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雑談のお部屋

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1,459 COMMENTS

智ママ

発達の『ベルトコンベアー』の一例(私の周りで見たケース)

母親が「なにかおかしい」とわが子の異変に気づく
→発達相談所に連絡して、発達検査を受けさせる
(軽い方は「療育でぐぐっと良くなりますよ」、中度・重度の方は「療育を受けるだけでもだいぶ違いますよ」とキャッチセールスがついている)
→発達検査の結果により、トリアージされて、第一の療育施設を紹介し、手続きをとらせる
→ショックが癒えぬままに「発達には、療育は必要不可欠」とスタッフによる保護者教育が始まる
「何も心配いりませんよ、私達にお任せください」という言葉で、将来像は一切教えてもらえず、ありのまま教育とありのまま療育が進められる

→そのままアリバイ療育に移行し、出来が良かった子は普通級、そうでない子は育成級と支援学校に振り分けられていく
→そのままアリバイ支援教育に移行し、放課後デイサービスを活用させながら、学力に差がつくように指導して、支援学校中等部に集約させていく

→中学校・高校で見つかった発達障害のお子さんは、就労センターに紹介して、自宅と作業所との往復のかたちに誘導する
それまでに見つかって支援学校の中等部に集約されたお子さんは、福祉の作業所と施設または自宅との往復のかたちに落とし込む
大人で発達障害が見つかった方は、就労支援センターに落とし込み、以下同文。

という、いわゆる『めんどりコース』が設定されていて、一旦そこにハマると、なかなか抜け出ることが出来ない仕組みになっているように見えます。

運がよく、勉強会で知れたときには、就学を過ぎて子どもが支援級に入っていたり、5歳の後半でいたりして、なかなかその後の進路の改善に向けて対応しにくい状態でいるときが多いようです。

進路の説明を受けたあと、肩を落として去っていく保護者をちらりと見て、「自分の子は、自分で育てなくて、どうするのよ(笑)」とぽそりと呟いていた療育スタッフがいました。今まで「お母さんがたは何も心配いりませんよ。私達が、時期が来たらお教えしますから」と優しく、甘い言葉をささやいていたわりに、せせら笑いの成分が濃厚だな、と疑問に思ったことでしたが、今になると、あれは悪意だったのだなとわかります。

この一本道から降りるには、ひたすら伸びて、支援が必要でなくなるまで伸びてしまうことが一番のようです。
または、「我が子が、なにか、おかしいな」と思ったときに、発達検査を受けるまでの長い待ち期間に、少しでも伸びておいて、支援が必要ないまでに持っていければ、『ベルトコンベアー』に乗らずに済むようです。

私は、子どもが生まれてからずっと多発奇形系の障害児育児だけだったので、普通の小学校への進路は、最初、まったく考えられませんでしたが、伸びた結果、息子は現在、小学校の育成級で、易しすぎる授業を受けながら、毎日楽しく過ごしています。
伸びてみないとわからない世界って、この先にまた続いているのかなあ。とも思うときがあります。

「いずれ重度に戻る」「福祉にしか行けない子」「どうせ〇〇にいくんだし」と、療育スタッフや教師から、呪いのようなネガティブな言葉を、ぽそりとかけられている息子ですが、『それでも、福祉の手は、我が子の少しでも遠くであったほうがいいかも。他の福祉が入用な人に、きちんと手が回るように』と思いながら育てています。

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智ママ

息子はまだ小1ですが、中学校の内申について、情報が入ってきました。

義務教育の中学校は、遅刻や欠席が多くても卒業はさせてくれますが、私立高校は、遅刻や欠席が10日以上あると、推薦をはねる(推薦入試させない)ところもザラにあるそうです。
中3になってから遅刻・欠席に注意しても、もう遅いようです。
中1・中2で、遅刻や欠席が少ないように我が子を送り出せる家庭は、まだ安心だそうです。(内申書には、中1中2の出席率や生活態度も載るから)
現在、大きめのお子さんをおもちのご家庭に、参考になれば幸いです。

我が子は、中2で心臓の弁と人工血管を取り替える手術を受けなければならないので、内申にのる出席率は悲惨なものになりそうですが、命と生活の質には替えられないので、外で頑張ってもらおうと思います。

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ヨヨ子

智ママさん。

甘い言葉をささやく反面せせら笑ってるとしか思えないことをする、というのは成人向け支援の支援員も同じです。

掃除の後にニコニコしながら利用者に飴玉を配ったりしてる(いらなーい!)くせに、職員が自分と自分と親しい職員だけになった途端持病があると思しき職員の机に乗っかり「病院行くから休みますじゃねーよ出てこいよあははは」←口調は乱暴ですが、女性です。

