ホーム全て会議室いま会議室で話していること 私の治った自慢 SHARE ツイート シェア はてブ Google+ Pocket LINE 成人当事者の皆さん、グレーゾーンの皆さん ・前は悩んでいたこんなことが治ったよ ・こんなことに取り組んでみたら効果があったよ というエピソードをどんどんお寄せください! 378 COMMENTS シア 2019年7月3日 食べ物が、おいしい。 偏食がなくなりました。 それどころか、むしろ、好き嫌いがなくなってきた。 治りますね。 返信する シア 2019年7月3日 食事に、自分で気を遣えるようになりました。 いいものを、ちゃんと食しています。 バランスよく、栄養も取れる。 出来れば長生きしたいです。 返信する シア 2019年7月3日 友達が、できました。 治ってよかった。 返信する シア 2019年7月3日 作業効率がアップ! 時間が余るくらいになった。 時間の管理や、段取りも良くなった。 時間の見当識が治った。 返信する シア 2019年7月3日 本が、すらすら読めます。 花風社の本も、それ以外の本も読めます。 ツイ廃も治った。 勉強ができる! 返信する シア 2019年7月3日 Twitterが、身の丈に合わなくなりました。 レベルが低いと思った。 やはり、私がレベルアップした。 そう言うコトでしょうか? 返信する シア 2019年7月3日 部屋が、片付いてます。 片付けられないなんて、嘘っぱち。 いや、正確には、前は散らかってた。 今は、全然比べ物になりませんね。 返信する シア 2019年7月3日 眠剤なしに、眠れてます! 睡眠障害も治る。 感覚過敏も治る。 治るものは治るでいい。 返信する シア 2019年7月3日 自転車で、50キロ、この前走りました。 50キロは、スポーツマンでないと無理な距離です。 体力が治った。 その証左。 返信する シア 2019年7月3日 道路が、工事してます。 家の前です。 でも、全然うるさくないと言うより、うるさいけど、苦にならない。 カクテルパーティー現象も、やっと会得しました。 返信する みる@こねこ 2019年7月1日 【障害がアイデンティディは単なる誤学習】 今なら考えられないけど、かつて、 発達障害=治らない障害でアイデンティディ と捉えていた時期がありました。なんでかやっと言語化できるようになりました。 。 うちの子が、自分が、発達障害かもしれないと思ったり、診断がつくと、本を読んだりネットの情報を見たり、専門家や支援者からもいろいろ言われるけど、治らない、精神疾患の発症率が高いとかネガティブな情報がほっとんどですよね。運よく、ポジティブな情報だとしてもなんか違う‥、「支援を受けながら自立しましょう」とか、 『じゃあ、健常者と同じような生活は無理なの?』 とまずは思いました。 支援員からは、 「発達障害は現代の科学では治りません。これは科学的に証明されています」 「理解と権利を訴えるのは発達障害の人の特権であり当然の権利だ。」 「アインシュタインもエジソンも当事者なんだよ。一般就労が無理でも福祉就労先で才能を発揮すればいいじゃない」 といわれました。当然なんの知識もなかったころだったので、『医者や専門家のいうことだから正しい。しかも科学的にも証明されているんだ!とまで言ったんだから間違いないんだ』と思っていました。 ネットを見渡しても「治らない」「病んでる。つらいよう。お薬のまないと」「生きづらいよう」とかそういうツイートばかり。だから、自分もいつの間にか、 「あぁ‥治るという発想は間違った考えなんだ‥‥。理解や支援を訴えるのが正しい考えなんだ」 「レモンやパプリカを作詞作曲した某歌手や某有名映画監督も当事者だから天才的な才能を発揮できれば私だって」 というあさっての方向に行き、そしてどんどん闇堕ちしていきました。 . . . 「治らない」ことを押し付ける人たちと縁を切る事ができ、今は、本当にのびのびと生活を送ることができています。もちろん未だに邪魔されたりいやがらせのようなことはありますけど外野の言うことは聞く気はありませんので(笑) 今思うと、発達することの最大の障害物は「治らない思想」でしたね。 治らない思想が治らないうちはとにかくゆっくりしか前に進めませんし、前に進めても不全感を抱えていたので結局病んでおりました。 治らない思想から抜け出すための最大の薬は、病院の薬でも、支援や制度でも、理解を訴えることではなくて、 「生活の中で治していくための情報」 でした。研究者でない私にとっては、発達障害が治るかどうかの議論はどうでもよくて、自分が健康で元気でいられることの方が大事です。 返信する 浅見淳子 2019年7月1日 みるさん、実感のこもった書き込みありがとうございます。 当事者の立場に立ってみると、本当にそうですね。 健康で元気が大事。 そのための情報が大事。議論はどうでもいい。 今日中にアップされるはずのブログを見てください。 みるさんのこと、ちょっと書いています。 返信する みる@こねこ 2019年7月2日 コメントありがとうございます。 私は正直当事者だけでなく、親御さんの立場でも同じことが言えると思います。 私も診断がついた当初は専門家や医者のいうことが正しいと固く信じていました。 だから、「エビデンスがないから医者、専門家のいうこと以外は信じるな」といったら真に受けていましたし、何かあった時はまず専門家や医者にはじめは相談するようにしました。 だけど一向によくならないし、熱心に熱心に服薬したり、専門的な療育を受けるたびにどんどん悪くなっているのがわかるんです。仕舞に、 「あなたは今後一般就労はできません。仕事や結婚、育児、友達と遊んで人生を満喫したかったとかいろいろやりたいことはあったと思うけどそれは諦めてください。普通の人と同じ人生を送ることは一生できないでしょう。今飲んでいる薬も一生飲み続けなければいけないお薬です」 と宣告されました。地元では発達障害に関しては当時1番、2番と言われていた方でした。人生の前半の10代、20代、30代の時期にこんなことを言われたらショックに決まっています。一方で「本当にずっとこのまま?何か方法は他にないんだろうか?」という重いがよぎった時に当時体調が悪くて寝たきり生活だった私のもとにたまたま家族が買ってきた藤家さんの本、これが私と花風社さんとの最初の出会いでしたね。 今までの環境から親御さんの立場ともたくさん出会う機会があったので、、親御さんでも当事者でも言えることですけど、 とても重くても、お子さんや自分の未来を前向きに見つめ、できることからコツコツ取り組んでいた人は最終的に自分の未来を掴んでいました。 もちろん重い人、いろいろな問題を抱えている人の方が時間がかかるのは否めません、私は神田橋先生と出会う数年前からギョーカイと距離を置こうと決めてましたけど実際距離を置くことが実現できるまで5年以上かかりました。健康面の問題もありましたし、持病も多い時で10個以上ありました。特性自体も決して軽度とは言えなかったので、1つずつ1つずつ治しやすい所から治していきました。 花風社さんのものばかり取り入れたわけではなくて、いろいろな方法をとにかく試しましたね。地域の資源から、〇〇療法と名前が付くレベルのものではなくて単に好きなものを見たり、落ち着くカフェでリフレッシュしたり。。 失敗もたくさんありました。今なら思い出したくないほど恥ずかしいエピソードは山ほど‥たぶん100個、200個はあるんじゃないかと思います。。 だけど失敗がなかったら成功はできないですね。別に発達障害とかそんなものに限らず。 だから断じて言えるのは1番自分の足を引っ張っていたのは、 「専門家や医者だから、この世界で影響力を持っている親や当事者だから全部正しい」 『だから治らない!』『だから一生福祉や療育を受け続けなければならない!』 という誤学習でした。この誤学習から抜け出した結果、一気に治っていったし、10年前だとあり得ない、想像もできなかった人生を送る事ができるようになりました。 返信する shota 2019年7月5日 みる@こねこさん、こんばんわ。 shotaと申します。 僕も貴方は障害者なのだから薬飲んで諦めが肝心、と強く押し付けられてきました。 治ってきている中で本当周りは驚いていますよ。 支援者の障害者扱い、というパワハラがどれだけ当事者に深いダメージを与えるのか少し考えていただきたい、と思っております。 回復と共にコミュニケーション能力も確実に戻ってきますし、 そういう段階に入った時は福祉や支援の世界を離れてみる事が必要だと感じます。 行きつけの喫茶店やカフェを持ったり、 安心できるメンバーに囲まれたスポーツのクラブに入ったり、 って事が本当に自分にエネルギーを与えてくれます。 あとはこつこつと取り組んで時間が解決していく事かなぁ、って最近は思っています。 自分は何を主張しても、 障害者だから、それはあなたの症状だから、 と押さえつけてくる支援者ばかりの就労A型にいましたが、 馬鹿馬鹿し過ぎて辞めました。 辛辣だけど、あれはただのパワハラです。 もしこういった支援者、援助者たちと巡り会った時は離れる事を経験上、強く勧めたいです。 返信する shota 2019年7月5日 自分は何を主張しても × 自分が何を主張しても ○ 書き間違えてしまいました。 訂正させて下さい。 返信する shota 2019年7月5日 補足ですが。。 辞める時、その支援者側が話し合おう、と迫ってくるのが予測できたので、ぼくは担当の相談支援員にお願いし、仲介に入っていただき、退職を進めました。 話し合い、は話し合える人とでしか出来ません。 自分が相手にパワハラを行なっている事に気付かない方との話し合いは話し合い自体、成立しません。 もう理不尽に傷つけられる事は避けたかったので、相談員に事業所との直接のやりとりをお願いしました。 書類のやりとりは郵送で行ないました。 他の方々の参考になれば、と思い。 話し合い、という形式で実質モラハラ的に言い包めてくる事が本当に怖いです。 その支援者側はそういった自分の姿に全く気づいていませんから。。 こういった事業所はもしかしたら他にもあると思うので、御参考までに。 返信する みる@こねこ 2019年7月5日 shotaさん 承認欲求を満たすことしかやってない、他人を不幸にする、愛着障害バリバリな支援者からは「治って、離れるが勝ち!」ですね!! ちなみに、発達・精神系の当事者の場合は、福祉就労支援を利用するよりは、通さないで自分で養生したり、心地いいものを見つけたり実践する人の方が安定している人が多いですね。 