「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

「治っておいて本当によかった!」 のお部屋

平和なときも、緊急事態のときも
「治っておいてよかった!」っていうことたくさんありますね。
皆さんの体験談と元気をシェアしましょう!

35 COMMENTS

まろん

今週から自粛明けで保育園に行きはじめました。園ではホワイトボードにその日の活動内容が書かれます。ある日の内容に「年長さんは太鼓の練習をしました」とありました。息子にどんなことをやったか聞くと「こうやってこうやってやるんだよ」とジェスチャー付で教えてくれました。

このやりとりをしてるときはすっかり忘れていたのですが、息子は聴覚過敏だったのです。聴覚過敏がひどいままだったら、皆と一緒に和太鼓の練習なんてとても無理で、別室で待機となっていたことでしょう。

運動会は中止になってしまいましたが、演奏を聴ける機会があるといいなと楽しみにしています。

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まーち

つい数ヶ月前には世界中の誰もが想像もしていなかった事態にある今日(こんにち)。
そんな中、我が家の海外赴任が決まり、夫婦ふたり(+猫たち)で6月27日に米国に向けて出発することとなりました。
29歳になった息子は思いの外しっかりと受け止めてくれ、「ロサンゼルスではできる限り楽しい生活を送ってね。僕の方は大丈夫だから」と穏やかな声でそう言ってくれました。
この一言で彼がとても成長していることをひしひしと実感したのでした。

思い起こせば、小学校時代は「将来は一般就労を目指している」と言うと、学校の先生がたに「はああ? 親の希望をお子さんに押し付けては可哀想ですよ。お子さんのありのままを受け止めてあげなければ。現実をちゃんと受け入れてください」と言われ、息子への教育以上に親である私たちを改心させることに心血を注がれた感がありました。
また、特別支援学校高等部の先生がたが示された彼の進路は「地元の作業所での福祉的就労」であり、「企業就労?それは無理ですね」と鼻にもかけられませんでした。

ところが息子が高等部2年生の初夏に家族でニューヨークに渡り、そこで出会った教育は「目指しましょう、企業就労。これからいろいろとチャレンジして、それを現実のものとしましょう」というものでした。
ニューヨークでの教育の根底にあるのは「チャレンジしているか?」に尽き、リアルワールドに繋がることを意識した教育指導の中、さまざまな場面でチャレンジを繰り返すことで彼自身が経験値と逞しさと自信を獲得していく日々でした。
そして、併せて毎日のヨガや感覚遊び(←学校での取り組み)、週1回のOT(全身を使った運動)、水泳などを行っていくうちにみるみるうちに息子は発達していき、IQの数値も30近く伸びる結果となりました。
学校では二人の代表のうちのひとりに選ばれ、ニューヨーク市の教育委員長や教育委員会メンバーの視察の際の質疑に応答する大役を果たしたり、その成長ぶりからより高等な教育を受けることのできる学校への転校を推薦していただけたり・・・
就労実習も、ニューヨーク公共図書館、ニューヨーク市立大学バルークカレッジ等で事務補助の仕事を精力的にこなし、実習先でも高い評価をいただいたのでした。

ところが、帰国が決まった時の日本の専門家の反応は「日本に帰ってきても企業就労は無理。アメリカと日本の状況を同じように考えてはダメ。あなたは日本の状況を知らなさすぎです。まずは日本の高校に入り直すところから始めるべきです」というものでした。
これが当時22歳の息子へのアドバイスでした。
その頃の私はそういうトンチンカンなアドバイスには耳も貸すこともなくなっていましたが、それは息子自身の成長こそが目の前にある事実だったからなのでした。

結果は・・・
帰国から3ヶ月後に息子は都内にある外資系企業への一般就労を果たし、この6月で7年目を迎えます。
そして6年前には都内のグループホームへ入居し、以来身の回りのことはできるだけ自分でやりながら、集団生活の中にあって自分自身の心地よい環境作りを積極的に行っています。
週末には自宅を訪ねてきてくれますが、私がすることはせいぜいご飯を振舞うくらいのことで、むしろいろいろと家のことを手伝ってくれるので「来てくれてありがとう〜!助かるわー」という存在に。
今回の赴任時には同行し、新生活の立ち上げを手伝ってくれることになっていたのですが、コロナの影響でそれも叶わず、それだけは少し残念です。

