「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

雑談のお部屋

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3,039 COMMENTS

シア

「コレをすると気分がいいな」と言う行動が誰しもあるものです。
私は机の上を台拭きで拭うとスッキリするんです。
埃を拭って冷たい水で絞って揉みだし再度拭くこともあります。
まぁだいたい一回で勝負がつくことが多いでしょう。
どうして気持ちがよくなるのかはいろいろあるんでしょうけどそういうさまざまな良好な刺激を合わせれば「運気がよくなる」のは当然に思えます。
『感覚スイッチ』と言いそのような自分の気分を変えてくれるスイッチをそのように表現するのですがそれぞれに自分に合った「感覚を変えるスイッチ」を健康な人は知らずに行う習慣がついているようです。
「コレをしたら気分がいいぞ」と言う行動を覚えておいて(病気のある人は記録まで取ると確実)その都度繰り返し習慣にしてしまうといいのです。

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シア

こんにちは。
「あり得ない不安」と言うのが自分自身以前はかなり強かったのです。
これを薄めていきたいと考えてきました。
不安症と言うのは「打ち消そう」と考えるだけでは消えないくらい結構強力なものだと知ったんですね。
ただ『人間は同時に相反する二つの感情を持てない』と言うことも学習したことがあったので思案していました。
そして気づいたのは「あり得ない不安」の反対とは何か?と言うこと。
楽観的だと思いますがそれは『何でも自分に都合のいいように受け取る・解釈する』と言うことだと気付いたんです。
それで「あり得ない不安」が生じそうになったり生じたら『何でも自分に都合のいいように受け取り解釈しよう』と考え置き換えることにしたんです。
これは非常に効果が大きく正に自分に都合のいいような方法でした。
またこの習慣を続けていくにしたがって『人間は自分が思っているような人間になっていく』と言う多少強引ですが性格とかそう言うのはそう言うものだと判ってきたんです。
これは自分で納得して腹落ちすると効きますね。
どんな方法でも自分で納得してやってみようと思って試すと状況が変わってくれることが多いのです。
そういう意味で落ち込むことを止めて攻めの姿勢で取り組んだ方が発達に寄与すると思うんですね。
「自分で自分の状況を変えられた」と気づくとある意味調子もついてきます。

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シア

こんにちは。
日本が変われなくなったのは発達障害の処遇に失敗したからだと思います。
30年間進歩が無いと言うのは30年間変われなかったからでそれは何故かと言うと定型発達(従来型)の社会を保守メンテナンスしてきているからです。
バブル時代に日本は絶頂に来ましたが…その後進化を止めてしまった。
発達障害は治すものでなく生かすものなのです。
でもライバルに虐められて武器を捨ててしまっている人が多い。
学校でいじめられたから?それと言うのは従来型の相手にとってニュータイプが脅威であるからハブられたのです。
人間は進化している限りニュータイプがでてきて多様性が担保される。
定型発達者だけでは従来型の社会にしかなりません。
その都度発達障碍者が現れてそのギフトによって社会に変化をもたらさなかったら社会は進歩しません。
日本は発達障害の活かし方に失敗してしまった。
ギフトであるはずのものを「障害」と認定してしまったために「変わり者」を障碍者としてしまったために「変化そのもの」ができなくなってしまった。
発達障害と言うものを活かすには『体力』を取り戻すだけでいい。
社長はきっとそれが分かっていたのです。
しかし最近の『治る』界隈でも定型発達者を目指したり「普通」になることを推奨する人もいる。
ハッキリ治る界隈でもそれでは意味がないのですよ。
お座敷芸ができる子どもが成長して社会を少しずつ変えてくれなければ国際競争に負けてしまう…それを体現したのが今の日本です。
そうなったのは従来型の人が発達障害をピックアップする一方で活かすことを妨げる体制を作ってしまったから。
変わっていることを是としないかぎり世の中が変わることはありません。
海外では発達障害=ギフトと言われます。
それが正しいのだが日本では保守メンテナンスを重んじるあまり障害認定されてしまう。
何度も言いますがそれではバブル期から変わることが無いのは当然なのです。
親御さんも力を持ちすぎている。
親御さんがお子さんを普通の治った人に替えてしまったら前世代から何も変わりませんよ?
それでは社会が変化せずその結果この国は進歩せずその結果国際競争で敗けてしまう。
私も間違っていたと思うのは「ああしろこうしろ」若い世代にモノを申してきたことです。
はっきり老害であり若年寄であったと反省しています。
定型発達者の人は潜在的にニュータイプもライバルなのでその武器を奪いに来てしまいますからそれもいじめや排除につながっていきます。
しかし「普通」だけでよく「定型発達」だけでよいなら原始時代に戻ったらいいと言う話になってしまうのです。
世の中の生きづらさと言うのはそういう「閉塞感」であり自由自由とは言いながら「かわったことはさせん」と言うダブルバインドが存在しています。
その正体が何なのか今考えています。

