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仕事のお部屋

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232 COMMENTS

ブルー

浅見さん

拝読いたしました。ありがとうございました。

適切な警戒心や慎重さと、無駄な恐怖心は紙一重というか、
スペクトラムのような気もします。

不用心なのも危ないですが、
無駄に怖がっていると生きにくいとも思います。

アンチはみな、どことなく生きづらそうで、
定期的にTwitterに「心の痰」を吐きます。
「花風社コノヤロー」よりも、そちらの方が余程本音が出ている。

そういうアンチの生きづらさ、そしてどことなく感じる暗さは
無駄な恐怖心も関係しているように思います。

それから

>アンチ考察自体、どっとこむのような場ができたからこそ実現した

⇒この場は私にとって大変貴重です。誠にありがとうございます。
 今後とも宜しくお願い致します。

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ブルー

浅見さん

ありがとうございます。拝読いたしました。

>お互いの距離感の違い

⇒そう、彼らにしてみれば2キロ「しか」離れていないので、
このサイトにも偵察に来てしまいます。

浅見さんが遠く1000キロ離れたつもりでも、
何せ彼らにしてみれば「帝国のマーチ」よろしく
「ズンズン迫られている感(爆)」があるのでそう感じるのです。

>ドットコム要塞を築いてしまった。ところがそんな要塞はないのです。

⇒そう、それは彼らの中の幻影です。

執着の件は、次回もやります。
もう一つ執着の理由があるのです。

これは少し拗れたメカニズムですので、ちょっと長い原稿になりますが
宜しくお願い致します。

返信する
ブルー

<アンチ考察:連載の裏話>

■「アサミ・ベイダー」というキャラクターに関して

先日のアンチ考察第11回後編の童話に、「アサミ・ベイダー」という凶暴で好戦的なキャラクターが登場しました。

第11回後編
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-5/#comment-4452

このキャラクターの由来ですが、これは浅見さんのことを「ベイダー」と言っていた人がいたからです。でも、それは単純な罵倒や悪口ではなく、意味があってのことです。

■「昔はいい本出していた」

よくTwitter上で、「花風社さんは、昔はいい本を出していたのです。今はあんなですが」ということを言う人がたまに現れます。また、アンチでさえも、赤本の時代の本は褒めている人もいます。

こういう「昔の花風社は良かった」というほとんど全ての人はアンチにはならず、今は別の道を歩んでいます。

花風社の発達障害本は、大まかには

初期:自閉の人の体験世界を紹介する(赤本など)
中期:ソリューションを探っていく時代(自閉っ子シリーズ、感覚統合など)
後期:治してみよう/自立を目指そう時代(神田橋先生の本以降)、

というような変遷をたどっています。

で、「昔は良かった」系の人は、初期の「自閉の人の体験世界を紹介する」時代を称賛しているのです。そして「今はあんなですが」というのは、後期の「治してみよう」時代が嫌いということです。

■暗黒面に堕ちた人

つまり、最初に出てきた、浅見さんをベイダーと言った人にとっては「治してみよう路線」が「発達障害概念の暗黒面」に見えるわけですね。実際そういう発言をしていました。

だから浅見さんをベイダー、つまり「最初は善玉だったが、後から暗黒面に堕ちた人」と表現したわけです。実際、初期の花風社に対しては「発達障害の人々に希望を与える本を出していた」と評価していました。

■治りたい当事者にとっての花風社の本

浅見さんをベイダーと表現した人の素性はちょっと分からないですが、私の個人的推測では多分成人当事者ではないかな、と考えています。Twitterを見ていても分かるように、成人当事者もいろいろで、治してみよう路線が嫌いな人も多数います。

反面、私やクラスタにおられる成人のように、治りたい、発達したい当事者にとっては、花風社の本はどのように見えているのでしょうか。

中後期の「ソリューションを探る~治してみよう路線」がありがたいのは当然ですが、初期の「体験世界を紹介」の本もありがたいものです。それは社会に理解が広がることもそうですが、それ以上に自己認識の助けになるからです。

