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雑談のお部屋

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1,070 COMMENTS

浅見淳子

おはようございます。
先日藤家さんに、いかに今のドラッグストア店員がつらいかを聞きました。
私の住んでいるところは基本オフィス街なので、そういう光景は見られないのですが、いろいろ手に入らないお客の八つ当たりが店員さんに向かっているようですね。

三月七日の会が会場閉鎖により延期となりましたので、過度な防衛も必要でなくなり、私はマスクやめることにしました。
ハンカチはいつも5、6枚持ち歩いてますし、咳やくしゃみをすることがあればエチケットは守りますが、貴重なマスクは医療関係など本当に必要な方に回るといいなと思います。

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智ママ

釈迦に説法かもしれませんが・・・・
マスクの使い捨ては、もったいないので、以下のようにして再利用しています。
1.塩素系漂白剤を5%くらいにして、使ったマスクを1時間ほど漬け込む。
2.水で押してすすいだあと、タオルで押して水気をとり、ピンチに吊るして干す。
最初は少し塩素臭がしますが、問題なく使えます。

一週間、一日一枚のマスクを5枚ためて、それを漂白殺菌して再利用すると、マスクの減りが少なくて済みます。

これに使う塩素系漂白剤を買いに行ったところ、トイレットペーパーの争奪戦と、マスクがないことを食って掛かるお客さんを数名見かけました。
しばらくマスクが入るまでは待たされるようですので、紙マスクまたは布マスクがおありの方は、しばらく流通が普通になるまでこの方法でしのいでいただけたらと思い、書き込みさせていただきました。

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りょう

智ママさん、初めてコメントさせていただきます、りょうと申します。

使い捨てマスクですが、ガーゼのマスクは繊維が切れるまでは洗って何度も使えます。

ただ不織布は水に浸すと繊維がバラけます。なぜなら不織布という名の通り、加工されただけで織られていないからです。それ故に使い捨てとして売られてます。

見た目は大丈夫そうでも、繊維がバラバラになりますので花粉やウィルスは通れる状態になってしまいます。マスクの意味が無くなってしまいます。

消毒アルコール液をマスク全体に軽く吹きかけ、そのままあまり動かさず置いておけば数回は使えます。引っ張るのも繊維が伸びるのであまり良くありません。

消毒アルコール液が無い場合、100mlの精製水にハイターを5ml入れれば簡易消毒液になります。

ただ子供のうちはマスクの裏側を吸ってしまったり唇に擦りつけたり、軽く舐めるような事をする場合があるので、そういう場合は布マスクの方が良いかもしれません。

曽祖父からクリーニング店を身内が営んでいて繊維に関しては勉強しているので、思わずコメントさせて頂きました。

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智ママ

りょうさん
コメントありがとうございます。
新しい除菌方法を知ることができてよかったです。
現在は、消毒液に使うアルコールがほぼ全く手に入らないので、大人のマスクのみ、リサイクルして使おうかと思います。

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りょう

智ママさん、返信ありがとうございます。突然のコメント、失礼いたしました。
最近はマスク不足なので、テレビなどでも「優しく洗って乾かせば使える」と流している事もあります。買いたくても買えない状態ですから、致し方ないとは思うのですが…。
ただ、使えるけれど機能は格段に落ちたり、菌やウィルスが防げなくなる事もちゃんと報道しないと結局は感染者を増やす事につながる気がします。
今は機能しないマスクをしてクシャミするより、折り畳んだハンカチで口と鼻を覆った方が安全かもしれませんね。
まだまだ寒い日もありますので、皆様お体ご自愛下さい。

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みる

福岡「どこでも治そう発達障害」現在受付中で御座います。
当方が受付におります。
よろしくお願いいたします。

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ドミノ

福岡 ・どこでも治そう発達障害の設立記念講演会Zoom組で参加させて頂きました。

普通の人になりたかった藤家さんが、どう行動して健康で働けるようになったか、藤家さんの物語が素敵でした!
ありがとうございました!

