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雑談のお部屋

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ヨヨ子

2021年1月22日に投稿した智ママさんへの返信で、
鬼畜医療従事者や鬼畜支援者を法に触れない程度になら晒し者にしても良い、だって法に触れないのを良いことに他人の人生を台無しにしてるのは向こうなのだから
という凶暴な文章を何故書いたのかを考えていました。
あれはモノの弾みで出た文章なのですが、それだけに私の本心を表しているように思いました。

どうも私は鬼畜医療従事者や鬼畜支援者が「患者や当事者が何をされても一生黙ってると思ってる」と考えているみたいです。

今鬼畜達にひどい目に遭わされている患者や当事者の大半は、精神医療や発達福祉に頼るか頼らないか微妙なラインの人またはそういう親に育てられている子供でしょう。だからこそ何かがおかしい、悔しい、と思うわけです。
そして医療や福祉に頼るか頼らないかな人間であれば、人生を台無しにされればいつかどこかで牙を剥くものです。それが人間です。

しかし、鬼畜達の言動を見ると、そんなことは起こりっこないと言わんばかり。
大抵はやろうと思えば調べ物や暴露や晒しくらいできるような人間を相手にしてるのに、そうは思わない。
人間なら、どんな善人でも持っている傷つけられた故の怒りを持っていると思わない。
だったら今私が発信している場所でだけでもそれを覆してやる。

そう思って2021年1月22日の文章後半を書いたんだと思います。

自分の人生を台無しにした病院や施設やその一味を晒し者の刑にするのも行儀の良いことではありません。
しかし、こちらを人間扱いしていない相手に気を使う義理はありません。
だから私は、自分の晒しや暴露で鬼畜達が困っても、知りません。
恨むなら自分の勤め先である、過剰診断で薬出したり拘束したり閉鎖病棟に入院させたりする精神病院や、自力で真実にたどり着ける程度には脳が発達している人間を囲い込もうとする方針を取っている企業を恨めとしか思いません。 

もし精神医療やギョーカイの裏を暴露されて暴露した人間や当事者にだけ矛先が向くとしたらその人達こそ差別主義者だと思います。
暴露されるようなことをしている自分の勤め先だって悪いのに、何故そちらには矛先を向けないのか?そんなの弱いモノいじめ以外の何者でもない。
少なくとも私はそう思います。

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智ママ

先日、児童館で、水頭症の2歳児のママさんとお知り合いになりました。
ママさんは、お子さんが水頭症でシャントを入れているから、もう伸びない。と思いこんで、ブルーになっていらっしゃいました。

当時6歳の息子が小走りして、お喋りをして、おもちゃで遊んでいるのを見て、「息子さんの病気の原因はなんですか?」ときいてきたママさん。
「遺伝子異常ですよ」と大根の品種をきかれたときのようにさらっと答えると、ママさんの顔に、ぱあっと希望の火が灯りました。
「遺伝子異常の、脳室拡大で、ここまで伸びるんですか!」「伸びました」
「何、されたんですか???教えて下さい!」
百聞は一見にしかずだったようです。

伸びた子どもさんの姿が、スマホで見る情報以上に、生きた情報になるようです。ざっくばらんに、したことをお伝えしておきました。
ママさんは希望に満ちて帰っていかれました。

肝心の息子は、キョトンとして「おかあさん、また赤ちゃん、くる?」と。
治っている子どもさんの姿は、それだけで希望を与える存在になりうるのだなあ、としみじみ思ったことでした。

脳室拡大でお悩みのお母さん方へ
脳室拡大でも、多発奇形でも、うちは伸びました。各種アプローチを試してみられることを、おすすめします。

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智ママ

アルパカさんのツイートを読んで、思い出したことを書きます。

先天性心疾患と心奇形を複数、他にも多数の奇形を併せ持って生まれてきた息子は、居住地の大学病院の小児科に運ばれて、心臓手術をだいたい半年おきに合計4回、受けました。

最初はNICUからのスタートでした。
ダウン症の子はまだ生存率がいい方で、低体重児のお子さんの中には、2日前には動いていたのに、今日来てみたらもういなくて、看護師さんもその子については一切口をつぐむ(おそらく亡くなったと思われます)という子がわりと多くいました。
その日その日1日が、生きているだけで、御の字な世界でした。

2ヶ月経って、体重も増えたので、小児病棟の心臓の部屋に移ると、ときどき、手術前にいなくなるお子さんがいました。心臓病の悪化で、突然亡くなったと思われます。手術後に突然消える(亡くなっていなくなる)お子さんもいて、看護師さんがよく病棟内を走っていました。

まだおむつやミルクの要求で、大きな声で泣くことができるお子さんはいい方で、息子のように、泣くと酸素飽和度が83から65に下がって、看護師が顔色を変えて飛んできて「生きているのが奇跡だわ・・・お母さん、泣かせんといてください!」というようなレベルの子は、極力泣かせないように育てるよう指示が出ていました。

生きているだけで御の字なレベルの重症の赤ちゃん部屋と、手術後の経過が良いお子さんの泣き声や笑い声が聞こえる、ナースステーションから遠い安定した退院の近いお部屋とは、育児の程度もできることも、看護の重要度も、全く違う世界でした。

なぜか、退院の近いお部屋では、発達の気があるお子さんを多くみかけるので、変だなと思っていました。

1歳11ヶ月でようやく最後の手術が終わって、『化け物クラスの回復力です』と言われながらPICUを出て、14日少し切るぐらいで退院してきてからの、ようやっと普通の心臓病育児が始まったのですが、半年は血流の問題からか、非常にぼんやりした状態が続きました。

2歳になったばかりで退院してからは、口唇口蓋裂の唇が割れた状態の、知的障害も軽くはない子に向けられる視線との戦いな通院と外出でしたが、かなりしんどかったです。
3歳で発達判定を受けてからの療育園の通園スタートで、もうバタバタでした。

