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雑談のお部屋

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2,379 COMMENTS

智ママ

懇談が7/19にあって、行ってきました。
息子が1学期に伸びたことは評価されたのですが、その後、「あれができてない」「これができてない」と息子のできていない指摘が増えて、
「汎化させるために、それぞれの体験を豊富にしてください」と、またしても同じところをぐるぐる回るような指導をまだまだ続ける予定であることが知らされました。

放課後デイサービスの面談でも、最初はアゲて、次にサゲ続けるという、保護者の育児のモチベーションを下げるための面談テクニックをよく使われて、「だから、ウチで徐々に伸ばしていきましょう!」とまとめるので終わりなのですが、それのパターンが全く一緒だったので、「あれ?これ、小学校の懇談だったよね?放課後デイサービスの面談と違うよね?」と内心、自分のいる場所がどこかわからなくなりそうな錯覚に襲われました。

小学校の教員も、ベルトコンベアーの上に乗せるための支援者の一部ではあるので、『やはり、セオリーどおりの支援学校推し・同じことの繰り返しな内容・汎化は、同じところを回らせるための方便?』と、疑心暗鬼にかられかけています。

『確かに、うちの子はできる方ではないですが・・・・そこまで、できないのかな??』と、親の顔色を伺いながら仰る先生の姿をみながら、フンフンと頷いてはきましたが、それも、上からの指示?支援学校に行かせるための、保護者対応プログラムの発動??と邪推してしまいそうになりました。

なまじ、息子は
「遺伝子異常なので伸びません」(NICU医師)
「スモールステップで」(療育園スタッフ)
「もうちょっと練習して」
「・・支援学校しかないですよ。そちらのほうが息子さんのためになる」
「将来は作業所」
と、プレ幼稚園としての最初の療育園の時代から、それぞれの支援者からことごとく足止めしかされてこなかった子なので、こちらも支援にはさほど期待していず、
団体行動のためついていく要領を学ばせるのを、最近の小学校に通わせる主目的にしているので、できないの連打は「へー。そうなのか」ぐらいにしかぼんやり思いませんでした。

一日経って「そのままでいいのかな?やり手の支援者に子どもを預けていたって、時間をアリバイ教育にしか使ってもらえないよね?」とも思うようになってきました。(私は、理解できるようになって、面談の内容を、自分の中に落とし込むまでに少し時間がかかります)

息子と自分で行く道は、自分らで設定して進んでいくしかないので、ぽちぽち進むことにします。

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智ママ

いくら療育や教育のプロと言われても、療育スタッフも支援級の教師も、ベルトコンベアーに乗せるための一人材に過ぎないのならば、それなりに、考え方を変えて対応していくほうが良さそうだな。と、思ったことでした。

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yasu

そういうのって、「先生が言っていることは正しいのかもしれないけど、言い方とか順序がムカツク、不愉快だ」って、面と向かって言うのはダメでしょうかww

理屈はともかく、沸き上がった感情をそのままにするのは良くないと、ホリエモンこと堀江氏が以前言っていて、なるほどと思いました。

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智ママ

yasuさん
私の代わりにコメントで抗議の意を表明してくださって、ありがとうございます。

湧き上がった感情を、面と向かって言い返すことは一切せずに、
ひたすら自分の中に暗い感情として落とし込んで、わざと相手の意図したものとぜんぜん違う対応をして、影でクスッと笑うのが当地流(洛中によく見られるとか)だそうです・・。
面と向かっては決して逆らわないけれど、けっして『言われたそのままに服従』はしないそうです。
アレンジして自分たちのものとして行うそうです。

例:『着物が派な生地は豪奢だからダメ!』と当局からお達しが出る。
→「はい、そのようにします」とはいって従うように見せかけるものの、わざと小物は贅沢なものを使って、着物の裏地はすごい生地をわざと使って、堂々とお洒落を楽しむ。
取り締まられたら「お達しは、守ってまっせ?」ととぼけて追求を逃れる。

その真似をしているわけではありませんが、私は、どうもとっさの際の頭の回転が鈍いらしいので、時間をかけて。感情も含めて、コツコツ対応していく方です。
そして天然で、意図どおりには決してしません。
結果として、ぱっと見た目には当地流を踏襲しているように見えるかもしれません(笑)

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yasu

ヨヨ子さん、智ママさん、浅見さん

コメントありがとうございます。

まず、大人と子どもでは事情が違うと考えます。

大人の場合は、自身の生活に支障が無ければ診断すら必要ないのが大原則(これはNCNPの先生も明言していました)で、経済的に自立していれば敢えて治そうとする必要は無いと私は思います。

ヨヨ子さんは社会的な治ったを経済的な自立を中心に考えておられるようですが、目指せれば目指すものではあると思うものの、必ずしも同じものと考える必要も無いと思うんですね。当事者ご本人がどう扱われたいかにも依りますが、己の状態をを知るのが大事かと。それには生物学的に治っていることが大切だと考えます。

子どもの場合は仕事はありませんから、園や学校での生活に乗れること、つまりは既存の集団生活の枠内で上手くやっていけることが、まずはゴールになるでしょう。ここでも支障が無ければ敢えて診断される必要が無いのは成り立ちますが、家庭よりも園や学校で先生に言われて診断を受ける、療育を開始するケースが多いんじゃないでしょうかね。

ごく一部の子どもは、すごい才能を発揮して注目されることがあります。そういうケースでは敢えて治す必要は無く(治したら才能が消えるかもしれないし)、各ご家庭の判断でその路線で行くのは否定しません。でもまあ、大部分の家庭では生物学的に治るというか、敢えて特殊なことをやらない方がよいように思いますね。自分の子どもが今見せている才能が、大人になったときの経済的自立につながるのかどうかはその時の世の中事情にもよりますし、今からそれを完全に予測するのは不可能でしょうからね。

智ママさんが言われている、「治る」の自己目的化ですが、なぜこうなるのかを理解するのは簡単です。それは、チェックシートやアセスメント、トレーニングといった目標達成のためのツールを使うから。ジムでのダイエットやトレーニングを連想するとわかりやすいでしょう。専属のコーチがついて目標に向けて伴走してくれるようなイメージ。あるいは志望校合格に向けて進学塾へ通うイメージですね。これで上手く行けば別によいのですけど、そうでもなさそうなので。。。問題集を変えたりコーチを変えたりするのと、アプローチそのものを変えるのは別の話ですからね。