少なくとも私が出会った当事者さんだと。 返信する shota 2019年7月11日 みる@こねこさん 承認欲求を満たすことだけしかやっていない、他人を不幸にする愛着障害バリバリ、って本当そうですよ。 今関わってる支援者に疑問があれば、とにかく動いて、真っ当な支援者を見つける事も勧めたいです。 ろくでもない支援者に掴まるのが一番避けなければならないと思います。 返信する 373 2019年7月6日 みるさん、貴重なお話ありがとうございます。 1つ教えていただいてもいいですか。 「治らない思想」から抜け出すための最大の薬は「生活の中で治していくための情報」だった、とのことですが、そもそも「治らない思想」から抜け出す方向に変わったきっかけ、理由はなんだったのでしょう? 「私は障害者なのになんで、私が合わせなきゃいけないの!!!差別です!!」と二言目には言っていた人がどうしたら方向転換する気になるのか、言語化が難しければ今はうまく説明できません、でも結構です。教えていただけると幸いです。 よろしくお願いします。 返信する みる@こねこ 2019年7月6日 373さん。 コメントありがとうございます。 「一生治らない」 と思っていた時期は、本当に症状もひどくて、大変な時期で、外出もほとんどできず、とにかく病院、支援機関、ネットが自分の世界の『すべて』って感じの時期でした。 さらに、周りにいた人たちも見事にギョーカイ系、ネットも自閉症協会の掲示板とか「治らない教」の人たちの掲示板を見てばかりいたので、見事に、 「支援ガー」 「理解ガー」 だらけで^^;;;;;文字通り、 「治すのは間違いで、支援と理解を求めるのが正しいやり方なんだ!」 と思いました。あと、もうとにかく感覚過敏がひどすぎて目を開けているのも耳が聴こえているのもしんどかったので、治すなど気合と根性を必要とする作業はやりたくないほど気力がなかったんですよね。 これには少なからず自閉症の特性が絡んでいたと思います。 ・「見えないものはない」→経験していないものはわからない→だから他の当事者が一般就労や治しても自分にはできない ・「一極集中型思考」→だから、ネットが自分の世界のすべてになるし、ネットでだけやり取りしていた ・「文字通り捉える」→だれかが『トンデモ』だと話しているとその通り捉え、挑戦しようとしない。発達障害の本の多くは、 「素人ではなく、専門家や医師にまずは相談するようにしましょう」 と書いてあり、それも文字通り捉えていました。だからネットやSNSに書いてあるものは全部正しいと思っていましたね。 ・トラウマだらけなのと、否定にビクビクビクビク恐怖だったから、 『治る≒自分が自分でいてはいけない』 と思っていましたね。これははっきりいって誤学習なので、「違う!」といっていいと思います。自分が自分でいることと、生きづらさが治ることは共存します。なぜなら生きづらさが治るとますます自分が自分でいられるようになれる環境が増えますから。 SNSで「治るなんて言うな!カルト宗教!」という奴に当事者が多いのも、治るというのが考えられないほどつらいのと、自閉症の特性も手伝って、あんな暴徒化してるんでしょう。 自分も実は昔はあんな感じでしたから(苦笑)。 . . . . . それでも「治る」方向にシフトできたのは、 「治る」考えにシフトできたのは、実際に「治る経験」をしたからです。 (治る=困りごとを工夫でなんとかするとはちがいます。念のため。 「治る」とは支援や、特性緩和グッズを使わなくても、社会や学校の中でも困りごとにさいなまれなくなることです。) . . . 私はもともと人と同じことが好きではないので、養生の途中から、県外に行くようになりました。花風社さん絡み以外のものにも以前は結構通っていて、興味のあるものは、たとえ県外であっても行くようになりました。 自助会に当時は通っていて、周りの発達・メンタル系の当事者たちが、どんどん福祉就労や一般就労で一歩前進する中、自分は一歩も前進できていなかったので焦りを感じ始めていたのも大きかったと思います。 その中の出会いから、徐々に考えが変わり、さらに人と出会い、また考えが変わり、灰谷孝さんの発達支援コーチの施術ができる人と出会い、施術を受け、ビクビクが不完全だけど部分的に治り、栗本さんの本と出会い、栗本さんや神田橋先生と出会い、最終的に『治る』に落ち着いたといった所でしょうか。 . . . 一晩にして考えが変わるというものではなくて、養生のなかで、ここちよさに安住でき、実際に治って、生きづらさがなくなり、はじめて「治るってあり得るんだ」と思うことができました。 治る経験をしたから「治る」と思うことができました。 なぜなら治ると、今まで、感覚過敏や疲れやすさ、その他の生きづらさで余分に脳みその容量喰っていた部分が空くので、その分他の「困りごと」とも付き合う気力が自然と生まれてきます。 . . もちろんこの方法で「治る」にシフトしたのはあくまで私の資質にあっていたからであって、ほかの人が同じことをしてもうまくいかないかもしれません。もしかしたら本人が変化を拒んでいたら、できないかもしれませんので。 (実際にそういう知り合いもいます。あと数年で中年の年齢にさしかかるので、8050問題になりそうで心配です) . . . . . 実際に「治った」からはじめて「治るってあり得るんだ」と思えました。 返信する みる@こねこ 2019年7月6日 ×だからネットやSNSに書いてあるものは全部正しいと思っていましたね。 ↓ 〇文字通り捉える特性からネットやSNSに書いてあるものは全部正しいと思っていましたね。 誤字発見しました。失礼します。 返信する 373 2019年7月7日 みるさん、ご返信ありがとうございます。 > 治すなど気合と根性を必要とする作業はやりたくないほど気力がなかった こうした状態の時に、「支援ガー」「理解ガー」は何もしないでいていい後ろ盾になる、という感じでしょうかね。 だとすると、『トンデモ』情報に対して「治るなんて言うな!カルト宗教!」と反論せずにはいられないのは、その後ろ盾が脅かされるからと考えられそうですね。 ない気力にますます負担をかけることになって、さらに気力を失うという悪循環に陥ってしまいますね。 > 「治る」考えにシフトできたのは、実際に「治る経験」をしたからです。 とはいえ、「治る経験」をすると『トンデモ情報』は有益な情報に徐々に変わっていったのですね。 ということは、その前段階の具体的な動きの積み重ね、出会いの数々は必ずしも「治る」ことを目的としていたわけではなかった、つまり、目的があっての動き・出会いではなく、動きが先にあって目的・方向性はシフトするものなのですね。 「これが正しい」に縛られていると動きは出てきづらいなぁ。準備を整えてから動く、というものではなさそうですね。 今後とも、いろいろ教えて下さい。ありがとうございました。 返信する shota 2019年6月29日 こんにちは。 shotaと言います。 統合失調症の診断を受けていて、支援者の方からは自閉症と伝えられております。 統合失調症はもう寛解してると感じてます。 医師からももう治ってるんじゃないのか、と。 現在はおそらく一次障害である自閉症に対して取り組んでおります。 僕が効果あった事、列挙してみます。 参考になればいいのですけれど。。 ① 歯科で口腔内の金属フリーの治療を行なった。 僕はADHDではありませんが、落ち着きなく動き回る、また人前であがる・焦る、といった症状に対してはっきりと改善が出ました。 高額でしたが、本当にやってよかったと思っている事です。 もし金属除去されるならば、専門家の方々からは賛否両論あるようですが、飛び散る金属粉を吸い込まないように専門的に施術して下さる歯科医を見つけられるといいと思います。 アマルガム除去、で検索して出てくる歯科医さんがよろしいかと。。 僕は普通に外したところ、希死念慮が出ました。 経験上危なかったので、もしされたいとお思いの方いらっしゃればアマルガム除去の施術設備のある歯科医さんでおとりになると良いと思います。 今、思えば銀歯は口腔内の触覚防衛反応を引き起こしていたのでは?と思っています。 ② 兎にも角にも前庭入力。 続&続々自閉っ子こんな風に出来てます、を拝読し、他専門書籍も拝読して、自分を振り返った時、前庭覚の入力に対して敏感(重力不安というのだそうです)なのだ、と初めて知りました。 現在、行なっている事はamazonでハンモックを購入(スタンド付きで部屋に置けるタイプ、8000円程、2畳半ほどスペースをとります。なるべく綿100か、綿に化繊混紡のものの方が触覚に配慮できて良いと思います)し、日常的に揺られる事。 またプールで水中ウォーキング、出来る範囲での水泳(やり過ぎると触覚欲求が強くなり過ぎるので60分を目安に行なっております)、 自宅でのバットダンベルを使った体幹トレーニング(固有覚と前庭覚の入力が狙えればと)を行なっております。 ハンモックはお勧めです! 専門書によると、重力不安は最も改善が難しい・遅い、との事でした。 前庭入力の為に一人でブランコは周囲が気になるし。。 スイングなんかも乗る事ができる場所ないし。。 で策を巡らしていました。 バランスボールを当初使っていましたが、寝心地が良い事も加わり笑、今はハンモック一辺倒です。 限られた時間の中で大きく揺らすのではなく、長い時間で小さく揺らした方が自分の身体には負担なくて良いのかも。。と思ってきています。 覚醒度も上がってきましたし、会話も少しずつ滑らかなものになってきました。 細部だけ見つめるだけ。。いわゆる空気が読めない状態が減ってきました。 重力不安に取り組む際、無理する事だけはやめた方がいいです。 酔うだけではなく、明らかにコミュニケーション能力が落ちますし、精神的にも不安定になります。 意思疎通が図れなくなり、周囲と噛み合わず無駄なストレス抱えることになりますから。。 (世の中、寛大な方ばかりではないというのが本当に残念です。。) 現在、トランポリンクラブに入り、トランポリンも行い始めました。 断薬に関してですが、プロテインやあとカルシウム、亜鉛などをしっかり摂って取り組むと僕は身体の負担が少なかったです。 離脱症状と言える離脱症状は強く出ませんでした。 サプリメントでおとりになる際は拮抗作用があるので、カルシウムはマグネシウム配合型(カルシウム2:1マグネシウムの割合が一般的です)、亜鉛は銅配合のものが体験上も併せて良いです。 