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たにし

社会的大問題が発生した時、自分の考え方をまとめるようにしています。

今回の新型コロナ問題に関して、橋本徹さんの一連の発言がしっくりきました。

学校一斉休業やイベント自粛要請は、感染封じ込めではなく、爆発的感染拡大を防ぐための時間稼ぎだということ。
ピークカットという言葉が使われていますね。

封じ込めは無理。

ここで、封じ込めに失敗したことの批判に終始する人は、思考停止状態だと思います。

そもそもウイルスの封じ込めなんて無理だろ。

ワクチン・特効薬が存在する、季節性インフルエンザだって、国内で毎年1,000万人の罹患者が発生し、1万人の方が亡くなっているし。

話がそれましたが、ならば次善の策として取るべきことはピークカットでの時間稼ぎ。

◉ワクチン・特効薬開発までの時間稼ぎ
◉感染拡大が収まるであろう春・初夏までの時間稼ぎ
◉病院に人が押し寄せてくることによる医療崩壊防止

学校一斉休業は、こども達を守るというより、社会の崩壊を防ぐ社会防衛の策だと思う。

橋本さんも仰っていましたが、こども達を守るなら、学級閉鎖で事足ります。

1億2000万人の国民のうち、1千数百万人の子ども達の活動を抑制することは、爆発的感染拡大に効果があるはず。

社会的・経済的活動をしている社会人の活動を抑制することは現実的ではない。

ならばここは、こども、保護者、教員、支援者にはご苦労をおかけするが、学校を止めるのが窮余の策。

批判承知でやるしかなかった。

安倍さんの判断はこんな感じだったと僕は想像します。

保護者としては学校止めるなんてとんでもないことだと思うし、先生方、支援者の皆さんの大変な御苦労もお聞きしています。

しかし今はピークカットの時期だ。
社会防衛のため。

第一に考えるべきは死者発生を防ぐこと。

あたり前ですが、人命第一。

現在のコロナでの死者数は5名。

季節性インフルエンザの国内死者数は、年に1万人。

それに比して、
ご、め、い
です。

爆発的感染拡大となると、高齢者の方々、基礎疾患をお持ちの方々が命の危険にさらされます。
そういった方々が、現在治療法のない肺炎に罹患してしまうことは正に致命的な状況。

数百、数千人もの死者が発生することを防ぐためには、批判覚悟で、やるべきことはやらないといけない。

現在、家庭、民、官の連携で、爆発的感染拡大を抑えることに成功していると思います。

3月は辛抱の月。

社会防衛のため、自分にできることを考え、行動していきたいです。

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たにし

訂正です。
橋本さんではなく、橋下さんでした。
大変失礼しました。

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浅見淳子

たにしさん

私は2004年のインド洋大津波で現地にいて、その後二ヶ月でまたプーケットを再訪しました。干からびている現地の応援ツアーでした。

311の時は節電で寒い部屋テレビを消して、ダウン着て仕事しました。そして一日一回は郵便局に行きどこかへ寄付を送りました。

私は常に「動く方の人間」です。
そしてそれは頑丈な身体を授かったものの使命だと思っております。

今回、橋下さんのツイートを何度も何度も読んで、昨日某ドクターに抗体保有者とは何か、質問してみました。

ドクターもはっきりとはわからなかったようですが、要するに感染しても封じ込められる体力の人間はむしろ動き回った方がよいともとれます。

三月七日の会も行う予定でした。
愛甲さんはデジタルに警戒がおありになりますが、オンライン配信も考えていました。
けれども会場が閉鎖になり、予定を変更することになりました。
そのときにもう一日会場を押さえていたのがいつもの花風社らしき運の強さです。

