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雑談のお部屋

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973 COMMENTS

智ママ

本日、口唇口蓋裂専門のSTの日でした。

1時間早く着いてしまったので、地下の売店でおにぎりを3個買って、そばのイートインコーナーで息子に食べさせ終わったら、昔、心臓手術で入院した際にお世話になった若い小児科医が歩いてくるのが目に入りました。

「先生〜!」と手を降って、息子が無事育って、小学校の育成級の病弱クラスに入学することになったことを、再度、今度は直接、報告しました。
双方マスクをしているので、表情を全部は読み取れませんでしたが、視線が動いて息子を素早く観察して、報告を脳内で処理されたようで、にっこり笑っておられました。
退院した2歳時から比べると、笑うと目尻に刻まれる深いシワが、小児科医の4年間の激務を物語っていました。

多発奇形の子どもが、育成級とはいえ、小学校に進学できるのは、医学的に見て、大変珍しいことのようです。

息子の情報は、小児科教授の指示もあって、全部、大学のデータベースに記録されていっています。これまでとは違う展開ばかり(これまでの多発奇形像を覆している結果ばかりらしいです)なので、STの先生も、パソコンに記録するのに必死なようでした。嬉しい悲鳴だそうです。

これも、花風社クラスタの皆様と浅見社長のやり取りが載っているツイートと、この治そう!発達障害どっとこむと、発行されている本のおかげだと思います。
ありがとうございます。

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XIA

「支援から脱した」それは自立に向かっているでしょう。
方向から考えたら、診断を受けて支援を受けると言う路線からは遠のいているはずです。
現在を正しく評価することによって、自分の向いている方向が見えると思います。
「いろいろなことが見えづらい」と思えたとき、過去の地点から今の地点まで、どういう方向で進んできたかを確認すれば、向かっている方向が見えますね。
それによって、向かっている方向が確認できて、自分の希望も見えてくると思えます。
棚卸とか言いますが、自分が好きでやってきたことや、自分が今までやってきたことを確認することでも、ヒントがありました。

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XIA

結果かプロセスか。
そういう話があります。
しかし、頑張ったプロセスがあって、いい結果が生じるはずです。
そう考えたとき、「結果」か「プロセスか」と言う議論は無効です。
こういう時には、別の表現に変えるとわかりやすいと思うんです。
プロセスと言うのは、その過程・線分であり、結果と言うのは、その時点の評価点、正に「点」です。
今まで歩いてきたプロセス・線があり、それをキリのいい地点で結果を評価している訳ですね。
努力は継続すること。
それが線になるだろうと思います。
継続は力なり・努力と言うのは継続することが大事なのは、この「線」を伸ばしていくことに他ならないと思います。
そして、いつかの地点でそれが評価されるということです。
プロセス・努力と言う線を伸ばして行って、グラフにして見れば、その時々の結果を繋いでみれば、努力の方向が正しいかどうか、わかります。
洗脳方向がどちらに向いているかで、積み上げてきたことが評価されるはず。

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桃花

浅見様 XIA様

返信ありがとうございます。
座波さんの本は、まだ読んでいませんでした。探してみたいと思います。読み終わりましたら、読書会ぜひ参加させてください。
自宅にネット環境がなく、図書館でパソコンを借りてこのホームページを見ています。そのため、返信いただいた際、すぐにお返事できないことが多いです。すみません。

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XIA

>桃花さん
花風社で頑張っている当事者の方は、それだけで治っています。
何故なら、「見えないものがない。」「不安がとても強い。」自閉っ子でも、「見えないものでもあるんだよ!」って言う勢いで、希望があると想像をして、不安にも打ち勝ってきているはずです。
だからこうして、見えない答えを探し、自分の希望を信じて不安に負けないで歩けています。
それだけで治ってきてる、未来が見えてきますね。

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XIA

花風社の本を読んだり、クラスタさんと交流し、「見えないものでも信じて」「不安にも負けないで頑張っている。」
治ってきているんですよね。

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桃花

職業センターの就労支援を終えてひと月が経ちます。離れてみて、そこがいかに自分にとって苦しい場所だったのかということが、だんだんと認識されてきています。通っている時から苦しさは感じていましたが、とにかく「毎日通える場所、何かやれることが必要」という思いに駆られて通い続けていました。すごく目に見えにくい形での「自分を追い詰めていくもの」が存在していたことを感じます。それは、障害というレッテルを貼られること、「障害特性を知る」という名目で、自分の言動が常にチェックされ、その場の正解にそぐわないことが障害特性で片付けられてしまうこと、自分という人間の歴史・背景が一切見られず、診断名ばかりが見られていることなどであったりしますが、こうした状況は確実に精神を蝕んでいくと感じています。また、支援員の人は、まったく無意識でやっていることなのかもしれないですが、毎回、面談の際に「奥に座ってください」と言われると、「何度も面談を受けて、いつも奥に座るのだから言われなくてもそうするのに」と苦しくなったり、別に難しい内容の講座ではないのに、講座受講後、「理解できていたと思います」と言われると、「一体どれほど理解力がないと思われているんだろう」と感じます。何だか自分が数段低く見られている感じがあります。その結果、かなり精神的に追い詰められてしまっていて、そこからどうやって抜け出せばいいのだろうと思います。ヨヨ子さんが前回書いてくださっていた、「就労支援を使う人の中には、ジワジワ追い詰められるようにだんだんと具合が悪くなっていく人がいる」ということがとてもわかる気がします。
自分の中で、診断名は呪縛となっています。診断から降りることを目指したい思いがありますが、どこに道があるのかが見付けられずにいます。

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XIA

藤家さんも、桃花さんも、私も、みんな「ギョーカイの敷かれたレール」から脱して、主体性でもって、自分の道を歩いている。
未来なんてわからない・見えないけど、希望を「想像」して、計画を立てたり、不安にも負けないで見通しを自分の力で立ててきています。
ギョーカイの支援なんかなくたって、人生を歩いてこれているはずだし、厄介な障害を克服してこれてます。

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XIA

支援者が、世間が、花風社を「見えるTwitterとかで」否定したって、私たちは既に「目に見えない広い社会」を「想像力」でもって補完して、障害を克服できてます。
治ってないとできないことだろうと思います。

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浅見淳子

桃花さん

座波さんの本は読みましたか?
よかったらあの本のウェブ読書会をしましょう。
ヒントが必ずあります。

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浅見淳子

ブルーさん

ですよ。
続きを楽しみにしてます。
マジな話、心理はいらないと思います。
心理の方が発達に食い込みたいだけ。

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