回の旅でわかったのは、どうも卑怯とかそういうことではなく「そういう時代なんだな」ということです。 たとえば小田原の大先生にしても松島さんにしても皆さんから見るとおっさんだろうけど、私から見ると年下なんですよ。そして私とは違う時代を生きているの。 どういう時代かというと、今回気づいたんだけど「ABAとかああいう連中がこっちをいじめにこない」時代なんですよ。私が受けたようないじめは療育整体の人は受けていないわけ。 そういう事情も知らずに「闘ってばかみたい。ぷぷぷ」とか言われるといやだから、だから私は「療育整体の人は友だち申請しないで」と言っているわけです。基本的に仲間は作りたくないので。 それより身体アプローチの人が今堂々と身体アプローチやっていられるのは、私がいじめられてやり返したからなので、バカにするよりは鎮撫の神社でも建てたほうがいいんじゃないかな(真顔)。 まあ神社はいいから、本は買ってね。 ではでは皆様 楽しい一週間を。 返信する
浅見淳子 2026年6月14日 おはようございます。 昨日旅から戻りました。大きな神社にお参りしたり、人と会ったり、事業所や活動を見学したり、おいしいもの食べたり、伝統的な行事を観光客として楽しんだり、お土産買ったり、の充実した旅でした。 その間に老害関連のnote記事をたくさんお買い上げいただいたみたいなんですけど 身体アプローチギョーカイにおける老害宣言 https://note.com/asami_kafusha/n/n6eb972131cbc 今回も「どこに出しても恥ずかしくない立派な老害」としてふるまいつつ、なぜ私が老害になっていったのか、世の中の移り変わりの一端を少しわかったような気がしました。 そのことはまた書こうと思います。 「シリーズ 老害宣言」でしょうか。 さて、寝て起きるとサッカーをやっているという楽しいシーズンが始まりました。 ではでは皆様 楽しい日曜日を。 返信する
浅見淳子 2026年6月12日 おはようございます。 昨日から花風社五月イベントをnoteで販売始めました。題して 安心安全の確保から社会での活躍につなげる講座を開きました! https://note.com/asami_kafusha/n/n7705f1f60bbd 自由エネルギー理論+ポリヴェーガル理論 のこの企画は、数年後「画期的だった」とわかると思います。まあそのころ私がこの世界にいるかどうかはわかりませんが。 今日も新しい著者に会うんですけど、その原稿を読んでいても、松島さんの動きを見ていても、つくづく私はもう老害だなと思うので。ていうかあれほど応援していた(応援以外の気持ちがなかった)小田原の大先生が離れていったのだって老害だったからでしょう。 そのあたりを正直に宣言してみました。個人名いっぱい出てくるから有料バリア設けさせてもらいましたが。 身体アプローチギョーカイにおける老害宣言 https://note.com/asami_kafusha/n/n6eb972131cbc ではでは皆様 楽しい週末を。 私は一泊出張に出かけてきます。 返信する
浅見淳子 2026年6月11日 おはようございます。 愛甲さんやニキさんの「やりたくないことはやらない」を私も真似してみました。 今度の土曜日に中川朋先生のサロン?みたいなののオープニングがあるそうです。赤坂。で、そのオープニングのご招待状をいただきました。なんかお話きいて、カクテルパーティみたいなのがあって、ということ。そういうお披露目の場なら本がいるに違いない、と私は思い込み、「発送の都合で木曜日までにお願いします」と言ったら「間に合っています」と言われちゃった。「そういうパーティじゃない」そうです。 そうなのか~。そういうパーティじゃないのか。なら行きたくないなあ、と思いました。他に特別な予定があるというより、土曜日はこの二択のどちらか ・夫が仕事のない土曜日→一緒にライド ・夫が仕事がある土曜日→ライドのお稽古 ともかくこれで楽しく過ごすので、そこに「本を置くような場じゃない」「カクテルパーティ」とかに呼ばれても(多摩)川向こうくんだりまで行くのめんどくせえな、と思いました。本がいないのに版元がいるなんてすごくみじめじゃないですか。そんな屈辱的な場にいたくないですね。 でもあっちは釣り餌を仕込んでいる。その招待状を持って行ってなんかコード読むと?QEEGを無料で受けられるそうです。だから「ほーれ、QEEG受けさせてやるから本置かなくても来いよ」っていうことなんだろうなあ、と思いました。 でも私はQEEGなんか受けたくないし、今後受ける気もないです。っていうか自分が受けたければとっくに田中先生とかにお願いしていたと思うし、きっと受けさせてくださったと思う。 でも自分は受ける気がないから「どなたか」とか言って、こよりさんが受けたいと言ってくださって、こよりさんならとても知っている方だから、これまでの経緯とかも知っている方だから、色々なことがわかるだろうと思ってモニターになっていただいて本にしたわけです。 受けたい人が受ければいいし、QEEGは簡単に色々なことがわかるし、きっと療育の成果とかもわかりやすくて、今後も療育整体の成果とかを測定したりしていくみたいだから、発達援助の使い勝手のいいツールであることは間違いないんです。 でも私は受けない。今後受ける気もない。 なぜなら私は反医療だから。医療側に自分の内面情報を渡す気はないんです。 それと自分の「脳の中身を見てみよう」とは思わない。別に見たくない。与えられた脳にはきっと癖もあるんだろうけど、ありものを使いこなして老いていけばいい。 うちの母なんてきっともうボロボロなんだけど、でも残存能力をうまく使いこなしていますよ。 脳の中身を見たい人は他にたくさんいるから、その人たちのために本を出しただけ。 それでもその招待状は有効だそうだから、愛甲さんに電話して「QEEG受けたいですか?」ってきいたら「受けたくない。むしろいや」って言われました。同じ同じ。私も「受けたくない。むしろいや」 だからその招待状は無駄になることになりました。 でもいいや。 そうやって土曜日はパーティ行かない、って決めたら、別方面のお誘いがあり、明日から新幹線で面白いもの見に行くことになりました。観光面でも、お仕事面でも、貴重な場になるでしょう。 一つを切り捨てると次のチャンスがわいてくるって本当だなあ。 急遽決まった楽しい旅。夫に言ったら「いいね!」と快く送り出してくれます。 バカにされたらきちんとダメだしする。 相手につけこまれそうになったら拒否する。 これ大事なことだから覚えておいてくださいね。 ではでは皆様 楽しい一日を。 返信する
浅見淳子 2026年6月10日 おはようございます。 昨日「やりたいことだけやっていればいい」という意見への違和感を表明しましたが、私が最近、周囲の、まあ仲良くしてリスペクトしている人たちの発言でも感じる違和感は他にもあります。 まず「治そうと思ってはいけない」というもの。 はて? なんででしょう? 治ったほうがいいに決まっているじゃないですか。 というのが私の第一印象(反射)。 で、なぜ「治そうと思ってはいけない」っていうかっていうと、力みが入るからとか、そういうことを言う人もいます。 たしかにそうでしょう。 私も、なんとかしようと余計な力が入ってしまうことありますよ。 たとえばダウンヒルとかね。怖いから力んでしまう。 去年の夏、あまりに暑かったのであまり外を走らずに室内お稽古ばかりしていました。 コーチに上半身の力を抜けと言われた。 室内お稽古は動かない自転車なので怖くないから、力抜けるんです。 で、そのまましまなみ海道とか走ったら、うまくなったような気がしました。 そういう意味で「なんとかしてやろう」とか思いすぎたり、あるいは恐怖心から、やたら力が入ってしまって逆効果、っていうのはわかる。 でもさ そのための「魔法の手」であり「金魚体操っぽいもの」ではないの? 神田橋先生がかつて養生の一環として「貧乏ゆすり」をあげていらっしゃいましたが 思考が煮詰まったら貧乏ゆすりっぽい何かをするだけで変わります。 それは「座ったままする金魚体操っぽい何か」だったりする。 背骨が揺らげばリラックスします。 そういう手段を用意してあるんだけど まだ「治そうと思ってはいけない」なのかな。 治ったほうがいいに決まっているじゃないか。 親なら治したいと思って当たり前じゃないか。 その当たり前の気持ちを持ってはいけないとかなんでいうのかな。 ちょっと疑問です。 ではでは皆様 楽しい一日を。 返信する
