「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

智くんの成長をみんなで見守るお部屋

『発達障害、治った自慢大会!』の殿(しんがり)を務めた智くん一家のお話。
重度の障害があってもどんどん治っています。
日々楽しいエピソードがたくさん!
みんなで見守りましょう。

304 COMMENTS

智ママ

昨日こどもの日に、父親と二人で、市営地下鉄に乗って西の果ての太秦天神川駅スタートで、嵐電→北野白梅町駅(終点)→金閣寺→龍安寺→御室仁和寺→嵐山(バスで通過)→北大路バスセンター→松尾橋と京都芸大前までの2路線踏破→市役所前駅から市営知多鉄に乗って帰る。という12時間の市内観光とバスオタの旅をしてきました。

私は在宅して布団を干したり、風呂の洗い場の床を磨いていたりしたのですが、
本日、旅から一日経過した時点で、息子の記憶がどれだけ残っているか知りたくて訊いてみたところ、
嵐電「新車に乗れた、綺麗だった」「途中の車両は連結が切り離されていたの」
金閣寺「外国人がいっぱいいた」「キンキラキンで綺麗だった」「」お魚がたくさんいた(父親談:金閣寺の池に大きな鯉が放されていて、水草からアメンボまでひたすら食べていた)」
龍安寺「触れるお庭が遭ったの(目の不自由な人向けに触れる枯山水が設置されていた)」
御室仁和寺「霊宝館は美術館みたいなやつを写真で撮った」「古いのを写真で撮ってた(国宝級の建築物を『古いの』とざっくりした感性で表現している)」「(市バスの)59系統の山越中町ゆきで行ったの」
と、感想や、行ったルートを表現していました。

行ったこと
行った方法
行った場所
は、視覚の記憶を巻き戻す手法で的確に表現しているし、言語表現もそこそこに進歩していました。

肝臓を述べるのに、バイオ・ニューロ・フィードバック以前は「楽しかった(健常児5歳レベル)」だけで、その他の表現(語彙)がとっさに出てこない様子が見られましたが、
今回は、行った手法を短文で次々に表現し続けることで、父親と行ったことについての感動や興奮を間接的に表現する、という、やや文章的な表現が多用されることが見られました。

表現の広がりが見られたので、留守番をしていたこちらも、進歩がうかがえて嬉しいです。

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智ママ

「小6になったらWISCをしてみようか」と予定を入れているSTですが、

息子のSTはSTと心理士のダブルホルダーなので、WISCの前段階として、

・口頭で発音して、それを聞き取らせて表記させる
(入力である聴覚と認識力がちゃんとあるか+言葉やひらがなを書くだけの力ができているか)
・図形を描いてみせて、見たままを模倣させる
(視覚からの入力はきちんとできているか、直線を認識して描けるだけの能力は身についているか)
・簡単な漢字カードを出して、模倣させてみる
(漢字を形として認識し、模倣できるだけの能力が身についているか)
を言語聴覚士訓練の傍らで、確認しました。

音声書き取りは正答率95%、
図形はかなり怪しいながらも以前より認知は上がってきていることが見てとれ、
漢字は正答率80%でした。

かなり聞き取りと見取りができてきていることがわかったので、「そろそろ90分近く時間が取れたら、智くんのWISCいこか?」となっております。

情報入力→脳内処理→出力(発露)がうまくいっていることを確認しないまま、焦って闇雲にWISCをしてしまうと、
「あれ?想定していたより低く出たよ?これはおかしいな?」となっても、再検査するのに長い時間、間隔を空けないとなので、

これからWISCを受ける予定のある親子で、より正確な値が欲しい親御さんは、
ぜひ
・音声の書き取り(ひらがなでも単語でも可能・音声聞き取りに欠けがないかを確認)
・図形の模倣(視覚や認知に欠けがないかの確認し)

を自主的にお家でなさってみて、それらの正答率が上がってから、専門機関でのWISCに踏み込まれることをオススメします。

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智ママ

火曜日の『昭和の日』に、息子が「お母さん、僕、箸を練習してみたいです」と言い始めました。
いつもは補助箸(エジ◯ン箸)を使ってものを食べているのですが、外食の度に箸を持ち歩かないとならないので、
「今日はお腹が空いたけど、エジ◯ン箸をもっていないからお店に入れないねえ。」
「普通のお箸が使えるようになってたら、あそこの(立っている場所の目の前にとんかつ屋さんがあった)とんかつ屋さんに、すぐに食べに行けるのにね」
と言ったところ、
「箸を使えるようになったら、いつでもとんかつ屋さんに行ける!」と思ったらしく、箸を練習するモチベーションが俄然上がったようでした。

