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ブルー

<花風社アンチに関する考察:本編第13回>

前回:番外編3「心理系アンチ5回シリーズ」の最終回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-6/#comment-4785


前回で番外編3が終了しましたので、今回からまた本編を再開します。

このアンチ考察においては、アンチが嫌うものに関して

 ・個人の結果の差
 ・市場の現実

に関して述べてきました。これらはそれぞれ連載の大きなテーマでしたが、今回はそれに加えてもう1つ大きなテーマを1回だけ扱います。

■事例⑯:「分断ガー」

現実として当事者の置かれている状況は多様です。以前このサイトで、私が当事者コミュニティ=「ハッタツBar」の話をしたときに、迷惑当事者をコミュニティに入れないための参入障壁として、料金設定を利用している件を書きました。

働いている人でないと支払えない料金設定にすることにより、ハッタツBarは客質を担保し、素敵な空間になっているという事例を紹介しました。そして当事者が当事者を選ぶという現実も。

それに対して浅見さんは「すでに健全な分断が行われており、感心しますね」とコメントなさいました。

そうしたら案の定、「分断ガー」の人々が登場です。ストレートに書くと、これは社会の階層化を嫌っているということです。

個人の結果の差は、その個人の市場価値の差につながっていきます。そして最終的には社会における待遇の差になっていき、所属する社会階層を決定します。

最近になって気が付く人がだいぶ増えてきた、社会の現実です。

■事例⑰:「差別ダー」

また、良く似た文脈で「差別ダー」も見受けられました。

ある花風社支持の方が、ここまで述べてきたような「市場では人に値段がつく」事や、今回のテーマである「社会の階層化」関連でツイートをなさったことがあります。

その方が仰っていることは、ここまで述べたように社会の現実そのものでしたから、私は何とも思いませんでした。

ただ、表現そのものは、ちょっと強く鋭い感じでした。そうしたらアンチの人々が「差別発言ダー」でわらわらと群がり、その方にモビングを始めました。私はそれを見て思いました。

「表現が強いからアンチが群がってきたけれど、そもそもアンチは社会の現実が嫌いだ」

何にせよアンチが表面的に何を言っているかは問題ではありません。彼らは個人の結果の差や、市場の現実、そして階層社会に基づく物事が嫌いです。

■本編は以上です。

これにてアンチ考察の本編は終了です。
アンチが共通して嫌うものは大きくは以下の3つです。

・結果の差
・市場の現実
・階層社会

これでアンチ考察の大きな3本の柱が出揃いました。ここまでくれば、アンチ考察がなぜ仕事のお部屋に置かれているのか、予想がつくかも知れません。

次回は本編最終回です。まとめと結論に入ります。

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yasu

ブルーさん、ありがとうございます。

陰山英男先生がYouTubeに公式チャンネルを開いて勉強指導の動画をアップロードしてくれており、私もそれをいくつか見ています。陰山先生の方法は特別支援学級の生徒にも効果があると、先生がデータを示して説明している番組もありますし、先生のご著書の中にも同様の記載があります。

陰山メソッドを自宅でやるのはさほど難しくないと思っているんですが、よく考えると勉強をする行為が成り立つためには土台として基本的な生活習慣ができている必要がありますね。結果の差を気にする前に考えなければならないことがあるだろうな、と思いました。

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ブルー

yasuさん

陰山先生の考え方も、花風社の本のコンセプトも、学習の土台を整えることを最初に注目しますよね。生活習慣であれ、運動発達であれ。
(特に灰色本=「人間脳を育てる」がそうですよね)

また、私自身の考え方として、仕事や勉強で、ある要求水準=ハードルがあったときに、私自身はそのハードルに対して一生懸命ジャンプして超えることをしません。

土台を数年かけて練ります。

そうすると、土台そのものが積みあがっていくので、当初のハードルは、わざわざジャンプしなくても自分の土台より低くなっている・・・という状態を数年かけて作ります。

それから徒然になんですが。
コメント書いていて思い出したことがあります。学習関連の話です。

ずっと昔、旧制度司法試験において、1位で合格した方の合格体験談を、ネットで見たことがあります。

で、その人は東大法学部ではなかったんです。某私大の人で、しかも法学部でもない。

結局その人が司法試験で1位で合格できたのは、「基本科目(憲法・民法・刑法)の理解を徹底したから」と仰っていましたね。本番でも完璧に基本に従って答案を書けたと。

少しだけ答案も拝見したのですが、まあ教科書みたいな答案で凄かったですね。完璧に試験会場で教科書や基本の論点を再現できているんです。あれは減点しようがないです。1位で司法試験受かったのがよく分かります。

いみじくもこの人は、「基本で差をつける」と仰っていましたね。

私はこの人のことはずっと印象に残っていて、いつの間にか私自身のコンセプトが「土台で差をつけたい」となりました。

土台とか学習というと、そんなことを思い出しますね。

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yasu

ブルーさん、コメントありがとうございます。
司法試験の話、面白いですね。

私の経験した範囲では、学術論文(英語)の読み方があります。自分が関わっている分野の論文を最低でも100報(要旨だけでなく全部)は読むのが目安だと先生に教えられましたけど、自分自身で実際に英文論文を書いてみないと土台は完成しないです。この際に重要なのは自分の頭の中で作文せず、既にある論文や教科書から表現を持ってくる”英借文”をしなさいと、結構多くの人が言います。まあこれも暗記の一種なんですけど、これが基礎なんだろうなと思っています。

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ブルー

yasuさん

学術論文は過去の研究をベースにしつつ、引用を明記しますから、
そうなるのでしょうね。

ちょっと勉強分野の話が続きましたが、勉強も一見アタマでやっているようで、身体側・・・栄養や運動発達にバグやヌケがあると困りごとがでますよね。

つまり「アタマの勉強の土台もまた、身体にある」というのが、花風社クラスタや自閉や凸凹に対する身体アプローチ派の共通認識ですよね。

連載は、次回で本編最終回になります。
ただ、連載そのものは終わりません。後書きで終わりです。

今後ともよろしくお願い致します。

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ブルー

XIAさんへ

コメントありがとうございます。
そして、丸ごとコメントに同意です。

XIAさんのコメントを拝読して思ったのですが、
多分「健全」ということが根本的に重要なんでしょうね。

ネットの辞典で調べると、健康より健全の方が
意味の幅が広く、上位概念みたいです。
健全の方が、より元気がよくて強靭です。健康よりも。

XIAさんも私も健全な方向へ行きたい派だと思うのですが、
今回のスピンアウトシリーズで取り上げた人々は、
今一つ健全ではないので、
当事者としては全然頼れない・・・という話ですね。

