「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

雑談のお部屋

なんでも雑談コーナーです。
発達障害に関係あってもなくても可。
楽しくおしゃべりしましょう!

1,975 COMMENTS

智ママ

息子が多発奇形で生まれて、支援センターでの発達検査の結果、重度の知的障害と発達障害も併発していることがわかった3歳の頃の話です。

面談にやってきた療育園関係者に「将来、障害者が増えて社会が支えきれなくなったり、人口が減って社会が縮小してきたりすると、息子のような子は独り立ちが難しいので、生きていけなくなるのではないかと危惧しています」とこぼすと、「その時は、軽い発達の子から切り離されていき、智くんのような重い子は最後まで残されるから、全く心配はいりませんよ。特に、智くんの場合は、心臓がありますし。」と慰めにならないような慰めを返されたことがあります。

重度心身障害者医療福祉者証をもっていたときの息子は、医療費は公費負担の割合が大きかったため、ほとんどかかりませんでしたが、寝たきりで酸素吸入も行っていて、外出することは通院以外、ありえませんでした。心内修復をして、重度心身障害者医療福祉者証は返上できましたが、地味にかかる医療費とケア費用のやりくりに、厳しい家計が続きました。
ランダムに入る複数の診療科の受診に、大学病院までヨレヨレになりながら、まだたくさんは歩けない息子を連れて運ぶ日々でした。

いま、非常にありがたいことに発達が進んで、見た目は中度知的・中度発達だけのお子さんと間違われるくらいに成長できた息子ですが、多発奇形の中に、脳梁全欠損と脳室拡大もあるため、『全くの普通にはなることはない、いずれ発達の成長も止まり、高学年には重度判定に戻る』と言われ続けています。

医療者と療育関係者は、重度の身体疾患の子・重度の心疾患の子を喜びます。
業界に富をもたらし、業界人としての天使性(身体重度+知的重度の子でもきちんと扱って上げる私って、天使だわ)を業務上、発揮させてくれるからです。
一方で、社会に役立つとされてくる中度・軽度の、身体の疾患・心疾患の子には、熱心に治療を行います。社会を支える人員にもなりうるからです。
(療育関係者は、医療関係者よりは、利用者の機能向上・成長に興味がありません。お客として施設に運んできてくれる金額が減ってしまうからです。)

「そんなに医療と療育と福祉のお客ばかり増やして、どうなるんだろう?」と、息子を育てながら発達界隈を見てきましたが、コロナに至って、そしてワクチン接種によって多くの人たちが副作用で亡くなったり心筋炎や心疾患などの後遺症が残ったりしていくのを見ていて、「これは、将来の社会は、大変なことになる」と思い始めました。

副作用での心疾患の人が増えれば、心疾患になった人のパフォーマンスは必ず低下します。それにより、仕事の質が下がり、収入も下がりかねず、税収も下がります。
自治体や国は、もっと財政難にあえぐことになるでしょう。
最終的には、福祉の手を切り下げていくことで、財政難を切り抜けようとしていくと思っています。

療育や、福祉頼りで生活していたら、人生が管理されるままで終わります。
一刻も早く、それらから自由になれるくらいに発達して、成長して、自立しておくのが、将来への安全対策になりそうです。

息子は、どこまでいけるかわかりません。
多発奇形界(?)では、天才児クラスの経過が良い部類に入りますが、通っている小学校では、育成級で最後尾の成績です。
小学校に通える障害児としては、最低ランクの部類に入ります。
それでも、発達障害と知的障害の伸び率はクラスで一番なので、担任教師が息子の指導に対して欲をもちはじめて、息子に合わせた書き取り方法を編み出し始めました。
それに呼応するように、息子の書き取れるひらがなも増えてきています。
そんなレベルでの成長ですが、『やれることやっておけば、後悔は少なくなるから』と思って、ぽつりぽつり進めていっています。

普通の子まではいかないことは大いにありうるけれど、社会の負担を少なくするような発達のしかたは、できるかもしれない。そう思って、コツコツしていっています。
脱・療育、脱・福祉に近いところを目指していこうと思っています。

返信する
智ママ

こんにちは。
たまたま多発奇形で心疾患児を授かって、育てている智ママです。

大津の女装癖の某からは『反ワクチン・反マスク』と揶揄されておりますが、少なくとも心疾患児を育てている母親としては、今打たれているコロナワクチンには賛成ではありません。

これは私の息子のケースですが、書きます。
一回の心臓手術で、軽く400万円は下らない金額が、健康保険の中で動きます。
実費負担を高額療養費負担や養育医療で軽減したとしても、おむつ代や備品代で一回2,3週間の入院で、2万、3万はさっと持っていかれます。その他に、付添人の飲食費と交通費がかかり、洗濯代もかかってきます。
(手術代と入院費は別でカウントしています。)

そして、一回の手術で改善できず、何回か手術する必要がある場合もあります。
(うちはこのケースでした。)
息子は、合計4回、心臓手術をしましたので、息子には軽く2000万円は、手術代だけで、医療費がかかっています。

子どもの場合、養育医療や重度心身障害者医療、小児慢性特定疾患医療補助などがあり、親御さんの負担はかなり軽減されるのですが、大人の場合は3割負担となります。
一番安い400万円の手術代だけでも、120万の自己負担が必要になってくるのです。

ですので、新型コロナワクチンを、感染予防のために打ったとして、それがもとで心疾患(心筋炎や心筋梗塞など)で倒れると、どれくらい医療費負担が必要になるか、私達夫婦は経験則で知っています。

そして、心臓などの心疾患・血管の疾患で入院・手術したあとは、決してもとの生活は送れません。夏は涼しく・冬は暖かく、粗食もいけませんし。ケア費用の負担は、夏冬で光熱費が2万3万超えは、ざらです。
その費用負担にも耐えうる稼ぎでない限り、家計は破綻して、大変なことになります。

ただの注射一本でまたは二本で、血管系で倒れてしまえば、それだけの費用負担が発生するのです。
もちろん、毎月の通院も欠かせなくなりますし、酸素吸入も必要があれば導入しないといけなくなります。

それだけのリスクを背負ってでも、お子さんや配偶者にワクチンを打たせたいのならば、私達夫婦は止めませんが、もしオミクロンのように、大した風邪でも無い感染症予防のために、ワクチンを打つつもりがお有りならば、「・・やめておいたら?」とお止めします。

意外とご存じない方が多いようなので、ここに書き込みました。
失礼いたします。

返信する
yasu

ご存じかとは思いますが、日本には高額な医療費を支払った場合は高額療養費制度で払い戻しが受けられます。なので、120万円(自己負担分)をそのまま支払う必要はない筈です。

下記のサイトに制度の説明と、そこからシミュレーション(払い戻し額は世帯合算可能)もできますので、ご参考まで。
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/sb3030/r150/