そう考えると、浅見さんが指摘されているように、猫本に書かれている生活の部分をまずは見直す、考えてみるというのが重要であると思う次第です。

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yasu

大久保さんの講演を再視聴しました。

今回の話で新鮮だったのは、「治す」ことの目的を問うていたことですね。

大久保さんの話をよく聞くと、「治す」ことが目的化しているケースがあるということですね。育ちの視点から見るとそれは違うでしょうということかと思いました。一方、学校や医療機関、行政に対応していかなくてはならない家庭は、「まず治す」=「彼らのからあれこれ言われたり指示されたりする状態から脱出する」という考え方はアリかと思いました。私は幸いにして経験ありませんけど、場所によってはいろいろしつこいみたいですからね。

以前に書き込みさせていただきましたけど、私は「治る」というのを「何はともあれまずは高得点」のようなイメージで考えているんで、将来の選択肢を広げる(逆に、治らないと選択肢が狭まる)というイメージです。昨今の世界情勢を考えると、治らないとこの先かなり不自由な生活を強いられるだろうなとは思います。

「治す」目的について改めて考える、というのは、トレーニングに傾きがちな環境にある家庭では、やった方がいいだろうなとは思いました。その際にベースになるのは、こよりさんの猫本かなと思います(お読みになった方はわかると思いますが、この本は目的について敢えて取り上げていません)。愛甲さんや栗本さんの本も目的そのものを前面から取り上げてはいませんが、道筋や方向性を示している要素は入っています。私は猫本のポジションはやや特殊(*)だと捉えているので、猫本は読み直す(あるいは新たに読む)べきでしょう。

(*)特殊性は、視点が「親」と「支援側」の違いによるものなのかもしれません。

もうすぐ夏休みが始まりますけど、貴重な1か月ですね。
家庭事情によっては、それなりに意識改革や今までの見直し、準備が必要なので、動くのならば早い方がいいですね。新コロが蔓延し始めたんで、宿泊旅行も今からでも予約できるかもしれません(笑)

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ヨヨ子

yasuさん

治るが目的じゃダメだと思います。

問題行動自傷行動が無くなっても、片足立ちができるようになっても、アホみたいに腹が立ってもヤク無しで眠れるようになっても、障害者雇用や無職じゃ一般社会から治ったとは思ってもらえませんからね。

私達は健常域の人と大差ない人が特例子会社や障害者雇用で働いてるのを知ってるけど、一般社会のほとんどの人はそんなこと知らないんですから。

逆に一般雇用で働ければヤク飲んでても障害者扱いはされません。

ヒトとしてはヤク中高給取りはビョーキですが、社会人としてはビョーキじゃない。

生物的な治ったと社会的な治ったは違います。
だから、社会で生きていくには、生物的な治ったがゴールではダメなのです。

少なくとも私はそう思います。

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智ママ

yasuさん

生物学的な『治った』が一定レベルに満たされると、自動的に『就学先の勉強についていけるか』『生活の自立レベルが、学校の集団行動に必要なレベルに達しているか』などの、その子に対しての社会的な課題にぶち当たり始めるので、
生物学的に治る<社会的に治る
なのではないかと思っています。社会的に治るには、生物学的な状態をクリアしないと、そこには進めないので、どうしても順番はつきますが。

『治る』が自己目的化してしまうと、本来の子育てで育っていくお子さんののびのびさが損なわれて、親子でありながら『訓練する人と、そこに通っている子』(治すだけにしか意識が行っていない親と、それに従わされているだけの発達の子)のようになってしまうので、あまりよくはないなあ。と思っています。

息子には、他の親御さんによく見られるような、心疾患の子どもに対しての神経過敏な保護的な育児は、一切していないのですが、
むしろ、意図的に、やや放ったらかしにしているくらいのほうが、息子は創意工夫して伸びていくので、親の四角四面な過干渉や過保護は、発達の伸びに対してはかえって有害なのでは?と思い始めているところです。

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智パパ

先日のことですが
8歳息子を特急ラピートに乗せるために
大阪に出る電車の切符を券売機で買う時
隣で切符を買っていた方から
聞き慣れない妙な音が聞こえました。
チラ見する限りでは体格の大きい子が
(小学校高学年〜高校生くらい?の男子)
当人の代わりに切符を買ってくれている
親兄弟または移動支援者と思しき方の
足を全力でガスガスに蹴っていたので
ただただ絶句するばかりでした。
蹴られた方は無抵抗だったのも
更に驚きを禁じ得ませんでした。

こちらに矛先を向けなかったのが
不幸中の幸いとはおもいますが、
こうした公共の場での他害行動は
本人にも周りにも何一つメリットは
感じられません。

やはり「あるがまま教」では
すぐ限界にくるのではないでしょうか?

やっていいこと悪いことの基本は
障害の有無に関わらずハッキリと
教え示すことが大事だと痛感しました。

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智ママ

昨日は、PTのために、エアコン不調のため緊急避難的に宿泊していた、市内の街中のホテルを引き払って、そのままリハビリ病院に向かいました。

地下鉄とバスの乗り継ぎが上手くいき過ぎて、50分もベンチに座って、PT開始を待つことになりましたが、仏教大学の福祉部門の学生さんが、陪席して学びたいとのことで、日本猫がそのまま女子大生になったような地味に可愛い系のロングヘアのお嬢さんが、いつものお姉さんPTの先生の隣につきました。

一通り、馬の体勢になって、手足をそれぞれ一本だけ浮かせて、他の三肢で体重を支える訓練と、バランスボールに載ったまま、手を水平に伸ばして、片足をそれぞれ浮かせる訓練をしました。暑いこともあって、息子は顎マスクで、ゆっくりのペースでした。

訓練前・訓練後の姿勢チェックと、歩き方チェックで、PTの効果からか、それまでなんとなく素人目にもわかるほど、捻れて歪んでいた息子の姿勢が、筋トレのあとはシャンとまっすぐになったので、学生さんは驚いて感心していました。

息子の場合は、脳室拡大からくる、左右の筋肉の使い方のバランスが乱れて姿勢が捻れてきているので、それを、PTの筋トレもとい腹筋と背筋の筋肉ほぐしで、左右のバランスを調整してやると、姿勢が安定して、歩いても上体が左右にひどくブレなくなり、視界も広がりやすく、発達の刺激にも良かったようです。

