「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

我が家の治った自慢

発達障害の診断がついたり、グレーゾーンと疑われたお子さんだけど

・こんな風に治ったよ
・こんなことしたら治ったよ

というエピソードをどんどんお寄せください!

865 COMMENTS

智ママ

N◯Kの7時からのニュースを観ていて、息子が、
「カズわんってお船、しずんだの?どうして、しずんだの?」と、ニュース内容について、一緒に観ていた母親に確認と質問をしました。

多発奇形で生まれてきたのに、TVのニュースを理解して、母親にニュース内容について質問できた事例は、初めてだと思います。

私はびっくりしましたが、
「お船が沈んだニュースより、もっと放送しないといけないニュースがあるのに、例えば、コロナ対策費の16兆円の使いみちの細かい内容報告とかね。なのに、カズわんの、お船のニュースだけで誤魔化しているから、お母さんは、N◯KのTVに、プンプンです!」
と息子に説明して「ふうん」と納得させた母親の私も、羊系の視聴者からは遠くに来てしまっていたようです。

いちおう、記憶から消えないうちに、ここに報告しておきます。

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智ママ

夫「僕との会話の中では、息子はちっともそんな知的な話題を振らないんだよ。知的な会話ができるような子になるように、と、せっかく『智』の字を名前につけたのに」
私「うーん、父親から疎まれたら困るから、たぶん父親には、純粋無垢路線で行こうとしてたんじゃないかなあ」
私「母親とは、普段どおりでいいから、無理して隠さない、とか」
夫「案外、策略家に育ってるな・・・」
深読みのしすぎかもしれませんが、私よりも親バカ路線が強い夫は、まんざらでもなさそうでした。

本当のところは、わかりませんが。父親も、息子から、知的な会話を振ってほしいみたいです。

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yasu

先日、小5娘の林間学校(1泊2日)があり、無事に終了しました。

昨年度はコロナ禍で中止でしたが、今年度は開催されて予定通りに全ての行事を行ったとのことでした。マスク着用や食堂でのアクリル板設置など、問題が無くはなかったですがまずは敢行してくれた学校には感謝します。子どもも楽しみにしていたので。

林間学校の内容はびっくりするくらい盛りだくさんで、自分たちで昼食作り、牧場の見学、キャンプファイヤー、高原へハイキングと、自分が小学生の時はグラウンドでひたすらソフトボールだったのとは雲泥の差でしたね(笑)。

昨年、まだ通級に席があった頃に先生が、林間学校がひとつの鬼門だといった話をされていました。確かに事前の準備で班決め、部屋割り、係決め、活動予定作りがあり、1泊2日で集団行動になるわけですからこれは理解できます。SSTでも林間学校対策となるのかもしれません。

ただ班割りや係決めでワガママを言ったり対立したりというのがごく普通にあるんで、そんなときに「お友達に譲りましょう」とかいい子モードのことを教えているとするとちょっと問題かなとは思います。かと言って、自分の意思を主張し続けろとか武力行使もやむを得ないとかを教えているとは思えず、結局支援で教えているようなSSTなんて実戦で役に立たないってことを身を持って体験するだけの機会なのかもしれません。

支援教育で、林間学校をSSTのひとつの目標にしているのか、あるいは評価対象にしているのかはわかりませんが、わかりやすいアセスメントや目標として林間学校は使えると思った次第です。

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ふうこ

6歳長男、支援学校1年生(軽度知的障害、田中ビネーDQ24)の長男を育てています。自慢できそうな出来事があったので報告します。

先日、支援学校の担任から

長男君と1ヶ月過ごして物事を吸収しようとする向上心と柔軟に対応する力、素直さがよくわかりました。

との報告をもらいました。

1年生なので歯科検診や心臓検診など立て続いているようですがどれも落ち着いてこなせているらしいです。

家でも素直で育てやすい長男、きっともっと変わると思っています。

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智ママ

眼科の受診で、大学病院に行きました。

息子は小3ということで、ランドルト環を持たされてカードを見せられて「どっち?」の声で輪っかの切れ目に合わせてランドルト環の切れ目を同じように傾ける、という形で視力検査ができるようになっていました。
瞳孔を開くための点眼も、前回と違って、全く泣かずにできました。

これだけでも、母親は、表情は無表情ながらも、嬉しさでうっすら涙目だったのですが、瞳孔内を観察するために、機械出写真を取る段になって、急に怖くなった息子から抵抗されてあえなく撃沈しました。

眼科医「矯正視力は0.4と0.02です。以前より上がってます。息子くんの右目はほとんど使えないので、左目だけは何があってもケガしないように死守してください。」
「以前よりまた言葉が増えているので、息子くんはまだ神経が発達して視力が出る可能性が高いです。このまま、眼鏡をかけて矯正しながらいってみましょう。」