返信する
智ママ

yasuさん
ご丁寧にありがとうございます。

同一県での医療を受けられた場合の医療負担は、高額療養費制度がききます。

しかし、神戸在住の方が当地(大阪の近隣県です)の大学病院に運ばれて、そのまま在住県以外の土地で手術を受けられた場合、一時負担金ぶんは自己負担(立替)となり、高額療養費負担もきかず、自己負担額が半端なくかかるということで、退院時に、会計で事務方に食ってかかっていたお兄さんの姿を見かけたことがあります。(息子が入院中、ご飯を買い出しに出ていて通りかかった)

そういう落とし穴もありますので、高額療養費負担が使えるからと言って安心できないケースもあるということを、ここに記しておきます。

在住県と同一県で、治療が受けられるとよいのでしょうが、そうもいかなかったケースがあったということで・・・。

返信する
yasu

この制度の適用を受けるには、同一県内で治療が完結しなければならないということでしょうか? それは初耳だったので、厚労省のウェブサイトを見たのですがそのような記載は見つけられませんでした。治療費が高額となるような手術や病気は、専門医がいる大規模医療施設でないと対応できないことが多く、そのような施設は数が限られるので(専門医も限られます)、必然的に自分が住んでいる地域から離れて治療を受けることが多くなると思います。もし在住県でないと制度が受けられないとするとほとんど意味がないように思うのてすが。。。もしご存じでしたらで構わないのですが、上記のようなルールを明示しているウェブサイトがあればお教えください。

返信する
智ママ

yasuさん
お返事ありがとうございます。

残念ながらウェブサイトは存じませんが、息子と同室だった琵琶湖県のお子さんのお母さんも、『養育医療は、住んでいるところと同じ県でないといけない(近隣県の医療機関は対象外となるらしい)から、娘のための一時持ち出しが半端なくて大変なの。実家が大きいからなんとかなったけれど・・・』とこぼしておられました。

ちなみに上記の神戸のお兄さんは、小さい頃、心臓が悪くて当地の大学病院にかかっていたことがあることを、神戸の盲腸で運ばれた病院で告げると、そのまま救急車で当地へ運ばれて、緊急手術となったそうでした。
(心疾患児・者の手術は、万が一のことを考えて、施設の整ったかかりつけの専門病院で行われるのが慣例なのだそうです)
それで、要求された一時立て替え金額が、40万からお釣りがくるものだったそうで、『そんなにキャッシュを持っているはずないやろ!高額療養費負担が効かないて、どういうことやねん!』と激怒されていました。
医療補助の制度は、全てが在住県と同一自治体でのみ、適用になるのかもしれません。
ふと8年前のことを思い出したので、書いてみました。

返信する
yasu

おはようございます。

高額医療費補助は、3割負担分(窓口負担分)はいったん窓口で自分が支払う必要があり、そこから申請して3か月後くらいに該当額が行政から支払われるしくみです。確認ですけど、窓口負担の時点で「この制度が効かない=割り引きされない」というのであれば、それは認識が違うだけで適用されないわけではないです。

身近にこの制度を使用した人がいないのでリアルに確認はできないですが、機会があれば会社の医療政策部門の人に聞いてみて結果はお教えします。

返信する
智ママ

智ママです。
Twitterではブランと名乗っております。
花風社クラスタの皆さまには、大変可愛がっていただいており、感謝いたします。

本日15時、Twitterでログアウトしてみたところ、元のアカウントに戻れなくなってしまったので、やむなく『ブラン2』としてTwitterのアカウントを取り直して、再度始めたところです。

夫のスマホでは、まだ『ブラン』のアカウントは生きているようなのですが。
これからもよろしくお願いいたします。

返信する
ブルー

<発達障害概念の帰結=「変な奴、あいつはきっとハッタツ」>

本年もありがとうございました。
ヨヨ子さん、浅見さん、佑樹さん、智ママさんの書き込みから。

■コロナ禍のSNS

コロナ禍のSNSを観ていてつくづく思った事があります。

それは

「妙な挙動の人は、陰で未診断のASD/ADHD認定される社会になった」

ということです。

ここでのポイントは「陰で」という所です。公にはそういう発言が憚られることはみんなさすがに分かっています。でも、どこかで吐き出したいのです。

だからSNSとか喫茶店とか飲み屋で吐き出します。喫茶店や飲み屋なら周りが聴いていたりします。SNSではみんなが読んでいます。

■(ダメ系)医クラ

例えば今回のコロナ禍で、一部の(ダメ系)医クラのあまりにも視野狭窄な言動が顰蹙を買っていました。いくらなんでも社会や経済に疎すぎる言動ではないかと。

そうしたらSNSで案の定、こんな発言を見かけました。

「一部の医師はあまりにも社会に対して視野狭窄すぎる。医師にはASDが多いと思われるが、典型的な言動だと思う」

と吐き出している人がいました。

さらに。

「専門分野で定型を超える能力を発揮する高IQ型のASDが、社会をけん引するような立場になったら、逆に被害が増す」

というようなことを吐き出している人がいました。

つまり「あの変な医者は未診断のASDだと思う」と言っているのです。そして「IQの高いタイプの未診断ASDに専門分野だけやらしとけば良かったのに、国家的マネジメントやらしたら暴発しているじゃないか」と言っているのです。

こういうことは公共の場では言いにくいです。だからSNSで吐き出しているのです。

■政治家

また、無免許運転で騒ぎを起こした都議会議員がいました。公人としては問題の多い行動、言動が目立ちました。確かに奇妙キテレツな挙動が多かったように思います。

この人は公人なので、SNS上で名指ししてダイレクトな感想を述べている人が何人もいました。

「○○都議は発達障害だと思う。メディアも○○都議の行動を面白おかしく取り上げていないで、診断を促すべきではないか」

「まず○○都議は議会ではなくて病院に行って、発達障害の確定診断をもらった方がいい」

こういうことをSNSで吐き出している人が何人もいました。それは「お困り事を抱えた患者さん」を見ているような目線でした。

「アタマの病気なんだから、通院を促すべきだ。メディアはそういう人を見世物にするな」みたいな感じでした。

■概念の構造そのものに原因がある

このような事態は、社会の人々がどいつもこいつもレイシストだからではありません。また一見、啓発の副作用にも見えますが、もう少し奥があります。

この事態は、発達障害概念の構造そのものに原因があります。

発達障害は「発達」と「障害」という二つの単語の合成語ですが、発達に関しては全然教えてくれません。

それはそうです。概念を創ったのが精神医学の人達で、発達の専門家ではないからです。結果、疾患と障害にばかりフォーカスした概念体系になりました。つまり発達障害概念は「困りごとのコレクション」です。

さらに福祉系の世界のロジックに乗れば、障害は当事者と社会の間にあるものとされます。そのため、発達障害概念は当事者と当事者の周りの人が同時に使うことになります。よって以下のようになります。

まず、当事者(←困っている人1)が困り事を言語化する手助けをします。

さらに当事者の周りで当事者に手を焼いている人(←困っている人2)に、「当事者の取扱い方」を伝えます。(※まあ、現実には「それでも取り扱えない」事も凄く多いのですが)