浅見淳子 2026年6月9日 こんにちは。 昨日は美容院に行って、海風で傷んだ髪をトリートメントしてもらいました。それから母の家に行って、ケアマネさんの定例会議。ケアマネさんは一人頭12000円くらい公費でもらっているので(これに関しては自己負担なし)アリバイ的にでもひと月に一度直面談しなきゃいけないみたいですけど、昨日はばっちりと話題がありました。 で、そういう会議のあとって疲れるんですよね。まっすぐ帰る気にならず、ちょっとお買い物して(食料品とか百均とか高価なものではないですけど)ちょっとカフェに入って、最近通奏低音のように気になっている「発達障害の人はやりたいことだけやっていればいいのか」についてnoteに書くプランニングをしました。 「やりたいことだけやっていればいいよね」って誰かが言ったら、私は当然否定します。でも親しい人、こちらがリスペクトしている人、花風社周りの人でも、「自分はやりたくないことはやらない」「やりたいことだけやっていればいい」の方針の人がいます。まずニキさんは「頑張るのは嫌い」と昔から言っていた。そして愛甲さんも「やりたいことだけやる」みたいなことを言う。でもじゃあ、お二人があらゆるオブリゲーションから逃げているかっていうとそうじゃないし、お二人とも努力家と言って差し支えない気がしますね。ニキさんは激しく否定していたもんですが。自分が努力家だと。 だからこの辺の議論は、発達障害の自覚がある(愛甲さんもそう)人たちと私とではちょっと軸がずれているのね。そして今現在私が「発達障害の人はやりたいことだけやればいいと思いますか?」ときかれたらやはり答えはノーですわ。愛甲さんはイエスかもしれないね。 私だってやりたいことしかやらないでいいのなら、ケアマネとの会議なんてやりたくないわけです。でも親のことだから、親を見捨てるわけにいかないから、会議に出ていくわけじゃないですか。 そしてじゃあ愛甲さんやニキさんが、そういう浮世の義理を欠いているかというとそんなことはなく、むしろ私よりそのあたりハイパーりちぎにこなしているかもしれません。でもお二人は「やりたくないことはやらない」主義。私はそれに否定的。いったいどういうこと? そんなことを考えながら、頭を整理していたわけです。 そしてちょこザップに行って、帰ったら郵便が届いていた。企業年金連合会(三階建て部分)からの裁定決定&年金証書。死ぬまで保管しておかなくてはならないものですよ。なぜかっていうと、終身でもらえるからね。若いころの短い正社員勤務が今になって終身年金のかたちで戻ってきた。経ってみればあっという間ですよ。 だからね、働き控えとか本当に馬鹿らしいと思いますよ。もちろん、子どもが小さいうちは家にいてあげたいとか、そういう決断はそれぞれでありだと思います。お母さんとお子さんのそれぞれの個性もあるし。でも「自分で社保入りたくないから働き控える」って本当に、判断基準としてせこすぎると思いますね、私は。働きたい、とか、働く必要がある、とか、遊ぶ金が欲しい、とか、そういう人はどんどん働いて社保を納めればいいと思います。 年金よりむしろ邪魔なのは医療費ですよね。 今朝もNHKつけていたら、看護学生が出てきて、おじいさんが病気で倒れたときお世話になって看護師になろうと思った、とか、人の役に立ちたいからこの仕事を選んだ、とかぐちゃぐちゃ言っていましたけど、私は今年に入って看護師になんか世話になっていないですよ一度も。美容師には何度か世話になっている含む昨日、ですが。しかも美容師さんはお仕事した分しかお金とらない。一方で看護師はまったく世話になっていないのに毎月金取っていてしかもマウントとる。どっちが私の役に立っているかっていうと、そりゃあ美容師さんですよ。 そもそも医療の人間は「自分たちだけが世の中の役に立っている」って思いすぎじゃないですかねえ。というわけで、キラキラした瞳で看護師を目指している若いお嬢さんたちを全然応援できない自分がいました。ああいう安定した資格商売につかせたがる親っていますけど、そういう親って私からみると毒親だからね。最初から選択肢を狭めているわけだから。子どもの可能性をつぶす毒親です。 でも、医療の人間がなんで一般人にマウントとるかっていうと、やはり変な身分制みたいなのを引きずっているんだと思うんですよ。私はこのギョーカイに入って何がいやだったかっていうと、対等な大人同士の付き合いっていうのが一切ないわけ。医療とか教育の人ってまずマウントとってくるんですよ。で、言い返すと今度は下手に出るの。対等な関係が築けないんですよあのカテゴリーの人たちって。 そしてここにきて実母もそういうタイプの人間なんだな、ってわかってきて、母はなんだかんだ封建的な時代に育ったからな、と思って、ヘルパー虐待しないようにヘルパーが来ているときは私が見張りに行ってきたんです今朝。そういうことって明らかに「やりたいこと」じゃない。でも「やらなきゃいけないこと」じゃないですか。 正社員時代も別にやりたいことだけやっていたわけじゃない。もちろん好きな仕事でしたし、多くの学びがあったし、でもいやな人間関係もあり、大酒飲んでいた時代でもあり、嫌いな人ともたくさんつきあって、自分の正義が通らなくて、でもあの時代の恩恵が今後終身続くんですからね。 ともかく ・脳内身分制度 ・やりたいことだけやっていればいいのか について今構想をめぐらせています。 そのうち書きますわ。 あと、 智くん部屋を読んでいますけど、智くんにとって地域の学校の支援級はまあ、本来の特性からするとハードル高かったのかもしれませんけど、でも本当にうまく活用していますね。もちろん色々な工夫や修行の成果でもあるけど。 それと 昨日いただいた情報によると、PBM機器の比較的安い方を購入したおうちのお子さんは、悩んでいた睡眠障害がなくなり昼寝までするようになったそうです。寝られるようになると伸びそうですね。楽しみです。 あと、五月イベント八月まで見られますのでまだまだ受け付けていますよ。 第一部で「動くことの大事さ」を 第二部で「安心安全を確保して動くこと」を学べる稀有なイベントです。 つまり、不登校の人とか、引きこもりの人とかにすごく役立つと思うのですが。 よかったら申し込みお待ちしておりますね。 返信する
yasu 2026年6月9日 要介護でも要支援でも、どちらでもそうですが、介護保険の範囲でできることと被支援者がやってほしいこと(あるいは、これくらいは当然やってもらえると思っていること)の間には結構開きがあります。例えば掃除は生活空間のみに限定されるとか。(例えば、普段使っていない2階の部屋の窓をあけてきてというのはできない)こういうところが不満の発祥だったりしますね。 やりたいことだけやればいいかは、発達関係なくNGかと思います。最大の理由は「独りよがり」な考え方になり、世界は自分の思うがままに動くという誤認識につながるから。 返信する