今後ともよろしくお願いいたします。

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ブルー

花風社アンチの考察:番外編3
「心理系アンチ:5回シリーズその5(完結編)」

前回(その4)
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-6/#comment-4784

今回は、「心理系バクハツ」という現象についてです。

■心理系バクハツ

天文学で、超新星爆発という現象があります。

ある程度質量のある天体は、その一生の最後には、質量が大きく肥大します。最後は肥大しきって大爆発し、天体はその一生を終えます。それを超新星爆発といいます。

そして超新星爆発すると、天体はガンマ線を猛烈に周囲にまき散らすのだそうです。この超新星爆発は、例えば我々の銀河内では50年~100年に一度くらい、たまに起こる現象なのだそうです。

それを踏まえて。
私が個人的に、心理系バクハツと呼んでいる現象があります。

心理系のアンチが文字通りバクハツしてしまい、Twitterで大暴れして花風社やクラスタの皆様と歴史的な大揉めをする現象です。

この現象は10年に1回くらい発生するようで、浅見さんやクラスタの皆様は大変に不愉快な思いをなさることになります。花風社は、最終的には法的手段を使用します。

ただ、過去数回起こった心理系バクハツに関して、浅見さんは相手方に法的書面を送付していますが、法廷闘争までは至っていません。

それは第12回で述べた通り、バクハツした心理系アンチはモビングするばかりで、正面対決をしてくれないからということもあります。

また、所詮モビングは擬攻撃にすぎず、不愉快極まりないものの、実害がないということもあります。そして相手は最終的に、必ず戦場から去っていきます。アンチではあり続けますが。

■心理系バクハツ=パニック

超新星爆発では、爆発の際に天体はガンマ線(放射線の一種)を猛烈にまき散らすのだそうです。

対して、心理系バクハツの場合、バクハツした心理系アンチはところ構わず言語をまき散らします。自分のTwitterに言語をまき散らしたり、クラスタの方をモビングしたりします。

心理系バクハツというのは要するに理性が飛んでしまっていて、もう自分が自分で何をしているか半分分からなくなっている状態です。一種のパニックです。

■心理系アンチの情動処理

心理系アンチはいうならば「身体がない」状態です。必然的に、前回紹介したような下丹田も中丹田もありません。日頃はアタマだけを使っています。

必然的に心理系アンチの情動処理も、全てアタマで行われます。よって強い情動が起こると、「ハラワタが煮えくり返る」とか「胸糞悪い」という具合にはなりません。

肚や胸を経由せず、ダイレクトに「アタマに来て」しまうのです。

あるいは、「肚におさめる」とか、「胸に秘めたる熱い思い」といった具合に、自分の情動やパニックを身体側、つまり下丹田や中丹田などでコントロールすることもできません。

つまり身体性の喪失により、必然的にキレやすかったり、パニックをおこしやすかったりする状態になっています。

心理系バクハツというのは、このような状態を前提にしながら、強い情動がアタマにダイレクトに来てしまうことで起こります。

言い換えると、気功の世界で禁忌とされる「熱い気がアタマに入った」状態です。

そして、熱い気がアタマに入ると、とにかくいいことがないとされます。精神的には発狂、医学的には脳障害、脳血管障害を引き起こすとされます。

また、過剰にエネルギーを消費し、大変な疲労感を巻き起こすとも言われるのだそうです。

■言語脳の暴走

つまり心理系バクハツは、情動エネルギーが身体側でコントロールされず、脳に入って暴走している状態です。そして脳は言語活動をつかさどります。

脳に蓄積された熱いエネルギーは、心理系アンチ本人も、本能的に排泄しようとします。そうなったときに彼らが頼るものが、言語です。そして心理系アンチは言語が得意です。

心理系アンチは自分の問題点を言語的な心理学に頼って解決しようとすべく心理学を学んだわけですから、バクハツ=パニックを起こすと、反射的に言語を大量に排泄して乗り切ろうとします。

ただ、脳が熱い気でやられていますから、言語脳も必然的に暴走します。こうして「言葉の下痢」が始まります。そしてTwitterなどで、大量の言語をまき散らす行為が始まるというわけです。

心理系アンチは日頃からTwitterを心の痰壺として使っています。心の拗れから来る不満をTwitterに痰として吐き捨てているわけです。ところが心理系バクハツが起こると、Twitterが便器になってしまうのです。

つまり心理系バクハツは花風社に対する過剰なモビングに見えますが、実際には言語脳にたまった熱いエネルギーの排泄という自己治療行為なのです。そうしないとパニックを納められないからです。

■今後、花風社には一切言及しません(←?)

心理系バクハツは、花風社と壮大に揉めた末、以下のセリフで終わりを迎えます。

「今後、花風社には一切言及いたしません」

以前、本編第12回中編でこのセリフを扱いましたが、これを言ったのはみな、バクハツした心理系アンチでした。

ただ、自分が自分で何をしたいか本当には分かっていない・・・つまり自分がモビングや自己治療をしたいということが分かっていないため、直接「花風社」とは言わず、「治る系」と言って、隠喩で陰口を言い続けるのですが。

一見それは、言動と行動がちぐはぐに見えます。しかし正確に言うと、アタマと身体がちぐはぐなのです。

以上で心理系アンチシリーズは終わりです。
次回から本編に戻ります。


追伸:

私は個人的に、「心理系アンチは首上げができない人が多いかも知れない」という仮説を持っています。あれができるようになると、アタマと身体にバイパスができます。

そして首の緊張もとれるため、なんだかアタマがクリアになった感じもするのです。

これは運動発達の知識です。つまり心理系アンチにとっては、憎むべき他分野の知識です。結局これに対してもトンデモと言って終わるでしょう。

以前、ある心理系アンチは、自分の拗れた身体に関して、Twitterでこう言っていました。

「思うように動かないこの身体と一生付き合っていく」と。

私は、これを読んだとき、身体の機能的問題に関しては徒手系治療家を探せばいいのに、と思いました。

西洋医学は器質的問題(大まかには、組織の問題)に強みがあります。対して、徒手系治療や鍼灸などは機能的問題(大まかには、動きの問題)に強みがあります。

もちろん、病院にも機能回復の専門家はいます。ST、OT、PTなどです。

しかし病院にいる機能回復の専門家に頼るほどでもなく、社会生活は送っているけれども、ちょっといろいろ不定愁訴があるとか、そういった場合は徒手系の人や鍼灸の人の知見と技術がとても役に立つことがあります。