生きてるだけでありがたいレベルから、より発達を促したいレベルに移行できたことは、大変幸せだと思います。

一方で、手術をしないと助けられない重度の病気のお子さんや、難病のお子さんと同室だった時期もあったこともあり、『同じ予算の中からやりくりするならば、まだ自力で治していける余地のある発達障害に予算を多く使うのではなく、生きる死ぬのレベルで生きているお子さんが回復するような医療に使って欲しい』と思います。

「心臓の子は、助けてもお金がかかるし、万が一助かっても発達になる確率が高いし、大変なのよね」「このなかで、何人が社会に出られるかしら・・・でも、助けないわけにはいかないのよね。保険だから」と仲間内でささやいていたNICUの看護師さんの言葉を聞いて、一時期は暗澹たる思いになりましたが、
息子の小学校入学の際に『助けていただいてありがとうございます。多発奇形で心臓病でも、普通小学校の育成級には行けることになりました』とお礼ハガキを出しました。たぶん多発奇形=支援学校にしか進学できない、の公式が破られたので、大騒ぎになったと思いますが、その後のことはわかりません。

アルパカさんは看護師としての立場からツイートされていましたが、1患者の保護者としても、同意します。

治るのに、あえて治ろうとしない人はしかたがありませんが、治るのに、アリバイ支援だったり、アリバイ教育だったりで時間だけ潰していく現状が、本当に腹立たしく思えます。
これに使う税金で、手術後のきちんとしたケアも含む手術をしたら、どれだけのお子さんが助かるだろうか?そしてきちんと伸びる方法を使えば、時間もエネルギーも無駄にならず、余計な税金だって使わずに済むのに、なぜしないんだろうか?と。家庭での取り組みしかないので、現状、各自で頑張るしかありませんが、なんとも、もったいない状態だと思います。

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智ママ

アルパカさんへ
小児科も大変だと思いますが、看護師のお仕事、頑張ってください。
ツイートありがとうございました。

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ヨヨ子

智ママさん。

私は子供もいないしNICUとも無縁なのですが、小児科にも外道看護師がいるということは分かりました。
患者の親が聞いてそうな場所で「助けないわけにはいかないのよね、保険だから」なんて、明日厚労省に看護資格証明書返上しろレベルの外道ですね。

しかし外道看護師って、結構多いです。
多分他のコメディカル例えば放射線技師や理学療法師よりもならない存在で丁重に扱われていてかつそれを自覚しているからだと思います。
私が昔働いていた診療所にも入院患者のおむつを1日1回しか替えない准看護師がいました。
でもクビになりませんでした。
同僚相手にネズミ講的なことをしていた看護師達も注意を受けている姿を見たことはありますが、いまだに同じところで働いています。

そんな看護師さんばかりではないのでしょうが、人材不足だからだとか他の職種よりも必要とされているだとかをいいことに、性悪であることを許されている側面があると思います。
必要なのは看護師免許を持っている人間ではなく患者に外道と思われない看護師なのに。

因みに私の経験上外道看護師の共通点は、華奢または筋肉なさそうな肥満体です。
外道でない看護師さん達は、還暦間近になってもオペ室入りをし、白衣の天使というより白衣のプロレスラー(褒めてます)で、スレンダーでも水に浮かないから泳げないくらい筋肉質でした。
体がキツいとご機嫌斜めになって性格が悪くなるんでしょうね。

医療従事者の国家資格試験に蹲踞や片足立ちや股割りがあれば良いのにと思います。

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智ママ

ヨヨ子さん
お返事ありがとうございます。
あまり明るい話ではないので、気がとがめるのですが、書きます。

この看護師さんの発言の中には、子どもを生んだことのある人には、外せない、ある非道な条件があります。

産後すぐから数ヶ月は、出産までのホルモンバランスが大きく崩れる関係で、産後の女性は非常にデリケートな心身状態にあり、ちょっとしたことでも大きいショックを受けてしまいやすいのです。

ただでさえ、明らかに障害児を授かったことがわかって、その受容と今後の見通しの立たなさによる不安と、産後のホルモンバランスががたがたになりかけている状態で、人によっては悪露もまだあるのに、『NICU預かりだから、乳児育児しないし、ラクできていいわね』と思われながら母乳を届けたり、1日の面会時間に間に合うように自宅から大学病院まで、毎日、通ってくる母たちに、この発言は、看護師の仲間内でなされたとはいえ、とても残酷でした。

そして、障害の告知も、母親が平気で子どもの面倒が見られるとみなされると、どんどん個別に呼ばれて行われていっていて、順繰りに母たちがショックで育児を休んでいく(面会が数日開く)、ということが、大学病院のNICUでは行われていました。
次の小児科で、一刻も早く、障害を持って生まれた子どもの治療(心臓、または消化管、または脳、またはその複数に渡るケースなど)に母親を協力体制に向かわせるために、あえてそれを行っていたようです。

もちろん、自分たちが障害児を授かったことに耐えきれず、面会に来なくなる親御さんもいました。
「試練に耐えられなかったわね」「次の場所(預け先の施設)に連絡しないと」
と看護師たちが会話するのを背後で聞きながら、赤ちゃんがミルクを飲んでいたり、おむつを替えてもらっていたりするような現場でした。

性悪かどうか感じるゆとりなどなく、流れ作業のように「あ、今日も子どもが生きてた」「今日も子どもが生きてた」と日々が流れていって、NICUから小児病棟への転棟の日が来たという感じです。

それでも、患者である子どもには、そこしか治療の場がなく、子を人質に取られているようなものですから、母たちは我慢するしかありません。

「あのときは、しんどかったよねー」とNICU同窓生の間で語り継がれるのは、おなじみの光景となっています。
母たちは、それぞれに、病院に感謝はしています。
命がないと、発達に悩むところまで、たどり着けませんでしたから。
ですが、この状態は、なんとかならないかなあ。と思います。

生活が安定してきたら、多くが一様に、発達枠に入り、お決まりのめんどりコース(しかも、絶望的に、他の発達だけのお子さんよりも、障害があるから、絶対に治らない・治りっこないというレベルの宣告を受けるオプション付き)を進められていくからです。

