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仕事のお部屋

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仕事にまつわること、なんでも話しましょう。

752 COMMENTS

ブルー

<ダメ系医クラ スピンオフ>
~ある偉人~最終回
その6「偉人の知見と2人3脚」

その5
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-18/#comment-8658

■アンチ考察は偉人のおかげ

ダメ系医クラシリーズの本編に書いた通り、ダメ系医クラというのは本質が「相対化アンチ」です。つまり「反論・批判する人」と似ているようで、実は全然違う人種ということです。

そしてダメ系医クラにせよ花風社アンチにせよ、アンチの基本構造は同じです。ポイントは以下です。

———————————————————————————

◎社会構造や人間に関して、認知できない部分を持つ(=疎い)

●ダメ系医クラ=医療以外の社会と生身の人間が分からない
●花風社アンチ=市場を嫌う・社会の階層構造を嫌う/身体性の喪失

◎客観的評価であれ自己評価であれ、それが下がることが不満
 
●ダメ系医クラ=相対化により客観評価が下がることを嫌がる
●花風社アンチ=自己評価の低下により抱えた弱者性が本質

———————————————————————————-

私がこういったアンチを観る時に使うのは、偉人から授かった文明観や人間観です。つまり私がアンチ考察をやれたのは、この偉人のおかげです。それはつくづく実感していました。

■産業社会の現実かつ帰結

偉人の知見を改めて見直すと、偉人はアンチが最も嫌がることを最も重視していることが分かります。

例えばそれは生産性です。あるいは、科学性や正誤の追求よりも、まずは結果や成果を重視する実務的かつ臨床的な仕事観です。

このように偉人が重視し、アンチが嫌がることは社会、特に産業社会の現実かつ帰結です。だから偉人は知見として残したのです。それに私は学び、今でも指針としています。

我々成人当事者の多くは産業社会で働いています。公務員や資格職の当事者の方も、産業社会には隣接しておられます。

そういうわけでこの連載は、「花風社アンチの考察」同様に仕事のお部屋に置かれました。

■偉人による「次の時代」に関する知見

偉人は生前だけではなく、亡くなってからもその知見が影響を与え続けています。

例えば某大手アパレル企業の社長は、この偉人の信奉者であることを公言しています。この社長だけではなく、産業社会にはこの偉人の知見に従って仕事をしたリーダーたちが多くいます。

すなわち、アンチが最も嫌がる方向に社会が動くことを、この偉人が知見を通じて後押しをしていたということです。

つまりアンチにとって最も嫌な人はフジカワやアサミや、ノーマスクや反ワクではありません。

実はこの偉人です。

アンチにとって生きにくい世の中が形成されるにあたり、この偉人の知見がだいぶ影響を与えているからです。そしてアンチはこのことに気がつかなそうですが。

また某国には、偉人の名を冠した大学院があります。そして今でも社会のリーダーを輩出し続けています。そんな偉人には、某国の大統領が国家の最高勲章を授与しました。

さらに日本からも偉人に勲章が授与されています。偉人の影響力は日本政府にも認められていたのです。

そして偉人は、今の変革期の後に人類が迎える次の時代に関しても、「ベースに限っては」知見を残しました。さすがに「全て」を指摘するのは控えていましたが。

私は個人的に、偉人の知見が真価を発揮するのはむしろこれからだと考えています。

まずは西暦2035年あたりまで、現代文明は概ね偉人が指摘した通りの方向性で動きそうです。さらにはそれ以降の時代に偉人の知見はさらに輝くと考えています。

そういうわけで私は、偉人が指摘した「次の時代のポイント」に従い、その準備をしながら生きているのです。

(おわり)

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ブルー

全てを書き終わってから思い出しましたが、
偉人もやはり生前に
専門家が「やらかしがちな物事」に関して言及していました。
今回は直接引用はしませんが。

その内容はダメ系医クラにもピッタリ当てはまります。
つまり昔から「ガッカリ専門職」というのは
業界を超えてどこにでもいたわけですね。

偉人は産業界でそれを指摘しましたが
今回のコロナ禍では医療系が注目されたというわけです。

そういうわけで、ダメ系医クラも含めて
「ガッカリ専門職」は時代や業界を超えて不滅です。

つまりこちらの選択眼が
いつの時代でも、どの業界でも
常に必要ということです。

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浅見淳子

ブルーさん

またまた興味深い連載をありがとうございました。

ライターの中川淳一郎氏がコロナ禍で自分が被った好影響について、ネットウォッチャーから人間ウォッチャーに格上げできた、みたいなことをつぶやいていらっしゃいました。

不愉快なコロナ禍でしたが私もコロナ禍を経たからこそ

・なぜ治った方がいいのか
・なぜ医療に頼らない方がいいのか

かなりはっきりと言語化できたと思います。

そして未来が気になります。
一方でどうせ凡人の身が未来予測をしてもたいしたことはないのがわかっているので、詳細な未来予測は戒めようとする自分がいたりします。

まさに歴史は繰り返す とすると

そのことが慰めだったりする昨今です。
この国は何度も立ち直ってきましたからね。

ありがとうございました。

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ブルー

浅見さん

コロナ禍はいろいろなものがバレたように思います。

臭い物に蓋をするといいますが、緊急事態が起こるとその蓋が吹っ飛んでしまいます。でも、蓋をあけると何があるか正視できたことだけがコロナ禍の収穫(?)だったと思っています。

それと私の知能程度ではまとめきれなかったので本編には書いていないことがあります。

それは歴史に関することです。

例えば偉人は社会を観る時に、まず歴史から考えていたと思われます。

他方、ダメ系医クラは論文やモデルを社会に強引に当てはめて、往々にして外します。そして外した後に「あれは予想ではなくてシュミレーションなのデス」。

私も今回の感染症騒動では論文やモデルよりもまず先に、人類の感染症の歴史を学ぶことから始めました。確かに歴史は繰り返す部分があります。

そして今回のコロナ禍で日本は戦争や緊急事態には勝てない国であることを目の当たりにしました。でも、日本は他の国同様、繰り返し感染症に見舞われてきた国なんですよね。そもそも。

だからまた立ち直っていくと思います。臭いものにもう一度蓋をしながら。そして私はその蓋の中に何があったか、死ぬまで忘れないようにしていこうと思っています。

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ヨヨ子

ブルーさん。

ガッカリ専門職の一味こと医療従事者のヨヨ子です。
私も2035年以降もダメ医療者は不滅だと思います。

なぜかと言うと、コロナ騒ぎの中、医療従事者になりたがる人が増えてるんですよ。当社比ですが。
この前近所の女子中学生だか女子高生だかの娘さんを持つ人達が「もう看護師になるしかないよ!」と言ってました。多分娘さん達の進路の心配をしてるんでしょう。
我が職場にも娘が保健師学校に編入したがってるから金がかかるとか言ってる看護師さんがいます。

また、私の住む街でも潰れた飲食店や居酒屋がいつのまにか医療機関になってます。
住民=患者だけでなくスタッフ候補=近隣の医療資格ホルダーからある程度のニーズがないとそうはならないから、医療者になりたがる人や復帰したがる人も増えてるんだと思います。
(しかも産婦人科や救急車対応の外科が増えるなら良いですが、皮膚科とか整骨院とかが増えてる)

今後も他の業界が立ち直らないと、医療者なんて!と思いつつでも仕事としては美味しいよね私もなりたい!と思ってる人が増えるでしょう。

こういう現象って多分ダメ医療者の温床になる気がします。
供給が増え過ぎるそいつらをどうにかするための仕事が出来たりしますから。

返信する
ブルー

ヨヨ子さん

連載をお読み頂いていたのですね。ありがとうございました。

景気が悪くなると公務員か医療関係に就職希望者が集まってくるのは世の常です。特に地方は産業がないからなおさらだと思います。また、皮膚科に人が集まるのはよく分かります。

以前、精神科医の和田秀樹先生が仰っていましたが、「例え不純な動機で医学部に入ったとしても、医学部のトレーニングを改善することで、いい医者を増やせまいか」という提案をしていたことがあります。

そこから発想するに、ダメ系医クラの発生を(少しであっても)防止するには、よく言われる事ですが民間の企業で1~2年働くことを必須にしてはどうかと。

<就活塾 ホワイトアカデミー>
【就活】新卒でメーカーに行ったら工場勤務はある?
https://www.youtube.com/watch?v=NyAZTMJAAao

大手メーカーでは、例え大卒総合職で入社しても、初めの1年程度は工場実習があるのだそうです。

動画の竹内社長いわく、「『製品を作っているのは人間であること」』を工場勤務を通じてカラダで理解することで、例え営業に行ったとしても工場を無視した行動を取らなくなる」と。

同じように医療関係者は免許や資格を取ったら、都市出身者は田舎の工場、地方出身者は大都市の中小企業(大企業ではありません。中小企業です)で1年間働くことを必須にすれば良いと思うのですが。

会社勤務でお勧めの経験は3つあって

1.大都市のビル街で飛び込み営業をしてみる
2.地方の工場で働いてみる
3.わがままでオッカナイ中小企業経営者に怒鳴られる

こういう経験も通じて、「社会を回しているのは生身の人間であること」を会社勤務で体感できるかなあと。あと、「自分が社会の主役」という自意識を消すこともできるような気がします。

私は1と3は経験してますが、2がないのです。営業として地方の工場に訪れたことは何回かありますが。

ともあれ、これらを制度化しようとしたら医師会が強硬に反対しそうですが、それでも。

話を戻しますが、動機は不純であっても、その後に随分と差がでますよね。そこの差が、特に医者の場合は両極端な印象があります。

その原因は、よく言われることですが学校と病院しか知らないことではないかと。それと、学生時代から先生と呼ばれることではないかと。

だからハラスメントと言う単語をそもそも知らないタイプの中小企業経営者に、令和の時代にも関わらず怒鳴られるといいと思うのですが。

民間企業勤務の人間としてはそんな感じがするし、他の一般人も多数そう思ったのがコロナ禍ではないかと。

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ブルー

<ダメ系医クラ スピンオフ>
~ある偉人~
その5「偉人はボンクラの頭すら造り変える」

その4
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-18/#comment-8645

■3次元的な文明認識力

私が実感したことですが、この偉人の知見に触れ続けていると、いつの間にか文明への認識力が2次元から3次元になります。

偉人の立体的な文明観にずっと触れていると、私のようなボンクラにもそれが転写されてくるのです。それもこの偉人の力なのですが。

そして3次元で文明社会を観られるようになると、もはや2次元的な見方には戻らないです。

また偉人がやっていたように、個別の学問を立体的な文明観の切断面として把握できるようになるため、学際的に社会を考えることに慣れます。

つまり知識は入っていないが、世界観がインストールされている状態です。いわば本はなくとも本棚だけはセットされている状態です。

この結果、社会科学へのとっつきやすさが増します。文明観を知識の棚として使えるようになります。いわば自分のアタマの中の本棚に、いろいろな本を入れやすくなった状態です。

なお、私自身の勉強の成績はボンクラです。偏差値もたいしたことなかったです。中学時代には歴史や地理の期末テストで赤点を取って、追試を喰らっていました。高校の成績も下から数えた方が(略)。なんとか大学は出ましたが、難関校でもありません。その辺の大学です。

そういう偏差値の高くない私でさえ、文明や社会に対して立体的で学際的な世界観になるのです。これは偉人の力です。

そして文明への立体的世界観を得たら、あとはボンクラなりに個別学問を知能程度の範囲で勉強すればいいのです。

つまり自分のアタマの程度に見合った本を、自分のペースでアタマの中の本棚に入れていけば良いのです。その本棚は偉人から渡されたもの、というわけです。

これは私が優秀なのではなく、私以外の人も偉人の知見に多く触れてアタマの造りが変わった経験をもっています。偉人の知見は多く触れると私のようなボンクラのアタマの構造さえ変えてしまうのです。

この偉人の職業は学者だったので、一般的には「役に立つ知識を授けてくれる」人と思われています。しかし本質的には

★文明観を立体的にしてくれる

事が、私が体験的に思うこの偉人の真の恩恵です。これにより社会を構造的に把握するとっかかりを掴めます。

もちろん他にも数多くの恩恵があります。

例えば、偉人は人を実に細かく完全個別化して観る人で、何よりも強みを重視していました。それは発達障害の人にとって最重要な人間観でもあります。そういう人間観も、偉人の恩恵です。