しかしこの心理系アンチは御多分にもれず、異分野である徒手療法が大嫌いです。いつも徒手療法や徒手系治療家をけなしています。

実際、クラスタの徒手系の先生にモビングしていました。市場に存在する異分野の体系や専門家が憎くて仕方がないのです。

これは良いとか悪いとか、あるいは得か損かといった、善悪や損得の話ではありません。

選択の問題です。

つまり、そういう人生を本人が選んでいるのです。

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浅見淳子

ブルーさん、ありがとうございます。
このスピンオフシリーズが明らかにしてくれたこと。
それは身も蓋もない言い方をしたら、「運動神経悪い支援者を花風社クラスタは必要としない」ということなのですよね。
お返事書きますので、ブルーさんはブルーさんで進めていってくださいね。

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ブルー

浅見さん

お忙しい中コメントをありがとうございます。

そうなんです。身体を失っている専門家は頼ることができない、というのがこの心理系アンチシリーズの趣旨です。

次回からまた本編に戻ります。

今後とも宜しくお願いいたします。

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XIA

こんばんは。
世界保健機関の定義に、「健康であるということは、単に病気ではないということを指さない。」とありますね。
世の中には、病気ではないけど、健康ではない…人がいるんでしょう。
病気を治したら、次は健康を促進していくと言う考え方があると思います。
医療と言うのは、病気を治してゼロ地点に持って行くということだろうと思います。
だから、+αの「発達」は医療の分野ではないでしょう。
学校とかの教育とか、そう言うのも違う分野でしょう。
以前も書いたかもしれませんが、私はそう考えます。

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XIA

付け足しです。
「身体障碍」と言うものがありますが、ほとんど困らないで生活している人を知っています。
身体障害があったとしても、健康に暮らしている人はいます。
また、身体に全く支障がなくても、健康に暮らせていない人もいるんですよね。
知的障害でもそれはあると思います。
ものすごく知的とか身体とかが重くてと言う人は、なかなか不自由も大きいかもしれないです。
しかしそうではなく、健康に暮らしている人を知っているんですよ。
そう考えると、「治る」=社長が仰った「健康になる」も分かる気がしてきます。

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ブルー

花風社アンチの考察:番外編3 
「心理系アンチ:5回シリーズその4」

前回(その3)
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-6/#comment-4775

心理系アンチに関するトピックの4回目です。

前回までは、あまり良いコンディションではない人々=心理系アンチ=のことを扱ったわけですが、今回は逆に、人間が最も安定できるコンディションについてです。


■キレるという表現の語源

ここで話は変わり、単語の話を。キレるという表現の語源です。

私が聞いた話では、キレるという単語を創ったのは、とんねるずの木梨憲武さんだそうです。

かつて1980年代に、バラエティ番組で若き日のとんねるずは大活躍をしていました。そして、木梨さんの相方、若き日の石橋貴明さんはキレ芸を得意としていました。

そして、ある日の収録にて。石橋さんはテレビ局の収録スタジオに集まるお客さんと喧嘩を始めます。そしてお客さんに殴りかかろうとして、お約束通り木梨さんが羽交い絞めにして喰いとめます。

そして、羽交い絞めにした石橋さんのこめかみを指さして一言。

「ごめんなさい、こいつ、ここの血管が時々キレるんですよ」

場内大爆笑・・・。

これがキレるという表現の発祥なのだそうです。慣用句に「青筋立てて怒る」という表現があります。青筋というのはこめかみの静脈です。それのもっと凄い版ですね。静脈がキレる程怒っているということです。

■情動に関する日本語表現

この他、怒りに関する日本語一つとっても、いろいろな身体表現があります。「腹が立つ」「ハラワタが煮えくり返る」という表現もあれば、「胸糞悪い」という表現もあります。

「頭にくる」「怒り心頭」「怒髪天をつく」もありますね。それから「怒りに身を震わせる」もあります。

こうしてみてみると、下腹や腸で怒っていたり、胸で怒っていたり、アタマに情動が昇ってきてしまったりと、かつての日本人は様々な情動と身体の状態を実にうまく慣用句にしていることが分かります。これだけでもかつての日本人の身体性の高さが伺い知れます。

■アタマは冷えていた方がいい

人間の基本的コンディションとして、アタマは冷えていた方がいいです。「頭寒足熱」とか、「アタマを冷やして・・・」という慣用句がありますね。

逆に怒りやパニックの状態というのをマンガで表現すると、顔が真っ赤になっている表現になります。フェイスブックの「ひどいね」ボタンがこの状態です。顔が赤くなっていますね。

つまり、アタマに熱いエネルギーが昇ってきているとも言えます。「アタマに来る」という表現がありますが、来ているのは怒りという情動、つまり熱いエネルギーなわけですね。

だから「顔真っ赤にして怒る」わけです。

似たような状況として「頭から湯気を出して怒る」ともいいますね。前述の「キレる」も同様で、アタマに怒りという熱いエネルギーが上がってきている状態です。

気功の世界などでは、「脳に熱い気を入れるな」と言われるそうです。「熱い気は胸に」とも言われるそうですね。そういえば、日本語の慣用句にも「胸に秘めたる熱い思い」などという表現があります。

基本、人間はアタマが冷えていて、胸が温かく(もしくは熱く)、下腹が重くビシッと決まっているのが理想の在り方と言われます。

東洋的な表現をすると、三丹田が揃った状態です。

すなわち、

◎頭(前頭葉)には冷たい上丹田、
◎胸には温かいもしくは熱い中丹田、
◎下肚には重い下丹田(臍下丹田)

がきちんと揃っているということです。

言い換えると、それぞれの身体部位に、適切なクオリティのエネルギーが正しく蓄積されている状態です。

現代人は身体性が脆弱になってきているので、なかなかこうはなりません。ましてや心理系アンチは身体性を喪失していますから、さらに厳しい。

よって、次回に扱う話が時折起こるのです・・・。
(つづく)