世の中の発達障害に関する知見に関して、治りたい、発達したい成人当事者にとって役に立つものは大きく2種類あります。

 1:自己認識の助けになるもの
  (※当事者の体験世界や振る舞い、そして人生が言語化されているもの)
 2:ソリューションの提示

自己認識に関するものは、必ずしもソリューションがなくてもOKです。成人の場合、自己認識を得るのが大変ですから、そこをサポートしてもらえるだけでも充分ありがたいからです。

そしてある困りごとや特性に関して自己認識が付与されれば、治したい成人はそれを足掛かりに自分で試行錯誤をします。ソリューションを自分で考えるわけです。

ここまで考えてみると、前述した花風社の歴史は1を踏まえて2へと歩んできたことが分かります。

1は結果として社会の理解にも役立ちますから、実はアンチでもここを嫌がる人はあまりいません。2はダイレクトに「治したいか否か」を購買する側に問いますから、やはりここをどう感じるかが道の分かれ目になっているというわけです。

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浅見淳子

ブルーさん、ありがとうございます。
ちょうどzoomミーティングが終わってこの書き込みを発見しました。タイムリーでした。なぜなら今日のミーティングでは自閉っ子通信vol12を取り上げ「赤本からNEUROまで」の流れを追ったからです。そしてちらっと「治りたくない当事者」のことにも触れました。

赤本時代は、まだまだ発達障害自体今よりももっとマイナーで、セグメント化されていませんでした。私も当時年上だったギョーカイの先生たちにかわいがっていただいたし、逆らってもいませんでした。先生たちは赤本に萌えましたね。そして二人を、とくにニキさんを、いいように使いましたね。二人をかわいがる先生たちの姿を見てありがたいと愚かにも思っていた私ですが、そのときから私の中には「治そう」があったのです。だって不便じゃないですか。要するに当時は誰とも喧嘩していなかったけど、すでに違う道を歩むことは決まっていたわけです。それに気づかなかったカンの悪い人たちがいる、っていうだけですね。

それと、先日の第11回で私は大きな学びを得ました。それは「アンチには花風社を見続ける理由があるが、私及びクラスタの皆さんにはアンチを見続ける理由がないんだ」ということです。これは大事な気づきでした。もう少し落とし込んでブルーさん編、シアさん編にまとめます。

ではでは。

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ブルー

浅見さん
コメントありがとうございます。

>すでに違う道を歩むことは決まっていた

⇒浅見さんは民間人、かつ自閉の人と一緒に仕事をする立場なので、公務員でもなければ、研究者でもないし、対人援助職でもないわけですよね。

つまり最初から「ギョーカイ人」ではない立ち位置だったわけで、時が経てばたつほど立ち位置の違いが明確になっていった、というふうに私は感じます。

>私及びクラスタの皆さんにはアンチを見続ける理由がない

⇒仰る通りです。私も日頃はアンチを見ません。アンチ考察はあくまで例外的な行為です。

そして、今後も見ないです。

そもそも自分の役に立たないということもありますが、全てのアンチは連載で扱っているパターンのどれかに必ず当てはまるので、今更見る必要がないからです。

今後とも宜しくお願い致します。

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ブルー

<花風社アンチの考察:本編第11回 後編>

第11回前編はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-5/#comment-4451

後編です。

■理解を深めるための童話

ここで童話を一つ。アンチの体験世界を童話にすると、こうなります。
童話:「ハッタツ・ウォーズ」です。

————————————————————–

A long time ago in a galaxy far, far away…
(遠い昔、はるか彼方の銀河系で・・・)


—HATTATU WARS—


遠い昔、銀河系のある惑星に、ハッタツ大陸という大陸がありました。

その大陸の沿岸部には、「ナオラ=ナイ村落」という村落がありました。この村落は、別名「絶望の村」ともいわれ、希望を失った人々が流れ着く最後の村でした。

村落の住民たちは、心や身体に拗れを抱え、人生に生きづらさを抱えながらも、なんとか生きていたのでした。

そんなある日、事件が発生しました。東方の狂信的カルト国家「カフーシャ帝国」の一団が、黒い戦艦に乗って来襲し、ハッタツ大陸に上陸してきたというのです!