入室の際にはノックして「失礼しまーす」で、
検査時はグズらず静かにしていて、
眼底検査も普通にこなして、
診察の一連の流れが終わると「ありがとうございました」と先生方に頭を下げる多発奇形に、
「そこらの子ぉより、息子くんの方が、よっぽどしっかりしてるで!ハンディある子とは、思われへんわ!」
と、また驚かされたロービジョン(弱視・斜視外来)担当の眼科医二人でした。

私は息子の矯正視力が上がっていたので嬉しいですが、眼科医からまた発達が進んでいると指摘されたのも嬉しかったです。

以上で報告を終わります。

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智ママ

3歳時は矯正視力0.1程度だったのが、5年で矯正視力0.4まで回復しました。

息子の矯正視力葉百貨店には売ってないので、大変嬉しいです。

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たにし

10年前の今日、平成24年5月17日は、息子に診断が下った日です。

10年って、あっという間。

正直あの時、当時2歳の息子の人生は、この先真っ暗で、我々家族は、これから地獄の日々だと思いました。

大人になって初めて親の前で泣きました。

涙を流す妻にも「協力していこう」としか言えず、自分の無力さを痛感。

医師には、三つ組の障害だとかなんとか言われ、地元有名支援者には、あらゆるところが普通の子より劣っているとのレッテル貼り。

じゃあどうすればいいのか、その答えはなく、しばらくは右往左往して、情報を求めてさまよってました。

どんなスポーツをさせようか、家族でどこに遊びにいこうか、息子が生まれた頃に抱いていた楽しみは霧散。。。

楽しみどころか、昼夜問わず暴れる息子に翻弄される毎日。

しかし救いの神は現れました。

心ある、かつ、知見を持った方々との出会いにより、息子は快進撃を開始。

社会の力にも助けられました。
何度も書きますが、社会の力の原資は、みなさんが働いて納めた税金です。

昔、数多くあった困り事は全て治り、今は毎晩9時に寝て、朝6時に起きる規則正しい生活。
食べることが大好きな健康体。
喘息も治りました。
学校に意気揚々と通い、ほぼほぼ皆勤賞。
宿題は自ら始め、欠かしたことはありません。
朝、晩には自ら進んでドリルの問題を解くのが日課です。

児童クラブや放デイも楽しみにしていて、お友達やスタッフの方にも大事にしてもらっています。
スイミングも頑張ってます。
ブレードボードと自転車が大好き。
週末の親御ライドを楽しんでます。

家族仲良しで、お手伝いも自ら。

日々楽しく幸せそう。

今思えば分岐点がありました。

◉愚痴や不満を言い合う環境とは別れ、群れずにコツコツと努力。
◉社会が変わることを切望するのではなく、自らが行動。
◉薬に頼るのではなく、身体・栄養アプローチで、身体と心を土台から整える。

花風社さん・浅見さんとの出会いは、平成28年6月。
この出会いから、これらの考えにシフトしていき、息子の快進撃が加速しました。

快進撃に科学的エビデンスはありませんが、このように、エピソードはたくさんあります。

直接・間接的にお世話になっている皆様方、本当にありがとうございます。

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智ママ

たにしさん
『コツコツやれば、きっと良くなる。たにしさんのお宅みたいに。』と思える事例を挙げていただいて感謝しています。
たにしジュニアさんの成長ぶりは、希望になります。
ありがとうございます。

うちの子は小学3年生になりました。
もう小さい子扱いは、おかしい年頃です。
12歳までにどれだけ伸ばせるかで、その後が違ってくると思うので、私もコツコツ頑張ろうと思います。

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たにし

智ママさん
ありがとうございます。
こちらも智くんの発達ぶりに元気をいただいています。
今後とも盛り上がっていきましょうね。

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智ママ

土曜日に、昔、二年間だけお世話になった療育園に(獅子の谷落としをする園長がいる)、息子のその後を報告するのに顔を出しに行ってきました。

もう古参の事務員のお姉さんと、数人の保育士しか、その園にはいなくなってしまっていましたが、「あらー、智ちゃん!」と来訪を喜んでくれました。
息子に話をさせて、息子に答えやすい具体的な質問をして、帰ってくる返事や、息子の話題の振り方を細かく観ているようでしたが、
「前来たときは一語文で応答してたのが、三語文になってる。小学校でも、進歩するんやねー(感心)」
という、ロザンの宇治原の「ふーん。ま、まあまあやね」のような見下げ芸っぽい返答が帰ってきました。

