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561 COMMENTS

ブルー

<花風社アンチの考察「個別分析」>
第11回:体験世界の逆転

第10回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-14/#comment-7805

■前回までの復習

この人物に対しての対応として、前回までは「境界線の薄さ」ということをテーマにしてきました。境界線が薄いからこそ、押し返されて境界線を感じたいという(多分本人も気がついていない)欲求があることをご案内しました。

それゆえ、この人物はそもそも「触ってはいけない」「押し返してはいけない」つまり「パーフェクト・スルー」が対応法の原則であることをご案内しました。境界線を与えてしまうと、もっと欲しくなってさらにモビングしてくるからです。

そして、押されたら押し返したくなるのが人情ですから、この人物にモビングで押されたら「心理的に背を向ける」ということも解説しました。

今回からは、境界線の薄さに加えて、もう一つ理解しておくべきことを解説します。それはアンチ共通の性質でもあります。

■体験世界の逆転

アンチ考察本編は、「後書きその2」で完全終了します。
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-7/#comment-4871

ここでは最終段落にて、アンチとクラスタの方ではそもそもの世界観が異なっていることをお伝えしました。だからアンチへの説得は不可能です。かつてアンチと対話を試みたクラスタの方は、話が通じなさすぎて驚愕しておられました。

治る系の論文(エビデンス)を持ち出してアンチを説得しようとした花風社読者の方もおられましたが、先方がいまひとつ聞き入れませんでした。そもそもアンチが望んでいるのはエビデンスではないからです。

ここでクラスタの方とアンチは世界観が異なると述べましたが、その結果起きていることがあります。それは健康な人とアンチの体験世界の逆転です。

■体験世界の逆転

アンチはそもそも健康ではありません。自分の嫌いな出版社やその本、そしてその読者に何年も執着している時点で、健康ではありません。

健康な人は嫌いなものから離れていきます。それが「花風社は嫌いだが、アンチにならなかった人々」です。これが通常の一般人です。

健康な人とアンチでは、物事の受け取り方や、情動反応がきれいに逆になっています。これを私は健康な人とアンチの「体験世界の逆転」と呼んでいます。当然、この連載で扱っている人物にもこれは当てはまります。

例えば、健康な人はポジティブな物事や言葉に元気をもらい、ネガティブな物事や言葉にパワーダウンします。しかし、ここでいう「ポジティブ」と「ネガティブ」は、あくまでも健康な人の基準です。

アンチを含めて病んでいる人は、健康なもの・明るいもの・ポジティブなものが苦手です。そして病んでいる人は(健康な人から見ると)ネガティブなものに親和性を持ちます。当然花風社アンチもです。

クラスタ各位は健康な方が多いですから、なおさらアンチとの「体験世界の逆転」を理解しておく必要があります。情動反応や価値基準が、アンチと健康な人ではきれいに逆転していることを踏まえなくてはなりません。

■この人物にネガティブワードをぶつけてはいけない

そこから考えると、以下のことが言えます。
(※まず、そもそもこの人物に触ってはいけないのは大前提として)

それは、この人物に反撃のつもりで「コノヤロー」系統のネガティブワードを使ってはいけないということです。この人物をTwitter上で批判することも同様です。

それは反撃にもならないし、ダメージにもならないのです。そういうネガティブワードで嫌な気持ちになるのは健康な人だけです。しかしアンチは病んだ人々です。

アンチのアカウントを観てみると分かりますが(見過ぎないでください。精神と身体がおかしくなります)、アンチは四六時中、森羅万象に向かって「コノヤロー」と不満を述べています。あるいは不満や批判、中傷の類のツイートをリツイートしています。

そして、ネガティブなアカウントとつるみます。他のアンチはもちろんのこと、花風社を罵倒してヒマつぶしをしていた、通りがかりのゴロツキに話しかけていたこともありました。