けれど、その中で、発達を促していけて、子育てを楽しめるようになるまで発達が進む事ができて、お礼状を出せるようになるまで伸びたのは、大学病院の小児科の心臓受診組では、残念ながら、たぶんうちだけだと思います。
ここまで生きてこられたことと、息子の発達が伸びられたことに、感謝です。

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ヨヨ子

智ママさん。

私は子供と無縁の人生を歩んでいます。しかし、想定外のことが次々と起こる恐怖は分かります。
そもそも子供と無縁の人生を歩む羽目になったのも精神科に安易に通ったが故の想定外なことが次々と起きた結果ですから。
20代後半で閉鎖病棟に連れ込まれてはっきりと病名も分かってないうちから統合失調症薬の多剤投与を受け、体調が安定してきた頃には四十路手前になってしたんです。

赤ちゃんが生きてるだけが救いの目の前真っ暗な人達がたくさん入院通院しているのが分かっているのに「ラクできていいわね」って白衣を着た悪魔ですね。

仲間内でされた話だからというのは理由にならないと思います。どうしてもそんな話をしたけりゃ患者がいないところですれば良いんですから。

その人達はきっと適性も無いわ忙しさに耐えられるだけの体力も無いわなくせに、モテそうだからだとか時給が良いからだとかな理由で看護師になった人達なんでしょう。
そしてコロナ騒ぎで涙目になっている看護師の何割かもこういう人達なんだと思います。適性や体力のない看護師が思いの外たくさんいたのでしょう。

病院に家族が人質に取られているような感覚もなんとなく想像できます。私も閉鎖病棟に入院している時囚人になった気分でした。
誤処方されようが、何も言われず薬を増やされようが、私が気づいても放置され、面会に来た母が医師に指摘しないと医師が謝りもしない説明もしないという月日を過ごしました。
閉鎖病棟の患者は外から家族なりなんなりが来ないと手も足も出ないのです。
当時の私の母の気持ちは赤ちゃんを人質に取られたお母さん達と同じだったと思います。精神科の閉鎖病棟でも患者は死にますから。

そして、家族が人質になるというのは、病院だけでなく施設や特別支援校でもそうなんだと思います。

なので、コロナ騒ぎをきっかけに、忙しくても鬼畜発言をしないくらいの体力と安定性のある医療者と福祉者のみが残りゃ良いんだと毎日祈っています。
そういう自分を粘着質だとも怖いとも思いません。
法には触れていないのですから。そもそも法に触れないのを良いことに他人様の人生を台無しにしてるのは凡精神医療と凡福祉なのだから、一生邪念送られたって方に触れない程度に晒し者にされたって文句言うんじゃねーよです。

だから、智ママさんも外道看護師や鬼畜療育者の話しても、気が咎めることないと思います。そいつらはどこかで晒し者にされても文句言えない人間達ですし、ここの記事を読んでる人達は暗い話聞いてもフラッシュバック対処出来る人が大半でしょうから。

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智ママ

ヨヨ子さん

普通を知っている方は、鬼畜な扱いをされて怒ることができますが、私のように初めての妊娠・出産で、息子のようなタイプの子を授かった人には、ゆとりがなくて、トラウマ処理どころではなく、ひたすらその日の育児と看病と生活とで明け暮れるだけで、ほとんどの時間が過ぎてしまうのですよ。
疑問に感じられただけ、私はまだ微かに、普通の感覚があったということでしょうか。

疑問を感じても、口に出せる関係や場がなく、一人悶々として「頑張って感謝しなくては」と我慢していましたが、よく考えてみると、民間の会社で営業活動をしていて、この対応があったら、許されないことですよね。

おかしいな。と思ったことを書いているだけで、特に怒りという感情は自分では感じないのですが、あまりにも疑問に感じたので周囲に少し漏らしてみると「言わんどき」「感謝できひんなんて、人としておかしい」と反応が帰ってきたので、口をつぐんでいただけです。

泣き寝入りはしたくありませんが、訴訟をするほどでもなく、ただ、『こういくことが7年前に、医療現場であったよ、だからみんなも、気をつけてね』と書いて伝えています。

よりよい環境を、次の人達に残したくて、あえて書いています。
発達界隈もかなり酷いですが、重度の福祉に近くなるとされている障害児の、医療や療育機関での、親子の扱いは、発達だけのそれを越えています。そして、仲間内でのプレッシャーは、凄まじいものです。

私の子はまだ中度知的なので、そこから完全に抜けきれてはいません。
ですから、『良くなっても、普通の(健常児の)レベルにはいかないんでしょ?』という目で、医療者から見られているのもわかっています。
でも、「これはおかしくありませんか?」と書いて伝えたくて、ここに書いています。
闇から闇に葬られていると、また、同じように泣いて、泣き寝入りさせられる、新生児のお母さんが増えるからです。

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智ママ

発達の『ベルトコンベアー』の一例(私の周りで見たケース)

母親が「なにかおかしい」とわが子の異変に気づく
→発達相談所に連絡して、発達検査を受けさせる
(軽い方は「療育でぐぐっと良くなりますよ」、中度・重度の方は「療育を受けるだけでもだいぶ違いますよ」とキャッチセールスがついている)
→発達検査の結果により、トリアージされて、第一の療育施設を紹介し、手続きをとらせる
→ショックが癒えぬままに「発達には、療育は必要不可欠」とスタッフによる保護者教育が始まる
「何も心配いりませんよ、私達にお任せください」という言葉で、将来像は一切教えてもらえず、ありのまま教育とありのまま療育が進められる

→そのままアリバイ療育に移行し、出来が良かった子は普通級、そうでない子は育成級と支援学校に振り分けられていく
→そのままアリバイ支援教育に移行し、放課後デイサービスを活用させながら、学力に差がつくように指導して、支援学校中等部に集約させていく

→中学校・高校で見つかった発達障害のお子さんは、就労センターに紹介して、自宅と作業所との往復のかたちに誘導する
それまでに見つかって支援学校の中等部に集約されたお子さんは、福祉の作業所と施設または自宅との往復のかたちに落とし込む
大人で発達障害が見つかった方は、就労支援センターに落とし込み、以下同文。

