ホーム全て会議室いま会議室で話していること 智くんの成長をみんなで見守るお部屋 SHARE ツイート シェア はてブ Google+ Pocket LINE 『発達障害、治った自慢大会!』の殿(しんがり)を務めた智くん一家のお話。 重度の障害があってもどんどん治っています。 日々楽しいエピソードがたくさん! みんなで見守りましょう。 299 COMMENTS 智ママ 2025年4月28日 今年の1月半ばから、息子が普通級に自主的に遊びに行くようになりました。 お気に入りの、息子と遊んでくれる優しい女児とのやりとりだけでなく、見取り稽古で健常児のやりとりを学んでくるので、だんだん私がポカミスしたときのツッコミが激しくなってきました。 精神年齢は5歳6歳ぐらいなのに、親に対するツッコミは高学年男子クラスなのです。 高年齢出産だったこともあって、平成末期生まれ息子との年齢ギャップが大きく、 今の令和の小学校ではしてはいけない表現や言い方をすると、手厳しく「お母さん、それはいうたらあかんよ」と物言いは令和式にマイルドですが、きっちりと訂正するように指摘してきます。 支援学級だけで過ごしていたときにはこんな指摘はなかったので、『仲間内での育ちあい』の恩恵に、息子も預かっているのだなあ、と、しみじみ嬉しくなります。 手術の入院期間中はアプリの入ったスマホと息子が離れ離れだったので、まる一週間お休みしましたが、その後の訓練時間と頻度を一回15分まで、または、一回8分を二回まで、として、当人のニコニコペースを尊重する形で、訓練を再開しました。 勉強会で中川先生が指摘なさっていた、こよりさんとお子さんとの間に起きていた「親子間の共鳴」が、バイオ・ニューロ・フィードバックの訓練中の私達にも起きているらしく、 息子一人だと気乗りがしなくて、なかなかCalm downにいかないのですが、 私が「ふ~〜〜〜〜〜〜〜」と声を出して細く長く呼吸をし始めると、息子もつられて身を入れて訓練に取り組み始めるので、するすると状態を表すボールがCalm downに移動して、そこからじっと動かない(リラックスが持続完了している)ということが多々見られるようになりました。 私が、無言の圧をかけて息子をCalm downさせているみたいで、何だかおかしいのですが、「親子間の共鳴が、圧のように見える形で起きているのだろう」と分析しています。 私の手術後の経過をよくするためにも、呼吸の訓練は有効なので、 (セルフで訓練すると、たいてい、あっという間にCalm downにいってしまいます) まめに息子の訓練につきあって、一日二回は呼吸の訓練をするようにしています。 私の前々回の手術は11年前の帝王切開でしたが、そのときと比べると、手術創の疼きや神経回復のスピードが段違いで、無茶をしなければ、普通の生活に3週間ほどで戻れたので、「これは良い技術を伝承していただいた」と思っています。 手術前の二週間での、集中した高タンパク質と多めのミネラル摂取も、手術創の回復に役立ったらしく、鎮痛剤が一日早くいらなくなったので、息子の都合がなければ、一日入院日数が減らせたところでした。 5月中旬から、尼崎で光療法が始まるので、呼吸の訓練はいつまで続けていいのかわかりませんが、「呼吸と光療法と併用の事例でいくのならば、それはそれでまたデータが出せるよね」と期待しています。 返信する 智ママ 2025年4月26日 STで言語領域7歳の発達のテストとして、動詞の聞き取りを紙に書いてその正誤を見る、ということをしました。 「っ」「ゃっ」の聞き取りがまだ確実ではないようで、自分の聞こえたままをひらがなで動詞の書き取りをしていましたが、8割から9割は正答していました。 遺伝子異常(形質発現率が健常者の半分しか機能しない)と心疾患、それに器質的障害からくる、中度知的の問題はありますが、発達としては、あまり目立たなくなってきました。 心臓の受診では、身長が130.8cm、体重29.2kgになっていたので、身体の成長とともに肺動脈の根本に入れている人工弁のカバーできる150cm(カバーできる限界が150cm)に少しずつ近づいてきた、ということで心不全ホルモンの上昇や心臓弁付近の血液の逆流値が上がることが心配されていました。ですが、想定外に心臓の経過が良く、異常がほぼ前回と同じレベルにとどまったので、 あと3ヶ月は「疲れたらしっかり当人の実感が出るまで休ませる。それ以外は普通にしてていい(マラソンと潜水は医師の指導で禁止、脱水とボールなどの打撲に気をつけることと指示あり)」ということでした。 日常面では、駄菓子屋のふっくらした魔女(白魔女)と悩めるお客様との間で魔法な駄菓子をめぐってのストーリー(銭〇堂)のアニメを見て、 いじめっ子が、いじめられっ子の給食を取り上げているのを見て「悪いことしたらアカンで」と呟いていたものの、 魔法の駄菓子の食べ過ぎでいじめっ子らが冬眠してしまって、(結果として不登校になった)いじめられっ子がまた給食を食べられるようになるのを見て「よかった!」と言うという、アン〇ンマンのように体の色をみれば正義側・悪役側が判別できる単純な理解ではなく、 (アン〇ンマンは健常者の2歳レベルですが、銭〇堂は健常の小学校2年生レベルにならないと楽しめません) ストーリーの中から読み取って、善悪を判じるという、知的アップの要素が見られるようになりました。 