「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

すらちまいあがれぃ 鹿児島講演ご報告 その4

廣木さんの実技は現地の人だけの受講。南雲さんと愛甲さんと私は並んでそれを見守りました。
そして愛甲さんと浅見の講座に。
これもまた配信中なので詳しくは語りませんが
「支援とソーシャルディスタンス」を取ったあとに「では何が支援の代わりになるのか?」
愛甲さんの優しい語り口とともに皆さん心にしみたのではないでしょうか。

そして大団円。
素晴らしい会でした。
私たちは夜の天文館へ。
明日は帰るだけ。でもその前に「地域共通クーポン」を使い切るという大事なお仕事があります。

愛甲さんと私は偶然帰りのフライトが一緒でしたが、「地域共通クーポン」(電子)の使い方がわからないから時間の余裕を、ということで愛甲さんは一本先のバスで空港に向かわれました。
私にしたところでわかっていないのですが、そこは私の方が新しいことに対する緊張度が低いのですね。

でも結局愛甲さんに空港で会い、色々ご指導いただきました。
便利なものでした。
要するに旅するだけで、(旅費総額に応じて。今回の場合)6000円のお小遣いが国から電子で送られてきているということ。私はさつま揚げとかキビナゴとか地鶏とか鰹とか、高タンパクなものを9000円ほど買いました。
この売上は一次産業に至る生産者にまできちんと渡る。
観光を振興すると余波が大きい。現金の直接給付よりずっといい制度です。

愛甲さんももちろんたくさん買っていました。
廣木さん、南雲さんもそれぞれお土産をいっぱい買って帰ったようです。
講師を四人呼ぶという大胆な計画でしたが、GoToに助けられ、講師四人は国からお小遣いまでもらってしまいました。
コロナ怖い怖いと閉じこもっている人は損する時代です。

そして機内へ。
幼いごきょうだいが泣いています。
愛甲さんが何か声をかけるとぴたりと落ち着きました。とくに驚くことでもありません。愛甲さんの一言で、何かしら不安が取れたのだと思います。講座で多くの人たちの不安がなくなっていくように。

飛行機は順調に飛びます。
私は考えていました。
私はかつて、ギョーカイのやり方を黒糖地獄に例えたことがありました。

https://blog.goo.ne.jp/tabby222/e/012a725e683af7757ee3e0558be366b9

ねこ母さんが解消したかったのはこれなんだな。
「療育地獄」から人々を救いたかったんだ。
私はそれに気づきました。
お子さんの育ちにとって主食である「親心」をないものであるかのように扱う専門家たち。親御さんの世代交代でそういう支援者たちが都落ちしてくる記事を見ると違和感を覚えたのは、だからでしょう。
専門家たちは自分たちの専門性を振り回し、親心などなくていいと思っている。
邪魔だとさえ思っている。
「お母さんがんばりすぎないで」と「米はもう作らんでよか」は同じ。
生きる力を奪うという意味では同じ。
ねこ母さんはこれをなんとかしたかったんだきっと。

緊急事態宣言前、私たち夫婦は八重山諸島に出かけ、「こういう場所では疫病は一時的に発生しても蔓延しない」ことを本能的に察知しました。
首都圏とどこが違うか。
それはずばり、人口密度と表土の多さでした。
「都市の人口密度は減らした方がいい。ならばどこでも仕事ができて滞在費の工面ができるうちのような家族はしばらく首都圏を離れた方がいいのではないか」と真面目に相談し、旅慣れた先である鹿児島市内のウィークリーマンションなど探していました。

ところが緊急事態宣言が下りると「県境をまたぐな」ということになり、都会民による外への脱出は「疎開」とか呼ばれてしまうことを知りました。
疎開かよ。こっちは少しでも人口を減らそうと自分のお金を何十万でも使うつもりだったのに。
びっくりするほど悪意に解釈する人が日本に多いことを知ったコロナ禍でした。

というわけで私は神奈川に閉じこもることを決め、ほぼ三ヶ月意地でも県境を越えませんでした。
いつも頻繁に行き来している多摩川さえ。
我がふるさと神奈川県には海も山も温泉もたいして自粛していない下町も都会もあって不自由はしませんでした。