私は身体アプロ―チによって体験世界を繰り返し変えてきました。同様に私はこの偉人によって文明観や社会観、そして人間観を変えてもらったのです。というか、偉人から授かったのです。

ただ、これも広い意味では体験世界の変更です。

(つづく)

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ブルー

(コラム)
~達人や偉人による発達援助~

直接的であれ間接的にであれ、達人や偉人に触れているというのは恐らく重要だと思っています。

なぜならばそういう人達が体現しているものが、部分的であったとしても一般人に転写される事があるからです。

例えば武術系の話ですが。

達人に弟子が稽古で投げられ続けていると、弟子は体調が良くなったりするのだそうです。また、達人ではない他の道場生の技はそれほどかからなくなったりもするのだそうです。

以前、私は護道の練習生の方とお話をさせて頂いたことがあるのですが、私がこの話をした際に

「分かります。廣木先生に投げられ続けていると、体調が良くなってきます。」

と、仰っていました。

これは達人の身体や意識の状態が、技をかけられることを通じて一般人に転写されてくるからだと考えています。達人は必ず身体や意識が整っているので、一般人もつられて整ってしまうのです。

つまり、私の文明観もいつの間にかこの偉人につられて立体的になってしまったのです。これに気がついた時にはちょっとびっくりしました。

この偉人にアタマを作り変えてもらった人は他にもいます。かつて私のメンターだった天才起業家です。NHK大河ドラマで市川海老蔵が演じた織田信長にそっくりな人でしたが。

いわく、

天才起業家氏:
「偉人の知見に触れているうちに、いつの間にか物事の本質を探り出す方法を感覚的に掴んでしまった」

と。

確かにこの起業家氏は物事の本質をダイレクトに見抜くことに長けていました。もちろん本人の資質や才能もありますが、それが偉人によってバージョンアップされた印象です。

こういう、達人や偉人が体現しているものが一般人に転写されてくるということも、広い意味では発達援助かも知れません。それは総合的で、全体的で、何よりも整える方向性・・・というか

・何か知らんけど(作用機序不明)
・狙ってもいないのに(目的化していない)
・いつの間にか(自覚もない)
・人間のベースが整ってしまった(結果として後から気付く)

という事柄だからです。

そうやって「狙ってもいないのに、結果として整ってしまった」人間のベースは、後戻りしないです。それは最も堅牢な土台です。

クラスタ各位のご経験の通りです。

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浅見淳子

ブルーさん、ありがとうございます。

ニキさんは、理屈に理屈を重ねて平板に見えている世の中をなんとか三次元で理解しようとし、社会適応を進めてきた人だと思います。

理屈に理屈を重ねるのは野生の勘でもともと社会が三次元にしか見えない私からみるとしんどそうですが、それが身を助けたともいえて、それこそがプラスにもマイナスにも働く資質なわけですね。

私は神田橋先生の本を作ったとき、自分の頭がよくなったような気がしました。

ニキさんに話したら「誤解だよ」と言われましたが(笑)。

今思うとあの経験は「転写」だったのでしょうね。

頭はよくならなかったにしても、神田橋先生を知る前と知る後では色々パラダイムが変わるのはたしかだし

あのときに積み残した疑問をコロナ禍が一気に解いてくれた気がします。この経験をもとに私は短い老い先を生きていくわけです。

生きていく以上次世代のために何かしなければいけないので、経験世界をこうして表現しながら。

ありがとうございます。

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ブルー

浅見さん

お忙しいところコメントをありがとうございます。

確かにASDにとって世界を立体的に捉えられるようになるには
一連のプロセスが必要ですね。

私が偉人に立体的にしてもらったのは、
社会科学でいう「概念装置」です。
空間感覚の立体化はさらに身体アプローチが必要でした。

ことほどさように
ASDの体験世界は、何もしないと平べったいままです。

それと
神田橋先生にはお会いしたことがないですが
あの方も達人だと思います。

浅見さんにも(そして愛甲さんや座波さんにも)
神田橋先生の何かが転写されたのでしょうね。

>生きていく以上次世代のために何かしなければいけないので、経験世界をこうして表現しながら。

→これは私もです。

当事者というのはそれぞれが
発達障害に関してその人しか知らないことを知っています。

発達障害に関して
ニキさんしか知らなかったことがあります。

同様に、私しか知らないことがあります。

全ての当事者が、
その人しか知らない発達障害の真実を体験しています。
例え言語化が苦手な方であったとしても。

私はたまたま作文が好きだった子供が
そのまま大きくなりましたから、
このサイトをお借りして体験世界を残しています。

万が一、誰かの役に立つかも知れないからです。

連載は次回で最終回です。宜しくお願い致します。

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ブルー

<ダメ系医クラ スピンオフ>
~ある偉人~
その4「未来予測をしてはならない」

その3
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-18/#comment-8639

■「未来予測をしてはならない」

偉人は現代文明と、そこで生きる人間に関して分野を横断した膨大な知見があって、そのために社会の未来をかなりの精度で見抜くことができました。まあ、さすがに百発百中ではなかったという指摘もありますが。

偉人は精度高く社会の未来を見抜くので、周囲から「未来学者」と言われることもありました。「あの人には未来が観えている」とも言われました。

でもこういう他者評価を偉人は否定しました。偉人曰く、

ある偉人:
「未来予測をしてはならない。人間にできることではない」

とのことでした。

では偉人はどうやって社会の未来を見抜いていたのか。これについて偉人は社会を観る時にポイントにしていた事柄がいくつかあって、それも知見として残しました。

曰く、偉人としては未来予測をしているつもりはなく

★「既に社会はこうなっている」

というタイプの物事に注目せよとのことでした。

つまり偉人としては、

・社会で既に発生している変化の内
・不可逆で
・次の時代につながっている物事

を指摘していたのです。

偉人はそれを他の人よりとてつもなく早く・・・私が知る限りは少なくとも20年以上、場合によっては半世紀も早く見抜くので、他人にはまるで未来への予言に感じられていたのです。

私は当初こういった偉人の知見と、コロナ禍において社会への予測を外した専門家が行ったことを比較して原稿にしようとしました。

でも私の知的水準では無理でした。この偉人の知見を私の偏差値で扱おうとしたことがそもそもの間違いでした。

■予測を外す理由

今回の偉人の言葉から、専門家が社会に関する未来予測を往々にして外す理由が分かります。彼らの専門分野が社会に比して必ず狭いこともありますが、根本的には

◎そもそも未来予測をするから

です。

(つづく)

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浅見淳子

ブルーさん、ありがとうございます。
個人的にタイムリーな記事です。
どうしても未来を予測してしまおうとする自分がいますからね。

私は2020年春の唯一本物だった緊急事態宣言の間は、日々の感染者とか気にしていましたが、テレビに出てくる専門家()たちの予測がまるで、サッカーW杯のときの当たらない予測みたいなのばっかりだなあと思いました。

それと、これは最近あった出来事が引き金になって色々思い出したのですが
我々バブル世代の女子は、あんまり愛を結婚の動機にせず、条件そのほかを非常に重視していました。
でもそういう人が予測通りの生活を送れたとは限らないのですよね。

今後の日本がどうなるかは気になりますが、過度な予測をせず、臨機応変に対応していこうと思います。

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ブルー

浅見さん

お忙しい所コメントをありがとうございます。

>テレビに出てくる専門家()

→テレビに出る専門家において不思議なのは、テレビで未来予測をすることそのものですね。後で検証すると的中率(?)の低さがバレるのに、と思うのですが。

でも誰も(公的には)そんな検証しないので、言いっぱなしでOKということが分かりました。

>我々バブル世代の女子は、あんまり愛を結婚の動機にせず、条件そのほかを非常に重視

→実にバブル世代っぽいですね。バブルが弾けて、何割かの男性は収入が激減して、離婚に至ったという話をちらほら聞きます。

連載は残りあと2回です。宜しくお願い致します。

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ブルー

<ダメ系医クラ スピンオフ>
~ある偉人~
その3「偉人とダメ系医クラの世界観の差」

その2
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-18/#comment-8630

■偉人の世界観

偉人はおそらく歴史学・地政学・哲学を軸とした3次元の立体的文明観を使いこなしました。では偉人にとって個別の学問、例えば政治学や経済学はどのような位置づけだったのでしょうか。

話を分かりやすくするために、豆腐を包丁で切る時をイメージしてみてください。立方体の豆腐を包丁で切ると、切断面が現れます。立体を切断すると、平面が登場します。

また、豆腐は通常四角く切っていきますが、物理的にはどう切っても自由です。斜めに切ろうがなんだろうが、いかようにも切れます。

つまり何が言いたいかというと、この偉人にとって政治学、経済学といった個別の学問は、

◎立体的(=3次元)な世界観における
◎平面的(=2次元)な切断面ではないか

ということです。

まず、偉人は立体的に文明を捉えている。

それを政治学という平面で切って、その切断面を認識する。あるいは経済学という平面で切って、その切断面を認識する。はたまた、企業社会という平面で切って、その切断面を認識する。

豆腐はどんな角度からでも切れるように、偉人は文明をどんな角度からでも切れたのではないかと考えます。

偉人はそういう「学問的切断面」を世界観の中に無数に持っている様子ですから、多角的かつ奥深く文明と人間を捉えていたのだと考えられます。

そして新聞社や金融機関といった民間企業で働いた経験も、社会を把握する上で大きなプラスになっていたはずです。

■ダメ系医クラの世界観

他方。

ダメ系医クラは2次元的な世界観です。まるで社会が演劇の書割みたいに見えています。それは平板な世界観です。

そのような世界観ですから、医療関係以外の人間は書割に描かれている「医者ではない素人・その1」にすぎません。つまり脇役です。さらには生身の人間として認識していません。何しろ書割の中に描かれているだけですから。

そして社会の主役はもちろん自分です。必然的に「医療は最も重要な産業」となります。

また、彼らの大好きな論文やエビデンスはペーパー=2次元ですし、得意の「ペーパー」テストも2次元です。丸暗記した教科書も紙に印刷された2次元の世界です。

彼らは2次元の世界がそもそも得意だし、好きなのです。長い間その世界で勉強し、それで社会的地位を得たのです。しかしその得意な2次元的認識力で社会を見てしまうと・・・ああなります。

そして社会を見る時に使える学問もせいぜい1つか2つです。西洋医学なり、感染症学なり、公衆衛生学なりです。というか、そもそもこういうタイプの学問「だけ」で社会を見てはいけないのですが。

しかし彼らは世界観が2次元=つまり「論文を印刷した紙1枚」みたいな状態なので、学問を1つ使えればそれで事足ります。1つの学問が彼らの2次元的世界観の全てであり、かつ絶対的なものです。

よって自らの専門知識が人類全体知においてどのような位置づけで、どう相対化されているのか・・・みたいな観点(※)は無理です。彼らにとって「医学は絶対です」。だからSNSで露呈しているように、彼らは自分を相対化されるとキレます。

そういうダメ系医クラの世界観が一般人にバレたのがコロナ禍でした。さらに同業のちゃんとした系医クラからも苦言を呈されることになりました。

このように偉人とダメ系医クラは、社会に対する認識力において次元が違います。

(つづく)

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ブルー


自らの専門知識が人類全体知においてどのような位置づけで、どう相対化されているのか・・・みたいな観点

→これは偉人も立花隆氏も極めて重視していました。

これからの時代はますますこの観点が重要になってくるので、実は一般人の方がこれを余程理解していたりします。つまりダメ系医クラの弱点が一般人にバレやすいのが現代です。

