「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

すらちまいあがれぃ 鹿児島講演ご報告 その3

さて、第一部。
支援とソーシャルディスタンス。
廣木さん南雲さん浅見パートです。

これはまだ配信中ですので、ご覧になりたい方はこちらにお申込をどうぞ。

https://blog.goo.ne.jp/annon-okiraku/e/690808fbb8137e55901f900c9330d2ea

配信中でもあり内容に詳しくは触れませんが

「ソーシャルディスタンス」が死語になったあとも、「支援をどう卒業するか」繰り返し繰り返し取り上げていかなければいけないテーマです。
なぜなら支援の仕組みを知れば知るほど、そこに身を任せていては人生を誤るから。

廣木さんは今年の3月31日で生活介護事業所の所長を辞められました。
新型コロナは関係なく、以前からこの日の退職を決めていたのです。
もう見切ってしまったからでしょうね。

廣木さんのご子息は重度という判定にもかかわらず一貫して地域での教育・暮らしを選び今も地域に生きています。
福祉ギョーカイはいわば選ばなかった道。
そちらに行ったらどうなるか、廣木さんは身を張ってギョーカイに飛び込んでいきました。
介護福祉士、ガイヘル、就労支援、放課後等デイ、生活介護の所長。
そして福祉の実態を見ます。利用者・保護者・そして現場で働く人たちの様子。
その結果偶然ですが新型コロナにちょっとだけ巻き込まれるタイミングで福祉を去ったのです。
今は元々のお仕事、グラフィック関係に戻られています。順調なご様子。今度のポスターも息子さんとの共同作業です。ねこ母さんはもちろん、対価を支払われています。

そして全国で子どもたちと対話を繰り返してきた南雲さん。
子どもたちの希望と、ギョーカイのあてがおうとしている未来の違いをわかっています。
「南雲さんは表向きには二次障害を経験したことになっているよね?」
みたいな話を私は振りました。
二次障害。
便利な言葉です。
でも実態はあるんでしょうかね?

二次障害はギョーカイの最大の発明品だと私は思っています。
Kindleオリジナル「発達障害者支援法は誰を救ったか?」にも書きました。

そうだな。二次障害はコロナ禍における「無症状者からうつる」みたいなもんかもしれません。誰かがかの行動制限するときに便利な言葉。
でも今は厚労省に電話して「エビデンスあるんですか?」と聴くと「ないです」という答えが返ってくるらしい。
覚えておいてください。
最初に使った脅し文句を大々的には撤回しないのがこの国の行政の習慣であるようです。

だったら二次障害もまだ行政は信じているんだろうか?
それはわかりませんが少なくともギョーカイは未だに自分たちが仕事をしない言い訳に二次障害を使ってきました。
最近ギョーカイと全く付き合いがないので彼らがまだ二次障害を信じているかどうかわかりませんが
その結果多くの人の人生を消化試合に落としたのです。
支援とソーシャルディスタンスを取らなければいけないのは自明の理です。

巡り合わせを思いました。
私は最近、「彼」も大きな仕事をしたな、と思います。

なぜか?
あの事件があったからこそ、私は「治さなくてはいけない」と目覚めたし、私が目覚めたことで多くの人が今治った治ったと喜んでいるから。
「彼」はなぜ警察沙汰になったのか?
他人の自由な活動を妨げたから。
そして「障害がある人は障害がない人が自分の気にくわない活動をしている時に誹謗中傷してもいい」という誤学習を支援によって植え付けられたから。
だからきっちり有罪判決まで追い込みましたが、「彼」は「彼」で時代の中で果たす役割はありました。

それと同じように、重度のお子さんを授かって地域で生きることを選びながら自分は福祉の世界に身を投じて一生懸命仕事をした廣木さんや、学習障害のために苦しみ二次障害なるものを経験しその後子どもたちとの対話を繰り返している南雲さんも

そしてもちろんこの私も

それぞれ巡り合わせがありました。

そんな話を2時間している間に愛甲さんが到着。
前日まで関東でお仕事だったので、当日入られたのです。
そのままお昼休みに入り、みんなで由緒ある建物の中にあるレストランで黒豚を食べました。
元鹿児島県庁だったところだそうです。
維新の元勲が中央で要職を独占する時代。鹿児島は活気があったでしょうね。

愛甲さんと私は「鹿児島の持つ癒やしの力」を改めて感じていました。
なぜでしょう。
すぐそこに火山があるからでしょうか?

続く

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