「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

我が家の治った自慢

発達障害の診断がついたり、グレーゾーンと疑われたお子さんだけど

・こんな風に治ったよ
・こんなことしたら治ったよ

というエピソードをどんどんお寄せください!

1,097 COMMENTS

智ママ

シロエビ県よりサンダーバードで帰宅した夫、息子と一緒にシロエビ市の地鉄に東急の列車がリサイクルとして、そこで中古で走っていることを会話して、楽しんでいます。
私「多発奇形で、関東の列車やシロエビ県きときと市の地鉄の列車について、鉄(鉄道オタクの略)な会話が事細かにできるのは、たぶん息子だけだね」
夫「9年前には、全く考えられなかった光景やな♪」
夫婦「発達が伸びて、良かったねー」

私はそこまで鉄道オタクではないので(そこそこ『母鉄(母親として、息子と話を合わせるために、鉄道ファンに感化されたタイプ)』ではありますが)発達できて、父親と同じ趣味で盛り上がる会話ができるようになって、よかったね。と思ったことでした。

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浅見淳子

智ママさん

私は鉄ではないですが・・・東急に何かと縁がある地域のものとして

首都圏の乗り入れ複雑すぎて最近の東急は東急らしさがない電車が多いです!

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智パパ

妻から依頼を受けて書き込みます
学部学生時代にしばしば東急沿線に
足を運んでおりましたが
そのときでさえも田園都市線への
東武線からの直通には驚かされました

東横線については個人的に不明でしたが
いま調べてみると10年前までは
東京メトロ日比谷線が直通しており
電車のサイズを合わせたい等の事情で
50年近く続いた乗り入れ相手を換えて
いまは以下からの車両を受け入れているようです

東武東上線
西武池袋線
東京メトロ副都心線
みなとみらい線
都営三田線
東京メトロ南北線
埼玉スタジアム線

更にこの3月からは相鉄線も入るので
ますますカオスになるみたいです
新横浜直通は画期的ですが…

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浅見淳子

智ママパパさん

若い頃、渋谷から東横線に乗り、当時住んでいた大倉山でおり損ね、気が付いたら桜木町、気を取り直して上りに乗ったら渋谷、起きたらまた桜木町

を三往復したことがあります。

今なら東武動物公園まで連れていかれます。

一方で川越に住んでいる従妹を訪ねるのに乗りっぱなしでいいので楽です。
新宿三丁目まで乗りっぱなしなのもラクです。

いずれ智くんが首都圏の鉄道網を把握したら知的にすごく伸びるでしょうね。
っていうか私が助かります(笑)。

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智ママ

浅見社長
私は、関西の私鉄や大阪メトロも網羅できていないレベルの母鉄なので、関東の私鉄に関しては、もうさっぱりのちんぷんかんぷんで、全く訳がわからないので夫である智パパに返答を依頼しました。

そして夫の返答を読んでもしばらく意味がわかりませんでした。
なので、私の返答より、夫の返答のほうが役に立つと思います。

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浅見淳子

智パパさん

これは整理されていますね!
そうそう、こんな感じで
どういう電車がくるのかわからないのです。
おまけに東急も昔の緑の電車をリバイバルさせたりして
赤と銀のオーソドックスなやつがマイノリティになっています!

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智パパ

浅見社長

上記に挙げた図の要点を
口頭で喋ったら妻は
「やめて〜〜〜
ライフポイントゼロよ〜〜〜〜」
と反応する有様でした。

ネットで探しても
東横線の運転系統について
ここまで全体像をスッキリと
まとめられているのは
なかなかありませんでした。

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智ママ

11月。口唇口蓋裂の手術入院と、その前後の自宅待機期間のせいで、ほとんど息子は放課後デイサービスに行けませんでした。

12月。手術後の抜糸と鼻の傷の治りが思ったより遅かったので、何回も術後の経過観察のために大学病院形成外科に通わないとならず、ほかにPTやST、心臓の受診もあって、またしても、ほとんど息子は放課後デイサービスに行けませんでした。
(私は事故後だったこともあり、身体の痛みに、ちょっと死にそうな思いで大学病院に付添をしていました)