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シア

こんにちは。

中学校の頃通塾で通っていた駅を通りかかりつい懐かしくなって下車してしまいました。
まったく街並みは変わってしまって塾があった場所もどこがどこやらわからなくなってしまっていました。

かかりつけの病院の多くも既に建て替えられてしまってもう散逸し…梅ヶ丘病院など敷地が残るだけです。
斎藤茂吉の歌碑があるようで

http://www.tokyo-rehabili.jp/Company/history.html

青山脳病院などどこにあったのか調べないと判りませんね。

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智ママ

女性コメディアン同士でのSNSトラブルの一件に対しての、世間の皆様のコメントを見ていて思ったのですが、書きます。

元々、被虐待児で養護施設で18歳まで育ち、自衛隊に入隊経験のある女性コメディアンのオリンピック選手に関しての励ましコメントに、
経営者の両親がいて、アメリカ育ちの、相手に馴れ馴れしくタメ口で口を利きに行くのが芸風(?)の女性コメディアンが「貴女は死んでくださーい」とふざけてSNSで書いたことにより炎上して、タメ口芸風の女性コメディアンのCMが放映中止になったり、メインでのラジオ番組がOA中止になったり。と、仕事の上で大きな支障をきたしている現象がおきています。

そして、タメ口芸風女性コメディアンの擁護意見として『彼女は発達障害だから、ある程度の無礼はしかたない』という論調の一般人からの書き込みがSNSにあり、それに対して本物の発達障害者が『人に対して「死んでくださーい」と平気で書ける性格の悪い人と、私たち発達障害者とを一緒にされては困る!』『私たちはイジメを平気でできる彼女とは違う!』と主張して、その擁護意見はなくなったのですが。

それらのやりとりを数日間にかけて見ていて、半分当事者、半分当事者の親でもある私としては、
「うわ…発達障害って、社会で本当に嫌われてるのね。これは、治ったほうが、絶対いいわ…」
と思ったことでした。

息子を見ていると
『手間は多少かかるけれど、見ていても見ていなくても、決して手を抜かず、真面目に作業に取り組む、いい子』
と小学校で満たされていて、低筋力など能力が低くても、頑張って向上を目指して、訓練を続けるひたむきな姿に、普通級の子もバカにせずに「頑張ってるやん!」と高評価を受けているのですが、

世間一般においては「発達障害=常識がない=わきまえておくべき部分が欠落している」いじめ首謀者のサイコパスと≒(Nearly equal、日本語で言う『ほぼ同義』)とみなされていて、面倒くさい手のかかる対象や、心持ちの悪いサイコパス、いじめを平気でふざけてやれる人格破綻者、それらのネガティブイメージがまるごと混和されて「発達障害」の一言で表現され、加害者の擁護に使われていたことに、一瞬息を呑みました。

厳しいですが、「あれも世間の一般イメージの1つの発露かもしれないな。」と思って、治ることを続けるようにしよう、と気持ちを新たにしたことでした。

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浅見淳子

智ママさん

私は件の芸人さんたちも、なぜ事件と発達障害が結び付けられているかもわからなかったので、智ママさんの書き込みで概要を知ることができました。ありがとうございます。元自衛隊員の芸人さんについては、母の家にいたときテレビに出てきて、母の語り口によると好意を持っている感じでした。まあ普通に感じのいい方みたいですね。
発達障害が取りざたされているのは知っていたのですが、文脈はわかりませんでした。なるほど。そういうことだったのですね。ある意味、困ってる困ってる、とギョーカイ上げて啓発()をしてきたので、それが実ったのでしょう(笑)。そして滋賀の女装の人とか見る限り、異様な人格である人が混ざっていて、しかもそれで迷惑をかけてくることもまた事実ではないでしょうか。治ったほうがいいですね。