ゴロツキはヒマなのであらゆる物事を罵倒している人物でした。そんなのにも話しかけていくのです。「花風社を罵るゾー」という共通項で。

アンチのアカウントを観ていると分かりますが、アンチの体験世界は暗く、不満に満ちていて、窮屈かつネガティブです。

体験世界がいわば「魔界」みたいになっています。その意味でアンチは魔界の住人(=魔物)とも言えます。そしてその魔界から出ようとしません。

時折何かを楽しむようなツイートをするものの、それは魔界での束の間の気晴らしです。本質的に明るい体験世界の人々ではありません。

つまりこの人物を含めたアンチに対して「コノヤロー」系のネガティブワードをぶつけると、親和性を出すことになります。コミュニケーション理論で言う所の「ペース合わせ」「波長合わせ」になってしまうのです。

罵倒が罵倒として機能するのは、健康な人に対してだけです。アンチにとって罵倒の用語はいわば「魔物の餌」です。

アンチにとっては、罵倒の言葉はいつも自分が唱えている共通言語なので、いわば深層心理に共感していることになってしまいます。つまりアンチと「(ダメな意味で)響き合ってしまう」のです。

■ポジティブワードはアンチには呪いになる

でも別に、アンチは無敵ではありません。むしろ(本人達が自覚しているように)弱者です。

不健康なアンチにとっては、健全でポジティブな言葉が逆に呪いになるのです。これもまた、体験世界の逆転から発生しています。

例えば、ポジティブの極致と言える「治った自慢」は、クラスタの方にとっては希望でも、アンチにとっては呪いになります。

実際、花風社クラスタの発言が呪いになると、この人物ではない某アンチが言っていたことがあります。それに他のアンチも共感していました。

アンチ考察第1回でも解説したように、アンチは「治った自慢」を極めて嫌います。それは結果の差を見せつけられるのと同時に、そもそもポジティブの極致だからというのもあるのです。

アンチ考察第1回
https://naosouhattatushogai.com/blue-room/808/

アンチに対して最強の心理的殺傷力を発揮するのは「治った自慢」です。成人の方なら仕事関係の成果や、ヌケを埋めた話でもいいでしょう。何か結果が出た物事です。

治った自慢がアンチに作用する様子は、さながらヴァンパイア(吸血鬼)が太陽の光を浴びると灰になるのと似ています。

このように、健康な人(クラスタ各位を含む)とアンチでは体験世界の逆転が起きていることを理解する必要があります。

つまり、クラスタの方がこの人物のことをきれいに忘れて、「治った」「発達した」「仕事でこんな成果があった」と純粋に喜んでいる時、この人物も含めてアンチは呪われます。

特に当該人物は、(よせばいいのに)治った自慢に吸い寄せられて、勝手に自分からブッ刺さります。そうすると体験世界を侵襲されたことになりますから、モビングして吐き出そうとしないと眠れない・・・となります。

モビングが一生やめられないというのは、前回ご案内した境界線のなさもあるのですが、そもそも体験世界の逆転によってクラスタ各位の明るい話に呪われ続けているということがあるのです。そしてそれは未来永劫、この人物が死ぬまで続きます。

だから、全面スルー推奨ですし、「アンチに反撃ダー、コノヤロー」も不要です。既にクラスタ各位はアンチに対して最強の心理的殺傷力を持つ「治った自慢」「治っておいて良かった自慢」をお持ちだからです。

繰り返しますがこの人物には常時、クラスタ各位の明るい話がぶっ刺さり続けています。本人はほとんど反応できませんが、無言のうちに喰らい続けています。これもまた境界線がないからです。

次回、対応法のまとめと、細かい注意点に入っていきます。

#花風社
#健康な人には想像を絶する状態像

返信する
智ママ

ブルーさん
連載を楽しみに読ませていただいております。
毎回、目からウロコの展開で、読んでいて大変勉強になります。
ありがとうございます。

最近、マスク警察になっている保護者、または教員の方々と、小学校への送迎の際に接する機会が増えたのですが、怖がりの方々の思考回路と、アンチの方の思考回路の相似点を見つけて、その相同性の高さを、奇妙に思っているところです。