華々しい結果ではありませんが、遺伝子異常系多発奇形ではありえないレベルでの少しずつの進歩が見られて、当人は見て理解して楽しめるテレビ番組が増えて、毎日楽しそうにしています。 9歳過ぎると大脳の成長は止まる(または遅くなる)説を唱える福祉・教育関係者は多いので、小3を過ぎるとあまりステップアップよりもルーティン固定で「どんな状態でもルーティンが回せる」ことを重視する指導になりがちですが、 息子の場合、微々たるものの、変化が絶えず見られるので、課題が少しずつ上がってきて、クラスの子もそれにつられていい方に雰囲気が変わるので、息子の所属する支援級は絶えず進歩する指導となっております。(『〇〇の奇跡』【〇〇は小学校名が入る】の種明かし?) 息子の担任曰く 「ある日、ドカン!とテーブル状に伸びる子は、時々負荷がかかりすぎると、ドン!と下がるときがあるんですけど、 息子さんのように、ダラダラ、ダラダラと、ゆるい坂道を登るみたいに伸びていって、『いつの間にかコレできるようになったね』となる子は、安定していて、何があっても後戻りがほぼ無いんですよね。不思議なことですが」とのことです。 息子はダラダラ坂道タイプらしいので、心臓の制約がかかってきて、知的発達の伸びが落ちるまでは、家庭での発達の促しをコツコツいくことにします。 返信する 浅見淳子 2025年4月27日 最近、神田橋先生が以前、発達障害者と大器晩成型の人をリンクして語られていたのが、やっと腑に落ちるようになりました。 それにしても9歳限界説がまだ唱えられているとは驚きです。 花風社読者の皆様だけで、反証になっていると思いますが。 返信する 智ママ 2025年4月27日 浅見社長 コメントありがとうございます。 「3歳で重度になったならもう支援学校ゆき決定」 「5歳で中度でもまた7歳で重度に戻って支援学校ゆき」 「元々、遺伝子異常の多発奇形なんだから伸びるはずがない」 という『発達検査で出た判定から1ミリも伸びない前提での福祉・支援・教育関係者の予言』を全部発達がちっくりちっくりと伸びることで覆してきた息子ですが、 親を絶望させて言いなりにさせるスタイルが医療・福祉・教育に根づいて伝統芸のようになっているので、これに騙された素直で情報弱者の親御さんは『あるがまま』方式漬けになって、子どもを伸ばすなんて思いもしないレベルに留まるので、そのまま塩漬けされていくようです。 我が家も、最初の医療レベル的には塩漬けコースの予定でしたが、あまりに2歳3歳の息子が感覚過敏でパニック起こして生きづらそうなので、改善させてやれたら。とあれこれ実験していたら実って、状態が良くなってきたので、 「よかったよねえ!お外にいっぱい行けるね!(5歳時点)」から「また外?たまには休ませて…(青息吐息の11歳時点)」となるうれしい悲鳴となっております。 返信する 智ママ 2025年4月19日 土曜日の昼でのんびりしていたら、 「お母さん、僕はお弁当を作りたいです」 と息子が言いだしたので、急遽あるものでおかずを作ることにして、お弁当箱へのご飯詰めと、卵割りをしてもらいました。 ・卵三個の特大オムレツ(カット済み) ・キャベツと玉ねぎの炒めもの(塩コショウ味) ・鶏むね肉の焼いたもの(塩コショウ味) の(私が30分で作った)三品だけでしたが、できたものから弁当箱に詰めていました。 小6の空腹に耐えきれなかったからか、さっそく食べ始めてしまったので、お弁当としての記念写真が取れませんでしたが、 『お弁当は、作ると、お腹いっぱいまで食べても、ガス代と水道代と材料費しかお金がかからない』 ということを、いつのまにか学習してしまったので、 しばらく空腹になるたび、弁当男子になることが決定したようです。 そのうち、自炊男子になるのも、時間の問題かもしれないです。 すぐ焼くだけでいいおかず(鶏もも肉の生姜焼き(カット済み)など)の仕込みをして、冷蔵庫と冷凍庫に入れておくことにします。 返信する 智ママ 2025年4月15日 息子の遠視性弱視のメガネを作りに、馴染みの眼鏡店に行きました。 注文した眼鏡を受け取るために、机について座って会話しながら待っていると、店長さんが来て、 「・・・失礼ですが、お宅には使用人がいらっしゃるのですか?」 と尋ねられたので 「?いませんけれど?」と答えると、 店長「いや、失礼いたしました。坊っちゃんがあまりにご行儀が良くて、いつもきちんと座っておられて、言葉遣いも丁寧で礼儀正しいので、てっきり使用人がいるお家ではないかと思っておりましたもので」 私「・・・え?」 店長「坊ちゃんお一人で?」 私「はい、この子が一人だけです。」 店長「それでおっとりして、お上品にお育ちになったんですね!」 私「・・・は、はあ・・・ありがとうございます。」 どうやら、住んでいるエリアから推測して、 『息子は使用人がいるお家の一人息子で、軽くはない障害はあってもきちんとしつけられ、平民出のしっかりしたお母さんに育てられていて、堅実な暮らしを教えるために、あえてウチの店をわざわざ利用してくれている』 と、店長さんが誤解なさっていたようなのです。 (小学校で小学生から流された、『智ママさん宅はヤクザのお偉いさんで、息子は姐さんと組幹部が不倫してできた子ども。妊娠を期に、組長と離婚した』という無茶苦茶な噂とは真逆です。) お父さん 上流階級らしくお上品 息子 一人息子さんらしいけれどお上品(上流階級と思われた) お母さん 中流階級出身らしいけれど堅実できちんとした女性 と見られていたらしく、 「お近づきの印に」と店長さんから息子に、うやうやしく名刺が渡されました。 二桁の多発奇形で、中度知的発達なのに、店長さんから気に入られて名刺を渡されたのは、ぶぶづけ市でも初めてだと思います。 もともと「一生、何らかの形で、(福祉系の)人のお世話になって暮らすことになるかもしれないから、お世話をする人に気持ちのいい受け答えができるようにしておこう。働くときも、そちらのほうが印象が良いし。」と思って、発達が重度→中度になる頃から、息子にきちんと受け答えができるように、ふるまえるように教えておいたのが、 妙なところで実って、息子に小5の終わりにして、眼鏡店の店長さんのファンができる。ということになりました。 もともと地下鉄からアクセスが良くて、メガネの手入れや再調整がしやすいことと、店員さんの親切で気さくな接客が助かって、いつもそこでメガネを作って、家族全員の予備メガネも作って。としているのですが、 とんだ展開になったことでした。 返信する 智ママ 2025年4月11日 昨年の11月終わりくらいから家庭学習がストップしていて、春休みに再開したのですが、 2024年11月終わり 長文読解1ページ10分かかって解く → 2025年4月 長文読解1ページ5分少し切るぐらいで解く+2ページ目も挑戦可能なゆとりあり という微々たるレベルながら、知的にアップしていました。 2025年3月から、バイオ・ニューロ・フィードバックの訓練単位時間が15分近くになったので、 訓練し続けることに飽きてしまって、「まだあ?(まだ規定時間は終わりませんか?)」と言いながらイライラを散らすためにワン・ツーをしたり、お喋りをしたり。で、全然訓練に真面目になってなくて、しかも長時間過ぎてそれがストレスになっているのか、Carm down率が100%→55%と、半分近くまで下がってしまったので、 中川先生に報告・相談・提案して、 息子にとって、一番いいCarm downの値が出た訓練時間の値で(1回の訓練時間が8-12分レベル)、 1日5回を目指して訓練し直すことになりました。 (ここらへんが元理系のくせで、データが集まってから、上役に提案して相談してしまいます) 昨日から呼吸の時間が8分で良くなったので、息子は楽しそうに訓練を終えてさっさと寝ていました。 私も、無理に15-17分付き添ってしんどい中で呼吸し続けなくてよくなったので、助かりました。 脳室拡大と遺伝子異常由来の知的障害も込みでの事例ですが、 『息子レベルの中度ど真ん中くらいの子には、8分くらいが一番脳がリラックスしやすい』 『大人の私は、12分ぐらいがリラックスが深い(体感ですが)』 というデータが社会に提供できたので、よかったです。 返信する 浅見淳子 2025年4月12日 個人差はあるでしょう。自分のリラックスして取り組める時間を知るのが大事ですね。呼吸訓練15分はしんどいと思います。 返信する 智ママ 2025年4月13日 浅見社長 コメントありがとうございます。 主目的が『呼吸トレーニングによって脳波をリラックスモードにさせて、それの習慣化を固定する』ことなので、中川先生の「一日5分を5回から始めて、徐々に時間が伸びていきますから、できるだけ長く続けてください。もし変化があったり、記録に変化があったら、教えて下さい」という指示を守るだけだと、訓練時間12−15分でリラックスの数値が低くなってきても続けてデータをとるのでしょうが、実利と主目的メインでしていることなので、そのまま報告して相談しました。 親御さんによっては、「先生のおっしゃることは絶対だから!」と金科玉条に言いつけを守って、親子ともにしんどい思いをする人もいるかもしれないので、 『とりあえず、こんな経過報告と結果が出てきました』ということは、ここにマメに報告したいと思います。 返信する 智ママ 2025年4月9日 春休みの登校日に近い扱いの日に、たまたまダルくて「校門から行って、校門から帰ってきてくれる?お母さん、留守番して休み休み、御用を済ませているから」と頼むと、 「いいですよ!一人で行って、帰ってきますね!」と言って本当に用事だけ済ませて、一人でリュックを背負って帰ってきました。 なので、「明日からの登校日は、いつものルートで、学校が終わったら帰ってきてね。それまで(帰宅時まで)に、お母さん、自宅にいるから」という指示が、経験則から通るようになってしまい、当人も『ドキドキしたけれど、一人で行って帰れた』と自信になっているので、一人で登下校デビューさせることになりました。 先程、事後報告で、担任の先生に電話で報告して、 「お母さん!そうは言いましても!」 と何かあったら責任問題になる!と食い下がられつつ、 私「(一回だけだけど)もう行けたし、いいですよ〜!」 私「たいした距離じゃないし、ランドセルにもリュックにも、迷子札つけてるから、事故に遭って意識がないときは、迷子札見た人が大学病院に運ぶように指示してくれたらいいし!