1月。月も半ばを過ぎ、下旬にさしかかったPTで、息子がこれまでと比べて、どれだけ発達が伸びたかを測る、口頭での検査がありました。

発達の身辺の自立や生活介護の要支援の度合いなど、伸びたところがありすぎて、
「発達のコミュニケーションの分野で低めに点数をつけないと、智くんは成績が良すぎて、これだとすぐにPTを卒業しないとならなくなります」
(ん???それっていわゆる、さじ加減じゃ・・・?となった母親でした)
とPTから指摘されて、わざと長く通わせて、データをリハビリ病院にて取り続けるために、かなり低くさじ加減されるぐらいでした。

放課後デイサービスにほとんど通えなかったにもかかわらず、ほぼ毎日、散歩か児童館か、大学病院への通院をしているだけで、息子の発達はぐんと伸びていました。

放課後デイサービスからすると、息子は手がかからない上に、癖のあるもう一人の多発奇形のお子さんの子守を息子がしてくれるので、支援員をその子に一人ピッタリと付ける必要がなく、多発奇形組の二人を怪我がないように見守りをするだけで済むので、
「智ママさーん、智ちゃんを週5で放デイに預けてくださいよ〜。私達、お給料は払えないけど、智ちゃんのおかげで、本当にスタッフ(支援員)が助かっているんです!」
とお願いされるような状態なんだそうです。
しかも、放デイにとっては、息子は手がかからない上に、確実に金の卵を生む雌鳥ですしね。

しかし、放課後デイサービスへの通所はほとんどなしでの2ヶ月であったにもかかわらず、STでもPTでも、定期チェックの検査で、息子の発達がまた著しく伸びていたので、
「・・・これ、放課後デイサービスは、下手に通う日数を増やさないほうが、息子が伸びるんじゃないの?家庭学習も確実に進められるし・・・週2の通所が0になったら、また伸びたって、どういうこと??」
と思って、小4・小5以降の放課後デイサービスの日数をどうしようか、思案しているところです。

地域の公機関(保健センターの保健師)・医療機関(各診療科の医師)・小学校の担任(行政の係員)は、三者三様に
「絶対に放課後デイサービスを利用して!智くんは特に障害が重い子なんで、療育のサポートが絶対に必要です!」
となっているのですが、下手に放課後デイサービスに行かせないほうが、息子の発達が伸びるとなると、
「うーん・・・放課後デイサービス、辞めてもいいのかなあ?比較的近くだし、預ければ便利だけど、息子の発達の伸びと時間の貴重さには替えられないし・・・」
となっている優柔不断な母親でした。

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そら

こんにちは。4歳の娘は1〜2歳頃は多動、自閉症の特性ありでした。検診ではとりあえず様子見でしたが明らかに自閉症という予感がしました。そこから何が効いたか分かりませんがテレビ無し、栄養療法、触れ合い、金魚体操を主にやり今は普通に幼稚園通っています。ただ実父は「元から健常児だ!」と言って認めません。
私の苦悩も努力も……(^^;

そして一歳半の次女は人見知りが激し過ぎて、健診でも他の子は泣いてないのにただ一人だけ、この世の終わりのように号泣して当然何も出来ずヘトヘトで終わりました…。
人見知り以外では困っていませんが、とにかくこのままだと辛いです。
この場でアドバイスを求めて良いのでしょうか…?もし激しい人見知りに対しての対応などお分かりになる方、経験ある方いらっしゃいますでしょうか?
もし良ければ少しお話をお聞きしたいです…!