他、少しずつ減薬する事、季節の変わり目や真夏や冬季は地域によっては見送った方がよいと思います。 返信する 浅見淳子 2019年6月29日 shotaさん、ようこそ。 自己紹介コーナーも拝見しました。 ご自分でテーラーメイドの発達援助に取り組んでいらっしゃるのですね。 皆さんの参考になります。 また何かあったら治った自慢しにきてくださいね。 返信する シア 2019年6月27日 計算障害があったけど、100ます計算ドリル、できるようになったぜ!って喜んでます。w 返信する さかい まゆり 2019年6月25日 35歳主婦のさかいまゆりです。 花風社さんに出会ったのは、ちょうど1年前の今頃です。 その頃は感覚過敏の状態で、外出するとあらゆる音が自分に向かって攻撃してきて気持ち悪さにクラクラして、道端にうずくまったりしてしのいだり、 あらゆる全ての光の刺激に目が激痛で、耐えているとだんだん気持ち悪くなってしまい動けなくなってしまったり、とにかく日常を送るのがとてもしんどい生活をしていました。 同じ時期に黄斑変性症(おうはんへんせいしょう)という目にもやがかかって目がみえなくなる病気がみつかり その治療に都内まで通わなければ行けなくなり 音や光で卒倒するのに電車に乗らなければいけないのは怖すぎる! なんとか具合が悪いのを治したい!とTwitterで発達垢をつくって情報を探していました。 まず金魚体操とホッとアイマスクで、夜眠れなくて一晩中携帯の文章を読んでいたのが治りました! 眠れないと良くない事を考えてしまうのが嫌で 文章を読んでいるとパニックにならずにすむので 夜通し何かしら文章を読んでいたんですよね(←体に悪い自己治療) 寝れるようになったら、夜中起きていた時に不安で過食してしまうのも治りました。 そして寝れるようになったら朝スッキリ起きれるようになり食欲がでるようになって、食事をしてもお腹を壊さなくなりました。(寝れない時は1週間お腹を壊していたとかザラでした) その頃花風社クラスタさんのTwitterでプールで体を緩めるのが良いよ!と聞いて プールに通うようになったら、聴覚過敏で卒倒していたのが治りました! 耳栓を持ってないと怖くて電車に乗れなかったのですが それも大丈夫になりました♪ 黄斑変性症の検査や治療がすごくストレスで、検査の注射や目を診察するために強い光を当てたりするのですが、目を治す治療なのに目にダメージをあたえるという矛盾する治療?で一時的に感覚過敏や聴覚過敏がひどくなりました涙 具合が悪くなると倒れるので、倒れる前に道路とかどこでも寝るというちょっと迷惑な自己治療でなんとかたえしのぎ(横にいる旦那さんは大変でした汗) プールや温泉に行って体を緩めたり、花風社さんの本にでてくる体操をして日々過ごしていました。 愛甲さんに質問する会に参加して、とにかく神田橋先生にみてもらうのが一番はやい!と浅見社長が言ってるのをきいて そうか!なんとしても行きたい!と旦那さんを説得して まだ具合が悪くなると床寝する体だったんですけど 強行突破で去年の12月頃に鹿児島に行ってきました。 神田橋先生に診察していただいたら 君は花風社さん関係ないね発達障害じゃないよ と言われ 頭にネイチャーメードの容器を当てられたり オーリングテストをされたり不思議で楽しい診察をしてもらい、歯の矯正器具の金属が原因な事を教えてもらいました! 発達障害は治りますか?本で神田橋先生のFANになってしまった私は、わーい先生に診察してもらえるの楽しいヒャッホーというテンションでいたので先生の話を半分位しか聞いてなかったみたいです。 後日隣にいた旦那さんにオーリングテストの説明を聞いて教えてもらいました恥 鹿児島から帰って矯正の金属を、コーティングしてあるのに変えてもらったら、具合が悪くなったら床寝していたのが治りました♪ また矯正の金属の影響で甲状腺が腫れてしこりができているだろうと言う事をいわれました こっちは総合病院で原因不明で大学病院に紹介状を書いてもらったんですが 検査がストレスだしどうせ目の時と同じ原因不明だろうと思って放置してあります。 こんな感じで花風社さんに出会って1年くらいで具合が悪いのが治りお仕事できるようになったり、日々の生活が楽になりました♪ 返信する ブルー 2019年6月25日 こんにちは。 ブルー@:ロスジェネ世代:男性です。 この会議室にどのような順番で私の体験を書き残していこうかと考えたときに、初めに「徒手系治療家との取り組み」を書き残すこととしました。 成人当事者の取り組みといえば、世の中的には、自己認識を深めたり、環境調整をしたり、ということが、発達障害のガイドブックには基本のキとして出てきますね。 しかし、身体面のコンディションを整え、かつ身体側から発達させていくことにより、人間を土台から変えていく、というアプロ―チとなると、とたんに情報が限られます。 花風社は「NEURO」発売以降、徒手系治療家の読者がとても増えた、とのことですね。徒手系治療家は、「なんだか治せてしまうのだが、その理由を知りたくて花風社の本を発見した」と。 確かに、発達障害の当事者にとって、自分が信頼できる徒手系の治療家を確保しておくことは極めて重要だと、個人的には思います。そして、このことはあまり共有されていないようにも思います。 私の場合、徒手系、代替療法系の治療家、および、身体からアプローチするタイプのセラピスト、あるいはボディワーカーなど、身体側からの取り組みを中心にして、自分がだいぶ安定してきてから、花風社の身体アプローチを発見しました。 それまでは、身体側からのアプローチを土台にする自分のやり方は、発達障害の界隈ではまだまだ少数派だったように思うのですが、花風社を発見し、「同じようなコンセプトで知見を蓄えてらっしゃるな」と納得したものです。 ですので、 私:徒手系/代替療法系で取り組む→花風社の身体アプローチに出会う、愛読者に。 花風社:長年の身体アプロ―チの歴史→「NEURO」以降、徒手系の読者が増える ということで、歴史の順番は逆なのですが、「発達障害に対して身体側から取り組む」というコンセプトは、花風社と同一です。 次回以降しばらく、「当事者から見た、徒手系治療家」や、「取り組んだ具体的体験」「学んだこと」に関して残していきます。 連載はゆっくり目ですが、書きたいことはいろいろありますので、長い目で見守って頂ければ幸いです。 それでは今回はこれにて。 返信する 浅見淳子 2019年6月25日 ブルーさん とても楽しみな連載ですね。 よろしくお願いいたします。 返信する ブルー 2019年6月25日 浅見さん、ありがとうございます。 身体アプローチで取り組む人にとって、 信頼できる徒手系治療家は本当に重要なので、 経験したこと、学んだことを力の限り書き残そうと思っています。 連載ペースはゆっくりなのですが、宜しくお願い致します。 返信する 過去のコメントを表示 新しいコメントを表示 コメントを残す コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目ですコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。 上に表示された文字を入力してください。 画像アップロード(PNG, JPG, JPEG)
みる@こねこ 2019年7月1日 【障害がアイデンティディは単なる誤学習】 今なら考えられないけど、かつて、 発達障害=治らない障害でアイデンティディ と捉えていた時期がありました。なんでかやっと言語化できるようになりました。 。 うちの子が、自分が、発達障害かもしれないと思ったり、診断がつくと、本を読んだりネットの情報を見たり、専門家や支援者からもいろいろ言われるけど、治らない、精神疾患の発症率が高いとかネガティブな情報がほっとんどですよね。運よく、ポジティブな情報だとしてもなんか違う‥、「支援を受けながら自立しましょう」とか、 『じゃあ、健常者と同じような生活は無理なの?』 とまずは思いました。 支援員からは、 「発達障害は現代の科学では治りません。これは科学的に証明されています」 「理解と権利を訴えるのは発達障害の人の特権であり当然の権利だ。」 「アインシュタインもエジソンも当事者なんだよ。一般就労が無理でも福祉就労先で才能を発揮すればいいじゃない」 といわれました。当然なんの知識もなかったころだったので、『医者や専門家のいうことだから正しい。しかも科学的にも証明されているんだ!とまで言ったんだから間違いないんだ』と思っていました。 ネットを見渡しても「治らない」「病んでる。つらいよう。お薬のまないと」「生きづらいよう」とかそういうツイートばかり。だから、自分もいつの間にか、 「あぁ‥治るという発想は間違った考えなんだ‥‥。理解や支援を訴えるのが正しい考えなんだ」 「レモンやパプリカを作詞作曲した某歌手や某有名映画監督も当事者だから天才的な才能を発揮できれば私だって」 というあさっての方向に行き、そしてどんどん闇堕ちしていきました。 . . . 「治らない」ことを押し付ける人たちと縁を切る事ができ、今は、本当にのびのびと生活を送ることができています。もちろん未だに邪魔されたりいやがらせのようなことはありますけど外野の言うことは聞く気はありませんので(笑) 今思うと、発達することの最大の障害物は「治らない思想」でしたね。 治らない思想が治らないうちはとにかくゆっくりしか前に進めませんし、前に進めても不全感を抱えていたので結局病んでおりました。 治らない思想から抜け出すための最大の薬は、病院の薬でも、支援や制度でも、理解を訴えることではなくて、 「生活の中で治していくための情報」 でした。研究者でない私にとっては、発達障害が治るかどうかの議論はどうでもよくて、自分が健康で元気でいられることの方が大事です。 返信する
浅見淳子 2019年7月1日 みるさん、実感のこもった書き込みありがとうございます。 当事者の立場に立ってみると、本当にそうですね。 健康で元気が大事。 そのための情報が大事。議論はどうでもいい。 今日中にアップされるはずのブログを見てください。 みるさんのこと、ちょっと書いています。 返信する
