「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

雑談のお部屋

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発達障害に関係あってもなくても可。
楽しくおしゃべりしましょう!

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浅見淳子

こんにちは。雑談です。
今日は手足口病の経験者として書きます。
新型コロナに対する過剰防衛のもたらした免疫負債として、お子さんにも色々流行っているようですが、大人の手足口病も流行っているそうなので、大人の(非定型)手足口病を経験した人として書いておこうと思います。
まあ一言で言えば「恐れるに足らず」なのですが。まあ普段ほとんど病気をしない私だからかもしれませんが。

ただ、その丈夫な私もあの夏(2015年)は変だったのです。
もちろん昨今の猛暑の夏、それなりにばててはいました。
けれども日常生活に支障をきたすほどではなかった。ただ普段の夏と違ったのは、刺身が一切食べたくなかったこと。普段は大好きです。まあ夏は頻度は減りますが、うちは夫が刺身が好きなので基本よく食べます。でもあの夏は何か食べる気がせず、買ってきて食卓に出しても自分は手を出さないことが続きました。

そして九月の終わり、箱根に泊まりに出かけました。
温泉宿でお相撲を見ました。
稀勢の里vsかくりう。
結構大事な一戦だったように記憶しています。もしかしたらまた稀勢の里がかろうじて優勝戦線に残っていたとかそういう感じ。相手は合口のいいかくりう。ところがあいつ変化しやがったのです。

がっかりしました。
そして高熱が出ました。旅先のことで体温計は持っていなかったけど、もしかしたらあのときには💉打った皆さんが出すという39度とか出てたかも(あとにも先にも大人になって38度以上の高熱を出したことはなくこれも私がばからしくて💉打たない理由ですが)

これは明日、山を下りられないかなと思いました。
この時点で高熱を引き起こしたのはかくりう関だと思っていました。

ところが

寝て起きたら頭痛も発熱もなし。
きわめて普通です。
ただやはり大事をとって、その日はどこも寄らずにまっすぐ家に帰りました。

家に落ち着き、しばらくすると出てきました。水泡。
足の裏と手のひらに。
痛くもかゆくもない。ただきもいだけです。
それと、口の中は無事でした。これは大きかったです。なぜなら食べることができたからです。食べられないと回復が遅くなるので、口の中にできた人はそこが大変なようです。

とりあえず熱も頭痛もないので、皮膚科の問題だと思って皮膚科に行きました。
そうしたら「おや派手に出たね」と言われたのですが「安静三日」と言われました。
三日? こんなにひどいのに三日で治るの? と思ったのですが、とりあえず三日分薬を出されました。そして「時間があるのなら明日も来れば(別に来なくていいけど)」みたいな感じでした。

じっとしていると痛くないですが、歩くと自分の体重が足の水泡にかかって痛いです。
ので、家の中は膝をついて移動していました。
外に行くときは傷パワーパッドの大きいやつを足裏全面に貼り、自転車で移動しました。

二日目はもっとひどくなっていました。
安静三日で足りるのかよと思いました。
ハンコが必要な書類があったのですが、駅まででも歩くと一時間はかかりそうなので(不動産屋のふれこみで徒歩八分の距離)ハンコがいる人に家まできてもらいました。そして自宅マンションのロビーにて対応しました。今考えると家に入ってもらうより安全でしたね。
そして自転車で病院に行って「先生三日っていったけどこんなにひどくなったよ」くらいの気持ちで水泡を見せました。
ところがそのひどくなったのを見てお医者さんは「順調だね」とかいうのです。

そして安静の最後の日三日目、
起きたら歩いていました。痛くないです。
まだ水泡はのこっていますが、だいぶ小さい。たしかに三日安静で当たっていました。
見た目も治ってきており、お医者さんに「もう来なくていい」と言われました。薬もなし。
あとは自然治癒です。