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智ママ

そらさんへ
こんばんは、智ママと申します。

うちの9歳息子は、NICUに大学病院小児科の心臓手術の入院が生後5ヶ月過ぎるまで連続して続いたからか、そらさんの次女さんとは真逆の「人見知りがなく、誰に抱かれてもニコニコしている」男児でした。

子どもの人見知りは、愛着を得た人と、そうでない人がはっきりわかってきて、親しい人(自分のメインのお世話係)が認識できないと起きません。そして「いつかはお世話係がきちんと自分のもとに迎えに来てくれる」ことを体感としても、実感としても、はっきり認識できたとき+心理的に自分は大丈夫だと思って、母親を追いかける必要がなくなったときに、人見知りは止まります。

なので、一切、誰に対しても人見知りしない息子に、育児としてはとてもラクをさせてもらったのですが、人間の基本的関係である第一の愛着関係が、息子にきちんとできているかどうかが気がかりで、絶えず母親としてはあれこれ試していました。
幸い、3歳には母子分離しても泣かなかったのが、5歳になると「お母さーん」と不安がって泣くようになったので「愛着関係が、やっとできたんだな」とホッとしました。

なので、そらさんの次女さんはまだ2歳にもなっていませんし、後追いが激しいとトイレにも行かせてもらえないし、お料理もろくに時間をかけさせてくれなくて「あー、もう!」となっていることは容易に想像がつきますが、半年ぐらいは、『一生分の切実に重い愛』を次女さんからいただいていると割り切って「あー、はいはい、いるよ、ここにいる」と用事が済むたびに、抱っこしてヨシヨシしていたら、あっさりお母さんから離れていく期間が早く来そうな気がしました。
(息子のときは「ぷらっと出ていっても、母親は自分を迎えにちゃんと戻ってくる」を確認できたときから、安心して徐々に離れていく感じがありました。)

自分でないと絶対ダメ!とお子さんが要求してくれる日々は長いようでいて、意外と短いので、人見知り期間を楽しめるぐらい、そらさんにゆとりが出てくるといいですね。

育児は体力勝負なので、そらさんも身体に気をつけて子育てされていってください。

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そら

智ママさん、お返事ありがとうございます!
確か以前、長女の時にも相談にのって頂いた事があります…本当にいつもありがとうございます。
次女は祖父母にかなり懐いていて、私は家事、義母が次女のお母さん代わり…のような日が多かったため私はただいる人、という認識になのかもしれません。
それでも私がお母さん!と自信を持ってやっていたら、私だといつも不機嫌なのが徐々ににこやかに遊ぶようになったり、眠い時は私でないと駄目だったり、少しずつ懐いてくれるようになりました。
後追いは、したりしなかったりで、今はかなり減ってきてます💦
人見知りも健診も、義母が付いてあげてたら泣かなかったんじゃないか…私が駄目なのかも…。と思いました。
ですがこれから母として生活は続いていくので、「パッといなくなっても戻って来てくれる」お母さんだと認識してもらうまで、ヨシヨシして頑張る、という感じでしょうか💦
本当に辛い時に優しくコメント頂いて泣きそうです(むしろ泣いてます)
ありがとうございます。

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智ママ

そらさん
次女さんの絶賛人見知り期、お疲れさまです。
安心していただけて嬉しいです。

私は父方祖父母にメインで5歳くらいまで育ててもらいましたが、不思議なことに、父方祖父母宅で居心地悪そうにしていて、スキあらばさっさと自宅に帰ってしまう実母の姿は、私は当時1歳半くらいだったにもかかわらず、鮮明に覚えています。そして、実母が帰ってしまうと、『なぜかしら物悲しくちょっと寂しい』という感覚に襲われて「何なんだろう、この感覚?」と思っていました。

実母が『気が向いたときに、たまにしか相手をしてくれない人』だと認識はしていたものの「この人がお母さん」ということははっきりとわかっていたからです。
「なんで、自分を無理にでも抱っこして実家(父母の家)に連れて帰ってくれないんだろう?連れて帰ってくれればいいのに。」とも思っていましたが、当時実母は、実弟を妊娠中で、無理が簡単に効かない身体でした。

なので、1歳半でも実母と祖母の違いはわかっていて、そしてその段階ではどちらの次女さんにとっては大切な欠かせない環境の人で、愛着を結ぶ対象としてそこにいるという感覚はできていると思います。