みる@こねこ 2019年7月2日 コメントありがとうございます。 私は正直当事者だけでなく、親御さんの立場でも同じことが言えると思います。 私も診断がついた当初は専門家や医者のいうことが正しいと固く信じていました。 だから、「エビデンスがないから医者、専門家のいうこと以外は信じるな」といったら真に受けていましたし、何かあった時はまず専門家や医者にはじめは相談するようにしました。 だけど一向によくならないし、熱心に熱心に服薬したり、専門的な療育を受けるたびにどんどん悪くなっているのがわかるんです。仕舞に、 「あなたは今後一般就労はできません。仕事や結婚、育児、友達と遊んで人生を満喫したかったとかいろいろやりたいことはあったと思うけどそれは諦めてください。普通の人と同じ人生を送ることは一生できないでしょう。今飲んでいる薬も一生飲み続けなければいけないお薬です」 と宣告されました。地元では発達障害に関しては当時1番、2番と言われていた方でした。人生の前半の10代、20代、30代の時期にこんなことを言われたらショックに決まっています。一方で「本当にずっとこのまま?何か方法は他にないんだろうか?」という重いがよぎった時に当時体調が悪くて寝たきり生活だった私のもとにたまたま家族が買ってきた藤家さんの本、これが私と花風社さんとの最初の出会いでしたね。 今までの環境から親御さんの立場ともたくさん出会う機会があったので、、親御さんでも当事者でも言えることですけど、 とても重くても、お子さんや自分の未来を前向きに見つめ、できることからコツコツ取り組んでいた人は最終的に自分の未来を掴んでいました。 もちろん重い人、いろいろな問題を抱えている人の方が時間がかかるのは否めません、私は神田橋先生と出会う数年前からギョーカイと距離を置こうと決めてましたけど実際距離を置くことが実現できるまで5年以上かかりました。健康面の問題もありましたし、持病も多い時で10個以上ありました。特性自体も決して軽度とは言えなかったので、1つずつ1つずつ治しやすい所から治していきました。 花風社さんのものばかり取り入れたわけではなくて、いろいろな方法をとにかく試しましたね。地域の資源から、〇〇療法と名前が付くレベルのものではなくて単に好きなものを見たり、落ち着くカフェでリフレッシュしたり。。 失敗もたくさんありました。今なら思い出したくないほど恥ずかしいエピソードは山ほど‥たぶん100個、200個はあるんじゃないかと思います。。 だけど失敗がなかったら成功はできないですね。別に発達障害とかそんなものに限らず。 だから断じて言えるのは1番自分の足を引っ張っていたのは、 「専門家や医者だから、この世界で影響力を持っている親や当事者だから全部正しい」 『だから治らない!』『だから一生福祉や療育を受け続けなければならない!』 という誤学習でした。この誤学習から抜け出した結果、一気に治っていったし、10年前だとあり得ない、想像もできなかった人生を送る事ができるようになりました。 返信する
shota 2019年7月5日 みる@こねこさん、こんばんわ。 shotaと申します。 僕も貴方は障害者なのだから薬飲んで諦めが肝心、と強く押し付けられてきました。 治ってきている中で本当周りは驚いていますよ。 支援者の障害者扱い、というパワハラがどれだけ当事者に深いダメージを与えるのか少し考えていただきたい、と思っております。 回復と共にコミュニケーション能力も確実に戻ってきますし、 そういう段階に入った時は福祉や支援の世界を離れてみる事が必要だと感じます。 行きつけの喫茶店やカフェを持ったり、 安心できるメンバーに囲まれたスポーツのクラブに入ったり、 って事が本当に自分にエネルギーを与えてくれます。 あとはこつこつと取り組んで時間が解決していく事かなぁ、って最近は思っています。 自分は何を主張しても、 障害者だから、それはあなたの症状だから、 と押さえつけてくる支援者ばかりの就労A型にいましたが、 馬鹿馬鹿し過ぎて辞めました。 辛辣だけど、あれはただのパワハラです。 もしこういった支援者、援助者たちと巡り会った時は離れる事を経験上、強く勧めたいです。 返信する
shota 2019年7月5日 補足ですが。。 辞める時、その支援者側が話し合おう、と迫ってくるのが予測できたので、ぼくは担当の相談支援員にお願いし、仲介に入っていただき、退職を進めました。 話し合い、は話し合える人とでしか出来ません。 自分が相手にパワハラを行なっている事に気付かない方との話し合いは話し合い自体、成立しません。 もう理不尽に傷つけられる事は避けたかったので、相談員に事業所との直接のやりとりをお願いしました。 書類のやりとりは郵送で行ないました。 他の方々の参考になれば、と思い。 話し合い、という形式で実質モラハラ的に言い包めてくる事が本当に怖いです。 その支援者側はそういった自分の姿に全く気づいていませんから。。 こういった事業所はもしかしたら他にもあると思うので、御参考までに。 返信する
みる@こねこ 2019年7月5日 shotaさん 承認欲求を満たすことしかやってない、他人を不幸にする、愛着障害バリバリな支援者からは「治って、離れるが勝ち!」ですね!! ちなみに、発達・精神系の当事者の場合は、福祉就労支援を利用するよりは、通さないで自分で養生したり、心地いいものを見つけたり実践する人の方が安定している人が多いですね。 少なくとも私が出会った当事者さんだと。 返信する
shota 2019年7月11日 みる@こねこさん 承認欲求を満たすことだけしかやっていない、他人を不幸にする愛着障害バリバリ、って本当そうですよ。 今関わってる支援者に疑問があれば、とにかく動いて、真っ当な支援者を見つける事も勧めたいです。 ろくでもない支援者に掴まるのが一番避けなければならないと思います。 返信する
373 2019年7月6日 みるさん、貴重なお話ありがとうございます。 1つ教えていただいてもいいですか。 「治らない思想」から抜け出すための最大の薬は「生活の中で治していくための情報」だった、とのことですが、そもそも「治らない思想」から抜け出す方向に変わったきっかけ、理由はなんだったのでしょう? 「私は障害者なのになんで、私が合わせなきゃいけないの!!!差別です!!」と二言目には言っていた人がどうしたら方向転換する気になるのか、言語化が難しければ今はうまく説明できません、でも結構です。教えていただけると幸いです。 よろしくお願いします。 返信する
みる@こねこ 2019年7月6日 373さん。 コメントありがとうございます。 「一生治らない」 と思っていた時期は、本当に症状もひどくて、大変な時期で、外出もほとんどできず、とにかく病院、支援機関、ネットが自分の世界の『すべて』って感じの時期でした。 さらに、周りにいた人たちも見事にギョーカイ系、ネットも自閉症協会の掲示板とか「治らない教」の人たちの掲示板を見てばかりいたので、見事に、 「支援ガー」 「理解ガー」 だらけで^^;;;;;文字通り、 「治すのは間違いで、支援と理解を求めるのが正しいやり方なんだ!」 と思いました。あと、もうとにかく感覚過敏がひどすぎて目を開けているのも耳が聴こえているのもしんどかったので、治すなど気合と根性を必要とする作業はやりたくないほど気力がなかったんですよね。 これには少なからず自閉症の特性が絡んでいたと思います。 ・「見えないものはない」→経験していないものはわからない→だから他の当事者が一般就労や治しても自分にはできない ・「一極集中型思考」→だから、ネットが自分の世界のすべてになるし、ネットでだけやり取りしていた ・「文字通り捉える」→だれかが『トンデモ』だと話しているとその通り捉え、挑戦しようとしない。発達障害の本の多くは、 「素人ではなく、専門家や医師にまずは相談するようにしましょう」 と書いてあり、それも文字通り捉えていました。だからネットやSNSに書いてあるものは全部正しいと思っていましたね。 ・トラウマだらけなのと、否定にビクビクビクビク恐怖だったから、 『治る≒自分が自分でいてはいけない』 と思っていましたね。これははっきりいって誤学習なので、「違う!」といっていいと思います。自分が自分でいることと、生きづらさが治ることは共存します。なぜなら生きづらさが治るとますます自分が自分でいられるようになれる環境が増えますから。 SNSで「治るなんて言うな!カルト宗教!」という奴に当事者が多いのも、治るというのが考えられないほどつらいのと、自閉症の特性も手伝って、あんな暴徒化してるんでしょう。 自分も実は昔はあんな感じでしたから(苦笑)。 . . . . . それでも「治る」方向にシフトできたのは、 「治る」考えにシフトできたのは、実際に「治る経験」をしたからです。 (治る=困りごとを工夫でなんとかするとはちがいます。念のため。 「治る」とは支援や、特性緩和グッズを使わなくても、社会や学校の中でも困りごとにさいなまれなくなることです。) . . . 私はもともと人と同じことが好きではないので、養生の途中から、県外に行くようになりました。花風社さん絡み以外のものにも以前は結構通っていて、興味のあるものは、たとえ県外であっても行くようになりました。 自助会に当時は通っていて、周りの発達・メンタル系の当事者たちが、どんどん福祉就労や一般就労で一歩前進する中、自分は一歩も前進できていなかったので焦りを感じ始めていたのも大きかったと思います。 その中の出会いから、徐々に考えが変わり、さらに人と出会い、また考えが変わり、灰谷孝さんの発達支援コーチの施術ができる人と出会い、施術を受け、ビクビクが不完全だけど部分的に治り、栗本さんの本と出会い、栗本さんや神田橋先生と出会い、最終的に『治る』に落ち着いたといった所でしょうか。 . . . 一晩にして考えが変わるというものではなくて、養生のなかで、ここちよさに安住でき、実際に治って、生きづらさがなくなり、はじめて「治るってあり得るんだ」と思うことができました。 治る経験をしたから「治る」と思うことができました。 なぜなら治ると、今まで、感覚過敏や疲れやすさ、その他の生きづらさで余分に脳みその容量喰っていた部分が空くので、その分他の「困りごと」とも付き合う気力が自然と生まれてきます。 . . もちろんこの方法で「治る」にシフトしたのはあくまで私の資質にあっていたからであって、ほかの人が同じことをしてもうまくいかないかもしれません。もしかしたら本人が変化を拒んでいたら、できないかもしれませんので。 (実際にそういう知り合いもいます。あと数年で中年の年齢にさしかかるので、8050問題になりそうで心配です) . . . . . 実際に「治った」からはじめて「治るってあり得るんだ」と思えました。 返信する