今日はご子息のエピソードを使わせていただきます。
よろしくお願いいたします。

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たかすぎ

浅見社長
私自身、大学の同窓会つながりで群馬の某先生とは知己の関係にあります。
自民党関係で要望があれば、先生に伝えていきたいと思います。

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たかすぎ

私も同感です。
今は、とにかく死者を増やさないことが第一と思っています。
どうしても隣国に服従したい野党は院内感染を増やそうがそこのスタイルに拘っているロ思います。その弊害、院内感染と死者の増加は二の次かなと疑っています。
今は、一人当たりの死者数で比較するのがベストと考えています。
施設の制約で息子に会えないのは辛いですが、ここは乗り切るしかないかなと思っています。

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みる

【愛の手帳や療育手帳を持つ人達といっしょに勉強して思った事(中篇)】

みるです。アットマーク国際高校品川学習センター2年生です。
この度はいつもお世話になっております。

前回の続きを書かせていただきます。

—-

前篇
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/489/comment-page-23/#comment-4074

高校のOBで、発語がない知的障害の先輩がおります。
先輩は、途中まで地域の小学校におりましたが、高学年の時に特別支援学校に転入し中学部まで在籍しておりました。
先輩のお話によりますとことばでの会話は難しいとの事ですが、パソコンでの文章入力等を通じて自分の意思を伝えることができます。

このような事は珍しいケースに一見聞こえるかもしれませんが、お子さん本人や親御さんの努力と試行錯誤次第で、特別支援学校在籍歴があっても普通高校に通えるお兄さんお姉さんもいます。

特別支援学校からの普通高校進学方法として、定時制高校やサポート校という選択肢があります。定時制高校やサポート校でしたら、学校の方針にもよりますが内申点が影響しない場合も少なくありませんので特別支援学校在籍歴があっても受験することで入学できる場合があります。
このほか普通高校に通っている子もいますし、田舎暮らしでも通信制高校という選択肢があります。実際、支援校時代の中学部の子で通信制高校に進学した子がいました。

もちろん卒業後は大学や専門学校に通っている人もいます。

長くなりましたので後篇はまた後日書かせていただきます。よろしくお願いいたします。

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金田 隆佳(かねた たかよし)

先日、ここに張り付けたスクショの内容でツイートしたら、アンチに「部落と書いたらコンプライアンス的に✖なのがわからないのか?」と訳の分からない絡み方をされました。

このアンチも自分で部落と書いちゃってる(笑)わけですが、それにも気付けないのは、もう、ホントに馬鹿としか表現しようがないです。

やはり「治るが勝ち!」ですね。

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浅見淳子

私はブロックされてるようです。
私をブロックしながらわざわざ見に来て勝手に「南の島自慢」をされていると思い込む。見せびらかそうにもあんたブロックしててなお見にきててそもそもそこが変じゃん、と言いたくなる謎理論を繰り広げるおかしな人です。
あれが自閉ならば確かに治った方がいいですね。

部落という言葉のニュアンスは土地によって違い東北では地域の意味で使われ、西ではデリケート。そういう多様性を知らない神奈川県の田舎者が迷惑をおかけしてすみませんでした。
どこの誰かはわかってるんですけど障害カムアウトして閑職にいるしもうすぐ引退なのでまったり見守っているのが花風社横浜クラスタです。

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たにし

凡医はいる。
凡支援者もいる。

凡機器はない。
性能上のバグがあれば、修理対象か、損害賠償請求された上に市場から淘汰されている。

今回、機器により、器質的変化がはっきり証明されました。

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浅見淳子

その通りですね。
凡医の恣意的診断は時として人命を奪います。けれどもご子息は器質的な診断を覆したということ。秋のイベントに説得力が増しましたね。

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yasu

皆さんのご経験からアドバイスを頂きたく、よろしくお願いします。

小2娘が週2時間通級を利用していますが、小集団SSTを継続するか否かです。

先日学校で面談があり、3学期の様子についてフィードバックを受けました。通級、学級どちらにおいても情緒、コミュニケーションは向上し、気持ちのコントロールも上手くできるようになってきたとの話でした。身体の動かし方や勉強面でも向上が見られて、全ての面において成長が見られたとの評価になりました。