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ブルー

花風社アンチの考察:番外編3 
「心理系アンチ 5回シリーズその3」

前回(その2)
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-6/#comment-4770

心理系のアンチに関するトピックの3回目です。

■花風社は心理系の弱点を刺激する

そもそも、身体アプローチや栄養アプローチに関する試行錯誤は、心理学とはジャンルが違います。基本的には心理系と棲み分けされた世界のはずです。

しかし、花風社は存在するだけで心理系の弱点を刺激します。

そもそも現状の花風社の本のテーマの奥には、土台となるテーマとして身体性があります。これが身体性を喪失した心理系アンチを非常に刺激するのです。

花風社は、以下の3つの理由で心理系の弱点を刺激します。ここでのポイントは、花風社が何もしなくても刺激するということです。花風社は存在しているだけで心理系の弱点を刺激するのです。

1つ目の理由は、花風社クラスタが健康で明るく、元気なことです。心理系はそもそも病んでいる人が多いという話をしました。それに対して花風社クラスタはだんだんと健康に元気になっていきます。

もうそれが病んだ人を刺激するのです。

これは別にアンチではないし、発達障害とも関係のない人ですが、先日Twitterでこんなことを言っている人を見かけました。

「健康を全面に押し出してくる一団は苦手です。優性思想だと思う」

このように、元気で明るく健康的なコミュニティを苦手とする人は世の中に一定数います。病んでいる心理系アンチもこの「健康な一団が苦手スペクトラム」にいるのです。

2つ目の理由は、花風社が身体系の知見を扱っていることです。心理系の弱点として他の分野の専門性を認められないことがあります。

花風社の本で扱う身体や運動発達の知見は心理系にとっては他分野の知識です。これにフンガーし始めます。

3つ目の理由は、花風社クラスタの皆様が心理系をそれほど必要としないことです。

身体・栄養アプローチで試行錯誤をしていると、日頃はそれほど心理系のお世話にはならないクラスタの方も多いのではないでしょうか。

せいぜい心理士が行うウェクスラー知能検査(WISC/WAIS)を利用するくらいかもしれません。

すると、愛着障害を抱えている心理系、つまり自分が必要とされることで自分を癒したいタイプの人はこれに不満を抱えます。

心理系の人がいなくても発達障害には有効な手立てがあることを花風社クラスタは結果で示してしまうからです。

このように花風社やクラスタの皆様は、心理系をそれほど気にしていないにも関わらず、存在するだけで心理系の弱点を刺激します。
(つづく)


追伸:
心理系の人でも、発達障害の人は身体性を伸ばす物事に触れると発達する、ということに経験で気が付いている人がいます。そういう人は身体アプローチをけなしません。

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ブルー

花風社アンチの考察:番外編3 
「心理系アンチ 5回シリーズその2」

前回(その1)はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-6/#comment-4762

■身体性の喪失パターン

前回は心理系のうち、残念なタイプの人に見受けられる弱点「身体性の喪失」を扱いました。今回はその身体性の喪失の仕方に関して、パターン分けをします。

■1:身体が拗れている

まず、身体性の喪失パターンの1つ目は、身体が拗れていることです。

医学的には、器質的問題というよりは機能的問題が多い身体です。東洋医学でいうならば未病を多く抱えた身体です。結果として、こういう心理系アンチはTwitterで不定愁訴ばかり訴えています。

機能的領域に関することや、未病に対しては、東洋的な手法が有効だったりします。専門職なら、徒手系治療家や鍼灸師などが知見を持っています。

ところが、心理系は他の専門分野を認められないという弱点があります。さらに心理系アンチになってくると、東洋系の知恵や徒手系療法もトンデモといってけなしています。結局本人は、自分の身体は治らないと思い、そのままです。

身体で感じ、身体で考え、身体を使おうにも、そもそも身体の調子が悪いので、それどころではないということです。

■2.心が拗れている

身体性の喪失パターンの2つ目は、心が拗れているということです。

心理系アンチはみな多かれ少なかれ心が拗れています。ただ、心の拗れが目立つタイプがいるということです。

こういうタイプはTwitterを心の痰壺として使っています。例えば、私はある心理系のアンチがこのサイトに描かれている小暮画伯のイラストを罵倒していたのを見かけたことがあります。

もうこうなると、発達障害や花風社は関係がありません。心に憎しみを抱えた人ということです。

特に言語以前に由来する心理的問題点は、実は身体側からアプローチするしか方法がないことを花風社の本は示しています。

しかし心を極端に拗らせた心理系アンチもまた、身体系の知見=他分野の知見をけなすので、結局心の拗れを解決できないままです。

■3.身体がない

身体性の喪失パターンの3つ目は、「身体がない」ことです。

「心ない仕打ち」という慣用句がありますが、心理系アンチの中には、身体性を喪失しきっていて、文字通り「身体がない」状態になっている人がいます。

実際、身体性を喪失しきった心理系アンチで、身体の不定愁訴を訴えないタイプをよく観察していると、ツイートが理屈ばかりで、首から上だけで生きている印象を受けることがあります。

言い換えると、身を持って物事をどうにかすることができません。

他人の苦しみを見ても「胸が痛みません」。当然、人の感情が身を持って分かることはありません。

つまりこういうタイプは人の感情がピンとこないので心理学を学んでいるのです。実は自分の感情もピンとこないので、自分の心の拗れを解消できません。

だから時折、Twitterに心の痰を吐きます。
(つづく)

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光武宏昌

ブルーさん、光武と申します。なるほど!です。たいへん私は耳が痛いです。自身の身体性に問題が山積みなのに、それを具体的に対処、行動しようとする姿勢、意欲に欠ける私。自分のためなのに非常にズボラなのです。
最近唯一、レスリング教室に昨年から通っていたのですが、現況は感染予防のため会場が使えず練習はずっと中止。再開の見通しが立たない毎日に疲れています。

返信する
浅見淳子

ブルーさん

ありがとうございます。なるほど、心理系アンチが身体性を喪失していることはよくわかるのですが、それが「人の痛みをわからない」ことに通じるという指摘はなるほどです。だから役に立たないのですね。不定愁訴があるほうがまだマシなのでしょうか。ちなみに私は不定愁訴がたくさん出てくる社会人は大嫌いです。なのに不思議とニキさんにはあまり嫌悪感を感じなかった。それが赤本でもあるのですよね。

光武さん
今この時代に見通しを求めるほど無駄なことはありません。それはやめたほうがいいです。都民として小池さんに次もやってもらいたいか、それを考えてみたらどうでしょう。それはこれから選ぶ権利があることですから。
気分が晴れないのなら無料読書会来ればいいです。来たかったら花風社にメールください。

