「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

雑談のお部屋

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1,186 COMMENTS

ちょこ

皆様こんにちは、ご無沙汰しております。コロナ禍からの休校も明け、分散登校→午前中登校を経て昨日より小学校も給食が始まりました。
1年生は初めての小学校給食。さらに初めての5時間授業です。
娘(支援級在籍)の学校再開からの1ヶ月ですが、まあ順調過ぎるほど順調。
先月半ばからは、ほぼ全交流し支援級はランドセル置き場状態です(笑)
交流級でも付き添いの先生に「ちょっと恥ずかしいから戻ってて」と告げ、毎日一人で参加している様子。
支援級は支援級。交流級は交流級。と、自在に使い分けをして日々楽しんでいます。
そんなこんなで全く崩れず生き生きと過ごす娘に対し、日々の支援級連絡帳。
先生からのコメントは「疲れているかもしれません」「凄く頑張っていました」「疲れていませんか?」
やたらめったら「疲れているかも」を繰り返し「頑張っていました!」と絶賛。
そりゃ疲れるでしょうよ、学校なんだから。頑張っていました!いや、頑張りましょうよ、学校なんだから。
と何度書いても1ヶ月この繰り返しです。
そこでふと、息子時代を思い出したのですが、息子は超感覚過敏と体温調節も出来ず3.11からのPTSD加えて人間が最大のストレス要因←
こんな状態で当時在籍6名の支援級(今は20人)へ通い、日々疲れ(というか疲れも気付かなかった為、毎週末は大抵高熱)果てていました。
なぜ娘が一切崩れないのか?感覚過敏がほぼ無いことや、身体的な不調が息子より少ないからかもしれません。
ですがそれよりも、娘は身体アプローチをして育ってきているからです。
金魚よりも足裏合わせ、恐怖麻痺反射の統合、その他呼吸器育て…
意識して行ってきました。
娘は、疲れると「抱っこでゆらゆらして」や「足ペッタンして(足裏合わせ)」と私に伝えてきます。自分に必要な物を知っています。
身体アプローチを行うか行わないか。
知っているか知らないか(息子時代は知りませんでした)
かなり違います。
花風社クラスタのお子様達は、しっかり身体アプローチから入っているので「崩れる」などとは無縁かもしれませんが、改めて「発達障害」より「身体」そのものに注目する事の大切さを確認しています。
追記
娘、喘息もほぼ出ていません。コロナ禍前に病院で処方して頂いた予防吸入薬が丸々残っています‪𐤔𐤔‬

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成田あいる

このサイトをご覧の皆様、はじめまして。
私は発達障害の当事者ではありませんが、発達障害についてマスコミが偏った取り上げ方をするのに気になっていました。
新聞もテレビもネットも本でも発達障害について、患っている当事者のものや彼らに完全に偏ったものははいくらでも出てきます。
その一方で、その当人に振り回され、苦しめられている人たちの問題はいくらググっても見当たりません。
むしろ、5ちゃんやヤフコメの方が、彼らに悩まされ振り回されている人たちの声で満載だったりします(笑)

gooブログの「医師も逃げ出す迷惑アスペルガー」の記事を拝見して、「こういう記事を待っていた」と思い、コメントさせていただきました。
その後も同ブログの記事に、いくつかコメントさせていただきました。
今回、こちらに初めて書き込ませていただきます。

発達障害の当事者の中には、なかなか理解してもらえず、労ってもらえないせいか、「身体障害者の方がマシ」「身障者に生まれたかった」と言う人がいます。
それに至っては、何をか言わんやです。
今は、マスコミが「リカイガー」と言って、社会全体に彼らに対する理解を押し付けようとしています。
それがなければ、↓のように「パワハラ」と取られる時代です。

https://diamond.jp/articles/-/135973

一読すれば、「一体全体これがパワハラ?」と思ってしまいます。

発達障害の人についてよく言われる「決して悪気はない」「脳の障害」「一番苦しいのは本人」「マルチタスクが苦手」「機転が利かない」「突発的なことが苦手」・・・。。。
が、普通の方からすれば、「だからなに?」です。
ましてや、親でも兄弟でも親戚でもない、翻弄されるばかりの職場の人にとっては「知らんがな」です。