という、いわゆる『めんどりコース』が設定されていて、一旦そこにハマると、なかなか抜け出ることが出来ない仕組みになっているように見えます。

運がよく、勉強会で知れたときには、就学を過ぎて子どもが支援級に入っていたり、5歳の後半でいたりして、なかなかその後の進路の改善に向けて対応しにくい状態でいるときが多いようです。

進路の説明を受けたあと、肩を落として去っていく保護者をちらりと見て、「自分の子は、自分で育てなくて、どうするのよ(笑)」とぽそりと呟いていた療育スタッフがいました。今まで「お母さんがたは何も心配いりませんよ。私達が、時期が来たらお教えしますから」と優しく、甘い言葉をささやいていたわりに、せせら笑いの成分が濃厚だな、と疑問に思ったことでしたが、今になると、あれは悪意だったのだなとわかります。

この一本道から降りるには、ひたすら伸びて、支援が必要でなくなるまで伸びてしまうことが一番のようです。
または、「我が子が、なにか、おかしいな」と思ったときに、発達検査を受けるまでの長い待ち期間に、少しでも伸びておいて、支援が必要ないまでに持っていければ、『ベルトコンベアー』に乗らずに済むようです。

私は、子どもが生まれてからずっと多発奇形系の障害児育児だけだったので、普通の小学校への進路は、最初、まったく考えられませんでしたが、伸びた結果、息子は現在、小学校の育成級で、易しすぎる授業を受けながら、毎日楽しく過ごしています。
伸びてみないとわからない世界って、この先にまた続いているのかなあ。とも思うときがあります。

「いずれ重度に戻る」「福祉にしか行けない子」「どうせ〇〇にいくんだし」と、療育スタッフや教師から、呪いのようなネガティブな言葉を、ぽそりとかけられている息子ですが、『それでも、福祉の手は、我が子の少しでも遠くであったほうがいいかも。他の福祉が入用な人に、きちんと手が回るように』と思いながら育てています。

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智ママ

息子はまだ小1ですが、中学校の内申について、情報が入ってきました。

義務教育の中学校は、遅刻や欠席が多くても卒業はさせてくれますが、私立高校は、遅刻や欠席が10日以上あると、推薦をはねる(推薦入試させない)ところもザラにあるそうです。
中3になってから遅刻・欠席に注意しても、もう遅いようです。
中1・中2で、遅刻や欠席が少ないように我が子を送り出せる家庭は、まだ安心だそうです。(内申書には、中1中2の出席率や生活態度も載るから)
現在、大きめのお子さんをおもちのご家庭に、参考になれば幸いです。

我が子は、中2で心臓の弁と人工血管を取り替える手術を受けなければならないので、内申にのる出席率は悲惨なものになりそうですが、命と生活の質には替えられないので、外で頑張ってもらおうと思います。

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ヨヨ子

智ママさん。

甘い言葉をささやく反面せせら笑ってるとしか思えないことをする、というのは成人向け支援の支援員も同じです。

掃除の後にニコニコしながら利用者に飴玉を配ったりしてる(いらなーい!)くせに、職員が自分と自分と親しい職員だけになった途端持病があると思しき職員の机に乗っかり「病院行くから休みますじゃねーよ出てこいよあははは」←口調は乱暴ですが、女性です。

恐ろしいのはこの支援員がまだ同じ就労支援センターで働いているということです。
実は私はこの事実を人権保護団体に密告したんですね。
そしてたらそこのスタッフさんが「ヨヨ子さん、そんなセンターにはもう行きたくないでしょう。私たちが辞める手続きと話をしてくるから」と言ってくれました。
多分この話もしたと思います。
たとえ話さなかったとしても、私のモニタリング担当ソーシャルワーカー(就労支援センターと利用者の間に立ち双方を見張る人)が疑問に思ったことを聞いても答えられない支援員達に何度も怒ったりしていたので、センター側は自分たちの仲間にアレな職員がいるということに気づいたと思います。
なのに、アレな職員の中でも1番アレなことをしていた上記の職員、まだいるんですよ。
つまりそこのセンターは、利用者のみならず第三者にまで叱責されるようなアレな職員を解雇させない主義だということです。

つまり無知ゆえにではなく悪意をもってそういう職員を雇って好き放題させてるってことです。
肩を落とす保護者達をせせら笑う療育員も智くんに呪いの言葉をかけている教員もその手の人達だと思います。

というか、その人達に限らず今時無知ゆえに暴挙暴言に走る支援員なんてあんまりいないと思います。
発達支援が始まったばかりの頃には無知ゆえに、という人の方が多かったかもしれませんけど。

発達支援、大人向けも子供向けもひどい。

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智ママ

「いずれ、福祉の手に渡る子だから、時間つぶししてればいい」
「いずれ、支援学校に行く子だから、大して教えなくていい」
という発想があり『支援対象者だから、私達より下、なのに優しくしている私は偉い』という視点があると、上記のような言葉が出てきやすいようです。
そして「言ってもわからない」「うちしか頼る機関がないし」とたかをくくっておられる方が多くみられます。
残念なことです。

こういう発言があった機関に対しては、療育と教育に関しては選択の余地は少ないので、早く卒業または成長してしまって、サヨナラしていくしかなさそうです。

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智ママ

ヨヨ子さん
コメントの御返事、ありがとうございます。

「預かってもらうだけでも御の字なんだから、文句をつけるなんて、とんでもないわよ」というのが、ママ会の主流で、我が子が身体的に虐待でもされていない限り、目をつぶる、という姿勢が、『あるべき母の姿』のような錯覚を覚えるような雰囲気が、その場に流れていました。

我が子の処遇について、また、我が子だけではなく、他のお子さんの処遇についても、疑問を感じることは、そんなにいけないことでしょうか。

最初は純粋に感謝していましたが、あくまで伸ばさない療育を施し、「自宅では、何もしなくていいです」と、花風社のアプローチに近づかないよう予防線を張る一方で、「自分の子どもは、自分で育てなくてどうするのよ(笑)」と呟いて笑うスタッフの様子を見るにつれ、疑問がわいてきました。
疑問を口にすると、専門的用語を駆使して有耶無耶にされている保護者を見かけるたびに、疑問は大きくなっていきました。