浅見淳子 2026年6月10日 yasuさん そういうトラブルはよくきくのですが、うちの場合にはちょっと違っていまして、1月2月に大崩れして急いで介護保険を申請して要介護認定をとったのに、その後立ち直ってしまったことなんですよね。そして体は立ち直っていますが、認知の方は進んでいるわけです。だから「なんで来るの?」になってしまっているのです。 yasuさんや私のように、自分の発達特性をとりあえず定型に設定している人は、「やりたいことだけやっていていいはずがない」とぴんとくるのですが、自分の発達特性に偏りを自認している人たちは「やりたいことだけやっていればいい」と口にします。でも実際は数々のデューティをこなしておられます。ただ、影響力のある方の発言は都合よく解釈されたりしますね。 返信する
yasu 2026年6月10日 なるほど、そうですか。 介護保険は融通が利かないところがあって、自分の都合の良い時だけ来てもらうわけにはいかないんですね。一度「来る」と決まってしまえば、頻度を変えるのはできない。本当は現場レベルで柔軟に対応できればいいのでしょうけれどそうはなっていないみたいですね。 「やりたいことだけやっていればいい」は「自分の得意を磨いてそれで勝負する」に直接繋げてしまうという、恐ろしい勘違いをする人がいます。これはギフテッド教育がダメな大きな理由だと思っています。自分の発言の影響力を考えるのは、そんな大物でなくても(例えば親の発言は時には子どもに大きな影響を与えます)必要だと思いますね。 返信する
浅見淳子 2026年6月6日 おはようございます。 ちょっと前に療育整体師の人に資格があるんだぞとマウント取られた話は書きましたけど、私は「けっ」と思った。それは別に療育整体が松島さんが民間で発行している民間資格だからということではなく、そもそも国家資格であれ、資格がなきゃ仕事をできない人を別に尊敬していないからなわけです。「資格がほしい」という心理自体が全くわからない。他人からお墨付きをもらわなければ安心できないほど、そんなに自信がないのかね、とは思う。 もちろん資格がなければそもそもその仕事ができないという権限の範囲のために資格があるんだろうけど(医療などはその典型)、逆に言うと資格を取って仕事している人は身一つで勝負することを選ばなかった人なので、とくに尊敬はしていないんですね。 花風社クラスタの人たちは療育整体前から身体アプローチになじみがあって、効果も感じていて、療育整体を大歓迎して活用してくださっていますが、治しているお母さんで療育整体のヒエラルキーを必死に駆け上っている人ってきいたことないんですけど(まあ、私が知らないだけで皆さん純粋にお勉強の一環として次々講座をとっているかもしれないしそれはそれでいいことだと思いますが)。治している人ほど「資格がなければ治らない」とは思っていない。本読んだり、松島さんの講座行ったり、施術を受けたりしているかもしれないけど、別に自分がマイスターだのプロだのにならなきゃ治らないとは思っていないでしょ。 私は国家資格は何一つ持っていない。何しろ多くの大人が持っている普通免許だって持っていない。婚活も就活もほぼしたことがない。でも別になんにも困っていない。学生時代に知り合った人と結婚し、二つの会社に自分で売り込みに行って働かせてもらい(そのおかげでこの年になって三階建ての年金がもらえる)、ついには自分で起業して30年。就職だとか結婚だとかを他人にあっせんしてもらうとか、他人が設定した資格をとるために勉強するという発想がない。 だから今の〇活みたいなやつは業者側の都合でできているんだと思っています。婚活業者の動画とか回ってきますが、まああの人たちはそれこそなんの資格があってあんなにえらそうなんでしょうね。謎ですね。婚活業者が離婚したりしているみたいだし。 先日は男性側から見て、「車を運転できる女性ではないと困るかどうか」っていう話があったんですけど、その中で新鮮な驚きだったのは「運転できる女性じゃないと飲み会の帰りに迎えにきてもらえない」というのがあり そうか、車社会である地方においてはだんなが飲み会だと奥さんは迎えにいくんだ、と思いました。っていうことは「だんな飲み会の日は妻は飲酒できない」こと確定だし、お風呂も入れないんでしょうか。それともお風呂に入ってすっぴんの顔に眉毛だけ書いて迎えに行ったりするのかな。 都会において飲み会帰りのだんなは自動的に公共交通機関でかえってきますので、「今日飲み会」と言われたら早めに手抜きのごはんで済ませてあとはiPadもってごろごろしていればいい、という気楽な時間。うちの夫は肉と魚と両方ほしい人なんですけど一人のときは肉か魚かどっちかでいいからラクな日です。 でも車社会の妻にとってだんなの飲み会の日はラクじゃないのかもしれないと気づいたことでした。 さて、アマゾンでも『自律神経を整える療育整体』を売り始めて、手数料惜しさに花風社からの直販を執拗にいらながった「松島先生から資格いただいていますキリっ」の方のお手元にもそろそろ本が届いていることでしょう。動画もいっぱいでわかりやすいでしょ? で、神展開に恵まれてきた私として、何があのときもったいなかったかっていうと、「花風社がキャンセル間違って送ってきた。これは今すぐやってみようということでは?」みたいな発想をするのが習慣になっているから。偶然に助けられることは多いから、偶然は神の声だと思う。 で、今回も、『自律神経を整える療育整体』をGWあたりに送り出し、執拗に返品したがる療育整体師の人とあれこれやりとりしていた時期に、来たんですよね。 何が? って次の企画の持ち込みが。 で、私、その原稿読んじゃったんですよ。 それで著者とzoomすることにした。 そして画面の向こうにいる著者に「すごいタイミングで来た」という話をしました。だって私、身体アプローチには一区切りつけたところだから。 それでもその原稿を見逃せなかったのは、それが花風社にとってのフロンティアの企画だったから。 どうフロンティアかというと、この原稿の主の目指すところは 「どうしても伸びにくい子も伸ばしたい」だったんです。 今まで花風社は、伸びようと呼びかけ、伸びた子とそのご家族をたたえてきた。 「治ったら自慢してください」と自慢を奨励してきた。 他人の自慢を卑屈に受け取る人はいやだったろうけど、他人の自慢を希望を受け取る人もいるから。 だけどその陰で、「金魚体操でもダメだった」「療育整体でもダメだった」人もいるかもしれない。 そういう人はひっそりと傷つきながら、時々横目で見ているかもしれない。 そこに現れたのが次の著者 「こんなに公金つかって療育しているのだから、伸びにくい子も伸ばしたい」という意欲を持った人物だったんですよ。 あ、これはまだやれという自閉の神様のお告げだな、と思いました。 赤本こと『自閉っ子、こういう風にできてます!』に最初に登場した自閉の神様。 私が南の島に行く前にニキさんが「そんなところに行ったら体温上がらないのか」と疑問を呈した。それが「この人たちと私たちは心が違うのではなくからだが(のちに使うようになった言葉によると神経系が)違うのだ、と気づいた最初でした。あの瞬間に自閉の神様は降りてきたんです。そこから花風社の身体アプローチ路線は始まった。2003年の暮れのこと。 そしてその間に神は何度も降りてきて、神田橋先生の姿をとったり、小田原の大先生、原始反射、療育整体とか色々な知見が現れて それが『自律神経を整える療育整体』に結実し やれやれ、次が来なかったら引退だなと思っていたら かぶせるようにやってきた。 で、それは出すことにしました。 花風社にとってもフロンティアだから 「伸びにくい子も伸ばす」。 この夏はゆったりと遊びながら、次の本も作りますよ。 こういう神展開を、私は逃さない。 だから色々うまくいってきたんだと思う。 逃す人もいるのよね。 それがちんまい手数料とかさ。そういうものを惜しんでチャンスを逃す人っているね。 ではでは皆様 楽しい週末を。 返信する