ネガティブワードで盛り上がり、「怖いね、怖いね」と同調するだけで終わる不毛な会話なのですが、こちら(私)にも『怖がらないのか?怖がろうよ?』と同調を促してきました。
これが、中身がないことで、『花風社ってけしからんよね』で盛り上がるだけのアンチの人の会話そっくりなのです。
会話に生産性(ポジティブさ)がまるきり感じられないのです。
井戸端会議のほうが、まだ情報収集に近いことになるのでありがたいのですが、それもあまりありません。
そして、お子さんのマスクがずれると、慌ててマスクを着用するように指示しています。

そのためか、彼または彼女たちと会話していても、私はなにか不足感が否めずに、違和感だけが残ります。
その割に、情報収集して対策を立てる際に、情報がテレビや新聞の情報だけで、玉石混交のTwitterやフェイスブックなどは一切活用されず、『手っ取り早く食べられる、出来上がって出てくる、ファーストフードのような情報』ばかりを好んでとりたがります。
一つ一つを検討して、取捨選択する手間が惜しいようです。

まるっと『テレビが言っているから』『お医者さんがこう言ってはるから』『新聞でもこう書いているから』と信じるだけで終わっているのです。

明らかに花風社クラスタの皆さん方の情報収集・検討方式と異なるパターンなので、見ていて不思議に思います。
この思考回路の差は、どこからくるのか、疑問に思っています。

かなり話がずれた質問になってしまいましたが、ブルーさんは、どうお考えになりますでしょうか。

返信する
ブルー

智ママさん

コメントありがとうございます。

答えになっているか分からないのですが。

Covid-19を(極端に)怖がる人の話はアンチ考察の番外編その4で書きました。

「花風社アンチとコロナ脳は同じ人種」
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-7/#comment-4824

それに対する浅見さんの応答ブログはこちら
「最初の思い込みの強さ」
https://blog.goo.ne.jp/tabby222/e/5040791fe08f8c83522b7c5941d959a9

ここで言う「コロナ脳」は、慎重派の人ではありません。恐怖のあまり珍妙かつ攻撃的な行動に至っている人のことです。「アタマ飛んじゃった」人達の事です。

それと関連してもう一つ。思考回路に関してですが。

アンチ考察本編第6回「読者の知的水準」
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-3/#comment-3847

浅見さんの応答はこちら
なぜ「知的上位層」向けに本を出すのか
https://blog.goo.ne.jp/tabby222/e/a3506862293e09f17b6213161d2eb2db

つまり要因は多分2つあって、

・怖がるか/怖がらないか(ネガティビティ親和orポジティビティ親和)
・考えるか/考えないか(悪い意味で感情に流されるか否か)

だと思います。

ただ、ここで言う知的水準は、出身校の偏差値では多分ありません。何か事が起きたときに、情報を集めたり、自分の頭で考えてみたりと、思考という分野において「試行錯誤」するか否かだと思います。

で、これは凄くエネルギーも喰うし、人と違った結論が出るのも当たり前ですから、やる人が少ないのだと思います。

何の統計か忘れましたが、日本人は世界一怖がりです。そして、世界一マスコミを信じる人が多い国民です。

日本人の基礎学力は世界的にも相当高いと思うのですが、それ以上に「心でっかち」なところもあるし、学校の宿題以外ではアタマを使いたくない人が大多数なので、今回のようなことになっていると感じています。

また、アンチ考察の後書きその1で、日本人の市場嫌いを扱いました。そして、何の研究でしたが、日本人は世界一、他人の足を引っ張る側面があるという研究も見かけたことがあります。(←ネットで少し話題になりました。「やっぱり」「知ってた」と)

アンチ考察の後書きその1でも述べましたが、アンチは一見奇妙なのですが、その奥は日本人のネガティブな原風景であることが分かります。異物を死ぬほど怖がり、思考よりは感情優先で、他人の足を引っ張る。