表情も、PT訓練前よりかなり明るくなり、やる気満々で「お母さん、帰りは205系統のバスで新幹線駅に行って、そこから地下鉄にのって、近鉄を見に行きたい」と提案するようになっていました。

ホテルのチェックアウト後の大荷物のまま、南端の駅に行って近鉄を見せて、よたよたしながらリュックを背負いながら自宅に戻ると、荷重が大きかったからか、自宅について荷物を置き、荷解きをしようと持ち上げた瞬間に、巨大リュックがバリッと音を立てて分解したので、「なんとタイミングの良いことだ」と、驚いた木曜日でした。

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yasu

先日は、Webでセミナーを受けていました。講師は大学の先生でした。

内容に関係ない雑談で、大学のコロナ対策の話が出て、その先生の勤務先では従来から学食では黙食必須、校舎内はマスク着用のルールが設定されていたそうですが、ここ最近のPCR陽性者増大に伴い、学食は閉鎖されたとのこと。

学生が常にマスクを着用しているので、自分のところのゼミの生徒ですら顔が覚えられないと嘆いておられましたね。学生の気質も変わっているようで、受動的、何かにつけてデータを求めるようになったと言っていました。対面でディスカッションができない、オンライン授業だと教師、生徒双方で手抜きができるので学力低下の恐れがあるといった話が続き、学生の深刻な学力低下が起こるだろうと言っていました。

だからと言って何か処方箋を提示されていたわけではなく、言いっぱなしで大学の先生らしいなと思いました(笑)

大学生に限らず保育園や幼稚園からから事情は同じなんで、ここんとこ意識して夏休み活用しましょう。

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浅見淳子

yasuさん

真面目な大学の先生もいるのですね(爆)。

それはともかく、泥船ジャパンから逃げ出そうにも、一応上澄みであるはずの人たちさえおとなしく受動的なので、まあ今おとなしくマスクしている若者たちが外でやっていけるわけもない、とそこがまた嘆かわしかったりしますね。

マスク警察と闘う側のyasuさんお嬢さんたちに期待しています。

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yasu

感染者増えてきて、ジュニアマスク警察も活性化してきました。
彼らの根底にあるのは恐怖心で、家庭の影響が大きそうですね。

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ヨヨ子

yasuさん

小学校だけでなく、大学でも黙食なんてあるんですか。
じゃあ学食で他の学部の女子ナンパ❤️他の学科の男子逆ナン❤️なんてことも今後なくなるんでしょうか?
学生時代に相手見つけないと、将来厚生年金45年分もらえなそうな男子や、若さでカバーしないとアウトな女子が結婚できなくなりそうです。

偉い医者とその仲間がなんでまだマスクマスク言うのか不思議です。
若者がオンライン授業で学力低下したら、将来自分がアホな医者や弁護士に当たるかもしれないのに。医療者だって他の医療機関では患者ですし、他のサービス業ではお客です。
今なら熱中症予防をダシにしてマスク推奨戦犯からトンズラ出来るのに。

ちなみに私の勤め先のクリニックでは誰も黙食してません。
新コロ患者受け入れてないから、と言えばそれまでですが、医療逼迫ってなんですか状態。

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yasu

ヨヨ子さん

飲食店でも黙食の張り紙してあるところは多いですし(高級店除く)、まあ学食みたいなのはどこでもそうじゃないでしょうかね。皆が守っているかは別として。

うちの近くのクリニックも、切迫感全く無しです(笑)
あ、新コロ患者受け入れているとこですよ。

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浅見淳子

こんにちは。

二回打って感染して、三回目打って感染した人に、もうたまらず率直にきいてしまいました。

なんで打つの? って。

そうしたら渡航できなくなるとかなんとか。

最初からこれを理由に打つ人いたけど、そんなもん未来永劫には続かないってわかってたよ。今すぐ渡航する必要がある人は仕方ないけど、そうでなければ打つ必要ないじゃん、って思っていて

実際に今入るのが厳しい国はジャパンですよ。
打ってない人もどんどん外に出てるよ。

煽られ耐性ないんだな~
だから色々売りつけられる国なんだな、と思いました。

それで今〇〇教会二世のkindle本読んでるけど

結局日本人から金巻き上げてヒエラルキーの一番下に置き韓国に金送るシステムだった? ってこと?

今のマスク民ズを見ていると、ここも日本人のバカさ加減に漬け込まれていたんだなあと思います。

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yasu

私は春に米国出張の予定ありましたけど、巧妙に潰してWeb会議に切り替え成功(笑)

ちょっと前に、米国での国際会議(全世界から人が来る)に参加した同僚がいるので(当然、同僚はfully vaccinated) 、どんなだったか様子を聞いてみました。

本年はオフラインのみの開催であるにもかかわらず参加者は例年の約半分くらいの規模。中国からの参加は皆無(米国は中国産ワクチン接種ではワクワクしたと認められません)だったらしい。

日本からの参加もあまりなかったようで、ワクワクしていても米国出張は控えたようでしたね。考えてみればφか藻出瑠名どちらかの接種しか認めないって、両方とも米国企業の製品やんけ!

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yasu

栄養療法も、身体アプローチも、影山メソッドもそうですけど、メッセージや情報を正確に読み取り理解するために最小限必要な土台というものがあります。

そこんところを外すと、せっかくの手間暇が無意味になってしまうというポイントが確かにあります。

例えば、幼児期の自分で自分を育てる遊び、名もなき遊び。この「遊び」の中に、スマホ、動画、ゲームはまず入らないだろうと直感的にわかる土台が必要です。栄養であれば、毎日摂るべき野菜の中に「ポテトチップス」が含まれないだろうと考えられる土台が必要ですね。

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yasu

先日言った、某ベーカリーカフェでの出来事です。

ここは、おそらく店員さんが特性をお持ちのお店です(確認したわけではありません)。(私の目線で)パンの種類は多く値段も安く接客も丁寧で満足度は高いのですが、店内ではマスクを着用してほしい旨の張り紙はあります。しかし無視しても五月蠅く言われることはありません。

自分で好きなパンをトレイに載せ、レジを待つ列に並んで会計をする(飲み物はレジで注文する)という、多くのベーカリーカフェで採用されているスタイルの店ですが、レジ前にはヒラヒラのビニールが垂れ下がっています。

