「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

我が家の治った自慢

発達障害の診断がついたり、グレーゾーンと疑われたお子さんだけど

・こんな風に治ったよ
・こんなことしたら治ったよ

というエピソードをどんどんお寄せください!

366 COMMENTS

たにし

残業が続き、帰宅時、起きている息子に会えない日が続いていますが、最近息子がLINEを送れるようになりました。
既にスマホでYouTubeは自在に使えるようになっていましたが、LINEとは嬉しいです。
おねえちゃんがサポートしてくれたみたい。

返信する
らかんか

まもなく小学校入学の息子、自閉症スペクトラムと指摘されています。

小さな治った自慢ですが、昨夜、爪を切らせてくれました。

今までは怖がるため、眠っているときに切っていました。

昨夜はお風呂上がり、「長い爪、割れちゃう?」というようなことを言ったので、そうだね割れるねと答えたら、「お母さん、ハサミで爪を切って」と言い、本当に切らせてくれました。

最初の数本は怖がりながらでしたが、「全部切って」と、手足全部、切らせてくれました。

こうやってさりげなく、1つ1つ怖いことを乗り越えて行くのか、すごいなあと思いました。
爪切り記念に、こちらに書かせていただきます。

返信する
たんぽぽ

高1息子、今年度の「治った」振り返りです。

【海外に行けたことで得たこと】
・「ドカン」が来た
何度かこちらにも書かせていただきましたが、渡航経験は彼を飛躍的に成長させたと思います。
私が面白かったのは、彼が帰国した日、夜中にムクッと起き出し(時差ボケのため深夜の変な時間に起きました)、私を起こし、「ねえ、こんな時間に悪いけど何か質問してくれる?」と頼んできたこと。
あまりに日本とは値観が異なる社会の中で過ごしたことの衝撃が身体中に残っていて、今、自分の中で言葉にしておきたいとのことでした。
わぁキタコレ息子の「ドカン」だ!高校生も「ドカン」ってあるんだ!と感動し、向こうでは〜はどうだったの?へえ、なんでそうなの?と専ら聞き役で、夜が明けるまで時には饒舌な、時にはぽつりぽつりと体から絞り出すような、息子の語りを聞いていました。すっごく眠かったけど、すっごく幸せな時間でした。
(翌日以降はいつものそれほど口数多くない息子に戻りました 笑)

・ネットとの付き合い方、情報との付き合い方
息子自身も自覚していますが、今回の体験で最も収穫だったことの一つに「ネットの情報と、以前にも増してよい距離を保てるようになった」ことが挙げられます。
たとえば、息子の行った国の中で最も治安が悪い貧民街はどこそこ、とネットにはありますが、実際息子達が訪れた貧民街はそこよりもっと悪いところだったそう。
ネットの情報が完璧なことは決してないのだということを実体験で理解し、有益な情報は活用し、その一部がたとえ適切でないと感じられてもそれに執着して揚げ足をとることは無意味である、というような、リテラシーがバランス良く身についたのではないかと思っています。(以前から執着してはいませんでしたが、今回の体験によってさらに、情報をただ受け身で享受するだけでなくて、何においても自分の身で頭で考えて受け止めることの大切さを知った、という感じです。)
身をもって様々な経験を積むことが、何かに寄りかかりすぎず自他の距離をほどよく保つ力を養うのではないかと思います。

【一つ踏み出すと、次の出会いに恵まれることを知った】
夏休みにレポートの宿題が出ていたので、渡航で考えたこと経験したことをまとめて提出したら、それを先生がコンテストに出品してくださり、入賞しました。
惜しくも(?笑)大賞ではなかったのですが、賞金もいただけ、次にやりたいことの軍資金の一部にできる、と喜んでいます。
表彰式で審査員だった方々とお話ができたそうですが、そのうちのお一人が、息子が次に行ってみたい国で長らく勤務経験がある方だったとのこと。まだ現地にいらっしゃるお仲間の方を紹介してくださいました。
国際電話でドキドキしながら話す息子に、「いつでもおいで!」とその方が。
コロナが日々深刻になってきてからも、「まだこっちに来る飛行機は飛んでるよ!大丈夫!」と明るく連絡を下さいました。なんとありがたいことか。