そらさんがダメなんじゃないんです。
おそらく、次女さんの人見知り発動のさじ加減と感性の分野が大きいと思います。

1歳半だと、まだ脳がこれから変化していく時期ですので、これからどんどん新しい変化があると思いますから、「絶対にばあばでないとダメ」と思わなくてもいいと思います。子どもは、何となくでも事情がわかってくると、環境に適応して生きるために、小さくても小さいなりに、周囲に馴染んで配慮するようになってきますから。

落ち着いてくると、自分が昔幼いときに、どう接してくれたかがその子の中に染み込んでいって、無意識や人に対するイメージを作っていくと思うので、
次女さんが人見知りの主張を始めたら、のんびり「あらあら〜、またお母さんじゃないとダメなの〜?いいよー、お母さんの側におりなさいねー」と人生の中で、半年くらいの期間限定キャンペーンだと割り切って、のんびりかまえて、次女さんの強烈な自己主張に備えていってください。

そらさん、ぶぶ漬け市から応援しています!

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智ママ

本日、PTの帰りに烏丸御池駅に立ち寄ったときのことです。

外国人の一団が、大きなスーツケースやベビーカーを押しながら、烏丸線から東西線へのエレベーターを待っていました。
コンコース階へ行くエレベーターに乗り込む前に”Going up?”と訊いた鼻ピアスのお兄さんに”Up!”と上を指差して教えると『おい、これ上にいくってよ!降りなよ!』と先に中に入っていたお姉さんに指示して、一団の半分をエレベーターから出していました。

烏丸線から東西線への下りのエレベーターに息子が先に乗り込んでボタンを押し続けて「どうぞ、乗ってくださーい」としたあとで、降りるときも最後までボタンを押す係をしていたのですが、
鼻ピアスのお兄さんが”Thank you!”と片手を上げて言ったので、息子は生の英語に興奮して
「わー!英語だ!”Thank you!”」
と答えながら手を振ると、お兄さんはニコニコしながら手を振り返して、地下鉄の中に消えていきました。

ぶぶ漬け市の中心部特有でのちょっとした単語のみでの英会話でしたが、息子にとっては、小学校のビデオで見る、日本語英語の教材とはまったく違っていて、それがカルチャーショックだったらしく、
「お母さん!英語だったよ!喋ってましたね!」
(『お母さん、僕は今日、初めて生で話されている英語を体験しました!英語とは、教材ではなく、日本以外の外国で話されている、ちゃんとした言語なんですね!驚きました!』と言いたいが、語彙力がまだなく、その言い方になっていました)
と帰りの地下鉄の中で興奮して何度も言っていました。

6歳頃から英会話を習いたがっていたけれど、知的の遅れがキツいので、優等生の幼稚園児ばかりがいる英会話教室にはとても入れず、英会話教室の横を通るたびに「僕も、話したいなー」と言っていた息子が、思いがけなく、生の英語でやりとりができたのが嬉しく、ここに書き込みます。

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智ママ

浅見社長

お返事ありがとうございます。
たぶん、意思疎通できた嬉しさで、息子は、他の乗客の乗り降りのために、エレベーターのボタンを押す行動が強化されそうな気がします。

しばらくは『烏丸御池駅の地下の地下鉄の立体交差』につきあわされることになりそうです。

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浅見淳子

さて、勝手に治った自慢のお時間です。
知能指数上がった話。
そして
知的障害域→健常域になった話。

そんなのありえねえ、って凡医は言うと思います。
それは「そういうことにしておけば自分たちの仕事がラク」という医療ギョーカイのガイドラインに過ぎない。
そういう凡医がいたらこういうツイート見せるといいですね。

https://twitter.com/pocodaisuki/status/1614538270951768065?s=20&t=6fleQnadoV-h7y168PP3rA

https://twitter.com/Chocola60633836/status/1614535712472432644?s=20&t=6fleQnadoV-h7y168PP3rA

ただし医療は責められない。
2家族とも別に医者に治してもらったのではないから。
お勉強しまくったわけでもない。
普通に健全に日々を送って、習慣を身に着けたっていうのはあるだろうけど、たくさん遊んでもいらっしゃいます。