先日、ノーマスクで会計をしようとしたら、「マスク着用をお願いします」と店員さんから声がかかりました。私はすかさず、「マスクって感染予防の効果は期待できないですよ」と返答。

そうしたら、店員さんはその場でフリーズしてしまいました。その後、驚くことに、私との会話を「なかったこと」にして、何も言わずに会計をして商品を渡されました。

店員さんが混乱していたことは明らかです。いつもは渡されるマスクケースが渡されませんでしたからね。手元も少し震えていたように見えました。

おそらく、相手から予想外の反応が返ってきたので、混乱してパニックになったのでしょう。定型発達でもびっくりする人が多いような場面です。しかしながら業務中であり仕事をこなさなければならないので、脳のサーキットブレーカーが落ちて、私との会話を強制的に遮断したのだと思われます。一種の自己防衛反応ですね。

まず、マスクについてお願いをするときに場合分けができていませんでした。マスクをしているけどだらしなくて外れている人と、完全にノーマスクの人ではお願いした際の反応が全く異なるだろうとの想定はSSTでカバーされていなかった。

次に、お願いすれば必ず聞いてくれる(反論されることは無い)という無意識の学習をしてしまっていた。

そして、想定外の反応が返ってきたときどうするかがSSTでカバーされていなかった。

と、少なくとも3点の問題があることを私は見抜きました。店員さんの脳には相当の負荷がかかった筈ですが、まあパニックにならなかったのは不幸中の幸いでした(^^;

この件を通して、ASD系で就業が上手く行かないのになんとなく納得しました。民間企業では昇給や昇格の条件として、非定型業務がこなせることを条件に挙げることが多いのです。これはルーチンではなくてイレギュラーな事案にも都度対応できるということですが、一般的に治っていないASD系はこれがとても苦手です。想定外の反応が来た時、びっくりするのは別に構いませんが、その後でサーキットブレーカーを落としてしまうような対応しかできないと、人生の自由度は非常に狭いし、生きにくいことこの上ない、と思った次第です。

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yasu

追伸。

ちょっと調べてみたら、ここは某企業の特例子会社でした。ドンピシャ!
お世辞抜きに、商品はきちんとしているし店員の対応も良く、立派に世の中でビジネスできているお店です。店員さんもつまらないSSTから抜けることができれば、さらに飛躍できるんでしょうけどね。

そういえば先日、DS(いきつけではない)でノーマスクで買い物したら、会計後に「あのう、マスクしていただけませんか」みたいな超へりくだり姿勢で言われました。こちらは「マスク?効果ないので嫌です、以上」で終わり。こちらの店員は全て理解していて、マニュアル通りに一応声がけしただけって感じでした。娘も一緒だったんでよい社会勉強になったと思います(笑)

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ヨヨ子

yasuさん

お願いすれば聞いてもらえると思ってる飲食店員、多いですよね。
これほどまでにサービスする側が客に当たり前にものを要求する時代が来るなんて、良い度胸だなって思います。
今じゃ診療所だって声がけだけしてマスクしてない患者を放置してるところもあるのに。

でも、私の周りには更なる強者?がいますよ。
最初からマスクをつけないと店に入れてくれないんです。マスクを持ってない場合は近所のコンビニで買ってから来て下さいなんだそうです。
腹ペコだったし、受付でマスクを一枚幾らで患者に買わせている診療所で勤める身なので、鼻出し布マスクで入店しましたけど。

医療者だって一歩職場の外に出れば
マスクなんて仕事以外出したくないに決まってんじゃん😜ブーメラン?なにそれ?
だったりするのに。
そうでもしないと😇とまではいかないけど、🤮になっちゃいますよ。

一時、発達障害者や自閉っ子は医療者に向く!みたいなことが発達障害関連書に沢山書かれてた時代もありますが、今となってはそんなの通用しません。
私もせっかく10年近いブランクを経て就職したのにクビになるかもと思いつつ💉を拒みました。
😷もせせこましく他の従業員がいなそうなところでは外してます。 
そうでなかったらもう働けてなかったかもです。

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yasu

ヨヨ子さん

当然のように聞いてもらえるという感覚と、それからマニュアル教育が徹底しているんでしょうかね。言ってくる店はチェーン店系に多い感じがします。とりあえずは声掛けしろとマニュアルに書いてあるんでしょうねおそらく。

以前行った、真津矢は雇われ店長らしき人がとりあえず声掛けしましたみたいな感じで、その結果どうなったかなんて気にしちゃいませんでしたからね。

酢田亜場区酢や出図似居はマスクに五月蠅いとツイッター上で見かけますが、確かに酢田亜場区酢は入り口にマスク付けずに入店するなと看板が出ているんで、確かにうるさいんでしょうね(私は最近入ったことないですが)。

マスクしていないと入れてくれない店、無理矢理入るとどうなるんでしょうかね?
昔、娘が鬼ごっこの輪に「入れて」と言って入ろうとしたとき、意地悪な子が「ダメ」と言ってきたらしいんですが、娘はそれをガン無視して輪に入ったというのを思い出してしまいました。

発達障害者や自閉っ子が医療者に向くと思ったことは、私は今まで一度も無いです(^^;
そういうのが書かれた本を見たことがあるような気もしますが、理由はきちんと書いていなかったような・・・ハイパー律儀なところが活かせるんでしょうかね。。でもADHD系はいろいろ見落としてくれて、人が死ぬような事態になるんじゃないかと心配です(^^;

医療従事者は、全国どこでも仕事内容があまり変わらないので気軽に転職できると聞いたことがあります。職場がイヤであればすぐに他所へ移ることができると。

まあでも個人の事情もあるでしょうし、今はコロナ事情でいろいろと大変なところもあるでしょうし、ヨヨ子さんにとって少しでも良い環境となるよう祈っています(^^)/

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ヨヨ子

yasuさん

気軽に転職できるイメージのある医療職ですが、5年以上は新卒で入ったところにいないと、そうでもないです。日本は今でも石の上にも3年桃栗3年柿8年な部分が色濃く残っていますが、医療職もそうなので。
その結果、若くして出産退職した人は病院及び診療所ではなく施設で働くことも多いようです。
そういう勤務年数に比例して優遇されるという単純な面が、発達障害者受けするんだと思います。