「お母さんたち!小学校に入ったら、びっくりするほど伸ばさないからね!」
「今!いま伸ばしておくしか、ないんよ!呆れて怒りたくなるほど、小学校は、一切伸ばさへんからね!」
と、『あるがまま』スタイルで『自己肯定感を大事にする』をお題目にする普通小学校・支援初等部の方針をばっちり仄めかせて、発達のお子さんを、自分の療育園に、週6で、ひたすら休まず・通わせるように説いていた園長先生でしたので、
保育士の先生の「ふーん、小学校でも、進歩するんやねー(一番伸ばすのは、うちらの療育園やけど!えっへん!)」の言葉は、先生方からお褒めに預かったことと同義なので、まあ、よかったかな??といったところでした。
(非常にプライドの高い地域にある場所で、30年続いた古参の療育園で、『市内で一番伸ばすのはウチや!』という自負がある、一種独特の体質がある療育園なのです)

療育園で『緩すぎる』とされる、小学校の支援育成教育の中でも、身体に注目して、手を使わないで階段登り降りをさせたり、トランポリンを飛ばせたり、OT/PTの体幹を使ったトレーニングをさせたりすることで、使う単語数と文の構造が増えて、7歳の7月で、またしても心理検査で中度判定を取れるぐらいまで伸びることができ、実質的に小学校卒業見込みまでいくということには、いちおう「おおー」という反応でした。

園長の息子の進学に関しての見込みと、保育士の卒園時の息子に関しての見込み(低学年のときだけ育成級で、高学年までには、重度判定に転落するから、それまでには支援学校に移籍しているだろうな、という予想)は、またしても、完全に外れてしまったわけですが、そのことについては、何も言葉はありませんでした。
表面は穏やかに話をしましたが、「先生。予想、全部外れましたよね?」と言うたら当地では非常に角が立ちますので、あえて言わずに帰りました。

帰りがけに朝マックして、近くにある動物園までバスに乗って移動し、歩いていきました。
今までは獣の臭いがすると「くさい」と言って嫌がっていたのが(嗅覚過敏)、いつの間にか獣臭が大丈夫になってきていて、
「ぞうさん!」「おさるさん!」「ペンギン!」「キリンさん!」「シマウマさん!」「フラミンゴ!」と大喜びで観ていました。

春も終わりだからか、各動物の雄が、繁殖行為にやる気満々で、フラミンゴに至っては、息子の目の前で交尾して、恋敵から嘴で突かれて追い払われては、また雄が雌に近づいて交尾の続きを始める、といったありさまで、当地のおばさま方は子ども達の手前、目の前で繰り広げられる動物の一形態に、顔を赤らめて「いや〜、・・・・がんばってはりますな」「お熱いことで」と茶々を入れていました。
シマウマは、雄が無理くりにしつこく迫るので、雌から「ブホ〜〜〜〜!!」と吠えられて、叱られていました。

息子の進歩も嬉しいおまけについてきた、療育園へのお礼参りと、そのついでの動物園の散策でした。

7歳でも、8歳でも、発達は進歩します。
そのことがよくわかった、土曜日の昼下がりでした。

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あっちゃん

初めまして。初めてこちらに書き込みます。
3歳半の娘が完治しました。

栄養療法、電磁波対策、カイロプラクターによる原子反射トレーニングなど色々試しましたが
オステオパシーと舌癒着症手術(ADEL)が大きく効果を上げたと思います。
栄養と電磁波対策は家でもできるので今後も続けていきます。

●オステオパシーで体の緊張や組織のズレを治療し、乳児期に取りこぼした動きを自ら獲得していきました。
日本では法の整備がされていないため、施術者によってかなり差が出ます。
海外でDO資格を取られた先生や、日本オステオパシー学会員MRO(J)の方などから小児対応できる先生を探すことをお勧めします。

●舌癒着症手術(ADEL)で呼吸が劇的に改善し、そこから全身の様々な症状に変化で出てきます。
歯科で行われている舌小帯のみを切除する手術ではなく、その奥の舌筋の一部まで切る手術です。
過去に医学界で舌小帯切除の是非をめぐる論争があり、小児学会が否定したため2000年頃に教科書から消されてしまいました。
そのため医師の中で賛否が分かれており、若い世代には存在自体知られていないそうです。
これまで数万人が受け、草の根的に広がった手術です。

次女は病院で診断されたわけではないですが、乳児期から強い違和感がありました。
3学年上の長女が自閉でしたので早くに気づきました。

4~5か月ごろから急に青白くなり、日中もほとんど動かずぼんやりしていた
食が細く、頻繁に嘔吐
頻繁に胃腸炎や便秘下痢
筋緊張が弱い子特有の動き
反り返りや癖の強い粗大運動(固いのにグニャグニャ)
1人座り1歳、歩行2歳
寝つきの悪さと激しい夜泣き
ヒステリックで臆病、過敏

などなど、1歳の頃に療育センターに相談しましたが様子見でした。
障害の傾向がはっきりするのを待ってるのかなと思いました。
わざわざ病院で診断受けるまでもなく、明らかに福祉療育コースの子でした。