予定の急な変更に大パニックを起こしていたかつての息子だったら、今の状況は耐えがたき苦痛だったと思います。でも、いろいろ踏み出してみたことで、出会いが増え、応援してくれる人や前向きに考える人に出会い、物事を大きなスケールで、長いスパンで観るような視点が自分なりに得られるようになり、それほど動じない軸が備わってきたのではないかと思います。
いつか必ず来る楽しみを信じて今を乗り越える。そういう過ごし方を、成長に伴ってわかってきたかなと思います。(大学受験もそんなものなので、ぜひ頑張ってほしいところですー□ー;)

【箸が使えるように!】
え?今更?と、上記の2つに比べたら随分アンバランスなことのように思えますが(^_^;)ずっと手先が不器用で、箸は握り箸が深化したような自己流の持ち方でした。
エジソンの箸から始まり、あらゆる矯正箸を試したり、勿論手先だけに囚われずいろいろやったりしてはみたものの・・・やっぱり直らなかった10数年。もう、このくらいなら仕方ないかな、と目をつぶっていました。
先日、ふと食事で箸の話題になって、「ねえ、オレちゃんと使えるようになったと思わない?」と。ほんとだ使えてる!なんで?意識するようになったの?誰かに指摘された?と聞いたら、「いや、そんなんじゃなくて、うーん、手が箸にやっと追いついた(笑)」と。おぉなるほど!
昔の私に言いたいです。高校生になってもまだまだ発達途上で楽しみいっぱいだよ、今日明日になんとかしようと思わずに積み重ねていけば大丈夫だよと。

毎年、この時期に子供の成長を振り返っています。あちゃーと思うこともたくさんですが、子供達なりに、ちゃんと大きくなっているなと思います(*^_^*)

返信する
智ママ

先日、療育園での二者面談でした。

「智ちゃん、また知的に伸びたんじゃないですか?以前と比べて、指差し回数が増えたし、指示が通るようになったし、語彙がまた爆発的に増えてますよ」「平均の発達指数37より、もっと指数は上がっていると思いますよ」と担任の保育士の先生から指摘がありました。

確かに、最近、お手伝いをしてもらうときに、指差す方向を一緒に見たり、指示を復唱して確認するようになったり、行動が少し変わったとは感じていました。
朝の準備も手順を理解して復唱するようになったし、(行きしぶりが出ているときにはゆっくりしたスピードですが)ご飯もあまりこぼさないように食べることができるようになりました。

「いや、本当に頭の中がアレ(脳室拡大と脳梁全欠損)な子だとは、全然言われてもピンとこないですよ!脳が全部揃っていても、これぐらいのお子さん、普通に園にいるし。人間て、すごいんですね!お母さん」「最初、智ちゃんが、支援学校志望だったのが嘘みたいですよね(志望はしていなかったけれど、療育園ではそういうことになっているらしい)。いやー、わからないものですね〜」
保育士歴20年以上の、ベテランの主担任の保育士の先生がいつになく、しみじみしておられました。

本日は、軽い風邪のため療育園を休ませていますが、書き込みをしている間も「お母さん、バス(バスの模型の玩具)とってください」「電車の玩具で遊んでいい?」「あ。玩具、落としちゃった〜」「いだてん(走るランナーのマネ)、したい」「九州新幹線のって、鹿児島に行って、鹿児島中央で降りて、路面電車にのって、バスに乗って、病院に行きたい(両親の鹿児島行き計画の話を聞いていて、一回で覚えてしまった鉄道好き少年)」とひっきりなしに喋っていて、電車で遊び続けています。
やかましいくらい話をするので、どこからこのお喋りが生まれてくるのだろう?と不思議に思っています。