ではでは。

返信する
ブルー

光武さん

レスリングは全ての運動能力を使う、凄い競技ですよね。
ただ、確かに濃厚接触になりかねないですね。

ワクチン開発も最短で18ヵ月かかるそうですし、
私自身は自分を長期戦モードにしてしまいました。
2~3年はコロナ年間だと。

お互いぼちぼちやっていきましょう。

返信する
ブルー

浅見さん

>不定愁訴があるほうがまだマシなのでしょうか。

例に挙げたパターンはみんなトホホな事例なので、
マシなものは特にないと思っております。

不定愁訴に関していうと、
それにどう対処するかに個人差が出るようにも思います。

心理系アンチは不定愁訴もまた、治らないと思っています。

ただ、当事者にも不定愁訴はつきものですよね。
しかしそれもまた、「身体の声」です。

それを聴いて試行錯誤をしていくか否かで
違いが出るのかなと思ったりもします。

返信する
光武宏昌

ブルーさん、
根っからの運動音痴で運動嫌いな私がレスリングを選んだのは正しく相手と全身でぶつかるからです。

願わくば、私自身のボディーイメージの他者との境界を強くしたい、という動機からです。

返信する
光武宏昌

浅見さん、いつもお優しくお声掛けいただき有難うございます。
私は気付くと他者に依存が強くなっている事が多いので、気をつけます。
期待した分、がっかり感も強いです。
自分に軸が無い証拠でしょうか。。

返信する
ブルー

花風社アンチの考察:番外編3 
「心理系アンチ 5回シリーズその1」

今回からスピンアウトストーリーとして、心理系アンチを扱います。
トピックを5つ出していきます。今回はその1回目です。

■心理系アンチ

アンチに限らず、花風社を嫌う人々の属性として非常に目につくのが心理系です。心理学に傾倒している人もいるし、心理系の専門職もいます。

以前、私はこのサイトで、心理系の人の弱点に関して述べたことがあります。

⇒浅見さんブログ。私の記述が引用されています。

発達障害でも働けますか?~講演会ご報告~
https://naosouhattatushogai.com/all/blogasamijunko/556/

私は心理系の人の根本的な弱点は身体性の喪失だと考えています。身体で感じ、身体で考え、身体を動かして問題解決する・・・大雑把に言えば、そういうことができる人が身体性のある人だと思います。

心理系の人の中には、そういうことが苦手な人がちらほら見受けられるということです。

ただ心理系の人に限らず現代人日本人は、全体として身体性が弱いと思います。

■江戸時代までの日本人と、現代日本人

地に足がついた生活。腰を据えて物事にあたる。他者の痛みに胸を痛める。このような身体を使った慣用句が、日本語には多くあります。

江戸時代までの日本人は当然ながら現代人よりはるかに身体を使っていたと考えられますから、必然的に高度な身体性を持っていたはずです。結果このような慣用句も生まれてきたと思われます。

対して、現代日本人は身体を使わなくなってきています。アタマと目と指先ばかり使う生活です。

当然、江戸時代までの日本人に比べれば身体性は脆弱になっているはずです。つまり、身体で感じ、身体で考え、身体を動かすことができないということになります。

現代人の中でも、心理系の人は特にそういう点が目立つということです。

■残念な心理系の弱点

身体性の喪失は、心理系のうちの残念なタイプに共通した弱点を発生させます。

1つ目の弱点は単純に、病んでいることです。身体や心が不健康です。何か拗れを抱えています。それでアタマに心理学の知識を入れて解決しようとしますが、解決しません。

あるいは自分の愛着の問題を、対人援助職になって解決しようとしたりします。相手を助けたいというより、自分が他人に必要とされたいがためにです。

2つ目の弱点は他の分野の専門性を認められないことです。これは花風社の著者の方が講演会で述べておられましたが、自分のアタマにあるロジックとは矛盾する、他の分野のロジックに接した際には、身体を使ってそれをサバかないと無理なのだ、と仰っておられました。

結局、アタマは矛盾する複数の理論分野を同時並行的に処理することに耐えられないのだそうです。

そういう時に身体性を失っている人は自分とは異なるジャンルに対して、パラダイムの切り分けに失敗するわけです。

そして、他の分野の知識や専門家に対して非難を始めるというわけです。

これは発達障害の人を相手にするときは致命的です。近年では、発達障害や自閉症は全身の障害だということが明らかになりつつあります。つまり心理系の人にとっては、身体という他分野の知見が必要になることを意味します。

なおかつ、発達障害の人は各人の個別性・特殊性が高いので、1つの分野の知見だけで見立てることはできません。発達障害の人に対して広く深い見立てができる専門家は、必ず複数の専門分野を学んだ経験があります。

心理学以外の分野を認められない、残念なタイプの心理系の人はそもそも人間観の幅が狭くなってしまうので、必然的に見立ての幅も狭くなります。

結果として、当事者に対してのソリューションやツールの数も少なくなります。

残念なタイプの心理系の人が「発達障害は治らない」という場合、それは発達障害が問題なのではなく、当人の見立ての幅と深みのなさ、そして有効なソリューションやツールをそもそも持っていないということが往々にしてあります。

(続く)

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ブルー

花風社アンチの考察:心理系アンチシリーズ
~プロローグ~

■心理系アンチシリーズの背景理論

心理系アンチの分析終了後、はたと気がついたことがあるので、シリーズのUP前に明記しておきます。

私が心理系アンチの分析に背景理論として使用したのは、高岡英夫先生の運動科学です。これをはっきりと明記しておきます。連載のそこかしこに高岡先生の考え方が登場します。

これは執筆後に気がつきました。

高校時代に高岡先生の運動科学にドハマりして以来、運動科学は確かに私の人間観のベースの一つとなっています。ですので、やっぱりそのロジックを無意識のうちに使ってしまったのです。