これだけです。

発病の原因はかくりうかもしれませんし
そもそもその夏はきっと、免疫系統が落ちていたのでしょう。
あと心当たりがあることが二つ。
一つはその年、室内プールに通ったこと。子どもたちもたくさんきています。その中からもらってもおかしくありません。刺身が食べたくないほど免疫が落ちていたときにプールでなんかもらったかもしれません。
あともうひとつ。出張が入っていました。ところがこれをキャンセルせざるを得なくなりました。相手方に迷惑をかけて平謝りでしたが、そもそも子どもたちに会う出張だったのでやめたほうがあっちのためでもあります。ちなみにこの出張相手とはその後方向性の違いから縁が切れました。どうもその後縁がなくなる人間関係の人と何かしようとするときには体調崩しがちな私です。つまり「行くな」と身体が警告を発しているとも言えます。

その後ですが、数か月後、二枚爪になりました。
これもあとで調べてみると、手足口病にありがちな後遺症らしいのですが、ある意味当たり前です。
平常時、手足の皮は、そこにあるのが当たり前。
ところが病んで水泡ができてそれが生え変わると、手足の皮の回復にすごく栄養を取られますよね。
そうしたら身体はそれを生存に関係ない方から取ってくると思うのです。だから爪がやられる。
栄養療法を知った後だったら、あそこで追いプロテインとかしたかもしれません。

近所に新コロになったお兄さんがいて、病後は髪が薄くなっていたのですが、最近黒黒しています。
病気から回復しようとする身体は、生存と比較的関係ない方から栄養調達します。
だから後遺症で髪が薄くなったりするかもしれませんが、満ちると元通りになるんだなあと思いました。
手足口病も同じです。今の私の手足にはきちんと皮があるし、爪も割れていません。
今は粉のプロテインはのんでいませんが、高たんぱくは心がけていて、あれから爪が割れることはありません。

メディアでは免疫負債とか言われていて、ずっとマスクをし、過度な消毒をしていた皆さんが手足口病等の脅しを受けています。
もともとの身体の状態によるのでしょうが、私がみた手足口病は本当に三日で治りました。今なら数か月後の二枚爪を予防する手だてもあります。
あんなささいな病気で脅すんだなあ、とびっくりしています。

ちなみにこのときの高熱以来、発熱はしていません。
病気はかかったらうつさないように自己隔離して治せばいいだけで
なぜ一年半かからなかった病気のためにめったにしない発熱覚悟で注射を打つのか
私にはどうしてもわからないのです。

手足口病は新型コロナのワクチンに比べ、免疫が保持されるようなので、私は今後かかりにくいでしょう。
そしてあの病気で訓練された私の免疫は、今般もデルタ株に知らないうちに対応してくれていたかもしれませんね。

返信する
浅見淳子

追記です。

この三日のあいだに会ったのは
・栗本さん
・その他の方
・ハンコ取りにきた方
・同居家族

です。
栗本さんとは結構近くで話しました。うつりませんでした。
その他の方々とは遠くから話しました。うつりませんでした。
ハンコ取りに来た方とはそこそこ近くで換気のいいところで話しました。うつりませんでした。
同居家族とはまったく隔離せず夜も同じ部屋で寝てました。うつりませんでした。

要するに
・換気と距離
・相手方の身体状態

なんだと思います。

返信する
浅見淳子

雑談です。
議題はワクチン。
先日からつらつら考えていたことですが、今朝もきれいな富士山を見て、そして読者のyoyoyoさんのこのツイート読んで考えがまとまりました。

https://twitter.com/yoyoyo86502013/status/1463620072845418500?s=20

先日アスペルガー医師のロンさんが「副反応恐れて打たない奴は情弱」みたいな論を展開していて、それに読者のKeiさんが反論していました。Keiさんは断固ワクチン反対の立場。ご自分の職場でもみんな打っていて(でもKeiさんの打たない立場には理解あり)シェディングの被害も受け、お子さんにも打たせないし、できればよそのお子さんにも打ってほしくないという立場ですね。