恐ろしいのはこの支援員がまだ同じ就労支援センターで働いているということです。
実は私はこの事実を人権保護団体に密告したんですね。
そしてたらそこのスタッフさんが「ヨヨ子さん、そんなセンターにはもう行きたくないでしょう。私たちが辞める手続きと話をしてくるから」と言ってくれました。
多分この話もしたと思います。
たとえ話さなかったとしても、私のモニタリング担当ソーシャルワーカー(就労支援センターと利用者の間に立ち双方を見張る人)が疑問に思ったことを聞いても答えられない支援員達に何度も怒ったりしていたので、センター側は自分たちの仲間にアレな職員がいるということに気づいたと思います。
なのに、アレな職員の中でも1番アレなことをしていた上記の職員、まだいるんですよ。
つまりそこのセンターは、利用者のみならず第三者にまで叱責されるようなアレな職員を解雇させない主義だということです。

つまり無知ゆえにではなく悪意をもってそういう職員を雇って好き放題させてるってことです。
肩を落とす保護者達をせせら笑う療育員も智くんに呪いの言葉をかけている教員もその手の人達だと思います。

というか、その人達に限らず今時無知ゆえに暴挙暴言に走る支援員なんてあんまりいないと思います。
発達支援が始まったばかりの頃には無知ゆえに、という人の方が多かったかもしれませんけど。

発達支援、大人向けも子供向けもひどい。

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智ママ

「いずれ、福祉の手に渡る子だから、時間つぶししてればいい」
「いずれ、支援学校に行く子だから、大して教えなくていい」
という発想があり『支援対象者だから、私達より下、なのに優しくしている私は偉い』という視点があると、上記のような言葉が出てきやすいようです。
そして「言ってもわからない」「うちしか頼る機関がないし」とたかをくくっておられる方が多くみられます。
残念なことです。

こういう発言があった機関に対しては、療育と教育に関しては選択の余地は少ないので、早く卒業または成長してしまって、サヨナラしていくしかなさそうです。

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智ママ

ヨヨ子さん
コメントの御返事、ありがとうございます。

「預かってもらうだけでも御の字なんだから、文句をつけるなんて、とんでもないわよ」というのが、ママ会の主流で、我が子が身体的に虐待でもされていない限り、目をつぶる、という姿勢が、『あるべき母の姿』のような錯覚を覚えるような雰囲気が、その場に流れていました。

我が子の処遇について、また、我が子だけではなく、他のお子さんの処遇についても、疑問を感じることは、そんなにいけないことでしょうか。

最初は純粋に感謝していましたが、あくまで伸ばさない療育を施し、「自宅では、何もしなくていいです」と、花風社のアプローチに近づかないよう予防線を張る一方で、「自分の子どもは、自分で育てなくてどうするのよ(笑)」と呟いて笑うスタッフの様子を見るにつれ、疑問がわいてきました。
疑問を口にすると、専門的用語を駆使して有耶無耶にされている保護者を見かけるたびに、疑問は大きくなっていきました。

これは、今の小学校の育成級での教育も一緒です。
「特別なことは、なさらないでください」「公◯は、しなくていいです。かぶるから」「無理をさせると、あとから歪(ひずみ)が来ますから」と、自宅でも努力を予防線を張ってさせないでおいて、させる課題は易しいものだけで、まだ我が子だけならしかたがないとも思えたのですが、クラスメイトの課題も易しすぎるものでした。小3,小4になると学力の差ははっきりしていて、嫌でも支援学校中等部にしか進学できない、というからくりです。

はっきり言って、だまし討ちです。
相手を信用した自分もいけないと思いますが、他のママに、「うちもそうだったしね」「障害者業界は狭いから、あまり波風立てないほうがいいわよ」と、さりげなく同じ道を勧めて、疑問を口にしないように先制してくるママ友関係にも、一種の恐ろしさと疑問を感じました。

生まれてきたら、それで『めんどりコース』しかないと信じ込まされていると、育児が消化試合になってきます。そうなると、親の態度を感じ取って育つので、子どもも目の光が鈍く、ぼんやりとしたままでした。
まだ、『治ろう』とあれこれ工夫して、進歩を確認しながら進んでいるときのほうが、育児は生き生きしてきます。