発達障害概念が広がるということは、「当事者の取り扱い方」という2つ目の機能も同時に社会に広がります。

それでどうなったか。

未診断でそれっぽい人、はっきり言えば「わけの分からないアイツ」にもみんながインフォーマルに発達障害概念を適用するようになったのです。そうしないとアイツの当座の取り扱いに困るからです。

そして人間心理の現実として「わけの分からないアイツ」が「=多分ハッタツ」となると、心理的に落ち着くのです。少なくとも意味不明のエイリアンではなくなるからです。

そしてこれは一種の差別なので、公共の場では発言されません。さすがに公共の場ではみんな黙っています。

でも、喫茶店とか飲み屋とか、SNSで「吐き出します」。アイツに手を焼いてストレスが溜まっているからです。もしくはアイツのSNS上での言動に辟易しているからです。

これは診断履歴のある我々が絶対に踏まえるべき人間心理です。

■まず帰結を抑える

これらは発達障害概念が広がった帰結です。私は個人的に、理念や理論より先に帰結を観ます。帰結こそが現実です。

帰結は、往々にして誰かの理念や意図とは全く違う方向に決まります。かつ、現実に決まってしまったことなので、かなり強い力を持ちます。

発達障害の世界はこの手の帰結が多くあるように思います。診断履歴のある人はまず帰結を抑えた方が良さそうだというのが、私が個人的に感じていることです。

本年もありがとうございました。
それでは、良いお年をお迎えください。

返信する
ヨヨ子

ブルーさん。

あけましておめでとうございます。

「わけの分からないアイツ」が、陰で頭おかしい人扱いされるというのは、20年くらい前からあることです。
その頃は、発達障害なんじゃないか?ではなく統合失調症なんじゃないか?とか変な薬やってるんじゃないか?とか言われてましたが。

医療現場でもそうでしたね。
当時私が勤めていたクリニックでは、患者が帰った後で、「彼、カノジョいるのになかなか結婚しないんだって。その理由を聞いたら彼女が障害者なんですよーとか言ってるの。自分だって障害者みたいな顔してるくせに」(確かにダウン症みたいな顔の人でした。日本人にはダウン症じゃなくてもダウン症っぽい顔の人は結構いると思うんですが😓)とか「あの人様子おかしいよね。絶対変な薬(向精神薬のことです。医療者の一部にとっては向精神薬飲んでる人はそれだけでおかしい人なんです)やってるよ」とか言ってましたね。看護師が。

だから、発達障害呼ばわりは必ずしも発達障害側だけの問題ではないと思っています。

でも、発達障害者の評価はもはや地に落ちるところまで落ちてるのが現実だと思うので、カルテに自閉症とかADHDとか書かれてる人は今後よく考えて行動しなきゃお先真っ暗だろうとも思います。

発達障害を療育してもエジソンにもアインシュタインにもならないことも分かりましたしね。
発達障害をギフテッド扱いする人もどんどん減るでしょう。
ドラマとか小説とか漫画には、いまだに発達障害または発達障害としか思えない天才が出てくるけど、もしかしたら現実の世界にもそういう子が実はたくさんいるかも!と考える人もどんどんいなくなるでしょう。

あーこりゃこりゃどうしたもんじゃろかい。

返信する
ブルー

ヨヨ子さん

新年おめでとうございます。
文節ごとにコメントを返しております。

>「わけの分からないアイツ」が、陰で頭おかしい人扱いされるというのは、20年くらい前からある

→そうなのですか。私は全く気がつきませんでした。つまり20年前は言われる側だったわけです(今でもですが)。ご指摘を元にこの件をもう少し掘り下げると、現代はSNSで可視化されるようになったことが大きな特徴だと思いました。

>統合失調症なんじゃないか

→これを読んで思ったことですが。発達障害の場合はスペクトラム概念のため、未診断グレーの人にも言及が及びますね。つまり精神疾患の中でも(言い方は悪いですが)カジュアルで身近な部類になってしまいました。

多くの人が言及するのはそれもあると考えます。トーシツよりハッタツの方が(実際の状態像やご本人の苦しみはともかく、印象は)ライトな感じがあるように思います。「あたしADHDだと思う」みたいに自分で言う人まで増えましたね。悪い意味でファッション化したと思います。

>発達障害呼ばわりは必ずしも発達障害側だけの問題ではない

→日本人は「自分と違う属性の人」がとても苦手です。その意味でこの件はもっとも日本的な話だと思っています。違う属性の人へのラベリングならなんでもいいんですよ。一部の地域における「コロナ陽性者」もそうでした。

>発達障害者の評価はもはや地に落ちるところまで落ちてるのが現実

→評価の件はいろいろあります。特に産業界では。ただ、発達障害の人を忌避する言説はよく見受けます。辟易している人が多いことはよく分かります。私も身近な「未診断疑い」の人に辟易したことがあります。

>カルテに自閉症とかADHDとか書かれてる人は今後よく考えて行動

→日本に住んでいるなら、日本社会の「普通」(定型文化)を知っておくことだと思います。月並みですが。そして定型文化と自分との距離を常に測定しておくことだと考えます。

>発達障害を療育してもエジソンにもアインシュタインにもならない

→発達障害天才説は当事者の役に立ちませんね。「天才」もまた日本人にとって「自分とは違う属性」なので、持ち上げているようで実は心理的な隔離が生まれています。ということで「あいつはアスペだ」も「コロナ陽性」も「天才」もみんな同じ話です。

>あーこりゃこりゃどうしたもんじゃろかい。

→これにも真面目に応答しますが(笑)、どうしようもないと思います。発達障害は凄く社会的な問題だと思うのですが、土台の社会そのものが(さらには日本人自身が)衰退・劣化しているのでどうにもなりません。

ということで、どうにかできるのは自分自身だけ、と思っています。

以上よろしくお願い致します。

返信する
ヨヨ子

ブルーさん。

返信ありがとうございます。

本当に、今の日本では、発達障害者も精神障害者も知的障害者も、どうにかできるのは自分だけだと思います。

私自身医療被害やギョーカイ虐待で心底そう思いました。
元が医療者なので、医療被害や何回手術しても働けるようにならない患者の存在は知っていたのですが、ここまで酷いとは思ってなかったです。

私のような精神医療に引っかかる医療者は少ないながらもいます。
学生時代実習先で精神病棟をスルーする医療者もいるし、精神病は講義や国家試験で扱う割合が他の分野に比べて少ないので学生時代から精神科で働こうと思ってる人以外あまり勉強しないんです。
母校の付属の大学病院がない場合だと、就職した後精神医療を熱心に勉強する機会なんてまずないですしね。

でも私が最後の最後まで鬼畜精神科医に1人で反発し続けたのは、内情を知ってたおかげだと思っています。
再就職できた1番の要因も医療国家資格ホルダーだったからだと思っています。

そんな私ですら地獄を彷徨い今でも半分地獄なんだから、支援医療の古漬けになって特別支援高卒のまま30代40代になった人達なんてもっとどうにもならないと思います。今となっては烙印だらけで放置されてるようなもんでしょうし。