間近に迫った別れについて「つらいんじゃない、ただ寂しいだけです。でも、それは当たり前でしょう? 家族だから」と言う息子。
知的障害+神経発達障害を持っていてもこんなに逞しく育ちました。
次に海外赴任になった時には家族それぞれがどういう生活を送っているかということを10年以上前からシュミレーションし、それを意識してそれぞれが頑張ってきたことが実を結んだと感じています。

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たにし

コロナの影響で、各施設の利用自粛の影響で、苦しい状況にある親御さん、お子さんに関する記事が最近よくネットに上がっていますね。

施設が使えない、専門家の支援が受けれない、療育の器具が使えない云々。

その前に家庭で簡単にできることがありますね。

確実にある。

親が工夫して努力したらできることはある。

てか、努力せずとも、日常生活の中でできる。

クラスタのみなさん、それぞれのオリジナルでやられますね。

身体アプローチに栄養アプローチ。
単に一緒に遊ぶも良し。
一緒の布団で寝るも良し。

なんでもあるね。

うちは児童クラブさん、放デイさん全て利用自粛させてもらってます。
少しでもスタッフさんの御負担を減らさないと。

困り事を親の責任において治しておくことは、これから将来何度か起こるであろう有事の際、本人にも親もに社会にも負担をかけない。

治ることは社会貢献。

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かつおまぐろ

ご無沙汰しております。
コロナで気分が塞いできて明るい情報を探して、またここへ来ました。

治っておいて本当によかったこと。
今は売ってないものがあるので、偏食がなくなったのは本当に良かったと思います。
トイレットペーパーが買えない時期が長かったのですが、以前だとたくさん使わないと気持ち悪がったのが状況が状況なので自主的に短くして使ったり(笑)

また、聴覚や視覚が治ったことも欠かせません。
休校が長期化し、オンライン授業が開始されました。
子専用のパソコンがあるので、もともと塾は通塾&オンライン受講可能なところを選択し ほぼオンライン利用していました。
ゲームもオンラインで遊び、好きな音楽をイヤホンやヘッドホンを使い聞いていました。
たまに疲れて過敏な時があっても休めば治ります。ここまで来れば万々歳と、もう聴覚や視覚過敏は意識していませんでしたが、今回改めて振り返ってみると、今まで出来ていたのは趣味の範囲。
学校の授業(学生にとっての仕事)がオンラインになったこと、リモートワークが推奨される社会。
以前だったら、とてもとても対応できなかっただろうと思います。
できることが増えると自然とさまざまなことに興味が広がります。
聴覚が治ったことで音楽を聴き始め、そうすると情緒もより豊かになったように感じます。

わたしは冒頭書いたように少し疲れ気味ですので、生活面や栄養面、あと運動ですね、見直していきたいと思います。情報に惑わされ不必要に過敏になっていたようです。

皆さんの良いご報告を見るにつれ、私たちも過去に悩んだことがあり今こんなに良くなっていると改めて教えてもらいました。
またコツコツと積み重ねて暮らしていきます。

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智ママ

本日、今までだましだまし使っていた、折りたたみ椅子の座面が、息子が触った瞬間に、とうとう剥がれてしまいました。
息子は、お気に入りの椅子を壊してしまったので、どうしよう。と私の顔を見ていました。息子が自宅で泣かずに待てるのが二時間ぐらいなので、コロナは気になったのですが、息子を連れていくことにしました。

椅子がないと、ご飯は立ったまま食べなくてはいけなくなるため、椅子を買いに地下鉄に乗っていきました。息子は喜んで、おとなしく地下鉄に乗って、店に入ったあとも、私の側から離れずにピタリとついていました。
たまたま、ちょうどいい椅子が3脚あったので、まとめ買いして、二つは私が持って、残りは息子が持って歩きました。