そしてロンさんはドクターでもあり、ご自分も打ち、打つのを推奨し、ブースター待ち。

一方で上記の発言をされたyoyoyoさんもドクターで、そしてお子さんを持つお母様の立場でもあります。

私はロンさんと結構ワクチンをめぐってSNSで話をしたのですが、どうしてもわかってもらえていないようなのが「副反応が怖くて打たないのではない」ということです。ロンさんは「交通事故を恐れて車に乗らないわけではないのに、副反応をおそれて打たないやつはアホ」という意見。

たしかに中長期的な影響は未知数です。そして私は初期にmRNAについて勉強したとき、論理的には臓器移植に近いなあ、と思って、そして見送りにしたのがまずひとつ。私は臓器をもらうこともあげることもしません。自分が死ぬときは全部持っていくし、誰かの臓器をもらってまで生き延びたいとは思わない。

でも世の中には臓器移植に肯定的な人もいるでしょう。そういう人は臓器のやりとりをすればよい。

だから私は「打ちたい人は打てば」なのです。

そして打たない最大の理由は「必要がない」なんですよ。
ロンさんのたとえに乗っかるのなら「交通事故が怖くないから車に乗るように、新型コロナが怖くないから注射を打つ意味がない」なんです。
だって一年半かすりもしなかったでしょう。
私だけじゃないです。日本人の99.97%かすりもしなかったでしょう。
すでに集団免疫が成立しているも同然なのに、なぜ発熱覚悟で打たないといけないのか。
最後に発熱したのは2015年ですよ。それも一晩だけ。

そもそも大人になって歯科と採血以外の💉はしたことありません。
インフルエンザだって打ったことないけどかかったこともない。
あれは高齢者とか受験生が打つもんだと思っていました。
これまで💉なんかしなくても世の中のウイルスや細菌やなんかにうまく対応しているのです。
そこに異物を注入する意味がわからない。

そして二番目の打たない理由は「医療が仕事をしていない」からなんです。
発熱患者もみない医療。
妊婦にマスク出産を強いる医療。
金取ったら患者受けてやる、と言って金だけ取って幽霊病床。
それだけ医療が努力をしていないのに、なぜ一般人が人身御供となって打たないといけないのか。
結局医療が怠慢を続けたいために、そしてお小遣いを得たいために、一般人に「つべこべ打たずに打て」と言っているだけじゃないですか。
製薬会社はちっぽけなADHDの自助団体にも数百万の金を出します。手洗いとかどっかのポスドクに金が渡っていないわけがない。

これはでも、私が基本的に新型コロナが怖くないからで、怖い人、打って安心する人もいると思うのです。
だからそういう人は打てばいいと思います。
高松講演を見てくださった方はおわかりでしょうが、私は心底「治りたくない人は治らなくていい」と思っています。それと同じ。打ちたい人は打てばいい。だから私の立場はKeiさんや医療の内部にいながら打たない判断をしたyoyoyoさんとは違うし、お二人の立場も尊重する。なんだったらロンさんの立場さえ尊重します。話が通じてないなとは思うけど。
また職務上必要な人もいるでしょう。
外国に行きたくて打つ人もいるでしょう。
私は💉が条件のうちは外国になど行く気はないので(そもそも今の情勢だった日本にいるのが一番安全で自由)「海外に行けない」も注射を打つ理由にはならないです。

私が打つ時がくるとしたら
この冬第六波のでっかいやつがきて、それでも医療が踏みこたえて、緊急事態宣言を出さなかったときですかね。
医療がきちんと仕事をして、一般社会を守る姿勢を見せたら、打ってあげてもいいよ、です。
シェディングへの対応が上手になりましたから、💉への対応もそれの延長と考えればいいし、副反応を抑えるための対処のために抗体できなくてもそれでいいのです。どっちみち自然にやっつけてるんだから。

「めったにない交通事故が怖くないから車には乗る」ように
「新コロが怖くないから打たない。集団免疫は事実上成立しているから打たない」人もいるんですけど
世の中全部「反枠界隈」としてくくるんでしょうね。