浅見淳子 2026年6月4日 おはようございます。 昨日は台風で一日こもっていました。 その間にも新横浜公園が街を守ってくれていたようです。 https://x.com/shinyoko_park/status/2062075678653288529 先人の知恵に感謝。 と同時に、地元民だからわかるのですが、水が引けばいいというものではなく、これからはたらく車がいっぱいやってきて洗浄とか消毒とかをするのです。しばらくは立ち入れないでしょう。 写真に映っている緑の木は私がこの春さんざんお花見した桜だったりします。 来年もまた、きれいに咲いてくれるでしょう。 水に浸かるのが前提で強い草木を選んで植えているそうですよ。 平時はきれいなガーデンです。 この春はチューリップも、ネモフィラもここで堪能しましたよ。 さて、そんなこもっている日にボリンゴさんから「五月イベント 第二部」の吉里さんの講演が送られてきました。 見返してみて、大事なことに改めて気づきました。 リアタイでは、進行にも気を使っているので、自分にとってのここ大事、にはあとで気づいたりします。 貴重な知見を分けていただいているな、と思いました。 とくに 安心安全→コンフォートゾーンから飛び出す勇気・元気 の流れがよくわかると思いました。 たとえば、不登校の人が、思い切って社会に出られるまでの過程など 説明がついたと思います。 結果的に 自由エネルギー理論とポリヴェーガル理論 を結びつけた花風社セミナーは貴重な場になったと思います。 noteでも売りますし 改めて皆さんにご案内させていただくかもしれません。 ではでは皆様 楽しい一日を。 返信する
浅見淳子 2026年6月1日 おはようございます。 木・金・土と二泊三日の海水浴旅行に出かけてきました。noteに旅行記をまとめておくと関連の記事がいっぱい上がってきて楽しいので、まとめるようにしております。よかったら読んでください。 本当においしいものを食べるには 奄美大島への海水浴旅行ご報告 https://note.com/asami_kafusha/n/n935cdf97940a 本当に、自然の中で身体を動かすと、しみじみ、しみじみ、と食べ物がおいしいもんだなと思いました。 あと、あっちでは海に入るのに忙しく、かつWifiも弱かったので、ブルーさんおすすめの動画は帰ってきてからみました。 中高一貫男子校出身者って、それほど詰んでいたかな? と記憶をたどってみますが 別にそれほど不利だったような気が私たちの時代にはありませんでした。 現代では「コミュニケーション力が大事」と耳にタコができるほど言われますが そしてそれがない人が恋愛そのほかの弱者になっていると言われますが この「コミュニケーション力」が本当になんなのか、私たちはわかっていない気がします。 最後は自己肯定感で終わるところは納得ですね。 むしろ、最初にモテコンサルの人がかましたきついセリフより 救いがあると思います。 皆さんも、機会があればご覧になるといいと思います。 ではでは皆様 楽しい一日を。 返信する
ブルー 2026年5月28日 >夫の教え子です(笑) そうだったのですか、世の中狭いですね(笑)。確かに、勝倉さんは外国語学部ドイツ語学科でしたね。 >義理堅く あ、以前からそうなのですね。勝倉さんは何かの動画で「特に経営者ともなると、義理を欠くとか、筋を通さないというのは、巡り巡って凄く損になる」というようなことを仰っていました。でも、そもそも経営者になる前からちゃんと義理堅かったのですね。 >なんか大笑いしていました 昇吾先生に笑って頂けて何よりです(笑) 返信する
浅見淳子 2026年5月28日 おはようございます。 母のことやリスキリングやらでパタパタしている間に、ここを盛り上げていただきありがとうございます。 ブルーさんから有益情報のお知らせ 実は、この「モテコンサル」の方は、夫の教え子です(笑)。就職先のメガバンへの推薦状も書いたけど退職した、一度目の結婚式も出たけど離婚した、と言っていました(笑)。でも義理堅く二度目の夫君も連れてお会いしにきてくださったそうです。ということで、ブルーさんがリンクを持ってきてくださったと話したら、なんか大笑いしていましたよ。ご活躍はうっすら横目で見ていたのですが、今日これから旅に出ますので旅先で見てみますね。 cocoさんから面白情報のお知らせ 面白そうな記事ですね。これも旅先で読みます。 それと、最近バタバタしている件をnoteにまとめておきました。 色々難しいです。 介護保険3か月 ヘルパーさんの交代劇 https://note.com/asami_kafusha/n/n0e2454f20cea よかったら読んでみてください。 支援は入れたり外したりしないといけないようです。 ではでは皆様 楽しい週末を。 返信する
おはようございます。
私はサッカーの日本代表をW杯のときしか気にしていないんですけど(予選もあまり見ていない)なんか強くなったっていうのは知っていました。海外で活躍する選手も増えたし、W杯ももう出るのが当たり前、みたいになっている。
そして今朝試合開始すぐに、本当に強くなったんだなあとわかりましたね。なんでか知らないけど、技術以前が違った感じ。もちろん技術もですが、ピッチへの散らばり方が一流のチームな感じ。
というわけで朝から応援していました。
W杯は日本が勝っても勝たなくても楽しいけど、出ている以上は応援しようと思います。
さて、あと私は皇室典範についての話し合いにもあまり興味がなく「決まったら教えてね」っていう感じです。
でも別に反皇室とかそういうのではなく、あったらあったでいいもんだと思っています。
ただ、誰かの人権を無視して無理やり続けていくくらいなら、別になくなってもいいんじゃないの、っていう感じです。たとえば今上の陛下がお若いころに継承の安定のため側室を設ける、とか言い出したら、国民の多くは反対しただろうし私も反対したでしょう。
どの家にも男の子が安定的に生まれるわけではないので、お互いに選んだお二人の間に男のお子さんがうまれなかったらそれはそれで別にいいんじゃないの、っていう感じ。
だから喧々諤々にもほとんど興味がないまま議論が進んでいるようなのですが、今回旅をしていて色々な伝統に触れ、どうやら皇室は続いた方がよさそうだ、と思うに至りました。
旅の記録はnoteに書きました。
題して「フロンティアへの旅」
https://note.com/asami_kafusha/n/nb756452c717d
まあ、旅先で新世代(当社比)の人の話をきくと、やっぱり私は老害だなと自覚するわけですが、最近の身体アプローチの人々に感じる違和感のもとは何かというと
他の療法と仲良くしたがることなんですよね。
あ、そういえば、二回イベントに来ていただいた吉里さんも色々な人と仲良くする機会を設けていらっしゃいますが、それも私にとっては「よくやるなあ」という感じで見ています。
つまり私は、あんまり仲良くしたくない人なんですよね(笑)。