おむつの取れる限界時期も、箸の使える限界時期と同じく、小3〜小6とされているので、息子は箸を使えるようになるのに、ギリギリセーフで、駆け込み乗車できたことになります。

その後、メガ・ドン・キホーテで、いつもの自宅でのおやつである『た◯のこの里』12箱(一ヶ月分)と父親へのチョ◯パイ大袋一つを購入したら、
『た◯のこの里』の山盛り状態に狂喜乱舞して、
「お母さん!買ってくれてありがとうございます!僕が、(ショッピング)カートに入れてあげますね!」
と、母親に似たのか、思いっきり上から目線の宣言をした後、
指示がないのに、自主的に、持参したショッピングカートに『た◯のこの里』12箱とチョコ◯イ大袋ひとつをさっさと詰めてしまったので、近畿で重宝される『気が利く男』に育ってきていることがわかって、驚いたことでした。

だんだん『器質的障害がある、心疾患・口唇口蓋裂ありの18箇所の多発奇形』というより、『器質的障害はあるけれども、やたらに経過のいい、知的中度の小6』のほうがぴったりくる育ちぐあいになってきたので、
「もともとの遺伝子異常(形質発現が健常者の半分しか機能しない)があるけれど、どこまでひっくり返すことができるだろうか?今の息子は、ぱっと見た目、『中度ど真ん中から軽度より知的障害の子』に近づいてきているけれども」
と観察しています。

本日、息子の報告を受けて、正式にエジ◯ン箸だけでなく、正規の箸(最初は物を取るりやすい箸先に溝が彫っているものから)を箸箱に入れて持参するように、担任から依頼の電話連絡があったので、ここに記載します。

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智ママ

今年の1月半ばから、息子が普通級に自主的に遊びに行くようになりました。
お気に入りの、息子と遊んでくれる優しい女児とのやりとりだけでなく、見取り稽古で健常児のやりとりを学んでくるので、だんだん私がポカミスしたときのツッコミが激しくなってきました。
精神年齢は5歳6歳ぐらいなのに、親に対するツッコミは高学年男子クラスなのです。

高年齢出産だったこともあって、平成末期生まれ息子との年齢ギャップが大きく、
今の令和の小学校ではしてはいけない表現や言い方をすると、手厳しく「お母さん、それはいうたらあかんよ」と物言いは令和式にマイルドですが、きっちりと訂正するように指摘してきます。
支援学級だけで過ごしていたときにはこんな指摘はなかったので、『仲間内での育ちあい』の恩恵に、息子も預かっているのだなあ、と、しみじみ嬉しくなります。

手術の入院期間中はアプリの入ったスマホと息子が離れ離れだったので、まる一週間お休みしましたが、その後の訓練時間と頻度を一回15分まで、または、一回8分を二回まで、として、当人のニコニコペースを尊重する形で、訓練を再開しました。

勉強会で中川先生が指摘なさっていた、こよりさんとお子さんとの間に起きていた「親子間の共鳴」が、バイオ・ニューロ・フィードバックの訓練中の私達にも起きているらしく、
息子一人だと気乗りがしなくて、なかなかCalm downにいかないのですが、
私が「ふ~〜〜〜〜〜〜〜」と声を出して細く長く呼吸をし始めると、息子もつられて身を入れて訓練に取り組み始めるので、するすると状態を表すボールがCalm downに移動して、そこからじっと動かない(リラックスが持続完了している)ということが多々見られるようになりました。
私が、無言の圧をかけて息子をCalm downさせているみたいで、何だかおかしいのですが、「親子間の共鳴が、圧のように見える形で起きているのだろう」と分析しています。

私の手術後の経過をよくするためにも、呼吸の訓練は有効なので、
(セルフで訓練すると、たいてい、あっという間にCalm downにいってしまいます)
まめに息子の訓練につきあって、一日二回は呼吸の訓練をするようにしています。
私の前々回の手術は11年前の帝王切開でしたが、そのときと比べると、手術創の疼きや神経回復のスピードが段違いで、無茶をしなければ、普通の生活に3週間ほどで戻れたので、「これは良い技術を伝承していただいた」と思っています。