カフーシャ帝国は、好戦的な女帝アサミ・ベイダーが率いる、凶悪極まりない軍事国家です。帝国は強大な戦闘力を持ち、数多くの戦争をしてきました。

また呪術的な邪教である「ナオルナオル教」を信奉しており、団結力が強く、隣国からはとても恐れられています。

彼らは、戦艦から降りると、ハッタツ大陸の浜辺に上陸してきました。手には、ナオルナオル教の経典を持っていました。そして口からは、悪魔を召喚する呪文を唱えていました。

「ナオッター、ナオッター、ナオッター・・・」

そして、戦艦から資材を運びだすと、ハッタツ大陸の浜辺に軍事拠点「ドットコム要塞」をあっという間に建設してしまいました。ナオラ=ナイ村落は、このドットコム要塞から2kmほど離れたところにあります。

さて、ナオラ=ナイ村落は、この事態にどう対応すればよいのでしょうか。もし、好戦的で凶暴で、謎の呪術を使いこなすカフーシャ帝国と戦闘をしてしまうと、たくさんの血の雨が降ります。

とりあえずナオラ=ナイ村落は、物見やぐらを造って、ドットコム要塞の方向を24時間監視することとしました。村落全体でも警戒態勢を取りました。

そして、必要に応じて、ドットコム要塞の至近距離まで斥候を差し向け、偵察をさせることとしました・・・。
(つづく)

————————————————————————————

■警戒を解けない

アンチの状態というのは、ちょうどナオラ=ナイ村落の物見やぐらの上で、ドットコム要塞の方向に向かって双眼鏡を構えている村民の状態です。

何しろ、自分の領域に恐怖の一団が侵入しているのです。警戒を解くわけにはいきません。そして、敵を知るためにカフーシャ帝国のドットコム要塞にも偵察にこなくてはいけません。

これが執着の理由の1つ目=「恐怖で警戒を解けない」です。こうなると、むしろ相手を見ない方が怖くなります。動向が分からなくなるからです。

なぜ彼らは嫌いな花風社を見続けるのか。答えは「見ない方が返って怖くなるから」です。

■アンチの実生活と、今回の童話の対応関係

アンチの実生活を考えてみると、スマホやパソコンといった情報機器に触れてネットに触れない限りは、あるいはリアルの本屋に行って花風社の本に直接触れない限りは、花風社とはほぼ関係なく過ごせます。

時には、発達系のクリニックの待合室や、療育センターの本棚、あるいは専門家のセッションルーム等、自分の行動範囲に花風社の本がおいてあることもあるかも知れませんが、実生活においてはほぼ、自分の意志を使わない限りは花風社の本に触れることはありません。

ナオラ=ナイ村落も同様で、ドットコム要塞から2km離れているのですから、物見やぐらに登らない限りは要塞が見えません。つまり物見やぐらはスマホやパソコン等、情報端末の象徴です。

しかしやはり彼らは思わず花風社を見てしまいます。このサイトにも来てしまう。そう、見てしまうし、来てしまうのです。思わず。

この理由は繰り返し述べているように、自らの領域に理解不能の一団が踏み込んでいる恐怖があるからです。見ない方がむしろ怖いのです。相手の動向が分からなくなるからです。

ですので、動向を知るために「遠くから見張る」及び「偵察を差し向ける」という行動をとらざるを得ません。警戒態勢を張り続けなくてはならないのです。

この遠くから見張る感じを出すために、ドットコム要塞とナオラ=ナイ村落の距離設定を2kmとしました。

■適切な問いの立て方

そもそも問いの立て方として、「なぜアンチは嫌いな花風社に執着するのか」ではナゾが解けません。妥当な問いの立て方は、「自分の領域に、恐怖の一団がいたらどうするか」です。