これは、今の小学校の育成級での教育も一緒です。
「特別なことは、なさらないでください」「公◯は、しなくていいです。かぶるから」「無理をさせると、あとから歪(ひずみ)が来ますから」と、自宅でも努力を予防線を張ってさせないでおいて、させる課題は易しいものだけで、まだ我が子だけならしかたがないとも思えたのですが、クラスメイトの課題も易しすぎるものでした。小3,小4になると学力の差ははっきりしていて、嫌でも支援学校中等部にしか進学できない、というからくりです。

はっきり言って、だまし討ちです。
相手を信用した自分もいけないと思いますが、他のママに、「うちもそうだったしね」「障害者業界は狭いから、あまり波風立てないほうがいいわよ」と、さりげなく同じ道を勧めて、疑問を口にしないように先制してくるママ友関係にも、一種の恐ろしさと疑問を感じました。

生まれてきたら、それで『めんどりコース』しかないと信じ込まされていると、育児が消化試合になってきます。そうなると、親の態度を感じ取って育つので、子どもも目の光が鈍く、ぼんやりとしたままでした。
まだ、『治ろう』とあれこれ工夫して、進歩を確認しながら進んでいるときのほうが、育児は生き生きしてきます。

どちらが子どものためになり、自分のためにもなるかは、各ご家庭で考えてなさっていかれればいいことだと思いますが、私は、少しづつ伸びていく方を選びたいものです。

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智ママ

NICUのときも「子どもを預かってもらっているのだから、我慢しなくてはいけない」という形で、若いお母さんの思考を封殺する祖母の姿を見ました。若い母親は、想定外の展開に、泣きながら現状(NICUでの母親への対応)への不満を口にしていました。
そのとき、「ああ、私だけじゃないんだな」と気づきました。

療育園でも、若いお母さんに口止めしている、まったく同じセリフを元ママ友から聞きました。
「私だって、いろいろあるけど、口には出さないようにしているんだから」というのがその理由でした。
自分は我慢しているのだから、あなたも我慢しなさい。我慢しないで愚痴をこぼすのは、ずるい。卑怯。感謝できないのはひとでなし。という趣旨の発言にも、違和感を感じました。

お互いが牽制しあって、黙らせ合って、我慢させ合って、医療や療育への疑問が現状放置されているのは、本当に、みんなのためになるのか、大いに疑問を感じました。

小学校に息子が上がって、行くところがみんな福祉に設定されている教育を受けるようになってからも、疑問は消えませんでした。

発達の保護者というだけで、なぜ、アリバイ支援やアリバイ療育に対するいらだちを我慢しないといけないのか。
障害児を生んだことで、なぜ、私以外の母親が「一番きついときの、乳児育児をしなくていいから、いいわね」と、母乳を届けに来たのにNICU看護師から嫌味を言われて、母親専用のロッカールームで、悔しさに涙しないといけないのか。
そして彼女たちも、障害児系発達ママとして、また「治りません」の宣告の洗礼を受けて、また社会から疎外されたような気持ちになるのだけれど、(諦めている人がほとんどになるのですが)それが当たり前にされているのは、なぜか。

泣かなくていい方向は、あるはずじゃないのかな?
そう思いました。

自分より偉いとされているお上(医療や療育など)に対しての疑問や改善点の提案は、極力封殺して、黙らせて、内々に処理してしまおうとするのが、私達の身近な人達の中にあります。
その人達の多くが、怖がり系の、長いものに巻かれろタイプの方で、お上は正しいのだから、絶対に大丈夫だと信じ込んでいる方ばかりでした。
昔の日本人によくいるタイプでした。

黙っていても、過ちは繰り返されます。泣く人は、また続きます。
私はたまたま運がよく、ツイートを読んで、各種アプローチを実行したことで子どもが伸びて、「子どもが発達障害で、治らないから悲しい。育児が辛い」と泣く人にはならずに済みました。

お礼に、皆さんになにかできるわけではありませんが、ここに書くことが、何かの参考になったり、問題を考える資料やきっかけになれば幸いだと思っています。

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智ママ

すみません、医療系の疑問を連続して書くのに、書く場所を間違えました。
申し訳ありません。

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おけいママ

智ママさん初めまして。

発達のベルトコンベアーの話、良く分かります

子供が2才の時、保育園で、一度行動観察を受けた方が良いと言われ、行動観察を受けその時に「子供の為にわたしは何か出来ることはありますか?」と聞いたら「何もありません、私たちにお任せ下さい」と言われました

その後、保育園で職員会議があり、うちの子は発達障害認定と決められたようで→担任から話があり「○○ちゃんは、検査を受けても発達障害がつかないと思いますが、来年年少になった時に加配をつけないといけない状態だから、発達障害の診断をつけてもらって下さい」と言われ

正直言うと「診断がつかなそうなのに何故わざわざつけるのか?子供の将来が左右されることなのに、ただの幼稚園の都合で振り回されるのか?」

と不信に思い、主人と相談し転園を決めました

あの時は得体の知れないベルトコンベアーに流される感覚でした

その時に相談していた民間の子育て支援センターに「話を聞く限りでは療育は必要ない、ここの幼稚園は伸びるよ」と現在の幼稚園を紹介してもらい(朝から晩まで自然遊び中心の園です)1年で体幹もしっかりし、伸びたなと感じるのですが

最近また聴覚過敏(掃除機やドライヤー、トイレの音が怖く流せない)の症状が強くなり、注意散漫(他の人間がいると気が散りお着替えなどとても時間がかかるTVがついてるとダメ)また、絵が苦手で(もうすぐ4才ですが、△や□が書けない)やはり療育を受けた方が良かったのかな?と悩んでいたらこちらに辿り着きました

地元の発達支援センターで1度検査を受けましたが、今の園で伸びてるようだし半年後また検査をしに来て下さいとの事でした

花風社の身体アプローチを試してみたいなと思いますが
まず、芋づる式の本から読めば良いでしょうか?