専門職という観点でいうと、彼らは現代~これからの時代に合っていないのです。だから「相対」評価が下がるのですが、それにもフンガーというわけです。

返信する
ブルー

<ダメ系医クラ スピンオフ>
~ある偉人~
その2「偉人は何の専門家か分からない」

その1:
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-18/#comment-8628

■偉人はそもそも専門家なのか

そもそもこの偉人は何の専門家なのか、知れば知るほどよく分かりません。何の分野を扱っていたかということを超えて、この偉人が一人で一つのジャンルです。

ただし全体的には現代文明とそこに生きる人をテーマにしていました。

私が個人的に思う限り、偉人のべース分野としては

・歴史学
・地政学
・哲学

が恐らく偉人の中でそれぞれ軸になっています。結果としてこの3つで3次元の軸を形成しているように思います。

それにより立体的に文明とそこに生きる人間を捉えています。そして偉人はその立体的な文明観の中に学際的知見が膨大に収まっていました。

主な内包分野としては、

・政治学
・経済学
・産業社会論
・企業論
・経営学
・組織論
・仕事・職業・働き方
・教育・教養
・個人の卓越性、特に強み(=発達の凸・ギフト)
・知識論

といった分野です。
これらの分野を元に独自の文明観を切り開き、膨大かつ不滅の実績を残しました。

これだけ広範囲の実績を残したこの偉人ですが、そもそも専門家なのか?という疑問もあります。ただ学者ではありました。大学教授のポストにもついていました。後年は思想家とも哲人とも称されました。

しかし偉人はアカデミック一辺倒のキャリアでもありません。若かりし日は新聞記者をやった時代もあるし、金融業界でも働いた経験があります。つまり民間企業に勤務していた時代もあるのです。ただし金融は偉人の価値観に合う仕事ではなかったので、仕事で強みを発揮していてもやめたそうですが。

そして偉人は老人になってもこんな事を言っていました。

ある偉人:
「私は、この年になっても自分が何になりたいのか、よく分からないのだ」

それでも偉人は、最終的には自分をこう定義しました。

◎社会生態学者

と。

(つづく)

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浅見淳子

ブルーさん

ずーっと前、厚労省と仲良かったころ(爆)東大法学部出身のキャリア官僚に言われたことあります。「本当に頭がいい人って文学部なんだよね。立花隆とか浅見さんとか」

これはほめすぎですが、私は勉強方面ではなく野生の勘を磨く方面で20年を費やしてしまいましたね。まあ後悔していないですが。

ふと思い出しました。

返信する
ブルー

浅見さん

そういえば立花さんは
「文学を経ずして人格形成した人はどうしてもモノの観方が浅くなる」
というようなことを言っていましたね。

そして浅見さんの野生の勘はホント凄いと思ってます。
実に的確です。
後から浅見さんが正しく見抜いていたことが分かるんですよね。

文学も文字になっていない行間を読みますし、
野生の勘も見えないものを察知していきます。
そういった非言語的な力なのでしょうね。

他方、今回のコロナ禍では
理系の人の弱点も浮き彫りになったと思っています。
これは今回論じないですが。

この偉人も文系です。文学部ではなかったですが。
ただし後年に小説を執筆したり、
絵画を収集したり、そういう素養はきちんとある人でした。

宜しくお願い致します。

返信する
ブルー

<ダメ系医クラ スピンオフ>
~ある偉人~
その1「当初のボツ原稿」

以前、雑談のお部屋に書いた「ダメ系医クラ 3部作」に
座波さんから頂いたコメントから。

——————————————————————-

座波さん:
「合目的的で利用者から見たら使える専門家とは、専門性をアピールしない、ご本人も何の専門家かわからないし、分類しようともしていない方かもしれません。」

ブルー:
「はい、仰る通りです。実はこの件で私が書けなかった原稿があるのです。それは後ほど出します。私が学んだ歴史的偉人に、そういう人がおりまして。」

——————————————————————

■当初書けなかったこと

ダメ系医クラシリーズに関連して、当初原稿として完成できずに没になったものがあります。それは

★「専門家と未来予測」

という原稿です。

今回のコロナ禍に限定するなら、医クラにおける「社会に関する未来予測」です。これはいろいろな人がいろいろな予測を出しました。

医クラ以外にも、統計の専門家が登場して様々な数値から色々な解釈をしたりもしました。あるいは経済学者もそうでした。

今回のコロナ禍でつくづく思ったことですが、専門家は専門家だからこそ社会の未来に関する予測を外すことがあります。

社会は専門分野や予測モデル、あるいはエビデンスや論文よりも必ず広く、専門分野やモデルの外に影響力のある変数が往々にして存在するからです。さらには専門知識やモデル以前にそれを使う人の問題が露呈したのもコロナ禍です。

■偉人

歴史上には、社会に関する未来予測を的中させることで有名だった偉人がいます。この偉人が社会の未来に関して行った予測は、偉人がこの世を去ってなお、いまだに的中し続けています。

つまり社会に対する未来予測を的中させる偉人と、予測を外した専門家を比較すれば様々な知見が得られます。

でも、私にはそれを完成させることができませんでした。この偉人の壮大な知力は私ではとうてい扱い切れないからです。

(つづく)

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ブルー

<花風社アンチの考察:「個別分析」>
~あとがき(最終回)~

前回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-18/#comment-8364

あとがきです。連載はこれにて最終回です。

■再び、この人物のTwitterから

この人物は、少し息抜きのようなツイートをすることがあります。そこにこの人物の生活世界が垣間見えます。

◇家周辺の自然の写真。植物や動物・昆虫。
(※居住地の近所にはとても美しい自然があるようです)
◇娘さん・奥様のエピソード
◇自炊して作った料理
◇俳句
◇好きな小説や漫画
◇好きな女子キャラクター

             ・
             ・
             ・

この人物にとって家の中、家周辺の環境は趣味をしたり、自然に触れたりと安らげる場所です。これだけでTwitterアカウントを構成すればいいのにと思うのですが、そうはいきません。心の痰を吐かなくてはいけません。

■産業社会

この人物が一歩家の周辺を離れれば、そこには自由市場と資本主義を原動力とした産業社会があります。この人物もアンチの御多分に漏れず市場が分からないので、社会は理不尽なことで埋め尽くされているように感じます。

しかもそれが自分の中に侵襲してきます。社会では弱者になります。産業社会はこの人物の身体及び神経系では耐えがたいものです。

■情報社会と身体性

そしてネットの中に眼をうつせば、情報社会が広がっています。そこでは花風社のアサミが暴言を吐き、取り巻きがトンデモを拡散しています。他にも似非科学だのなんだの、許しがたい魑魅魍魎が跳梁跋扈しています。

情報社会もまた、この人物の内的世界に脅威をもたらしてきます。ですので四六時中見張っていないといけません。

産業社会にせよ、情報社会にせよ、この人物の身体及び神経系では耐えられません。自分を保持できないのです。

かつて浅見さんは当事者に対して「週5日働ける身体」があれば潰しが効くと感じたそうです。それは主に産業社会での就労を前提とした話です。

現代に眼を向ければ産業社会に加えて情報社会です。そしてインターネットからの情報は、一般の人ならば首から上で処理をして、その後に指先を動かすという具合に思っているはずです。多分。

しかしある整体の先生によると、人間はインターネットからの情報も身体(つまり首から下)を使って処理しているのだそうです。特に胸椎の何番を使って・・・とか説明なさっておられましたが。

私はこの人物を分析してみて、これからの時代の当事者は週5日働ける身体に加えて、情報社会にも耐えられる身体が必要だと感じました。情報リテラシーといっても、アタマだけでは正しく情報を扱えないと感じました。だから前段の整体の先生の言いたいことはよく分かります。

つまり現代のような情報化社会だからこそ、情報の海の中で自分の正気を保持する身体性が重要と考えます。

■新しいテーマ

また、この連載を行う中で新しい研究テーマも生まれました。一つは「自閉の学び方」です。これはコメント欄のやりとりから私の中で立ち上がってきました。

「自閉の学び方」はアンチ考察を超えた普遍的テーマなので、いずれまとまった論考をするかも知れません。この件に関してコメントのやりとりをさせて頂いた当事者の方と浅見さんに感謝致します。

それからもう一つ。これはアンチに関して普遍的テーマですが、

★アンチと食

です。当該人物を毎日毎日24時間見張り続ける中で、当該人物自身も含めてアンチが日々何を食べているかというテーマに気がつきました。

まだまだ分析と情報が不十分なので確かなことは言いにくいのですが、アンチが何を食べているかはうっすらと共通の特徴があるような気がしています。

アンチ考察は

・表面的に何を言っているかはどうでも良い
・何を感じてどう行動しているかは、見事な程にパターン通り
・特に当事者アンチと心理系アンチは身体を使えない

といった事を解き明かしました。つまり言動と行動や、心理と身体、及び社会観に関しては分析を行っています。

そしておそらく何を食べているか(=食生活)は、アンチの根本をなすものだと思っています。食事は身体と精神状態のみならず、ライフスタイルや価値観までも物語ると考えます。

派生して、アンチはなぜあんなに飯テロが嫌いなのかということも含め、今後の研究テーマです。

クラスタ各位も、もし不幸にしてアンチを眼にしたり、絡まれてしまったら彼らが何を言っているかよりも「何を食べているか」そして「どう食べているか」さらには「食べて何を感じているか」に注目してみてください。うっすらと傾向が見えてくるはずです。

そういえば極真(きょくしん)空手の創始者、大山倍達(ますたつ)先生は「人は食で観る」と仰ったそうです。人類史に残る格闘家らしい御見識です。

言っていることよりもやっていること。そしてやっていることよりも食べているものこそその人の本質を表すとすれば、アンチの食に関して解明した時こそアンチの謎が真に解けるはずです。

■連載は終了です

この連載は前半でアンチ考察の復習をしました。後半では赤本(自閉っ子、こういう風にできてます!)に着地しました。そういう点で本質的には新しい話題のない連載だったともいえます。

ただ、成人当事者が生きていく上での基本を押さえるには多少の役には立ったかも知れないと思っています。そしてアンチ考察を実際にどう使うかの例示にもなったように思います。

この連載で示したようにアンチ考察は全てのアンチに使うことができます。また自由市場と資本主義が続く限りは、これから現れる未来のアンチにもずっと使用可能です。

アンチ考察はアーカイブ版、及び仕事のお部屋にありますので、適宜ご利用ください。読んで頂いた方、コメント頂いた方、そしてその都度コメントを頂いた浅見さん、ありがとうございました。

■対応法の復習

それでは最後に、対応法の復習をして締めさせて頂きます。

・・・そもそも、この人を話題にしてはいけません。
罵ってもいけません。

相手が欲しいのはコミュニケ―ションではなく、
自他の境界線です。触られたい人なのです。

だから触ると向こうの報酬です。
罵っても、言葉でブン殴っても
全て向こうの報酬になります。

だから完全スルー推奨です。

そして。

モビングが来たら・・・
押し返してはいけません。

モビングで押されると、
押し返したくなりますが、
そこで心理的にクルリと背を向けてください。

そして
スルーした上で治った自慢です。

アンチは病み・闇属性です。
治った自慢は強烈な健康・光属性です。

アンチに対して治った自慢は
ドラキュラに太陽光を当てるのと同じで、
大変な心理的殺傷力を発揮します。

この人物の場合は
治った自慢にはほとんど反応できませんが
「全て」喰らっています。

そして治った自慢に重ねてモビングが来たら・・・
委細構わず、もう一発治った自慢です。

ドラキュラには太陽光を。
アンチには治った自慢です。
闇属性の存在には希望の光を当てることです。

◆ご唱和ください◆

それでは、
ここからは私に続けてご唱和をお願い致します。
対応法の公式です。

それでは参ります。

リピートアフターミー
「モビングされたら、スルーして治った自慢」

(ご唱和ください)

リピートアフターミー
「モビングされたら、スルーして治った自慢」

(ご唱和ください)

リピートアフターミー
「モビングされたら、スルーして治った自慢」

(ご唱和ください)

以上で連載を終わります。

最後まで読んで頂き、
かつご唱和をありがとうございました。

(終わり)

#花風社

返信する
浅見淳子

ブルーさん

まことにありがとうございました。
そしてお疲れさまでした。

私がなぜこれまでアンチを相手にしてしまったかというと、ひたすら不可解だったからだと思います。
なぜ嫌いな相手に執着するのか。
そしてそのメカニズムがよくわかりました。
生きづらいんだとよくわかりました。
私の体験世界には皆無なものだったから、長年わかりませんでした。
それがこの連載でわかるようになりました。
この学びを今後の資産としていきます。

また、

情報社会に耐えられる身体

情報の海の中で自分の正気を保持する身体性

というのは大きなテーマだと思いました。
パッとうかんでくるのはやはり固有覚がはっきりしているかどうかですが、胸椎の何番とかもあるのですね。興味深いです。

=====ブルーさん引用

・表面的に何を言っているかはどうでも良い
・何を感じてどう行動しているかは、見事な程にパターン通り
・特に当事者アンチと心理系アンチは身体を使えない

=====ブルーさん引用

リピートアフターミー
「モビングされたら、スルーして治った自慢」

=====

しかと肝に銘じておきます。

次の連載も楽しみにしております!