みる@こねこ 2019年7月6日 ×だからネットやSNSに書いてあるものは全部正しいと思っていましたね。 ↓ 〇文字通り捉える特性からネットやSNSに書いてあるものは全部正しいと思っていましたね。 誤字発見しました。失礼します。 返信する
373 2019年7月7日 みるさん、ご返信ありがとうございます。 > 治すなど気合と根性を必要とする作業はやりたくないほど気力がなかった こうした状態の時に、「支援ガー」「理解ガー」は何もしないでいていい後ろ盾になる、という感じでしょうかね。 だとすると、『トンデモ』情報に対して「治るなんて言うな!カルト宗教!」と反論せずにはいられないのは、その後ろ盾が脅かされるからと考えられそうですね。 ない気力にますます負担をかけることになって、さらに気力を失うという悪循環に陥ってしまいますね。 > 「治る」考えにシフトできたのは、実際に「治る経験」をしたからです。 とはいえ、「治る経験」をすると『トンデモ情報』は有益な情報に徐々に変わっていったのですね。 ということは、その前段階の具体的な動きの積み重ね、出会いの数々は必ずしも「治る」ことを目的としていたわけではなかった、つまり、目的があっての動き・出会いではなく、動きが先にあって目的・方向性はシフトするものなのですね。 「これが正しい」に縛られていると動きは出てきづらいなぁ。準備を整えてから動く、というものではなさそうですね。 今後とも、いろいろ教えて下さい。ありがとうございました。 返信する
shota 2019年6月29日 こんにちは。 shotaと言います。 統合失調症の診断を受けていて、支援者の方からは自閉症と伝えられております。 統合失調症はもう寛解してると感じてます。 医師からももう治ってるんじゃないのか、と。 現在はおそらく一次障害である自閉症に対して取り組んでおります。 僕が効果あった事、列挙してみます。 参考になればいいのですけれど。。 ① 歯科で口腔内の金属フリーの治療を行なった。 僕はADHDではありませんが、落ち着きなく動き回る、また人前であがる・焦る、といった症状に対してはっきりと改善が出ました。 高額でしたが、本当にやってよかったと思っている事です。 もし金属除去されるならば、専門家の方々からは賛否両論あるようですが、飛び散る金属粉を吸い込まないように専門的に施術して下さる歯科医を見つけられるといいと思います。 アマルガム除去、で検索して出てくる歯科医さんがよろしいかと。。 僕は普通に外したところ、希死念慮が出ました。 経験上危なかったので、もしされたいとお思いの方いらっしゃればアマルガム除去の施術設備のある歯科医さんでおとりになると良いと思います。 今、思えば銀歯は口腔内の触覚防衛反応を引き起こしていたのでは?と思っています。 ② 兎にも角にも前庭入力。 続&続々自閉っ子こんな風に出来てます、を拝読し、他専門書籍も拝読して、自分を振り返った時、前庭覚の入力に対して敏感(重力不安というのだそうです)なのだ、と初めて知りました。 現在、行なっている事はamazonでハンモックを購入(スタンド付きで部屋に置けるタイプ、8000円程、2畳半ほどスペースをとります。なるべく綿100か、綿に化繊混紡のものの方が触覚に配慮できて良いと思います)し、日常的に揺られる事。 またプールで水中ウォーキング、出来る範囲での水泳(やり過ぎると触覚欲求が強くなり過ぎるので60分を目安に行なっております)、 自宅でのバットダンベルを使った体幹トレーニング(固有覚と前庭覚の入力が狙えればと)を行なっております。 ハンモックはお勧めです! 専門書によると、重力不安は最も改善が難しい・遅い、との事でした。 前庭入力の為に一人でブランコは周囲が気になるし。。 スイングなんかも乗る事ができる場所ないし。。 で策を巡らしていました。 バランスボールを当初使っていましたが、寝心地が良い事も加わり笑、今はハンモック一辺倒です。 限られた時間の中で大きく揺らすのではなく、長い時間で小さく揺らした方が自分の身体には負担なくて良いのかも。。と思ってきています。 覚醒度も上がってきましたし、会話も少しずつ滑らかなものになってきました。 細部だけ見つめるだけ。。いわゆる空気が読めない状態が減ってきました。 重力不安に取り組む際、無理する事だけはやめた方がいいです。 酔うだけではなく、明らかにコミュニケーション能力が落ちますし、精神的にも不安定になります。 意思疎通が図れなくなり、周囲と噛み合わず無駄なストレス抱えることになりますから。。 (世の中、寛大な方ばかりではないというのが本当に残念です。。) 現在、トランポリンクラブに入り、トランポリンも行い始めました。 断薬に関してですが、プロテインやあとカルシウム、亜鉛などをしっかり摂って取り組むと僕は身体の負担が少なかったです。 離脱症状と言える離脱症状は強く出ませんでした。 サプリメントでおとりになる際は拮抗作用があるので、カルシウムはマグネシウム配合型(カルシウム2:1マグネシウムの割合が一般的です)、亜鉛は銅配合のものが体験上も併せて良いです。 他、少しずつ減薬する事、季節の変わり目や真夏や冬季は地域によっては見送った方がよいと思います。 返信する
浅見淳子 2019年6月29日 shotaさん、ようこそ。 自己紹介コーナーも拝見しました。 ご自分でテーラーメイドの発達援助に取り組んでいらっしゃるのですね。 皆さんの参考になります。 また何かあったら治った自慢しにきてくださいね。 返信する
さかい まゆり 2019年6月25日 35歳主婦のさかいまゆりです。 花風社さんに出会ったのは、ちょうど1年前の今頃です。 その頃は感覚過敏の状態で、外出するとあらゆる音が自分に向かって攻撃してきて気持ち悪さにクラクラして、道端にうずくまったりしてしのいだり、 あらゆる全ての光の刺激に目が激痛で、耐えているとだんだん気持ち悪くなってしまい動けなくなってしまったり、とにかく日常を送るのがとてもしんどい生活をしていました。 同じ時期に黄斑変性症(おうはんへんせいしょう)という目にもやがかかって目がみえなくなる病気がみつかり その治療に都内まで通わなければ行けなくなり 音や光で卒倒するのに電車に乗らなければいけないのは怖すぎる! なんとか具合が悪いのを治したい!とTwitterで発達垢をつくって情報を探していました。 まず金魚体操とホッとアイマスクで、夜眠れなくて一晩中携帯の文章を読んでいたのが治りました! 眠れないと良くない事を考えてしまうのが嫌で 文章を読んでいるとパニックにならずにすむので 夜通し何かしら文章を読んでいたんですよね(←体に悪い自己治療) 寝れるようになったら、夜中起きていた時に不安で過食してしまうのも治りました。 そして寝れるようになったら朝スッキリ起きれるようになり食欲がでるようになって、食事をしてもお腹を壊さなくなりました。(寝れない時は1週間お腹を壊していたとかザラでした) その頃花風社クラスタさんのTwitterでプールで体を緩めるのが良いよ!と聞いて プールに通うようになったら、聴覚過敏で卒倒していたのが治りました! 耳栓を持ってないと怖くて電車に乗れなかったのですが それも大丈夫になりました♪ 黄斑変性症の検査や治療がすごくストレスで、検査の注射や目を診察するために強い光を当てたりするのですが、目を治す治療なのに目にダメージをあたえるという矛盾する治療?で一時的に感覚過敏や聴覚過敏がひどくなりました涙 具合が悪くなると倒れるので、倒れる前に道路とかどこでも寝るというちょっと迷惑な自己治療でなんとかたえしのぎ(横にいる旦那さんは大変でした汗) プールや温泉に行って体を緩めたり、花風社さんの本にでてくる体操をして日々過ごしていました。 愛甲さんに質問する会に参加して、とにかく神田橋先生にみてもらうのが一番はやい!と浅見社長が言ってるのをきいて そうか!なんとしても行きたい!と旦那さんを説得して まだ具合が悪くなると床寝する体だったんですけど 強行突破で去年の12月頃に鹿児島に行ってきました。 神田橋先生に診察していただいたら 君は花風社さん関係ないね発達障害じゃないよ と言われ 頭にネイチャーメードの容器を当てられたり オーリングテストをされたり不思議で楽しい診察をしてもらい、歯の矯正器具の金属が原因な事を教えてもらいました! 発達障害は治りますか?本で神田橋先生のFANになってしまった私は、わーい先生に診察してもらえるの楽しいヒャッホーというテンションでいたので先生の話を半分位しか聞いてなかったみたいです。 後日隣にいた旦那さんにオーリングテストの説明を聞いて教えてもらいました恥 鹿児島から帰って矯正の金属を、コーティングしてあるのに変えてもらったら、具合が悪くなったら床寝していたのが治りました♪ また矯正の金属の影響で甲状腺が腫れてしこりができているだろうと言う事をいわれました こっちは総合病院で原因不明で大学病院に紹介状を書いてもらったんですが 検査がストレスだしどうせ目の時と同じ原因不明だろうと思って放置してあります。 こんな感じで花風社さんに出会って1年くらいで具合が悪いのが治りお仕事できるようになったり、日々の生活が楽になりました♪ 返信する
ブルー 2019年6月25日 こんにちは。 ブルー@:ロスジェネ世代:男性です。 この会議室にどのような順番で私の体験を書き残していこうかと考えたときに、初めに「徒手系治療家との取り組み」を書き残すこととしました。 成人当事者の取り組みといえば、世の中的には、自己認識を深めたり、環境調整をしたり、ということが、発達障害のガイドブックには基本のキとして出てきますね。 しかし、身体面のコンディションを整え、かつ身体側から発達させていくことにより、人間を土台から変えていく、というアプロ―チとなると、とたんに情報が限られます。 花風社は「NEURO」発売以降、徒手系治療家の読者がとても増えた、とのことですね。徒手系治療家は、「なんだか治せてしまうのだが、その理由を知りたくて花風社の本を発見した」と。 確かに、発達障害の当事者にとって、自分が信頼できる徒手系の治療家を確保しておくことは極めて重要だと、個人的には思います。そして、このことはあまり共有されていないようにも思います。 私の場合、徒手系、代替療法系の治療家、および、身体からアプローチするタイプのセラピスト、あるいはボディワーカーなど、身体側からの取り組みを中心にして、自分がだいぶ安定してきてから、花風社の身体アプローチを発見しました。 それまでは、身体側からのアプローチを土台にする自分のやり方は、発達障害の界隈ではまだまだ少数派だったように思うのですが、花風社を発見し、「同じようなコンセプトで知見を蓄えてらっしゃるな」と納得したものです。 ですので、 私:徒手系/代替療法系で取り組む→花風社の身体アプローチに出会う、愛読者に。 花風社:長年の身体アプロ―チの歴史→「NEURO」以降、徒手系の読者が増える ということで、歴史の順番は逆なのですが、「発達障害に対して身体側から取り組む」というコンセプトは、花風社と同一です。 次回以降しばらく、「当事者から見た、徒手系治療家」や、「取り組んだ具体的体験」「学んだこと」に関して残していきます。 連載はゆっくり目ですが、書きたいことはいろいろありますので、長い目で見守って頂ければ幸いです。 それでは今回はこれにて。 返信する