しかし今は、💉から逃げないとやっていけません。
医療者が💉から逃げ惑うって、大抵悪く言われるけど、「一部のぞいて日本一億五千万人総家畜状態」の中ではかなり強めの人間じゃないと出来ないことです。
情弱や同調圧力に弱い人じゃ無理。この先転職先が激減することを覚悟しなきゃ無理。だから発達障害じゃ無理。KYなだけの自閉なら向くかも(笑)

家族を💉や😷から守るのも大変です。
私も「私は未接種だし職場と電車内以外では😷しないけど、クリニックには39℃超の患者やPCR陽性でホテル隔離されて隔離期間過ぎたらPCR検査しないで家に帰されたなんて人も来るけど、一度も熱出したことがない」と周りに散々喚き、オヤジ扱いされ(中高年男性の方がノーマスク率や未接種率高いから?)、非常識扱いされてはや1年、やっと母だけが屋外のみマスクを外し4回目接種辞めてくれました😮‍💨

ちなみに巣田場は、マスク無視して入店すると、大抵ペラペラの紙マスクをくれます。
貰うだけ貰って店内でしないでお茶飲んでても何にも言われませんが。

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yasu

ヨヨ子さん

民間企業だとだいたい3年間一つの業務に携わると勤めれば一つのキャリアとして認められると言われています。5年だとちょっと長い感じですね。

1,2回目の時には職場では副反応自慢みたいなのやっていましたけど、3回目は聞かないです。同僚の一人が2回目のショットで調子崩して結構大変だったようでう、3回目を躊躇してました。打ったかどうかはわかりませんが、新コロの話題についてはかなり神経質ですね。

ミスリード大賞で圧勝された方の感染も報じられましたので、ワクにそこまでの意味が無いことが広まることを祈るばかりです。

https://jcovid.net/senkyo/?fbclid=IwAR0hGyJVWlrtAyA4pDPNENOE68WLiFJF8VEvF0OAY_q2Z0clRVV24LmT7go

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まろん

大久保さんの「夏休み活用講座」視聴しました。

まず私が受け取ったメッセージは、「ちゃんと自分の頭で考えてるか?」ということ。
何においても「暑かったらそうめん寒かったらかけうどん」的な、条件反射みたいな毎日を過ごしてなかったかと反省しています。

そして「夏休み活用」。
聞いていて思い出しました。大久保さん前から言ってたんですよね。「名もなき遊びが大切」と。

物も情報もスケジュールも過多になってないか。

親も子ももっとゆったり過ごしたいものです。

「名もなき遊び」から思い出したことがあるので、治った自慢にも書いてきます。

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智ママ

最近、Twitterを覗いていて思ったことを書きます。

栄養界隈で「物価高でサプリが上がって苦しい」「解毒貧乏になってしまった」との書き込みをよく見かけますが、気になるのが「我が子のこことここを伸ばしたいから、このサプリとこのサプリを盛って、これは抜こう」という親御さんが子どもさんに対して行う、ロボットのチューニングのようなサプリの調整方法です。

「人間は微妙なものだから、『栄養をこれとこれを与えたら、何もしなくても、ハイ、伸びた!』というようにはならないんだけどな〜。相手(発達の子どもさん)は自由意志も知能もある人間なんだから。」と思いながら、そのまま、Twitterで、経過を観察しています。

だいたいが、あまり芳しい伸びを示してはいません。どちらかと言うと、伸び止まっています。
基本的な考え方の違いが、子どもさんの発達の伸びの差につながっているような気がしています。

人間は、ロボットのチューニングのようには、うまくいかなくて当たり前です。
発達障害児である前に、人間ですもん。
利用されるだけで終わってると感じる人との関係は、たとえそれが親だとしても、そのままの利用する・利用されるままだと、良くはなりませんよね。

うちは、息子が感覚過敏で道端の葉っぱに触れるだけでビクッとして、怖さにギャーッと泣いていたので、(怖くて泣くために、わざわざ抱っこひもを引きずってきてまでして、散歩をねだる子どもはいないので)感覚過敏からくる怖さを何とかしてやりたくて、身体的アプローチを夫が息子に施しているのを黙って見ていたら、言葉の芽が出て、しかも情動も落ちついてきて、徐々に感覚過敏がなくなってきたので、
「あれ?これ、いけるんじゃないの?」と指いい子もおまけにつけていたら、聴覚過敏も治ってしまったクチです。
栄養療法はその後に施しましたが、たまたま当たって伸びてくれたので、良かったなと思っています。

Twitterの書き込みの向こう側に、お子さんとそれなりに仲良く一緒に暮らしている親御さんの姿が見える栄養療法界隈は、まだ伸びているのですが、「親の私が!何としても、子どもを!発達させてあげるのよ!!!」となっている栄養療法界隈は、ほとんど伸びていません。

それで、「それじゃ、これは??」と、サプリの組み換えと盛り量の調整にあくせくしているだけに終わっていて、肝心の子どもさんの育児の様子が、Twitterの書き込みの向こうに、一つも見えてきません。
親御さんの意識には、発達の子どもさんをロボットのように良くさせる
(自分の都合で発達の子にサプリさえ盛れば良くなる!という主張を信じ込んでいるだけの状態)
しかないからです。

もうちょっと、全人的に、子どもさんの様子を観察してあげて、何が好きで、何が嫌いで、何が得意で、何が不得意か?など、基本的なところを観察した上で、『じゃ、ここがこのままだと不便だから、ここをこうして工夫して働きかけてみて、その上で試行錯誤してみましょうかね?』という子ども主体での育児サポートを親が取る、というスタンスを築いてあげられたほうが、お子さんにとってよいのでは?と思います。

花風社クラスタの伸びが良いのは、この「子どもの様子を、子ども主体で、親が観察して、そのうえで、子どもに良さげな刺激を調べてきて、自然な形で施していくのがとても上手」な人が多いからだと思います。
嫌なら、無理強いしない。
あくまで子どもに最終的な心地よさを味わってもらうことを、大切にする。
その基本中の基本的な考え方が抜けていると、いくら力んでサプリをどんどん盛っても、うまく子どもさんの発達が育っていかないような気がします。

私は『花風社バンザイ!これこそ伸ばす王道だ!』派ではないし、『栄養バンザイ!これこそ一番に子どもを伸ばす手法だ!』派でもありません。
一介の、多発奇形で生まれた息子の発達を良くする手法を探しながら、アレコレ試して、実行している親に過ぎません。

