「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

我が家の治った自慢

発達障害の診断がついたり、グレーゾーンと疑われたお子さんだけど

・こんな風に治ったよ
・こんなことしたら治ったよ

というエピソードをどんどんお寄せください!

1,111 COMMENTS

まろん

連投失礼します。

息子(7歳)、保育園の年中までは一人遊びか先生と遊んでいることが多かったです。それ以降は友達と遊んでいる姿を見ることもありましたが、同じ学年の子だと「相手してもらっている」「世話をやかれている」感じです。これは2年生の今もそうです。比べてしまうとやっぱり幼く感じる。

トラブルになりそうなときは、そっとその場を離れることが多かったです。まともにケンカできるのは3歳下の妹(この子はまあよく弁が立つ)くらいでした。

それが支援級で同じクラスの1年生ですごく仲良くなった子がいて、なんとケンカもしょっちゅうしてるらしい。

「この子はこども時代にケンカのひとつも経験しないで大人になるんだろうか」なんて心配したこともありましたが、全くの杞憂でした。

返信する
まろん

「名もなき遊び」のこと。
3-4歳の頃、スーパーの従業員出入口の扉が開閉するのが面白いらしく、ずっと扉の前で飛び跳ねてた息子。

(きっと彼に今必要な動きなんだろう……そっとしておこう)とたまに声掛けてくれる従業員さんに会釈しながら過ぎた日々。

7歳の今は扉は素通りでお菓子コーナーに直行。

もうそういうワケわかんないことはしないのかな、と思ってたけど。

公園で、木の枝を集めて小さめの滑り台の上から落とす。これをひたすらやる。他に遊べる遊具いっぱいあるのに、わざわざ木の枝で遊ぶ。

前と違うのは、一人遊びではなく妹とやってるところ。相手のある遊びになった。

そういえば小学生の頃って、そういうワケわかんない遊びたくさんしてたな、と思い出しました。

返信する
たにし

息子は来年度、地元の中学校へ進学することになりました。

これまで、いろんな方に相談に乗っていただきました。
去年の10月、高松講座に来られた浅見さんにも。

結果、息子が伸び伸びと過ごすことが出来、かつ、将来の選択肢が増える進路がいいとの考えで、家族の気持ちは固まりました。

それが、支援学校なのか地元中学校なのかを考える1年でした。
そして、支援学校→地元中学校→支援学校→地元中学校と、何度も考えが行き来しました。

決め手となったのは、今の息子の発達ぶりです。
おかげさまで、日常生活には全く問題なく発達しています。
無遅刻無欠席の、心身ともに健康体。
課題だった学力も、着実に力をつけてきました。

この状況なら、細やかな配慮・支援は要さず、地元中学校でやっていけます。

まだまだ彼には課題はあるし、地元中学校でも、壁にぶち当たるかもしれません。
しかし、彼なら、その壁に向かいあえるはず。

・自分の力で。
・脚立を借りてきて。
・誰かに肩を貸してもらって。
・ちょっと回り込んで壁を避けて。

色々と試行錯誤しながら壁の次へ進めるはず。

本人、地元中学校に進学するのを楽しみにしています。

発達障害と診断されて10年。
ようやくここまで来ました。

みなさんありがとうございます。

進学まであと半年と少し。
親子でしっかり準備して、進学に備えたいと思います。

花風社さんの新刊では、息子の12年間の物語を紹介させていただきます。
何も難しいことは書いていません。
何かのヒントになれば幸いです。

返信する
ちょこ

こんばんは。夏休み前恒例「個人面談@学校」が始まっていますね!
娘(小3)の面談に行ってきました。
「一学期の振り返りプリント」では、先生も私も納得の自己分析←自分の事をよく分かってる
時間もないので、早々に「娘の成績が気になります!」と切り込んでみた。
先生としては「思った以上に出来ている」
正直、言葉は悪いが「こんなに出来ると思わなかった」と。本当に本当に本っ当ーーに!!びっくりするほど言語コミュニケーション「だけ」遅れている娘。先生は経験上「これだけ喋らず内向的な子は、知的にもかなり遅れていて表現力も難あり…」と見立てていた。と。
実際数ヶ月見ている娘は、授業中にガンガン手を挙げ発言。ノートもしっかりとりペーパーテストも点数とれる。
宿題も問題なし。との事。驚いていました(私は想定内でしたが…)
今後の学習についても「文章読解や思考的な問題は苦労するかも。それ以外はいけます!」と。
特に漢字を褒められた。既に3年生の漢字は学習終わっている。と伝えると「漢検受けましょうよ!」と。はい。ただ今申し込み待ちです。
一年前の面談では「漢字が一学期の半分ほどしか覚えられていません…」と言われた娘。まだまだまだまだ伸び続けるみたいです。知的障害が治って爆伸び!!!ではありませんが、ずっと(言葉以外は)伸び続けています。
就学後でも伸びます。諦めない限りは。