この「〇〇界隈」とくくられることを異様に恐れる人はいますが、くくるのはあっちの脳みそのキャパが少ないゆえなんで、こっちが気にすることはないです。

ただ「打たない」という判断はそれぞれだということが、どうしてこんなに通じないのかな、とは思いますね。

返信する
yoyoyo

そうですね。副反応が怖いから打たないのではなく、メリットがあると思えないから打たないのです。
本来、すべての医療行為はメリットがデメリットを上回る場合に於いてのみ施行されるべきです。もちろん、安心感もメリットの一つなので怖い大人(中長期的に大きな問題が発生しても影響のない年齢)は打てばいいと思います。

臓器移植、私も他人の臓器をもらってまで生きるつもりはありませんし、他人に提供するつもりもありません。子どもが移植でしか助からない病気にかかり、自分の臓器を使えるならたぶん提供しますが、他所様の臓器をもらおうとは思いません。

返信する
いぬこ

ワクチンに思うこと。
同意する部分多々です。

打たないこと=副反応怖がり
マスク無し=協調性無し
みたいな扱いが不思議で仕方ないです。
話しても伝わらないのです。
こんな何でも従う嫌な国だったっけと。
都内が10人程度になったとき、
今朝の通勤はさぞやみんなマスク外してる
だろうと思いきや、5波の始めよりむしろしてる。
実体の無いものを異様に怖がる、狂気じみてる
感じさえあります。6波までは油断するな
の発想なのかしら。

自分はこのウイルスに対して、
この長丁場を見て、感じて、ワクチンそのものがどんなものか自分なりに調べてみて、
これまで築きあげた自分の感染症からの
回復の道筋に、私にとっては悪しき
変化が出そうだから。いわゆる副反応とは別。
自分で治せるから。(しかないわけでしょ…)
今の自分に必要ないから打たないのです。
会社的には収束判断で業務も進んでいるし。

打て打て時期では
副反応での欠勤者の多いこと。
誰が変われるか。
ワクチン非接種の頑丈な自分が1番、登板が
多かったのが現実。
そこは接種者は都合がいいと言うか、
欠勤する程、命懸けで打ってきましたみたいな。なんなら美談になってみたり。
打たない人間を差別する会社ではないですが。

マスク民も本当、都合がいい。
レジ対応時、私達から遠く離れ、
自分のカゴから恐る恐る
一つずつ商品をつまみ出し、スキャンさせ
、会計終了まで私達に決して触らせない
お客さんがいますが、
…あの、そもそもあなたが持ってる商品
…私達がこの手でがっちょり納品したんですが
とか。
冷たーく濡れたお札をビニ手で出し、
お釣りも財布にしまわない
…お金を消毒してるんだね
とか。
そんな方に限って、見た目衛生的じゃなかったり。。

逸れましたが、
私は土地柄、職業柄、家族や私の生活柄、
ぜったいに曝露されていると断言できます。
でも、全く何も無いのです。
社畜なのでPCRを受ける機会はありました。
業者さんも関わるので。
無症状?でも、周りが誰も発症しない。

発熱患者を選別し、診なかった町医者より
おかげさまで、よほど発熱者と接しています。
医者からワクチン接種せよとか、
あなたがたこそしなければ、撒き散らす
とか医療従事者に言われると、
選別者をこっちに全部任せといて
いい気なもんだなと腹が立ちます。
発熱患者がいなくなりましたから、
うちのクリニックはもう安心です。
さあどうぞ!って今さら言われて…その医者
信用できます?変でしょ。

副反応が怖いわけでも、現ウイルスが怖い
わけでもありません。
打ちたい人は打って安心なら打てばよい。
こっちは自分の免疫力を上げる工夫をし、
それこそ快眠・快食・快便で健康維持
できてますので、
怖がって打たないわけじゃない、
本当に必要がないのです