これには条件設定があり、「ただし恐怖の一団は、少し離れたところにいる」という条件が付きます。アンチの実生活から少し離れた所=つまりネットの世界です。端末に触れなければ見えない世界です。

そしてこの問いに対する答えの一つ目は、「警戒態勢を取り、遠くから監視し、必要に応じて偵察を行う」です。

この上で、アンチの言動(前編参照)をいくつか拾うと今回の記事のようなことが分かります。前編で取り扱ったアンチの言動や行動は、全て警戒と偵察です。もう一度ご覧になってみてください。

彼らは花風社の読者の動向にアンテナを張り、書店の本棚まで警戒しています。ですから海外から治る系の本が輸入されてくることにも敏感です。このサイトも偵察しなくてはなりませんから、忍者よろしく潜入してきます。

■次回予告

今回はここまでです。

次回は執着の理由の2つ目を扱います。これは少し拗れたメカニズムとなっています。なお、今回の記事を読まれたクラスタの方の中で、こういう疑問を持たれた方もいらっしゃるかも知れません。

「警戒と偵察は分かったけど、攻撃は? 時々アンチが絡んできて、ウザいんだけど?」

⇒そちらも次回に解説させて頂きます。その件も、ちゃんとメカニズムがあります。それではこのへんで。

追伸:

もしお時間があれば、以下をお試しください。
よりアンチの深層心理を感じることができます。

1. You tubeで、「帝国のマーチ(ダース・ベイダーのテーマ)」を検索しておく。
※一応、私からもリンク張っておきます。

【John Williams – The Imperial March from The Empire Strikes Back (Audio)】
https://www.youtube.com/watch?v=u7HF4JG1pOg

2. 童話「ハッタツ・ウォーズ」を読み始める

3. カフーシャ帝国が上陸してくるくだりで、「帝国のマーチ」を再生開始。

4. BGMで「帝国のマーチ」を聴きながら、童話を読み進める

⇒これ実際にやってみると、なんというか、カフーシャ帝国がこちらへズンズンと迫ってくる感じがするんですよね。一気に緊張感が出ます。

つまりその緊張を、アンチは深層心理の中で解くことができないということです。

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浅見淳子

ブルーさん、またまたありがとうございます。
お相撲が終わったのでやってきました。
今日は荒磯親方が解説だったので最後まで見たかったのです。

さて、また私の知らないことを教えてくださりありがとうございます。
そうだったのですね。
私は先日から、なんとなくシアさんがなぜバカアンチに突撃していくのかわかったような気がして、シアさん向けのブログを書こうかと思っていました。
そして今日ブルーさんのこの記事を読んで、両方書いてお答えにしようかと思いました。

ブルーさんもシアさんも(けなしているわけじゃないですよ)私よりアンチのメンタリティに近いメンタリティを持っています。
それは「警戒心」です。
私も「警戒心」を持ったことがありました。でもやがて捨てました。なぜなら、「不要だ」と気づいたからです。そして気づいた最終局面がおそらく去年の「NEURO期凡ST絡みハッタツ戦争」だったと思います。あのあといったん鍵を閉じ、どっとこむを作り、鍵を開け~の一連の動きの中で「私の人生には警戒心は必要ないものだ」と悟り、標準装備から外したのです。
けれどもハッタツの人にとってはそうではありません。
愛甲さんがおっしゃったように、それはサバイバルのために必要だったのだと思いました。
そしてブルーさんはロスジェネの当事者として、その「必要なもの」を「必要な場面」で使って安定を得ています。
ところがアンチにおいてそのリソースを花風社に対する防衛に使うのは実にリソースの無駄なんですよね。それを十年もやっていたら、病んで当然だなと思います。それが「負け組」の実体だし、それにわざわざ巻き込まれに行く専門家アンチもいるわけですね。