これも、皆様のツイートと書籍と、どっとこむのおかげだと思っています。
ありがとうございます。

返信する
智ママ

多発奇形と中度知的障害の息子が、先週の水曜日に登園拒否を起こし、「療育園、行きたくない〜〜〜!」と大泣きするようになりました。

とりあえず毎日乗っている園バスには、時間の都合で乗れなくなったので、療育園に電話をかけて、事情を説明しました。
なにか心当たりはあるか尋ねてみたところ、
・給食を食べるのが遅くて残されて、一人になって泣いていた
・それが先々週の週末、三日間続いた
ということがわかりました。

泣いて嫌がる自分の様子を、療育園に電話をかけて問い合わせる母親の姿に、
『お母さんは、味方だ』と思ったらしい息子、電話を切った後に「療育園、いく・・・」「地下鉄で、いく」と言いました。
地下鉄に乗って最寄り駅から療育園まで歩きましたが、だんだん挙動不審になり、顔面硬直してくる息子に少し驚きましたが、「地下鉄でいく、って言ったよね?」で通して歩き続け、最後の教室の前までついていきました。

その後も、「バスに乗るのが嫌なら、車でお迎えに来ましょうか?」と少しトンチンカンな申し出がある担任の保育士と、話をすること40分、以下の取り決めをしました。
・療育園や小学校に行くのは自然なことをわかるためにも、特別扱いはしない
・あくまで園バスで登園できることが普通になるようにする
・園バスのバス停までの道のりが苦痛なら、途中に用事やご褒美がある状態にして『行けた』に照準を合わせる
・小学校では先生と1対1になるので、同学年のお友達と遊べるチャンスは、卒園までの一週間しか無いことを教えておく
・スモールステップで小学校の準備を進める
・小学校でも、ご飯を食べるのが遅いと、残されることは普通にあることを告げておく

そして、以下のことを園側に告げました。
・口唇口蓋裂の子にはよくある話として、上の前歯が4本、欠損しているため、食べるのが遅くなりやすいこと
・慌てて食べると、発音を良くするために直経を縮めた喉に引っかけて、吐いてしまうか、窒息すること
・おしゃべりし過ぎや、ぼ~っとしていて食べるのが遅くなるのは、当人の問題なので、注意して食べるのを促したほうがいいこと

水曜日は大泣きして行きたがりませんでしたが、木曜日は、園バスのバス停までの道順にある、放課後デイサービスに提出する書類をもたせて、私も側についている状態で、園バスの停留所まで歩かせました。顔はひきつって挙動不審になっていましたが、バスに乗れました。
土曜日は、父親が療育園まで迎えに行くことを約束して、園バスに乗せました。
帰りはあちこちに立ち寄れたからか、ニコニコして帰宅してきました。

月曜日の今日は、「謝辞の見本をPTAに返す約束をしているから、謝辞を入れた封筒を先生に渡してくれる?」と謝辞を入れた封筒をもたせて、園バスのバス停まで歩きました。役目があるからか、ニコニコしながらバスに乗って行きました。
用事や役目があると、登園に気が乗らなくても嫌な気分のままではいずに、楽しく登園できるようです。

園では、食べられる分量の給食から再度始めているそうで、食べたあと、同じクラスの子と一緒に遊べたことで、園に対するイメージが上書きされて変わってきたようです。
夜は指を回してもらいたがり、リクエストどおり回すとすぐに寝てしまいます。

今週末が療育園の卒園式なのですが、それまでこの調子で登園してくれそうなので、書き込みいたしました。
あと一週間が、楽しみです。

返信する
智ママ

療育園に行きたくないなら、行かせないという方法もありましたが、それでは根本的な解決にはならないし、小学校には行けたほうが断然いい(経験は大切)ので、無理強いしない程度に登園を促して、側について歩くぐらいのサポートでいくことにしました。
不登校に陥ると抜け出すのが大変なので、今が勝負だと思って一緒に送り迎えをしています。

返信する
Kei

おはようございます。
今日はわたしの次男の近況を報告させて頂きます。
最近の経緯も含めて書きますので長くなります事をご容赦ください。

次男は現在15歳。
3歳の時に自閉症スペクトラムと診断されてから幼児期の2年間を含めると中学卒業までの11年間(特別支援教育としては9年間)、特別な(?)支援を受ける子として過ごしてきました。