返信する
智ママ

おけいママさん
お返事ありがとうございます。
初めまして、智ママと申します。

私は紫の芋本と、黄色の人の本、それに療育だけに頼らなくていいように、こよりさんの猫の本を参考にして、自宅や散歩中でもできることを息子に試していました。

療育の良し悪しや支援者のいい・悪いがわかって引っかかりにくいようにするには保護者の方が『愛着障害は治りますか?』を読んで実行して、あらかじめ愛着障害対策をしておくことをおすすめします。

最終的な目的地への目安が欲しい方には、『発達障害でも働けますか?』と『発達障害・脱支援道』(福祉の実態が書かれてあります)もおすすめします。

花風社の本は、一冊2000円前後の本ばかりで、中身の充実度のわりに非常に手頃な価格設定で、読みやすい本ばかりなので、まとめて2冊3冊買って、読み進めながら実行していくのもいいと思います。

発達検査を受ける前に治ってしまうと、普通の義務教育コースに乗れるので、将来の選択肢の幅が広がります。
花風社の講座も、まだ本になる前の大変有益なものが多いので、もし視聴できるようなら、視聴をおすすめします。
アルパカ世代のお子さんを治していかれる方は、大変勉強されておられます。
刺激になって、とてもいいですよ。

我が子もまだ発達途中ですので、おけいママさんのようにかつての治したい気持ちを忘れず、頑張っていこうと思います。

返信する
智ママ

追記します。

『我が家の治った自慢』コーナーに、檸檬さんがころさんへのお返事で、聴覚過敏対策について書いています。ドミノさんのお返事も役に立つと思います。いぬこさんのなさっていた聴覚過敏対策も、よかったです。

もしよかったら、『我が家の治った自慢』を読みながら、遡りつつ参考メモを作っていって、お子さんに合いそうなものから試してみてください。
おけいママさんの聴覚過敏が良くなるといいですね。

返信する
おけいママ

智ママさん

お勧めの本等、色々教えていただきありがとうございます。

私が個人の支援センターで聞いた話も、最近はすぐ子供が言うこと聞かないなど、保育園先生が管理出来ないとすぐに発達障害の病名をつけようし、それで駆け込んで来るお母さん達が多くいると聞き、また、療育を受けるといわゆる指示待ちのロボットのようになってしまうとも聞きました

私の中でそんなことがあるのか?とその話を消化出来ず、誰にも言えず、ここで吐き出せて良かったです

ネットを見ても療育は受けるべきと書かれてあるし、早めの療育が子供を救うとあるので

うちの子のようにグレーで療育が必要なのか微妙なラインの子はどうすれば良いの?とずっと悩んでいました

公の機関に聞くと、一度療育に言っても良くなれば普通級に行けるし、軽い気持ちで受けて下さいと言われるんですが

それならあの保育園の時のろくに説明もせず無言の強制のような雰囲気はなんなの?一度その道に入ったら戻れないんじゃないの?

と思い、その世界に足を踏み入れられず、1年以上経過してしまいました。

こちらで良い療育、悪い療育についても勉強したいです。

ありがとうございました

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ハンモック

こんにちは、横から失礼します。
おけいママさん初めまして、ハンモックと申します。
僭越ながら、おけいママさんのお気持ちがわかるような気がしてしまい、思わず書き込みしてしまいました。

現在年長の次男は、年少途中で転居して入園した保育園にて、発達の遅れに目をつけられていました。
(恐らく園では入園当初から、心理士巡回で、発達障害疑いとチェックが入っていたと思います)

年中で担任から「ほかの子と同じように着替えができず、自信をなくしている。園で保育士がじっくり関わって自信をつけてあげるほどの世話はできないので、療育センターへ」と言われ、自治体の療育センターにつながれた経験があります。

年中の途中から1年ほど療育センターに通いましたが、その間、療育センターの利用を勧めてきた担任が驚いたほど、次男は育ちました。
最終的に、保育園からも「療育センターをやめても問題ない(最終的に利用するかしないかは親の判断)」と言われたので、療育センターを辞めました。

療育にもいろいろあると思いますので、全ての療育を否定はしませんが、当地の療育センターの利用では、次男は治りませんでした。
私も、心理士や言語聴覚士が言う「家庭でできることはない。見守りましょう。必要な配慮を探していきましょう」という言葉に、ずっと違和感を抱いていました。
長男の育児の経験から、次男は体がただ育っていないだけだとずっと思っていたからです。

結局次男が育ったのは、花風社の本や花風社クラスタさんたちのアイデアを参考にしながら行った家庭での取り組み(偏食をなくす、遊んだり出かけたり料理をしたりして体を動かして夜はぐっすり眠らせる、排泄を整える)と、保育園に通う他のお友達のおかげだと思っています。

智ママさんがおすすめされている本や、治った自慢を読んで、ご家庭で使えそうなアイデアを取り入れていただき、親子で楽しい時間をお過ごしくださいね。
長々と失礼いたしました。応援しています!

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シア

福島で原発事故を起が起きた後5年ほど経ち郷里に帰った時のことを思い出します。
祖母は目に涙を浮かべて会いに来たことを喜んでくれました。
祖母はもう来てくれないのかと思った…そう繰り返して言っていたんです。
高齢になると「生きている間に孫に会えない」と言うのが心残りになりうると思います。
だから本当は会えるときに会っておくのがいいですし田舎だって本当は行ったほうがいいと思います。
コロナだってまだしばらくかかるかもしれませんが落ち着いたらお世話になった方にお会いして悪いことはないと思います。

相馬島と言うのは本当にありまして私は何度も経験しました。
最初はクレジットカード決済のこととかが多かったですがだんだんとお世話になった方々とか楽しかった思い出とかあの人にもう一度会っておけばよかったなぁ…っていう話が多かったです。
だからそれに従ってその課題はクリアしてきてはいますがそれでも命が惜しく安泰に過ごしたいと言う思いはありますよね。
ゼロリスクと言うのは「命」もそうですが「何かしなくて後悔すること」は命が危なくなったときに思い出される類の問題なので危険に優先するかもしれません。