ある意味では日本人のネガティブなパターンを拡大して見せてくれているのがアンチなのです。

そういえば「日本人のネガティビティ親和性」として研究していた人もいましたね。それは悪いことばかりでもなくて、だからこそこれだけ治安のいい国になったし、これだけ便利な国になったとも言えます。
(※反面、花風社クラスタは「ポジティビティ親和性」のコミュニティです)

物事がつつがなく無難に進むことに偏執的に命をかけるようなところがあるからです。

いずれにせよ、感情と論理が個人の中で戦うと往々にして感情が勝ちます。そして恐怖もまた生物の本能に根差した最強の感情で、それに支配されれば思考は吹っ飛びます。あるいは恐怖を回避するための思考回路になります。

そういう点でこの件のコアはやはり恐怖と言えると思います。だからこそ日本人は安心と安全に命をかけた社会を造ってきたのですが、こういう時に一気に気質が露呈すると思っています。

答えになっていないかも知れませんが、宜しくお願い致します。

返信する
浅見淳子

ブルーさん、色々ありがとうございます。
感想はメッセージコーナーに書いていきます。大きな学びになっています。
それと、11回以降がアーカイブされていないので、今朝担当者に伝えました。
ゆっくりかもしれませんが、アーカイブされていくと思います。
よろしくお願いいたします。

返信する
ブルー

浅見さん

いろいろとありがとうございます。
そしてアーカイブの件もありがとうございます。

これは私の学びでもあります。

そしてこの人物と私は似た所もあれば、正反対の所もあります。
さらにこの人物の分析を通じて、
実はクラスタの方は私の事もご覧になっておられます。

分析の基本は比較ですから
クラスタの方からはこの人物と私を見比べることによって
「自閉の人とは何か」「成人当事者とは」が
より分かりやすくなるのではないかと思っています。

連載はもう少し続きます。今後ともよろしくお願い致します。

(追伸)
智ママさんへの応答コメントの中に、
リンクを4つ入れているので承認待ちになっております。
そちら承認お願い致します。宜しくお願い致します。

返信する
智ママ

ブルーさん

わざわざお返事を下さり、ありがとうございます。
移動中の地下鉄の中でふと見つけて読んで、思わずこの記事にのめり込んでしまって、あやうく目的地の駅を乗り過ごすところでした。
(息子が「お母さん、市役所前駅ですよ。」と教えて、車内で私の袖を引っ張ってくれたので助かりました。)

アンチ、またはコロナ脳の方々は『物事をつつがなく無難に進むことに偏執的に命をかけるようなところがあるからです。』とあり、それに「なるほどねえ、言えてるわ」と感動しました。

少しばかり、私事を書きます。ご面倒でしょうが、お目をお通しください。

私は、たまたま息子を産むことで、器質的障害児・かつ多重障害児の母親となりましたが、最初の療育ママ集団の皆さんは、ご自分が障害児を生んでしまったことで、マイナーな存在となったことに、非常な危機感(存在の危機に至るようなほどの重いものです)を抱いていました。

そして、『つつがなく送れなくなってしまった、普通の人生』に戻りたくはあるものの、障害児を抱えていては、その人生には戻してもらえないので、代わりに療育ママ友のコミュニティを作って、その中で無難に人生を送ることに、非常な力をいれておいででした。
そして、その中で花風社の身体的アプローチを始めて、結果が伸びていく息子のことを、内心は煙たく思っていたようです。コロナが流行りだすと一気に論調が激化し、私は風邪を罹患中に、ラインのママ会から総攻撃の上、私以外の皆がライン抜け、という、『仲間はずれ』に遭いました。

このときの、彼女たちのコロナの怖がりようと、攻撃の強さは、罹患中だったこともあり、強く記憶に刻まれました。私以外の皆が、コロナ脳になっていたからです。

しかし、それは、日本人の性質からすると、かなりの割合で、無理もないことだったのかもしれない、ということに、ブルーさんのお返事を読んでいて気付かされました。

彼女たちはもともと所属していた『普通の人生』カテゴリーから、発達と知的の障害児を出産してしまったことが明らかになったことで、普通の人生やコミュニティから外されてしまい、マイノリティとして生きるのに、根源的な不安や恐怖を抱えていて、
それがコロナによってますますその傾向が強化されていき、そしてそれが臨界を超えて私への攻撃に至っただけだ、と。
そしてまた、たまたま身体的アプローチを行っていた私達親子だけが、その思考の傾向の罠から逃れることができただけだった、ということもわかりました。