次男には小学生の時から行きたい公立高校がありまして、この度
第一希望だったその高校に合格しました♪

過去において子どもが通う中学校の特別支援学級からこの高校を受験する子はいなかったし、毎年それなりに倍率もある学校なので(あくまで次男とわたしが受けた感覚というか印象なのですが)、担任はちっとも前向きではなかった(去年の担任以外はハッキリ言って全く使えない人だった)ので学校に多くを求めず、高校進学に必要なスキルを身に着ける為に頑張って通った中学3年間でした。

特別支援教育といってもそれができる先生が殆どいないのが現実です。
だから結局は自分で頑張るしかないのですが、1年生の時の担任と今年の担任は「特別支援学級」在籍の生徒が「普通高校を受験する」という事に対して異常に及び腰というか全然前向きじゃなくて、特に今年の担任は次男が
「行きたい高校がある」
と言っているのにも関わらず、全く関連のない私立高校や通信高校、挙げ句の果てには夜間の定時制高校等の入学説明会に親子で出席する様に執拗に勧めてくる始末でした。
当然、方向性が違う事は再三言ってきましたが、理解が追いついていなかった様です。

公立高校受験の前に私立高校も受験して合格してはいました。
目指していた公立高校を受験する生徒の多くが受験する私立高校です。

実際、知り合いのお子さん(特別支援学級の子ではない)で、そこに通った子を何人か知っています。

以前は睡眠障害、感覚過敏(全部)、多動、自傷、他害(家以外)、パニック、拘り、偏食、協調運動の苦手さ、不器用さ等々、書き出したらキリがない程自他共に大変な子でした。

過去形で書いているのはこれら全部が治っているからです。

それでも次男が自分で理解している課題は未だあるので、
高校生になったら頑張ると言っています。

高校受験に際しては、
「合理的配慮」という事で事前に在籍する中学の校長を通じて受験する高校に申請すれば、別室での個別受験や書く事が苦手な生徒にはタブレット等の機器の使用、或いは代筆、時間延長等の特別措置を受ける方法もあるのですが、それらを一切受ける事なく他の数百人の生徒と一緒に受験し合格しました。

私立高校を合格した時点でこれまでお世話になった先生方に報告していました。

小学校で一番長く直接関わってくれた先生は当然ですが次男が目指す高校をご存知で、
その時点で既に公立の中でも一番の高倍率だと知っておられたので、応援してくださっていました。

家族は当然大喜びですが、親子で仲良くしている友達が我が事の様に喜んでくれたのも嬉しかったです。
SNSでもたくさんのおめでとうという言葉を頂きました、面識のない方々も喜んで下さって嬉しかったです。

合格の確率は70%位。
といつになく消極的(笑)だった次男ですが、それを聞いた主治医は(担任の及び腰とは対照的に)「合格するでしょう」と言っておられました。

実際に合格を知らせるメールをしたら「これまでの(次男の)努力と(わたしの)支援を思うと涙が出そう…。」という返信をくださいました。

4歳の時の次男には正直なところ「特別支援学校」の受験も視野に入れていた時期もあって、体験入学にも行った程です。

次男自身「その学校に行かない」と決めて、地元の小学校の特別支援学級を選び中学も同様でした。

そして高校も次男が行きたい!とずっと思っていた高校に行くことになりました。

制服等の採寸も終えました。

去年、オープンスクールに行った時に
「来年待ってるよ」
と言ってくれた生徒さんがいてとても嬉しかったと言っていたのですが、それが実現しました。

特別支援教育の枠の中で9年間を過ごして来ましたが、他の生徒と同じ土俵で何の配慮も特別な措置も受けずに合格できたのは、次男自身がずっと自分の意志で頑張ってきたからです。

親のわたしにできるのはあくまでも後方支援の応援だけで、学校側に学習保証だけはしっかりとお願いしました。
本来、学校は勉強を教える事なので高校受験に必要な勉強をしっかり教えて欲しいと伝えてきた9年間でした。
その代わりに毎日朝ごはんを食べさせて送り出す。事は親としてすべき事だと思っていたので、毎日(殆ど口癖になって)言っていた
「学校に行きたくない」は無視して背中を押してきました。