ブルー 2019年6月25日 浅見さん、ありがとうございます。 身体アプローチで取り組む人にとって、 信頼できる徒手系治療家は本当に重要なので、 経験したこと、学んだことを力の限り書き残そうと思っています。 連載ペースはゆっくりなのですが、宜しくお願い致します。 返信する
食べ物が、おいしい。
偏食がなくなりました。
それどころか、むしろ、好き嫌いがなくなってきた。
治りますね。
食事に、自分で気を遣えるようになりました。
いいものを、ちゃんと食しています。
バランスよく、栄養も取れる。
出来れば長生きしたいです。
友達が、できました。
治ってよかった。
作業効率がアップ!
時間が余るくらいになった。
時間の管理や、段取りも良くなった。
時間の見当識が治った。
本が、すらすら読めます。
花風社の本も、それ以外の本も読めます。
ツイ廃も治った。
勉強ができる!
Twitterが、身の丈に合わなくなりました。
レベルが低いと思った。
やはり、私がレベルアップした。
そう言うコトでしょうか?
部屋が、片付いてます。
片付けられないなんて、嘘っぱち。
いや、正確には、前は散らかってた。
今は、全然比べ物になりませんね。
眠剤なしに、眠れてます!
睡眠障害も治る。
感覚過敏も治る。
治るものは治るでいい。
自転車で、50キロ、この前走りました。
50キロは、スポーツマンでないと無理な距離です。
体力が治った。
その証左。
道路が、工事してます。
家の前です。
でも、全然うるさくないと言うより、うるさいけど、苦にならない。
カクテルパーティー現象も、やっと会得しました。
【障害がアイデンティディは単なる誤学習】
今なら考えられないけど、かつて、
発達障害=治らない障害でアイデンティディ
と捉えていた時期がありました。なんでかやっと言語化できるようになりました。
。
うちの子が、自分が、発達障害かもしれないと思ったり、診断がつくと、本を読んだりネットの情報を見たり、専門家や支援者からもいろいろ言われるけど、治らない、精神疾患の発症率が高いとかネガティブな情報がほっとんどですよね。運よく、ポジティブな情報だとしてもなんか違う‥、「支援を受けながら自立しましょう」とか、
『じゃあ、健常者と同じような生活は無理なの?』
とまずは思いました。
支援員からは、
「発達障害は現代の科学では治りません。これは科学的に証明されています」
「理解と権利を訴えるのは発達障害の人の特権であり当然の権利だ。」
「アインシュタインもエジソンも当事者なんだよ。一般就労が無理でも福祉就労先で才能を発揮すればいいじゃない」
といわれました。当然なんの知識もなかったころだったので、『医者や専門家のいうことだから正しい。しかも科学的にも証明されているんだ!とまで言ったんだから間違いないんだ』と思っていました。
ネットを見渡しても「治らない」「病んでる。つらいよう。お薬のまないと」「生きづらいよう」とかそういうツイートばかり。だから、自分もいつの間にか、
「あぁ‥治るという発想は間違った考えなんだ‥‥。理解や支援を訴えるのが正しい考えなんだ」
「レモンやパプリカを作詞作曲した某歌手や某有名映画監督も当事者だから天才的な才能を発揮できれば私だって」
というあさっての方向に行き、そしてどんどん闇堕ちしていきました。
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「治らない」ことを押し付ける人たちと縁を切る事ができ、今は、本当にのびのびと生活を送ることができています。もちろん未だに邪魔されたりいやがらせのようなことはありますけど外野の言うことは聞く気はありませんので(笑)
今思うと、発達することの最大の障害物は「治らない思想」でしたね。
治らない思想が治らないうちはとにかくゆっくりしか前に進めませんし、前に進めても不全感を抱えていたので結局病んでおりました。
治らない思想から抜け出すための最大の薬は、病院の薬でも、支援や制度でも、理解を訴えることではなくて、
「生活の中で治していくための情報」
でした。研究者でない私にとっては、発達障害が治るかどうかの議論はどうでもよくて、自分が健康で元気でいられることの方が大事です。
みるさん、実感のこもった書き込みありがとうございます。
当事者の立場に立ってみると、本当にそうですね。
健康で元気が大事。
そのための情報が大事。議論はどうでもいい。
今日中にアップされるはずのブログを見てください。
みるさんのこと、ちょっと書いています。
コメントありがとうございます。
私は正直当事者だけでなく、親御さんの立場でも同じことが言えると思います。
私も診断がついた当初は専門家や医者のいうことが正しいと固く信じていました。
だから、「エビデンスがないから医者、専門家のいうこと以外は信じるな」といったら真に受けていましたし、何かあった時はまず専門家や医者にはじめは相談するようにしました。
だけど一向によくならないし、熱心に熱心に服薬したり、専門的な療育を受けるたびにどんどん悪くなっているのがわかるんです。仕舞に、
「あなたは今後一般就労はできません。仕事や結婚、育児、友達と遊んで人生を満喫したかったとかいろいろやりたいことはあったと思うけどそれは諦めてください。普通の人と同じ人生を送ることは一生できないでしょう。今飲んでいる薬も一生飲み続けなければいけないお薬です」
と宣告されました。地元では発達障害に関しては当時1番、2番と言われていた方でした。人生の前半の10代、20代、30代の時期にこんなことを言われたらショックに決まっています。一方で「本当にずっとこのまま?何か方法は他にないんだろうか?」という重いがよぎった時に当時体調が悪くて寝たきり生活だった私のもとにたまたま家族が買ってきた藤家さんの本、これが私と花風社さんとの最初の出会いでしたね。
今までの環境から親御さんの立場ともたくさん出会う機会があったので、、親御さんでも当事者でも言えることですけど、
とても重くても、お子さんや自分の未来を前向きに見つめ、できることからコツコツ取り組んでいた人は最終的に自分の未来を掴んでいました。
もちろん重い人、いろいろな問題を抱えている人の方が時間がかかるのは否めません、私は神田橋先生と出会う数年前からギョーカイと距離を置こうと決めてましたけど実際距離を置くことが実現できるまで5年以上かかりました。健康面の問題もありましたし、持病も多い時で10個以上ありました。特性自体も決して軽度とは言えなかったので、1つずつ1つずつ治しやすい所から治していきました。
花風社さんのものばかり取り入れたわけではなくて、いろいろな方法をとにかく試しましたね。地域の資源から、〇〇療法と名前が付くレベルのものではなくて単に好きなものを見たり、落ち着くカフェでリフレッシュしたり。。
失敗もたくさんありました。今なら思い出したくないほど恥ずかしいエピソードは山ほど‥たぶん100個、200個はあるんじゃないかと思います。。
だけど失敗がなかったら成功はできないですね。別に発達障害とかそんなものに限らず。
だから断じて言えるのは1番自分の足を引っ張っていたのは、
「専門家や医者だから、この世界で影響力を持っている親や当事者だから全部正しい」
『だから治らない!』『だから一生福祉や療育を受け続けなければならない!』
という誤学習でした。この誤学習から抜け出した結果、一気に治っていったし、10年前だとあり得ない、想像もできなかった人生を送る事ができるようになりました。
みる@こねこさん、こんばんわ。
shotaと申します。
僕も貴方は障害者なのだから薬飲んで諦めが肝心、と強く押し付けられてきました。
治ってきている中で本当周りは驚いていますよ。
支援者の障害者扱い、というパワハラがどれだけ当事者に深いダメージを与えるのか少し考えていただきたい、と思っております。
回復と共にコミュニケーション能力も確実に戻ってきますし、
そういう段階に入った時は福祉や支援の世界を離れてみる事が必要だと感じます。
行きつけの喫茶店やカフェを持ったり、
安心できるメンバーに囲まれたスポーツのクラブに入ったり、
って事が本当に自分にエネルギーを与えてくれます。
あとはこつこつと取り組んで時間が解決していく事かなぁ、って最近は思っています。
自分は何を主張しても、
障害者だから、それはあなたの症状だから、
と押さえつけてくる支援者ばかりの就労A型にいましたが、
馬鹿馬鹿し過ぎて辞めました。
辛辣だけど、あれはただのパワハラです。
もしこういった支援者、援助者たちと巡り会った時は離れる事を経験上、強く勧めたいです。
自分は何を主張しても ×
自分が何を主張しても ○
書き間違えてしまいました。
訂正させて下さい。
補足ですが。。
辞める時、その支援者側が話し合おう、と迫ってくるのが予測できたので、ぼくは担当の相談支援員にお願いし、仲介に入っていただき、退職を進めました。
話し合い、は話し合える人とでしか出来ません。
自分が相手にパワハラを行なっている事に気付かない方との話し合いは話し合い自体、成立しません。
もう理不尽に傷つけられる事は避けたかったので、相談員に事業所との直接のやりとりをお願いしました。
書類のやりとりは郵送で行ないました。
他の方々の参考になれば、と思い。
話し合い、という形式で実質モラハラ的に言い包めてくる事が本当に怖いです。
その支援者側はそういった自分の姿に全く気づいていませんから。。
こういった事業所はもしかしたら他にもあると思うので、御参考までに。
shotaさん
承認欲求を満たすことしかやってない、他人を不幸にする、愛着障害バリバリな支援者からは「治って、離れるが勝ち!」ですね!!