それでも大企業なら人事部や産業医が仲裁に入ったり、アドバイスしてくれます。
が、中小零細企業ならば経営者をキレさせれば切られてしまいます。
テレビで取り上げられるケースには、発達障害に理解ばかりですし、「社員の7割以上が発達障害者」と言う会社があります。
そういう企業は多くはありませんし、今後増える見込みもなければ、いつまでも続く保証はありません。
そしてそういうところに雇われることは、「そこでしか通用しない人間」でしかありません。
それならば、「そこでしか通用しない人間になるよりも、どこに行っても通用する人間を目指そう」しかないと思います。

このサイトや花風社関連で登場される方たちは何と言っても前向きですし、「治そう」と言う意欲が感じられます。
読む者をしてそれが伝わってきますし、応援したくなります。

花風社も色々言われていますが、理解している方はきちんと評価していると思いますし、何一つ間違ったことなど言っていないと思います。

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されんゆーか

はじめまして。私は発達障害の、とくに積極奇異型の当事者です。

まず、公共性の高いTVなどの報道でマスコミが偏った取り上げ方をするのは仕方ないことだと、私個人は思っています。
日本では1996年(平成8年)になってようやく「らい予防法」と「優生保護法」が廃止されました。
もちろん発達障害とは関係ありませんし、今の発達障害の当事者には関係ありません。有り難い事に積極奇異型の私でも島の施設に隔離される恐怖も不妊手術に怯える事もありません。
でも、この社会はずっと続くでしょうか?
何かのタガが外れて「医師も逃げ出す迷惑アスペルガー」が島の施設に隔離されたり不妊手術を受けたりする社会が再び来る可能性はゼロでしょうか?

隔離や不妊手術は内容が重すぎるのでもう少し温和なものに変えましょう。
「全国青い芝の会」が1977年(昭和52年)4月12日(火)に川崎バス闘争を起こしました。脳性まひ者60人が30台のバスに籠城し暴力を伴う過激な実力行使をしました。
しかし今ネットで川崎バス闘争を検索しても障害者に批判的な内容はまず出てきません。
平日に健常者が利用するバスに籠城し、窓ガラスを割り拡声器を出してアジ演説をした事件にもかかわらずです。
これは当事者の視点に完全に偏った取り上げ方に当たるでしょうか?
それとも昭和の世は今と違って障害者に対する風当たりが強かったから仕方の無いことで、今の世には必要ないものでしょうか?

TVや新聞や出版社のような公共性の高いマスコミは数十年にも渡る歴史を有しています。マスコミにとって前世紀に起きた障害者差別は大昔の話ではないのでしょう。
これがマスコミが偏った取り上げ方をする大きな理由だと、私は思っています。

もちろん補助金を得ようとするのが目的の支援者は論外です。貴方様の職場で問題行動を起こす発達障害の当事者を必ず受け入れろ!というものではありません。
しかし、どのような発達障害の当事者であろうとも隔離や拘束は許されません。家から外出して地域社会で生活する権利があります。雇用されるされないは別として就職活動を行う機会は平等です。
つまり問題行動を起こす当事者が個人的に外を歩き就職活動を行う分には社会の理解が求められます。

そして今の制度は簡潔にいうと64歳以下の全ての障害者に2年以内の就労を求めています。
非現実的ですが人権と平等という近代国家としての基本理念と勤労と納税という国民の義務を考慮するとこうなってしまいます。
制度に問題はあります。支援者にも問題はあります。発達障害の当事者にも変化すべき事はあります。あるいは大企業にもっと発達障害者を雇用しろとの要請も必要かもしれません。
ですが中小零細企業にも程度の差こそあれ合理的配慮は求められます。

さらには生活を営むには労働者になる事が一般的です。
絶対ではありません。なにか別のよい方法が何処かで生まれているかもしれません。しかし現時点では発達障害者であっても雇用される事が一般的な解決策なのです。
負の所得税やベーシックインカムなど画期的な富の再分配が実現しない限り、今の制度は大枠として続く可能性は高いでしょう。
理由は簡単で、所得がなければ生計を立てるのは難題だからです。

「医師も逃げ出す迷惑アスペルガー」の記事は7年以上も前のものですよね。
あれから色々ありまして私の周りに限っては「社会は全て理解すべきだ」という支援者はいなくなりました。
しかし私の人権を侵害しようとする支援者はいません。
ありのまま受け入れる事が難しい私という障害者を、どのようにして受け入れるべきかを一緒に考えてくれています。
労働者にならずとも国民の義務を果たす方法や、月給がなくとも生計を立てる方法といった難題も一緒に考えてくれています。
でも答えはまだありません。