ハッタツ童話を私も書いた方がいいのかもしれませんが
私は「ナオラ=ナイ村」の存在には気づいていますし、そこではギョーカイによりめんどり製造が行われているのも知っています。そこには強い洗脳が必要です。
そして私はそこに上陸した覚えはありません。
「ナオラ=ナイ村」の村民でいる限り得られない充実した生を私は指し示し、その人たちに「こういう場所があるよ」というのは西之島なのです。
海底火山が隆起して、炎上があるたびに大きくなり命が住み始めた島。
なかなかここが住み心地良いのです。
ここの鳥は自由です。ギョーカイのためにケージに閉じ込められて卵を産まなくていいのです。

https://www.youtube.com/watch?v=NB6j_2DZm80

シアさんへのブログとブルーさんへのブログと、どっちを先に書き出すかまだわかりません。
ともかく二本行きます。
よろしくお願いいたします。

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ブルー

浅見さん

コメントありがとうございます。

>「警戒心」
>愛甲さんがおっしゃったように、それはサバイバルのために必要だった

⇒これはやはり文章越しに伝わっていると思うのですが、仰る通り私は慎重で防衛的な所があります。

ただ、私は原始反射への取り組みが完全に終わっていないので、残存している恐怖麻痺反射の影響も大きいかなとは思っています。これは追い追い取り組む予定です。

ただそれでも、将来に恐怖麻痺反射を完全統合したとしても、やはり警戒心は残しておくと思います。

自閉というのは、「ソーシャル・ブラインドネス」みたいな所があって、定型の人がすぐに感知できる社会の現実や状況が、まったく分からない場合があります。

ですので、浅見さんのように「警戒心の完全解除」ということは将来も多分・・・しないでしょう。

また、職場で「ブルーさん、細やかなリスク管理をありがとうございます」なんて言われたことがあります。職場で「警戒心」を使っていることもあって、それが有効な時もあるので、まあいいかなと。

>アンチにおいてそのリソースを花風社に対する防衛に使うのは実にリソースの無駄
>私はそこに(ハッタツ大陸に)上陸した覚えはありません

⇒仰る通りで、「カフーシャ帝国」は、彼らの中の幻影です。このあたりの事情は、次回でも扱います。

いつもありがとうございます。宜しくお願い致します。

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ブルー

<花風社アンチの考察:本編第11回 前編>

第10回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-4/#comment-4322

今回から、「執着のメカニズム」に入っていきます。

アンチは古参だともう10年以上、花風社を見続けています。比較的最近読者になった私にとっては、これ自体がビックリです。

この長年に渡る執着も、前回までに俯瞰した「2種類の切り分けの失敗」に由来します。そして花風社クラスタ側からは執着に見えますが、アンチにとってはそうではないのです。

よって「なぜアンチは嫌いなはずの花風社にずっと執着しているのか」では、問いの立て方としては妥当ではありません。それだとナゾが解けません。

今回は少し原稿が長くなったので、前後編に分けます。

■執着のメカニズム

アンチの花風社に対する執着は、大きくは理由が2つあります。特に2つ目の理由の方は、少し複雑な拗らせ方です。

今回はまず1つ目の理由を扱います。まずは、いつものようにアンチの言動や行動を検討してみましょう。

■過去に見受けられた、アンチの言動や行動

●「花風社の読者が騒ぎ始めた」

⇒何かの新刊発売時だったように記憶していますが、クラスタの読者の方々が、新刊に期待するツイートをしはじめると、早速あるアンチが反応しました。つまり彼らには不穏な動きとして感じるのです。

●本屋に花風社の本がないと安心している

⇒アンチにちらほら見受けられる行動ですが、自分の地元の街の本屋に、花風社の本が置いているかをいちいち気にします。そして花風社の本が置いていないと「良かった、ここの本屋は良心的だ」とか言って、本棚の写真を撮り、TwitterにUPしたりするアンチもいました。