日本人や日本の劣化についてはよくわかりませんが、想像以上に近代的じゃないらしいということはここ2年間でわかりました。
多様性とかダイバーなんとか偉そうな言葉を使うの、まだ早いんじゃないの?日本の人たちって、と思いました。
ノーマスクもワクチン拒否も完全には認めてないのに何が多様性?何が性的マイノリティ差別反対?口先だけになるの目に見えてない?人喰いモンスターになった背景がウザイくらい描写されている鬼退治の漫画が流行ってるのにノーマスクノーワクチンの人の背景を考える人あんまりいないよね?ノーマスクノーワクチンの人間ってモンスター未満なの?みたいな。

今年も誰も彼もが踏ん張らないといいつ穴にハマるか分からない年になりそうですね。

では良い仕事始めを。

返信する
ブルー

ヨヨ子さん

返信をありがとうございます。
文節ごとにコメントしております。

なお、途中で大きく脱線しますが、最後に戻します。

>元が医療者なので、医療被害や何回手術しても働けるようにならない患者の存在は知っていたのですが、ここまで酷いとは思ってなかったです。

→ヨヨ子さんの投稿を拝読させて頂いていつも思うことですが、精神科の薬害被害は想像を絶します。申し訳ございませんが私は想像することしかできません。でもそれは、医療者ですらそうだったのですね。

それと、いずれこのサイトで論じようと思っているのですが、ヨヨ子さんの一連の投稿を読んで確信に近くなったことがあります。

それは、西洋医学はやはり機能的問題が苦手だということです。やはり器質的問題への理論体系です。精神はヒトの機能ですが、それに対してのツールが絶望的に足りないと言えます。薬剤だけではどうにもならないのに、薬を盛ってしまいます。

そして発達障害は・・・。これはいずれこのサイトで。

>精神病は講義や国家試験で扱う割合が他の分野に比べて少ないので学生時代から精神科で働こうと思ってる人以外あまり勉強しないんです。
母校の付属の大学病院がない場合だと、就職した後精神医療を熱心に勉強する機会なんてまずないですしね。

→これは付随して発達障害もそうですね。

>でも私が最後の最後まで鬼畜精神科医に1人で反発し続けたのは、内情を知ってたおかげだと思っています。
再就職できた1番の要因も医療国家資格ホルダーだったからだと思っています。

そんな私ですら地獄を彷徨い今でも半分地獄なんだから、支援医療の古漬けになって特別支援高卒のまま30代40代になった人達なんてもっとどうにもならないと思います。今となっては烙印だらけで放置されてるようなもんでしょうし。

→安直な気休めに思われてご気分を害されたら申し訳ないのですが、ヨヨ子さんはそれでも半分地獄から脱出されているように思います。ご気分を害されたら申し訳ございません。

>日本人や日本の劣化

→日本国の劣化に関しては、社会/経済的要因がいろいろと論じられていますが、全体的なイメージは「イタリア化」と捉える方法があります。

日本はアジアのイタリアに(ちきりんの日記)
https://chikirin.hatenablog.com/entry/20100730

衰退先進国イタリア(池田信夫blog)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51504771.html

「かつての先進国、そして文化面(=ソフト面)だけは強い国」
「全体としてドメスティックな衰退国、それを誰も気にしない」

という感じの国家になっていく、という見立てです。

日本人そのものの劣化は、何か定量的な指標があるわけでもありません。これは私の個人的な見立てです。

ちなみに日本人が最もレベルが高ったのは江戸時代と考えています。この頃は人類史上最高のレベルと推察しています。

その後、明治維新による強引な西洋化からレベルが下がり続け、今でも下がり続け、今後100年に渡り下がり続けると踏んでいます。

なお、以上全て私の主観です。ただ、似たようなことを考えている人もたまにいます。武術系の世界に時折いますかね。身体性をベースにしていくとこういう感じの人間観になります。

>想像以上に近代的じゃないらしいということはここ2年間でわかりました。
多様性とかダイバーなんとか偉そうな言葉を使うの、まだ早いんじゃないの?日本の人たちって、と思いました。
ノーマスクもワクチン拒否も完全には認めてないのに何が多様性?何が性的マイノリティ差別反対?口先だけになるの目に見えてない?人喰いモンスターになった背景がウザイくらい描写されている鬼退治の漫画が流行ってるのにノーマスクノーワクチンの人の背景を考える人あんまりいないよね?ノーマスクノーワクチンの人間ってモンスター未満なの?みたいな。

→これはかつて私も雑談のお部屋で論じたことがありますね。

日本人は1000年に渡る国民性を温存したまま、明治維新以降、表面的に近代をやっているフリをしています。西洋から強引に近代社会の考え方を突っ込んだのですが、身についていません。

資本主義も市場原理も日本人は嫌いです。「市民」にもなってません。まずはお上のいう事を聞くことからです。一応、主権国家の恩恵を受けていますが、身体に身についた社会観は「イエ」と「ムラ」です。

関連して、「空気の支配」「同調圧力」もそうですよね。つまり「法の支配」で社会を回せない人達ということです。

ダイバーシティも無理です。これだけ違う考え方の人が苦手な国民ですから、絵に描いた餅です。これは我々当事者が踏まえておくべきことですね。

こういった、日本の「なんちゃって近代」は日頃は取り繕っていて観えないのですが、今回のような天変地異が起きると一気に本来の国民性が露呈します。

つまり、ウイルスのせいでこうなったのではなく、そもそもこういう国で、こういう国民だということです。私自身ホント勉強になりました。

>ノーマスクノーワクチンの人間ってモンスター未満なの?

→「反ワク」呼ばわりですね。

予想ですが、今この時点で誰かを反ワク呼ばわりしている人(=違う考え方の人が怖くてしょうがない人)は、これからやってくる日本や世界の大転換期(今はまだです)にパニックになると思います。

なぜならば考え方が「ワクチン打つ/打たない」みたいな二項対立ではなくて、百家争鳴の時代になるような気がするからです。

よって、自分と違う考えの人をいちいち罵っている人にとっては「キチガイ天国の地球」に感じられます。

結果、ゲシュタルト崩壊を起こすのではないかと予想しています。

・・・もはや何の投稿なのか分からなくなってきて申し訳ないのですが。

いずれにせよここまで私が社会科学を気にするのは、本質的に自分が少数派であって社会を相対化して観ざるを得ないことと、社会の側に希望を見いだす以前に、とにかく現実を把握したいからです。

よって元に戻りますが、現状の社会を顧みるに

>本当に、今の日本では、発達障害者も精神障害者も知的障害者も、どうにかできるのは自分だけ

→この結論に戻っていくということになります。途中大きく脱線しまして失礼いたしました。

よろしくお願い致します。

返信する
ヨヨ子

健常者の発達障害者に対する忖度なき意見。

先月、とあるコーヒーショップでいきなり
「グレイゾーンってキ✖︎ガイだよ!」という声が聞こえてきてビックリ。

声の主は私の後ろの席の二人組の女性。
彼女らの部署に発達障害の人が入ってきて困ってる、みたいな感じでした。
二人ともその人に大層困らされているらしく、
「年下ならまだ許すけど年上って!😆」とか言ってました。