私が言いたいのは

「コロナの解決は注射しかない!」と嘘をついた医者たちと同じように
「知的障害は治らない!」って言いきる医者がいたらそれも嘘だっていうことです。

では。

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智ママ

療育整体を10月半ばに知って息子に施して、他の軽い栄養療法(マルチビタミン・鉄と葉酸・ビタミンDのグミを2日分から3日分、EPA・DHAグミは一日分、それぞれ一日にまとめておやつとして与えるだけ)と頻繁な散歩(付添の私が500歩以上あるく)も並行して、息子を育てていたら、
いつのまにかムッとしたときには生意気な口答えを時々するようになり(気軽に軽口がたたけるくらいに気が緩んだ?それとも反発の意志の発露?)、
「ご飯が済んだから、お母さん、ゴロンゴロンしてていいですよ」と母親の行動を仕切って自分の好きなYou Tubeだけこっそり見ようと謀ったり、
「お母さん、アレ買いたいです」と散歩中に、一つだけ欲しくなったものをおねだりするようになるなど、発達のカチコチな四角四面の子どもではなく、小3の子どもらしい、伸びやかな言動が増えてきました。

口唇口蓋裂専門の、心理士と言語聴覚士のダブルホルダーのSTが、試しに心理判定の試験を息子にしてみて計測してみたら、昨年度の今頃の精神年齢4−5歳から、9歳になりたて時点での精神年齢6歳レベルまで上がっていました。
この3ヶ月、変えたことと言えば療育整体を加えただけだったので、確実に良い方向に変化しているんだなあ。と感動したことでした。

息子に新しい手法を試してみるときは、長くて3ヶ月くらい様子を見て、前後の変化を検討するので、「明らかに、療育整体で脳の血流を改善させたことで、発達が余計に進んだ」と言えることがわかったので、これからも続けてみようと思います。

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智ママ

息子の散歩は、付添の私は大抵5000歩から10000歩あるくレベルです。
入力ミスで500歩になっていました。訂正します。

息子の場合、形質発現段階に利用される重要なタンパク質のコードが遺伝子変異によってアミノ酸が変わり、タンパク質が変形して通常より効率が悪いものになっているので、全ての形質発現に影響が出ています。
そのハンディを考慮しても、まだ伸びて、書いたひらがなが読めるレベルに整ってくるなどの、知的レベルも向上したので、「なかなかどうして、この遺伝子異常があるわりにコレだなんて、健闘してるよね!」と時々、息子の頭を撫でています。

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浅見淳子

こんばんは。勝手に治った自慢のお時間です。

今日は日曜日夜なので、大河ドラマです。ので大河治った自慢です。長年花風社の読者をやっているとこのくらい変遷があるよ、という子どもから大人へのお話です。
まずは序文、お母様の体調がよくなった話です。

=====読者からのお便り お母様編

10月の講座をオンライン受講して以来、手の平への入力や足指への手技によって、長年の悩みの足裏の魚の目が改善してきました。
最近、履きなれたはずのスニーカーの履き心地がおかしいな、と感じていたのですが、もしかするとおかしな重心で履き続けてきた履き癖が靴についてしまっているのかも、という結論に至りました。
また、漠然と「身体は左右対称が正しいからゆがみを治さねば」と思い込んできましたが、縦横があることを知って何が正しいかは人それぞれだということがわかり、なんだかホッとしました。
自分自身でいくらでも簡単にケアができることを改めて実感し、ますます世の中の医療ってなんだろう?と感じています。