私は神奈川県から遠く離れた地方都市で生活しています。
花風社の事は昨年まで全く知りませんでした。
私は幸運にも地方特有の濃い地域コミュニティに生まれ、発達障害のような特性をもった親戚が大勢いました。
医者嫌いの親戚から昔ながらの民間療法も色々教えて貰ったので、成人して自力でPMS対処をしたら驚くほど改善しましたね。
貴方様には申し訳ないですが、私は自分が楽になりたいから民間療法を試しました。
社会のためではありません。定型発達の人達の為でもありません。親戚も妻子のためというよりは自分のための方が大きかったでしょう。
だって発達障害の症状って辛いんですよ。
それなのに改善のために努力するのも凄く大変なんです。先の見えない恐怖と戦いながら手探りで進むのは並大抵のことではありません。
会ったこともない人達の為にできることではないんです。
都会では地域コミュニティが薄くなり、親戚は減り、核家族化が進んでいると聞いています。
花風社の本を読むと親と本人ばかりが努力せざるを得ない現状に驚かされます。
母親の責任の重大さにも驚かされます。母親ばかりに任せてばかりで近所の大人は何をやっているんだと読んでいて歯がゆくなります。
近所の人や親戚に頼ることが困難な都会では、本来振り回されなくていい他人であるはずの職場の人達にもケアの役割が求められてしまうのでしょう。

貴方様の悩みの答えにはなっていない事は自覚しています。
発達障害とは関係のない前世紀の事例を持ち出し、マスコミに忖度を要求し、社会システムの非現実さを解説し、人権や平等や義務といった反論が難しい単語を持ち出し、都会という砂漠に責任を転嫁しました。
私は女性なので貴方様に共感する書き方を求められる事も理解しています。
ただ、労働者にならなければ生計を立てるのはとても難しいのです。これだけはどうしても伝えたいと思ったのです。

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こじはるファン

されんゆーかさん、はじめまして。30代の障害者枠の正社員で勤務している者です。
>花風社の本を読むと親と本人ばかりが努力せざるを得ない現状に驚かされます。
はい、それが現状です。それどころか、最近の20代の方を見ていると、
発達障害の理解は後退していくように感じられます。
自身、大卒以上の方ばかりがいる会社に勤務していますが、
最近の20代の方は、発達障害当事者大半が忌み嫌うであろう
マイルドヤンキーに近づいている感じさえあります。
(私は、マイルドヤンキー肯定派です。)
だからこそ、治すしかないのです。
それに、奨学金問題を考えたら、できることなら下手に大学に行くより、
高卒で就職したほうがいい可能性だってあります。
ですが、高卒で就職する場合は、部活動に入らないとほぼ絶望的です。(特に男性)
それだからこそ、できるなら、中学ぐらいまでに治したほうがいいのです。
(とはいっても、私は治りつつあるだけですが…。)
支援者は、(失礼ですが)障害が重く実家が金持ちの方が二次障害にならないようにしか
アドバイスをせず、障害が軽くても実家が金持ちでない当事者はいずれ働かないといけないので、そんな方の言うことに従っていたら墓穴を掘るだけです。療育センターの支援者のことを恨んでいますし、支援者びいきタイプの当事者を疎ましく思っています。
だからこそ、花風社を支持するわけですし、花風社の本に出会って体操を実践してから、耳からの情報整理能力が改善され、障害特性ではなくなりつつあります。また、姿勢も良くなっています。
それで、親と本人ばかりとか言っていますが、健常者の方だって努力されていますが…。
>母親の責任の重大さにも驚かされます。母親ばかりに任せてばかりで近所の大人は何をやっているんだと読んでいて歯がゆくなります。
近所の人にそんな余裕が今時ありますか?
>近所の人や親戚に頼ることが困難な都会では、本来振り回されなくていい他人であるはずの職場の人達にもケアの役割が求められてしまうのでしょう。
こんな意識ではクビになるだけですよ。職場の人達だって色々な事やらないといけないわけですから。

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Kei

わたしには幼児期に「アスペルガー症候群」と診断された息子(高校1年生)がいます。

わたしは子育ての責任は親にある。
と思っています。
勿論、周りの人達の助けがあって、それがその子にとって必要ならば受けることはありますが、これまでの経験上、他力本願にはデメリットしかありません。