返信する
ブルー

浅見さん

お忙しいところ都度都度コメントを頂きまして、ありがとうございました。

皆様のお役に立てたら幸いです。
今後とも何卒宜しくお願いします。

返信する
シア

ブラック企業が増えたと言う人が多いです。
バブルのころのお話を聞いたことがありますが商社時代の上司は「自社の保養所のテニスコートでリフレッシュできた。」とか「フレックスタイムが導入されたしたくさん休むことを推奨された」と言います。
最近に目を向けると中小企業は「住み込みなんかは人が集まらない・最近の若者は贅沢だから」と言い…そのため外国人をたくさん入れているんだそうです。
文字通りブラック企業が増えているなら住み込みで働くような人も増えていると思いきやそうなってません。
賃金の低さを暗にブラックと言っているんではないかな。

返信する
浅見淳子

ブルーさんの連載以外の仕事のお部屋らしい雑談です。

うちの自宅マンションはただ今大規模修繕の期間なのですが、工事現場の皆さんと毎日顔を合わせて、いい仕事だなあと思うようになりました。もちろん技術も体力もいり危険も伴いますが。そして暑さ寒さ雨風全部に強くなくてはいけませんが。

それでも何がいいかというと、対人援助職の人のようにマスク圧強くないし(もちろん防塵等で普段からごついやつしなければいけない場面も多いでしょうが)

なにより「いいな」と思うのは時間が来るとぱたっと終わることです。
まあその方が住民のためでもあり(音の問題)体力が落ちるまで長時間労働すると安全上も好ましくないですが、我が国の生産性の低いホワイトカラーに比べて労働時間が構造化されているなと思いました。

色々な仕事を観察するのは面白いですね。

返信する
シア

デジタル化がいいとばかりは思いません。
電力会社に工事を申請するのを補助するバイトをしてます。(さっきまで現在進行中でした。)
少し前は設計図や書類を持って行って電力会社にみてもらえばその都度修正して許可が下りたそうです。
でも私たちが今やっているのはむかし人事で作ったようなシステムに入力して受け取り連絡待ち…電力会社はお役所仕事に近いですからなかなかステータス反映されません。
その間作業員は暇です。
いろんな仕事がありますね。

返信する
シア

こういうマニュアルがあります。
説明会に行くともらえるのは多くの業界にみられることですね。

返信する
ブルー

<花風社アンチの考察『個別分析』>
担当者インタビュー第5回参考資料
~受験指導者の視点から~

・前回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-18/#comment-8338

前回まで放送されていた担当者インタビューの第5回は社会に対する考察でした。この記事はそれに関連した参考資料です。

■受験指導者の肌感覚(1)和田秀樹先生

私は担当者インタビューの中で、日本人が必死に競争していたのはバブル期あたりまでで、その後90年代以降は競争回避の時代になっている、という個人的見解を述べました。競争を男性性とするならば、そこで男性性の時代が終わったのです。

1990年代というと、私が中高生の頃です。その頃の私は、精神科医の和田秀樹先生の本を手に取ることがありました。和田先生といえば、精神科医の傍ら大学受験指導をされているのは有名です。私も和田先生の勉強法の本を参考にしたりもしました。

そんな和田先生ですが、私の記憶によれば1990年代半ばからシゾフレ/メランコという精神分析の用語を使い、

「団塊の世代は競争型気質=『メランコ』で高度成長を実現した」
「バブル以降、日本人は競争回避型の気質=『シゾフレ』になっている」
「現代の受験生もシゾフレ化し、競争回避型になっている」」

というような事を述べておられたように思います。ここでいう「現代」は、1990年代当時のことです。つまり1990年代から、和田先生は受験生の競争回避傾向を肌身で感じておられたのです。

■受験指導者の肌感覚(2)マスクド先生

ここでもう一人、大学受験の指導者の話です。

「マスクド先生」というタイガーマスクのお面をかぶったyou tuberさんがいます。

マスクド先生の本名は佐藤先生です。埼玉県川口市で御自宅に個人塾「県南ゼミ/武藤塾」を開業されています。You tubeでは主に大学受験に関する動画などをUPされておられます。そんなマスクド先生が、こんなことを感じておられます。↓

【受験に勝つかどうかは〇〇〇次第・親世代との違い】
https://www.youtube.com/watch?v=sqjoOAd34AY

そしてお忙しいところ大変恐縮ですが、この次の段落からはこの動画↑をご覧になっていることが前提で進みます。動画は6分程度です。

別にマスクド先生の回し者ではありません。ご覧頂かないと、話がつながらなくなってしまうのです。You tubeには倍速機能もありますので、ご多忙な場合はそちらをご利用ください。

それでは、次の段落です。マスクド先生の動画をご覧の上お読みください。

■競争重視から共感重視の社会へ

お忙しいところお時間を割いて頂きましてありがとうございました。

ご覧頂いたマスクド先生の動画がUPされたのは2021年9月3日となっています。和田先生が1990年代に受験生の競争回避傾向に気がついてから30年弱経過しています。

和田先生もマスクド先生も大学受験、特に一般入試方式の指導者です。つまり苛烈な相対競争のフィールドでお仕事をなさっておられるので、余計に受験生の競争回避傾向を肌身で感じておられるということだと思われます。

そして、現代はマスクド先生が動画の3分44秒で述べておられるように、共感できない人は排除されるという時代になりました。共感というのは私の感覚では女性性です。

■共感の時代と自閉

マスクド先生が言うように「共感できない人は排除される」女性性の強い時代において、これまた共感が苦手な人の多い、つまり極端な男性性を持つ自閉は生きにくくなります。結果、困り事を訴えることになりますから診断される人も増えます。

今回の担当者インタビューの第5回では、共感や関係性を女性性というワードでくくり、競争及び自閉を男性性というワードでくくって日本社会の気質変化を考察しました。

それは当該人物のアイコンが女装した男性であることがきっかけです。

女性性の時代は当該人物を含めて自閉、すなわち極端な男性性を持つ人々にとっては大変な時代ですから、当該人物は女性性を渇望するのではないかと感じました。個人の感想ですが。

次回はあとがきです。それで今回の連載は完全終了です。

#和田秀樹先生
#マスクド先生(県南ゼミ佐藤先生)
#共感の時代

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浅見淳子

ブルーさん、ありがとうございます。
今、道南の🚴花見旅行から帰りました。
明日朝動画拝見させていただきます。

返信する
浅見淳子

ブルーさん

動画見ました。
いくつか疑問を感じました。

まず、自閉は競争が好きなのでしょうか?
そこが疑問です。
むしろとくにこの特定アンチなどは、競争そのものを回避したい感じがします。手に手を取って治らない方向に進みたくて、だから抜け駆けしている人がいるといや、みたいな。

それと、発達の世界だけではなく方々で無理な共感はしなかった私だけれど
排除されていたかなあ?
されていたかもしれませんが、実感はありません。
むしろこの特定アンチの方が「共感乞食」みたいに見えます。

はっきり言って、彼に私たちの共感はいらないし、私たちに彼の共感はいらないじゃないですか。仲間でもなんでもないから別々の道を行けばいいだけ。

「共感しなければ排除される」という恐怖が強いのが発達障害の人だけど、実際にはさほど排除とかされないような気がします。

マスクド先生が動画の初めの方で言っている「とにかくなんでもききたがる人たち」は増えていますよね。それは感じます。
そしてどっちかというと特定アンチもそっちではないでしょうか。
というか自閉症の人は多い気がします。
勝手に疑問を持って、そしてどういうわけか答えてもらえると思って、こっちが答えないと勝手に怒っているイメージです。

あと競争心ですが、自分が受験のときにはそんなもの持っていなかった気がします。
ただ普通に勉強していました。

二元論にはいくつも種類があります。

こコロナ禍の騒ぎの最初、私の中で解けた気になった疑問は
なぜ日本は(元)技術立国であるのに理系の地位が低いのか
でしたが、理系に天下を取らせると大変なことになることがわかった

気になっていたのですが、yasuさんからの説明や、その他理系でも心の通う先生たちもいるとわかってくると、この二元論もまあ怪しくなりました。

今私が採用している二元論は
官的なものと民的なもの
そして
田舎的メンタリティと都会的メンタリティです。

男性性と女性性は考えたことがありませんでした。

かの人物がなぜ女装アイコンを使うかは謎ですが

そういえば彼がアップしていた人形とかも全部きもいですね。

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ブルー

浅見さん

コメントをありがとうございます。
さらに考えてみました。

>自閉は競争が好きなのでしょうか?
>そこが疑問です。

→このインタビューでは自閉や競争を男性性としてくくっていますが、確かに「自閉は競争が好き」とは限らないですね(汗)。

ヘリクツをこねますと、自閉と競争には自他分離という共通性はあるように思うのですが。競争ということは主体が2つ以上あります。自分との闘いもそうですよね。努力したい自分と怠けたい自分、みたいな。

またトピックとして、「一番病」というのを聞いたこともあります。凸凹のお子様で、例えばボードゲームで一番になれないとひたすら泣きわめいてしまう・・・というものです。ある意味では極端な競争心です。

私自身も競争心というか、「一番」や優秀性や達人性への憧れやこだわりはありますが、それでも「競争が好き」とまでは言えないと思います。ただ、マスクド先生が接している現代の生徒達よりは多分まだ競争心のある方だとは思います。

>むしろとくにこの特定アンチなどは、競争そのものを回避したい感じがします。手に手を取って治らない方向に進みたくて、だから抜け駆けしている人がいるといや、みたいな。

→本人が言っているようにこの人物は左翼ですし、結果の平等を理想としています。よって確かに競争を回避したいところはあると思います。世の中に競争がある限りこの人物は弱者性を抱え続けます。

>むしろこの特定アンチの方が「共感乞食」みたいに見えます

→自閉的で共感が苦手なため、なおさらそうなっているというのが私の印象です。この状態を「女性性の渇望」という観点で考えました。

>別々の道を行けばいいだけ。

→アンチは感情面と認知の問題からこれができませんね。だからアンチになっています。「花風社が嫌いだが、アンチではない人」との最大の違いです。

>「共感しなければ排除される」という恐怖が強いのが発達障害の人だけど、実際にはさほど排除とかされないような気がします。

→これはポイントだと思います。個人的に。

私は自分自身も含めて、当事者がコミュニティから弾かれる姿を何回か目撃してきました。あるいは人を通じて聞くこともありました。

一方、仰るように当事者でもとりあえずコミュニティ内には留まれていることもあります。例え異物であったとしても。「ああいう人だが、害はない」みたいな。

なお排除というのは、入ってから弾かれるのもそうだし、最初から入れてもらえないというものもあります。

特にコミュニティであれ人間関係であれ、最初から入れてもらえないと、社会性の発達や成熟を得る機会をそもそも失うので、意外と深刻かも知れないと思っています。

>マスクド先生が動画の初めの方で言っている「とにかくなんでもききたがる人たち」は増えていますよね。それは感じます。
そしてどっちかというと特定アンチもそっちではないでしょうか。
というか自閉症の人は多い気がします。
勝手に疑問を持って、そしてどういうわけか答えてもらえると思って、こっちが答えないと勝手に怒っているイメージです。

→際限なく質問してくる症状を持つ自閉の人は確かにいますね。私も身近にいたことがあります。ウザすぎるので追い払うしかありません(爆)