これまでの経緯
2019年
長女が3歳の頃、藤川徳美先生の栄養療法に出会い、実践して一定の効果を上げるものの途中で頭打ち感がありました。
その後花風社さんの本に出会い、体へのアプローチを手探りしていました。
0歳だった次女にもできる範囲で栄養やマッサージなど試すも惨敗。

花風社さんの本は発達改善の大まかな方向を掴むのにこれ以上ないほどの良著ばかりですが、
すんなり読めるように書かれている分、実践しようとすると分からないことが多く、
手のかかる子を相手に素人の手探りではとても労力が要りました。
これで合ってるかな?どのくらい時間がかかるのかな?と
違和感を抱えたままどんどん成長していく子を前に焦りや先の見えない苦しさがありました。

解剖や生理について調べたり、感覚統合やブレインバランスプログラム、
こちらの掲示板で知った長尾まさ子さんの「しあわせの道しるべ」など読みました。
いずれもとても勉強になりましたが根本改善するには先が見えず。

2020年
発達障害の子供の施術をしているカイロプラクティックの先生を探し相談しました。
そこで一次呼吸というのを知りました。(頭蓋骨が閉じたり開いたりすることで脊髄液を循環させる非常に微細な動き)
長女はその動きが非常に固く、ほとんど動いていなかったそうです。
頭蓋骨の緊張を緩め、第一頸椎のズレの調整をする施術を受けました。

並行して、原子反射トレーニングの指導をしている別のカイロプラクティックの先生を見つけ相談しました。
(花風社さんの「人間脳を育てる」をHP内で紹介されてました)
原子反射を解消させるマッサージや運動を指導していただきました。

どちらの先生の治療も一定の効果を上げましたが、やはり途中で頭打ちになりました。
経済的にも負担が大きいので半年ほどで治療を止めました。
次女2歳目前になっても立てず。

調べる内、オステオパシーと出会いました。
次女と同じ月齢で立てなかったお子様の改善症例と詳細な解説が紹介されていたのですが
体のメカニズム的な視点から治療をするカイロや整体等とは違った
生命の息吹や人間の精神性までケアする考え方に惹かれました。
花風社さんの体を緩ませる、自然の中で育つという考え方ともリンクします。

たまたま小児オステオパシーの専門の先生を見つけられ、見ていただきました。
施術は月に1回、頭部や背中に手を添えるだけであっけなく終わるのですが
じわじわと体の動きが変化していき、次女2歳ちょうどで立つことができるようになりました。
長女も今までできなかった動きをじわっと獲得していきました。
体がしっかりして、二人とも顔つきが変わってきました。

2021年
次女幼稚園の2歳児クラスを断られ、療育センターと連携しながら保育園にはいりました。
年長の長女は集団行動についていくのが難しいので、支援級に入る手続きをしました。
オステオパシーを続けながら二人とも1年でかなりの改善が見られました。

アーシングの気持ちよさを知って電磁波対策をするようになりました。
以降、夜は冷蔵庫以外のブレーカーを落としてから寝ます。
体の芯がじわっと暖かくなり、血が巡って緊張がほぐれるのが分かります。
特にWi-Fiの電源を落とすと体が楽になります。
お金も労力もかからず簡単に緩みます。

2022年
次女が保育園では問題ないと言われるまで変わり(この時点で奇跡のようです)
オステオパシーでも次女の方は治療がほとんど終わっていると言われましたが
家ではひどい癇癪や突発的に暴れる、激しい夜泣きなどに手を焼いていました。
長女も改善の変化が鈍化していました。
体の奥の方にある何か決め手のような、発達問題の一番の根っこのようなものが残っている感じでした。

以前オステオパシーの先生に次女の舌小帯短縮症について「舌が動かないと呼吸がしずらい」と言われていたのを思い出し
手術をしている病院を探しました。
舌小帯短縮症手術は局部麻酔だと割とどこの歯科でもやっているのですが、
全身麻酔で子どもの手術をしているところは非常に少ないです。

調べていく内に舌小帯短縮症とは似て非なる舌癒着症をいうのを知り、
呼吸の改善というところに惹かれて受診しました。
授乳に困難のあるママや顎関節症の方などが助産師さんや歯科で紹介されて来られることが多いようです。

人間の体は進化の過程でいくつもバグが残っておりますが、
先生によると舌の位置もそれだそうで、
9割の人が舌の位置が偏位しており、その4人に一人が呼吸に難が出るほど重度なんだそうです。
長女も次女も重度でした。
障害がある子の場合、重度のケースが多いそうです。
母乳の出が悪い、乳腺炎、頻回授乳、疲れて眠ってしまうなど
授乳の困難も多くは子供の舌に原因があるそうです。