現在受けている通級指導は週2コマで、少人数SSTと個別指導を1時間ずつです。成長が見られたので通級の時間を減らし、週1時間の個別指導だけをお願いする形について打診したところ、先生の意見としては3年生は小集団SSTはやっておいた方がよいのではとのアドバイスをいただきました。先生からいただいた御意見は下記です。

・3年生以降はクラスでグループ活動が増え、コミュニケーションも複雑になっていくので、小集団での練習機会はあった方がよい。
・女子は、高学年(4年生以降)になると人間関係で悩むことが多くなるので、それに備える意味でも小集団の練習は入れておいた方がよいのではないか。

一方、我が家の考え方と懸念は下記の通りです。
1.3年生からは理科、社会、英語が始まるし、娘も楽しみにしているので通級の時間はできれば減らしたい。
2.原則、通級教室には定められた時間通わなければならず、学校行事(音楽会など)と重なった場合も通級に行かなければならないとなると、別の意味での参加機会を失う可能性がある。
3.グループ活動が増えるとはいえ、授業の中の話であり先生の指示の元にやる活動である。通級SSTのトレーニングが必要なほど高度なものなのか?
4.小集団SSTを受けることにより、「子ども同士」のコミュニケーション向上につながるのかがよくわからない。
5.大人(先生)がいる時のルールと子どもだけの時ではルールが違うが、小集団SSTを受けることで子どもだけの時のコミュニケーションがかえって下手になる可能性はないか。

4番目と5番目の懸念については、先生からはあまり明確なコメントはありませんでした。小集団SSTを受けるメリットは確実に存在し、時間の無駄とは全く思っていませんが、一方でデメリットも確実にあるので、それとの兼ね合いかなと。教員の配置は年度単位で決まるため、様子を見て学年の途中で止めるというのは原則難しいそうです。

そこで、小3以上の娘さんがいらっしゃるご家庭で、通級で小集団SSTを受けている(いた)方にアドバイスをいただきたく思います。週1時間にせよこれを3年生で継続する(した)ことで、よかったなと思える点とそうでない点について教えて頂けませんでしょうか。どうぞよろしくお願いいたします。

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XIA

おはようございます。
SSTにもいろいろ実はあるんですよね。
小集団・グループのSSTは、私も受けましたがASAPとか言うものです。
実際に体感すると、いろいろわかることがあるんです。
例えば、SSTを始めるときに、自分のその日の気持ちや気分をカードで表示したり、どれだけ元気かを数値でシートに記入したりすることもやると思います。
それによって、言語化されにくい自分の感情に気づいたり、自分の元気さを知ることで、その日のコンディションを自覚すると言ったことができます。
そうやって、自分の感情とか気持ちをまず意識するのは簡単な習慣ですが、ご家庭では継続的に周期的に記録を取ってやると言うのはまず難しい部類のものですね。
お友達との関係は、そうやって自分の気持ちや感情とかを把握することが出来る状態になってから、ソーシャルストーリーとかをすると思います。
絵や漫画で吹き出しがあって、ストーリーに合わせてその状況の相手の気持ちや感情を意見を出し合うと言うのが一般的です。
先生や指導の人は、サポートであり、あくまでグループでお子さんが「この時Aさんは悲しい。」とか「残念。」とか、まぁ、いろいろ言います。
そうやって、意識的にマインドブラインドネスも緩和させていきます。
自分はAさんは○○で○○だと思った。
お友達は、Aさんは××で××だと思った。
以下そのほかの人は、、、と言った感じです。
簡単なストーリーから、少しずつ複雑なものに移って行って、グループで意見が食い違ってきたり、難しいと言う風な感想が増えるようになってきたら、だいたいまとめ作業とか、難しすぎたら先生が整理していくと言った感じが多いです。
だから、実のところは先生がこの時はこうします!と言ったような、そう言うSSTもあるんでしょうけど、実は多くはそうじゃなくて誤解が多いです。
お友達や自分で出した意見で、相手の感情をすり合わせて「たぶんこうじゃないか。」と言う風に結論づいて、理解が進みますね。
つまり、独りよがりの認知特性が修正されていくと言うのがあるんです。
だから一対一でやり方を教わるんじゃなくて、当事者同士でグループでやるんです。
場面設定によって、「意見を出し合い」人の気持ちが理解できるようになってきたりします。
また、そう言った場面設定の流れを組みかえたりすることで、気持ちの移り変わりだとか、感情の変化とかを理解します。
SSTのうち、「スキル」は人の気持ちとか感情を知ることが大事で、それからどう行動するかって言う作法みたいなのは、核心的ではないです。
マナー講習とか、話し方がどうとか言うのとはかなり違うと考えた方がいいです。
SSTはここまでやったら終わり!卒業!と言うものではないですね。
だから、大人向けのものはストーリーや場面設定がより複雑だったりして、比較的難易度が高いです。
やれる間はやったほうがいい場合も多い。
もし、それによって他の活動に支障が出ないならやって損ではないと思います。