「椅子、持ってくれる?」「うん」

3年前はかすかに指示が通るだけだったので、とてもとても買った商品をもたせるなんて恐ろしいことはできませんでしたが(持ちきれないものはタクシーで運ぶか、配送をお願いしないといけなかった)、今は自分の体ぐらいの大きさの折りたたみ椅子を持ったり置いたりしながら、母親のあとをついて歩く、ということをしてもへっちゃらになっています。帰宅してご褒美にビスケットを出しましたが、それをモグモグする息子の様子の3年間の進歩に、『発達して成長するって、ありがたいなあ』と、しみじみしたお昼どきでした。

指示が通って、すぐに従ってくれて、お願いしたことを途中で投げ出さないというのは、たいへんにありがたいことですね。息子が治っていてくれて、本当に助かりました。
これからもがんばります。

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こより

先日、次男は誕生日を迎えました。24歳になりました。

知的障害、自閉症、弱視、喘息、睡眠障害。育つ過程で様々な困難がありました。

長男も学習障害、喘息、アトピーがあり、不登校の時期も経験しました。

周囲からは、息子達に対して悲観的批判的な声が多かったのですが、私は息子達の資質と可能性を信じていたので、母親としてできることをコツコツ積み上げました。

「一生読み書きはできないだろう」「将来碌な子にならない」周囲の予想を覆して、どちらの子も一般企業に就職しました。

その後も一般就労では続かないだろうと言われましたが、現在も同じ職場にいます。今日も元気に出勤しました。

在宅ではできない職場ですので、今後も出勤が続きます。休校や各種施設の休館等々で、育児や介護が必要なパートさんのお休みの影響で、息子達の仕事はかなりハードです。残業、早番遅番、変則勤務もなんのその、です。

目の前のことを、コツコツこなす。一日の疲れは、その日のうちに取る。以前のままの息子達だったら、今のハードワークは、無理だったでしょう。

コロナの終息がいつになるかはわからない状況ですが、この先どんな状況になっても、息子達は乗り越えていけると思います。

乗り物が怖い、人が怖い、見るもの全てに慄いていたひ弱な子は、今や逞しい男になり、自信を持って毎日生き生きと働いています。

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たにし

こちら、そろそろ学校再開です。
まずは2週間の分散登校。

約3ヶ月の臨時休業期間、息子は心身共に成長しました。

生活リズムは崩れることなく、9時就寝6時起床。

勉強は欠かさず。
苦手だった足し算、引き算の筆算は、手助けなしで正解率ほぼ100%に。

児童クラブ、放デイの利用自粛期間は、おねえちゃんとお留守番もできました。
おねえちゃんと2人で、半日、地域の公園巡りをしたことも。

下半身がしっかりしてきて、筋肉質でムチムチに。おねえちゃん曰く、野球選手みたいと。

ちょっと太った感もありますが、学校が始まったらまた引き締まるでしょう。

また「ママ忙しいからお手伝いするよ」と言い出し、お皿洗いもしてくれたそうです。(仕上げはママが)

この休業期間やったことは、美味いもの食べて、身体を動かして、たくさん遊んで、学校の課題を普通に。
寝る前の身体アプローチに、プチ栄養アプローチ。

また、学校再開後の状況を報告させていただきますね。

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なぎた

治っていて良かった事
長男 感覚過敏 過度な不安 他害 パニック
状況が変わっても淡々と落ち着いていて 担任の先生から大絶賛され 助かりますと言われました。もちろんマスクも嫌がらず つけ続けています。
休校中も 工作 ゾイドで遊ぶ 外遊び おやつ作り 読書 学習など充実していました。元々電子機器に接する時間を決めているので テレビ YouTubeずっと見ている 電気代がかかる なんて事もありませんでした。
強いて言うなら画用紙とセロハンテープの消費が増えました(^_^;)
生活リズムが崩れる事もありませんでした。
兄弟ケンカをして 泣いたり怒ったりする時もありますが そんなの当たり前なのでお互い納得できるように接しています。
次男 風邪をひかなくなり 喘息発作も数ヶ月起こしていません
鼻水出てるなあ 体冷えたなあと思ったら 足湯をすれば 良くなります。
明日からまた休校になりますが 淡々と楽しく過ごしていきたいと思います。