===== お子様編 子ども→大人

息子の発達の問題から花風社と出会いましたが、何歳になろうと誰であろうと人間の身体は発達するし、本当に奥深いです。
小6の時「パニくるようなやりたくないことは頭痛が悪化するだけだし二次障害に繋がるだけだからやりたいことだけやらせて。今後この子は必ず中学で人間関係でぶつかるから、そうしたらまた来て」と小児科医に言われた息子は、確かに中高はなかなか大変でしたが、花風社からいただけた情報のおかげもあって、特に一人暮らしをはじめた大学時代、問題を乗り越えるたびにびっくりするほどの成長を遂げ、今は社会人3年目です。
しかも、小中高時代からは想像もできないほど友人に恵まれ、同じ趣味を通じて出会った彼女とも同棲中です。
うまく人と関われず、チックや頭痛に悩み、どんくさすぎて自転車に乗れず、泳げず、縄跳びもできず、クラスメートから馬鹿にされっぱなしだった子どもは、サイクリングや山登り、スノボが趣味の大人に成長しました。
身体を整え、なんにでもチャレンジさせてきて本当に良かったです。

=====

ですって!
小学校六年から中高大学経て社会人三年目の今。
仕事も私生活も充実していらっしゃらるようです!
こういうお話は、本当に勇気づけられますね!

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yasu

ちょっと、毛色の違った話を共有させていただきます。

娘は近視で眼鏡をかけているのですが、近視を抑制するために低濃度アトロピンの点眼薬を使っています。これは日本では現在保険適用されておらず、薬剤費は自費(月に3,000円前後)と半年に1回程度の視力検査を受けて状態をフォローするという流れです。広く全国の眼科で使用されており、ここを見ている方でもお使いになっている方がいらっしゃるのではと思います。(下記サイトにデータを含む紹介記事あり。0.01%製剤が普通ですが、0.025%製剤を処方可能な医院もあるようです)

http://www.kamimoto-ganka.com/original16.html
https://www.yokohama-eyeclinic.com/myopine0-025

先日、娘の検査がありましたが、片方の目は視力維持、もう片方の目はわずかですが視力が改善していました。視力が改善することもあるというのは、前に読んだ論文に書かれていたのをうっすらと覚えいていたので、そんなものかと思っていたのですが、眼科医の話によると視力が改善するというのは非常に稀なのだそうです(その先生も初めて経験したとのこと)

目薬はちゃんと効いているとして、かみさんは、サプリの上乗せ効果が出たんじゃないかと言っていますけど、私は単にスマホやゲーム機を使わせていないからだろうと思っています(笑)。あの小さい画面で文字を読んだり動画見たりするのが目に良いとは思えませんからね。目に良いサプリというのは使ってはいますが、メガ盛りはやっていませんし。
ホットタオルや食習慣を含む生活習慣も効果があったのかもしれませんが、まずは画面の小さいデジタルデバイスの使用禁止、が基本かと思われます。

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智ママ

ぶぶ漬け市市役所前までの、バスの中で
「お母さん、フランス料理のパテ食べたいです。買ってください」と言い始めたST帰りの9歳息子。クリスマス前に「一回だけ食べてみようか?」とフランス料理の自販機で買った、シャンパーニュ風パテ(650円…)の味がよほど気に入ったようです。
バスの中で渋る母親にしびれを切らして、
「僕が、買ってあげるから!」
と言い張りだした息子と一緒に市役所前で降りると、
「お母さんに、自分のお金でフランス料理を買ってあげようなんて、優しい、親孝行なお子さんやな〜」
と同じバスに乗っていたおばあさんから褒められたような、茶化されたような、よくわからない褒められ方をして、母親は赤っ恥をかいたことでした。

いや…お皿1枚10円で、洗濯機の操作一回50円の積み重ねの息子のお小遣い貯金で、パテなんて奢ってもらったら、親の立場がない!ダメダメダメ!と慌てる母親に、フランス料理の自販機に夢中の息子でありました。

結局、シャンパーニュ風パテは売り切れていたので、今朝か明日の朝にまた買いにいくことにしました。

今日は、運良く買えるといいのですが。

とりあえず、市のあちこちにある区の図書館にいくついでに、市役所前のゼスト御池の、フランス料理の真空パックの自動販売機のチェックに行ってきます。

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智ママ

本日、口唇口蓋裂専門のSTでした。

心理士と言語聴覚士のダブルホルダーである担当の先生が、息子に目隠しをして両手にモノを握らせて「右のものと左のものは、どっち?違う?同じ?」と訊く、という心理判定の試験をしてみたところ、9歳になりたての状態で、6歳程度の出来になっていることが明らかになり、STは思わぬ進歩に大喜びしていました。