考えが合う人ともあまり仲良くしたくないくらいなので、違うことやっている人とは全然仲良くしたくないわけです。
っていうか身体アプローチで治ることはみんなわかったのだから、ABAとかつぶせばいいのに、というのが私の本来持っている方向性です。年金生活に入らなかったら、こっちの方向性で突っ走ったかもね。
ところが今の身体アプローチの人たちは「他の療法を否定しない」とかいうわけ。それを見て私がどう思うかというととっさに浮かぶのは「卑怯だなあ」なんですよ。
身体アプローチが優勝って決まったんだから他の療法はつぶせばいい、というのが老害流考え方なわけ。
そして身体アプローチの人たちが「他の療法とコラボ」とか言っていると、それは保身からだろう、卑怯者、と思ってしまうというわけです。
でも今回の旅でわかったのは、どうも卑怯とかそういうことではなく「そういう時代なんだな」ということです。
たとえば小田原の大先生にしても松島さんにしても皆さんから見るとおっさんだろうけど、私から見ると年下なんですよ。そして私とは違う時代を生きているの。
どういう時代かというと、今回気づいたんだけど「ABAとかああいう連中がこっちをいじめにこない」時代なんですよ。私が受けたようないじめは療育整体の人は受けていないわけ。
そういう事情も知らずに「闘ってばかみたい。ぷぷぷ」とか言われるといやだから、だから私は「療育整体の人は友だち申請しないで」と言っているわけです。基本的に仲間は作りたくないので。
それより身体アプローチの人が今堂々と身体アプローチやっていられるのは、私がいじめられてやり返したからなので、バカにするよりは鎮撫の神社でも建てたほうがいいんじゃないかな(真顔)。
まあ神社はいいから、本は買ってね。
ではでは皆様
楽しい一週間を。
おはようございます。
昨日旅から戻りました。大きな神社にお参りしたり、人と会ったり、事業所や活動を見学したり、おいしいもの食べたり、伝統的な行事を観光客として楽しんだり、お土産買ったり、の充実した旅でした。
その間に老害関連のnote記事をたくさんお買い上げいただいたみたいなんですけど
身体アプローチギョーカイにおける老害宣言
https://note.com/asami_kafusha/n/n6eb972131cbc
今回も「どこに出しても恥ずかしくない立派な老害」としてふるまいつつ、なぜ私が老害になっていったのか、世の中の移り変わりの一端を少しわかったような気がしました。
そのことはまた書こうと思います。
「シリーズ 老害宣言」でしょうか。
さて、寝て起きるとサッカーをやっているという楽しいシーズンが始まりました。
ではでは皆様
楽しい日曜日を。
おはようございます。
昨日から花風社五月イベントをnoteで販売始めました。題して
安心安全の確保から社会での活躍につなげる講座を開きました!
https://note.com/asami_kafusha/n/n7705f1f60bbd
自由エネルギー理論+ポリヴェーガル理論 のこの企画は、数年後「画期的だった」とわかると思います。まあそのころ私がこの世界にいるかどうかはわかりませんが。
今日も新しい著者に会うんですけど、その原稿を読んでいても、松島さんの動きを見ていても、つくづく私はもう老害だなと思うので。ていうかあれほど応援していた(応援以外の気持ちがなかった)小田原の大先生が離れていったのだって老害だったからでしょう。
そのあたりを正直に宣言してみました。個人名いっぱい出てくるから有料バリア設けさせてもらいましたが。
身体アプローチギョーカイにおける老害宣言
https://note.com/asami_kafusha/n/n6eb972131cbc
ではでは皆様
楽しい週末を。
私は一泊出張に出かけてきます。
おはようございます。
愛甲さんやニキさんの「やりたくないことはやらない」を私も真似してみました。
今度の土曜日に中川朋先生のサロン?みたいなののオープニングがあるそうです。赤坂。で、そのオープニングのご招待状をいただきました。なんかお話きいて、カクテルパーティみたいなのがあって、ということ。そういうお披露目の場なら本がいるに違いない、と私は思い込み、「発送の都合で木曜日までにお願いします」と言ったら「間に合っています」と言われちゃった。「そういうパーティじゃない」そうです。
そうなのか~。そういうパーティじゃないのか。なら行きたくないなあ、と思いました。他に特別な予定があるというより、土曜日はこの二択のどちらか
・夫が仕事のない土曜日→一緒にライド
・夫が仕事がある土曜日→ライドのお稽古
ともかくこれで楽しく過ごすので、そこに「本を置くような場じゃない」「カクテルパーティ」とかに呼ばれても(多摩)川向こうくんだりまで行くのめんどくせえな、と思いました。本がいないのに版元がいるなんてすごくみじめじゃないですか。そんな屈辱的な場にいたくないですね。
でもあっちは釣り餌を仕込んでいる。その招待状を持って行ってなんかコード読むと?QEEGを無料で受けられるそうです。だから「ほーれ、QEEG受けさせてやるから本置かなくても来いよ」っていうことなんだろうなあ、と思いました。
でも私はQEEGなんか受けたくないし、今後受ける気もないです。っていうか自分が受けたければとっくに田中先生とかにお願いしていたと思うし、きっと受けさせてくださったと思う。
でも自分は受ける気がないから「どなたか」とか言って、こよりさんが受けたいと言ってくださって、こよりさんならとても知っている方だから、これまでの経緯とかも知っている方だから、色々なことがわかるだろうと思ってモニターになっていただいて本にしたわけです。
受けたい人が受ければいいし、QEEGは簡単に色々なことがわかるし、きっと療育の成果とかもわかりやすくて、今後も療育整体の成果とかを測定したりしていくみたいだから、発達援助の使い勝手のいいツールであることは間違いないんです。
でも私は受けない。今後受ける気もない。
なぜなら私は反医療だから。医療側に自分の内面情報を渡す気はないんです。
それと自分の「脳の中身を見てみよう」とは思わない。別に見たくない。与えられた脳にはきっと癖もあるんだろうけど、ありものを使いこなして老いていけばいい。
うちの母なんてきっともうボロボロなんだけど、でも残存能力をうまく使いこなしていますよ。
脳の中身を見たい人は他にたくさんいるから、その人たちのために本を出しただけ。
それでもその招待状は有効だそうだから、愛甲さんに電話して「QEEG受けたいですか?」ってきいたら「受けたくない。むしろいや」って言われました。同じ同じ。私も「受けたくない。むしろいや」
だからその招待状は無駄になることになりました。
でもいいや。
そうやって土曜日はパーティ行かない、って決めたら、別方面のお誘いがあり、明日から新幹線で面白いもの見に行くことになりました。観光面でも、お仕事面でも、貴重な場になるでしょう。
一つを切り捨てると次のチャンスがわいてくるって本当だなあ。
急遽決まった楽しい旅。夫に言ったら「いいね!」と快く送り出してくれます。
バカにされたらきちんとダメだしする。
相手につけこまれそうになったら拒否する。
これ大事なことだから覚えておいてくださいね。
ではでは皆様
楽しい一日を。
おはようございます。
昨日「やりたいことだけやっていればいい」という意見への違和感を表明しましたが、私が最近、周囲の、まあ仲良くしてリスペクトしている人たちの発言でも感じる違和感は他にもあります。
まず「治そうと思ってはいけない」というもの。
はて? なんででしょう?