手術後、次女の丸まりがちだった腰がしっかりして動きの違和感がなくなり、会話も急に豊かになりました。
これまで青白く縦長だった顔は、血色がよくハリが出てふんわり丸い印象に変わりました。
金切り声でひっくり返っていたのが、泣いてもマイルドなよく通る声になりました。
舌や顎は今まで動かしずらかったため未熟で小さく、そちらのトレーニングの課題ができましたが
以前より噛んだり飲み込んだりができるようになってきました。
発達障害については全く問題なくなりました。
活発で愛嬌があり、よく周りが見えており、工作やお絵かきで褒められ、
会話も弾み、興味も広く、お友達と遊べます。完治です。

長女はオステオパシーの先生曰く、体の軸がずれていたそうで、
そのせいか完治まではもうしばらく時間がかかりそうですが、
奥の方にあった固さやゆがみの芯のようなものがスコーン!と取れたようです。
滞っていた改善の変化がまた進み始めました。

正直お金はそれなりにかかりましたが
月齢が小さいほど貴重な時間、
将来どうなるか分からない教育費などの貯蓄に回すより今使った方がいいだろうと考えました。
幸運なことに良い先生に巡り合えました。
必要なことを的確にしてあげられた気がします。

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智ママ

ゴールデンウィークの間、ずっと放課後等デイサービスを休ませて、あちこちに、毎日地下鉄を一部使って、JRや阪急で出かけていました。
『保育が足りているので、放課後等デイサービスはしばらくお休みします』で、連日連れ回されて、二親はヘロヘロになっていましたが、なんとか乗り切って、平常運転の日々が始まりました。

本日の放課後等デイサービスで、療育スタッフが
「ホントに久しぶりのデイでしたが、しばらく見ないうちにずいぶんしっかりしてきていて、成長しはったなあ!と思いました」と感想を述べてくれました。

2週間以上休ませて、家庭でアプローチしながら、あちこちに出かけて社会の見学をさせた方が、放課後等デイサービスに漫然と通わせるより、伸びたらしいのです。

これはどうしたことかな?と思いましたが、伸びてるならいいか。とあんまり考えないことにして、晩ごはんを食べていました。

家庭のにがり飯と、マグ風呂、果てしない散歩でのジャンプしながらの歩きと、新しいところへの興味と探索の日々が、室内遊びがメインの療育よりも、なぜか効果を出したようです。

明日もどこかへ出かけようかと思います。

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智ママ

今日、初めて肉眼で「〇〇さん、一緒に遊ぼう」と8歳息子が年下の2年生に声をかけて、一緒に上靴を脱いで、トランポリンを飛ぶ様子が観察されました。
担任の先生によると、最近良く見られるようになった現象だそうです。

他者をかすかに認識してはいても、勝手におもちゃをとられて泣いていた3歳児の頃と比べると(たぶん、当時は、いきなり手が出てきておもちゃを取られたくらいにしか認識できていなかったかもしれないですが)、ゆっくりではありますが、進歩しています。

放課後デイサービスでは、一緒に遊ぶ様子の報告はなされていない(たまに、他の子と遊ぼうとする様子は観察されているらしいが、息子ができていないことの報告がわりと多い療育スタッフです)ので、進歩しているなあ。と感じました。

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智ママ

朝からのお風呂で「お母さん、今日、学校に行かないとダメ?」とわざわざ口にして訊いてきた8歳の息子。
「うん、行かなきゃね」と答えて今日も付き添いして行きました。
担任の男性教諭がお休みだったので、新任から3年目の日本猫みたいな雰囲気の、うら若い女性教諭が今日は担当のようでした。
(小学校も、指導技術の伝承を!ということで、新任の先生をベテランの先生につけて見取り稽古させる形で、教育の質をキープする試みがなされています)

息子、新任教諭が今日は担当と解ると、とたんにグズグズして始業準備の手が遅くなりました。どうも、新任教諭に甘えて手伝ってもらおうとしているようです。
2年生の男児も、同じように甘えて、自分でできることを新任教諭にさせようと画策していました。

「こらー!息子!自分でできるでしょ!若くて可愛い〇〇先生に、わざと手伝ってもらおうとしない!」とピシッと声をかけたら、慌てて自分で準備を始めた息子(中度知的)と、2年生男児(発達軽度)。
「そうだよー!自分でしなさい!」と2年生ママ。
思わず苦笑いして、手伝いの手を止める女性教諭。

二人共、急に良い子になって準備はあっという間に済みました。

「全く、今日びの若いもんは・・・それじゃ先生、お願いしまーす!」とおばば様のようなセリフを口にして、母親二人はその場を離れましたが、多発奇形だった息子に、人を見て、いろいろと自分が楽をするために作戦を仕掛けるだけの知恵が回るようになったことは、意外で、驚きでした。
軽度のお子さんと同じレベルに近くなってきているからです。