ちなみに、発達・精神系の当事者の場合は、福祉就労支援を利用するよりは、通さないで自分で養生したり、心地いいものを見つけたり実践する人の方が安定している人が多いですね。
少なくとも私が出会った当事者さんだと。
みる@こねこさん
承認欲求を満たすことだけしかやっていない、他人を不幸にする愛着障害バリバリ、って本当そうですよ。
今関わってる支援者に疑問があれば、とにかく動いて、真っ当な支援者を見つける事も勧めたいです。
ろくでもない支援者に掴まるのが一番避けなければならないと思います。
みるさん、貴重なお話ありがとうございます。
1つ教えていただいてもいいですか。
「治らない思想」から抜け出すための最大の薬は「生活の中で治していくための情報」だった、とのことですが、そもそも「治らない思想」から抜け出す方向に変わったきっかけ、理由はなんだったのでしょう?
「私は障害者なのになんで、私が合わせなきゃいけないの!!!差別です!!」と二言目には言っていた人がどうしたら方向転換する気になるのか、言語化が難しければ今はうまく説明できません、でも結構です。教えていただけると幸いです。
よろしくお願いします。
373さん。
コメントありがとうございます。
「一生治らない」
と思っていた時期は、本当に症状もひどくて、大変な時期で、外出もほとんどできず、とにかく病院、支援機関、ネットが自分の世界の『すべて』って感じの時期でした。
さらに、周りにいた人たちも見事にギョーカイ系、ネットも自閉症協会の掲示板とか「治らない教」の人たちの掲示板を見てばかりいたので、見事に、
「支援ガー」
「理解ガー」
だらけで^^;;;;;文字通り、
「治すのは間違いで、支援と理解を求めるのが正しいやり方なんだ!」
と思いました。あと、もうとにかく感覚過敏がひどすぎて目を開けているのも耳が聴こえているのもしんどかったので、治すなど気合と根性を必要とする作業はやりたくないほど気力がなかったんですよね。
これには少なからず自閉症の特性が絡んでいたと思います。
・「見えないものはない」→経験していないものはわからない→だから他の当事者が一般就労や治しても自分にはできない
・「一極集中型思考」→だから、ネットが自分の世界のすべてになるし、ネットでだけやり取りしていた
・「文字通り捉える」→だれかが『トンデモ』だと話しているとその通り捉え、挑戦しようとしない。発達障害の本の多くは、
「素人ではなく、専門家や医師にまずは相談するようにしましょう」
と書いてあり、それも文字通り捉えていました。だからネットやSNSに書いてあるものは全部正しいと思っていましたね。
・トラウマだらけなのと、否定にビクビクビクビク恐怖だったから、
『治る≒自分が自分でいてはいけない』
と思っていましたね。これははっきりいって誤学習なので、「違う!」といっていいと思います。自分が自分でいることと、生きづらさが治ることは共存します。なぜなら生きづらさが治るとますます自分が自分でいられるようになれる環境が増えますから。
SNSで「治るなんて言うな!カルト宗教!」という奴に当事者が多いのも、治るというのが考えられないほどつらいのと、自閉症の特性も手伝って、あんな暴徒化してるんでしょう。
自分も実は昔はあんな感じでしたから(苦笑)。
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それでも「治る」方向にシフトできたのは、
「治る」考えにシフトできたのは、実際に「治る経験」をしたからです。
(治る=困りごとを工夫でなんとかするとはちがいます。念のため。
「治る」とは支援や、特性緩和グッズを使わなくても、社会や学校の中でも困りごとにさいなまれなくなることです。)
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私はもともと人と同じことが好きではないので、養生の途中から、県外に行くようになりました。花風社さん絡み以外のものにも以前は結構通っていて、興味のあるものは、たとえ県外であっても行くようになりました。
自助会に当時は通っていて、周りの発達・メンタル系の当事者たちが、どんどん福祉就労や一般就労で一歩前進する中、自分は一歩も前進できていなかったので焦りを感じ始めていたのも大きかったと思います。
その中の出会いから、徐々に考えが変わり、さらに人と出会い、また考えが変わり、灰谷孝さんの発達支援コーチの施術ができる人と出会い、施術を受け、ビクビクが不完全だけど部分的に治り、栗本さんの本と出会い、栗本さんや神田橋先生と出会い、最終的に『治る』に落ち着いたといった所でしょうか。
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一晩にして考えが変わるというものではなくて、養生のなかで、ここちよさに安住でき、実際に治って、生きづらさがなくなり、はじめて「治るってあり得るんだ」と思うことができました。
治る経験をしたから「治る」と思うことができました。
なぜなら治ると、今まで、感覚過敏や疲れやすさ、その他の生きづらさで余分に脳みその容量喰っていた部分が空くので、その分他の「困りごと」とも付き合う気力が自然と生まれてきます。
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もちろんこの方法で「治る」にシフトしたのはあくまで私の資質にあっていたからであって、ほかの人が同じことをしてもうまくいかないかもしれません。もしかしたら本人が変化を拒んでいたら、できないかもしれませんので。
(実際にそういう知り合いもいます。あと数年で中年の年齢にさしかかるので、8050問題になりそうで心配です)
.
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実際に「治った」からはじめて「治るってあり得るんだ」と思えました。
×だからネットやSNSに書いてあるものは全部正しいと思っていましたね。
↓
〇文字通り捉える特性からネットやSNSに書いてあるものは全部正しいと思っていましたね。
誤字発見しました。失礼します。
みるさん、ご返信ありがとうございます。
> 治すなど気合と根性を必要とする作業はやりたくないほど気力がなかった
こうした状態の時に、「支援ガー」「理解ガー」は何もしないでいていい後ろ盾になる、という感じでしょうかね。
だとすると、『トンデモ』情報に対して「治るなんて言うな!カルト宗教!」と反論せずにはいられないのは、その後ろ盾が脅かされるからと考えられそうですね。
ない気力にますます負担をかけることになって、さらに気力を失うという悪循環に陥ってしまいますね。
> 「治る」考えにシフトできたのは、実際に「治る経験」をしたからです。
とはいえ、「治る経験」をすると『トンデモ情報』は有益な情報に徐々に変わっていったのですね。
ということは、その前段階の具体的な動きの積み重ね、出会いの数々は必ずしも「治る」ことを目的としていたわけではなかった、つまり、目的があっての動き・出会いではなく、動きが先にあって目的・方向性はシフトするものなのですね。
「これが正しい」に縛られていると動きは出てきづらいなぁ。準備を整えてから動く、というものではなさそうですね。
今後とも、いろいろ教えて下さい。ありがとうございました。
こんにちは。
shotaと言います。
統合失調症の診断を受けていて、支援者の方からは自閉症と伝えられております。
統合失調症はもう寛解してると感じてます。
医師からももう治ってるんじゃないのか、と。
現在はおそらく一次障害である自閉症に対して取り組んでおります。
僕が効果あった事、列挙してみます。
参考になればいいのですけれど。。
① 歯科で口腔内の金属フリーの治療を行なった。
僕はADHDではありませんが、落ち着きなく動き回る、また人前であがる・焦る、といった症状に対してはっきりと改善が出ました。
高額でしたが、本当にやってよかったと思っている事です。
もし金属除去されるならば、専門家の方々からは賛否両論あるようですが、飛び散る金属粉を吸い込まないように専門的に施術して下さる歯科医を見つけられるといいと思います。
アマルガム除去、で検索して出てくる歯科医さんがよろしいかと。。
僕は普通に外したところ、希死念慮が出ました。
経験上危なかったので、もしされたいとお思いの方いらっしゃればアマルガム除去の施術設備のある歯科医さんでおとりになると良いと思います。
今、思えば銀歯は口腔内の触覚防衛反応を引き起こしていたのでは?と思っています。
② 兎にも角にも前庭入力。
続&続々自閉っ子こんな風に出来てます、を拝読し、他専門書籍も拝読して、自分を振り返った時、前庭覚の入力に対して敏感(重力不安というのだそうです)なのだ、と初めて知りました。
現在、行なっている事はamazonでハンモックを購入(スタンド付きで部屋に置けるタイプ、8000円程、2畳半ほどスペースをとります。なるべく綿100か、綿に化繊混紡のものの方が触覚に配慮できて良いと思います)し、日常的に揺られる事。
またプールで水中ウォーキング、出来る範囲での水泳(やり過ぎると触覚欲求が強くなり過ぎるので60分を目安に行なっております)、
自宅でのバットダンベルを使った体幹トレーニング(固有覚と前庭覚の入力が狙えればと)を行なっております。
ハンモックはお勧めです!