どちらが子どものためになり、自分のためにもなるかは、各ご家庭で考えてなさっていかれればいいことだと思いますが、私は、少しづつ伸びていく方を選びたいものです。

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シア

福島で原発事故を起が起きた後5年ほど経ち郷里に帰った時のことを思い出します。
祖母は目に涙を浮かべて会いに来たことを喜んでくれました。
祖母はもう来てくれないのかと思った…そう繰り返して言っていたんです。
高齢になると「生きている間に孫に会えない」と言うのが心残りになりうると思います。
だから本当は会えるときに会っておくのがいいですし田舎だって本当は行ったほうがいいと思います。
コロナだってまだしばらくかかるかもしれませんが落ち着いたらお世話になった方にお会いして悪いことはないと思います。

相馬島と言うのは本当にありまして私は何度も経験しました。
最初はクレジットカード決済のこととかが多かったですがだんだんとお世話になった方々とか楽しかった思い出とかあの人にもう一度会っておけばよかったなぁ…っていう話が多かったです。
だからそれに従ってその課題はクリアしてきてはいますがそれでも命が惜しく安泰に過ごしたいと言う思いはありますよね。
ゼロリスクと言うのは「命」もそうですが「何かしなくて後悔すること」は命が危なくなったときに思い出される類の問題なので危険に優先するかもしれません。

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ヨヨ子

https://ameblo.jp/nijisampo/entry-12642375503.html

埼玉県でB型作業所で食堂を営んでいるNPO法人の方のブログです。

要約すると、
県によってはNPO法人団体は新型コロナ対策補助金が貰えない、食堂やカフェを営む作業所は一般の飲食店であれば貰えるはずの時短や休業に対する助成金が貰えない、
ということです。

新コロ時短や新コロに対する過剰対策がおさまらないと、NPO法人が経営するフリースクールや放課後デイサービスや就労移行支援センターや作業所が、そのうち少なくなるかもしれません。

ちなみにこれは朝8時20分ごろ投稿したモノです。
なので、今日の夕方緊急事態宣言が出た後また方針が変わるかもしれません。

しかしこれは、ガースーさんやオオノさん(嵐じゃない方)にとってNPO法人がどうでもいい存在なのかもしれないという現実を示しているのだと思います。
あれだけ虐め放題虐めている飲食店に対してですら、条件次第では助成金を出すというのに。

しかし全国の自閉っ子やその親や支援者は、この事実を受け入れながら今後の一手を考えなければならないと思います。

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智ママ

ヨヨ子さん

コロナ禍を見ていて思うのですが、政府の福祉にかけられる予算は、ある日を境にぐんと小さくなりそうな気がしています。
今は『大きい政府』ですが、予算のやりくりに四苦八苦しだすと、『小さい政府』に移動せざるを得なくなってくるからです。

今は福祉に潤沢な資金が流入できますが、そのうちに、発達関係の予算が、予算の資金繰りの悪化を理由に、一気に切られる事も考えられます。

今のように官公庁を当てにしていたら、ある日さくっと援助が切られて、放り出されることもありえると思っています。

お金にならなくなった雌鳥は、廃鶏されて食肉になります。

めんどりにするべく育てられることの怖さを認識しながら、少しでも伸びる方向を模索して実行しておくことしか対応できませんが、今から対策を立てておかないと、発達だけのお子さんたちは、とても大変なことになりそうな予感がしています。

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yasu

智ママさん

さくっと消滅するという激しいことが起きる可能性は少ないと思いますが、国の収入(税金)と、そのサービスを受ける人の割合で変動するので、サービスが減ることはありますね。これはサービスを受ける人が単純に増えるというだけでなく、支援の枠を広げる(未就学児だけだったのを、就学児まで対象にするとか)も含まれます。

どうも、この国の発達支援は必要な人に充分なリソースを裂くより、広く薄く対象にすることを好んでいるように見えてなりません。これは文句が出ないようにするというのもあるでしょうが、それ以上に個々人に必要な支援の質や量を見極められないのが原因だろうと思っています。

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智ママ

yasuさん
お返事ありがとうございます。

「智くんは、発達以外にも(障害が)あるから心配いらないわよ(福祉の手からこぼれ落ちることはないわよ)」と言われたことがあり、一方で、『福祉から抜けない子』というカテゴリーで、伸ばすことには本当に消極的な対応を療育現場でされていたので、疑問を感じていました。