嬉しい?水曜日の朝でした。

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智ママ

相変わらず、お皿一枚10円のレートでせっせと運んで、家庭内バイトで稼いでいる8歳息子ですが、最近、洗濯機の操作と洗剤の量り取り・仕上がった洗濯物の機械からの取り出し(それぞれ1回50円)にも、積極的に働きかけて参加するようになってきました。
「どうも、ありがとうございます」と言って母親がお金を渡していますが、息子も「ありがとうございまーす」と言いながら、稼いだお給金を手のひらに握りしめて、母親預かりの小銭入れにチャリンと落とすのが楽しみのようです。

そして、明らかに実入りの良い洗濯機のバイトに、積極的に参加しようとする動きが見られるようになってきました(笑)

小学校で「7と8,どっちが大きい?」はまだほとんどわからないのに「10円と50円、どっちが大きい?」は即座にわかるので、実体験って大きいねえ。と苦笑いしながら算数を教えていこうとしています。

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うりくりおくら

こちらに書き込むのは数年ぶりとなります。
その間何をしていたかというと、息子がすくすくと育ち、少しづつ手が離れた為、セーブしていた仕事にアクセル入れてぶっ飛ばしてたら、あれよあれよと数年経っていました。
子どもが「治る」ことにより、私が時間を得る事ができた事は同時に「やりたい事」や「お金」を得る事に直結し、とても充実した毎日をすごせています。
Twitterで浅見社長を知り、アンチや医師の意見に矛盾を感じ花風社の【治るが勝ち】を読んで背中を押された事が遠い昔のようです。

ドットコムを訪れる方は「どうしたら治るのか 治せるのか」が、一番気になっていると思いますが、100人いたら100通りの方法があり、息子に合った方法が他の方に合うかはわかりません(息子に効果を感じた方法は別の機会にでもまとめます)

就学前の年長時には特に困り事は無くなり、後はどう「障がい有り」という息子についたレッテルを外して行こうかと考えていました。
かつて「ASD ADHD 知的障がいあり」と診断されていた息子ですが就学検査では平均よりも高い数値をだし、知的障がいの診断が外れました。
発達障がい専門医にも「特に困ったことがなければ来なくても大丈夫ですよ。困った時にでもまた来てください」と言われ、現在は療育も通院もしていません。

就学面談の時には我が地区は「過去に診断名がついてる子は支援級か通級」という流れの地域なのですが、2時間に渡る質疑応答に親子で答え、「通級なしで問題なさそうですね。必要になった時に言ってください。むしろ年齢の割に落ち着いてしっかりしてますね」と言われました。
ここでも子供の成長を感じることができ、その後の学校面談なども幾つかの質問に答えて和やかに終えました。
面談時に気をつけたことは、前日から白糖、小麦、乳製品を避けていた事くらいでしょうか。

就学してからは、子供達の様子や学校の様子を知りたかったので毎日下校時に校門にいました。
コロナ禍で交流の場がなかったので子供達や先生方に顔を知ってもらうという目的と、同じように子供の下校を校門で待つ親同士と知り合えて情報交換の場として、1年生の間は毎日学校の門に行くと決めていました。
転んで鼻血出した子を保健室に連れて行ったり、落とし物を届けたり、鍵がなくて家に入らない子と親の帰りを待ったり、途中で道草してる子を帰路に誘導したり、マスク警察を注意したり…。
息子の母親としてというよりも、地域のオバチャンとして「○○君のお母さんだ」と知ってもらえる事で学校やクラスの様子を多方面から知ることができましたし、先生とのやり取りもスムーズで信頼関係を築けたと思います。
この一年、子ども達の成長を毎日少しの時間ですが眺めることができて大変楽しかったです。

現在息子は小学校2年生。
一般級で過ごしています。
クラス替えもあり、仲良しの子とは離れ離れ。
2年生からは下校の見守りはせず、学校での出来事を息子の口から聞くようにしています。
少しづつ勉強が難しくなる事に親の私がドキドキしていますが、授業参観の様子ではイキイキ発言している姿を見ることができました。
毎日汗だくになり帰宅し「今日も学校疲れたけど楽しかったー」と笑顔を見せてくれる度に思わず抱き締めてしまいます。
生徒の誰も息子が「発達障がい中度 知的障がいあり」と診断されていた事は知りません。
隠しているわけではありませんが、息子の学校での様子を見ると言う必要もないかなと。
新しい担任との関係はまだまだこれからですが好印象。何事も伝えやすい関係を築きたいと思っています。

現在、気になる事や困り事が全くないわけではありません。何故なら親だからです。
子どもが成長するにつれて、問題も課題も移り変わり、子育てしながら何も迷ったり困らない親なんていませんよね😆
これからも私は悩み困り迷いながら子育てをすると思いますが、おそらく発達医療に相談に行くことは無いと思ってます。
その理由はズバリ「効果なく、たいして役に立たなかった」と実感してしまったからです。

