「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

自分の人生を自分で決めるために治る

さて、昨日は「学校側が服薬を迫る」問題を蓮華ママさんが「薬のお部屋」に持ってきてくれました。
これ方々で聞く話ですが、そもそも学校は医療行為してはいけないはず。たんに管理のために服薬を強いるのはそもそも越権行為ですね。
医療も越権をするけど教育も越権をするわけだ。
こういうときこそエビデンスで殴ればいいとyasuさんはおっしゃっている。
そのとおりですね。
簡単にのめというけれど、ありがたくない副作用があることをどう考えるか。
他人の子にその副作用と断薬をしようと決意したときのバリアをどう乗り越えるかまで考えて言っているのかきいてやればいい。

薬のお部屋

医療っていうのはその本質に「他人の主体性を制限すること」をはらんでいる。これに医療従事者がどれだけ自覚的かは知りませんが。
免許を持った人が、患者の利益と引き換えに主体性を制限するのはわかる。たとえば診療行為の結果として「薬飲んで」とか「酒やめて」とアドバイスするのはわかる。その人を診察した上で専門性を駆使していうことだから。
でも免許も与えられていないネット人格がそのやり方は間違っているとかよその家に口出しするのは明らかに越権でしょう。しかもその家では「明らかにテレビを制限したらうちの子の発達障害特性は改善した」という結果が出ているのに「そういうことを言うな」と匿名の自称医療従事者が親としての実感の表現を制限するのは越権ですね。(精神的)田舎者だからできる。

ところが世の中の人は案外、この辺おとなしい。
同調圧力がそんなにいやじゃないみたいね。
私はその点、非常にいやですね。
最初はギョーカイと仲良く「社会の皆さん、発達障害を理解してください!」とかやってたのにとにかく支援といえば「発達障害者の迷惑性を治す気もなく治すための方途も探らず社会に我慢させるだけ」だと気づいたとき「治そう」に路線を変えた。
それは私が同調圧力をなんとも思っていなかったから。
同調圧力より自分の良心に従ったから。
治す努力もせず社会に我慢を強いるギョーカイのやり方は違う、とはっきり思ったから。
そのあたりのことは『自閉っ子と未来への希望』に書いてあります。

なぜギョーカイと訣別したか。

そしてギョーカイを飛び出してみれば、私にも賛同者はいました。
治そうという路線じゃないと社会と共存できないと思った人はいた。
治っていく人たちが出てきた。
このサイトが生まれた。

そして治っていく人たちを見ていて気づいたこと。それは治ると自由になる。
支援の世界のおかしな論理から自由になるだけじゃない。
やりたいことが前よりできるようになるんです。

だから『発達障害、治るが勝ち!』のサブタイトルも「自分の人生を自分で決めたい人たちへ」。

逆に言うと自分の人生を自分で決めたくない人は治らなくていいんですよ。
ギョーカイのめんどりとして、ギョーカイ人を食わすための人生を送ればいい。
そんな人生より、自分で決めた人生を送りたい人たちのためにあの本を書きましたし、「治そう」路線の本を出すし、そういう講演活動をしています。

さて、蓮華ママさんの書き込みを見た後昨日銀行に行きました。
個人口座持っている某メガバンクね。
それで「あ、またやられた」と気づいた。

そのメガバンクと私は、どう取り決めしたのかしなかったのか知りません。
でも時々やられるんですよ、これ。
積み立て預金を勝手に定期に組み替えて縛る。
ていうかこの二ヶ月で110万円縛られてしまいました。
二ヶ月で110万円、自分のお金を「すぐ下ろせるところ」から「下ろすのにちょこっとめんどくさいところ」に勝手に移されたわけです。

どういう法的根拠に基づいているのかさっぱりわからない。
銀行に預けている貯金は銀行のBSから見ると負債なんじゃないかしら。こっちの資産なんじゃないかしら。その他人の資産を勝手に動かす権利が銀行には特別にあるのかしら。

まあともかく、どれだけのお金が急に入り用になるかはこっちの状況次第で、銀行がそんなこと知るわけないじゃないですか。
たとえば裁判起こすから弁護士費用を先払いする、みたいな事態になったとき、いつでも下ろせると思っていたお金に縛りがかかっていたら困るでしょ。
しかも8月末に移しておいてまだ通知も来ていない。
通知が来たら電話して、どのような法的根拠に基づいているのかきいてみようと思っています。
だから皆さんも学校から服薬を勧められたら、どのような法的根拠に基づいて学校が医療行為を強いるのかきいてみるといいですよ。

たしかにここで、積み立てから定期に移したらものすごくちょっとだけ利率がトクする。
でもしょせんは円の元本保証の、リスクはないけどリターンもない貯金です。
そのちょっとのトクをほしいかほしくないか、それはメガバンクではなく私が決めること。

その主体性を制限されるのが私はいやなんですね。

でもそれをいやじゃない人もいる。
そういう人はギョーカイの言いなりもいやじゃないんだろうから、治らなくていい。
知的障害があります、と宣言されたお子さんに少しでも主体的に生きがいのある人生を送ってほしい方。
『知的障害は治りますか?』を待っていてくださいね。
今日も(※ブログ執筆時11日)愛甲さんとお会いします。楽しみです。

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