ただマスクド先生が言う「白紙状態」でなんでもききたがる、というのは自閉ではなく単純に考える力を情報化社会で失っている人のように思います。どこかに正解が置かれていると思っている人々です。

>あと競争心ですが、自分が受験のときにはそんなもの持っていなかった気がします。ただ普通に勉強していました。

→私は競争心は多少あるとは思いますが、自分が大学受験生(現役)の頃は絶賛社会不適合だったので勉強どころではありませんでした。なんとか浪人してそのへんの大学に受かりましたが。競争もヘッタクれもなかったです。確かに。

しかしいずれこのサイトでも少し体験を書く予定ですが、私は中学受験をしています。この時は競争心のカタマリでした。

でも小学生だから、なんというか「かけっこで負けたくない」みたいな無邪気な気持ちの延長だったような気もします。

また優秀性への憧れもあるにはありました。中学受験の最上位層は天才がいるので。私はボンクラでしたが、それでも競争心を持って上を目指しました。こんな私でも進学塾のテストで成績優秀者一覧に名前が載ることも(ごくごく稀に)あって、そういうことの競争を楽しんでいた部分もあります。

で、マスクド先生は「そういう感情を持たない世代の受験生」と日々接しているということなのだと思います。

>今私が採用している二元論は
官的なものと民的なもの
そして
田舎的メンタリティと都会的メンタリティです。

→このうち、最後の「田舎VS都会」は物凄く実感します。

私は都会に生まれ育っていますが、この国の本質は田舎・地方のメンタリティではないかと考えています。つまり都会の感覚でうっかり日本全体を考えることを、厳に慎んでいるつもりです。それをやると間違うと思っています。

また今回の特定アンチも含めて著名(?)なアンチはみな地方在住もしくは地方出身(と思われる)ですね。

私も浅見さんも都市部に生まれ育っています。そういう点で花風社VSアンチは都市部と地方の価値観の激突なのかと感じることもあります。ただ、これは深く研究していないのでさだかなところは分かりません。

>男性性と女性性は考えたことがありませんでした。

→私もこれは最近です。私の場合、男性性VS女性性というよりは「女性性」単発で考えさせられることが多いです。自分が本来持っていないものだからかな、とも思います。

>かの人物がなぜ女装アイコンを使うかは謎です

→はい、私も謎です。ですので女性性の件を考えてみました。
でもやっぱり謎です。

宜しくお願い致します。

返信する
ブルー

さらにさらにヘリクツを。

>自閉と競争には自他分離という共通性

→自閉は「自己完結」ですね。自他がはっきりしない自閉もいるので。
すくなくとも自己と他者の2つの主体がないと競争が発生しません。

共感や関係性は、主体が複数個あってもつながりをつける作業ですが、競争や自閉はある程度の分断のイメージです。

・・・なんか哲学的な「底なし沼」が見えてきて、
私の知能程度を超えるので、もうこのへんでヘリクツはやめます。。。

返信する
浅見淳子

ブルーさん

女装アイコンが謎すぎるのであれこれ我々は推測するわけですが
きっと的外れなんだろうなと思います。
彼が私に関してする推測が的外れなように。
ともかく花風社クラスタには評判の悪い女装アイコンですね。

返信する
ブルー

これで2回目だ。

一度目は、「カップ麺」のツイートだった。
栄養療法をディスるアカウントでカップ麺?

?!?!?!

当初は訳が分からなかった。
(先方は何故私が?!となったかが分からないはずだ)

しかし、相手は私と逆の体験世界になっている。
そう考えると、少しづつ仮説が立ってきた。

そして2回目。それが今回。というか先ほど。
なぜ浅見さん家のサラダ???

?!?!?!?!?!?!?

確かにこの人物がサラダをUPしたことは
私の知る限りはない。定食はあるが。

アンチが何を言っているかはどうでもいい。
何をやっているかはパターン通りだ。

ただ、おそらく本質は「何を食べているか」だ。

言っていることよりやっていること。
やっていることより喰ってるもの。

それがその人を表すのではないか。

実は、アンチの食生活に対して
うっすらと私はパターンのようなものを感じている。

アンチの食事は今後の研究テーマである。
この人物に限らず。

今回の連載期間ではやり切れないが
私がアンチの食事に関して解明した時
アンチの謎は真に解けるだろう。

でも、浅見さん家のサラダは
自分が喰ってるわけでもない。
罵っている文面でもない。

謎が謎を呼ぶ。

#花風社
#人は食で観る(@大山倍達)

返信する
ブルー

連投恐縮です。
忘備です。

前回は浅見さん家のステーキに反応していた。
ただ、その時は少しDisった後に
自分の家のステーキをUPしていた。

この時もいろいろ考えたが、
結論が出せなかったので今後の研究課題とした。

当該人物だけでなく、
かなり昔からアンチは飯テロに反応する。

このサイトの飯テロのお部屋にも
アンチが来た事がある。

しかし
「花風社が嫌いだが、アンチではない」人は
飯テロにはまず反応しない。

つまりアンチ固有の性質である。

いくつか仮説はあるが、
そして1円の得にもならないが
今後の研究課題である。

返信する
ブルー

浅見さん

ありがとうございます。
歴史を振り返るとそうなのですね。

実は、そこにこそ本質があるような気がしてきました。

今後の課題です。

返信する
yasu

グルメ漫画を見ながらカップ麺、ファストフード、スナック菓子を食べることは、非常に哀しいことですね(^^;

その筋の方々はおそらく食が豊かとは正反対の生活を送られているのだと推察しますが、食生活の改善でもう一方も改善するか興味あるところです。

返信する
ブルー

yasuさん

その筋の方々の食生活ですが、
どうも傾向があるように感じています。

中には極端に不健康な食生活の人もいます。
もはやそれ食事じゃないでしょ、みたいな。
しかもそれをSNSにあげてしまう。

今後の研究課題だし、
実はそこに本質があると感じています。

返信する
浅見淳子

ブルーさん、yasuさん

レアに焼いた牛肉がかちんかちんにみえていたり、そもそも安い肉を筋切りしてなかったり、ステーキリテラシーは低いようです🤣

あとかつて、10時に帰ってきた夫にラムを出した時もディスられたのですが、エネルギーが違います。薬で寝て自分の髪の毛抜いて食ってる人は精力的に働いて帰ってきた人の食欲を理解できないのでしょう笑笑

返信する
yasu

なるほどーなんか納得できる感じがしますね。

食の豊かさは感情の豊かさ、生活の質の豊かさに直結します。
摂取しているサプリの種類の豊かさは、どちらかというと反比例(笑)
食育というか、食生活(サプリ併用ではなくて)の見直しって大事ですね。

返信する
ブルー

<花風社アンチの考察「個別分析」>
本編を終えて、担当者にインタビュー5/5-②/②
「女性性の時代と自閉(後編)」

前回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-18/#comment-8316

インタビューはこちらで最終回です。

■自閉の場合

A.女性性が強まっていく時代に、我々のような自閉スペクトラムの人はどうなのかと考えてみます。

個人的に自閉は極端な男性性だと感じます。自閉と定型の関係性が断絶するあの感じ。定型が辟易するアスペの共感性のなさ。発達が凸凹していてバランスも悪い。

でもギフトを使いこなせる人の場合、その分野でだけは一点突破する力がある。そして自閉ってシステムや理系に強い人ちらほらいますよね。システムや理系って男性性だと思います。

つまり自閉に対して「極端な男性性」とする言説を採用したとすると、現代日本は自閉にとってはたいそう生きにくいです。

Q.社会は女性性が強くなってきているにも関わらず、自閉の方は強い男性性を持っていて、そこが社会との相克になってしまうということですね。

確かに最近では何かというと「発達診断をしてみては」とか、「あいつはアスペだ」とか、当事者らしい人があっという間に浮く時代ですよね。

A.だから恩師や私が結果として行っていた女性性の大量導入は、自閉的な性質を持つ人、つまり極端な男性性を持つ人が時代や社会に適応しようとしたからではないかと感じたのです。

Q.当該人物はそれが充分ではないから、その分女性性を渇望すると。

A.例えばモビングの件が典型的ですが、この人物は「関係性の時代」だというのに、関係性の発達のやり残しがあります。ある意味では現代人として致命的な弱点を持っています。そしてこれは自閉に多くありうると思います。

関係性に育ち残しがあれば、現代では特に生きにくいし上手くいかなくなります。この人物の場合はだからこそ女性性を渇望するのではないかと感じたのです。

Q.なるほど、担当者さんは現代社会と自閉の相克についてそういう見立てをしているわけですね。そして当該人物の不全感の原因もそこから導き出されるかもしれないと推測したわけですね。

A.ただし、余談ですがコロナ禍でフルリモートのワークスタイルを得た当事者は、個別化されたパーソナルスペースを心理的にも物理的にも得たため、劇的に楽になりました。今後この流れは加速するとも思いますが。

Q.いわば、フルリモートのワークスタイルによってパーソナルスペースという「社会に対する緩衝材」を確保できたとも言えるのですかね。

A.そうでしょうね。私もフルリモート・ノーコアタイムで働いていますが、こちらの方がずっと仕事がしやすいですね。

コロナ禍が始まってもう2年ですか。この2年で実際に勤務先のオフィスに行ったのは3日あるかないかくらいです。まあ今後、週2回くらいは出社しようとは思っていますが。勤務先もそう推奨してますし。

Q.(自分のパソコンを見ながら)全体的にまとめますね。

担当者さんと恩師さんは自閉的特性・・・つまり極端な男性性を持ちながらも、自分を補い時代に適応するために女性性を大量に導入したと思われると。

しかしこの人物は女性性を必要としながらも導入量が不足しているのではないかと。

だから女性性を渇望しており、それがアンチの中でも他にはない特徴的な形・・・例えば女装や、障害児の母親への執着等で表出する時もあるのではないか?ということですね。

A.あくまでも今回のインタビューで私が語っていることは推測ですし、個人の感想です。男性性と女性性の話も、まさかどっとこむで語る日が来るとは思いませんでした。

ただこの人物を観ていると「なんか」気になるのですよ。その「なんか」は女性性に関することではないかと推測したわけです。

で、申し訳ないのですがこの話は結論がありません。結論が出せるものは本編の分析に載せますから。

Q.いえいえ、ありがとうございます。これで全部言いたいことは言えましたでしょうか?

A.はい、ありがとうございました。ダイニ(※)さんすみませんね、引き留めちゃって。

(録音が切れる)

————————————————————————————
※インタビュアー プロフィール:

【大尼 甚郭 (だいに じんかく) 氏】

男性。ルポライター。
主に発達障害に関する取材を行っている。
成人当事者に関心が深く、今回ブルーと当該人物に注目した。

著書:
「『成人のハッタツ』その体験世界」(民明書房)
「資質を活かす!発達障害の人の職場活躍の実例」(民明書房)
————————————————————————————-

これにて担当者インタビューは完全終了です。
次回、関連して参考資料を出します。

#花風社
#発達障害
#女性性の時代
#謎のルポライター

返信する
浅見淳子

ブルーさん

ありがとうございます。この記事を読んで、関係性の時代なんだ~と思いました(鈍い)。そしてこの時代ならではの自閉の人の生きにくさを思いました。

関係性の発達については、私もきっとやり残しがあるであろうと思います。でも私の場合には、最初の二者関係の土台はしっかり育っており、それから色々ぬかしているんだけど、土台があるから最後の社会との関係はなんだかどうにかなっている、という感じがします。

その間のヌケは、たとえば万人受けを最初から放棄しているとかそういうのがあるかもしれませんが、これはヌケなのかもしれないし土台がしっかりしているからかもしれませんが、まあとにかく本人的には困っていないわけです。案外老後に埋まっていくかもしれません。

でも自閉の人がこの社会を「関係性の時代」ととらえると、それはそれは生きづらいだろうと思いますね。ブルーさんの記事でそれを垣間見せていただいた感じです。

でもその関係性に多くの人がとらわれているからこそ、総マスク社会ができあがっているとも思えます。「嫌われたら生きていけない」というのが自閉の人のあるあるな誤解ですが、どうもそれを多くの人が共有しているジャパンなんだなあとわかりました。