ゼロ年代から10年代にかけてNHKまで巻き込んだ発達障害啓蒙祭って、なんだったんだろう?と思いました。

返信する
浅見淳子

ヨヨ子さん

ぬいぐるみ抱えた成人男性が画面に登場して理解を訴えたりして、「できればつきあいたくない」等の「まっとうな理解」が広がったのではないでしょうかね。あのときのNHKのやり方を見ていると、今のNHKは暗に「💉するな」と言いたいのかもしれませんね。

返信する
ヨヨ子

浅見さん。

ぬいぐるみ抱えた成人男性の番組、私も視聴した記憶があります。
あれを見て「発達障害の人って可哀想だな。理解しなきゃな」と思う人はまずいないでしょうね。

あれらを否定したら差別だって言われるの?😓と思った人はいると思いますけど。

障害者を語る上では真実を見せなければいけないこともあるでしょう。
でも、見せたら当事者の為にならないこともあるように思います。

私が上に書いたキ✖︎ガイ扱いされていた人も、隠した方が良い特性を隠す努力すらせずに堂々と見せていたんだと思います。
でもその影には、自分の特性を周りに知ってもらいましょう!と教える支援者の責任もあると思います。

因みに、特性を自分の周りに知ってもらいましょう的なアドバイスをする人は、薬害被害救済者?にもいます。
向精神薬や精神医療の怖さ惨たらしさを伝える書籍に、真実を知らしめる勇敢な人として名前が出てくるような人にすらいます。
困ったもんです。

薬害は自己責任。投与した人間は基本野放し。公の場で認められる可能性はミジンコの如し。

それに比べたら生きづらいくらい何よと思います。吊り目の雀だった頃の藤家さんみたいな人ならまだしも、テレビに出られてTwitter運営出来るレベルの人なんて。

返信する
ヨヨ子

なんというか、
もう発達障害者が同情を乞える計画は失敗したな・・・!例え乞えてる時期があったとしても終わったな・・・!
と思います。

同情で生き伸びていた発達障害者がいるとしたら、来年からどんどん社会に居場所無くして貧困者になっていく気がします。

これからは、治らないの先にあるのは貧困。

返信する
智ママ

ヨヨ子さん
お久しぶりです。お元気そうで何よりです。

社会にゆとりがあるときならいざ知らず、社会の財源を医療がタコの足食いしながら消費していっているこれからの時代では、健常者がただ我慢させられ、当事者に合わせることを強いられるのに、当事者は努力せずに、あるがままと福祉を享受するというスタイルは通用しなくなると思います。
福祉対象自体も、これからどんどん削られていくでしょう。

工夫すれば治せる余地のある障害を、あえて治さないままでいるのは、親子ともども地獄への道が準備されることになりそうです。

「智くんは、心臓も知的もあるから、福祉が切られるのは最後になるから安心してください。最初に切られるのは、軽度の子たちになりますから」と最初の療育園のスタッフから福祉は安泰だから。と、安心?するよう、言葉をかけられた5年前ですが、今はどんどん福祉への補助が縮んでいく初期段階にあるようです。

ゆっくりの育ちではあるものの、息子にできることを増やしておけば、少しは対応していけるかな?と想定して育てています。

返信する
智ママ

がんばっている姿を周囲に見られているからか、育成の他の子よりも、目をかけてもらえることが多くなった息子でした。
『一番ゆっくりだけれど、頑張って、その結果、めざましく伸びている』ことが、周囲の心を動かすのかもしれません。
当人は、ただやりたいこと(外出と、列車などの乗り物に乗ること、中学校に進学すること)のために、頑張って伸びていっているだけなのですが。

学校という社会も、頑張って伸びている子には、かなり配慮してくれる場であるようです。

返信する
ヨヨ子

智ママさんお久しぶりです。

9年ぶりの社会復帰、まあなんとかやってます。
ロープの上を渡っている気分ですが。  

智くんは、確かに福祉が利用者にお金をかけなくなってもしばらくは安泰かもしれませんね。

しかし、障害児の世界には、食事を口に持って行っても反応が無いような子もいます。口から食べられず寝たきりの子もいます。世間から隠されるだけで。

障害者よりも「手厚い」とされている高齢者福祉にも既に皺寄せがきています。私の祖母の入っている老人ホームでは、一昨年まで貯蓄が一千万未満の人に対して料金割引があったのに、去年から料金割引を受けられる貯金額がかなり減ったのです。おかげで祖母にかかるお金が倍!になってしまいました。

だから、自力で動き回れるくらいの知的障害や身体的疾患くらいだったら、「福祉を切られるなら最後」では無いと思います。

これからも智くん、生きていくジュツが増えるといいですね。

では良い新学期を。

返信する
佑樹あかり

実は自分の友達も老人デイサービスで働いてて未診断の大学中退した発達障害グレーゾーンと考えられる年下の新人青年職員に困っていた経験あります。

働いていたそのデイサービスの社長がパワハラ体質なうえ、地域のソーシャルワーカーの人達から睨まれるほど問題山積みの職場だったため、辞めて転職していました。

はっきり言って、いくら学校やテレビで啓発しても発達障害への差別や憎悪は無くならないと思います。発達障害者が仕事できて、問題行動なくさなければ。

返信する
ヨヨ子

祐樹あかりさん

テレビでの啓発で差別はなくならないと私も思います。
啓発なんかしなくても、「障害者を差別するのは良くないし、そういう人達にも仕事があれば良いだろうな」くらいの気持ちは皆既に持っているでしょうから。
にも関わらず発達障害が煙たがられるのは、「知らないから」とかそういう問題ではないということなんだと思います。

そもそも啓発で障害者の立場がなんとかなるなら、発達障害よりも歴史の古い障害者例えば脳性麻痺の人とかはもっと良い生活してるはずです。
彼らも書籍を読む限りでは、昭和の頃よりは社会からマシな扱われ方をしてるようですが、今でも親が安心して死ねる環境ではないみたいです。

返信する
ヨヨ子

http://www5d.biglobe.ne.jp/~matsuda/custom.html

全身の皮膚が赤くなって剥がれた1回目💉接種者に、2回目接種する医者のブログ。
(ナンバーでいうとNo.51)
接種者が希望してるから違法でも鬼畜行為でもないんですけどね。

私は、医療機関勤務者であるにも関わらず💉接種には参加したことないんですが、💉で倒れた人の話、💉接種部隊の人から聞きます。

また、上のブログにあるように、「💉や💊で何かあったら医者らに相談してください」は、医療機関のお決まり文句なですが、当の医師らが対処できる保証はありません。
私の勤め先でも最近、💉接種部隊に参加した看護師の1人が、実はAEDを扱えないことが判明し驚愕。