偶然とはいえ、すごいことが起きていたのだな。と理解できて、唖然としながら書店で雑誌を買いました。息子は地下街ではしゃいでいました。

もともと、高圧的に振る舞われると、私は反発して逆の行動をとってしまうところがあります。
コロナ流行初期に厳しく敷かれた外出禁止令が、私にはどうにも窮屈で、自宅にいても息子は騒ぐし自分の息は詰まるしで、自宅待機にたまらず、息子を連れて、頻繁に外に散歩にでかけていました。
それは、私の中の自然が欲したことで、抑えようにも自分の行動を止めようがなかったのですが、あれは野生の本能に近いものがあったのかもしれません。

しかし、彼女たち、または彼らは、なんと儚いものに、偏執的にエネルギーを使っているのでしょうね。
普通なんて、つつがない暮らしなんて、突然大きな変化が来たら、あっという間に吹き飛んでしまうものだというのに。

怯えからは、何もポジティブなものは生まれません。
もったいないことですが、それを選ばれているのならば、しかたのないことなのですね。

コロナは、いろいろな人の根っこの姿を明らかにしてくれました。
寂しいですが、ある程度は、しかたがないかな?と割り切りかけています。

以上のことを考えながら、また地下鉄に乗っていて、自宅の最寄駅で降りそびれかけて、また息子から袖を引っ張られました。
「おかあさん、ちゃんと降りましょう」と叱られました。

多くの人が騙されてワクチン注射を打って、副作用でバタバタ倒れていったり、死んだりするのを見たくはありませんが、仕組みがこうである以上、いくらこちらが説得しようとしても聞き入れてもらえないのは、しかたのないことなのかな。
思考回路が違うのだから。ほんの少しの差なのだけれど。と、溜息をつきながら諦めかけています。

最後は、湿っぽい話になってしまい申し訳ありません。

ブルーさんの説明はとてもわかり易く、納得できるものでした。

大変に、ありがとうございました。
以後、息子と外出中は、深く考えごとをすることは、少し控えようと思います。

返信する
ブルー

ヨヨ子さんより:

>あと当事者特有のキモさの原因としては、ブルーさんのおっしゃるように体の問題もあるでしょうが、一般社会での経験不足というのもあると思います。つまりギョーカイの中に長くいればいるほどキモくなる。

ブルー:
→これは少し奥の深い論点です。でもやっぱり私はカラダで考えてしまうのですが。この件は単独で別途投稿します。

<当事者の「経験不足」問題>

ヨヨ子さんが仰る「ギョーカイの中に長くいればいるほどキモくなる」は、社会的/環境的な文脈だと理解しました。一般社会と隔離された場所にいると、一般社会の常識を学ぶ機会が減ってしまう、と。

ただ私はやはりこの件も身体から考えてしまいます。これは私の思考回路・・・というか人間観の癖&今までの経験の帰結なので、お気になさらないでください。

正しいか間違っているかというより、私個人がこう考えてしまう、という話なので。

経験を積むというのは、身体で学習するということです。当然ですが教科書から学んでいるわけでは必ずしもないので、やはり首を含めた首から下(つまりは身体)で、状況における非言語情報を取れないといけません。

つまりは非言語情報がとれないと、経験から学ぶことができません。実際、当事者はそもそも経験から身体で学ぶことを苦手としていると思います。

かつ経験から学ぶというのは「やりながら修正し、かつそれを覚え」みたいなところがあって、同時並行処理/マルチタスクです。これもまた苦手な当事者が多いです。

つまり、ヨヨ子さんが仰るようにそもそも学ぶ機会から疎外されているケースだけではなく、定型と同じ空間にいて、同じ経験をしているはずなのに、定型よりもまるで学べない、ということが発生しがちだと思います。