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ヨヨ子

https://ameblo.jp/nijisampo/entry-12642375503.html

埼玉県でB型作業所で食堂を営んでいるNPO法人の方のブログです。

要約すると、
県によってはNPO法人団体は新型コロナ対策補助金が貰えない、食堂やカフェを営む作業所は一般の飲食店であれば貰えるはずの時短や休業に対する助成金が貰えない、
ということです。

新コロ時短や新コロに対する過剰対策がおさまらないと、NPO法人が経営するフリースクールや放課後デイサービスや就労移行支援センターや作業所が、そのうち少なくなるかもしれません。

ちなみにこれは朝8時20分ごろ投稿したモノです。
なので、今日の夕方緊急事態宣言が出た後また方針が変わるかもしれません。

しかしこれは、ガースーさんやオオノさん(嵐じゃない方)にとってNPO法人がどうでもいい存在なのかもしれないという現実を示しているのだと思います。
あれだけ虐め放題虐めている飲食店に対してですら、条件次第では助成金を出すというのに。

しかし全国の自閉っ子やその親や支援者は、この事実を受け入れながら今後の一手を考えなければならないと思います。

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智ママ

ヨヨ子さん

コロナ禍を見ていて思うのですが、政府の福祉にかけられる予算は、ある日を境にぐんと小さくなりそうな気がしています。
今は『大きい政府』ですが、予算のやりくりに四苦八苦しだすと、『小さい政府』に移動せざるを得なくなってくるからです。

今は福祉に潤沢な資金が流入できますが、そのうちに、発達関係の予算が、予算の資金繰りの悪化を理由に、一気に切られる事も考えられます。

今のように官公庁を当てにしていたら、ある日さくっと援助が切られて、放り出されることもありえると思っています。

お金にならなくなった雌鳥は、廃鶏されて食肉になります。

めんどりにするべく育てられることの怖さを認識しながら、少しでも伸びる方向を模索して実行しておくことしか対応できませんが、今から対策を立てておかないと、発達だけのお子さんたちは、とても大変なことになりそうな予感がしています。

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yasu

智ママさん

さくっと消滅するという激しいことが起きる可能性は少ないと思いますが、国の収入(税金)と、そのサービスを受ける人の割合で変動するので、サービスが減ることはありますね。これはサービスを受ける人が単純に増えるというだけでなく、支援の枠を広げる(未就学児だけだったのを、就学児まで対象にするとか)も含まれます。

どうも、この国の発達支援は必要な人に充分なリソースを裂くより、広く薄く対象にすることを好んでいるように見えてなりません。これは文句が出ないようにするというのもあるでしょうが、それ以上に個々人に必要な支援の質や量を見極められないのが原因だろうと思っています。

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智ママ

yasuさん
お返事ありがとうございます。

「智くんは、発達以外にも(障害が)あるから心配いらないわよ(福祉の手からこぼれ落ちることはないわよ)」と言われたことがあり、一方で、『福祉から抜けない子』というカテゴリーで、伸ばすことには本当に消極的な対応を療育現場でされていたので、疑問を感じていました。

将来、福祉の手を極力借りないで済むように、自立できるように育てて、発達を促していましたが、上記の疑問が常に頭にあり、モヤモヤしていました。

薄く広く化が進むとすると、発達が軽くなって、福祉を利用しなくてもよくなれたほうが、当人の自由度がありますね。
『重度=福祉の手を借りないと生きられないお客さん=療育は時間をつぶすだけでいい』レベルから、判定が変わり、『中度=福祉の手は借りるけれど作業所や工房で働く人員=指示が通るように育てておけばいい』レベルになると、息子の扱いがガラリと変わったので、軽くなると良い教育が受けられるのだな、と思った次第です。

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yasu

その発言は、「決めつけるなよオイ」といった感じを受けますね(^^;

福祉(他人)の手を借りる量と、自由度は反比例するのは、愛甲さんの『知的障害は治りますか』を読んでもよくわかります。障害有無に関係無く、他人のサポートを受けている人はその他人の都合に合わせなければならないですから、常に自立の方向へ顔を向けていることは重要だと思います。

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ヨヨ子

智ママさん返信ありがとうございます。

お金にならなくなったメンドリはお肉にされる、というのは本当に仰る通りな表現です。

実は私がたとえ一時的にでもメンドリ生活なんて嫌だと思う最大の理由はそれです。
100万歩譲ってメンドリ生活が当面安定して続くならまだ良い。
そうならざる得ない期間がある人も多いでしょう。
しかしそんな生活が来年まですら保証されないのが現実です。
例え新コロ騒ぎがなかったとしても。
現に我が市では、5年前にはもうすでに、就労移行支援センターを利用する人が増えすぎたせいで、それまでハローワークから出ていた就職お祝い金制度が無くなっています。(もしかしたら就職お祝い金制度のひとつが消えた、だったかもしれませんが)

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智ママ

ヨヨ子さん
コメントありがとうございます。

勉強会で「将来は、つまずいても、就労支援センターで訓練を受けて、自分にあった職場に就業できるから、大丈夫ですよ。みなさん、ご心配はいりませんよ」と言われて、周囲の発達ママさんが安心していたのを見たことがあります。私も一時期は安心していました。

しかし、どっとこむで読むヨヨ子さんのお話は、唖然とする内容のものばかりで、とても我が子を任せて安心できるレベルではないことがわかりました。任せるだけではなく、就労に向けて、絶えず進歩するようにしていったほうが、より堅実なこともわかりました。

息子がまだ小学1年生の、早くに知ることができて、良かったと思っています。ヨヨ子さん、ありがとうございます。

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ヨヨ子

智ママさん。

お礼なんて私にはもったいないです。

私は仕事のお部屋や雑談のお部屋で就労支援センターの実態を投稿し続けてきましたが、暴露半分自分のフラッシュバック処理半分で書いていたのですから。
発達障害は治りますか?の65pの「抑えこんだら、今度は積極的に思い出さなければいけないんですよ」です。

それにしてもやはり児童向け支援ではそういう説明してるんですね。
もはや詐欺ですよそれ。
私が就労支援センターにいたのは平成の終わり頃でしたが、今でもリアルタイム検索すると稀に文句言いながらセンターに通ってる人のツイートが出てくるので、今でも変わってないと思うのですが。