前回扱った通り、特に専門職アンチにとって花風社の本は、トンデモへの罠のように見えるのです。間違えて足を取られたらトンデモ堕ちです。いわば「魔の経典」です。本屋においてあったら悲劇なのです。

●「発達障害を治す系」(主に海外の)書籍が書店に並ぶと嘆く

⇒一部のアンチは本屋に治す系の本、主に欧米系の生物学/生化学的アプローチや、最近見受けられる神経学的アプローチ、または腸内環境改善&栄養・食事療法系が並ぶだけで、写真を撮ってTwitterにUPして嘆きます。

「こんなにデマやトンデモがはびこっているのです!」といった具合です。治りたくない人にとっては、黒船の来襲みたいなもので、人生の惨劇です。

●このサイトに来る

また、アンチはこのサイトにやってきては、内容にいちいちフンガーし、スクショで切り取ってTwitterにUPしています。

あるアンチは「あのサイトに行くと眩暈がするから、行かないようにしている」とまで言っていました。そもそも眩暈を起こすなら来る必要はないのです。

さらにこのアンチはサイトにある小暮画伯のイラストまでけなして、心の奥に抱えた憎悪を炸裂させていました。ここまでくると花風社や発達障害は関係ありません。心に憎悪を抱えている人がたまたま花風社に出会ってしまい、はけ口にしているだけなのです。

さて、これら一見すると奇妙で合理性のないアンチの言動や行動ですが、実は共通の理由があります。

■恐怖に対する反応、それに関する学説の例

前回までに扱ったように、アンチの言動は「自分の心理的領域に、理解不能な違うパラダイムの集団がいることに対する恐怖」が元になっています。

いわば自分のテリトリーに、キモい異教徒が踏み込んできた恐怖です。そして恐怖の対象に対して反射で否定的言動を行います。

ただ、恐怖に対する反応というのも様々です。それは生物学的な研究もされていて、よく知られているのは、「戦うか逃げるか反応」です。生理学者の方が提唱されたとのことです。

つまり、恐怖の対象に動物が出くわすと、戦うか、固まるか、逃げるか、の3つのうちどれかの反応を本能的に生み出す、という学説です。

ただ、アンチの行動は、この学説だと少し解析しにくいのです。

私はこの学説を深いレベルでは理解していないのですが、この学説は動物が天敵に至近距離で出喰わした局面など、本当に生きるか死ぬかの、超ヤバい局面を想定しているのではないか、と思っています。

アンチの執着の理由は、この学説の(あくまでも私が予想した)想定場面から、少し状況設定を変えてみると分かります。

今回は少しだけ長いので、投稿を分けます。後編へ。

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ブルー

浅見さん

ありがとうございます。拝読いたしました。

専門職問題は、これはこれで連載ができるほどのものです。
(※本当にやるかは別として)

考えてみると花風社の(発達援助系の)本というのは、
著者に関して浅見さんのスクリーニングがかかっていますよね。
だから読んだ人が結果を出せるのも当然とは思います。

つまり花風社の本は、「適切な専門職を見つける」という
専門職を利用するにあたり最も難しく、最も重要なフェーズを
読者の代わりにやってあげていることですね。

これは読者にとって物凄く親切なことだと思っております。

次回以降は、「執着」「粘着」のメカニズムに入ります。

いつもありがとうございます。宜しくお願い致します。

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ブルー

浅見さん

ありがとうございます。拝読いたしました。

肩がぐるんぐるん回るようになって何よりです。
浅見さんにドンピシャの治療家だったのですね。

>「どうせ私は運がいい」これは私の基本的な世界観です。
でもアンチは違うんだろうな

そういえば私も「自分は運だけは良い」と思っていますね。

そして仰る通りアンチの根本的な世界観は
「この世はむかつくことばかり」です。
これもちゃんと理由があって、連載の最終局面で扱います。

今後とも宜しくお願い致します。

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