我が家の場合、実費の療育に通っていた為、療育手帳もとらなかったし、保育園でも小学校でも特に支援を求めなかったので診断名がついた事によりメリットになった事は無し。
ただ一つ、診断名がついた事により家族に説明ついたことが良かったですが、これも結局は大人の都合なので子供の為になったかは微妙です。

本当はもっと早く療育も病院からも手を引けば良かったのですが、私の覚悟が決まるまで少しだけ時間がかかり、その間息子が持て余していたため時間を無駄にしてしまった事を反省しています。
また、息子より軽度だった子供達が投薬により、どんどん悪化している様子を数年で嫌と言うほど見てしまいました。
子どもの投薬のハードルが低い親は自身も投薬をしている事が多いですね。
薬に頼る前にやるべき事は沢山あったのに、大人の都合で投薬に手を出してしまったら「二次障害ガー」の未来が待ってるかもと、投薬1年程度の子供達から想像できてしまうのが恐ろしいです😭

最後に「治った」という表現について。
そもそも、よく論争となる「治る」の定義が人によって違うのでしょう。
「息子の発達障がい治ったよ」と言葉にする時もありますが、言葉は受け手による解釈でどうとでもとられるので「治った」でも「寛解」でも「消えた」でも私個人としては何でも良いのです。
大切なのは子どもが笑顔でいる事なので、外野に何を言われようがどうでも良いのです。

しかしながら「治そう」「治った」という言葉を頼りに、暗闇を照らす灯台のごとくたどり着けた情報が花風社の本や読者の方の知見にありました。
なので「治った」「治そう」という言葉を使いつづけてくださった浅見社長に感謝を伝えたいと思います。
花風社が「治そう」路線を追求して10年以上が経過したとのこと。
この時代の子育てで良かったなぁと思わずにいられないのです。本当にありがとうございます。

長くなりましたが「子どもと親の困りごとが無くなった」→「発達医療とサヨナラした」を我が家の「治った報告」の一例とさせていただきます。

返信する
智ママ

多発奇形の8歳の息子が、毎日、小脳を鍛えるべく、「手を『オートファジー』(柊キライの音楽のひとつで、男の人が小さく両手を上げているポーズをとっている)にする」と言いながら、階段の手摺を掴まずに、バランスを取りながら、上り下りしています。

最近、急激に上体が揺れなくなってきて、まっすぐ階段を上り下りできるようになってきました。上体の左右のブレが、かなり小さくなり、ランドセルを背負ったまま、両手を上げた状態で、バランスを無理に取らなくても、階段の上り下りができるようになってきたようです。

それとともに、したいことを表明して(You Tubeが見たい)、母親に条件提示を求めて(「お母さん、You Tubeをつけてください」と口に出して言う)、条件を呑む(母親の出した『You Tubeを見たかったら、ドリルを4ページ解いてください』という条件を受け入れて、ひらがなドリルを解く)、ということも増えてきました。

いつもは、私が近所のスーパーに自転車で買物に行くときは、You Tubeを見て留守番してもらっているのですが、昨夜に
息子「お母さん、今日はジュースをスーパーに買いに行きませんか?」
私「今日は、You Tubeなしで、お留守番してほしいんだけど・・・」
息子「・・・なら、僕も一緒にスーパーにいく!スーパーについていく!」
(You Tubeが自宅で見られないまま、母親の帰宅を待つくらいなら、一緒に外出したほうがいい)
私「いや、今日は、ちょっと、自転車で行きたいんだよねえ・・・」
という会話がありました。留守番をするときは、大手を振ってYou Tubeの列車の番組が見られるので、風呂上がりにYou Tubeを見たくて、母親に買い物を打診したようです。
それを夫とのラインに流すと、『多発奇形の策士やなw』と返事がかえってきました。

生まれつき小さくしか作られていなかった、皺もあまり多くはない、息子の小脳が3ヶ月ほどでしっかりしてくると、こちらの習慣を読み取った上で計算して、いろいろ企んだり、目論んだりすることが増えたので、
(それでも、その内容は5歳児の考えたことみたいなレベルで可愛らしいものですが)
思ったより以上に、知恵が回る用になってきた息子に、楽しい観察をさせてもらっています。

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智ママ

昨夜は「お父さんが帰ってくる、夜10時まで、絶対、起きてるの!」と張り切っていた息子でした。

私は夜8時には眠くてたまらなくなるので「寝るよー?」と声をかけて布団に入りました。寂しがり屋の息子は母親についてきました。
とにかく父親が帰ってくるのが嬉しくてたまらないのか、寝床で喋り倒す息子に寝られず、イライラしてきた私は、ふと思い立って、息子の足を触ってみました。
けっこう筋張っていたので、「お客さん、凝ってますねえ」とふざけて言いながらバキバキにもみほぐしていくと「ヤメテー(笑)痛いー(笑)」と大げさ気味に、笑いながら痛がってみせたので、手は?足は?背中は?太ももは?とバキバキにほぐしながら触ってみると、背中が異常に筋張っていました。