言葉を変えると、「自動で学べない」とも言えますが。そして、その学べない姿に定型がイラつくことがあります。「学習能力がない」「学ぶ姿勢がない」。(誰だ、あんなポンコツを採用したやつは)

かつ、学ぶというのは情報を自分の外から取ってくるプロセスを含みます。ここでも当事者特有の難点が出ます。

それは情報の取捨選択です。

これが当事者は定型と比べて独特な事が多い。だから、定型と同じ経験をしたとしても、定型みたいにインプットしておらず、場合によっては誤学習している危険性まではらんでいます。

経験不足ならば経験を積めばいい・・・と一筋縄でいかないのが、当事者の経験学習です。やはり身体面の課題をクリアした方がいいと思っています。

なおかつ。まだあるんですよ、難点が。

経験って、人の輪の中で積み重ねていくことが多々あります。コミュニティであったり、組織であったり。

そして当事者はこの人の輪から弾かれることが多々あります。非言語情報を取りにくいので、コミュニティ/組織の文脈が読めず、そもそもそこになじむことができない。そして「お引き取りください」を喰らう。

つまり一般社会に出たとしても、やっぱり学ぶ機会から疎外される。

このように私は当事者の経験学習の不全の根本にも、身体の問題を観ます。それは先ほどお伝えしたように私の癖であり、また私の人間観&経験上の帰結です。

ただ、ヨヨ子さんが仰るように、社会的な文脈もいろいろあるとは思います。私はたいてい身体性で解釈してしまうので、社会的文脈を使った観点のバリエーションが少ないのだと思います。

以上宜しくお願い致します。

返信する
ヨヨ子

ブルーさん

なるほどです。
私にも身に覚えがないことも無いです。

私はブルーさんよりも体よりも社会経験を重視するタイプかもしれません。

成人の治ったは働くことです。
そして働くのなら体が基本といっても、面接者がまず見るのは学歴と職歴つまり今まで何を経験していたかです。
診断名から感覚過敏消えました片足立ちできますなんて何のアピールにもならないでしょうし、ネッシー信じてるような目で見られるのがオチでしょう。

私はそれを、去年の再就職活動で嫌というほど知りました。
ネット登録の人材派遣?でも、名前・年齢・就労年数・持っている国家資格及び学会からもらえる資格だけを入力させられて、「つまり社会で今まで何を経験してきたかでまずふるいにかけられるわけね」と思いました。

就労する上でアピールできるのって、今まで一般社会で何を経験したかなんです。体の機能を評価してもらうのは二の次です。
多分ここ閲覧してる人でも、発達障害はまずまず治ったけど職歴や学歴がないまたは学歴を取得するのがあまりにも遅かったがために仕事が無いという人もいると思います。

だから体の機能という見えない部分よりも、経験値という見える部分に重きを置く考え方なんだと思います。

体を無視してはいけないけど、そこを見てもらうには一般社会で今まで何を経験してきたかを雇用主に披露してまず雇ってもらわないと、就労には繋がらないのが現実だよねって考え方なんです。

返信する
ブルー

ヨヨ子さん

>体の機能を評価してもらうのは二の次です。
多分ここ閲覧してる人でも、発達障害はまずまず治ったけど職歴や学歴がないまたは学歴を取得するのがあまりにも遅かったがために仕事が無い