社会にゆとりが無くなってきて、発達の子が発達のままでいると、親御さんに不利益が生じて、困ることが多くなるので、その前に何とかして発達をよくさせてやりたい!と焦る親御さんが、5年前と比べると、明らかに増えているのを感じます。
発達を伸ばす手法はあちこちでどんどん出てきていますが、親御さんが『ステレオタイプのままの発達だと、我が子は悲惨な人生になる!』と焦って、あれこれ手を出しては、結果が出る前に、待ちきれなくて、次の手法に手を出して「これも伸びない!」と焦ってあれこれ走り回っているようにも見受けられます。

一つの手法で結果が出るのは、少なくとも3ヶ月は見ないとわからないです。
その手法があっていれば、一月二月で、ぐんと伸びて、発達することはありますが、いつまでも発達し続けるかどうかは、また別の話です。

その事が分かる前に走り回って、表面の伸びだけ見てあたふたしている親の姿を、子どもさんは発達を抱えたまま、じっと観察しています。

あたふたをやめてから、ちょっとずつ伸びてくるお子さんは多いと思われます。
あたふたしているうちは、子どものケアがルーティンで終わっていて、親御さんの本当の気持ちが、自分に向いていないことを子どもは感じ取りますから、伸びるものも伸びないのですが、それに気づく親御さんが少ないのは、とても残念に感じます。

花風社クラスタの方は、この点を見事にクリアしておられる方ばかりなので、わざわざここに書き込むまででもないのですが、初心者のかたで伸び止まっていて、お子さんの発達の伸び具合がはかばかしくなくて、焦っておられる方に向けて、ここに書き込んでみました。

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yasu

栄養療法はですねえ、元祖(?)の藤川先生のブログやツイッターや著書が、適切なサプリを飲みさえすれば成績が上がり発達が治るような書き方をされているのも一因でしょうね・・(^^;

物質系の話は、同じものが手に入ればゆらぎは無くなりますから、成功例を追従しやすく飛びつきやすいのもあります。まぁ情報商材の商売に似ているところはあると思います。

藤川先生の本には種類、量、服用期間が明記されているので、その通りにやって効果が芳しくなければ見直す(少なくとも自分の子には本に書かれているような効果が出ていないのだから)姿勢があってもよさそうなんですが、それはたぶん第三者が外野から言っているだけであって、当事者はおそらく必死なのかと・・こうなると方向の習性は至難の業です。せっかく投入したサプリ代どうしてくれるんだっていうサンクコストもありますしね。何かのワクチンと同じです。

金が続かなくて、サプリも強制終了するのが一番現実的なのかもしれません。
効いていればもちろん継続してもいいんでしょうけど・・メガ投与続けるのは金かかりますからねえ・・治療目的でメガビタミンやるのは期間限定にしておいた方がいいと思います。。。

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智ママ

yasuさん
コメントどうもありがとうございます。

藤川理論のアレンジで私も始めたのですが、最初から「この見本通りでないと!」と原理主義的に突っ走る方が多くて、なおかつ「タンパク質(主にプロテインのみが多い)とサプリだけでいける!これだけで治る!」と信じ込んで『猫まっしぐら』みたいなところがある人がやたらに多くなったなあ。と、気になっていました。

お子さんの発達が良くなることを最初は希望していたはずなのに、いつのまにか、お子さんにプロテインを飲ませることが第一目標になっています。
そして、ロボットのチューニングや、実験動物に対しての餌やりみたいに、『細かく規定して盛り直せば、子どもの発達がよくなるだろう』という、それ自体には何の根拠もない熱狂的な信じ込みが、親御さんの中にあることが、かなり気になりました。

いや、それ、実験用のモルモットやマウスじゃなくて、私達と同類のヒトのお子さんですから!しかも、あなたのお子さんですから!
単純に『盛れば、何でもかんでも、どんな発達児でも、自動的に良くなる!』というわけではありませんから!

ヒトの子を人として取り扱わないでおいて、『発達が進まない、なぜだろう!』というのは、試行錯誤しながらの子育てしている側からすると、当たり前の反応ですから!

なぜこんな簡単なことが、まっとうに社会で働いている人も含めて、わからないのか謎ですが、それだけ我が子の発達を、良くしたいがためだけに(本当にそこしか見てないのが問題なのですが)、必死になっておられるのかな〜。ずいぶん、変質したな〜。と思って、流れてくる栄養界隈のTwitterを見ています。

発達児だから、普通の交流が通りにくい時があるから、ヒトとして取り扱わない?
いや、それはダメでしょう。
『あるがまま』もヒトを家畜化して金の卵を生むメンドリ化していきますから、実によろしくはないのですが、ヒトにタンパク質とサプリを盛りさえすればいい、というのは、暴論だと思います。

やはり、その子その子に合わせて親御さんが対応を細やかに工夫する、いわゆる、オーダーメイドな育児での育成が必要になってくるのでは??と思う、8歳多発奇形児の母親です。

「かけたサプリ代の回収として、成果が出るまで、何が何でもやりたいのかな?」とも思いますが、それだけにこだわっていて、大切なお子さんの輝ける子ども時代が、発達障害の感覚過敏そのもので、闇黒なストレスフルなものに塗りつぶされていっているのが、気の毒でしかたがありません。
(その放置された児童たちの行き着く先は、大津の女装癖の某シンゴのように、毎晩、複数の寝るためのお薬と深いお友達になる、根本的に改善されることのない、延々と続く服薬生活です。医療業界と製薬業界には、黙っていても通ってくれる、羊タイプの、言うことだけ聞く、とってもありがたいドル箱のお客さんです。いずれ、信じている各種ワクチン注射の打ちすぎで、身体を壊して、働けなくなったり、この世から去らねばならないことになったり、しなければいいのですが。)

人様のしていることですから、これ以上は書いてもしかたがありませんが、今の状態がもったいないなあ。と思って、書き込みました。

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智ママ

私のn=1での、息子で出した結果は、『盛りはじめて2ヶ月で単語数が倍になるなどの、目覚ましい伸びは示したが、急激な伸びは6ヶ月くらいまでで終わり、あとは、徐々に伸びていくタイプの発達の伸びに切り替わっていった。というものです。
(現在、サプリグミによる、ゆるい栄養療法をして4年目ですが、身体的アプローチや腰周辺のストレッチとも併用しているので、断定はしづらいです。)
どなたかに参考になれば幸いです。