母親が自転車で買い物をして留守のときや、一人でお風呂に入りたいときに、よくYou Tubeを見せて留守番をさせていたのですが、やや見せすぎになっていて、目から入った情報が、疲れになって、背筋まで降りていたようです。
背筋のコリが、かなり、たちの悪めなコリになってきていたので、肩甲骨と背筋をざっくばらんにほぐしました。ついでに手先の目のツボを押していたら、眠くなったらしく、コトっと垂直落ちに近い形で寝てしまいました。

息子にとって、父親は、だいたい二週間おきにしか帰ってこない、超レアなキャラクターなので、帰ってくるとなると興奮して、夜中まで起きたがるのはよくあることなのですが、昨日は、いつになくしつこく起きたがり、かまってもらいたがったので、「あれ?変だな」と思って息子の背中を触ってみたら、背筋がかなり筋張っていたので、不眠がちだったり、興奮しやすかったりするときは、背中がガチガチになっているのかもしれません。
コリをほぐすと、気持ちいいのと、精神的な緊張もほぐれるらしいので、おとなしくなって、すぐ寝るようになりました。

息子が寝てしまうと、静かになって私も寝られるので、そのまま私も寝落ちしました。寝入っているときに、玄関が開く音がしました。父親が帰宅して、そのままマグネシウム風呂に入っているようでした。

朝6時に起きてきて、布団に父親がいることを確認した息子は、父親をまたいで、母親と部屋の壁の隙間に入り込んで寝始めたので、私が寝返りをうつと、息子は私に持ち上げられて、母親と父親のすき間に運ばれました。そのまま川の字で寝ました。

息子も、一週間のフルでの授業がある小学校生活と、You Tubeと、新人が入った放課後デイサービスと、父親が帰ってくるという刺激と、それぞれが重なると、変なコリを背中に作ってしまって、興奮しやすくなって簡単に寝なくなるので、
感覚過敏があるお子さんは、もっと背中が凝ってしまって、寝られなくなって大変だろうな。と思ったことでした。

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智ママ

ここ半年ほど、母親にくっついて暖を取るだけでなく、母親の気も吸い取って何かに使っているような素振りが見えている8歳の息子が、母親の気持ちに寄り添うような発言をすることが増えてきました。

足裏合わせとふくらはぎ擦りを寝る前と、息子が寝ているときに、時々しているのですが、それ以外にも、息子から手か足だけでくっついてきて、満足すると離れる形で、一晩に何度も母親と気のやり取りをして、得たものを自分の成長に使っているようです。
私は、睡眠時に皮膚の接触があると、刺激で眠りが浅くなり、起きてしまうことが多々あるので、かなり辛いのですが、息子の発達には替えられないので、そのままにして、自分は他の時間に寝られるときに寝ています。

「お母さん、眠いの?しかたないなあ」「お母さんは静かにするのが好きだから、シー(唇の前に指を当てる)」など、その時の私の状態や態度に合わせて、自分も母親を思いやって行動を変えることが見られ始めました。相手にとってわかりやすく、相手から感謝されやすい形で配慮する、ということができるようになってきたようです。

普段の食事や睡眠はさほど変わりなく、ここ数ヶ月で変化があったことといえば、夜中に私に必ず接触してから安心して寝ることぐらいですが、(郷里では母方祖父母に接触して寝ていたようです)親と接触する安心感が良かったのか、もともと心疾患やいろいろな不具合がある体を整えるのに、普通の人よりも気のやり取りが多く必要なのかはわかりませんが、「息子が睡眠の質を一定に保つのに、大人との接触が必要ならば、とりあえず放っといて寝かせるだけ寝かせておくか。」と見ていたのが良かったようです。ここ数週間で、急激に配慮の質が成長してきました。

眠りながら息子が私の懐に入り込んできて『母親におんぶ』または『母親をおんぶ』状態になっているときがあります。私は半睡状態なので、しかたなくそのままにしています。これも、よかったようです。

気に関しては、ほぼ野生の本能で子育てしているような私ですが(気の勉強は、本格的には一回もしたことはありません)それでも、息子は欲しいものを親から補充して、ふんだんに使いながら成長していっているようなので、「成長に必要なことならば、まあ、いいか」で全部済ませています。

『変化がないときは、表面上は伸び止まっているように見えるけれど、内部では変化に必要な準備をどんどんしていっている』という、勉強でよくある話は、発達の進度においても同じことが言えるようです。
春休みの、私の親族から大量に与えられた刺激が、今頃に結果として出てきたのではないかな?と思ってみています。

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