手術前の二週間での、集中した高タンパク質と多めのミネラル摂取も、手術創の回復に役立ったらしく、鎮痛剤が一日早くいらなくなったので、息子の都合がなければ、一日入院日数が減らせたところでした。

5月中旬から、尼崎で光療法が始まるので、呼吸の訓練はいつまで続けていいのかわかりませんが、「呼吸と光療法と併用の事例でいくのならば、それはそれでまたデータが出せるよね」と期待しています。

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浅見淳子

智ママさん

自分のささいなケガの経験でも、身体が普段から持っている力が活きるのがよくわかりました。それと、焼き肉期があったのですが、遠慮せず食べていたらおさまりました。

智くんの社会性はすごいですよね。
ミラーニューロンが働いているのだと思います。
それと、知的面での光療法、期待しています。

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智ママ

浅見社長
コメントありがとうございます。

もともと心疾患の子は、下手に動くとただでさえ低い血中酸素飽和度が下がって苦しくなるので、「あらかじめ見て聞いて、状況を把握してから動く」ので、『同じ知能指数でも、心疾患でその値だと、慎重に賢く育つ子が多い』と言われていますが、息子もそのタイプだったらしく、あらかじめ見知らぬ土地では観察してから参加しようとするので、馴染みが早いです。

生物としての生存戦略がたまたまうまくいっただけとは思いますが、バイオ・ニューロ・フィードバックで知的に上がった結果、観察力が更に磨かれたようです。

きっかけを下さって、ありがとうございます。

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智ママ

STで言語領域7歳の発達のテストとして、動詞の聞き取りを紙に書いてその正誤を見る、ということをしました。
「っ」「ゃっ」の聞き取りがまだ確実ではないようで、自分の聞こえたままをひらがなで動詞の書き取りをしていましたが、8割から9割は正答していました。

遺伝子異常(形質発現率が健常者の半分しか機能しない)と心疾患、それに器質的障害からくる、中度知的の問題はありますが、発達としては、あまり目立たなくなってきました。

心臓の受診では、身長が130.8cm、体重29.2kgになっていたので、身体の成長とともに肺動脈の根本に入れている人工弁のカバーできる150cm(カバーできる限界が150cm)に少しずつ近づいてきた、ということで心不全ホルモンの上昇や心臓弁付近の血液の逆流値が上がることが心配されていました。ですが、想定外に心臓の経過が良く、異常がほぼ前回と同じレベルにとどまったので、

あと3ヶ月は「疲れたらしっかり当人の実感が出るまで休ませる。それ以外は普通にしてていい(マラソンと潜水は医師の指導で禁止、脱水とボールなどの打撲に気をつけることと指示あり)」ということでした。

日常面では、駄菓子屋のふっくらした魔女(白魔女)と悩めるお客様との間で魔法な駄菓子をめぐってのストーリー(銭〇堂)のアニメを見て、

いじめっ子が、いじめられっ子の給食を取り上げているのを見て「悪いことしたらアカンで」と呟いていたものの、
魔法の駄菓子の食べ過ぎでいじめっ子らが冬眠してしまって、(結果として不登校になった)いじめられっ子がまた給食を食べられるようになるのを見て「よかった!」と言うという、アン〇ンマンのように体の色をみれば正義側・悪役側が判別できる単純な理解ではなく、
(アン〇ンマンは健常者の2歳レベルですが、銭〇堂は健常の小学校2年生レベルにならないと楽しめません)

ストーリーの中から読み取って、善悪を判じるという、知的アップの要素が見られるようになりました。

華々しい結果ではありませんが、遺伝子異常系多発奇形ではありえないレベルでの少しずつの進歩が見られて、当人は見て理解して楽しめるテレビ番組が増えて、毎日楽しそうにしています。

9歳過ぎると大脳の成長は止まる(または遅くなる)説を唱える福祉・教育関係者は多いので、小3を過ぎるとあまりステップアップよりもルーティン固定で「どんな状態でもルーティンが回せる」ことを重視する指導になりがちですが、
息子の場合、微々たるものの、変化が絶えず見られるので、課題が少しずつ上がってきて、クラスの子もそれにつられていい方に雰囲気が変わるので、息子の所属する支援級は絶えず進歩する指導となっております。(『〇〇の奇跡』【〇〇は小学校名が入る】の種明かし?)