返信する
yasu

2021年11月6日の大久保さん講演会『コロナ禍のヌケも育て直せる!』の後日配信を聴講しましたので、感想をアップロードさせていただきます。

全部で約2時間半の講演で、第1部から第3部までの構成。『医者が教えてくれない発達障害の治り方』とは切り口が違って独立した話になっているので、著書を読んでいることを前提とはしていませんし、実際の講演もそのようなスタンスになっています(もちろん著書とセットの方が理解は深まります)。

ご自身の経験を元に種々のアセスメントを行って、コロナ禍のマイナス影響が生じた理由とその対策についての話ですが、東日本大震災の話もあって割と広い時空間で物事を捉えた上でお話しされています。東日本大震災は、まあ天災ですけどコロナ禍はそうでもない要素があって、今後悪影響が出るであろうことをあれだけ堂々とやってしまう社会(日本に限らず、しかもまだ進行中)についてこれだけは言っておかないと、といった切実な思いが感じられました。

著書の方は、「治り方」となっていて、講演の方は「育て直せる」となっていて「治」と「直」と使われている漢字が違うのですが、「直す」は「曲がったこと、乱れ、間違いなどを本来の正常な状態に戻す」ですから、的確ですね。治り方もヌケへのアプローチですけど、コロナ禍の方は明らかに人工的に発生したヌケなんで、原因は明確です。

本来当たり前に提供されていた環境刺激が欠落すると(あるいは歪むと)どういうことになるのか、それを直すにはどうすればよいのか、といった視点での話なんですが、コロナ禍で自分の子どもがどう影響を受けているのかを把握して、あらかじめ用意した上で話を聞くとより有益でしょう。このサイトを見ている方のお子さんにはマスク警察はあまりいないのではないかと思いますが、もしご自身の子どもがそうなっていたら是非聴講されるとよいです。

それから、色々な刺激やアプローチの中に、ビデオゲームやスマホやネットは入っていません。これらは今や小学生でも当たり前に普及していて(小4の娘のクラスでは話題の大部分はオンラインゲーム。大人が使うスマホを持っている子もいるし、タブレットを複数枚持っている子もいるとか) 私が知っている限り、花風社関係でビデオゲームやスマホやネットの利用が真正面から語られたことはないように思いますが、ヌケを埋める観点では、より原始的な原点に近いアプローチでなければ効果は期待できないといったところでしょうか。

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シア

社長が「この件に関して考え続けている」と言う風なことをよく仰います。
コレは奇特なことだと思うんですね。
哲学的な生き方をする人はよくわからないことがあると心に引っかかっていてわかるまで考え続けるようです。
世の中にはちょっと「小難しいこと」があると面倒くさくなって気持ちの「チャンネル」を変えてしまう人も多いようです。
私はソレを生活で忙しかったりゆとりがないのだなと理解しています。
或いは優先事項が人により違うので哲学的になる対象も同じではないのでしょう。

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シア

私は見た目至上主義ではないですが知り合いに「整形したい」と言う人がいます。
その人はマスクを外すと顔下半分が歪んでいるのです。
ただ社会に出るまで意識していなかったが今はマスクを外す気になれないそうなんです。
お金が十分たまったらコロナが終わらないうちに整形する予定だそうです。
だから人は同じじゃないなって言うのはそういうことでも考えます。