返信する
ヨヨ子

消防本部から発行されて病院や調剤薬局に貼ってあるポスターです。

今都心部の道端で倒れたら、顔にタオルかけられちゃうかもしれないんだそうです。
きっとマスクも外してもらえないんでしょうね。

道で倒れている人には呼吸を確保しなきゃいけないんじゃなかったのか?マスクしたまま心臓マッサージしろなんて言われたら誰もせんわ!と思ってしまいました。

返信する
ヨヨ子

こういう状態で心臓マッサージされるらしいです。

される方もする方も嫌ですね。

見殺しが増えそうです。

返信する
ブルー

<ショート連載:2人の起業家の共通点:6/6>

第5回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/489/comment-page-50/#comment-7660

今回で最終回です。まとめです。

■2人の知見とは

2人は広範囲にわたって知見がありました。ただ、あえて2人の知見のベースを改めて私が言語化するとこうなります。

●心理系の恩師⇒「人間の成熟」がベース
●「海老蔵信長」氏⇒「個々人の資質と強み」がベース

私は心理系の恩師から、何よりも自己一致した在り方と、ぶれない中心軸を学びました。それらが恩師から学んだ多くの物事の根本にあるものです。

「海老蔵信長」氏からは、常識にとらわれずに人を完全個別化して見立てることを学びました。さらにそこから、資質や強み、才能といった個人のオリジナルギフトをどのように活かしていくのかを学びました。

それはピーター・ドラッカーや長沼睦雄先生が到達していた、人の強み(発達の凸)に関する人類普遍の帰結(※)をベースに、「海老蔵信長」氏がさらに理論的に大きく発展させたものです。

その理論体系は私が自分を扱う上で基本となりました。そして今でも自分の人生に使っています。

■2人に共通のテーマ

2人に共通するテーマは

「マネジメント」
「ビジネスで成果を上げるには」
「人間とは何か」
「より良い人生とは」
「物事の本質」

といったところです。

もちろん経営者ですからお金やビジネスは大事です。しかし、2人ともどこか「人間科学者」「人間哲学者」という雰囲気がありました。

彼らは人間存在の本質を追求する人達だったのです。この2人との日々は、確かに私の人間観のベースになりました。

考えてみると当事者にとって最も重要なのは発達障害に詳しくなることではありません。それも自己認識の役には立ちますが、最優先ではありません。

当事者にとって最も重要なのは人間に詳しくなることです。その観点を持っていれば、例えば発達障害概念はヒトの標準的発達を教えてくれないことに気がついたりします。発達障害概念は疾患と困りごとのコレクションだからです。

よって治る道も発達する道も、発達障害概念の中にはないことが分かります。治すのであれ発達を援助するのであれ、ヒトの標準的発達を全体的/全身的に考えることから始まるからです。花風社の本も、「自閉症革命」も、そういう視座から書かれています。

そして2人は人間存在の本質を追求していたからこそ、卓越した教育者でした。この2人の薫陶を受けた人々は、通算で少なく見積もってもこの世に数千人はいるはずです。私もその1人です。ただし私は2人の舞台裏から学んだのですが。

■2人の欠点

もちろん2人にも欠点はありました。人間だからです。

「海老蔵信長」氏は本物の織田信長のように先進的でスタイリッシュな帝王でした。天才でイケメンで、ファッショナブルで、お金もあって、女性ファンから黄色い歓声を浴びていたこともあります。

しかし彼が舞台裏で見せる人格的な欠点とそれが様々な人にもたらした悲劇は陰惨なもので、本当に見るに耐えませんでした。

「海老蔵信長」氏は天才であるがゆえに闇も深く、内面の奥底は極めて哀しいものでした。そして彼の被害者は、ほとんどが彼を愛した女性達です。そういう点ではピカソにそっくりでした。

また心理系の恩師が、少しだけ心理系の人の弱点を残していた事も知っています。恩師のニュートラルで成熟した人格は、心理的発達段階の高さを伺わせました。仕事にも家庭にも恵まれた人でした。

しかし公私ともに成功した恩師も人間であって、少し心の拗れが残っていました。身体性そのものは高い人でしたが、恩師が完全にバランスを取るためにはさらにもう少しだけ高い身体性が必要であったと私は感じています。

■日々そのものが糧

全ての人の舞台裏には埃があるのです。ない人はいません。今ではそれらも含めて、2人とともに過ごした日々の全てが私の糧です。

この連載は以上です。ありがとうございました。

※「活かそう!発達障害脳」をご参照ください。

返信する
ブルー

(おまけ・思い出)

https://www2.nhk.or.jp/archives/jinbutsu/img/jinbutsu063/int18.jpg

リンク先の写真も、天才起業家「海老蔵信長」氏によく似ています。
特に、ホテルのロビーラウンジで会う時はこんな感じでしたね。
座り方や目つき、表情、服のコーデまで似てます。

お前はどんな人と付き合っていたんだ、と思われているでしょうが。

彼はファッショナブルでしたが、基本のコーデは黒をベースにしていました。
そして「海老蔵信長」氏がホテルラウンジに登場すると

「でたぁ~~!!ラスボス!!」
「帝王降臨!!!」

みたいな感じでした。明らかに「なんか違う人」の雰囲気でした。
でも、仲は良かったですよ。私にとっては良きアニキでした。

返信する
ブルー

<ショート連載:2人の起業家の共通点:5/6>

第4回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/489/comment-page-50/#comment-7651

今回も天才的な起業家「海老蔵信長」氏だけにフォーカスします。
また、コロナ禍における医クラにも。

■社会を複雑系として観る

「海老蔵信長」氏は社会科学の勉強に注力していた時期があります。そもそも地理学と歴史学に造詣の深い人で、中国の古典等もよく読んでおられました。

また「複雑系」もいろいろと勉強していて、組織や社会など、この世の様々な事象を複雑系として解釈していました。

そして彼は「カオス理論」「ネットワーク系の科学」「バタフライ・エフェクト」「自己組織化」といった複雑系研究の知見を、自分のビジネスモデルに応用して成果を上げていました。

なかでも「自己組織化」の考え方を極めて重視し、組織づくりに応用していました。

このように組織や社会を全体としての複雑系として観るのは経営者にとって当然の話だとは思います。複雑系というのは部分最適の積み上げでは完全に解明できず、最初から全体的な観点を必要とする世界だからです。それは現実の企業や社会そのものです。

つまり「海老蔵信長」氏は社会や組織に対して全体的な観点を持つ人だったということです。

■コロナ禍における医クラ

「海老蔵信長」氏との日々から何年も経過した後のコロナ禍で、一部の(ダメ系)医クラの平板な社会観や、そもそも社会観がない実態が明らかになりました。

例えば一部の医療関係者は、社会に対して奥行きを持った捉え方ができない様子でした。いわば他の業界が舞台の大道具に描かれた「背景その1」「背景その2」みたいに見えているのです。演劇の舞台の上に置かれた、平べったい木の板に絵の具で書かれたあれです。