私は嫌われても生きていけることを知っていましたが、なぜ知っていたかは自分でもわかりません。

さて、昨日「妻はサバイバー」という本が全文公開されている、とFBFのお医者さんや議員さんなどが勧めていたので読みました。

朝日新聞の記者の方の奥様が虐待サバイバーで精神症状を発し家族も大変に苦労したという話です。

これを佐藤信吾のところに置き換えてみると、以前からああいうアイコンの父親を娘は受け入れられるのか不思議ですが、家族の中に自分の毛を抜いて食べる人がいたら相当困るのが普通だと私には思えます。

彼が女性性なるものに枯渇しているのなら、それは妻なり娘なりとの関係性の中で埋めていけばいいのであって、きっとそれができないくらい実は家庭でも居場所がなさそうです。

じゃないと夜な夜な嫌いな出版社主とその読者を見張って時間をつぶすような無駄なことをするでしょうか。愛する妻や娘と時間を使った方が楽しいと思いますけどね。

続きも楽しみにしております。

返信する
ブルー

浅見さん

コメントをありがとうございます。
例によって項目ごとにお返事を書いております。

>そしてこの時代ならではの自閉の人の生きにくさ

⇒私もそうなのですが、自閉の人の生きやすさの条件としては就労環境においても、生活環境においてもパーソナルスペースを確保できるか否かのような気がします。インタビューにもありますが、関係性の時代に対する緩衝材です。

思えば私はパーソナルスペースの確保に人生を捧げてきたような気もします。

私はよく「自他分離」といいますが、これは心理的パーソナルスペースの確保です。アンチはそれが充分でないのでああなります。この人物もまた、時代の産物と言えるのかもしれません。

>関係性の発達については、私もきっとやり残しがあるであろうと思います。

⇒そうなのですか。あくまでも文字越しですが、私にはそう見えなかったです。つまり私には浅見さんの基底充実(@神田橋先生)の方が余程印象に残っていたのだと思います。

>自閉の人がこの社会を「関係性の時代」ととらえると、それはそれは生きづらい

⇒私は(日本)社会からは、内心において完全に自分を隔離している感覚を持っています。そして日本の社会インフラだけを見ています。

いつかお話しさせて頂いたように、日本の場合は社会が閉塞的かつ衰退傾向、社会インフラは今のところは世界で最高の品質という状態だからです。

私は会社員ですが、自営で悠々自適に生きておられる当事者の方は社会インフラにだけつながっていて、社会からは自分を解放しています。現状の日本だと、いいか悪いかはともかくそうならざるを得ないとは思います。

>その関係性に多くの人がとらわれている

⇒これもウザがっている人が多そうです。個別/お一人様サービスの隆盛にもその片鱗を感じます。

あるいは分断を嫌う人もまた、関係性を規範にしている・・・つまり関係性にとらわれているような気がするのですが。そう見えるのは私が自閉だからでしょうか。

>妻なり娘なりとの関係性

⇒うっすらと感じるのは、奥様や娘さんはこの人物に充分に女性性を供給しているのではないかということです。特に奥様が賢そうですし。分かりませんが。

それでも女性性がおそらく足りない。それは奥様や娘さんのせいではなくてこの人物が自分でなんとかしなくてはいけない領域の問題です。で、なんとかなってないので嫌いな出版社とか自閉症児の母親から離れられません。

そして「自分でなんとかしなくてはいけない領域」は私も身を持って分かるのでこの連載を書きました。

次回は参考資料です。動画です。もしお時間があればぜひ。

よろしくお願い致します。

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浅見淳子

ブルーさん

ちょこっとツイッターに書きましたけど、そらパパにせよ佐藤信吾にせよ、「俺はこういう本を読んでこういう作戦を立てたから結婚できた」とか言っちゃっています。これが相当にキモイし奥様方に対する侮辱だと思うのですよね。
そういう不用意なことを言う夫と妻がうまくいっていることが私は想像できないです。

私も日本社会特有のしがらみはほぼほぼなくて、世界一かつ安い社会インフラを利用しています。今のお子さんたちには海外移住を勧めたりするかもしれないけど、厳しい道だということも知っておいてもらいたいと思います。日本は競争がゆるいです。

それと、分断は上等です。優れた研究者なのにいまいちメンタル弱いと浅見家で有名な京大の某先生ですが、分断を嘆いておられます。この辺が弱さだと思います。分断上等でやってきたから治りたいと言っていい時代になりました。

またよろしくお願いいたします。

返信する
ブルー

浅見さん

夫婦関係の詳しいことに関しては私の想像を絶します(汗)

ただ婚活関係の書き込みに対して、現に奥様がいるのにも関わらず・・・というところは私でも分かります。

「だからそういうところが・・・」ですよね。関係性に対するデリカシーのなさというか。

アンチはTwitterを「心の痰壺」として使っています。だから割となんでもゲロします。吐かずにはいられないのです。

男同士で、例えば他の誰にも会話の内容を聞かれない部屋飲みをしているときに「昔、カミさんはこうやって口説いてさあ」と相手にだけポロっというのと、天下の往来のSNSに書くのとでは根本的に違う話だとは思います。

でもアンチにとってはSNSが心の痰壺ですから、やっぱり書いてしまいます。アンチはSNSを書く際に、通常の一般人以上に自主規制が効かないところがあるように感じます。内面ダダモレという印象です。

>日本は競争がゆるい

⇒はい、社会制度以前に、そもそもみんな競争しなくなってますので少し頑張るとけっこう上がれるというのが現実としてあると思います。頑張るだけで、もはや少数派です。

>分断を嘆いておられます

現実として分断を嘆くのはインテリの方だけですね。大方の日本人はダイバーシティが苦手ですので、「棲み分け」の名の元に自ら望んで分断していきます。分断後は他の属性の人々の事なんか世界観の外です。

まあ、既に社会はそうなっていて、それが可視化されていくだけのような気もします。

宜しくお願い致します。

返信する
ブルー

<花風社アンチの考察「個別分析」>
本編を終えて、担当者にインタビュー5/5-①/② 
「女性性の時代と自閉(前編)」

・前回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-18/#comment-8287

これから担当者インタビューの第5回が放送されます。
今後の予定ですが、連載は残り4回です。

・インタビュー第5回その1
・インタビュー第5回その2→これでインタビューは終了
・インタビュー第5回に関係する参考資料
・あとがき→これで完全終了

となります。

それでは担当者インタビュー第5回その1がスタートです。
第5回は日本社会そのものに関する話です。

■社会や時代の観方

A.もう少し続けます。この「男性性と女性性」というのはカジュアルなモノの観方なので、私は社会や時代に対しても使っているのです。

Q.なるほど。

A.例えば戦後日本を考える時に、高度成長期からバブルあたりまでは男性性の時代と感じています。まず戦後復興~高度成長期などは社会の構造を作り直す時代ですから、この「構造の構築」というのは男性性だなと感じています。

かつ戦後の社会は競争重視です。「モーレツサラリーマン」「企業戦士」「24時間戦えますか」ですよ。競争というのは男性性だと思っています。

Q.いけいけどんどんの時代ですね。団塊の世代が競争して作り上げた日本というか。

A.はい。とにもかくにも男性性です。オトーサンは家庭を顧みず、仕事に向かって一点集中。一点集中というのが、シングルタスク的で男性性的です。昭和のモーレツサラリーマンの世界観です。

Q.男性性の「競争」「構造」「一点集中」を使って今の日本社会の基礎を作った時代ですね。

A.それがバブル崩壊以降、様相が変わってくるのですよ。「ワークライフバランス」。「共感重視」「競争回避」。小学校の運動会ではみんなで並んでゴールするとか。

Q.なんというか、競争に疲れた後の時代ですよね。

A.「ワークライフバランス」も、ある女性の起業家の方が提唱しましたからね。「バランス」は女性性だと思います。

これはあくまでも私の時代認識ですが、現代日本は競争志向の時代が終わってしまい、競争回避、共感重視といった女性性の強い時代に突入していると思っています。男性性を強く使い、競争しまくっていた高度成長期やバブル期はもはや遠い昔です。

■現代のビジネスモデル

A.またそれはビジネスモデルにも反映されます。現代では顧客との関係性が重要です。そこから転じて「コミュニティ化」も重要になっています。

コミュニティというのは自社を支持する顧客層だと思ってください。また「エンゲージメント」ということも言われますね。これは簡単に言うと自社に対する顧客からの愛着です。

また「共感マーケティング」という考え方まで生まれています。顧客からの共感を得られるか否かをベースにビジネスやマーケティングを考えていくのです。

Q.女性性のワードがビジネスにも大量導入されていますね。コミュニティ化。エンゲージメント(愛着)。共感。全て人間関係に関するワードです。ビジネスは必ず人間関係の中に成立するとはいえ、それでも特徴的です。

A.はい。時代が女性性優位なので、ビジネスモデルも女性性優位なもの、顧客との関係性を重視するようになってきていると私は感じているのです。

ゴリゴリと宣伝しまくって売って・・・みたいなのは男性性です。でもそれで売れる時代は過ぎたと感じます。

Q.そうですね。以前とは明らかに考え方や、ビジネスモデルが違いますね。

A.さらにはその社会的傾向は現代アートにも影響を与えています。1990年代から、関係性の芸術・・・「リレーショナル・アート」という現代アートの潮流が生まれているのだそうです。

私、定期的に視聴している現代アートのyou tubeチャンネルがありまして。先日はこんな特集をやっていて、これは今回の連載に関係があるなあと。↓

★現代アート専門番組【MEET YOUR ART】
【INSIGT】ギャラリー×パッタイ=アート!?『リレーショナル・アートとは?』
https://www.youtube.com/watch?v=TrGbAYWU6iA
(特に3分14秒から)

Q.なるほど、社会の空気感が「関係性」「共感」といった女性性優位になったと。優れたアーティストならば、そういう空気感の変化には誰よりも早く反応しそうですね。だから「リレーショナル・アートの潮流」なのですね。

A.そのような社会の中で、我々のような自閉スペクトラムの人は・・・
(後編につづく)

#花風社
#発達障害

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浅見淳子

ブルーさん

なるほどなんですが
私は「社会の女性性がマシマシになった」というよりは「男性が女性的になった」ととらえておりました。
それでいい面もたくさんあるわけです。

たとえば花風社が出版社になったころ(要するに大手取次の口座を開けてもらったころ)私は30代で、取次にいたおじさまがたは私より年上ですから、団塊か団塊の次くらいの世代です。このあたりが海のものとも山のものとも知れない零細出版社に対する態度なんてきついきつい。「迷惑だから本出すな」っていう感じ。

ところが今、取次の皆さんソフトです。それは花風社が26年潰れなかったせいもあるけど、世代交代なんですよね。当たり方がソフトなんです。逆に我々バブル世代がイケイケで怖いんじゃないかな若い人は。週末に香港に飲茶しに行くくらい元気な世代だから、こっちとしては通常運転のつもりなのですが。

逆に時たま、学校に入っている町の書店みたいなところで、団塊のおじさんがやっていたりすると、「自閉っ子、こういう風に一冊。納期は? え取次通すとそんなかかるの? 直送してくれる? 送料? もたないよ。どうにかしなよお宅版元でしょ。そんなんじゃ商売やっていけないよ」みたいな零細出版社員対する威張り方がまれに観察され、絶滅危惧種だなあとなつかしくさえなります。

こういうおっさんたちに比べると、そらパパにせよ佐藤信吾にせよものすごーく女性的ですよね。絡み方が女性的。そもそも「仲間のはずなのに仲間でいてくれないのがさみしい」みたいなのを男性がまともに出してくるのにびっくりです。

ワークライフバランスとか唱えたのは女性なんだろうけど、そういうの唱える人ってえてして女性っぽくないですよね。

私は高校生くらいのときから日本人の時間の使い方はなんて貧しいのだろうと思っていました。それをどうにかしたいという思いもあり、フルタイム労働をしながら、なんとかフルタイムで働かずにすんでしかも生活が成り立つかはずっと考えてきて今に至ります。割と長期計画です。