>そこを見てもらうには一般社会で今まで何を経験してきたかを雇用主に披露してまず雇ってもらわないと、就労には繋がらないのが現実

→これに関しては次の連載(私自身の転職活動記)にも最重要なテーマとして出てくるので、ほんの少しだけ予告なのですが。

ヨヨ子さんは確か一般就労のフィールドで活動されたと記憶しています。
で、私は障害者採用のフィールドで活動し、今年度から一般枠です。

そして障害者採用では・・・
ということは一般枠採用において・・・
よってヨヨ子さんが経験された件においては・・・

ということです。

詳しくは次の連載にて。

というかですねぇ、当該人物の話をはじめてしまったので、
障害者採用の連載が後ろにズレたわけですよ。

年明けから障害者採用体験記の最終章を書こうと思っていたのです。
春先には公開できるかなあと踏んでいたのですが。

まあ、格納していた連載を出すと決めたのは私ですが。
これだけが当該人物が私にもたらした手間
(実害とまではいかないけど)ですね。

それと再度予告しますが、
次の転職活動記で当該人物は(勝手に)物凄く呪われます。
今の個別分析編よりもずっと。

多分ですが、アンチ全般に対して
壮絶な心理的殺傷力が出ます。
私のせいではないのですが。

挙句の果てにはクラスタの方も
何人か「やられる」危険性があるので
重々気をつけていこうと思っています。

宜しくお願い致します。

返信する
ヨヨ子

9年のブランクを経て再就職したヨヨ子です。再就職して1年足らずでシフトが変わってしまいました。

家を出る時間も違う。帰る時も間違う。
食事の時間も1時間くらい前後する。
就労時間も1日当たり1時間くらい増える。
非正規雇用とはこういうものです。
自分が来年どんな働き方をしてるか予測がつかない。

服薬時間も無理やり変えなければならなくなるかも知れません。
人が減れば入る時間を増やしてほしいと言われそれを断れば使い勝手の悪いパートだと思われるでしょう。

でも頑張るしかないです。

あと下の皆さんの投稿で思い出したのですが、私も職場で多少キモいと思われてるっぽいです。
はっきり奇異だよと言われたことすらあります。
それでもクビにならないのは私が無理してでも周りの都合に合わせて働くからだと思っています。
キモくても需要がないわけではないのです。
だから、自称キモい当事者の人も無賃労働するよりももっと働いた方がいいと思います。
気に食わないTwitterを毎日見てツイート出来るんなら元気ってことなんですから。

あと当事者特有のキモさの原因としては、ブルーさんのおっしゃるように体の問題もあるでしょうが、一般社会での経験不足というのもあると思います。つまりギョーカイの中に長くいればいるほどキモくなる。

返信する
ブルー

ヨヨ子さん

いろいろと考えさせられましたので、コメントをさせて頂きます。

>でも頑張るしかないです。

→頑張ってください。そしてお体とお心をご自愛ください。

>私も職場で多少キモいと思われてるっぽいです。
はっきり奇異だよと言われたことすらあります。
それでもクビにならないのは私が無理してでも周りの都合に合わせて働くからだと思っています。
キモくても需要がないわけではない

→それが職場のいい所というか、我々当事者の付け目だと思っています。「多少」キモくても、ちゃんと働く限りは職場にいられる。職場の人間関係はサークル活動のような「仲の良さ」ではなくて、あくまでも「成果」で結びついているからです。

>だから、自称キモい当事者の人も無賃労働するよりももっと働いた方がいいと思います。
気に食わないTwitterを毎日見てツイート出来るんなら元気ってことなんですから。

→当該人物はあえて言うなら「未病」の範疇の人だとは思います。健康・健全とはいいがたい。本人も「心を病む当事者として・・・」と言っていたことがあります。ただ勤務はしていますから、ある程度カラダは動くわけで、そういう意味ではヨヨ子さんの仰る通りだとは思います。でも「無賃労働」はもはや自分では一生やめることができません。

>あと当事者特有のキモさの原因としては、ブルーさんのおっしゃるように体の問題もあるでしょうが、一般社会での経験不足というのもあると思います。つまりギョーカイの中に長くいればいるほどキモくなる。

→これは少し奥の深い論点です。でもやっぱり私はカラダで考えてしまうのですが。この件は単独で別途投稿します。

返信する
yasu

メンタリストDaiGo氏が、YouTubeチャネルの中でアンチの性質についてコメントしていて、アンチ仲間からコメント(やいいね)をもらうために絡むのでコメントできないようにするとアンチは一気に減るといったことを言っていましたね。まあ、この「コメントやいいねが欲しい」というのも、度が過ぎるとキモイことになるのかなと思いました(笑)