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智ママ

年末に、夫から紹介されたロシア料理のお店に3人で行ってきました。

老紳士二人が入ってくるような昭和テイストのお店に、多発奇形系の中度知的の子がちんまり座って、3語文から5語文のお喋りを両親としながら、ランチを待っていました。
ロシア人ウェイトレスさんは息子を見るなり、やや憮然とされていて、途中から日本人のオーナー夫人が代わりに、お料理を運んでくれました。

「ヨーロッパはなんのかんの言っても、階級社会だから、うちの子のような子どもがレストランに来るのは、向こうではありえないシチュエーションなんだよ。」と、夫があとからこっそり教えてくれました。

私のピロシキは、ほとんど全部、息子の胃袋に消えました。
息子のボルシチは、半分近くが私の胃袋に消えました。
以前の息子なら、うるさくしてご迷惑になるので、とてもお店には連れてこられなかったかもしれません。
今の息子はかなり治ってきているので、椅子にきちんと座って食べていて、離席もなく、奇声も一切上げることなく、元気な小学1年生よりもおとなしくしてくれて、3人で普通にランチができました。

お正月の3日目には、1月10日で期限が切れるきっぷを消費しに、3人で大阪に私鉄で行って、45分だけ滞在して、主に地上を散歩してきました。
いつもは埋まっている梅田界隈に、空きテナントが発生していたので、びっくりしました。想像していたよりずっと、経済的打撃が大きいようでした。
帰りがけに、当たったクーポンをメインで消費するために、ちゃんぽんを食べて帰りましたが、人出が多かったのには、驚きました。若い人がわりと多かったです。

うちの息子レベルでも、外食ができて、外を歩いても全く問題がないほどまでに治ってくれているのは、本当にありがたいです。

今では、自分でランドセルを準備して背中にしょったり、帰り支度を自分でしたり、外出したいとき限定ではありますが、自力でジャケットを着て、外出用のリュックサックを背負って、靴を履いて玄関に座って待つまでしたり、ができているので、
もう一歩進めて、小学校の課題や自宅での課題を、自主的に取り組むようになるよう、なれるといいなと思っています。

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ブルー

あけましておめでとうございます。
先年はいろいろとお世話になりました。

昨年から仕事が完全にリモートワーク化してしまい、私自身は働きやすくなりましたが、曜日の感覚がなくなってしまいました。結局、今年も1月2日から仕事に取り掛かっていました。

一方でこのサイトに対しては、昨年は考察を書くことが多かったように思います。しかし本来は花風社の本の感想や実践記と、自分の体験を書き残すのが基本だと思っております。

それでは本年も何卒宜しくお願い致します。

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浅見淳子

あけましておめでとうございます。

私ももともと仕事の場所は自分で選んでいますので仕事は全然変わりません。というわけで去年は遊びまくり今年は一日から仕事してしまいました。
今年もよろしくお願いいたします。
アンチ考察なぜか更新とどまっていますが係にリマインドしますね。

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yasu

謹賀新年2021
本年もどうぞよろしくお願いします。

こちらは、昨日三日に奥多摩の御嶽山神社へ行きました。いつもは区内の神社へ初詣に行きますが今年は新型コロナの影響で親戚訪問の予定が無くなったので、多少ハードなところへ。ケーブルカー駅から神殿まで30分弱ですが、坂や階段が多いのでそれなりに大変です。天気は良く眺めは綺麗、しかも空いていましたが、参拝客はほとんど全員マスク付けていたのは意味不明でした。

そうそう、年末はイタリアンのビストロに行きました。カウンター席がメインで、カップルや友だち同士でお店のマスターと楽しく会話しながら飲むスタイルの店ですね。初めてのところだったので子供OKであることを確認した上で予約しましたけど、小3娘には10年は早かったですね。こういう店は雰囲気はお洒落なんですけど、酒を楽しむのがメインなんで料理が出てくるのに時間がかかります。待つのが辛いお子さんだと難しいかと思いますけど、サイゼリアでは味わえない料理や雰囲気があるのでお勧めです。

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浅見淳子

あけましておめでとうございます。
綺麗な景色ですね。
こういうところでは思い切り空気吸いたいですね~。
我が家は大晦日焼き肉ランチと3日の初タイ料理が外食かな。あとは母が買った膨大な食べ物を消費する日々でした。
早寝早起きで時短は私には関係ないですが、要請聴かなかった店は応援したいので少し寝る時間を遅くしようかと考えています。
今年もよろしくお願いいたします。

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シア

福祉の利用に関して当事者はそんなに悲観する必要はないです。
と言うのは現在も全額お金を払って福祉を利用する人はあまりいません。
サービス料を受給しそのまま福祉に流れ込む仕組みです。
だったら福祉をつぶしてお金が入ってくればいいと言うお話は社長からも聞いた気がします。
福祉が切られるイコール当事者が切られるではないのです。
そして福祉が切られたら困るかと言ったらB型など碌なサービスはありません。
だから福祉と言うのは福祉職の雇用対策ですが国にぶら下がっている人たちで彼らは別に障害があるわけではないのです。
必要な人には余暇支援が必要ならそれ専用のものがあり行動援護とかそういうのも揃ってます。

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智ママ

シアさん
ご説明ありがとうございます。
当事者の親として、我が子の行く先を心配していました。
息子が、生活介護レベルから、「このままだとB型作業所にはいけるよ、うまく行けばもっと先まで行けるよ」と言われるレベルまで進歩できたものの、そこから他の進路が選べるようになるまでは、かなりの段差があるように見えていたからです。
多発奇形で生まれたのにも関わらず、生活介護以外へ行った事例はないそうです。走れて喋る事例もないそうです。
突然切られる心配がないと、安心して『伸びを促す』に専念できます。
ありがとうございます。

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シア

あけましておめでとうございます。

交通事故等だって今も大事な問題だと思ってアマビエではない交通事故厄除け道祖神にお参りを優先させてきました。

右見て左見てとかイロイロ書いてあってアレを見れば交通に注意するようになると思います。

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