けれども人が動かないとお金は回らないのです。
だからこそ今政府は、人を動かそうとしているのです。

花風社クラスタは、自粛期間ぎりぎりまで動いていたし、明けたらバンバン出張し始めました。
小規模から中規模の飲み会ももう方々で何度も経験しています。
誰も発症していません。
というか、たとえ発症しても「お大事に」で済ませられる仲間が揃っています。
感染したから差別とか、どういうことか理解に苦しみます。
少なくとも私たちの仲間には、そういう人はいません。

飛行機は飛びます。
すらちまいあがれぃ。
文字通り私は大空を飛び、羽田に近づいています。

ふと窓の外を見下ろすと、東京湾アクアラインと海ほたるが。

愛甲さんと私を結ぶ道路です。
神奈川と房総を直接つなげてしまおうという大胆な発想。
神奈川側は海中トンネルです。外に出ると一気に房総まで。
みなとみらいのビル群を見ていたと思ったらすぐに房総の田んぼが広がる光景には、毎回感動します。

日本はこうやって動脈を築き続けてきたのに、それが途切れていたんだなあ。
人為的に人の往来を断ち切ってきた数ヶ月。
というか、今でも途切れたい人たちもいる。他県民に来てほしくない人たちがいる。
未知のウィルスが未知でなくなってきてもなお怖がり続けることを選ぶ人たちがいる。
色々つまんないことも起きた。
知事ズが通信簿のように感染者数を巡って暴走したり、なんとか警察みたいな人が出てきたり
日本人の多くが今もなお他人の目を異様に気にして、自分の頭で考えたり自分の身体で感じられないことがわかったり。

そして学校教師。
馬鹿らしいと思いながら上に逆らえない。
子どもの口から布きれ一枚取れない。
こういう無力な生き方しかできない人たちに、現実社会を生きる力など育めるわけがありません。
学校に期待するのは、もうやめましょう。

それと、やたら怖がりの人が社会全体の立ち直りの足を引っ張ることもわかった。
今こうして動いてお金を回している私たちを非難している人たちもいる。
自分たちが怖いなら一生怖がっていればいい。でも恐怖感の違う人にまで恐怖感を押しつけるのが迷惑。
これはずっと発達の世界で感じてきたことです。
恐怖感の違う人とは、未来像が違って当たり前。
重度のお子さんを持つ親御さんで、福祉の充実を図って親亡き後の安心を得ようとする人たちがいる。
でも廣木さんは次世代の一般社会にお子さんを託すことを選んだ。

未来像が違う。
目指す着地点が違う。
だとしたら健全に分断を選ぶしかないのです。わかり合えないのだから。
動く人と動かない人がいる。
今の行政はそれを顕在化することを寧ろ進めていないでしょうか。

花風社クラスタの仲間には、「あり得ない恐怖感」はない。だからわかり合える。
全国の方々で、物理的には分断されていたけれど、異様な恐怖感を抱いたり他人にたいしてなんとか警察になったりする人はいなかった。
他人が動くことを非難する人もいない。
いい仲間だと再確認できた。

それを見て私には発達障害の次の目標ができた。
そこに至る手段はなんとなくわかっている。今までの仕事の成果が活かせる。

怖がりの人を少なくする。

これが日本再生の道だと私は今思っています。
だって怖がりの人は、怖がりを押しつけることによって、他人の足を引っ張るから。
怖がりの人を少なくする。
これが私の次の目標です。

そのための日々が始まりました。
ふたたびつながった日本で。

そう、日本は、またつながったのです。
それを実感した鹿児島出張でした。

鹿児島の持つ癒やしの力。
それは火山が、海がすぐそこにあるからかもしれないけど
やはり人と出会うことが大事なのだと実感しました。

鹿児島にお越しくださった皆様
zoomでご視聴くださった皆様
廣木さん、南雲さん、愛甲さん
当日お手伝いくださった皆様
ねこ母さん、旦那どんさん
本当にありがとうございました。

またどこかで志を同じくする皆様とお目にかかれますのを楽しみにしております。

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