治ったほうがいいに決まっているじゃないですか。
というのが私の第一印象(反射)。
で、なぜ「治そうと思ってはいけない」っていうかっていうと、力みが入るからとか、そういうことを言う人もいます。
たしかにそうでしょう。
私も、なんとかしようと余計な力が入ってしまうことありますよ。
たとえばダウンヒルとかね。怖いから力んでしまう。
去年の夏、あまりに暑かったのであまり外を走らずに室内お稽古ばかりしていました。
コーチに上半身の力を抜けと言われた。
室内お稽古は動かない自転車なので怖くないから、力抜けるんです。
で、そのまましまなみ海道とか走ったら、うまくなったような気がしました。
そういう意味で「なんとかしてやろう」とか思いすぎたり、あるいは恐怖心から、やたら力が入ってしまって逆効果、っていうのはわかる。
でもさ
そのための「魔法の手」であり「金魚体操っぽいもの」ではないの?
神田橋先生がかつて養生の一環として「貧乏ゆすり」をあげていらっしゃいましたが
思考が煮詰まったら貧乏ゆすりっぽい何かをするだけで変わります。
それは「座ったままする金魚体操っぽい何か」だったりする。
背骨が揺らげばリラックスします。
そういう手段を用意してあるんだけど
まだ「治そうと思ってはいけない」なのかな。
治ったほうがいいに決まっているじゃないか。
親なら治したいと思って当たり前じゃないか。
その当たり前の気持ちを持ってはいけないとかなんでいうのかな。
ちょっと疑問です。
ではでは皆様
楽しい一日を。
こんにちは。
昨日は美容院に行って、海風で傷んだ髪をトリートメントしてもらいました。それから母の家に行って、ケアマネさんの定例会議。ケアマネさんは一人頭12000円くらい公費でもらっているので(これに関しては自己負担なし)アリバイ的にでもひと月に一度直面談しなきゃいけないみたいですけど、昨日はばっちりと話題がありました。
で、そういう会議のあとって疲れるんですよね。まっすぐ帰る気にならず、ちょっとお買い物して(食料品とか百均とか高価なものではないですけど)ちょっとカフェに入って、最近通奏低音のように気になっている「発達障害の人はやりたいことだけやっていればいいのか」についてnoteに書くプランニングをしました。
「やりたいことだけやっていればいいよね」って誰かが言ったら、私は当然否定します。でも親しい人、こちらがリスペクトしている人、花風社周りの人でも、「自分はやりたくないことはやらない」「やりたいことだけやっていればいい」の方針の人がいます。まずニキさんは「頑張るのは嫌い」と昔から言っていた。そして愛甲さんも「やりたいことだけやる」みたいなことを言う。でもじゃあ、お二人があらゆるオブリゲーションから逃げているかっていうとそうじゃないし、お二人とも努力家と言って差し支えない気がしますね。ニキさんは激しく否定していたもんですが。自分が努力家だと。
だからこの辺の議論は、発達障害の自覚がある(愛甲さんもそう)人たちと私とではちょっと軸がずれているのね。そして今現在私が「発達障害の人はやりたいことだけやればいいと思いますか?」ときかれたらやはり答えはノーですわ。愛甲さんはイエスかもしれないね。
私だってやりたいことしかやらないでいいのなら、ケアマネとの会議なんてやりたくないわけです。でも親のことだから、親を見捨てるわけにいかないから、会議に出ていくわけじゃないですか。
そしてじゃあ愛甲さんやニキさんが、そういう浮世の義理を欠いているかというとそんなことはなく、むしろ私よりそのあたりハイパーりちぎにこなしているかもしれません。でもお二人は「やりたくないことはやらない」主義。私はそれに否定的。いったいどういうこと?
そんなことを考えながら、頭を整理していたわけです。
そしてちょこザップに行って、帰ったら郵便が届いていた。企業年金連合会(三階建て部分)からの裁定決定&年金証書。死ぬまで保管しておかなくてはならないものですよ。なぜかっていうと、終身でもらえるからね。若いころの短い正社員勤務が今になって終身年金のかたちで戻ってきた。経ってみればあっという間ですよ。
だからね、働き控えとか本当に馬鹿らしいと思いますよ。もちろん、子どもが小さいうちは家にいてあげたいとか、そういう決断はそれぞれでありだと思います。お母さんとお子さんのそれぞれの個性もあるし。でも「自分で社保入りたくないから働き控える」って本当に、判断基準としてせこすぎると思いますね、私は。働きたい、とか、働く必要がある、とか、遊ぶ金が欲しい、とか、そういう人はどんどん働いて社保を納めればいいと思います。
年金よりむしろ邪魔なのは医療費ですよね。
今朝もNHKつけていたら、看護学生が出てきて、おじいさんが病気で倒れたときお世話になって看護師になろうと思った、とか、人の役に立ちたいからこの仕事を選んだ、とかぐちゃぐちゃ言っていましたけど、私は今年に入って看護師になんか世話になっていないですよ一度も。美容師には何度か世話になっている含む昨日、ですが。しかも美容師さんはお仕事した分しかお金とらない。一方で看護師はまったく世話になっていないのに毎月金取っていてしかもマウントとる。どっちが私の役に立っているかっていうと、そりゃあ美容師さんですよ。
そもそも医療の人間は「自分たちだけが世の中の役に立っている」って思いすぎじゃないですかねえ。というわけで、キラキラした瞳で看護師を目指している若いお嬢さんたちを全然応援できない自分がいました。ああいう安定した資格商売につかせたがる親っていますけど、そういう親って私からみると毒親だからね。最初から選択肢を狭めているわけだから。子どもの可能性をつぶす毒親です。
でも、医療の人間がなんで一般人にマウントとるかっていうと、やはり変な身分制みたいなのを引きずっているんだと思うんですよ。私はこのギョーカイに入って何がいやだったかっていうと、対等な大人同士の付き合いっていうのが一切ないわけ。医療とか教育の人ってまずマウントとってくるんですよ。で、言い返すと今度は下手に出るの。対等な関係が築けないんですよあのカテゴリーの人たちって。
そしてここにきて実母もそういうタイプの人間なんだな、ってわかってきて、母はなんだかんだ封建的な時代に育ったからな、と思って、ヘルパー虐待しないようにヘルパーが来ているときは私が見張りに行ってきたんです今朝。そういうことって明らかに「やりたいこと」じゃない。でも「やらなきゃいけないこと」じゃないですか。
正社員時代も別にやりたいことだけやっていたわけじゃない。もちろん好きな仕事でしたし、多くの学びがあったし、でもいやな人間関係もあり、大酒飲んでいた時代でもあり、嫌いな人ともたくさんつきあって、自分の正義が通らなくて、でもあの時代の恩恵が今後終身続くんですからね。