本当に必要な助けは与えられるものではなくて自分で探して見つけられるものだと思うからです。

育児には時間も労力も必要ですが、それは子どもが発達障害(神経発達症)かどうかは関係ありません。

誰もがそうやって育てられてきました。

発達に凸凹がある子どもを育てるのは、そうじゃない子育てよりも多少の時間と労力が必要だったとしても、それに見合う以上の感動や喜びをたくさん経験できます。

親は子どもの幸せを願っていて、我が子の身体の大変さが無くなって自立した大人になってくれたら嬉しいですし、別に見返りを期待してはいません。

親とはそういうものではないかな?
と思います。

周りの人達に助けてもらう事は誰にでもありますが、周りに依存しないと生きられないのとは違うかな?とも思います。

自分の人生は自分で切り拓いて行くものて、例え親であっても子どもの人生の肩代わりなどできません。

周りが理解してくれない。
誰も自分を助けてくれない。
と言うよりもそれに負けずに頑張れる人になった方が確実で現実的です。

頑張っている人を応援したい。
と思うのは世の常です。

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座波

労働者になることはとても大事なことです。
労働現場で支援職をしている身として実感していることでもありますが、社会のためなんて大風呂敷を広げる必要はなく、なによりご自身のためです。ご家族も安心なさると思います。

自閉症、発達障害の診断が出たことで働けない、働く必要はないとお考えの方もいらっしゃいますが、それでも働きたいという方にまず取り組んでいただきたいことが身体アプローチとなります。
身体アプローチの当面の目的は、働くための準備です。つまり、診断につながる特徴、特性のある方は働けないのではなく、働く準備が整っていないということになります。
そして、働くための準備ができてくると次に働くための努力・工夫の段階となります。仕事で結果を出す、高い評価を得るためです。これは定型発達と言われる方にも必要なこととなります。どんな仕事に取り組んでもすべてできてしまう人なんていないからです。
身体アプローチはこの段階においても有効な対策の1つとなります。準備が整った後にも続けることで心身のパフォーマンスが上がり続けるからです。準備やそれ以前の段階で想定するストレスをストレスと感じえないレベルになっている自分に気づくことが多々あるのですが、それは取り組んだ人にしかわからないこととなります。

こうした取り組みに二の足を踏んだり、知的な反論が出る方も少なくないと思いますが、それでも働けるようになりたい気持ちがどこかにある方は、まずは弛めるところから始めてみることをおススメします。準備の段階につながりやすくなることが期待されます。

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智ママ

最近、智パパがこんなことをラインと電話のやり取りで言っていました。

「民間の会社は、クレームがついたらすぐに改善がなされる。改善がなされない会社は、進歩がないから、すぐに潰れる。」
「なのに、僕らは住民税を支払っているのに、交通行政や学校のあり方について意見を申し立てても、たいてい無視される。いつまで経っても旧態依然のままだ。利権もあるんだろう。」

「意見を全部汲み上げろとは言わない。ただ、改善が見られずに『とりあえずやってます』のためのアンケートだったり、形だけの意見交換会だったりするのは、税金の無駄遣いだと思う。そして、現実に即していないのは、害悪にしかならないことが多い。」
「僕らはもっと意見を挙げて、改善がなされるまで、合理的に行政に働きかけないと、次の世代にいいものを残せないんじゃないかな?」

「う~~~ん、役所や学校や教育委員会に、合理的な案を打ち出して、働きかけてみるしか、ないんじゃないかなぁ・・・あと、申し立てる機関にもよると思うなあ。」
と、答えましたが、ことに教育については、将来の人材育成に直結しているので、旧態依然で変化がなく、かつ非効率な『あるがまま』は、絶対にやめたほうがいいと思いました。

本日、二人クラスの育成級の、多動でやりたい放題のお子さんがお休みで、担任の先生がすごくホッとしていました。
現場は、無理な忍耐を強いられる『あるがまま』に、必要以上に疲弊していっているようです。

先生の情熱も、多動のお子さんの知的レベルも、無駄遣いされて、非常にもったいないです。
なんとかならないかなぁ。と思ったことでした。

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智ママ

今の支援級は、『ダメな支援者を支援するための、支援級』にされているような気がしました。
これは、教師も、生徒も、双方ともに、もったいないですね。

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