果てしなくタンパク質多めの食事と、サプリグミばかりの生活を続けるのは、明らかに頼りすぎると良くはないので(お財布的にも、栄養摂取習慣づけにもかなり痛い)、程々に切り替えていこうかな。と思っています。

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yasu

栄養療法は、特に発達に関してはサプリの使い方が医療用医薬品の使い方と同じ治療目的なんで、栄養界隈の対応は(西洋医学に則っている)という点で正しいように思います。

西洋医学の場合は薬が効かないと種類を変えたり他の方法を試しますけど、栄養療法の場合はどうしたらよいかわからずにそのまま突っ走るんですね。一番良いのは藤川先生の診察を受けることなんですが、そこまでやる人はいないみたいですね。

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智ママ

昨日、南海電車の特急ラピートに、父親と初めて乗ってきた息子。

朝から「今日は、ゴールデンカムイ展、行きたいな〜」と、リアル充実な発言を、布団の中でしていました。
朝食はホットケーキを焼いたのですが、食べるのに夢中になってお皿運びの手が止まると「息子!ラピートは、お皿運びの10円でできているんだよ?」と声かけすると、俄然、息子の動きが良くなり、作業に従事する態度が良くなりました。

ラピートの豪華さと、速さに、すっかり惚れ込んだ様子です。
「息子!ラピートのきっぷは、お皿運びの10円の積み重ねでできているんだから、頑張ってマメに運ぼうね」というと「ウン」とうなずいていました。

お金とサービスと行為の関係を一瞬で理解して、貯蓄に励もうとする意思がさらに芽生えた8歳の多発奇形児に、「よしよし」と目を細める夫でありました。

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智ママ

実際は、移動の足代の、子ども運賃のどれか一番安い金額を、息子の貯金用の財布から出すだけなので、息子のお財布はほとんど傷まないようにしているのですが、
一応、『自分のお金で出かけて、お母さんと一緒、またはお父さんと一緒に、好きな列車に乗った!』という実感をしてもらいたいので、そのようなシステムを採用しています。

お出かけ先でなにか一つでも物を買ったら、それは親側の買い物に子どもを付き合わせたことにして、親が交通費を全額負担することにしているので、息子の小銭貯金は、なかなか減らないです。

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yasu

6月5日の愛甲さん講演会「治り方を明確に知る」セミナーについて、改めて録画視聴しました。

「治る」という言葉は、発達界隈では特別の響きというか、本や話の中に出てくるとピンと反応する人多いです。「改善する」とか「生きやすくする」と必ず変換しなければなりません。これは習っていない漢字は使ってはいけないという小学校の教育のようなもので、こういう集団とのかかわりは必要最小限にすべきですね。

この「治る」を目標にして頑張るかどうかについては議論がある(そのような方向で捉える家庭がある)ことと思いますけど、「治った状態」に到達するというのは、センター試験や英検、TOEICでの高得点と似ている部分があります。何か具体的に絞られた目標のためにというよりは、「まずは高得点」を取得すると、その後の人生の選択肢や自由度が広がるという感じですね。こよりさんの猫本はこの線に沿った流れになっています。

「治る」は、ここから自由につながって希望へつながるという流れがあります。なので、「まずは高得点」である「治る」を意識するのは至極当然かと思います。「治る」と「生きやすくなる」は密接に関係していることは確かで、完全に重なるかどうかはわかりませんが、後者を「治る」の代替指標にしてもいいくらいです。(こう考えると、「治ったか?」を他人に評価してもらう必要ありません)

大久保さんの講演では、「何のために治すのか、治った後どうするのか」という問いかけがありましたけど、これはまた別の要素が入っているので、改めて考察します。

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ブルー

yasuさん

そういえば、私が凄くお世話になった自然療法の先生は

「発達障害うんぬんではなく、まずはブルーさんを生きやすくする」

ということを、初対面の日に仰いました。

振り返ると私も、花風社を知った初期の段階では「今までいろいろやってきたが、ここらで完全に治してしまおう」と思いました。確かにその後、出生時の損傷とかは「治そう」と思っていました。

しかしさらにその後、発達援助が主体になってくると「生きやすくしよう」「発達させよう」「整えよう」がメインコンセプトになっていったように思います。より全体的な単語を使うようになっていった感じです。

余談ですが、自分に対して取り組む成人当事者が実感によって辿り着く帰結はなんといっても「整えよう」ですね。立ち直っていった成人当事者は往々にして「整えるマニア」になります。「とっちらかっていた」時代が長いもので。そして整えると快適なもので、ヤミツキになっちまうのです。

というわけで話を戻しますと

>「治る」と「生きやすくなる」は密接に関係していることは確かで、完全に重なるかどうかはわかりませんが、後者を「治る」の代替指標にしてもいいくらいです。(こう考えると、「治ったか?」を他人に評価してもらう必要ありません)

→私の感覚ですと「生きやすくなる」が「治る」の目的語になります。完全に重なる・・・というか、「生きやすくなる」は「治る」を包含しますね。あくまでも私の場合ですが「生きやすくなる」の方が範囲が大きいです。

さらに余談ですが。

凸を活かす・ギフトを活かすといった類の話も「生きやすくなる」につながっています。どうしてもこの手の話は、他人からは「ハイパフォーマンスでドヤァ」に聞こえてしまうのですが、当人は力感なくスムーズに結果を出しています。つまり当人にとっては「至極当たり前で、平穏無事」な主観世界です。つまりはこれも生きやすさということになります。

「生きやすさ」と「治る」につきまして、私の場合に限定しますとこのような体験世界です。

何かのご参考に、少しでもなれば幸いです。宜しくお願い致します。

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yasu

ブルーさん
コメントありがとうございます。

「治る」は、発達障害の診断基準にひっかかり(グレーを含む)、発達支援の対象となっていたものがそうでなくなること、のイメージです。診断基準が厳密に適応されていないじゃないかという問題はありますが、DSM-Vを含めて特性の把握については、それなりによくできており、きちんと使用されれば有用なツールであると思っています。

一方、「生きやすさ」というのは、一般的には発達障害以外で使われる言葉で、どちらかというと自分自身で工夫したり努力したりして獲得、形成していくものであるというイメージがあります。

私は、発達障害の場合は、世間では障害があるが故に生きやすさの足を引っ張っているイメージがあって、なんとなく「治る」→「生きやすくなる」のようなステップがあるよう感じがあります。