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XIA

補足。
ご家庭でできることとしては、何かのイベントで感想を言い合ったりして、お互いの気持ちとか感情とかを知ったりして、それを共有することで家族に一体感が生まれたりもします。
共感性とか、そういうものも見え難い感情なので、例えば家族で映画を観てからちょっとそれについて感想を言い合うとかするのも有効です。
映画でなくても、一緒にご飯を食べて、「おいしいね!」とか、意識的に声掛けをすると思います。
一緒にお風呂に入る間は、「温かいね。」とか話しかけたりもするでしょう。
一人でお風呂に入るようになった後も、「今日のお風呂どうだった?」と感想を聞いてみたり、同じお風呂でも熱いと思う人がいるとか、ぬるいと思う人がいるとか、そういう感じですね。
長じて、オフィスのエアコンの設定でも暑いと思う人も、寒いと思う人もいると知れば、お互い自然に譲り合ったりするんですよね。
勝手に設定温度を周囲の確認も取らずに独りよがりに変えてしまうと言った問題がなくなりますね。
他にも、リモコンのチャンネルのバトルとかも、親子であるかはわからないですけど、一律に決定権が誰にあるのかとか決めてしまうんじゃなくて、相手の気持ちを理解できて、それに配慮して、譲り合ったり順番で決定したりとかできるようにもなったりします。

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yasu

XIAさん、ありがとうございます。

テレビのチャンネル争いは、確かによいかもです(笑)
今はビデオデッキがあるから番組が観られないのはないんですけど、そうじゃなかった頃はそれこそチャンネルの覇権は真剣勝負でしたからね。

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yasu

XIAさん

早々に詳細な解説をどうもありがとうございました。

SSTの実際について、私も初めて聞く話ばかりでとても参考になります。独りよがりの認知特性の修正が期待できるのでしたら確かに意味はありそうですし、当事者同士のグループで行う必要があるというのも理解できます。

先生がいてそれに従うような学習活動でのコミュニケーションと、子ども同士の社会でのコミュニケーションはずいぶん異なるので、むしろ後者の方に重点を置かないといけないのではないか、それには小集団SSTでは難しいのではと懸念していたんですが、考えなければならない点が少しずれていたようです。

いただいたコメントを元にもう少し考えてみます(^^)