電話もくれたらいいし!」 担任「・・お母さん!重大な決断をサラッと軽く言わんといて!軽い!軽すぎる!そこは重くしてて!」 (息子さんはぶつかって出血したら血が止まらないから、何かあったら大変なんですよ!) 私「いやー、何かあったら、それが息子の寿命だと割り切りますわ!」 担任「いや、そこは割り切らんといてくださいよ!親として!お願いしますから!」 と電話口でコントのような会話をしばらくしていましたが、最後は担任が了承してくれました。 今週から、通院で小学校に連絡事項があったとき以外は、原則として、一人での登下校開始です。 一人登校で、なついた中1のお兄さんたちに、途中から護衛してもらって登校することも多かったので、あまり母親としては心配していません。 登下校での出来事を楽しめる一年間になるといいな、と思います。 返信する 智ママ 2025年4月1日 所用で、醍醐の百均ショップに息子を連れて買い物に行きました。 すると低学年時の担任がマスクをしてたまたまそこにいて(彼女も買い物に来ていた) 「えー!智ママ(名字)さんじゃないですか!これ智くん?いやー、大きくならはって〜!」と再会に喜ぶ元担任と息子でしたが、ややあって、 「え?ものすごくしっかりしてません?」と別れてから3年間でコツコツと着実に成長してきた息子のお喋りに仰天。 彼女がこれまで受け持った発達児の中でも、1,2を争うレベルで、『これは発達した』といえる事例だったようです。 「入学したときには、一語文で、しかもオウム返しだったのに!!」 「今では、事細かに喋ってはる!!こちらに情報がちゃんと伝わりますね!」 とコメントして、伸びた二桁の多発奇形の事例に、舌を巻いていました。 「雰囲気は小1のままやけど、しっかりした感じになりましたね!」 「はい、『〇〇(所属している小学校名)の奇跡』のメンバーですし。」 (あまりの支援級全体の伸びと、普通級との交流の良さに、市の教育委員会が注目していて[国や府の方針でもある、インクルーシブに準じる教育成果が著しく上がっている小学校]と目されています) 「進学は、公立中の支援級を目指しています」 もう、小1の頃のように「お母さん、ご冗談を(笑)」となることはありませんでした。 5年かけてコツコツ続けて、公立中支援級に入ると目されるレベルまで発達しました。 息子は3歳から開始したプレ療育園・4,5歳で在籍した療育園と、 毎回、ほぼビリで入って上位に食い込む形で卒業してきましたが、 今回の小学校も、支援級で上位に入る形で卒業することになりそうです。 当人は、今朝6時半に起きてきて 「お母さん!僕、小学6年生に、なった?」 「昨日で、小学5年生は、終わり??」 と確認してまた二度寝しにいっていますが、通常運転しております。 今年度も、いけるところまで伸びる予定です。 返信する 浅見淳子 2025年4月1日 ご進級、おめでとうございます! 智くんも。 全国のみなさんも。 返信する 智ママ 2025年4月3日 浅見社長 お祝いの言葉、ありがとうございます。 小5になってから『(支援級だけでなくて、普通級とも)お友達と話をすること』が楽しみになっていて、人からどんどん学んで吸収していっているので、小6の1年でまた成長を見せてくれると思います。 他のお子さんも伸びるといいなぁ。 発達が伸びたら、できることが増えて、世界が広がるから、さらに伸びてくるし。 プラスのサイクルが回るといいよね。 と願っています。 返信する 過去のコメントを表示 コメントを残す コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目ですコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。 上に表示された文字を入力してください。 画像アップロード(PNG, JPG, JPEG)
智ママ 2025年4月28日 今年の1月半ばから、息子が普通級に自主的に遊びに行くようになりました。 お気に入りの、息子と遊んでくれる優しい女児とのやりとりだけでなく、見取り稽古で健常児のやりとりを学んでくるので、だんだん私がポカミスしたときのツッコミが激しくなってきました。 精神年齢は5歳6歳ぐらいなのに、親に対するツッコミは高学年男子クラスなのです。 高年齢出産だったこともあって、平成末期生まれ息子との年齢ギャップが大きく、 今の令和の小学校ではしてはいけない表現や言い方をすると、手厳しく「お母さん、それはいうたらあかんよ」と物言いは令和式にマイルドですが、きっちりと訂正するように指摘してきます。 支援学級だけで過ごしていたときにはこんな指摘はなかったので、『仲間内での育ちあい』の恩恵に、息子も預かっているのだなあ、と、しみじみ嬉しくなります。 手術の入院期間中はアプリの入ったスマホと息子が離れ離れだったので、まる一週間お休みしましたが、その後の訓練時間と頻度を一回15分まで、または、一回8分を二回まで、として、当人のニコニコペースを尊重する形で、訓練を再開しました。 