ともかく
・脳内身分制度
・やりたいことだけやっていればいいのか
について今構想をめぐらせています。
そのうち書きますわ。
あと、
智くん部屋を読んでいますけど、智くんにとって地域の学校の支援級はまあ、本来の特性からするとハードル高かったのかもしれませんけど、でも本当にうまく活用していますね。もちろん色々な工夫や修行の成果でもあるけど。
それと
昨日いただいた情報によると、PBM機器の比較的安い方を購入したおうちのお子さんは、悩んでいた睡眠障害がなくなり昼寝までするようになったそうです。寝られるようになると伸びそうですね。楽しみです。
あと、五月イベント八月まで見られますのでまだまだ受け付けていますよ。
第一部で「動くことの大事さ」を
第二部で「安心安全を確保して動くこと」を学べる稀有なイベントです。
つまり、不登校の人とか、引きこもりの人とかにすごく役立つと思うのですが。
よかったら申し込みお待ちしておりますね。
要介護でも要支援でも、どちらでもそうですが、介護保険の範囲でできることと被支援者がやってほしいこと(あるいは、これくらいは当然やってもらえると思っていること)の間には結構開きがあります。例えば掃除は生活空間のみに限定されるとか。(例えば、普段使っていない2階の部屋の窓をあけてきてというのはできない)こういうところが不満の発祥だったりしますね。
やりたいことだけやればいいかは、発達関係なくNGかと思います。最大の理由は「独りよがり」な考え方になり、世界は自分の思うがままに動くという誤認識につながるから。
yasuさん
そういうトラブルはよくきくのですが、うちの場合にはちょっと違っていまして、1月2月に大崩れして急いで介護保険を申請して要介護認定をとったのに、その後立ち直ってしまったことなんですよね。そして体は立ち直っていますが、認知の方は進んでいるわけです。だから「なんで来るの?」になってしまっているのです。
yasuさんや私のように、自分の発達特性をとりあえず定型に設定している人は、「やりたいことだけやっていていいはずがない」とぴんとくるのですが、自分の発達特性に偏りを自認している人たちは「やりたいことだけやっていればいい」と口にします。でも実際は数々のデューティをこなしておられます。ただ、影響力のある方の発言は都合よく解釈されたりしますね。
なるほど、そうですか。
介護保険は融通が利かないところがあって、自分の都合の良い時だけ来てもらうわけにはいかないんですね。一度「来る」と決まってしまえば、頻度を変えるのはできない。本当は現場レベルで柔軟に対応できればいいのでしょうけれどそうはなっていないみたいですね。
「やりたいことだけやっていればいい」は「自分の得意を磨いてそれで勝負する」に直接繋げてしまうという、恐ろしい勘違いをする人がいます。これはギフテッド教育がダメな大きな理由だと思っています。自分の発言の影響力を考えるのは、そんな大物でなくても(例えば親の発言は時には子どもに大きな影響を与えます)必要だと思いますね。
おはようございます。
ちょっと前に療育整体師の人に資格があるんだぞとマウント取られた話は書きましたけど、私は「けっ」と思った。それは別に療育整体が松島さんが民間で発行している民間資格だからということではなく、そもそも国家資格であれ、資格がなきゃ仕事をできない人を別に尊敬していないからなわけです。「資格がほしい」という心理自体が全くわからない。他人からお墨付きをもらわなければ安心できないほど、そんなに自信がないのかね、とは思う。
もちろん資格がなければそもそもその仕事ができないという権限の範囲のために資格があるんだろうけど(医療などはその典型)、逆に言うと資格を取って仕事している人は身一つで勝負することを選ばなかった人なので、とくに尊敬はしていないんですね。
花風社クラスタの人たちは療育整体前から身体アプローチになじみがあって、効果も感じていて、療育整体を大歓迎して活用してくださっていますが、治しているお母さんで療育整体のヒエラルキーを必死に駆け上っている人ってきいたことないんですけど(まあ、私が知らないだけで皆さん純粋にお勉強の一環として次々講座をとっているかもしれないしそれはそれでいいことだと思いますが)。治している人ほど「資格がなければ治らない」とは思っていない。本読んだり、松島さんの講座行ったり、施術を受けたりしているかもしれないけど、別に自分がマイスターだのプロだのにならなきゃ治らないとは思っていないでしょ。
私は国家資格は何一つ持っていない。何しろ多くの大人が持っている普通免許だって持っていない。婚活も就活もほぼしたことがない。でも別になんにも困っていない。学生時代に知り合った人と結婚し、二つの会社に自分で売り込みに行って働かせてもらい(そのおかげでこの年になって三階建ての年金がもらえる)、ついには自分で起業して30年。就職だとか結婚だとかを他人にあっせんしてもらうとか、他人が設定した資格をとるために勉強するという発想がない。
だから今の〇活みたいなやつは業者側の都合でできているんだと思っています。婚活業者の動画とか回ってきますが、まああの人たちはそれこそなんの資格があってあんなにえらそうなんでしょうね。謎ですね。婚活業者が離婚したりしているみたいだし。
先日は男性側から見て、「車を運転できる女性ではないと困るかどうか」っていう話があったんですけど、その中で新鮮な驚きだったのは「運転できる女性じゃないと飲み会の帰りに迎えにきてもらえない」というのがあり
そうか、車社会である地方においてはだんなが飲み会だと奥さんは迎えにいくんだ、と思いました。っていうことは「だんな飲み会の日は妻は飲酒できない」こと確定だし、お風呂も入れないんでしょうか。それともお風呂に入ってすっぴんの顔に眉毛だけ書いて迎えに行ったりするのかな。
都会において飲み会帰りのだんなは自動的に公共交通機関でかえってきますので、「今日飲み会」と言われたら早めに手抜きのごはんで済ませてあとはiPadもってごろごろしていればいい、という気楽な時間。うちの夫は肉と魚と両方ほしい人なんですけど一人のときは肉か魚かどっちかでいいからラクな日です。
でも車社会の妻にとってだんなの飲み会の日はラクじゃないのかもしれないと気づいたことでした。
さて、アマゾンでも『自律神経を整える療育整体』を売り始めて、手数料惜しさに花風社からの直販を執拗にいらながった「松島先生から資格いただいていますキリっ」の方のお手元にもそろそろ本が届いていることでしょう。動画もいっぱいでわかりやすいでしょ?