返信する
智ママ

本日は珍しく、晴れての七夕です。

小学校の給食に、緑の葉っぱ野菜だけの献立があったので、豆を代替食として届けに行くと、育成級の廊下をまたぐようにして、七夕の飾りがつけられていました。

『ラピートにのりたいです』とヨレヨレへにゃへにゃのひらがなで、息子の七夕様へのお願いごとが書いてありました。

南海電車の特急ラピート…ぶぶ漬け市から関空経由ならば、わりと行けますが、特急はるかに乗らないと簡単にはいけないので、3人だとかなり足代がかかってしまいます。

「うーん、どうしようかなあ。」と夫婦で 白エビ県ーぶぶ漬け府間でラインしながら、ラピートに乗るために行くルートを考えて、(九州人的に)前向きに検討しております。

昨年の願いごとは、担任の先生が代筆していたので、今年は自力でなぞり書きができていただけ、大進歩でした。

脳室拡大で脳が1/6なくても、
脳梁全欠損でも、
遺伝子異常由来らしい多発奇形児でも、
心疾患ありの発達障害児でも、
諦めずにコツコツやれば、発達して、こんな字が書けるようにはなれました。

「文字が書けたら、学会が上を下への大騒ぎになりますよ!僕は聞いたことがない!」と断言した若いNICU担当の小児科医に、これを見せて、
「先生、息子、文字が書けるようになりましたけど?」とやんわり当地流に問いただしたい気持ちでいっぱいです。
(当地流の言葉の手法としては『貴方は熱心に息子を診てくれはりましたけど、とんだヤブ医者ですなあ。診断、外れましたで?』と言外に匂わせて、非常に非難している言葉となります)

九州出身の私がやると、超がつくほどの現地出身の青年医師への嫌味となりますので、あえて、しませんが。

これからも、息子は徐々に伸びていくと思います。

返信する
智ママ

昨日、当地は38℃の最高気温でした。
さすがに15時のお迎え時刻に体温を超える気温だと、送迎するこちらも危険なので、小学校はお休みさせることにして、自宅で、病院の予約取り直し3軒や、7月下旬のCT入院に必要な書類を送付・育児記録の記載などの、デスクワークに勤しんでおりました。

「お母さん、夕方になったらお外にいきましょうか?」
「外に行くには、お風呂に入ってキレイにしてくれんと、連れていけないよ?」
と返すと、慌てて服を脱いでお風呂(マグネシウム風呂の行水)に浸かる息子。

最近、服を脱ぐ操作が面倒くさいらしくて、お風呂に入るのをしぶりますが、身だしなみのためにも毎日の入浴またはシャワーは欠かせない季節なので、きちんと入ってもらいました。

風呂から上がってきた息子に「・・・ドリルコピーあるんだけど、する?」とやんわりと示してみると、「ひらがなして、いいですか?」と言いながら、当地流に空気を読んで、自主的にひらがなドリルのコピーを数枚、さらさらと書き上げてしまいました。

授業だとまだ一筆書きのひらがな一文字だけなのですが、自力でひらがな5文字の書き取りが載ったドリルのコピーを数枚、3画のものも含めてさっさと上げたので、小学校の授業よりは、家庭学習のほうが進度があることになりました。