勉強会で中川先生が指摘なさっていた、こよりさんとお子さんとの間に起きていた「親子間の共鳴」が、バイオ・ニューロ・フィードバックの訓練中の私達にも起きているらしく、 息子一人だと気乗りがしなくて、なかなかCalm downにいかないのですが、 私が「ふ~〜〜〜〜〜〜〜」と声を出して細く長く呼吸をし始めると、息子もつられて身を入れて訓練に取り組み始めるので、するすると状態を表すボールがCalm downに移動して、そこからじっと動かない(リラックスが持続完了している)ということが多々見られるようになりました。 私が、無言の圧をかけて息子をCalm downさせているみたいで、何だかおかしいのですが、「親子間の共鳴が、圧のように見える形で起きているのだろう」と分析しています。 私の手術後の経過をよくするためにも、呼吸の訓練は有効なので、 (セルフで訓練すると、たいてい、あっという間にCalm downにいってしまいます) まめに息子の訓練につきあって、一日二回は呼吸の訓練をするようにしています。 私の前々回の手術は11年前の帝王切開でしたが、そのときと比べると、手術創の疼きや神経回復のスピードが段違いで、無茶をしなければ、普通の生活に3週間ほどで戻れたので、「これは良い技術を伝承していただいた」と思っています。 手術前の二週間での、集中した高タンパク質と多めのミネラル摂取も、手術創の回復に役立ったらしく、鎮痛剤が一日早くいらなくなったので、息子の都合がなければ、一日入院日数が減らせたところでした。 5月中旬から、尼崎で光療法が始まるので、呼吸の訓練はいつまで続けていいのかわかりませんが、「呼吸と光療法と併用の事例でいくのならば、それはそれでまたデータが出せるよね」と期待しています。 返信する
智ママ 2025年4月26日 STで言語領域7歳の発達のテストとして、動詞の聞き取りを紙に書いてその正誤を見る、ということをしました。 「っ」「ゃっ」の聞き取りがまだ確実ではないようで、自分の聞こえたままをひらがなで動詞の書き取りをしていましたが、8割から9割は正答していました。 遺伝子異常(形質発現率が健常者の半分しか機能しない)と心疾患、それに器質的障害からくる、中度知的の問題はありますが、発達としては、あまり目立たなくなってきました。 心臓の受診では、身長が130.8cm、体重29.2kgになっていたので、身体の成長とともに肺動脈の根本に入れている人工弁のカバーできる150cm(カバーできる限界が150cm)に少しずつ近づいてきた、ということで心不全ホルモンの上昇や心臓弁付近の血液の逆流値が上がることが心配されていました。ですが、想定外に心臓の経過が良く、異常がほぼ前回と同じレベルにとどまったので、 あと3ヶ月は「疲れたらしっかり当人の実感が出るまで休ませる。それ以外は普通にしてていい(マラソンと潜水は医師の指導で禁止、脱水とボールなどの打撲に気をつけることと指示あり)」ということでした。 日常面では、駄菓子屋のふっくらした魔女(白魔女)と悩めるお客様との間で魔法な駄菓子をめぐってのストーリー(銭〇堂)のアニメを見て、 いじめっ子が、いじめられっ子の給食を取り上げているのを見て「悪いことしたらアカンで」と呟いていたものの、 魔法の駄菓子の食べ過ぎでいじめっ子らが冬眠してしまって、(結果として不登校になった)いじめられっ子がまた給食を食べられるようになるのを見て「よかった!」と言うという、アン〇ンマンのように体の色をみれば正義側・悪役側が判別できる単純な理解ではなく、 (アン〇ンマンは健常者の2歳レベルですが、銭〇堂は健常の小学校2年生レベルにならないと楽しめません) ストーリーの中から読み取って、善悪を判じるという、知的アップの要素が見られるようになりました。 華々しい結果ではありませんが、遺伝子異常系多発奇形ではありえないレベルでの少しずつの進歩が見られて、当人は見て理解して楽しめるテレビ番組が増えて、毎日楽しそうにしています。 9歳過ぎると大脳の成長は止まる(または遅くなる)説を唱える福祉・教育関係者は多いので、小3を過ぎるとあまりステップアップよりもルーティン固定で「どんな状態でもルーティンが回せる」ことを重視する指導になりがちですが、 息子の場合、微々たるものの、変化が絶えず見られるので、課題が少しずつ上がってきて、クラスの子もそれにつられていい方に雰囲気が変わるので、息子の所属する支援級は絶えず進歩する指導となっております。(『〇〇の奇跡』【〇〇は小学校名が入る】の種明かし?) 息子の担任曰く 「ある日、ドカン!とテーブル状に伸びる子は、時々負荷がかかりすぎると、ドン!と下がるときがあるんですけど、 息子さんのように、ダラダラ、ダラダラと、ゆるい坂道を登るみたいに伸びていって、『いつの間にかコレできるようになったね』となる子は、安定していて、何があっても後戻りがほぼ無いんですよね。不思議なことですが」とのことです。 息子はダラダラ坂道タイプらしいので、心臓の制約がかかってきて、知的発達の伸びが落ちるまでは、家庭での発達の促しをコツコツいくことにします。 返信する
浅見淳子 2025年4月27日 最近、神田橋先生が以前、発達障害者と大器晩成型の人をリンクして語られていたのが、やっと腑に落ちるようになりました。 それにしても9歳限界説がまだ唱えられているとは驚きです。 花風社読者の皆様だけで、反証になっていると思いますが。 返信する