返信する
ブルー

yasuさん

コメントできないようにするとそれは減ると思います。アンチコメントというのは「心の痰」ですので、吐けなくなると違う所に吐きにいくからです。

承認欲求は・・・。SNSの場合はアンチコメントというよりいろいろと見受けられます。これ以上書くと本論から大幅にズレるのでやめますが。

返信する
浅見淳子

ブルーさん

良い週末を。

こっちには最初からきっぱりと境界線があるわけです。

考えてみたらそらパパとかも昔は、「彼ら(我々)が仲間だからああいう主張が許しがたい」とか言っていたのですがそれを私は「何言ってんの全然仲間じゃないじゃん」と不思議だったわけです。最初から仲間じゃないものを勝手に仲間がられてあげくに仲間にふさわしくないと言われてもねえ。

それと同じでこの特定アンチも最初からこっちから見ると仲間じゃないわけです。

私は今回、また医療に治せない何かを発見しました。

それは「きもいこと」です。
きもい人物のきもさを医療は治せませんね。
そしてきもいことは社会的に大きな不利となります。
彼は無害。
だけどきもい。
我々にとってきもいように、彼のリアルで回りにいる人にとってもきもいことには間違いなく、それで自称弱者、社会的底辺にとどまっているかもしれません。

返信する
ブルー

浅見さん

コメントをありがとうございます。
文節ごとにコメントをお返ししてあります。

>こっちには最初からきっぱりと境界線がある

→それが健康な人ですよね。ところがこの人物は・・・ということです。

>考えてみたらそらパパとかも昔は、「彼ら(我々)が仲間だからああいう主張が許しがたい」とか言っていたのですがそれを私は「何言ってんの全然仲間じゃないじゃん」と不思議だったわけです。最初から仲間じゃないものを勝手に仲間がられてあげくに仲間にふさわしくないと言われてもねえ。

それと同じでこの特定アンチも最初からこっちから見ると仲間じゃないわけです。

→確かに仲間とは思えませんね。

>私は今回、また医療に治せない何かを発見しました。

それは「きもいこと」です。
きもい人物のきもさを医療は治せませんね。
そしてきもいことは社会的に大きな不利となります。

→この「ハッタツの奴がいて、そいつキモいんだけど」問題ですが。
確かにキモさは医療的に考えると治せません。

当事者キモい問題は、典型的に「発達」の問題と考えています。
「障害」や「医療」といったパラダイムで考えると間違えると思います。

当事者のキモさは

・身体の動きがヘンテコ(運動発達や代償機能の問題)
・人間関係の距離感バグってる(空間感覚/距離感覚の問題)
・身辺清潔ができない(感覚の偏りも影響か)
・空気が読めない/悪い意味で宇宙人的(非言語情報が身体で取れない)

・・・その他、100~200項目くらい(爆)

当事者のキモさ項目は、
多分細かく上げたら100~200個くらいはあると思いますが
やはり全身に渡る問題だと思います。

だから人間全体から悪い意味で違和感が発生して
定型の人にとってはキモいのです。

「ユニークな個性」ではありません。
他者に不快感をもたらすことも多々あるからです。

でもそれも全身へのアプローチで
「人間化」していくと思います。
でもこの人物は自らの状態変化を嫌がります。

>彼は無害。
だけどきもい。

我々にとってきもいように、
彼のリアルで回りにいる人にとってもきもいことには間違いなく、それで自称弱者、社会的底辺にとどまっているかもしれません。

→いつでしたか、この人物は小説か映画だったか、
キモいキャラクターに自分を重ねていたことがあります。

つまり。自分のキモさを自覚しているし、
それも踏まえてモビングしてきます。
「どうだキモいだろ」みたいな。

そういうものには付き合う必要がそもそもないということですね。

浅見さんも良い週末を。

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