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『発達障害でも働けますか?』 大阪講演ご報告 その2

さて、私の講演が始まります。
私の講演では、ニキさん、藤家さんに会ったときに感じた「身体さえしっかりすればこの人たちは社会で活躍できるのに」という思いから花風社と発達障害とのつきあいが始まったこと
中でも治ってほしいことが四点あったこと
それを『NEURO』の巻頭漫画にまとめたことをしゃべりました。

そしてその時々で、問題意識に基づき、本を出してきたその経緯を話しました。
感覚統合に最初は期待した。
でも感覚統合は、私が治ってほしいと思ったこと、四つのうち1.5くらいしか治せなかった。
けれども感覚統合をやったのは無駄では無かった。その試行錯誤をしていたからこそ神田橋先生との出会いがあり『発達障害は治りますか?』が生まれた。
神田橋先生が治すのを見て、東洋的な手法へのアレルギーがなくなった。
だから栗本さんに出会えた。
そして爆発的に治る人が増えた。

これが一つの流れ。

もう一つの流れとしては、本人たちが活躍するために「いい子」たちが治ればいいなと思っていた私が迷惑当事者の加害行為を受け、自閉症の中にどうしようもないこびりつき脳を持つ人、その人たちが社会に迷惑をかけることを身をもって知ったこと。
つまり「悪い子」には治ってもらわなくてはならない。
本人だけではなく社会のために治ってもらわなくてはならない。
ところが支援が無力です。
こびりつき脳を治すどころか助長させる。当事者を接待し迷惑性をますます高める。
(そしてあまりに凡医揃いだからこそ、治せる神田橋先生が光ったんですけどね)
そして「悪い子が治ると言うことはどういうことか」当日かなり具体的に定義をしましたね。ここには書きません。

そしてなぜ治るか。
それは私たちがたくさんのピラミッドを手に入れたから。

そしてそのピラミッドが見開きにまとまっているのが『発達障害でも働けますか?』の付録ですね。
座波さんのコンテンツは座波さんに属するものなので、ここではあまり当日の内容には触れませんが、そもそもこの会の成り立ちでの津田さんとのやりとりを公開したように、『発達障害でも働けますか?』の成り立ちを公開しましょう。

長年の読者だった座波さん
神田橋先生とのお付き合いは私より長い座波さんから最初に持ち込まれたのは、実を言うとあの付録部分だったのです。

「これは使える」と思いました。
花風社が伝えてきた知見がコンパクトにまとまっている。
座波さんは現場で会社員のメンタルヘルスを保つために花風社その他の知見を上手に取り入れているのですね。

けれども花風社の知見が多すぎて、これまでの花風社読者にとっては、オリジナリティはあんまりないのです。
ただまとめ方、具体的な使い方に優れている。

そのときに私が思いついたのは、「これを付録とする本を作ろう」ということでした。
その時点でタイトルは決まりました。『発達障害でも働けますか?』です。
産業領域で仕事をしてきた座波さんにお願いするのには、これしかないと思いました。

発達障害でも働けるかっていうと、働けるに決まっているのです。
現に多くの人が働いている。
でも働けていない人もいるし、そういう状況を見て「将来我が子には働いてもらいたい」と願っている親御さんたちもいる。
小さいうちから何をすれば働けるように育つか。
ニーズはあると思いました。

そして座波さんと本作りを進めると
私自身のキャリア構築のこれまでを説明するし、これからのために学ぶことも多いと思いました。
お子さんの将来のために『発達障害でも働けますか?』を手に取った親御さんの多くが自分の仕事に役立つとおっしゃっていますが、私にとってもそうなのです。
裁判があり、たび重なる炎上がありました。
でもそれは別に特別なことではない。「仕事をしている以上、理不尽な目に遭うのはデフォルト」「そこで立て直せる心身が必要」。
そして私は立て直しただけでなく、そこで経験した理不尽を元にまた新たな問題意識を手に入れてきたのですから。

そして当日座波さんがお話していたとおり、サブタイトルに関し、私は「戦略」という言葉を使いたいと思いました。
それを採り入れて座波さんが「経済的自立とその先を目指すための成長戦略」というサブタイトルを考えてくれました。
仕事の与えるものは経済的自立だけではありません。
その先があります。
だからこそ私たちは仕事をし続けるのです。

そして花風社が続いてこられた理由は
つねに問題意識を持っていたからです。
最初はいい子たちのままならぬ身体をどうにかしたいと思った。
問題意識を持っていると、人がやってきます。そうやって本を出した。
悪い子と出会った。
悪い子に無力なギョーカイの現実を知った。
無力に開き直っても支援者が食っていけるというシステムを知った。
当事者保護者がここに身を任せていては一生を台無しにするとわかった。
そして書いたのが『発達障害、治るが勝ち!』です。

座波さんは「浅見さんの無意識の賢さに乗っかって仕事をしている」みたいなことをおっしゃっていました。
浅見が問題意識を持つ。その問題を解決できる知見を持っている著者と出会う。対談して本を作る。それを座波さんが利用する。
こうやって花風社は成り立ってきました。

私のラッキーなところは「こうこうならないかな」と思っているとそれを可能にしてくれる人と出会うところです。
実は発達障害と出会う前からそうでした。
私は花風社を立ち上げる前に二社で正社員をしましたが、どっちも受けたとき倍率は一倍でした。
「こういう会社ないかな」「あった」「ひといりませんか?」と自分で売り込んで二社に雇ってもらって仕事を覚えたのです。別に募集していないところに出かけて「私を雇いませんか?」と言ったら雇ってもらえたのですね。なんでかっていうと、私は頑張り屋だから。頑張り屋は世の中で応援されるんです。発達障害者が理解されなくたって、頑張り屋の発達障害者は応援されます、周囲に。
そして世の中の人がどうしてこれをしないのか不思議だった。
それをしてくれたのが、ニキさんであり藤家さんだった。だから私は最初から彼女たちにシンパシーを感じたのですね。

「世の中のニーズに沿っていればサバイバルできる」
サバイバルの原則はそれだけ。私はそう思っています。
ただ、ニーズが自分の信念と合致していないと病みますね。
私は発達障害を治すというのは社会正義だというのが信念で、それを貫いてきましたので、いつも元気です。

ところが世の中の人はこれがわかっていないことが多くて、誰かの顔色を伺ったり、そういうのが処世術だと思っていますよね。しかもそれをSSTと称して社会性の乏しい人に教えたりしている。生きづらさを倍増させますね。

この連載では二つのメイキングオブをすでに話しました。
会のそもそもの成り立ちがさわやかだったこと。
なぜなら私がリスクを取るつもりだったけど、津田さんが「自分がやる」と言ってくれたこと。
当日の雰囲気がいいのは当たり前だったのです。

そして座波さんが最初に持ち込んでくれたのはあの付録だったこと。
あの付録にまとめられているピラミッドこそ、「治ると思っていい」根拠になっていること。

座波さんの講演は、長時間でしかもいっときたりとも無駄な話がなく
まさに圧巻だったのですが

翌日新大阪のホテルで目覚めた時、私はふと思いました。
「すごいのは花風社じゃないの?」と。

それが実感でした。
講演準備、講演当日、そして饗宴。
すべてを通して、すごいものを作ってしまったなあ、という実感がありました。

続く

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