智ママ 2025年4月27日 浅見社長 コメントありがとうございます。 「3歳で重度になったならもう支援学校ゆき決定」 「5歳で中度でもまた7歳で重度に戻って支援学校ゆき」 「元々、遺伝子異常の多発奇形なんだから伸びるはずがない」 という『発達検査で出た判定から1ミリも伸びない前提での福祉・支援・教育関係者の予言』を全部発達がちっくりちっくりと伸びることで覆してきた息子ですが、 親を絶望させて言いなりにさせるスタイルが医療・福祉・教育に根づいて伝統芸のようになっているので、これに騙された素直で情報弱者の親御さんは『あるがまま』方式漬けになって、子どもを伸ばすなんて思いもしないレベルに留まるので、そのまま塩漬けされていくようです。 我が家も、最初の医療レベル的には塩漬けコースの予定でしたが、あまりに2歳3歳の息子が感覚過敏でパニック起こして生きづらそうなので、改善させてやれたら。とあれこれ実験していたら実って、状態が良くなってきたので、 「よかったよねえ!お外にいっぱい行けるね!(5歳時点)」から「また外?たまには休ませて…(青息吐息の11歳時点)」となるうれしい悲鳴となっております。 返信する
智ママ 2025年4月19日 土曜日の昼でのんびりしていたら、 「お母さん、僕はお弁当を作りたいです」 と息子が言いだしたので、急遽あるものでおかずを作ることにして、お弁当箱へのご飯詰めと、卵割りをしてもらいました。 ・卵三個の特大オムレツ(カット済み) ・キャベツと玉ねぎの炒めもの(塩コショウ味) ・鶏むね肉の焼いたもの(塩コショウ味) の(私が30分で作った)三品だけでしたが、できたものから弁当箱に詰めていました。 小6の空腹に耐えきれなかったからか、さっそく食べ始めてしまったので、お弁当としての記念写真が取れませんでしたが、 『お弁当は、作ると、お腹いっぱいまで食べても、ガス代と水道代と材料費しかお金がかからない』 ということを、いつのまにか学習してしまったので、 しばらく空腹になるたび、弁当男子になることが決定したようです。 そのうち、自炊男子になるのも、時間の問題かもしれないです。 すぐ焼くだけでいいおかず(鶏もも肉の生姜焼き(カット済み)など)の仕込みをして、冷蔵庫と冷凍庫に入れておくことにします。 返信する
智ママ 2025年4月15日 息子の遠視性弱視のメガネを作りに、馴染みの眼鏡店に行きました。 注文した眼鏡を受け取るために、机について座って会話しながら待っていると、店長さんが来て、 「・・・失礼ですが、お宅には使用人がいらっしゃるのですか?」 と尋ねられたので 「?いませんけれど?」と答えると、 店長「いや、失礼いたしました。坊っちゃんがあまりにご行儀が良くて、いつもきちんと座っておられて、言葉遣いも丁寧で礼儀正しいので、てっきり使用人がいるお家ではないかと思っておりましたもので」 私「・・・え?」 店長「坊ちゃんお一人で?」 私「はい、この子が一人だけです。」 店長「それでおっとりして、お上品にお育ちになったんですね!」 私「・・・は、はあ・・・ありがとうございます。」 どうやら、住んでいるエリアから推測して、 『息子は使用人がいるお家の一人息子で、軽くはない障害はあってもきちんとしつけられ、平民出のしっかりしたお母さんに育てられていて、堅実な暮らしを教えるために、あえてウチの店をわざわざ利用してくれている』 と、店長さんが誤解なさっていたようなのです。 (小学校で小学生から流された、『智ママさん宅はヤクザのお偉いさんで、息子は姐さんと組幹部が不倫してできた子ども。妊娠を期に、組長と離婚した』という無茶苦茶な噂とは真逆です。) お父さん 上流階級らしくお上品 息子 一人息子さんらしいけれどお上品(上流階級と思われた) お母さん 中流階級出身らしいけれど堅実できちんとした女性 と見られていたらしく、 「お近づきの印に」と店長さんから息子に、うやうやしく名刺が渡されました。 二桁の多発奇形で、中度知的発達なのに、店長さんから気に入られて名刺を渡されたのは、ぶぶづけ市でも初めてだと思います。 もともと「一生、何らかの形で、(福祉系の)人のお世話になって暮らすことになるかもしれないから、お世話をする人に気持ちのいい受け答えができるようにしておこう。働くときも、そちらのほうが印象が良いし。」と思って、発達が重度→中度になる頃から、息子にきちんと受け答えができるように、ふるまえるように教えておいたのが、 妙なところで実って、息子に小5の終わりにして、眼鏡店の店長さんのファンができる。ということになりました。 もともと地下鉄からアクセスが良くて、メガネの手入れや再調整がしやすいことと、店員さんの親切で気さくな接客が助かって、いつもそこでメガネを作って、家族全員の予備メガネも作って。としているのですが、 とんだ展開になったことでした。 返信する