息子の担任曰く
「ある日、ドカン!とテーブル状に伸びる子は、時々負荷がかかりすぎると、ドン!と下がるときがあるんですけど、
息子さんのように、ダラダラ、ダラダラと、ゆるい坂道を登るみたいに伸びていって、『いつの間にかコレできるようになったね』となる子は、安定していて、何があっても後戻りがほぼ無いんですよね。不思議なことですが」とのことです。

息子はダラダラ坂道タイプらしいので、心臓の制約がかかってきて、知的発達の伸びが落ちるまでは、家庭での発達の促しをコツコツいくことにします。

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浅見淳子

最近、神田橋先生が以前、発達障害者と大器晩成型の人をリンクして語られていたのが、やっと腑に落ちるようになりました。
それにしても9歳限界説がまだ唱えられているとは驚きです。
花風社読者の皆様だけで、反証になっていると思いますが。

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智ママ

浅見社長
コメントありがとうございます。

「3歳で重度になったならもう支援学校ゆき決定」
「5歳で中度でもまた7歳で重度に戻って支援学校ゆき」
「元々、遺伝子異常の多発奇形なんだから伸びるはずがない」
という『発達検査で出た判定から1ミリも伸びない前提での福祉・支援・教育関係者の予言』を全部発達がちっくりちっくりと伸びることで覆してきた息子ですが、

親を絶望させて言いなりにさせるスタイルが医療・福祉・教育に根づいて伝統芸のようになっているので、これに騙された素直で情報弱者の親御さんは『あるがまま』方式漬けになって、子どもを伸ばすなんて思いもしないレベルに留まるので、そのまま塩漬けされていくようです。

我が家も、最初の医療レベル的には塩漬けコースの予定でしたが、あまりに2歳3歳の息子が感覚過敏でパニック起こして生きづらそうなので、改善させてやれたら。とあれこれ実験していたら実って、状態が良くなってきたので、
「よかったよねえ!お外にいっぱい行けるね!(5歳時点)」から「また外?たまには休ませて…(青息吐息の11歳時点)」となるうれしい悲鳴となっております。

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智ママ

土曜日の昼でのんびりしていたら、
「お母さん、僕はお弁当を作りたいです」
と息子が言いだしたので、急遽あるものでおかずを作ることにして、お弁当箱へのご飯詰めと、卵割りをしてもらいました。
・卵三個の特大オムレツ(カット済み)
・キャベツと玉ねぎの炒めもの(塩コショウ味)
・鶏むね肉の焼いたもの(塩コショウ味)
の(私が30分で作った)三品だけでしたが、できたものから弁当箱に詰めていました。
小6の空腹に耐えきれなかったからか、さっそく食べ始めてしまったので、お弁当としての記念写真が取れませんでしたが、

『お弁当は、作ると、お腹いっぱいまで食べても、ガス代と水道代と材料費しかお金がかからない』
ということを、いつのまにか学習してしまったので、
しばらく空腹になるたび、弁当男子になることが決定したようです。

そのうち、自炊男子になるのも、時間の問題かもしれないです。

すぐ焼くだけでいいおかず(鶏もも肉の生姜焼き(カット済み)など)の仕込みをして、冷蔵庫と冷凍庫に入れておくことにします。

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智ママ

息子の遠視性弱視のメガネを作りに、馴染みの眼鏡店に行きました。
注文した眼鏡を受け取るために、机について座って会話しながら待っていると、店長さんが来て、
「・・・失礼ですが、お宅には使用人がいらっしゃるのですか?」
と尋ねられたので
「?いませんけれど?」と答えると、

店長「いや、失礼いたしました。坊っちゃんがあまりにご行儀が良くて、いつもきちんと座っておられて、言葉遣いも丁寧で礼儀正しいので、てっきり使用人がいるお家ではないかと思っておりましたもので」
私「・・・え?」
店長「坊ちゃんお一人で?」
私「はい、この子が一人だけです。」
店長「それでおっとりして、お上品にお育ちになったんですね!」
私「・・・は、はあ・・・ありがとうございます。」