自発的に外出したくてしているドリルの文字も、だんだん読めるようになってきたし、ちゃんと自力で進歩できているじゃないか。
と、感心した金曜日のお昼でした。

返信する
とら子

息子(6歳、知的な遅れあり)の弱視が治りましたのでご報告します。
4年前の2歳台、療育機関にかかる際にスポットビジョンスクリーナーにて(言葉にての意思表示が難しいため)目の検査をしてもらいました。その時に、残念ながら乱視が強く出ていました。生後まもなくから気になっていました斜視っぽい目の合わなさは偽斜視とのことでしたがすごく気になっていました。
3歳半検診ではついに、小児眼科での検査で弱視と診断されました。そのとき医師にメガネをすすめられ「かけられそうになったら早めに再受診を」とパンフレットをいただきました。
以来、メガネのことはずっと頭の片隅にありましたが、本人が顔にかかるものが苦手であったこと、ほどなくしてコロナ禍によるマスク着用の流れがきてしまい、様子を見ていました。でもなにより、メガネを壊すことの恐怖から縛られず息子には今しかできない遊びをたくさんしてほしいという親としての思いもありました。
栗本先生のもとでも「目が疲れている」との助言があり、テレビスマホの制限は当然のことながら、夜は真っ暗にして寝ることを心がけました。
そして入学後の眼科検診、発語に乏しく小学校でのランドルト環での検査ができないため、3歳半検診時と同じ小児眼科での再受診をしたところ、なんと医師から「あれ?!治ってる! すごい(カルテめくりながら)! もうメガネは不要です、たまにあるんだよねぇ、自然に治っちゃうの」と伝えられました。本当に驚きました。視力も問題なく、眼球も異常がないそうです。
緑の多い場所へのお出かけや父との登山もありますが、恐らく息子が雨の日も風の日も雪の日もほぼ毎日、3年近くやっている「しゃぼん玉」が良かったのかもしれません。離れていくしゃぼん玉をずっと眺めて、割れると次のを作る、というのを繰り返しています。最近は進化して、駅前で鳩を眺めたり追いかけることをしています(笑)。恐らくこれも自分で凸凹を埋めてるのだと思うので、鳩には申し訳ないですが止めないで付き合おうと思っています。

返信する
智ママ

本日、当地で、リハビリ病院として県外にも有名な病院の、小児科での定期観察の受診日(定期検診日)でした。
おばあさん小児科医が、手が攣りそうになりながら、必死になって、私の報告を、全て、カルテに書き留めていました。

「本日で、一旦、OTは終了になりますが、どうしますか?」「まだ、伸びているみたいですので、する価値はあると思いますが・・・継続しますか?」と小児科医から訊かれたので、そのまま予約して順番待ちにしてもらいました。

「小児科の先生、8歳で発達が進んだ子をまだ診たことがなかったのかしら?
えらく、カルテに書き込んでいっていらっしゃったけれど。そんな症例(多発奇形で生まれたにもかかわらず、8歳過ぎても発達が進む事例)が、まだないのかな?」と、半ば呆れながら、小児科受診を終えて待合室で待っていると、緊張が解けてお腹が空いてきたので、食堂に入って、コンビニで買いためて、病院に持ち込んだおにぎりを、息子と二人で食べました。

そのままOT、PTと済ませて、「お母さん、ロ◯アで冷凍たこ焼き買いたい。持って帰って、チンして食べたい」と、息子が会計前から言い張ったので、しかたなく205系統のバスに乗って新幹線の停まる駅の近くまで行き、ヨ◯バシ地下2階に入って買い物を済ませ、冷凍食品で重たくなったリュックサックを担いでヨロヨロしながら、地下鉄を乗り継いで、自宅に戻ってきました。

私からすると、12歳までは脳の成長が続くので、「まだ伸びる余地はあるよね?」と思って、息子の発達を促しています。
しかし、他の人を見ていると、「小3過ぎたら、もう伸びないもんね〜」と『小3で大脳の成長が止まる説』をなぜか皆さん、強く信じ切っていて、その後のお子さんの育成に、全く力を入れなくなる人がほとんどなので、
「まだ伸びる余地のあるお子さんを放棄するなんて、実にもったいないことだなあ。」と思いながら、体調の良いときに息子にコツコツと各種アプローチをしていっているところです。

母親が頑健なタイプでなくても、社会経験が人よりかなり少なくても、やることをやれれば、社会のルールなどの教えることを教えておけば、そしてそれが発達の子どもにあっていれば、発達は治って、するする伸びていきます。
ウチの息子がそうです。