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ふうりん

うちの子は通級に通っていなかったのですが、3年生になる前は警戒していました。過ぎてみると心配することなかったです。確かに女の子たちは小グループで固まるようになるのですが、娘の方が誰かといないと学校に行けないというタイプじゃなかったし、もめる子たちはグループの中でイザコザがあってもめるので言い方は悪いですが相手にされてないうちの子は平和。同じくポツンとしている子に声をかけて一緒にすごすなどしてうちの子なりにがんばっていたようです。ひとりでいるのもありだというのは伝えていました。先生によって仲良し遊びに熱心で迷惑だなという学年の時もありますが、決められた仲良し遊びの日はみんなで遊んどくぐらいの社交性はありました。SSTには期待できないと思います。親子で情報を共有できてれば万一いじめがあっても対処できます。

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yasu

ふうりんさん、コメントをどうもありがとうございます。

なるほど、誰かと一緒にいないと不安になってしまうタイプだと要注意という感じなんですね。公園にはよく一緒に行って、クラスや学童で知っている子がいると一緒に遊ぶのですが、数人で一緒に楽しくはまあできているのですけど、特定の子と一対一で遊ぶのはちょっと難しい感じです。これは好きなことが合わないというのもあるようです。女子力低いもんで(^^; 逆に男の子からはよく声がかかるんですけどね。

SSTには期待できないが、親子で情報共有があればなんとかなるとのこと、安心しました。

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智ママ

本日、口唇口蓋裂専門のSTの日でした。

1時間早く着いてしまったので、地下の売店でおにぎりを3個買って、そばのイートインコーナーで息子に食べさせ終わったら、昔、心臓手術で入院した際にお世話になった若い小児科医が歩いてくるのが目に入りました。

「先生〜!」と手を降って、息子が無事育って、小学校の育成級の病弱クラスに入学することになったことを、再度、今度は直接、報告しました。
双方マスクをしているので、表情を全部は読み取れませんでしたが、視線が動いて息子を素早く観察して、報告を脳内で処理されたようで、にっこり笑っておられました。
退院した2歳時から比べると、笑うと目尻に刻まれる深いシワが、小児科医の4年間の激務を物語っていました。

多発奇形の子どもが、育成級とはいえ、小学校に進学できるのは、医学的に見て、大変珍しいことのようです。

息子の情報は、小児科教授の指示もあって、全部、大学のデータベースに記録されていっています。これまでとは違う展開ばかり(これまでの多発奇形像を覆している結果ばかりらしいです)なので、STの先生も、パソコンに記録するのに必死なようでした。嬉しい悲鳴だそうです。

これも、花風社クラスタの皆様と浅見社長のやり取りが載っているツイートと、この治そう!発達障害どっとこむと、発行されている本のおかげだと思います。
ありがとうございます。

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XIA

「支援から脱した」それは自立に向かっているでしょう。
方向から考えたら、診断を受けて支援を受けると言う路線からは遠のいているはずです。
現在を正しく評価することによって、自分の向いている方向が見えると思います。
「いろいろなことが見えづらい」と思えたとき、過去の地点から今の地点まで、どういう方向で進んできたかを確認すれば、向かっている方向が見えますね。
それによって、向かっている方向が確認できて、自分の希望も見えてくると思えます。
棚卸とか言いますが、自分が好きでやってきたことや、自分が今までやってきたことを確認することでも、ヒントがありました。

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XIA

結果かプロセスか。
そういう話があります。
しかし、頑張ったプロセスがあって、いい結果が生じるはずです。
そう考えたとき、「結果」か「プロセスか」と言う議論は無効です。
こういう時には、別の表現に変えるとわかりやすいと思うんです。
プロセスと言うのは、その過程・線分であり、結果と言うのは、その時点の評価点、正に「点」です。
今まで歩いてきたプロセス・線があり、それをキリのいい地点で結果を評価している訳ですね。
努力は継続すること。
それが線になるだろうと思います。
継続は力なり・努力と言うのは継続することが大事なのは、この「線」を伸ばしていくことに他ならないと思います。
そして、いつかの地点でそれが評価されるということです。
プロセス・努力と言う線を伸ばして行って、グラフにして見れば、その時々の結果を繋いでみれば、努力の方向が正しいかどうか、わかります。
洗脳方向がどちらに向いているかで、積み上げてきたことが評価されるはず。