専門書によると、重力不安は最も改善が難しい・遅い、との事でした。
前庭入力の為に一人でブランコは周囲が気になるし。。
スイングなんかも乗る事ができる場所ないし。。
で策を巡らしていました。
バランスボールを当初使っていましたが、寝心地が良い事も加わり笑、今はハンモック一辺倒です。
限られた時間の中で大きく揺らすのではなく、長い時間で小さく揺らした方が自分の身体には負担なくて良いのかも。。と思ってきています。
覚醒度も上がってきましたし、会話も少しずつ滑らかなものになってきました。
細部だけ見つめるだけ。。いわゆる空気が読めない状態が減ってきました。
重力不安に取り組む際、無理する事だけはやめた方がいいです。
酔うだけではなく、明らかにコミュニケーション能力が落ちますし、精神的にも不安定になります。
意思疎通が図れなくなり、周囲と噛み合わず無駄なストレス抱えることになりますから。。
(世の中、寛大な方ばかりではないというのが本当に残念です。。)
現在、トランポリンクラブに入り、トランポリンも行い始めました。
断薬に関してですが、プロテインやあとカルシウム、亜鉛などをしっかり摂って取り組むと僕は身体の負担が少なかったです。
離脱症状と言える離脱症状は強く出ませんでした。
サプリメントでおとりになる際は拮抗作用があるので、カルシウムはマグネシウム配合型(カルシウム2:1マグネシウムの割合が一般的です)、亜鉛は銅配合のものが体験上も併せて良いです。
他、少しずつ減薬する事、季節の変わり目や真夏や冬季は地域によっては見送った方がよいと思います。
shotaさん、ようこそ。
自己紹介コーナーも拝見しました。
ご自分でテーラーメイドの発達援助に取り組んでいらっしゃるのですね。
皆さんの参考になります。
また何かあったら治った自慢しにきてくださいね。
計算障害があったけど、100ます計算ドリル、できるようになったぜ!って喜んでます。w
35歳主婦のさかいまゆりです。
花風社さんに出会ったのは、ちょうど1年前の今頃です。
その頃は感覚過敏の状態で、外出するとあらゆる音が自分に向かって攻撃してきて気持ち悪さにクラクラして、道端にうずくまったりしてしのいだり、
あらゆる全ての光の刺激に目が激痛で、耐えているとだんだん気持ち悪くなってしまい動けなくなってしまったり、とにかく日常を送るのがとてもしんどい生活をしていました。
同じ時期に黄斑変性症(おうはんへんせいしょう)という目にもやがかかって目がみえなくなる病気がみつかり
その治療に都内まで通わなければ行けなくなり
音や光で卒倒するのに電車に乗らなければいけないのは怖すぎる!
なんとか具合が悪いのを治したい!とTwitterで発達垢をつくって情報を探していました。
まず金魚体操とホッとアイマスクで、夜眠れなくて一晩中携帯の文章を読んでいたのが治りました!
眠れないと良くない事を考えてしまうのが嫌で
文章を読んでいるとパニックにならずにすむので
夜通し何かしら文章を読んでいたんですよね(←体に悪い自己治療)
寝れるようになったら、夜中起きていた時に不安で過食してしまうのも治りました。
そして寝れるようになったら朝スッキリ起きれるようになり食欲がでるようになって、食事をしてもお腹を壊さなくなりました。(寝れない時は1週間お腹を壊していたとかザラでした)
その頃花風社クラスタさんのTwitterでプールで体を緩めるのが良いよ!と聞いて
プールに通うようになったら、聴覚過敏で卒倒していたのが治りました!
耳栓を持ってないと怖くて電車に乗れなかったのですが
それも大丈夫になりました♪
黄斑変性症の検査や治療がすごくストレスで、検査の注射や目を診察するために強い光を当てたりするのですが、目を治す治療なのに目にダメージをあたえるという矛盾する治療?で一時的に感覚過敏や聴覚過敏がひどくなりました涙
具合が悪くなると倒れるので、倒れる前に道路とかどこでも寝るというちょっと迷惑な自己治療でなんとかたえしのぎ(横にいる旦那さんは大変でした汗)
プールや温泉に行って体を緩めたり、花風社さんの本にでてくる体操をして日々過ごしていました。
愛甲さんに質問する会に参加して、とにかく神田橋先生にみてもらうのが一番はやい!と浅見社長が言ってるのをきいて
そうか!なんとしても行きたい!と旦那さんを説得して
まだ具合が悪くなると床寝する体だったんですけど
強行突破で去年の12月頃に鹿児島に行ってきました。
神田橋先生に診察していただいたら
君は花風社さん関係ないね発達障害じゃないよ
と言われ
頭にネイチャーメードの容器を当てられたり
オーリングテストをされたり不思議で楽しい診察をしてもらい、歯の矯正器具の金属が原因な事を教えてもらいました!
発達障害は治りますか?本で神田橋先生のFANになってしまった私は、わーい先生に診察してもらえるの楽しいヒャッホーというテンションでいたので先生の話を半分位しか聞いてなかったみたいです。
後日隣にいた旦那さんにオーリングテストの説明を聞いて教えてもらいました恥
鹿児島から帰って矯正の金属を、コーティングしてあるのに変えてもらったら、具合が悪くなったら床寝していたのが治りました♪
また矯正の金属の影響で甲状腺が腫れてしこりができているだろうと言う事をいわれました
こっちは総合病院で原因不明で大学病院に紹介状を書いてもらったんですが
検査がストレスだしどうせ目の時と同じ原因不明だろうと思って放置してあります。
こんな感じで花風社さんに出会って1年くらいで具合が悪いのが治りお仕事できるようになったり、日々の生活が楽になりました♪
こんにちは。
ブルー@:ロスジェネ世代:男性です。
この会議室にどのような順番で私の体験を書き残していこうかと考えたときに、初めに「徒手系治療家との取り組み」を書き残すこととしました。
成人当事者の取り組みといえば、世の中的には、自己認識を深めたり、環境調整をしたり、ということが、発達障害のガイドブックには基本のキとして出てきますね。
しかし、身体面のコンディションを整え、かつ身体側から発達させていくことにより、人間を土台から変えていく、というアプロ―チとなると、とたんに情報が限られます。
花風社は「NEURO」発売以降、徒手系治療家の読者がとても増えた、とのことですね。徒手系治療家は、「なんだか治せてしまうのだが、その理由を知りたくて花風社の本を発見した」と。
確かに、発達障害の当事者にとって、自分が信頼できる徒手系の治療家を確保しておくことは極めて重要だと、個人的には思います。そして、このことはあまり共有されていないようにも思います。
私の場合、徒手系、代替療法系の治療家、および、身体からアプローチするタイプのセラピスト、あるいはボディワーカーなど、身体側からの取り組みを中心にして、自分がだいぶ安定してきてから、花風社の身体アプローチを発見しました。
それまでは、身体側からのアプローチを土台にする自分のやり方は、発達障害の界隈ではまだまだ少数派だったように思うのですが、花風社を発見し、「同じようなコンセプトで知見を蓄えてらっしゃるな」と納得したものです。
ですので、
私:徒手系/代替療法系で取り組む→花風社の身体アプローチに出会う、愛読者に。
花風社:長年の身体アプロ―チの歴史→「NEURO」以降、徒手系の読者が増える
ということで、歴史の順番は逆なのですが、「発達障害に対して身体側から取り組む」というコンセプトは、花風社と同一です。
次回以降しばらく、「当事者から見た、徒手系治療家」や、「取り組んだ具体的体験」「学んだこと」に関して残していきます。
連載はゆっくり目ですが、書きたいことはいろいろありますので、長い目で見守って頂ければ幸いです。
それでは今回はこれにて。
ブルーさん
とても楽しみな連載ですね。
よろしくお願いいたします。
浅見さん、ありがとうございます。
身体アプローチで取り組む人にとって、
信頼できる徒手系治療家は本当に重要なので、
経験したこと、学んだことを力の限り書き残そうと思っています。
連載ペースはゆっくりなのですが、宜しくお願い致します。