『諦めなくてもいいよ。子どもの生まれ持っての条件が、多少悪くても、伸びるときには、伸びるから♫』と、何かが教えてくれているような気がする、今日このごろです。

返信する
智ママ

本日、父の日で『ポンペイ展』に出かけていった、夫と息子。

美術館内でも終始、息子はおとなしくしていたので、夫は心置きなく展示を見て、写真をたくさん撮ってこられたそうです。
「息子が静かにしててくれたおかげで、鑑賞には全く支障がなかったよ。これも、発達が進んでくれたおかげだね。父の日には、とてもいい記念になったよ。」
「多発奇形で、京セラ美術館に行っても静かにできる子は、息子だけだね。」
と、満足げな夫。

息子の発達は百貨店には売っていないので、『お金ではとうてい買えないものが、父の日のプレゼント』というのが、夫にはたいそう嬉しかったらしく、その後も帰途につくまでニコニコしていました。

形のない父の日のプレゼントでしたが、夫は8回目の父の日に満足していました。

返信する
智ママ

昨日、スマホのメールチェックをしていて、花風社からのメールに気が付きました。
パソコンに転送して展開してみて、生まれて初めて、ゲラというものを見ました。
愛甲さんの面談が控えていたので、夕方から、夫婦で、急いで原稿を4回ほどチェックしました。
できるだけ早く返送したかったので、夫に返送メールの代筆をお願いして、私は先に休みました。

自分としては、息子の良くなった報告を、どっとこむにお礼として書いていただけなので、書籍化のお話をいただいたときは驚きましたが、「他の、発達が伸びたいお子さんのためになるなら、喜んで」と受けました。

原稿には、むかし書いた、息子の発達をよくさせることができた手法全部が、載っていました。役立てていただけるといいなあ。と思いました。
息子は、まだ出版の話が理解できないからか、きょとんとしていました。

意外なところで、意外な繋がりができていくんだなあ。と思ったことでした。

返信する
智ママ

父の日ですが、息子と夫は『ポンペイ展』を観に、地下鉄ででかけていきました。

出かける前に、夫のスマホがあと少しで75%だったので、パソコンのYou Tubeで音楽をかけながら、スマホはケーブルで充電して、息子を待たせていたのですが、
ハチ(米津玄師)さんの『砂の惑星』のオープニングから1フレーズだけ、息子が縦ノリしながら、曲に合わせて、全く同じ調子で、歌詞を歌いました。

同調しているだけとはいえ、曲を何回も聞いていないと、急に始まる歌詞にピッタリついては歌えません。
仰天して見ていると、息子は照れくさそうに笑って「楽しいね」と言いました。

息子に歌唱の才能はあまりないようですが、歌のメロディーや歌詞やノリを愛する気持ちはきちんとあるようで、私が漫然とかけているYou Tubeのボカロ歌を、「次は、あれが聞きたいから、かけてください」ときちんと口頭でお願いしてきます。

多発奇形で生まれても、米津玄師さんの歌を、踊りながら一部歌えるようになるとは、全く思っていなかったので、大変驚きました。

息子の頭の中の回路がどうなっているのか、もうまったくわかりませんが、ひとまず生活を楽しめるレベルには達しているようです。

8回目の父の日に、嬉しい成長の一歩の発露でした。

返信する
たにし

花風社さんの新刊「発達障害、治った自慢大会!」浅見さんから、ゲラの確認依頼が来ました。
へー。
これがゲラか。
我が家のインタビューが、花風社さんの本のスタイルに仕上がってます。
本の出版に関わるのは、アラフィフで初の体験。
楽しいね。
我が家は第3部に登場します。
気合い入れてチェックさせていただき、速攻浅見さんにお返ししました。
新刊では、我が家の普段の生活をご紹介できます。

返信する
智ママ

8歳息子が、ここ一週間ほど相当な不眠気味の母親が、夕方に90分ほど仮眠している間に、いつのまにか、パソコンの画面でカーソルをすいすい移動させて、見たいYou Tubeの番組を呼び出せるようになっていました。
たまに失敗して「おかあさん、変なのが出てしまったので、なおしてください」と言って、パソコンの画面をもとに戻す操作をさせるためだけに、私を起こしに来ます。