現実にはそれぞれの業界と職業には見えている以上の奥行きがあり、それらが複雑にからみ合って経済活動を行っているのですが、もうそういうことは想像の枠外のようでした。

だから他の業界や職業を軽視する発言をして、なおかつそれに気がつかないために顰蹙や批判を集めている様子も見受けられました。

同様に社会に対して部分最適の観点しか持つことができず、全体最適を考えることができない一部の医療系専門職に対しても批判や顰蹙が集まりました。

これらの件はSNSで、医療関係者自身が同業の人々に辟易して苦言を呈している姿も多数見られました。

さらにそもそも論として、全ての人が社会科学を学ぶわけでもありません。特に理数系や医療系の人はなおさらです。そんな中、「医者も経済学を学ぶべき」と自責の念を込めて発信していた医師も見かけました。

この医師の発言は象徴的です。

経済学はいろいろと限界もある学問なのだそうで、現実の経済を完璧に説明できないこともあるようなのです。しかし社会資源の最適配分を考える学問ですから、少なくとも社会における全体最適を目指してはいます。

対して、西洋医学は部分最適に基づく対症療法に関してあらゆる医学流派で最強の力を持っています。

つまり先ほどの医師は自分が部分最適を修行してきたことに気がついて、全体最適の観点も必要だと感じたというわけです。

こうした様々な医療関係者の発言をSNSで観るにつけ、社会を複雑系として捉えて全体最適を探る姿勢は、全ての人に当然ではないことが改めて分かりました。

■海老蔵信長氏の発言

最後に「海老蔵信長」氏の象徴的な発言を。

海老蔵信長氏:
「部分を観る人と全体を観る人がいる」
「僕は全体を観る人なので・・・」

(続く)

返信する
ブルー

<2人の起業家の共通点:4/6>

第3回はこちら

https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/489/comment-page-50/#comment-7641

このシリーズは私が薫陶を受けた2人の起業家の共通点を抽出するものです。ただし、今回と次回だけは天才的な起業家「海老蔵信長」氏限定の特徴です。

■専門家の使いこなし

経営者にとって専門家というのは「使うもの」です。そして使ってみて成果が出ないなら契約解除するものです。

この観点から「海老蔵信長」氏は

★人格と腕のいい専門家をどれだけ多く探しあて、抱えられるか

ということを極めて重視していました。自分の勉強の目的の一つとして「専門家を見分け、彼らに正しい質問をするため」とまで言っていました。

私の当事者としての特徴は専門家の判別と使いこなしにあると思っていますが、それは「海老蔵信長」氏から受けついだものです。

例えば「海老蔵信長」氏は自分の健康のために徒手系治療家を確保していました。私が徒手療法の有効性と、人体の機能的問題に対するアプローチの重要性に身を持って気がついたのもここからです。

それは偶然にも、私の発達援助の取り組みに対する強力な後押しとなりました。

また「海老蔵信長」氏は経営者として、つまり専門家を使う側として

「そもそも専門家とは何か」
「専門家の適材適所とは」
「専門家の在り方」
「専門家の資質や適性」
「専門家の使い方」

ということをよくよく考察していました。いわば「専門家の専門家」でした。その知見は今でも私が専門家を判別する際に活用しています。

それは身体アプロ―チに取り組む時はもちろんのこと、コロナ禍においてもメディアやSNSに登場する多くの専門家を観るのに役に立ちました。同時に多くの人はそもそも専門家を判別するノウハウがないことにも気がつきました。

「海老蔵信長」氏は知見の広い人でした。つまり幅広く多くの分野に渡って勉強をしていました。だから専門家に対してはこんな発言もありました。

海老蔵信長氏:
「一つの分野や資格だけを学んでドヤ顔をしている専門家は、そもそも失格」

これは後に、私が心理系の専門家アンチの弱点「他の分野の専門性を認めることができない」を分析する際のベースとなりました。
(※「心理系アンチ5回シリーズ」を参照のこと)

(つづく)

返信する
ブルー

<2人の起業家の共通点:3/6>

第2回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/489/comment-page-50/#comment-7626

■成果をいかに上げるか

2人は同じ肩書きでした。

「マネジメント・コンサルタント」

・・・・・・。

クラスタの方々の心の声:
「そいつら詐欺師?」

そう思う人が一定数いることは知っています。(汗)
実際、心理系の恩師はこんなことを言っていました。

心理系の恩師:
「私は詐欺師かな」
「この仕事は水商売だ」

コンサルティングサービスは形がないし、成果も定量化できるのか否か微妙です。しかも料金が極めて高いです。そういう点で口先だけの詐欺師だと思っている人や、この手の仕事を「虚業」と言って蔑む人が一定数います。

2人の肩書にある「マネジメント」というのは組織や個人の力を最大限に発揮させて仕事の成果を上げる営みです。つまり2人はクライアントが企業社会や実人生でいかに成果を上げるかということをテーゼとして働いていました。

広い意味では、人生において成果は全てではありません。しかし「海老蔵信長」氏はあくまでも仕事の対価は成果に対して支払われるものと考えていました。

例えば、私への外注費用の打ち合わせの時の言葉です。

海老蔵信長氏:
「プロセスに対して対価をお支払いすることはできないですから」

■本質を言語化する

2人は企業や個人をコンサルティングすることもあれば、セミナーや研修を提供することもありました。あるいはコーチング等、対面セッションを行うこともありました。

よって本質を言語化して伝えることに物凄く長けていました。それこそがこの2人の起業家のコアスキルでした。そのため2人とも、優れた教育者・啓蒙家でもありました。

特に「海老蔵信長」氏は天才的な思考能力と創造力、そして先駆の気風があったため、新時代の思想家のようでもありました。

■常に勉強

コンサルタントは知識産業ですから、2人とも常に勉強をしていました。心理系の恩師などは、ある勉強会を受講するのに借金までしていました。

心理系の恩師:
「バンザーイ!借金ができたゾー!」(※あくまでも冗談で)

そして「海老蔵信長」氏も心理系の恩師も、当然ですが凄く読書家でした。

(つづく)

返信する
ブルー

<2人の起業家の共通点:2/6>

第1回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/489/comment-page-50/#comment-7615

■市場ニーズを考える

2人とも経営者として当然ですが、市場ニーズを考えて経営していました。だから後年、花風社アンチの不満の理由にすぐ気がつきました。
(※アンチ考察の第2回以降を御参照ください)

私はアンチを観るまで「市場を認識できない人」の存在を想像できませんでした。その後「ピュー・リサーチ」の2014年の統計を見て、7割の日本人は市場原理が嫌いなことを知って認識を改めました。

■日本社会の「普通」の外に生きていた

市場ニーズを考える一方で、2人の本音はまた別の所にありました。

それは2人とも日本社会の「普通」は理解しながらも、自分にとってさほど重要ではないと思っていたことです。そういった事にはとらわれない人達でした。

心理系の恩師は、欧米人に師事することが多かったのだそうです。「海老蔵信長」氏もドラッカー等、欧米由来の知見をベースに使う事が多かったです。

2人とも日本社会の「普通」を理解しながら、自分自身とは一線を引いている人達でした。心理系の恩師はこうも言っていました。

心理系の恩師:
「普通・常識・当たり前。これらの単語は好きではない」

ただし恩師はバランス感覚もちゃんとあって、部下にこんな注意も。

心理系の恩師:
「私も本音では常識なんかクソ喰らえと思っているが、あの場においては長袖シャツにして、スーツの上着を着た方が良い」

(つづく)