「行かなくていい」と言ってしまうのはとても簡単な事ですが、それを言って本当に学校に行かずに義務教育で学ぶべき事を学ないままで行きたい高校を受験するなんてできる訳がない事は容易に想像できましたから。

「治った」と言うのを異様に嫌う人達の中には親が無理矢理押し付けている。と大きな勘違いしている人もいますが、我が子は幼児期から自分で選ぶことをしてきました。
小学校も中学校もそして高校も自分で選んで決めてきました。

大人になっても主体性がなかったり、何でも「ママ」に決めて貰わないと不安な人にはわからないでしょうが、世間には自分で決めて選んで頑張る道を歩む子達がたくさん(殆どの子がそう)います。

幼児期に発達障害と診断されたとしても、所詮「神経発達症」なので、抜けが埋まって普通の生活が大変じゃなくなったら好きな高校を受験して合格することも可能なのです。

高校は義務教育と違って通いさえすれば進級できる訳ではありませんし、次男は入学後の目標があって選んだ高校なのでこれからの3年間が正念場です。

幼児期に自閉っ子の特性てんこ盛りで自他共に大変な日々でしたが、それら全ては過去のものです。

「治りません」という治さ(治せ)ない人達の嘘に踊らされる事なく、愛する我が子の成長と「治る」を信じて自立した大人になるまで一緒に頑張りましょう♪

親は我が子の応援団長なのです!

返信する
みる

Keiさん

アットマーク国際高校品川学習センター2年生のみるです。この度はいつもお世話になっております。

先ずは中学校ご卒業おめでとうございます。
Keiさんの次男さんの合格、とても嬉しいです。学校は違えど春からはKeiさんの次男さんと同じ高校生だと思うと嬉しいです。

今後もご活躍を応援しております。
自分も先輩方のような大人を目指し今後も精進していきます。

※※ タイミングを逃し返信できなかった皆さんも、ご卒業、ご卒園おめでとうございます。今後ともご活躍を応援しております。

返信する
ねこ母

Keiさん
お子さん、希望校合格本当におめでとうございます。そして高校受験のための様々な後方支援、日々の暮らし、ご自身の仕事と本当に大変だったと思います。希望の高校を受けるため努力しているお子さんが、そんなことまで「獲得」しなくてはいけない特別支援教育って…現場の追いつかなさに他人の私さえ腹が立ちます。
春から高校生になって、また目標に向かい、それを応援するKei さんの日々は続くのでしょうね。特別支援教育との戦いが減った分、少しラクになるといいですね(笑)嬉しい春と応援 が続くお子さんとKei さん、本当におめでとう㊗️

返信する
Kei

ねこ母 さん

ありがとうございます♪
いつも温かいお言葉と励ましと労いに感謝します。

いい意味でとても厳しい学校なので、
3年間しっかりと学び、たくさんの事を身につけて、
更なるスキルアップをして将来に備えて欲しいです。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

返信する
さくら咲く

Keiさん
合格おめでとうございます!
うちの息子も高校受験だったので、Keiさん御一家が頑張って
合格を勝ち取ったのはとても嬉しいし、心強いです。
Keiさんが仰るとおり、高校を三年間で無事卒業するためには、まだまだ頑張りが必要ですよね。お互い頑張りましょう!

返信する
Kei

さくら咲く さん

ありがとうございます♪
可愛い我が子の高校生活が充実したものとなる様に
一緒に頑張りましょう(笑)

これからもよろしくお願いします。

返信する
ここあ

Keiさん
第一志望合格、本当におめでとうございます!!
息子さんの頑張り、担任の及び腰にも、息子さんの「行きたくない」にも屈せずkeiさんの息子さんを支え続ける姿勢。見習います!
またまた希望を与えてくださってありがとうごさいます。うちも息子さんに続いて嬉しい報告ができるようしっかり支え応援していきます!