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XIA

おはようございます。
問題をクリアし、その先に進む。
挑戦し続けることができるのがいいですね。
生きていればそれが叶いますね。
バイトもした。
社員もやった。
多少出世できた。
一人でやれることをしようと思った。
今それを選べば、ソレ以外のことはできない。
選択と集中・創意工夫をする。
それで今後も生きていきたいですね。
とにかく、前進・発達、前に進んでいる感じがあっていいです。
未来があると考えることができますからね。
それが希望です。

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つこじょう

皆さんの書き込みに、連日嬉しい刺激を受けています。ありがとうございます。

社会人の息子、かかりつけ医の定期受診を新コロナで初めて電話受診に。
まずは状態を文字化して送信し、返信待ち。いつかかってくるか分からない電話の待ち時間にスマホゲームと余裕。不安・イライラ感はゼロ。
受けた電話で的確にやりとりしながらメモ。趣味時間が増えると弾んだ声も聞こえました。とても聞きとりやすく分かりやすく伝えていて、相手の状況も考えた会話力。苦手な電話が就労で鍛えられ、リモートワークでまさかのスキルアップです。
苦手だけど、出来なきゃ仕事にならない、と息子。そう!お給料頂くってそういう事だよね。
聴覚過敏、書字障害のままなら、クローズド就労もコロナ渦での就業継続も難しかったかもしれませんが、諦め、出来なくていいとの子育てをしなくて良かったです。
ほぼ同時刻開催のzoom音声も全く問題なし。
喘息は治って15年経ちますが、治って良かったと心から思っています。

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こんぺいとう

治っておいて良かったと思うこと。
まず、マスクを長時間着けられるようになったこと。
触覚過敏で身に着けるものを嫌がり、以前ならマスクはまず無理でした。

また、予定変更や見通しが立たない状況は不安で、泣いて抵抗したり固まったりしていた息子。
学校や学童、親の仕事の都合で度々急な予定変更があっても、「わかった」とすんなり受け入れられるようになっています。

1人での留守番にも挑戦しました。
物音や雨風の音を怖がって、私の側を離れられなかった頃には考えられなかったことです。
宿題を済ませ、約束していた留守番のルールもきちんと守り、数時間過ごせました。

毎日元気でいてくれてありがたいです。

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yasu

治っておいて本当によかった、という話にジャストフィットするかわかりませんが。

うちは政府が緊急事態宣言をする一週間くらい前から相方が原則在宅勤務になり、私自身も緊急事態宣言の前日に原則在宅勤務になりました。学校の方は連休明けまで休業が続き登校日も取りやめになっています。

コロナ騒ぎの前から朝学習の習慣はついていたので、それを継続しつつ学校の課題プリント(前の学年の復習)をやって規則正しい生活になっていますね。天気に問題がなければ必ず公園に遊びに行っていますけど、友だちがいれば一緒に遊んでいなければ自然観察して、楽しく過ごしているようです。うちにはゲーム機は無いですが、テレビは1時間くらいは観ています。

家族揃って三食食べていますけど、今のところストレスになることもなく過ごしています。変わったことと言えば夕食後にトランプや坊主めくりをやる時間ができたこと、通勤時間が無くなったので終業後、一緒に外出することも可能になったことでしょうかね。

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蓮華ママ

治っていて良かったこと。
今のイレギュラーな毎日を不安に思うことなく、楽しく過ごせていることが大きいです。
昔は、マスクを兄弟共に嫌がっていましたが、今では自らマスクをして外に出ます。
特に何も困る事がありません。
あえて困って?いると言えば、家の中がきれいにならないわ~お昼ご飯何にしようかな~等の子育てあるあるです。
治るが勝ち!日々実感中です。

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