で、神展開に恵まれてきた私として、何があのときもったいなかったかっていうと、「花風社がキャンセル間違って送ってきた。これは今すぐやってみようということでは?」みたいな発想をするのが習慣になっているから。偶然に助けられることは多いから、偶然は神の声だと思う。
で、今回も、『自律神経を整える療育整体』をGWあたりに送り出し、執拗に返品したがる療育整体師の人とあれこれやりとりしていた時期に、来たんですよね。
何が? って次の企画の持ち込みが。
で、私、その原稿読んじゃったんですよ。
それで著者とzoomすることにした。
そして画面の向こうにいる著者に「すごいタイミングで来た」という話をしました。だって私、身体アプローチには一区切りつけたところだから。
それでもその原稿を見逃せなかったのは、それが花風社にとってのフロンティアの企画だったから。
どうフロンティアかというと、この原稿の主の目指すところは
「どうしても伸びにくい子も伸ばしたい」だったんです。
今まで花風社は、伸びようと呼びかけ、伸びた子とそのご家族をたたえてきた。
「治ったら自慢してください」と自慢を奨励してきた。
他人の自慢を卑屈に受け取る人はいやだったろうけど、他人の自慢を希望を受け取る人もいるから。
だけどその陰で、「金魚体操でもダメだった」「療育整体でもダメだった」人もいるかもしれない。
そういう人はひっそりと傷つきながら、時々横目で見ているかもしれない。
そこに現れたのが次の著者
「こんなに公金つかって療育しているのだから、伸びにくい子も伸ばしたい」という意欲を持った人物だったんですよ。
あ、これはまだやれという自閉の神様のお告げだな、と思いました。
赤本こと『自閉っ子、こういう風にできてます!』に最初に登場した自閉の神様。
私が南の島に行く前にニキさんが「そんなところに行ったら体温上がらないのか」と疑問を呈した。それが「この人たちと私たちは心が違うのではなくからだが(のちに使うようになった言葉によると神経系が)違うのだ、と気づいた最初でした。あの瞬間に自閉の神様は降りてきたんです。そこから花風社の身体アプローチ路線は始まった。2003年の暮れのこと。
そしてその間に神は何度も降りてきて、神田橋先生の姿をとったり、小田原の大先生、原始反射、療育整体とか色々な知見が現れて
それが『自律神経を整える療育整体』に結実し
やれやれ、次が来なかったら引退だなと思っていたら
かぶせるようにやってきた。
で、それは出すことにしました。
花風社にとってもフロンティアだから
「伸びにくい子も伸ばす」。
この夏はゆったりと遊びながら、次の本も作りますよ。
こういう神展開を、私は逃さない。
だから色々うまくいってきたんだと思う。
逃す人もいるのよね。
それがちんまい手数料とかさ。そういうものを惜しんでチャンスを逃す人っているね。
ではでは皆様
楽しい週末を。
おはようございます。
昨日は台風で一日こもっていました。
その間にも新横浜公園が街を守ってくれていたようです。
https://x.com/shinyoko_park/status/2062075678653288529
先人の知恵に感謝。
と同時に、地元民だからわかるのですが、水が引けばいいというものではなく、これからはたらく車がいっぱいやってきて洗浄とか消毒とかをするのです。しばらくは立ち入れないでしょう。
写真に映っている緑の木は私がこの春さんざんお花見した桜だったりします。
来年もまた、きれいに咲いてくれるでしょう。
水に浸かるのが前提で強い草木を選んで植えているそうですよ。
平時はきれいなガーデンです。
この春はチューリップも、ネモフィラもここで堪能しましたよ。
さて、そんなこもっている日にボリンゴさんから「五月イベント 第二部」の吉里さんの講演が送られてきました。
見返してみて、大事なことに改めて気づきました。
リアタイでは、進行にも気を使っているので、自分にとってのここ大事、にはあとで気づいたりします。
貴重な知見を分けていただいているな、と思いました。
とくに
安心安全→コンフォートゾーンから飛び出す勇気・元気
の流れがよくわかると思いました。
たとえば、不登校の人が、思い切って社会に出られるまでの過程など
説明がついたと思います。
結果的に
自由エネルギー理論とポリヴェーガル理論
を結びつけた花風社セミナーは貴重な場になったと思います。
noteでも売りますし
改めて皆さんにご案内させていただくかもしれません。
ではでは皆様
楽しい一日を。
おはようございます。
木・金・土と二泊三日の海水浴旅行に出かけてきました。noteに旅行記をまとめておくと関連の記事がいっぱい上がってきて楽しいので、まとめるようにしております。よかったら読んでください。
本当においしいものを食べるには 奄美大島への海水浴旅行ご報告
https://note.com/asami_kafusha/n/n935cdf97940a
本当に、自然の中で身体を動かすと、しみじみ、しみじみ、と食べ物がおいしいもんだなと思いました。
あと、あっちでは海に入るのに忙しく、かつWifiも弱かったので、ブルーさんおすすめの動画は帰ってきてからみました。
中高一貫男子校出身者って、それほど詰んでいたかな? と記憶をたどってみますが
別にそれほど不利だったような気が私たちの時代にはありませんでした。
現代では「コミュニケーション力が大事」と耳にタコができるほど言われますが
そしてそれがない人が恋愛そのほかの弱者になっていると言われますが
この「コミュニケーション力」が本当になんなのか、私たちはわかっていない気がします。
最後は自己肯定感で終わるところは納得ですね。
むしろ、最初にモテコンサルの人がかましたきついセリフより
救いがあると思います。
皆さんも、機会があればご覧になるといいと思います。
ではでは皆様
楽しい一日を。
>夫の教え子です(笑)
そうだったのですか、世の中狭いですね(笑)。確かに、勝倉さんは外国語学部ドイツ語学科でしたね。
>義理堅く
あ、以前からそうなのですね。勝倉さんは何かの動画で「特に経営者ともなると、義理を欠くとか、筋を通さないというのは、巡り巡って凄く損になる」というようなことを仰っていました。でも、そもそも経営者になる前からちゃんと義理堅かったのですね。
>なんか大笑いしていました
昇吾先生に笑って頂けて何よりです(笑)
おはようございます。
母のことやリスキリングやらでパタパタしている間に、ここを盛り上げていただきありがとうございます。
ブルーさんから有益情報のお知らせ
実は、この「モテコンサル」の方は、夫の教え子です(笑)。就職先のメガバンへの推薦状も書いたけど退職した、一度目の結婚式も出たけど離婚した、と言っていました(笑)。でも義理堅く二度目の夫君も連れてお会いしにきてくださったそうです。ということで、ブルーさんがリンクを持ってきてくださったと話したら、なんか大笑いしていましたよ。ご活躍はうっすら横目で見ていたのですが、今日これから旅に出ますので旅先で見てみますね。
cocoさんから面白情報のお知らせ
面白そうな記事ですね。これも旅先で読みます。
それと、最近バタバタしている件をnoteにまとめておきました。
色々難しいです。
介護保険3か月 ヘルパーさんの交代劇
https://note.com/asami_kafusha/n/n0e2454f20cea
よかったら読んでみてください。
支援は入れたり外したりしないといけないようです。
ではでは皆様
楽しい週末を。