でも社会に出て分かったのは、日本のワークライフバランスのなさって、実は家庭で子育てするより残業してのみに行く方が好きなおっさんと、旦那に食べさせてもらえるのなら働きたくないし自分以外の女性が仕事で活躍していると面白くなくて足を引っ張りたくなる女性の共同作業で作り上げたものだとわかったんですけどね。

今はそれより「両方働かないとそもそも食べていけない」時代になりましたから、ところてん方式で男性の子育て率が上がってきてよかったですね。二人で働いて、二人で子育てして、家族で休日を楽しんでいる姿は健全に見えます。

ともかく

私は社会をジェンダーの視点で見ることはなかったのですが、今回ブルーさんの記事を読んで思いついた連想としては

自分の割り当てられた性に違和感を持つのは大変だろうな、ということです。

私は女性として生まれて得なことも損なこともきっとあったんでしょうけど、あまり考えたことがないです。

でもGIDの人たちほど器質的な変化を望まなくても、なんとなく割り当てられた性に居心地の悪さを感じている人はいるんだろうなと思います。そういう人がああいうアイコン作っちゃうのかもしれません。

つまりそれだけ不全感をアプリオリに抱えている人なんだろうけど

八つ当たりはよせよ

ですね。
彼は色々いたたまれなさを抱えているんだろう。
わかったわかった。
だけど八つ当たりはよせよ、ですかね。

とりとめなくてすみません。

返信する
ブルー

浅見さん

コメントをありがとうございます。

浅見さんの視点も納得ではあるのです。
以下、項目ごとにお返事差し上げます。

>男性が女性的になった

⇒これは私も感じます。例えば男性俳優の顔。昭和の大スターなんか凄い男性的ですよね。でも現代の男性アイドルなんか女性のようです。外国の人も感じるらしいのですね。日本人の若い男性は「女の子みたいだ」と。私もそれは分かります。

>団塊のおじさん

⇒はい、ここは最も狂暴な人種だと思っています。ホントに他の世代とぜんぜん違います。人数が多すぎるので、狂暴に競争して他人をブン殴らないと生きていけなかった世代というか。

>こういうおっさんたちに比べると、そらパパにせよ佐藤信吾にせよものすごーく女性的ですよね。絡み方が女性的。そもそも「仲間のはずなのに仲間でいてくれないのがさみしい」みたいなのを男性がまともに出してくる

⇒はい、彼らの絡み方は極めて「女々しい」です。

>ワークライフバランスとか唱えたのは女性なんだろうけど、そういうの唱える人ってえてして女性っぽくないですよね。

⇒その方の個人名は挙げませんが、そもそも女性起業家なので男性性が比較的強いとも言えますね。なんというか男性性:女性性=50:50みたいな方です。バランスのいい方とは思うのですが、世間の女性からすると男っぽいのでしょうね。「半分男」なわけだから。

>日本のワークライフバランスのなさって、実は家庭で子育てするより残業してのみに行く方が好きなおっさんと、旦那に食べさせてもらえるのなら働きたくないし自分以外の女性が仕事で活躍していると面白くなくて足を引っ張りたくなる女性の共同作業で作り上げたもの

⇒(笑)はい、ちょっと前の時代まではそうなのでしょうね。

>今はそれより「両方働かないとそもそも食べていけない」時代になりましたから、ところてん方式で男性の子育て率が上がってきてよかったですね。二人で働いて、二人で子育てして、家族で休日を楽しんでいる姿は健全に見えます。

⇒時折、現代の30代前後の人々の婚活⇒家庭生活の風景を見聞きすることがあります。ホントに男女イコールパートナーの時代になってきている様子です。仰る通りそれが私の感覚でも健全だと感じます。

ちなみに、私の勤務先では育休を男性が率先して取ります。それもけっこうまとまった期間です。それで復帰後に干されたりもしません。

さらには男性が育休を取ると全社にニュースとして流して「ウチは頑張ってホワイト企業にしようとしてマス!!!(ドヤァ)」と経営管理部がアピールしています。実際に良い事だと思っています。

>つまりそれだけ不全感をアプリオリに抱えている人なんだろうけど
>八つ当たりはよせよ
>ですね。

⇒そうですね。そして先方はおそらく一生あのままです。

宜しくお願い致します。

返信する
ブルー

<花風社アンチの考察「個別分析」>
本編を終えて、担当者にインタビュー4/5-④/④
~特定アンチの場合&クラスタの当事者の方へ~

・前回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-18/#comment-8286

■特定アンチの場合

Q.ここで改めて特定アンチ氏の件に入らせてください。

女性性が強いと指摘されたり、女性に囲まれて仕事をされている担当者さんだからこそ、特定アンチ氏の女性性への渇望をなんとなく感じるとのことでした。

A.恩師と私は、意識的か無意識的か分かりませんが、自閉的な性質、言い換えれば極端な男性性としましょうか、そういうものを持つ自分に対して女性性を大量に導入して自分のバランスを取ったのかも知れませんね。そして「バランス」というのはそもそも女性性と考えます。

他方この人物はバランスが十全ではありません。そもそもバランスが取れている人は何かのアンチにはなりません。嫌いな出版社から何年も離れられないとか、そんなヘンテコな状態像は呈しません。

つまり、この人物は自分が女性性をもっと必要としていることを無意識に感じ取っているかも知れないと思ったのです。そして自分の女性性が不十分だからこそ、さらに渇望する。

女装してみたり、障害児の母親に執着してみたり、つながり、すなわち関係性を求めて発達障害者の全国組織を作ることを考えたり。関係性は女性性と思うのですが。

・・・いや、分かりませんけど。

Q.う~ん、あの人物の女装や、障害児の母親に対する執着、そして全国組織化の構想にはそういう背景もあるのでしょうかねぇ・・・。定かなことは分かりませんが・・・。

A.はい、ホントの所は分かりません。きっと本人も分かってないです。

■クラスタの当事者の方へ

A.それとここで一つ歯止めをかけておきたいのですが。クラスタの当事者の方へ向けてなのですが。

Q.はい。

A.あくまでもこの話は、私と恩師の個別事例だということです。つまり、全ての当事者もしくはそういう傾向を持つと疑われる人が女性性を導入すると生きやすくなるのかはよく分かりません。

Q.あくまでも担当者さんと恩師さんは、後から考えたら結果として女性性を強化していたのかもしれないということですね。そしてそれが当事者全てに有効かはわからないということですよね。

A.はい。そこは歯止めをかけておきたいです。ただ、クラスタの当事者の方々は大丈夫だと思います。ご自分に必要なものをそれぞれが選択して取り組まれているので。

だからこのインタビューを聴いて「ヨシ、自分も女性性を導入するのダー!」みたいなそそっかしい人はいないと信じます。

Q.それに、そういうのは担当者さんがよく言う「取り組みの個別化」ではないですよね。

A.その通りです。女性性の導入の件は多分、恩師と私に共通した特殊性のような気もします。裏を返せばそこで通じ合っていたのかも知れません。

Q.クラスタの当事者の方々は、そのへんは大丈夫だと思いますよ。

A.はい、そう信じます。

(インタビュー第4回終わり、第5回へつづく)

#花風社
#発達障害
#女性性
#個別化
#結果の解釈であってノウハウではない

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浅見淳子

ブルーさん、ありがとうございます。

結局佐藤信吾が対峙しなければいけないのは、自分の母親でしょ?
髪の毛抜いて食べてたことに気づいてくれなかった母親。
信仰を押し付けてきた母親。

そこに対峙する勇気がないから花風社クラスタのお母様方に八つ当たりですね。
これが発達障害者の行く末なら、そんなものは治った方がいいです。

返信する
ブルー

浅見さん

はい、母親の件はコアだと思います。
そして、全人類が母親に対して何かを抱えます。

でも母親に直接対峙するなり
心身に残っている母親の影響を削除するなり
やりようはいくらでもあるのですが。

>そこに対峙する勇気がないから花風社クラスタのお母様方に八つ当たり

→自分の内的問題を外にぶつけるのがアンチです。
ぶつけてもぶつけても内的問題は解決しないので一生そのままです。

宜しくお願い致します。

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ブルー

<花風社アンチの考察「個別分析」>
本編を終えて、担当者にインタビュー4/5-③/④
~『知恵』に関する考察2~

・前回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-17/#comment-8267

■知恵のない人々

A.話は変わりますが。

論文や、知識や理論しか分からない人は知恵がないと思います。例えば専門職アンチはそういう人ばかりです。あと専門職でなくても「エビデンスガー」の人も。

これらの人々は知識と理論と学位はあるけど、あるいは資格はあるけれど、リクツしか使えない。肝心の知恵がない。だから使えない人々でしょ?画竜点睛を欠いていると思っています。

Q.担当者さんから観ると一番大事なものが欠如しているように感じられるわけですね。

A.はい。言い換えると知恵がないから知識とか論文とかエビデンス頼みになるとも言えます。

そういう人達は知識や論文にあたる割に、結局「治らないノダー」になります。しかし私から言わせると知恵の部分でコケているのです。

Q.えーっと、
(手元のパソコンで検索する)
・・・知恵、と。(エンターを押す)

・・・「知恵」を検索すると、知恵は「物事を正しく処理する力」と説明しているWeb辞書もありますね。つまり知恵の部分でコケるというのは、知識はあるけれど、実際の物事を処理する段階で失敗していると。

Aそもそも論文には治る系と治らない系と両方あります。研究なんだから。つまり知識の問題ではないと思います。仰るように処理段階の知恵の問題ではないかと思います。

だから専門職アンチとかエビデンスガーは花風社の本をお読みのお母様方に知恵で負けます。そして凄惨な程の結果の差が出ます。それでまたモビングです。

■担当者が花風社の本を読んでいる理由

A.もちろん「知識や理論」と「知恵」は両方大事です。ただし知恵がないと知識や理論を真に使いこなすことはできないと考えています。

よって前回お伝えしたように私の中では知識や理論よりも知恵の優先順位が必ず高くなります。

そして場合によっては知識や理論をそれ程振り回さなくても、知恵一本で結果は出るのですよ。これは花風社本をお読みになっているお母様方を拝見しているとつくづく思います。

だから花風社クラスタが結果を出せる根源は

★知恵の力

ではないかと個人的には感じるのですが。「お母様方の知恵」に学んでいる身からすると。そして知識と資格ばかりで肝腎の知恵のない人々を分析した経験からすると。

Q.前回、担当者さんは知恵に関して「首から下で情報収集しないと分からないタイプの物事」と仰っていましたね。

確かに花風社さんは「言語以前のアプローチ」や「身体性」を扱う会社さんです。つまり首から上だけではなく「首から下」にも視点がある。むしろそこに強く注目している。その意味で担当者さんが仰る「知恵」を重視し、本に込めているともいえると。

A.そうですね。だから私は読者なんですよ。ついでに言うと、花風社の本を使いこなすにも知恵が必要ですよ。マニュアル本じゃないから。人体と発達の原理原則を伝える本だから。

(4/5-④/④につづく)

#花風社
#発達障害
#女性性
#知恵がないと全て台無し

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yasu

ブルーさん、おはようございます。

「知恵」と専門職アンチについてですが、「知恵のあるなし」以前に、そもそも専門的な知識や理論がきちんとわかっていないという人は意外と多いのですよ。

エビデンスという言葉がよく出てきますけど、少なくとも医学で使用されるエビデンスというのは非常に狭い範囲でしか確立されていなくて、それを元に作成されているガイドラインではエビデンスのレベルを分けて(=どの程度確かなのか、限界はどこかについて説明)記載し、使用者が現場で判断して使うのが前提です。まぁマニュアルの一種であることには変わりはないですが、未熟者が変なことをやって患者が不利益を被るのを防ぎつつ、一方でその筋の専門家が長年研究した内容が治療に活かせるようになっているんですね、思想としては。

すぐにエビデンスを持ち出してくる人は知恵が不足しているというよりは、まずはこういった背景がきちんとわかっていないことがに多くて、要は単なる勉強不足です。あるいは自分が気に入らないことに難癖付けるためにエビデンスという言葉を使っているだけであることも(笑)