どうやら、住んでいるエリアから推測して、
『息子は使用人がいるお家の一人息子で、軽くはない障害はあってもきちんとしつけられ、平民出のしっかりしたお母さんに育てられていて、堅実な暮らしを教えるために、あえてウチの店をわざわざ利用してくれている』
と、店長さんが誤解なさっていたようなのです。
(小学校で小学生から流された、『智ママさん宅はヤクザのお偉いさんで、息子は姐さんと組幹部が不倫してできた子ども。妊娠を期に、組長と離婚した』という無茶苦茶な噂とは真逆です。)

お父さん 上流階級らしくお上品
息子 一人息子さんらしいけれどお上品(上流階級と思われた)
お母さん 中流階級出身らしいけれど堅実できちんとした女性
と見られていたらしく、
「お近づきの印に」と店長さんから息子に、うやうやしく名刺が渡されました。

二桁の多発奇形で、中度知的発達なのに、店長さんから気に入られて名刺を渡されたのは、ぶぶづけ市でも初めてだと思います。

もともと「一生、何らかの形で、(福祉系の)人のお世話になって暮らすことになるかもしれないから、お世話をする人に気持ちのいい受け答えができるようにしておこう。働くときも、そちらのほうが印象が良いし。」と思って、発達が重度→中度になる頃から、息子にきちんと受け答えができるように、ふるまえるように教えておいたのが、
妙なところで実って、息子に小5の終わりにして、眼鏡店の店長さんのファンができる。ということになりました。

もともと地下鉄からアクセスが良くて、メガネの手入れや再調整がしやすいことと、店員さんの親切で気さくな接客が助かって、いつもそこでメガネを作って、家族全員の予備メガネも作って。としているのですが、
とんだ展開になったことでした。

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智ママ

昨年の11月終わりくらいから家庭学習がストップしていて、春休みに再開したのですが、
2024年11月終わり
長文読解1ページ10分かかって解く

2025年4月
長文読解1ページ5分少し切るぐらいで解く+2ページ目も挑戦可能なゆとりあり

という微々たるレベルながら、知的にアップしていました。

2025年3月から、バイオ・ニューロ・フィードバックの訓練単位時間が15分近くになったので、
訓練し続けることに飽きてしまって、「まだあ?(まだ規定時間は終わりませんか?)」と言いながらイライラを散らすためにワン・ツーをしたり、お喋りをしたり。で、全然訓練に真面目になってなくて、しかも長時間過ぎてそれがストレスになっているのか、Carm down率が100%→55%と、半分近くまで下がってしまったので、

中川先生に報告・相談・提案して、
息子にとって、一番いいCarm downの値が出た訓練時間の値で(1回の訓練時間が8-12分レベル)、
1日5回を目指して訓練し直すことになりました。
(ここらへんが元理系のくせで、データが集まってから、上役に提案して相談してしまいます)

昨日から呼吸の時間が8分で良くなったので、息子は楽しそうに訓練を終えてさっさと寝ていました。

私も、無理に15-17分付き添ってしんどい中で呼吸し続けなくてよくなったので、助かりました。

脳室拡大と遺伝子異常由来の知的障害も込みでの事例ですが、
『息子レベルの中度ど真ん中くらいの子には、8分くらいが一番脳がリラックスしやすい』
『大人の私は、12分ぐらいがリラックスが深い(体感ですが)』
というデータが社会に提供できたので、よかったです。

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浅見淳子

個人差はあるでしょう。自分のリラックスして取り組める時間を知るのが大事ですね。呼吸訓練15分はしんどいと思います。

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智ママ

浅見社長
コメントありがとうございます。
主目的が『呼吸トレーニングによって脳波をリラックスモードにさせて、それの習慣化を固定する』ことなので、中川先生の「一日5分を5回から始めて、徐々に時間が伸びていきますから、できるだけ長く続けてください。もし変化があったり、記録に変化があったら、教えて下さい」という指示を守るだけだと、訓練時間12−15分でリラックスの数値が低くなってきても続けてデータをとるのでしょうが、実利と主目的メインでしていることなので、そのまま報告して相談しました。

親御さんによっては、「先生のおっしゃることは絶対だから!」と金科玉条に言いつけを守って、親子ともにしんどい思いをする人もいるかもしれないので、
『とりあえず、こんな経過報告と結果が出てきました』ということは、ここにマメに報告したいと思います。