「生きやすくなる」ために「治る」のですから、家庭や個人では「生きやすさ」を指標にするのがよいのかもしれません(というか、その方がたぶんやりやすいでしょう)。

凸を活かす話については、凸の部分をご本人や家族がどう認識するのかに依るようにも思います。「自分にはこれしかない」のように強く思い込んでしまうと(画面最大化現象)、結果的に自分で自分の首を絞めてしまうことになりかねないですね。

余談ですが、診断基準については、単にツールなのだからその時点の状態で基準に照らして外れるのであれば機械的に診断を外せばよいと思うのですけど、あまりそういう運用がなされていないのが問題ですね。まあそもそもきちんとチェックシート使って診断しているわけではなく、保育園や学校から診察受けるように言われ、特別支援を受けるためのハンコとして診断が下りるような実態があるので、そもそも基準に基づいた使い方されていないというところが問題のように思います。

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ブルー

yasuさん

ご返信をありがとうございました。主だった項目ごとにご返信をさせて頂いております。

>「治る」は、発達障害の診断基準にひっかかり(グレーを含む)、発達支援の対象となっていたものがそうでなくなること、のイメージです。

→はい、私も似たような感じです。困り事がなくなるプロセスです。

>なんとなく「治る」→「生きやすくなる」のようなステップがあるような感じ

→そうですね、私もそのステップを踏んできたような気がします。

>「生きやすくなる」ために「治る」のですから、家庭や個人では「生きやすさ」を指標にするのがよいのかもしれません(というか、その方がたぶんやりやすいでしょう)。

→そうですね、その方がやりやすいです。生きやすさにフォーカスすると、視点が全人的になります。必然的に土台にもフォーカスされますから、結果として治すべきものは治ります。

>「自分にはこれしかない」のように強く思い込んでしまうと(画面最大化現象)、結果的に自分で自分の首を絞めてしまうことになりかねないですね。

→これはアウトですが、でもあるあるです。これがあるあるということも知っておかなくてはなりませんね。

既にこの件は長沼先生なり、先日の連載に登場した偉人なりが既に人類の普遍的帰結に到達しているので、どこがどうアウトで、ではどうすれば良いかといった話はここでは省略します。

>その時点の状態で基準に照らして外れるのであれば機械的に診断を外せばよい

→私もそう思いますが、仰る通り日本ではそういう運用はされていないでしょうね。本人の困り事がなくなった時点でもう外せば良いと思うのですが。

私の場合は面倒になって手帳を返納してしまいましたが。

宜しくお願い致します。

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yasu

ブルーさん

診断については本当に不思議で、同一のドクターが診ても診断取り下げるというのは無いようですね。教科書に「発達障害は治らない」と書いてあるので、「治った」と書くと最初のは誤診だったと捉えられてしまうのがイヤなのかもしれないですね。診断書は公的書類ですので、万が一裁判を起こされたときに誤診認定の材料にされるのを恐れているのかもしれないと推察します。

でも、手帳の返納、特別支援教室の退籍(行政から退籍理由を記した書面が発行されます)は明確なシグナルですので、実生活上はこれで充分かもしれません。

本人の困りごとが無くなった時点で外すのは賛成です(そもそも本人が困っていなければ診断は受ける必要が無いとされていますし)。学校に入学したり就職したりする際には、社会生活(=他人との関わり)に支障が無いかも問われるので、社会生活面で特段問題が無い旨を明示できるツールは、本人のためにはあった方がよいかもしれません。

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ヨヨ子

https://www.take-care-covid-19.jp/images/pdf/VAC-MOD_HP_11a.pdf

智ママさんの投稿で思い出した、モデルナ製💉の説明書きです。
モデルナ筋注は最近スパイクバックスに名前が変わりました。
そして、実験数が多くなったせいか、どんな人が接種注意な人なのかも分かってきたみたいです。
心臓や腎臓や肝臓や血液のビョーキの人は接種注意なんだそうです。
特に子供は二重に接種注意。
コミナティやノババックスも似たようなシロモノなので多分同じでしょう。
難病の子供に打ったら✖︎んでもおかしくない気がします。

しかし文句は言えません。
だって、この情報はネットで普通に見ることができるから。
つまり打ち手側や製薬会社からすれば、「情報隠蔽はして無いでしょ?」な訳です。

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ヨヨ子

https://www.mhlw.go.jp/content/11123000/000930649.pdf

ノババックスも心臓肝臓腎臓にビョーキある人は接種要注意者らしいです。

これも打っちゃった人、なんも文句言えないですね。
だって、誰でも調べられるように公開されてるんですもの。

コロコロ💉の厄介なところは、副作用や接種注意条件を調べようと思えば誰でも調べられるところです。
だから同調圧力や親に打たれても何も言えない。言うのは自由だけど、「情報、ネットにあるじゃん」で終了〜〜〜!

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智ママ

ヨヨ子さん
情報弱者・思考弱者は真っ先に何も知らずにワクチン接種して死亡するか、死亡しやすくなる病気にかかるかして、いずれ天寿を全うできないことになるようですね。
思考の麻痺状態で情報に流されるままにうっかり打ったら、『ハイ、終わり!一丁上がり!』なわけですね。

何とも、コメントしづらい悲惨な結果が、顕わになってきたようです。
こび◯◯の人たちも、旗色が悪くなると見ると、逃げの発信をし始めましたしね。
国全体でわかっていてやらせた『ヤラセ注射』で、これからいったい何人の人が亡くなっていくのか、見当もつきません。
悲惨なことになりそうです。

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ヨヨ子

朗報と悲報です。
ほんの少しだけ智ママさんの投稿と被ります。

我が勤め先のクリニックでは、💉3回目接種希望患者が思いの外少なく、残った💉を廃棄することも。というわけで、今予約入ってる人たちが終わったら、💉から手を引く話が出始めました。A級戦犯にならないで済みそうです。我が勤め先では15歳以下への💉もしてませんしね。
引き際を知らない院長の下で働く医療従事者達はA級戦犯間違いなし。マジドンマイ誰もが石井四郎になれると思うなよリメンバースガモプリズン。

でも、老人ホームや施設から依頼されたら💉打つそうです。同じ老人や障害者でも、施設の外なら💉から逃げられる。が、そうで無い場合は…

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