返信する
Kei

ここあ さん

ありがとうございます♪
子どもはちゃんとわかっていてもついつい本音(笑)が出るのでしょうね。
わたしが許さない事もわかってはいるけれど言わずにはいられなかった。

わたし達のこういう日常がここあさんの希望になれたなら、
それもわたしにとって頑張った事のご褒美です。

これからもよろしくお願いします。

返信する
たにし

昨日の続報です。
担任の先生から、こんなお言葉もいただいていました。(名前以外は原文のまま)

「安定した関係が、お家でしっかり築けていることは、本当に大切なことだと思います。そのおかげで、○○ちゃんが穏やかで人に好かれるいいこに成長しているんですね✨」

以上、自慢でした(笑)

志しを同じくする方々、自慢しあっていきましょうね。

返信する
たにし

親以外から見た治りっぷりネタを少々。

先日、お世話になっている放デイでの研修に参加したネタを書かせていただきました。

それをご覧になった学校の担任の先生から、以下のメールが。
就学時にあらかたの困り事が治っていたので、そういや息子の昔の状況は先生にお伝えしていませんでした。
以下、息子の名前以外は原文のままです。

「こんにちは。記事拝見させていただきました!入学前の○○ちゃんの様子を知り、本当に!?と思わずにいられません😁お家でのアプローチがすごく良かったのですね✨ 」

日々接してくださっている先生も驚きの治りっぷりです。

返信する
ここあ

こんにちは。
おかげさまで無事、息子の小学校卒業式を終えました。
こういう時は昔の事を凄く思い出してしまいますね。

息子から許可をもらったのでその成長の流れを投稿したいと思います。

・保育園入園式(年少さん)→その前に1年間無認可園に通っていたのですぐに慣れるだろうとタカをくくっていました。
当日親子別になるのを知らなかった私は、お部屋ですぐ遊び始めた息子に何も言わず先生に促されるままホールへ。
式が始める直前聞き慣れた声が。
「おか〜しゃんとこにいく〜!!」この世の終わりのような声で泣き叫びながら抱っこされて入場した息子。
ずっとその状態で5分程度で抱っこのまま退場。式終了まで戻らず。私は息子のいない式を呆然と眺めながら「黙って離れちゃったから…」と何となく思っていました。(この時まだ診断前)

・卒園式→大好きなぷにぷにを持って参加。ずっと独り言を言い続けて手足を終始動かしていましたが横にはずっと先生がつきっきりで、細かくスケジュールを書いた紙を見せながら乗り切りました。

・小学校入学式→不安と心配ばかりの私。式次第を書いた紙を握らせて、終わったら折り曲げて視界から消すよう言ってたけど「(終わった所を消す為の)ボールペンがない!」と半泣きに。担任が横に行って助けてくれました。
終わった時はアトピー出まくりで集合写真時顔を掻き続け皆さんに迷惑をかけてしまいました。
この頃は尿意に気付かず下着を汚しても匂いがしても本人が気付かないという状態だったので、それも凄く気になって式に集中できませんでした。
(もちろん排泄の問題は身体、栄養アプローチによって今はすっかり治りました。)

そして昨日の卒業式。
座っている間、姿勢を崩すことも手足を動かすこともなく、話している人の方にしっかり顔を向けている。
授与の時は将来の夢を恥ずかしがることなく、堂々と発言。(緊張してたのかいつもの早口癖は出てしまいました)

式後のスライドショーではクラスに溶け込み生き生きした顔で学習活動する姿が見られ、かつて虐められてた事等を思い出し涙が…。

こんなに落ち着いて、何の不安もなくただただ息子を誇りに思いながら参加した式は初めてで、心から幸せを感じました。

帰宅後、息子と長く話しました。
花風社に出会う前のお母さんのままだったらあなたを潰してしまっていたかもしれない事。
花風社の本、社長のお言葉、クラスタの方々からいただくアイデア、それらに救われて今があるんだよ、と。

息子の「…僕は治ってきてる?」との質問に
「まだまだ途中ではあるけど、随分治ってきたよ。これからもどんどん治っていくよ!」と答えると、静かに頷き、笑顔になりました。

本当に本当に今があるのは皆様のおかげです。
これからも親子共に頑張ります。

返信する

浅見淳子 にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


画像アップロード(PNG, JPG, JPEG)