昨年の今頃もテストして「4歳は確実にいっています。だいたい5歳に半ばいくかいかないか、くらいですかねぇ」ということだったので、1年でまた発達が上がったことになります。

8歳過ぎても着実に伸びています。

嬉しい年明けでの言語聴覚士訓練でした。

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智ママ

『月に2回まで』と決めてある、夜マックの夕ごはんを食べ終わり、珍しくポテトだけでなくバーガーも2つ食べてしまって、満腹になった息子。

「お母さん、食べ終わったら、もう、ゴロンゴロンしといていいですよ」
「明日がありますから、ゆっくりしててください」

かなり上から目線な表現なのがアレですが、当人としてはお腹が満たったので、母親に対してはどうでも良くなったのだけれど、「母親は自分にとってはとても重要な環境なので、できるだけゆったり過ごさせて、ガミガミモードにならないように今からしておこう。」と思ったらしく、まだ完全に本調子ではない母親を寝室に追い立てて、寝転がらせておいて、自分は母親があまり好きではない方の、赤ちゃん向けアニメのYou Tubeをこっそり見よう。と思ったらしいのです。

今まで、用事が済んだらもう人に対しては関心がなくなる、という現象は神経発達症の子どあるあるなので驚きませんでしたが、自分の用事が済んだあとも、人(母親)に対しての関わりをもつ、事後サービスの部分が育ってきている(その場においてだけの点的な人間関係ではなく、その前後も計算に入れての直線的人間関係を結ぼうとしている)ことがわかり、その社会性の伸びに驚いた次第でした。

冬休みに、ドリル系をみっちりさせて習得させるつもりが、熱風邪をクリスマス直後に息子から持ち込まれて、12/27から夫婦とも感染して5日間寝込み、その後は大阪メトロ乗り潰しや南港センタービルへのお出かけ、息子の誕生日ケーキ買い出しに食べ放題。と、何かとお出かけが多くてドリルに手が回らず、遊ばせっぱなしで冬休みが終わってしまったのですが、遊び放題の毎日でも、進歩するときは進歩するのだなぁ。と驚かされたことでした。

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浅見淳子

智ママさん

またまた楽しいエピソードをありがとうございます。ご一家で年末発熱されたときに迷惑自閉症者にストーキングされていたようですが、人権侵害てんこもりの発熱外来行かなくてよかったですね。どっちみち治るんだし。すでに年始にはメトロ乗り潰しの旅の途上の写真を送ってくださったので、結果的には楽しい年末年始になったというわけですね。でもまあ、発熱はなんだかんだ消耗しますから、適度に息抜きしながら生活してください。何しろ寒いし。ぶぶ漬け市は一層寒いでしょう。どうぞお大事に。

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智ママ

浅見社長
お返事ありがとうございます。
38.5度を超えると座薬を使う対象になるので、息子は、39.0度くらいから小児科のお世話になることが多いです。
ぶぶ漬け市は比較的人口が多い土地なこともあり、朝7時半の時点で、近所または近郊の小児科の発熱外来が、瞬時に予約終了になってしまうほどの混みっぷりで、8時頃にぼーっと起きていた私は2日連続で発熱外来にかからせそびれているうちに、息子が解熱してしまいました。

両親のかかれる内科の発熱外来は、小児科の比ではなく混んでいると思われたので、最初から諦めて、「39.5−40度こえなきゃいいか」と呑気にかまえて寝ていたら、2日3日で解熱した次第です。
発熱外来で、外で他の風邪患者と一緒に吹きっ晒しで座って待たされていると、よくなる前に確実に次の風邪をもらいそうなので、「無理していかなくても・・・」と二の足を踏んでいるうちにかかりそびれました。