クラスタの方で、高岡先生の著作に触れたことのある方は、連載を読めばすぐに分かると思います。

高岡先生はたくさんの著作がありますが、心理系アンチの分析においては、多分以下の3冊の考え方を無意識に使用しているので、それも明記しておきます。

高岡先生が創った運動科学は、人の身体運動と意識の研究を通じ、人の高度能力開発を研究する学問です。私が高校生の頃は、高岡先生は「オカルト親父」という扱いでした。

今でもそれは少し残っていますが、最近では身体運動の解析者、という立ち位置の著作が多いですね。

運動科学のおかげで、心理系アンチの根本的弱点がクリアに観察できました。高岡先生、ありがとうございます。

それでは、心理系アンチシリーズのスタートです。

<参考書籍>
・ハラをなくした日本人(恵雅堂出版)
 ⇒身体性の喪失に関して

・意識のかたち(講談社)
 ⇒身言葉、及び江戸時代人の身体性の高さに関して

・上丹田・中丹田・下丹田(ベースボールマガジン社)
 ⇒そのまま連載後半に登場します(爆)

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ブルー

浅見さん

ありがとうございます。拝読いたしました。

第12回で扱った「モビング」に関しては、
アンチと花風社だけを考えていたら気がつかなかったと思います。

気がついたのは、「陰山コノヤロー」の一件です。
相手が陰山先生だったので、客観的に観察できたのです。

それから・・・「花風社オワコン」って言われてたのですね。

私は発達障害に対する身体アプローチは、
これからの時代のベーシック&スタンダードだと思っています。

よって終わったり始まったりしない・・・
つまりトレンドとは別の領域のものだと思っています。

浅見さんどこかで仰っていましたよね。
「花風社の本はベストセラーではなくロングセラーにしたい」
でしたっけ。

そういう知見でないと、
人体に本質的変化を起こせないということですよね。

追伸:

浅見さんお忙しいようですので、浅見さんの御返信を待たず、
何日か経過したら、スピンアウトシリーズを始めます。

「心理系アンチ」シリーズです。

よろしくお願いいたします。

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ブルー

浅見さん

お忙しいところ練習問題の解答をありがとうございました。

※浅見さんの解答はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-6/#comment-4708

問1.

浅見さんの解答で、私が注目したのはこの件です。
 >お互いに「抜け駆け」を牽制しあう

⇒話の前提として、私自身の個人的偏見の話をさせて頂きます。

ある個人やコミュニティに対して、どうしても当事者はサバイバルの関係上、その個人やコミュニティの民度を測定しなくてはいけないこともあります。

これは定型の人は無意識で行っています。「なんかフンイキが・・・」とか。「ちゃんとした人」or「なんかヤバそう」とか。

それを当事者は少し意識的に行わなくてはならないこともあります。例えば民度が低いコミュニティだと、ハッタツはあっという間にいじめられる&いじられて不愉快だからですね。

あるいは当事者に限らず、コミュニティや地域、あるいは個人の民度の測定法はいろいろな経験知が言われています。それらの中には偏見もあるだろうし、的確なポイントもあると思います。

で、以下は私自身の個人的偏見ですが・・・。
私が使う最もシンプルな民度測定法がこれです。

★「レベルアップをしようとしている人がいたときに、それを否定するか肯定するか」

個人であれ、コミュニティであれ、私はこれで振り分けてしまいます。レベルアップを肯定する個人やコミュニティは「合格」。否定する個人やコミュニティは「失格」です。

こうして書くとかなり乱暴なレッテル張りなのですが、それで全部処理してしまいます。私個人の姑息なサバイバルテクです。ちょっとお恥ずかしいですが。

レベルアップしようと努力する人に対して肯定するか否定するかというのは、個人においては反射の部類だと思っています。コミュニティにおいてはおそらく文化です。正確に言うと文化の程度です。

つまり、自分が付き合うにあたっては、良い反射(というのがあるとします)と良い文化があるか否か、ということですね。

で、当然ながらアンチは否定する側ですから、努力を肯定する「治すコミュニティ」に来るときは必ず「抜け駆け」という方法を取らざるを得なくなりますよね。


問2.

>きっとメジャーじゃないくせに~を言う人は状況を(下手くそな判断で)一生懸命読もうとして大勢に着こうとして子どもみてないから、ますます治らないんでしょうね。

⇒私は今までの連載の経緯から、このアンチが全然市場が分からないことを解答例としました。

ただ、もう一つ気になることがあって、このアンチか別のアンチか忘れましたが、「花風社なんか亜流だ」という発言を見かけたことがあります。それなりに有名な「自称キ●ガイの内科医」と似たようなものだ、とも言っていました。

センターかそうでないか、あるいは主流か亜流かで見るということは、仮にこのアンチに凸凹キッズがいたとしたら、浅見さんが仰るように子供を見ていない可能性があります。

それはどの理論や原理、あるいはツールが子供にフィットするかが最重要で、センターかどうか、主流か亜流かという観点は最優先にならないからです。

特に当事者は、往々として主流や標準といわれるものが全然効果がなかったり、そのくせ亜流だのトンデモだの、二重盲検で否定されただのと言われているものが著効してしまったりとか、特殊性のカタマリのような身体をしています。

私も、ある徒手系の達人の先生に少しだけ通ったことがあるのですが、こう言われたのです。
「面白い身体してますねぇ」と。当時の先生はまだ自閉や発達障害に対してそれほど詳しくない時代でしたから、なおさらかな、と思います。

ただ、その上で花風社の本で指摘されているように、当事者にありがちな共通傾向もあるのですが。

そういう点では、「完全個別化」が分からない、ということもあるかもしれませんね。だから「センター」とか「主流」のものに頼りたくなるのです。それは一見、「みんなに効きそう」でつまりは結果の差が出なさそう、ということです。

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座波

ブルーさん、いつも楽しみにしています。

> 良い反射(というのがあるとします)と良い文化があるか否か

「発達障害でも働けますか?」の中で後づけの反射はあたかもネガティブなものかのような印象を一部与えてしまっているかもしれませんが、「良い反射」はもちろんあると私も考えています。
「いただきます」「ごちそうさま」「ありがとう」「大丈夫?」などは考えて口にする言葉ではありませんからね。学習の結果ではあるわけですが、このような反射を可能とするのが良い文化、家庭ということになります。

資質があっても環境によって開花しないことがあるように、資質がなくても環境によってある程度できるようになることもあります。いかに環境、文化、家庭が大事かということになります。それが「育ち」なのだと考えています。

仮に育ちが悪くても、自分が適切な育て方をされなかったとしても、恨み辛みに終始してそのままにしてしまえば、そういう人として周囲に認識され、次の世代にもその文化の程度が引き継がれることになります。
少しでも変えることができれば、その変化は次の世代に受け継がれ、次の世代はその先から取り組むことができるはずです。代を経るごとに文化や家庭の程度は変わっていきます。育ちは良い悪いのデジタル的二項対立概念ではありませんからね。