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智ママ

春休みの登校日に近い扱いの日に、たまたまダルくて「校門から行って、校門から帰ってきてくれる?お母さん、留守番して休み休み、御用を済ませているから」と頼むと、
「いいですよ!一人で行って、帰ってきますね!」と言って本当に用事だけ済ませて、一人でリュックを背負って帰ってきました。

なので、「明日からの登校日は、いつものルートで、学校が終わったら帰ってきてね。それまで(帰宅時まで)に、お母さん、自宅にいるから」という指示が、経験則から通るようになってしまい、当人も『ドキドキしたけれど、一人で行って帰れた』と自信になっているので、一人で登下校デビューさせることになりました。

先程、事後報告で、担任の先生に電話で報告して、
「お母さん!そうは言いましても!」
と何かあったら責任問題になる!と食い下がられつつ、

私「(一回だけだけど)もう行けたし、いいですよ〜!」
私「たいした距離じゃないし、ランドセルにもリュックにも、迷子札つけてるから、事故に遭って意識がないときは、迷子札見た人が大学病院に運ぶように指示してくれたらいいし!電話もくれたらいいし!」
担任「・・お母さん!重大な決断をサラッと軽く言わんといて!軽い!軽すぎる!そこは重くしてて!」
(息子さんはぶつかって出血したら血が止まらないから、何かあったら大変なんですよ!)
私「いやー、何かあったら、それが息子の寿命だと割り切りますわ!」
担任「いや、そこは割り切らんといてくださいよ!親として!お願いしますから!」
と電話口でコントのような会話をしばらくしていましたが、最後は担任が了承してくれました。

今週から、通院で小学校に連絡事項があったとき以外は、原則として、一人での登下校開始です。
一人登校で、なついた中1のお兄さんたちに、途中から護衛してもらって登校することも多かったので、あまり母親としては心配していません。
登下校での出来事を楽しめる一年間になるといいな、と思います。

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智ママ

所用で、醍醐の百均ショップに息子を連れて買い物に行きました。
すると低学年時の担任がマスクをしてたまたまそこにいて(彼女も買い物に来ていた)
「えー!智ママ(名字)さんじゃないですか!これ智くん?いやー、大きくならはって〜!」と再会に喜ぶ元担任と息子でしたが、ややあって、
「え?ものすごくしっかりしてません?」と別れてから3年間でコツコツと着実に成長してきた息子のお喋りに仰天。
彼女がこれまで受け持った発達児の中でも、1,2を争うレベルで、『これは発達した』といえる事例だったようです。

「入学したときには、一語文で、しかもオウム返しだったのに!!」
「今では、事細かに喋ってはる!!こちらに情報がちゃんと伝わりますね!」
とコメントして、伸びた二桁の多発奇形の事例に、舌を巻いていました。

「雰囲気は小1のままやけど、しっかりした感じになりましたね!」
「はい、『〇〇(所属している小学校名)の奇跡』のメンバーですし。」
(あまりの支援級全体の伸びと、普通級との交流の良さに、市の教育委員会が注目していて[国や府の方針でもある、インクルーシブに準じる教育成果が著しく上がっている小学校]と目されています)

「進学は、公立中の支援級を目指しています」
もう、小1の頃のように「お母さん、ご冗談を(笑)」となることはありませんでした。
5年かけてコツコツ続けて、公立中支援級に入ると目されるレベルまで発達しました。

息子は3歳から開始したプレ療育園・4,5歳で在籍した療育園と、
毎回、ほぼビリで入って上位に食い込む形で卒業してきましたが、
今回の小学校も、支援級で上位に入る形で卒業することになりそうです。

当人は、今朝6時半に起きてきて
「お母さん!僕、小学6年生に、なった?」
「昨日で、小学5年生は、終わり??」
と確認してまた二度寝しにいっていますが、通常運転しております。
今年度も、いけるところまで伸びる予定です。

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智ママ

浅見社長
お祝いの言葉、ありがとうございます。

小5になってから『(支援級だけでなくて、普通級とも)お友達と話をすること』が楽しみになっていて、人からどんどん学んで吸収していっているので、小6の1年でまた成長を見せてくれると思います。

他のお子さんも伸びるといいなぁ。
発達が伸びたら、できることが増えて、世界が広がるから、さらに伸びてくるし。
プラスのサイクルが回るといいよね。
と願っています。

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