返信する
浅見淳子

ブルーさん

またまた興味深い連載をありがとうございます。発達でこぼこを抱えた成人が誰をメンターにするかの指針ですね。

思いついたままに感想を。

実は私、自分はずっとマイノリティだと思ってきました。なぜなら各年代で、自分のような生き方が多数派であったためしはないからです。マイノリティとは文字通り「少数派」です。ですのでずっと自分は少数派だと思ってきました。弱者ではないけれども少数派だと。ところが少数派=弱者という考え方をむしろ自閉圏の人の方がするのです。ロンさんが「反枠が負け組」みたいなことをおっしゃっていましたが、今のところの日本では非接種はなんの差別も受けておらず、ただの一日も副反応もないので、何が負け組かわからないのです。ロンさんが打たない選択をした人を負け組というのは、たぶんどっちが多いかが重要だからなんだろうなあと思います。

あと自閉圏の人ほど行政委託を受けているような人たちのお墨付きを欲しがったり、そういうのもあると、寄らば大樹の陰的な生き方はむしろ自閉圏の人の方が希求すると思うのです。

あと前回についてなんですけど、ここ。

~~~~~

経営者にとって目先の現金は最重要です。しかしそれは本質的な動機ではありませんでした。本音では2人とも、お金はどうでも良い人達だったのです。

~~~~~
これもわかるのです。実はお金はどうでもいい、というより、なんというか、二の次なんですね。キャッシュアウトしたら会社は終わりですからキャッシュアウトしないようには気を付けますが、それ以外はどうでもいいんです。お金はあくまで手段なので、自分がやりたいことを実現できるだけあればよいのです。そしてどうも私は公私ともどもその運に恵まれているようです。いや、もっと儲けている人はもっと貪欲なのかもしれませんけどね。
私はニキさんの世界観を伝え、藤家さんの立ち直りを伝え、裁判を抱えて治ることの必要性を伝え、精神医療の巨星神田橋先生を発達の世界に紹介し、愛甲さんのセラピーを紹介し、栗本さんを世に出し、そして今大久保さんを世に送り出そうとしています。そういう自分の信念を伝えながら自分自身は衣食住に困っておりません。そういう意味で私は運がいいようです。そしてその運の良さは世の中の役に立てたいです。

あと、「欧米人」の解像度が私は高いです。そのあたり、明日くらいにちょっと管理人メッセージにでも書きましょうかね。

続きも楽しみにしております。

返信する
ブルー

浅見さん

コメントありがとうございます。

私もずっと少数派(マイノリティ)という自意識を持って生きてきました。それは診断が出る前からずっとです。

そして、人はそれぞれが唯一なので、本質的には全員がマイノリティです。これに気がついていない人も多そうですし、日本人は「普通」を希求する人も多いのでなおさらです。

「寄らば大樹」は私も3割くらいは持っていると思います。ただ、3割です。このへんが多分他の当事者と違うのでしょうかね。そもそも「治る」に賛同している時点で成人当事者の中でもさらにマイノリティであるという自覚があります。実際、私は発達の当事者との交流はもうこのサイトくらいになってしまいました。

それから「運」及び「縁」及び「流れ」みたいなものが自分に味方してくれているという感覚は起業家の方は共通して持たれるみたいですね。実は私も「自分は運がいい」と思っています。

それとグローバル系の話なのですが。私自身は「喰い詰めて脱出」系の方というのは、「現地でローカル」という捉え方をしています。

とはいえ日本国内でローカルに働いていても、英語を使って外国人と接する機会はこの先どんどん増えていくと思います。ただ、それはやっぱりローカルの延長と考えます。

なお、ここでいう「グローバル」「ローカル」は、冨山和彦氏の「G型L型」をイメージしています。

冨山氏の文脈に乗っかってしまうのですが、私自身は日本人で地球上を大きく移動しながら仕事を行う「(エリート系)グローバル」をやれる人というのはもはや日本人離れしていると思っています。

大半の日本人は海外に行っても、「現地のローカル」に同化する感じが向いているのではないかと。

さらに言えば大半の日本人は「ダイバーシティ」同様「グローバル」を苦手としていると観ています。

それは英語が苦手とか、異文化交流が苦手ということ以前に、土着してローカルかつクローズドなコミュニティ(=ムラ)を創ることがお家芸の民族だと思っているからです。

先日の「オミクロン鎖国」にも9割近い人が賛成したという統計を見かけました。オミクロンの毒性評価が、あるいは統計的な成果測定が・・・というより、本質的に「クローズド本能」がある人々であることを痛感させられました。

グローバルというのは基本的にオープンな世界観ですから、未来の日本人はどこまで行っても「多少は英語ができるワールドローカル(←?)」みたいな人々になると思っています。

連載はもう少し続きます。宜しくお願い致します。

返信する
浅見淳子

ブルーさん

私は現在1パーセントのノーマスクで、20パーセントのfully unvaccinatedで、10パーセントのきっしーの鎖国政策に怒りを覚えた人なので、立派なマイノリティですね。マイノリティでも生きていけることを多くの人に知ってほしいです。

返信する
ブルー

<2人の起業家の共通点:1/6>

連載の予告編はこちら

https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/489/comment-page-49/#comment-7606

私が若い時に薫陶を受けた2人の起業家に関して共通点を抽出し、このサイトに残しておきます。結局、6回シリーズになりました。全て成人当事者の発達援助に必要な事柄です。

私はこれらのことを彼らの身近で学び、今でも自分のベース、いわばオペレーティングシステムとして動かしています。

■人間に対する造詣の深さ

私が薫陶を受けた心理系の恩師にせよ、「海老蔵信長」氏にせよ、人間に対する造詣は物凄く深かったです。

経営者にとって目先の現金は最重要です。しかしそれは本質的な動機ではありませんでした。本音では2人とも、お金はどうでも良い人達だったのです。

そして2人とも、自分なりに人を見立てる方法論と理論を研究していました。組織や人材の開発に必要だからです。

■何の役にも立たない人はいないはず

また、経営者は適材適所を考えなくてはいけませんから、「全く何の役に立たない人はいないはず」という人間観・・・というか人材観を持つところも共通でした。

心理系の恩師:
「人は誰でも、何かには必ず有用だと信じています」

海老蔵信長氏:
「誰にでも必ず強みがあります」

■心理学と身体性

組織開発や人材開発の関係上、2人とも心理学及び言語に関する物事は深く研究していました。

心理系の恩師は当然として、「海老蔵信長」氏も人に関する知見を仕事で多用するので、心理学を含めた人の認識の構造に関して深く研究していました。

ただ、身体性は決して忘れない人達でした。そして健康に良く気を使っていました。まあそれも経営者として当然ですが。

また、心理系の人にありがちな問題点

「そもそも自分が病んでいる」
「クライアントではなく自分を癒したい」

にも気がついている人達でした。

(つづく)

返信する

いぬこ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


画像アップロード(PNG, JPG, JPEG)