近畿のぶぶ漬け市の寒さは、湿度のある下から滲みてくる寒さが特徴で、道が凍りはしないのですが、じわじわと地面から体温が奪われていく感じです。5日間寝てばかりだったので、足の筋肉や大腰筋が細くなってしまって、歩いて移動するのにヨイヨイからのスタートでした。
息子は寝た期間が2日ほどだったので、元気に歩けていますが、大人はトレーニングの散歩が必要なようです。

「発熱レベルだと、さほど小児科も内科も、我が家にはあんまりギリギリまではいらないかもなあ。うちが受診しないで空いた席は、他の切実な人に回しておこう。」と思って、のんびりしています。

「冬に風邪での発熱患者を診なかったら、いつ内科は営業して儲けるの??」と思いましたが、あちらにはあちらの都合があるので、そのままにしています。

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智ママ

「僕、フジ◯ックのエレベーター、好きなんだー」と言いながらYou Tubeに見入っている息子に、父親が反応して、「将来はフジテッ◯に入社したいのか?」と大喜びしていました。

多発奇形なのに大手のエレベーターメーカーに就職なんてしたら、大学病院が上を下への大騒ぎになると思いますが・・・。

そもそも、今ひらがなとカタカナがやっと書けているような時点で、大手のエレベーターメーカへの就職まで、こぎつけられるかどうか。
と想定して母親は冷や汗をかいていますが、夫は脳天気なもので「よし!息子の将来は、フジ◯ックに入社や!」と希望は高く掲げています。

いや、そこに至るまでには、コツコツ学力を高めないといかんし。
味噌ぴさんとこだって、コツコツの積み重ねであそこまで行けたんだし。
と慌てている母親でした。

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智ママ

浅見社長
なんとか端っこの職で、息子でもできそうな業務があればよいのですが。
選んでもらえるようにレベルアップに邁進しないとですね。

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浅見淳子

どうも。勝手に治った自慢のお時間です。
年末に見つけたツイートをお借りしてきました。

http://twitter.com/gsq5m/status/1609143604232196096

花風社クラスタの皆様のおかげということ、皆様、ありがとうございます。

普通級に進めることがそんなにいいのか! というご意見もおありでしょうが
普通級に進めることは「絶対的に」いいことです。
なぜならそれだけ自由な生活に近づいたからです。

おめでとうございます。

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たにし

三が日の最終日の昨日、息子と、4月から進学予定の中学校まで歩いてみました。

昨年度の5年生の時、進路について悩んでいました。支援校がいいのか、地元校区の中学校がいいのか。

ちょうどその頃、講座で高松に来られていた浅見さんにも親身に相談に乗っていただきました。

妻と息子と一緒に、両方の学校見学にも行き、最終的には、地元校区の中学へ進学することに。

決め手は4つ。
◉完全に生活が自立している
◉日常生活における困り事がない
◉学習に意欲的に取り組んでいる(まだ苦手科目はありますが)
◉本人が「みんなと同じ学校に行きたい」と言っている

息子と中学校まで歩き、正門の前に立つと、実感がわいてきてジーンときました。

この地元校区の中学校、数年前に改築してカッコいいです。
また、名前もカッコいいんですよ。

4月からが楽しみです。

花風社さん、クラスタさんからの知見をいただき、それが、このように結果として現れています。
ありがとうございます。

4月からも親子で努力します。

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味噌ぴ

「独り暮らしを始めた。」正直これ以上の自慢はないのですが、つらつらとその恩恵を挙げてみたいと思います。
娘が独り暮らしを始めた際にも感じましたが、家事全般への認識と言うか親への感謝が深まりました。こんなにやって貰えてたという気付きで、言われなくても動いてくれるようになりました。食器が洗い桶にあると当然のように洗うし、洗濯機の終わりのアラーム音を聞くと率先して干してくれるなど。
危機回避。想定して動けるようになりました。雨や雪に応じて言われずとも最適な行動を取れています。
食生活。出されたものを食べる毎日から、健康面を考慮して必要なものは何かを考えて食べるようになりました。
本当に色んな面で日々、成長を感じています。
なので年末に帰って来てからも当然のように動いてくれます。
芋づる式な相乗効果、30歳になっても尚、治ってるを実感するこの一年でした。

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