一方で、知恵の方は実行ベースなんで、自分で試行錯誤できる範囲の話だと理解しています。アプローチを医療ベースで捉えるのか、子育てベースで捉えるのかがまず分かれ道なんで、前者で捉えている限り花風社の本に沿ったような効果は絶対に期待できないと私は思います(笑)

返信する
浅見淳子

ブルーさん、ありがとうございます。
そしてyasuさんもコメントありがとうございます。
私の思うところを書きます。

私はアカデミシャンではないので、まあ知恵がすべてですね。

エビデンスがないとさんざん批判されてきましたが、そもそも私はエビデンスなるものの必要性を感じたことがありません。
ガイドラインの存在自体、実はyasuさんに教えていただいたのですが、それくらい医療に興味がないわけです。

優れた科学者はエビデンスの限界を知っているのですね。
そして優れた治療者がやっていることをなるべく末端まで伝えるためにもガイドラインとかEBMが必要なわけですね。
国民皆保険のもとでの医療は、いわば社会に(とりわけ健常者に)パラサイトしたでっかい産業なわけですから、どうしても底辺従事者は生まれる。そのカースト制度をなんのてらいもなく信じているのが医療従事者です。
そして底辺部はカースト制度を崩すことができず、上に言われたことをを守るしかないように見えます。
凡STの叫びなどはそれに類するものだったと思います。
医療従事者というたけで、自分たちは特権階級のつもりかもしれないですが、自由ではない人たちですね。この二年がそれを証明しています。彼らの自粛口枷生活は一般人より長く続くでしょう。

彼らにガイドラインを踏み外す自由はないんですけど、私たちは自由に出入り可能だしその権利があります。
なぜなら消費者だから。
消費者には本来自由がある。
第一カーストの外にいるのです。
医療で治すか。子育てで治すかを私たちは選択できます。
そして医療では治らないことがわかったから子育てで治そうとした、言葉以前のアプローチで治そうとしたのが花風社です。
そのアプローチに目覚めた人のシェアはどうみても都内のノーマスク率よりは高いと思われます。

今の私は、エビデンスガーは明らかに同調圧力だったと理解しています。
人類初のmRNAワクチンに飛びつき、これだけ諸外国で弊害が出ているのにそれには目もくれずまだブースター呼び掛けている口枷民を見ると、エビデンスを重視もしていないし一次資料にも当たっていないのは明らかです。ただ買いすぎたワクチンの在庫処理に身を差し出しているだけ。まあいいんじゃないですか、家畜だから。

我々は家畜じゃないですね。
花風社クラスタは医療の家畜ではないのです。消費者なのです。主体的に方法を選べる消費者。ただ全員健康保険に加入しているだけなので、私などは家畜どころかパトロンですな。

返信する
ブルー

浅見さん

ありがとうございます。
例によって項目ごとにお返事をしています。

>私はエビデンスなるものの必要性を感じたことがありません。

→私もです。というかメカニズム上、発達援助においてはエビデンスがない方が良い結果が出るようにも思うのですが。

>優れた治療者がやっていることをなるべく末端まで伝えるためにもガイドラインとかEBMが必要

→建前としてはですね・・・。帰結は・・・。

>カースト制度

→はい、あれは制度に本質があるように思います。

>医療従事者というたけで、自分たちは特権階級のつもり

→自分達が特権階級だと思っている産業は、社会に壮大な悪影響をブチかますことがあります。マスコミもそうだと思っています。

>なぜなら消費者だから。

→市場や資本主義においては消費者が最上位にあります。しかし彼らはこれが分かりません。資格がある人が上位だと思っています。だから一般人に反論されるとダメ系医クラは逆上します。

>医療で治すか。子育てで治すかを私たちは選択できます。

→「選択」に注目しますと、市場原理が発生し、医療者は相対化されます。自分達が相対化されることにもダメ系医クラは抵抗します。

>まあいいんじゃないですか、家畜だから

→これは皮肉ではなく、家畜の方が気楽なのでそれを選んでいるはずです。もっと突っ込むと、家畜を辞めることを望んでいません。

今回私が学んだことですが、大多数の日本人は自由を望んでいません。それどころか自由選択を行う人々を異物として攻撃を始めます。

大多数の日本人は安心と安全と安定(=ゼロリスク)が至上命題ですから、むしろ必死で家畜になりたがります。

自由を望む我々は、残念ですが大多数の日本人にとって敵です。もちろん反日日本人になるつもりはないのですが、現実としてこれを抑えて生きていかざるを得ません。

つまりは少数派ということです。

私なら、自閉スペクトラムだから少数派なのではなくて、日本在住のくせして自由が根本価値だから少数派なのだとしみじみ感じ入るところです。

最近では、老後はどこの国に住むのがいいか、ぼんやりと考えることがあります。あと国籍も。どこの国の人として臨終しようかと思う事があります。

コロナ禍がきっかけです。

宜しくお願い致します。

返信する
浅見淳子

ブルーさん

私は時代ガチャを当てた世代だと思います。
育つ途上は高度成長期で、親たちの給与は増え続けました。
大人になってからは一ドル80円の時代にNYでお買い物したし、週末に飲茶しに香港に行ったこともあります。普通の会社員女性がそういうことをできる時代を過ぎてきました。
ただ下の世代ほどクリーンで豊かな国では必ずしもありませんでした。
今ならコンプライアンス違反のセクハラも横行していました。

だけれどその分男は男らしく、マスク警察から女性を守るくらいのことはした時代でした。
今カップルでマスクしていると男がひ弱に見えます。
彼女をマスク警察から守ることすらできない男性が増えたのだなあ、と思うわけです。

現在規制を撤廃した国々を見て考えることがあります。
そういう国がいいな~と思うのは現在限定で、これまでは日本が好きだったはずなのです。豊かで、清潔で、便利な国。
北欧にあこがれたことはありません。人口が少なすぎてつまらないし、気候も食べ物も日本の方が好きだし、高福祉高負担&巨大な田舎、というのは自分には合いません。
アメリカのような競争社会と治安の悪さ(+食事のまずさ)もイギリスのような階級社会と気候(+食事のまずさ)もあこがれたことはありませんでした。ただ米英に関しては、さすがに世界制覇する国だな、と以前から思っていましたし、今回も思いました。アングロサクソンの危機における強さにはずっと前から気づいていました。

現在自宅マンションが大規模修理中です。鉄骨で頑丈な足場が組まれています。
香港に行ったとき、足場が竹だったことを思い出しました。しょっちゅう折れて死人が出ると言っていました。
人は安いけど鉄は高いから、足場は竹でいいそうです。
それだけ人命の軽い国でゼロコロナとか目指していますが、目的が人命救助でないのは明白です。
つまり、欧米もアジアも移住の対象ではない時代を過ぎてきました。

もっとも、日本がこれほど家畜が多いと知ったのも今だけだし、日本がこれほどダメな国だと知ったのも今だけなのです。
明らかに今日本人は洗脳されているか、精神的におかしな状態にある。
今後ずっと日本をなさけなく思うのかどうか、わからないな~と冷静に見ています。

ただブルーさんの世代は経てきた時代が違うと思うし、今育っているお子さんたちは日本脱出を視野に入れて準備をしていったほうがいいと思いつつ

第二次世界大戦の敗戦のあと、大量の日本人が海外流出したかというと、そうでもないわけです。むしろ戦前の方が移民は多く、敗戦によって帰ってきた人も多かったわけですよね。その人口を吸収して高度成長したわけです。

ただその間にも日本はどんどん骨抜きされ、それが今回のような惨状を呼んだわけですね。

私は色々バカな選択をしてきました。
アンチを相手にしてしまったのもそうだし。
それに気づかせてくれたブルーさんは年下だけど恩人ですが。

もしかしたら、会社員をやめたこととか
出版不況と言われた中で出版社を立ち上げたこととか
色々愚かな選択と見えたものをしてきました。

でも今、それが一気に報われた気がしています。

税金から売り上げる特権商売ではありません。だからこそ自由にふるまえる日々です。

誰にも雇われていません。だから顔に布をつけて仕事しろとも言われません。

自分より図体がでかい男性、年上の男性、が真っ赤な顔をしてマスクをしているのを見ると、33歳で零細企業を立ち上げた私の来た道は間違っていなかったなあと思います。

何がいいかなんてわからないです。

安定安全ゼロリスク志向はうざいですが、その国の中で自由民として振舞えることにもメリットはあるかもしれません。
少なくともこの二年の私はそうでした。

「発達障害治そうよ」と言い始めたのは、シンプルに治った方がいいと思ったからです。
その後の反発はすごかった。

でもあの反発に負けなかった私にはもう怖いものがないのです。

そういう経験をしたことがない人には、自由は怖いのかもしれませんね。

そしてたぶん、自由が怖い人が一番コスパよく安全に生きていけるのは日本だと思います。

よその国に行くということは、闘いを必ず伴いますからね。
日本はうざいけど、日本ほどゆるい国はないかもしれません。
同調圧力はきついけど、それを気にしなければ、安く安全に清潔に暮らせる快適な国かもしれません。
将来性はわかりませんし、このままだと他民族に隷従させられるかもしれませんが。

それを避けるためにも治った方がいいわけですが。

返信する
ブルー

yasuさん

いつもありがとうございます。例によって項目ごとにお返事差し上げます。

>エビデンスというのは非常に狭い範囲でしか確立されていなくて

→はい、狭くしないと確立できませんね。

>思想としては。

→しかし帰結は・・・。これはいずれこのサイトで論じるかも知れません。

>自分が気に入らないことに難癖付けるためにエビデンスという言葉を使っているだけ

→はい、アンチ考察第1回で扱いました。最近でもエビデンスガナイと言っていた某アンチが「あいつは治る系の論文ばかり集めてやがる(意訳)」と言っていました。つまりエビデンスはどうでもいいわけです。

>知恵の方は実行ベースなんで、自分で試行錯誤できる範囲の話

→実行も試行錯誤も身体で行いますね。

>アプローチを医療ベースで捉えるのか、子育てベースで捉えるのかがまず分かれ道

→この「捉え方」を私は「パラダイム」と言っています。

>前者で捉えている限り花風社の本に沿ったような効果は絶対に期待できない

→そうですね。西洋医学とヒトの標準的発達(「発達障害」ではないのがミソ)は別の分野なのですが。これが分からない人が大多数です。捉え方(パラダイム)を相対化できないからです。

yasuさんはさらっと「捉え方」を2つ並べて書かれていますが、これは知的最上位層のなせる技で、ほとんどの人(成人当事者含む)は「捉え方」が1つしかありません。そして一度「捉え方」が脳ミソにはまると一生そのままです。

「先着1名様」は自閉の定番ですが、定型の人でも「捉え方(パラダイム)」は先着1名様だし、それはタトゥーのように剥がすのが困難です。

先ほどのyasuさんのように捉え方を複数個並べて選択するということは一般人にはできません。だいたいにして、捉え方が複数個あると処理できません。「結局なんなんだ」「一言で言ってくれ」とか言い出します。

これは高学歴の人や、国家資格職でも関係がありません。いくら学歴や資格があってもこれができない人は知的上位層ではありません。専門職アンチやダメ系の医クラが典型です。

そして私はyasuさんのような知的最上位層の人にしか情報を届けるつもりがありません。

なぜかというと前述の理由・・・つまり捉え方(パラダイム)を相対化できないことにより、身体アプローチの本質を理解できないからです。だからこのサイトにだけ体験を書いているのです。

いつもありがとうございます。
連載もあと少しです。宜しくお願い致します。

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yasu

ブルーさん

お褒め頂きありがとうございます(笑)

まぁ、論文はエビデンスを構成するデータなんで、それをまとめて解析して初めてエビデンスですので、論文ありなしとかのレベルで息巻いている人はエビデンスわかっていないですね。外れ値はどんな研究にもあるんで、それを踏まえた上で構築されるのがエビデンスですから。

この「パラダイム」については武術とスポーツの間の関係でも言えて、後者の人では武術の精妙な動きがどうしても理解できない人はいますね。理解できない→イカサマと考えるかは人に依りますけど。理解できない→精神だ、メンタルだ!となる人も一定数いますし、外国人はこういう感じで憧れを抱いたりしますね(笑)

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