智ママ 2025年4月11日 昨年の11月終わりくらいから家庭学習がストップしていて、春休みに再開したのですが、 2024年11月終わり 長文読解1ページ10分かかって解く → 2025年4月 長文読解1ページ5分少し切るぐらいで解く+2ページ目も挑戦可能なゆとりあり という微々たるレベルながら、知的にアップしていました。 2025年3月から、バイオ・ニューロ・フィードバックの訓練単位時間が15分近くになったので、 訓練し続けることに飽きてしまって、「まだあ?(まだ規定時間は終わりませんか?)」と言いながらイライラを散らすためにワン・ツーをしたり、お喋りをしたり。で、全然訓練に真面目になってなくて、しかも長時間過ぎてそれがストレスになっているのか、Carm down率が100%→55%と、半分近くまで下がってしまったので、 中川先生に報告・相談・提案して、 息子にとって、一番いいCarm downの値が出た訓練時間の値で(1回の訓練時間が8-12分レベル)、 1日5回を目指して訓練し直すことになりました。 (ここらへんが元理系のくせで、データが集まってから、上役に提案して相談してしまいます) 昨日から呼吸の時間が8分で良くなったので、息子は楽しそうに訓練を終えてさっさと寝ていました。 私も、無理に15-17分付き添ってしんどい中で呼吸し続けなくてよくなったので、助かりました。 脳室拡大と遺伝子異常由来の知的障害も込みでの事例ですが、 『息子レベルの中度ど真ん中くらいの子には、8分くらいが一番脳がリラックスしやすい』 『大人の私は、12分ぐらいがリラックスが深い(体感ですが)』 というデータが社会に提供できたので、よかったです。 返信する
智ママ 2025年4月13日 浅見社長 コメントありがとうございます。 主目的が『呼吸トレーニングによって脳波をリラックスモードにさせて、それの習慣化を固定する』ことなので、中川先生の「一日5分を5回から始めて、徐々に時間が伸びていきますから、できるだけ長く続けてください。もし変化があったり、記録に変化があったら、教えて下さい」という指示を守るだけだと、訓練時間12−15分でリラックスの数値が低くなってきても続けてデータをとるのでしょうが、実利と主目的メインでしていることなので、そのまま報告して相談しました。 親御さんによっては、「先生のおっしゃることは絶対だから!」と金科玉条に言いつけを守って、親子ともにしんどい思いをする人もいるかもしれないので、 『とりあえず、こんな経過報告と結果が出てきました』ということは、ここにマメに報告したいと思います。 返信する
智ママ 2025年4月9日 春休みの登校日に近い扱いの日に、たまたまダルくて「校門から行って、校門から帰ってきてくれる?お母さん、留守番して休み休み、御用を済ませているから」と頼むと、 「いいですよ!一人で行って、帰ってきますね!」と言って本当に用事だけ済ませて、一人でリュックを背負って帰ってきました。 なので、「明日からの登校日は、いつものルートで、学校が終わったら帰ってきてね。それまで(帰宅時まで)に、お母さん、自宅にいるから」という指示が、経験則から通るようになってしまい、当人も『ドキドキしたけれど、一人で行って帰れた』と自信になっているので、一人で登下校デビューさせることになりました。 先程、事後報告で、担任の先生に電話で報告して、 「お母さん!そうは言いましても!」 と何かあったら責任問題になる!と食い下がられつつ、 私「(一回だけだけど)もう行けたし、いいですよ〜!」 私「たいした距離じゃないし、ランドセルにもリュックにも、迷子札つけてるから、事故に遭って意識がないときは、迷子札見た人が大学病院に運ぶように指示してくれたらいいし!電話もくれたらいいし!」 担任「・・お母さん!重大な決断をサラッと軽く言わんといて!軽い!軽すぎる!そこは重くしてて!」 (息子さんはぶつかって出血したら血が止まらないから、何かあったら大変なんですよ!) 私「いやー、何かあったら、それが息子の寿命だと割り切りますわ!」 担任「いや、そこは割り切らんといてくださいよ!親として!お願いしますから!」 と電話口でコントのような会話をしばらくしていましたが、最後は担任が了承してくれました。 今週から、通院で小学校に連絡事項があったとき以外は、原則として、一人での登下校開始です。 一人登校で、なついた中1のお兄さんたちに、途中から護衛してもらって登校することも多かったので、あまり母親としては心配していません。 登下校での出来事を楽しめる一年間になるといいな、と思います。 返信する
智ママ 2025年4月1日 所用で、醍醐の百均ショップに息子を連れて買い物に行きました。 すると低学年時の担任がマスクをしてたまたまそこにいて(彼女も買い物に来ていた) 「えー!智ママ(名字)さんじゃないですか!これ智くん?いやー、大きくならはって〜!」と再会に喜ぶ元担任と息子でしたが、ややあって、 「え?ものすごくしっかりしてません?」と別れてから3年間でコツコツと着実に成長してきた息子のお喋りに仰天。 彼女がこれまで受け持った発達児の中でも、1,2を争うレベルで、『これは発達した』といえる事例だったようです。 「入学したときには、一語文で、しかもオウム返しだったのに!!」 「今では、事細かに喋ってはる!!こちらに情報がちゃんと伝わりますね!」 とコメントして、伸びた二桁の多発奇形の事例に、舌を巻いていました。 「雰囲気は小1のままやけど、しっかりした感じになりましたね!」 