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シア

最近は「誰かと同じになろう」と考えなくなりました。
きっかけは自然の中には何一つ同じものはないと思うに至ったからです。
人間の強さにもいろいろあって私は消化器が強かったから消費期限の切れた牛乳を誤って飲んでも大丈夫でした。
しかしそれで油断することもあり暴飲暴食ぎみになったことがありました。
精神的な病気になったことで憂さ晴らしによく食べることがあったのです。
結局それも健康に悪いですから油断大敵ですね。
運動神経のいい人も油断してけがをする人をよく見ていますし人それぞれでそういう課題も「同じ」ではないですよね?
だから私と同じことをすれば治るわけでもないし誰かと同じことをしても私が治るわけでもない。
組織で生きることを優先した人ならマスクをするようになったりするのも頷けるんですよ。
人と同じことをするそれを重視する社会(会社)人間ならば細かい配慮とかエチケエットとかマスクもその延長でやらざるを得ない。
だから一時的にマスクをするようになったのも私自身医療に迫られてですが治るステップだったと思います。
常識的に考えてマスクをするようになってそれでまたそれに対して馬鹿馬鹿しいなとかやっぱり息苦しいなとか感じることによって「私にはマスクは合わないな」と考えたら自分で止めるようになります。
それも社会との折り合いを通してですので社会が気に入らないと言っても社会からマスクを外すことを強制することはできません。
人と自分は違うし人の強みと私の弱さは同じ土俵に乗せるわけでもない。
困ったら決断することも大事です。
私は腐りかけた牛乳でも腹を壊さない人間ですが暴飲暴食は要注意でコレは世の男性一般に言える傾向でありますがそれも似たり寄ったりの課題の人が多いというだけで例外もあります。
自分は組織的人間かなと問われたらそうではなかったのでマスクを連中に付き合ってやったり外したりできた方が無用な軋轢がなくて快適ではあります。
私は社長のように社会に働きかける趣向もありませんのでそれは同じではない。
人は違っていて同じではないです。
また同じになろうとしなくてもいいが等しくあろうとしてもいいと思います。

最近また本を読むようになって一番売れているような本から始めるかと思ったら養老武司さんの「バカの壁」と言う本でした。
それで売れている本にはパワーがあると思ってまた暇なときその周辺の本を読んでます。
それも私の考え方にまた影響したかもしれません。

返信する
ブルー

<治療院にて>

徒手系の先生(神経学派):
「統合した・・・はずの原始反射がまた出てきましたねぇ」

ブルー:
「ただ、反応した身体部位が以前取り組んだ部位とは少し違います。」

徒手系の先生(神経学派):
「これは私も理論が分からないのですが・・・
経験的に、発達段階が進むと再び身体が原始反射を出してくる場合があるのです(?)。

発達が進んだ他の部位に追いつかそうとするのか・・・(首を傾げる)」

ブルー:
「『今ならこの課題に取り組めるよ』と身体が言っているような、そんな気もしますね」

徒手系の先生(神経学派):
「あ~、その言語化はしっくりきますねぇ」

ブルー:
「身体は根本的な課題を後から出してくることがありますよね。そうだ心も。」
「いきなりは根本的な課題に触らせてくれない」

—————————

★個人的考察

身体は、一定以上に整うと「奥の課題」を提示してくるように思っています。過去の取り組みの経験からそんな気がしています。

こういうことはどの学問で扱うのでしょうね。
西洋医学や心理学ではないことは確かです。
解剖学や生理学とも多分違う。

ともあれ、
身体を整える当初の目的は本人を生きやすくし、
全体/全身的発達を促すことです。

しかし本質的に重要なことは
「より奥の根本的課題に取り組む許可を身体から得るため」
という側面があります。

これは身体アプローチの奥義(!?)かも知れないな、
と思ったりもします。

ただし、この「奥の課題」の発掘は専門家がいないと厳しいかも知れません。

思い起こすと、私の取り組みはずっとその連続でした。
本質的な課題設定は、いつも身体によってなされたのです。

専門家は、それを私に知らせ、取り組みを助けます。
いわば「身体の意思」の翻訳者です。

つまり重要なことは、
課題設定そのものは私や専門家が行って「いない」ということです。

私は今までの人生でずっと
専門家を通じて身体から提示された課題設定に従い続けています。
私が高い精度で身体アプローチの成果を出せるのはこれが理由です。

身体が「取り組んでいいよ」という課題をやっているのだから、
きちんと取り組む限りは必ずいい結果が出ます。
もたらされる体験世界は必ず以前よりも数段快適です。

確かに発達援助を自分に対して行っていると、
ある段階で「ドカン」もあるのですが
「ドカン」以前の段階でも、
成果が出る度に生きやすく、快適になっていきます。

—————————-

ブルー:
「・・・え~と本日の施術料ですね」
「あ、次回の予約も」

徒手系の先生(神経学派)
「次回はいつがよろしいですか?」

まだまだ続く。

追伸:

他方。
私が以前、6万字を費やして分析した人々。

「徒手療法なんて意味ない」
「似非科学のトンデモ代替療法を撲滅するノダー」

・・・言論の自由。内心の自由。

上記の発言の人々の心身の状態。

「20年以上、偏頭痛」
「不安が強く、今日も○○薬を飲んだ」
「睡眠障害だ」
「思い通りに動かないこの身体と、一生生きていく」
「低気圧で調子が悪い」

そして

「治ったら、自分ではなくなる」
「治るなんて言ってみたい」

・・・・・・。

自分の心身をどう扱うか。
それもまた、選択の自由。

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浅見淳子

ブルーさん

仕事も同じです。
「今取り組むべき課題」が勝手にやってきます。
それを乗り越えればよい。
そしてそれは自然現象なので避けては通れない。
だから私は、海水浴がSSTによいと思っているのです。

返信する
ブルー

浅見さん

確かに仕事もそうですね。
私自身も社会を自然現象的に捉えています。

>海水浴がSSTによいと思っている

確かにこれもそうですね。
よく分かります。

返信する
たにし

高松講座を視聴された放デイのスタッフさんからお聞きしました。

喪失型とかN型とかの診断を受け、周りから言葉を諦めなさいと言われた保護者さんが相談に来られたそうな。

何が「諦めなさい」だ。
諦めたかったらお前だけで諦めてろや。
人様に諦めを押し付けるな。

すみません話がそれました。。。

スタッフさん、高松講座の内容をお話した上で「親の直感を信じましょう!」と浅見さんのお言葉をかけられたそうです。

現場も少しずつ動き始めています。

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シア

おかげさまで最近体調がいいんですよ。
血液検査では肝臓の数値が少し高いだけです。
コレは今までお薬を服用して点滴にも入れていたから数値が悪いのはそのためなんです。
お酒も飲まないしだんだんこの数値もよくなってきて判定も一段階改善されました。
私の強みはヘモグロビン濃度が高いことです。
血の気が多いので頭にくることがあるのですが血が濃いというのは血色がよく造血が盛んなようです。
旧知の人に病気になったり入院したりしている人もいますがむかし自分が入院したときお世話になったこと等を思い出して恩返しの気持ちでお見舞いをさせていただきました。
ありがとう心強いと言っていただけるとその人にも本当によくなってもらいたいですね。
幸いその方も治療のめどが立ってきたようでよかったです。
「早く元気になってね」と言うのが正しいですね。

返信する
シア

こんにちは。
健常者平均の認知検査を受けてきました。

健常者クラスではすべての認知機能は平均に適わないけどやりくりや工夫で「遂行機能」が健常者平均を超えていました。

肝心なのはものごとを実行できる遂行力なので残存機能をどう使うかが今は大事です。

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智ママ

あらかじめ身体的アプローチで息子が伸びていたので、小学校の要請経由での、病院でのリハビリ(OT/PT/ST)に繋がることができたらしいです。

通常、多発奇形で生まれた子どもは、何をしても伸びないとされていたので、「お母さんの負担になりますし」と、STさえも渋られていました。
口唇口蓋裂があることから「ま、訓練してもなかなか難しいんですけどね。やるだけのことは、やってみましょうか」と形成外科から3歳のときにGOサインが出て、それから身体的アプローチと栄養療法の二本立てで快進撃しはじめたので、「伸びるんですね!なら、これもやってみましょうか!」と、STがどんどん進み始めました。