ここにも大切なつながりがありますね。

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ブルー

座波さん

ご無沙汰しております。
コメントありがとうございました。

考えてみますと人間は殆ど日常生活を無意識で行っていますから、特に外界の変化に対して良い反射をどれだけできるのかが、結局はその人を形作ってしまうような気もしました。

また環境・文化・家庭の件ですが、よく社会科学で言われる「文化資本」という概念で私は理解しています。資質(遺伝子)と並び、人間が育つ上で強い影響を与えていくと思っています。

>代を経るごとに文化や家庭の程度は変わっていきます。

仰る通り家庭(はっきり言えば、一族)の文化資本やパターンというのは引き継がれるし、また良い方にも悪い方にも変わりますよね。しかもその影響力は絶大だと思います。

つながりという点では、最も深いところにあって、
最も影響力のあるものだと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

追伸:

アンチ考察なのですが、次回から「心理系アンチ」というスピンオフシリーズを何回かやります。

座波さんだから言えますが、心理系の人ってメンドクサイ人多いですよね。
アンチにも心理系が多いものですから、ちょっと分析してみました。

座波さんには特にお楽しみ頂けるかなと思っております。

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ブルー

<花風社アンチに関する考察:番外編②> 
 ~練習問題の解答例&時事問題の解説~

問題編はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-6/#comment-4700

◎問1の解答例:

⇒結果を出そうとする営み

治そうとするのは「結果を出そうとする営み」です。このアンチもまた、それを嫌っているということです。

◎問2の解答例:

⇒市場

花風社の本は自閉症支援ギョーカイ(?)のような小さな世界ではなく、もっと広い市場を相手にしているから5桁売れるのです。自閉症支援ギョーカイでセンター(?)を取ろうとすると、かえってパイが小さくなりすぎて5桁も売れなくなります。

このアンチは市場がどうしても分からないので、このように認識が逆転してしまうのです。


■時事問題の解説

あるアンチの最近の発言より:

「治った自慢は、子供の成長や発達を親が手柄として横取りをしているのダー」

⇒治った自慢は、今日も順調にアンチの不評を買っています。

連載の第1回で述べたように、アンチは結果の差を嫌います。つまりこのサイトにおいては治った自慢が参入障壁となっています。

最近では、治った自慢の部屋に加えて、治っておいて良かった自慢の部屋がこのサイトに増設されました。

アンチにとっては、ドットコム要塞にキャノン砲が増設されたようなものです。ナオラ=ナイ村落にとっては、人生の惨劇がまた一つ増えてしまったのです。

村落から1000キロ沖合の島にいらっしゃる、花風社クラスタの方には関係のない話ですが。

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ブルー

<花風社アンチに関する考察:番外編②>

皆様、日々お忙しいとは思いますが、
お時間がありましたらお付き合いください。

●練習問題

過去のアンチの発言について、お答えになってみてください。

問1.

「治そうと頑張る人より、治さない人の方が幸せだと思う」

⇒このアンチが嫌っていることは何でしょうか。
幸せという単語に惑わされないでください。それは表面的な話です。

ヒント:連載第1回

問2.

「花風社の本が5桁売れたって、センター取れなかったじゃないカー」
(※センターというのは、自閉症支援ギョーカイのことでしょうか。)

⇒このアンチがどうしても理解できないことは何でしょうか。

ヒント:連載第2回から第12回

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浅見淳子

ブルーさん

ブルーさんの想定している正解かどうかはわかりませんが私の考えを書きますね。

問1

彼らは怖がりなので「やってみたけどだめだった」ケースを想定し、それだったらやらない方がマシ、と思っているのは大前提として、お互いに「抜け駆け」を牽制しあうこともあるのではないでしょうか。というのは、あっち側にいて「やっぱり治す方がいいのではないか」と抜け駆けしてこちら側にきた人はだいたいいい結果を得ているからです。

問2

実は「ギョーカイメジャー」とか言いながら、私はすでにギョーカイはない、と思っています。もちろん標準医療はあり、そこにしがみつく人、てきとーに利用する人はいますが、今花風社クラスタほど駆動力があるコミュニティが他にあるかどうかは知りません。

先日アスペエルデがようやく「子どもたちが長い休みに疲れている。中にはゲーム漬けになっている子も。オンラインで何か」と言い出しましたが、なんて遅いんだろうと思いました。花風社クラスタの親子は親子でいられる時間を楽しんでいますし、発達援助に有効活用していますし、お勉強が遅れている人は遅れを取り戻すチャンスとしてとらえていますし(もちろんお勉強だけではなく戸外活動も含めて身体を動かしながらですが)、そもそも花風社クラスタは3月1日からオンラインを採り入れています。ぶっつけ本番でリアル35名オンライン60名余の参加者があり有料、ギョーカイ人と違って一講座一万円とかではなく一人三千円ですが最初のzoomで20万円近くマネタイズしたのです。

我々の目的は「治そう」なので、別にセンターを取る必要はなく、沖合1000キロにできた島で楽しく暮らし情報交換をしています。そこが楽しそうだと乗り込んでくる人も絶えません。「治そう」とする人が一定のコミュニティを形成し今このときも安定しているということが大事であってメジャーかどうかは全く大事じゃないんですけど、きっとメジャーじゃないくせに~を言う人は状況を(下手くそな判断で)一生懸命読もうとして大勢に着こうとして子どもみてないからだからますます治らないんでしょうね。

ではでは。
ブルーさんのお考えもお聞かせくださいね。

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ブルー

<花風社アンチの考察:中間まとめ>

前回の第12回を終了した時点で、第2回から続いた「市場の現実」が終わりました。これは中間まとめのレジュメです。

●第1回
⇒この回は、アンチの嫌いな物事として「結果の差」、及びそれを将来もたらす「結果を出そうとする営み」を扱いました。

まず、これがアンチ考察の1つ目の柱です。

●第2回~第12回
⇒ここはかなりのボリュームになりましたが、全て「市場の現実」に関して扱っています。アンチはこれを非常に嫌います。これがアンチ考察の2つ目の柱です。