将来、福祉の手を極力借りないで済むように、自立できるように育てて、発達を促していましたが、上記の疑問が常に頭にあり、モヤモヤしていました。

薄く広く化が進むとすると、発達が軽くなって、福祉を利用しなくてもよくなれたほうが、当人の自由度がありますね。
『重度=福祉の手を借りないと生きられないお客さん=療育は時間をつぶすだけでいい』レベルから、判定が変わり、『中度=福祉の手は借りるけれど作業所や工房で働く人員=指示が通るように育てておけばいい』レベルになると、息子の扱いがガラリと変わったので、軽くなると良い教育が受けられるのだな、と思った次第です。

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yasu

その発言は、「決めつけるなよオイ」といった感じを受けますね(^^;

福祉(他人)の手を借りる量と、自由度は反比例するのは、愛甲さんの『知的障害は治りますか』を読んでもよくわかります。障害有無に関係無く、他人のサポートを受けている人はその他人の都合に合わせなければならないですから、常に自立の方向へ顔を向けていることは重要だと思います。

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ヨヨ子

智ママさん返信ありがとうございます。

お金にならなくなったメンドリはお肉にされる、というのは本当に仰る通りな表現です。

実は私がたとえ一時的にでもメンドリ生活なんて嫌だと思う最大の理由はそれです。
100万歩譲ってメンドリ生活が当面安定して続くならまだ良い。
そうならざる得ない期間がある人も多いでしょう。
しかしそんな生活が来年まですら保証されないのが現実です。
例え新コロ騒ぎがなかったとしても。
現に我が市では、5年前にはもうすでに、就労移行支援センターを利用する人が増えすぎたせいで、それまでハローワークから出ていた就職お祝い金制度が無くなっています。(もしかしたら就職お祝い金制度のひとつが消えた、だったかもしれませんが)

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智ママ

ヨヨ子さん
コメントありがとうございます。

勉強会で「将来は、つまずいても、就労支援センターで訓練を受けて、自分にあった職場に就業できるから、大丈夫ですよ。みなさん、ご心配はいりませんよ」と言われて、周囲の発達ママさんが安心していたのを見たことがあります。私も一時期は安心していました。

しかし、どっとこむで読むヨヨ子さんのお話は、唖然とする内容のものばかりで、とても我が子を任せて安心できるレベルではないことがわかりました。任せるだけではなく、就労に向けて、絶えず進歩するようにしていったほうが、より堅実なこともわかりました。

息子がまだ小学1年生の、早くに知ることができて、良かったと思っています。ヨヨ子さん、ありがとうございます。

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ヨヨ子

智ママさん。

お礼なんて私にはもったいないです。

私は仕事のお部屋や雑談のお部屋で就労支援センターの実態を投稿し続けてきましたが、暴露半分自分のフラッシュバック処理半分で書いていたのですから。
発達障害は治りますか?の65pの「抑えこんだら、今度は積極的に思い出さなければいけないんですよ」です。

それにしてもやはり児童向け支援ではそういう説明してるんですね。
もはや詐欺ですよそれ。
私が就労支援センターにいたのは平成の終わり頃でしたが、今でもリアルタイム検索すると稀に文句言いながらセンターに通ってる人のツイートが出てくるので、今でも変わってないと思うのですが。

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智ママ

年末に、夫から紹介されたロシア料理のお店に3人で行ってきました。

老紳士二人が入ってくるような昭和テイストのお店に、多発奇形系の中度知的の子がちんまり座って、3語文から5語文のお喋りを両親としながら、ランチを待っていました。
ロシア人ウェイトレスさんは息子を見るなり、やや憮然とされていて、途中から日本人のオーナー夫人が代わりに、お料理を運んでくれました。

「ヨーロッパはなんのかんの言っても、階級社会だから、うちの子のような子どもがレストランに来るのは、向こうではありえないシチュエーションなんだよ。」と、夫があとからこっそり教えてくれました。

私のピロシキは、ほとんど全部、息子の胃袋に消えました。
息子のボルシチは、半分近くが私の胃袋に消えました。
以前の息子なら、うるさくしてご迷惑になるので、とてもお店には連れてこられなかったかもしれません。
今の息子はかなり治ってきているので、椅子にきちんと座って食べていて、離席もなく、奇声も一切上げることなく、元気な小学1年生よりもおとなしくしてくれて、3人で普通にランチができました。

お正月の3日目には、1月10日で期限が切れるきっぷを消費しに、3人で大阪に私鉄で行って、45分だけ滞在して、主に地上を散歩してきました。
いつもは埋まっている梅田界隈に、空きテナントが発生していたので、びっくりしました。想像していたよりずっと、経済的打撃が大きいようでした。
帰りがけに、当たったクーポンをメインで消費するために、ちゃんぽんを食べて帰りましたが、人出が多かったのには、驚きました。若い人がわりと多かったです。