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智ママ

浅見社長
お返事ありがとうございます。

20年前、発達障害の啓発が華やかなりし時に、某巨大掲示板で『〇〇(ハンドルネーム)はアスペ』と書いて、気に入らないSNS相手や現実生活で手を焼かされた昭和的な気が聞かない社員やバイトスタッフを、そのような表現で、『だからあいつは関わるだけムダな障害者』と、誹謗中傷して貶めることが流行りました。
それが一般社会にも広まって、某掲示板よりも利用者の多いイーロン・マスクさんのSNSでも同じように表現するようになったようです。

それだけ、一般社会にとっては、発達障害は、障害特性を錦の御旗にして、自らは努力せず、社会に歩み寄ろうともせず、受益権だけ主張して、責任や改善の努力は『私、障害者だから』といって逃げ出すという、社会インフラや、一般人の福祉的な気持ちをを食い荒らすツマグロヨコバイ(稲の汁を吸って病気を移してだめにする、ウンカ系の害虫)のような対象として、みなされているようです。

結果、それが拡大解釈されて、
難治性の重篤な凶暴な症状を持つ精神科患者に、リスパダールを出すために、発達障害と統合失調症の枠に患者をラベリングしてしまうのと全く同じ構造で、
手のかかる障害者と育ちの悪さからくる常識知らずの健常人、いじめで息抜きをしないと死んでしまう人格障害者、平気で人を痛めつけて楽しむサイコパスと、社会に不適応として締め出したい厄介者全部が、『あいつは発達障害』『いや、彼は発達障害だから私達が我慢して多めに見てあげて』と言う論法で受け入れさせられ、我慢を強いられる対象!という扱いになり、
その結果、更に忌み嫌われています。
(発達障害は機能的な障害だから治らない、社会が歩み寄らないと!の啓発の成功。今は社会の各人にゆとりが無くなってきているので、煙たがられて遠巻きにされる)

その構造を「偏見だ!」と発達を治る訓練も、社会に馴染む努力もしたくなくて、既得権益を受益したい治らない派の発達障害者は声を上げて講義しますが、それは社会の厚意を貪ってきた先輩からの自業自得が、発達障害を改善しようとしとり、社会に馴染む努力をしようとしない後輩たちに降ってきただけではないかと捉えています。

発達障害を表向きの看板にすると、それだけのデメリットがあると一般の人にわかってきたことは、「このままじゃいけない!なんとか治らなきゃ!」と『発達を治すための努力をして、改善する』人が増えることに繋がるといいなと思います。

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シア

社長
智ママさん

こんにちは。
Fちゃんと言われる芸人さんはアメリカで育ったとか。
アメリカに限らず日本でも子供に目をかけない親さん増えています。
「インターネットマザー」と言われ赤ちゃんをよそにスマホを見ていて顔を合わせることがなかったり心情的なネグレクトと言うのが増えているんですね。
アメリカでは早くからそれを見つけていくけど日本はまだ遅れています。

大きな病院で自閉症を疑った親御さんが待合でスマホをいじっていてお子さんの表情が死んでいたりするのがばっちりスタッフに見られていて指導を受けていることもあります。
年をとった先生はとても怒ったりしてお母さんをしかりつけたりしたものですが今の先生はあまり強く言いません。

アメリカだったら酷く怒鳴られたりするみたい。
私も東京で外国人に怒鳴られたことがあります。
ぼんやり歩いていて注意されたのですが海外では遠慮なくそういう注意喚起はされますが現在の日本ってあまり他人に感情的に干渉しないことが増えていますよね。
それが冷蔵庫マザーみたいな子供に関心を向けない人を増やしてもいるでしょう。

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