少し細かく見てみます。

・第2回
⇒この回では「市場価値」を扱いました。市場は人にも値段を付けます。それが市場のルールです。アンチはこれにフンガーします。

・第3回、第4回
⇒ここでは、「消費者の自由選択」がテーマです。アンチはこれも嫌いです。

・第5回
⇒「消費者の量と質」を扱いました。アンチの中でも、Twitterしか見えない重篤なタイプは、もうこれがわからなくなっているのです。そして消費者の質のうち「主体性」について触れました。

・第6回、第7回
⇒消費者の質の続きで、「知的水準」に関して扱い、さらにそれを掘り下げ「何を持って賢いとするのか」という判断基準の違い、そしてパラダイムの違いがテーマでした。

★第8回以降は、徐々にアンチの内面的な分析に入っていきますが、結局「市場にはいろいろと違った考えの人々がいる」ということがベースになっています。

・第8回、第9回、第10回
⇒「切り分け」に関して扱いました。自他および異なるパラダイムの2つの切り分けに両方とも失敗するとアンチになること、及びアンチの根本的な心理構造を解説しました。

・第11回、第12回
⇒アンチが花風社に対して長年にわたり執着する理由に関して扱いました。この第12回で市場の話は終了です。

★番外編その①
⇒陰山英男先生が藤川理論に賛同した際の出来事を解説しています。この件は本編第12回でも登場します。


■次回以降

ここまでの連載でアンチが共通して嫌う物事=「結果の差」「市場の現実」の2つを終えました。次回はアンチが嫌う物事の3つ目を1回だけ扱います。

その3つが揃った上で、結論の章に入ります。ただ、途中で番外編も用意しておりますのでよろしかったらお読みになってみてください。

それでは今後もよろしくお願いいたします。

追伸:
クラスタの皆様、何故アンチ考察が仕事のお部屋で展開されているのか、そろそろ予想がついてきた頃でしょうか?

<前回のリンク>

前回:第12回後編
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-5/#comment-4624

第12回参考資料
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-5/#comment-4625

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浅見淳子

ブルーさん

ありがとうございます。

思ったのですがこれもやはり愛着の問題ではないですかね。

市場にとって市場価値は大事です。
でも家族にとってはそんなこと関係ないですよね。

アンチはそこの混同をしてるのかな?
だとしたら相当愛着の問題を抱えていそうですが。

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ブルー

浅見さん

コメントありがとうございます。

特に自他分離の下手なアンチは、
確かに愛着の問題も抱えているとは思います。

結果の差に関しても、愛着がきちんと育って自他分離できていれば、
結果を出している他人を見たときに、いちいちフンガーしないはずです。

また、市場で自分とは別の考え方で販売/購買活動をしている人達に対しても「彼らは彼ら」「私は私」と一線を引けますよね。

いちいちフンガーしてモビングしないはずなのです。

この連載では愛着の問題は自他分離のくだりでしか扱いませんでしたが、
浅見さんの仰るように、それも重要な一因だとは思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

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ブルー

浅見さん

大笑いして頂いてなによりです。

私はいつもの癖で、この状況において専門家や論客がどのような事を発信しているか、比べてみています。つまりここでも「専門家の比較」を行っています。

3.11の時もそうですが、今のような時は専門家や論客の考え方や思考の方法、あるいはポリシー、もっと言えば本性が丸分かりになるので、誰が何を言っているかをアタマにメモるようにしています。

後になってから、どの専門家や論客がより妥当な見立てをしていたか、はっきりわかると思います。

モビングは最近では職場いじめの説明にも使われる用語のようですね。モビングも生き物の本能に基づくものですし、アンチの場合は恐怖が根底にありますから、一度悪循環に嵌ると自分では止めることができないというわけです。

私もモビングは分析してみて初めて気が付いたので、これが解明できた時はしみじみと驚きました。

いつもありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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浅見淳子

ブルーさん

おはようございます。
お返事ブログ書こうと思ったのですが、一つブルーさんのお考えをききたいです。

アンチの根底に恐怖があるのはこれまでも指摘してくれた人いますし、ブルーさんの説明でよくわかりました。
翻って私の根底に恐怖がほぼほぼないことを彼らは想定できないんだと思います。自分と同じ程度の恐怖感をこっちが感じていると想定しているんだと思います。それでとんちんかんなことになっている。

彼らは私にどうなってもらいたいんでしょう?
いなくなってほしいのかな?

だとすると生きづらいですね~。

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ブルー

浅見さん

>自分と同じ程度の恐怖感をこっちが感じていると想定している

⇒この件は少し浅見さんと考えが違い、恐怖感をほとんど感じていない人を強烈な異物として感じているのではないかと思っています。
(※浅見さんほど長い年月アンチを見ていないのでわかりませんが)

完全に想定外の人ということですよね。そもそも浅見さんが仰るように

>私の根底に恐怖がほぼほぼないことを彼らは想定できない

わけですから、結果として浅見さんがベイダーに見えるのではないかと。
意味不明の存在に感じて、怖いわけです。

>彼らは私にどうなってもらいたいんでしょう?
>いなくなってほしいのかな?

⇒いなくなってほしいのでしょうね。
心理的領域から追い出そうとしてモビングするくらいですから。
細かい話ですが、存在も言動もです。

>だとすると生きづらいですね~。

⇒この件だけではなく、少し広い話になりますが・・・。

アンチは社会に対して基本的な信頼感を持っていません。
これは連載の最終章で扱いますが、確かに生きづらくなりますね。

答えになっていますでしょうか。

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浅見淳子

ブルーさん

動画、ありがとうございます。全部見て大笑いしました。これですこれ。ところで「モビング」は愛甲さんにとってもわかりやすかったようです。そしてブルーさんの分析力をとても褒めていました。お返事書きたいのですが、このお返事と、「私が今この世の中で医療に一ミリも感謝の念を抱いていない」件と、どう絡めて書こうかなあと思っております。今日はマグロ中トロとサーロインステーキをそれぞれ安く手に入れました。高級食材が料亭等に流れず一般に安く売っているようです。ここまで持ってきてくださる生産者、物流、販売の方々には感謝感謝です。家飲みが充実します。でも今感染の恐怖と前線で闘っている医療者の皆さんには一ミリも感謝の念が沸いてこないのですよね。とりあえず今私も私の大事な人たちも誰も感染していないし。医療者はお仕事でやっていることですから感謝なんかするのも無礼だと思うし。あるいはこれがもしかしたら「ハッタツ大戦」の置き土産なのかなと思います。

とりあえず「モビング」のたとえをありがとうございます。
数日中にお返事書きますね。
ではでは。

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