うちの息子レベルでも、外食ができて、外を歩いても全く問題がないほどまでに治ってくれているのは、本当にありがたいです。

今では、自分でランドセルを準備して背中にしょったり、帰り支度を自分でしたり、外出したいとき限定ではありますが、自力でジャケットを着て、外出用のリュックサックを背負って、靴を履いて玄関に座って待つまでしたり、ができているので、
もう一歩進めて、小学校の課題や自宅での課題を、自主的に取り組むようになるよう、なれるといいなと思っています。

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ブルー

あけましておめでとうございます。
先年はいろいろとお世話になりました。

昨年から仕事が完全にリモートワーク化してしまい、私自身は働きやすくなりましたが、曜日の感覚がなくなってしまいました。結局、今年も1月2日から仕事に取り掛かっていました。

一方でこのサイトに対しては、昨年は考察を書くことが多かったように思います。しかし本来は花風社の本の感想や実践記と、自分の体験を書き残すのが基本だと思っております。

それでは本年も何卒宜しくお願い致します。

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浅見淳子

あけましておめでとうございます。

私ももともと仕事の場所は自分で選んでいますので仕事は全然変わりません。というわけで去年は遊びまくり今年は一日から仕事してしまいました。
今年もよろしくお願いいたします。
アンチ考察なぜか更新とどまっていますが係にリマインドしますね。

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yasu

謹賀新年2021
本年もどうぞよろしくお願いします。

こちらは、昨日三日に奥多摩の御嶽山神社へ行きました。いつもは区内の神社へ初詣に行きますが今年は新型コロナの影響で親戚訪問の予定が無くなったので、多少ハードなところへ。ケーブルカー駅から神殿まで30分弱ですが、坂や階段が多いのでそれなりに大変です。天気は良く眺めは綺麗、しかも空いていましたが、参拝客はほとんど全員マスク付けていたのは意味不明でした。

そうそう、年末はイタリアンのビストロに行きました。カウンター席がメインで、カップルや友だち同士でお店のマスターと楽しく会話しながら飲むスタイルの店ですね。初めてのところだったので子供OKであることを確認した上で予約しましたけど、小3娘には10年は早かったですね。こういう店は雰囲気はお洒落なんですけど、酒を楽しむのがメインなんで料理が出てくるのに時間がかかります。待つのが辛いお子さんだと難しいかと思いますけど、サイゼリアでは味わえない料理や雰囲気があるのでお勧めです。

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浅見淳子

あけましておめでとうございます。
綺麗な景色ですね。
こういうところでは思い切り空気吸いたいですね~。
我が家は大晦日焼き肉ランチと3日の初タイ料理が外食かな。あとは母が買った膨大な食べ物を消費する日々でした。
早寝早起きで時短は私には関係ないですが、要請聴かなかった店は応援したいので少し寝る時間を遅くしようかと考えています。
今年もよろしくお願いいたします。

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シア

福祉の利用に関して当事者はそんなに悲観する必要はないです。
と言うのは現在も全額お金を払って福祉を利用する人はあまりいません。
サービス料を受給しそのまま福祉に流れ込む仕組みです。
だったら福祉をつぶしてお金が入ってくればいいと言うお話は社長からも聞いた気がします。
福祉が切られるイコール当事者が切られるではないのです。
そして福祉が切られたら困るかと言ったらB型など碌なサービスはありません。
だから福祉と言うのは福祉職の雇用対策ですが国にぶら下がっている人たちで彼らは別に障害があるわけではないのです。
必要な人には余暇支援が必要ならそれ専用のものがあり行動援護とかそういうのも揃ってます。

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智ママ

シアさん
ご説明ありがとうございます。
当事者の親として、我が子の行く先を心配していました。
息子が、生活介護レベルから、「このままだとB型作業所にはいけるよ、うまく行けばもっと先まで行けるよ」と言われるレベルまで進歩できたものの、そこから他の進路が選べるようになるまでは、かなりの段差があるように見えていたからです。
多発奇形で生まれたのにも関わらず、生活介護以外へ行った事例はないそうです。走れて喋る事例もないそうです。
突然切られる心配がないと、安心して『伸びを促す』に専念できます。
ありがとうございます。

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シア

あけましておめでとうございます。

交通事故等だって今も大事な問題だと思ってアマビエではない交通事故厄除け道祖神にお参りを優先させてきました。

右見て左見てとかイロイロ書いてあってアレを見れば交通に注意するようになると思います。

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