必要は発明の母である、と言われますが、それはうちに限って言えば、『ヒマな放置と必要は、息子の発達の母である』とも言えます。
あまりかまいすぎてあれこれしてやりすぎると、一人しか居ないからか、どうしてもしてもらって当然になりがちなので、母親在宅ではあるものの、母親がダウンして放置され、必然的に自分で何でもしないといけなくなる状況が、発達が進むために重要な刺激になっているようです。

「多発奇形生まれで、カーソルのドラッグ&ドロップが恒常的にできるようになった事例は、ウチが初めてかも・・・不眠で母親がダウンってのも、怪我の功名になるんだねえ。また心臓医師や、形成外科医師が、仰天するかも」
と、かなりキツい睡眠不足で、脳内の代謝が鈍ってヨレヨレになってきている母親は、妙なところで感心しています。

返信する
智ママ

最近、8歳息子が、外出時に私と手を繋がずに歩く時があるようになってきました。

いくら精神遅滞があるといっても、息子の精神年齢が上がってくると、母親から離れて活動ができるようになるので、『いずれは弱視で怖がりの息子でも、独立心が芽生えて、手を繋ごうとしなくなるときが来るだろう』と思っていたので、別段驚きはしませんでしたが、息子は、さり気なく手を離して、近くを歩くようになってきました。
とはいえ、まだ興味のある車やバイクが通ると、立ち止まって道端でエンジン音と排気音に聞き入ってしまうので、一人で歩かせるには危険があるため
「手を離して歩くのはいいけれど、その代わりに、お母さんの横を歩いてください。車が来て、いざというときに助けられません。」と告げて、極力、母親の横について歩くことを指示しています。

それと並行して、「〇〇するんじゃないよ!」と、普通級の男児から耳学問で覚えたのか、私に対して攻撃的なツッコミをするようになってきたので、
「息子。お母さんに、そんな言葉を使って、いいのかなあ?」
とやんわり訊くと、慌てて「そんな言葉は、使いま、せん!」と胸の前でバツを作って、「ごめんなさい」と即座に謝るようになってきたので、
「お母さん、怒ったら、とっても怖いもんねえ?」と訊いてみると、「うん!」と息子が即答したので、苦笑したことしきりでした。

小3から徐々にギャング時代に入って、集団生活や集団行動への適応がはっきりしてくるので、もうそろそろ息子もそんな時代に突入しつつあるんだな。大きくなれたんだな。と、しみじみするこの頃です。

返信する
智ママ

昨日、木曜日でいるつもりで、15時05分のお迎えに、5分遅れて行きました。
「あー!お母さん!やっと来はった!これ以上来はらんかったら、僕、お電話しようと思ってましたよ」と担任教諭が安堵の声を上げて、息子を呼ぶと、息子が普通級の委員会会合があっている理科室からヒョコヒョコと出てきました。

「ほぼ50分あったけど、おとなしく椅子に座って待っててくれはりましたよー。委員会の会議を聞きながら待っててんな、な、〇〇さん(名字)!」

なんと1時間、曜日と時間を間違えた私のお迎えが遅れたので、息子は青いランドセルを背負って帰り支度をしたまま、委員会の生徒会議の臨時オブザーバーとして、教室の一番うしろの席に座って、高学年の委員さんの意見発表を聞きながら、楽しんで、50分微動だにせず、母親の迎えを待ってていたのだそうです。

小3の発達級の子が、先生の手を一切煩わせずに、椅子に座って、たまに手をヒラヒラさせるくらいで、じいっと会合を観ながら意見を聞いていたので、先生は委員会活動の現場を仕切りながら、「この子は、なんちゅう子や!」と、舌を巻いていたそうです。

「お母さん。『今日は』木曜日ですんで!お迎えは、15時5分です!」
「今日は放課後にプール掃除があるから、いくらでも待てますんで。なんぼでも、遅れてきてくれてかまいませんから!」
と当地流の茶化し系の担任教師の指摘に、「いや、すみませんでした」と朝から平謝りの私でした。

『長時間、何もしないのに、待てる』という息子の能力が、非常に高いことに気付かされた、水曜日のお迎えでした。

返信する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


画像アップロード(PNG, JPG, JPEG)