5歳までに発達が全体的に伸びたので、療育園から小学校に通えるようになり、小学校教諭から「OTとPTも、絶対やったほうがいいですよ!」と勧められ、それなら、してみようかな。と、リハビリ病院に月に二回通っています。
OTでは体幹の筋肉を鍛えることと、 PTで固くなっている腰回りの筋肉を伸ばすことを勧められました。

本来なら、医学の常識では、7歳をすぎると伸びがほとんど見られなくなるそうですが、
息子はまだ少し伸びているので、OTだけでなくPTも勧められて、そうなりました。
息子が希少な症例だということも、「OTもPTも試してみよう」という小児科医の判断につながったのだと思います。

体感としては、鍛える伸ばす以前に、しっかり緩めて緊張をとっておかないと、どんな刺激も入っていかない感があります。同時に、気持ちの高ぶりもガス抜きしておくと、寝付きがいいので、刺激効果が高かったです。

OTとSTは器質的な障害があるお子さんで一杯に埋まっていますので、
(ここも発達診断のように満杯だそうです)発達のお子さんは後回しにされてしまいがちですが、ご自宅でお子さんの体を緩めて、伸ばして、それから、ご自分で身体リハビリの本を買って研究されてみるのもいいと思います。
基本は、リハビリ病院でしていることと似たようなことが本に書いてあります。

毎月二度の通院に、ランダムに入ってくる通医院が三月と二月と半年に二度から三度あるので、大学病院とリハビリ病院への通院だけでも、月に四度くらいになり、私の負担は増えてはいます。

しかし、基本は身体的アプローチをして土台を整えることと、そこに体感を鍛える・筋肉を伸ばして柔軟性を高める・筋肉を使って身体能力を高めるが加わって、発達のさらなる伸びに繋がっていくのではないかな?と思います。

毎回、専門療法につながるのは、手間も時間もお金もかかるので、ここを覗かれた方に、お子さんにご自宅でされるときのヒントになれば。と思い、書きました。

もう7歳だから伸びないわけではなさそうです。
もうすぐ8歳ですが、まだ伸びる余地があるならばしてみようと思います。

返信する
浅見淳子

強度行動障害の記事です。

https://news.yahoo.co.jp/articles/50cafb74da927b14dbb6ae0042156da0c695cbdf

これも、解決策はあるんだけど
シビアな言い方をすれば、そこにたどりつかないということは
本当には困っていないというか
誰かがどうにかしてくれるという気持ちがあるのだと思います。

でも医療も福祉も非常に非力です。
そのことにまだ気づいていないと
どうしても自分たちより医療や福祉が何か解決策を持ってきてくれるような気がして
ただただ待ちになってしまう。

大久保さんは全国から一番大変な人たちが送られてくる施設にいました。
そこでまず、入所してきた人たちの何をどうみるか
それは新刊「医者が教えてくれない発達障害の治り方 1」に書いてありますね。

そして行政は、やることやっているつもりですよ。
研修の費用出しているからね。
その研修の実効性は問わないんです。
マスク会食推奨みたいなもんです。

うちの凡知事はマスク会食を推奨し、マスク会食推奨ポスターを貼ってある店は時短やら酒類提供やらを緩和されていますが、これは申請すれば取れて、ポスター貼るだけでよく、そして尾身食いなんかしている人はいません。
それでも県としては「やってます感」だけはある。
行政の仕事ってこういう感じです。その多くがアリバイ。
強度行動障害に関しても、「俺たち研修しているけど~困ったもんですね」くらいの考えしか行政にはありませんよ。

そして医療にいけば薬出すだけでしょ。

その子が苦しいから行動障害起こす。
ならばその苦しみをどうしたら取れるか。
こっちは栗本さんで解決。

そして実際に暴力に及んだ時にはどうすれば自他護身できるか。
これは廣木さんで解決。

なんだけど

それだけの情報収集をする気がない人は
はっきり言って仕方ないな~と思います。

「治らない自由」というものもあるのだと
私は本気で思っていますけど。

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