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桃花

浅見様 XIA様

返信ありがとうございます。
座波さんの本は、まだ読んでいませんでした。探してみたいと思います。読み終わりましたら、読書会ぜひ参加させてください。
自宅にネット環境がなく、図書館でパソコンを借りてこのホームページを見ています。そのため、返信いただいた際、すぐにお返事できないことが多いです。すみません。

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XIA

>桃花さん
花風社で頑張っている当事者の方は、それだけで治っています。
何故なら、「見えないものがない。」「不安がとても強い。」自閉っ子でも、「見えないものでもあるんだよ!」って言う勢いで、希望があると想像をして、不安にも打ち勝ってきているはずです。
だからこうして、見えない答えを探し、自分の希望を信じて不安に負けないで歩けています。
それだけで治ってきてる、未来が見えてきますね。

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XIA

花風社の本を読んだり、クラスタさんと交流し、「見えないものでも信じて」「不安にも負けないで頑張っている。」
治ってきているんですよね。

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桃花

職業センターの就労支援を終えてひと月が経ちます。離れてみて、そこがいかに自分にとって苦しい場所だったのかということが、だんだんと認識されてきています。通っている時から苦しさは感じていましたが、とにかく「毎日通える場所、何かやれることが必要」という思いに駆られて通い続けていました。すごく目に見えにくい形での「自分を追い詰めていくもの」が存在していたことを感じます。それは、障害というレッテルを貼られること、「障害特性を知る」という名目で、自分の言動が常にチェックされ、その場の正解にそぐわないことが障害特性で片付けられてしまうこと、自分という人間の歴史・背景が一切見られず、診断名ばかりが見られていることなどであったりしますが、こうした状況は確実に精神を蝕んでいくと感じています。また、支援員の人は、まったく無意識でやっていることなのかもしれないですが、毎回、面談の際に「奥に座ってください」と言われると、「何度も面談を受けて、いつも奥に座るのだから言われなくてもそうするのに」と苦しくなったり、別に難しい内容の講座ではないのに、講座受講後、「理解できていたと思います」と言われると、「一体どれほど理解力がないと思われているんだろう」と感じます。何だか自分が数段低く見られている感じがあります。その結果、かなり精神的に追い詰められてしまっていて、そこからどうやって抜け出せばいいのだろうと思います。ヨヨ子さんが前回書いてくださっていた、「就労支援を使う人の中には、ジワジワ追い詰められるようにだんだんと具合が悪くなっていく人がいる」ということがとてもわかる気がします。
自分の中で、診断名は呪縛となっています。診断から降りることを目指したい思いがありますが、どこに道があるのかが見付けられずにいます。

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XIA

藤家さんも、桃花さんも、私も、みんな「ギョーカイの敷かれたレール」から脱して、主体性でもって、自分の道を歩いている。
未来なんてわからない・見えないけど、希望を「想像」して、計画を立てたり、不安にも負けないで見通しを自分の力で立ててきています。
ギョーカイの支援なんかなくたって、人生を歩いてこれているはずだし、厄介な障害を克服してこれてます。

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XIA

支援者が、世間が、花風社を「見えるTwitterとかで」否定したって、私たちは既に「目に見えない広い社会」を「想像力」でもって補完して、障害を克服できてます。
治ってないとできないことだろうと思います。

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浅見淳子

桃花さん

座波さんの本は読みましたか?
よかったらあの本のウェブ読書会をしましょう。
ヒントが必ずあります。

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浅見淳子

ブルーさん

ですよ。
続きを楽しみにしてます。
マジな話、心理はいらないと思います。
心理の方が発達に食い込みたいだけ。

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