「はい、『〇〇(所属している小学校名)の奇跡』のメンバーですし。」 (あまりの支援級全体の伸びと、普通級との交流の良さに、市の教育委員会が注目していて[国や府の方針でもある、インクルーシブに準じる教育成果が著しく上がっている小学校]と目されています) 「進学は、公立中の支援級を目指しています」 もう、小1の頃のように「お母さん、ご冗談を(笑)」となることはありませんでした。 5年かけてコツコツ続けて、公立中支援級に入ると目されるレベルまで発達しました。 息子は3歳から開始したプレ療育園・4,5歳で在籍した療育園と、 毎回、ほぼビリで入って上位に食い込む形で卒業してきましたが、 今回の小学校も、支援級で上位に入る形で卒業することになりそうです。 当人は、今朝6時半に起きてきて 「お母さん!僕、小学6年生に、なった?」 「昨日で、小学5年生は、終わり??」 と確認してまた二度寝しにいっていますが、通常運転しております。 今年度も、いけるところまで伸びる予定です。 返信する
智ママ 2025年4月3日 浅見社長 お祝いの言葉、ありがとうございます。 小5になってから『(支援級だけでなくて、普通級とも)お友達と話をすること』が楽しみになっていて、人からどんどん学んで吸収していっているので、小6の1年でまた成長を見せてくれると思います。 他のお子さんも伸びるといいなぁ。 発達が伸びたら、できることが増えて、世界が広がるから、さらに伸びてくるし。 プラスのサイクルが回るといいよね。 と願っています。 返信する
今年の1月半ばから、息子が普通級に自主的に遊びに行くようになりました。
お気に入りの、息子と遊んでくれる優しい女児とのやりとりだけでなく、見取り稽古で健常児のやりとりを学んでくるので、だんだん私がポカミスしたときのツッコミが激しくなってきました。
精神年齢は5歳6歳ぐらいなのに、親に対するツッコミは高学年男子クラスなのです。
高年齢出産だったこともあって、平成末期生まれ息子との年齢ギャップが大きく、
今の令和の小学校ではしてはいけない表現や言い方をすると、手厳しく「お母さん、それはいうたらあかんよ」と物言いは令和式にマイルドですが、きっちりと訂正するように指摘してきます。
支援学級だけで過ごしていたときにはこんな指摘はなかったので、『仲間内での育ちあい』の恩恵に、息子も預かっているのだなあ、と、しみじみ嬉しくなります。
手術の入院期間中はアプリの入ったスマホと息子が離れ離れだったので、まる一週間お休みしましたが、その後の訓練時間と頻度を一回15分まで、または、一回8分を二回まで、として、当人のニコニコペースを尊重する形で、訓練を再開しました。
勉強会で中川先生が指摘なさっていた、こよりさんとお子さんとの間に起きていた「親子間の共鳴」が、バイオ・ニューロ・フィードバックの訓練中の私達にも起きているらしく、
息子一人だと気乗りがしなくて、なかなかCalm downにいかないのですが、
私が「ふ~〜〜〜〜〜〜〜」と声を出して細く長く呼吸をし始めると、息子もつられて身を入れて訓練に取り組み始めるので、するすると状態を表すボールがCalm downに移動して、そこからじっと動かない(リラックスが持続完了している)ということが多々見られるようになりました。
私が、無言の圧をかけて息子をCalm downさせているみたいで、何だかおかしいのですが、「親子間の共鳴が、圧のように見える形で起きているのだろう」と分析しています。
私の手術後の経過をよくするためにも、呼吸の訓練は有効なので、
(セルフで訓練すると、たいてい、あっという間にCalm downにいってしまいます)
まめに息子の訓練につきあって、一日二回は呼吸の訓練をするようにしています。
私の前々回の手術は11年前の帝王切開でしたが、そのときと比べると、手術創の疼きや神経回復のスピードが段違いで、無茶をしなければ、普通の生活に3週間ほどで戻れたので、「これは良い技術を伝承していただいた」と思っています。
手術前の二週間での、集中した高タンパク質と多めのミネラル摂取も、手術創の回復に役立ったらしく、鎮痛剤が一日早くいらなくなったので、息子の都合がなければ、一日入院日数が減らせたところでした。
5月中旬から、尼崎で光療法が始まるので、呼吸の訓練はいつまで続けていいのかわかりませんが、「呼吸と光療法と併用の事例でいくのならば、それはそれでまたデータが出せるよね」と期待しています。
STで言語領域7歳の発達のテストとして、動詞の聞き取りを紙に書いてその正誤を見る、ということをしました。
「っ」「ゃっ」の聞き取りがまだ確実ではないようで、自分の聞こえたままをひらがなで動詞の書き取りをしていましたが、8割から9割は正答していました。
遺伝子異常(形質発現率が健常者の半分しか機能しない)と心疾患、それに器質的障害からくる、中度知的の問題はありますが、発達としては、あまり目立たなくなってきました。
心臓の受診では、身長が130.8cm、体重29.2kgになっていたので、身体の成長とともに肺動脈の根本に入れている人工弁のカバーできる150cm(カバーできる限界が150cm)に少しずつ近づいてきた、ということで心不全ホルモンの上昇や心臓弁付近の血液の逆流値が上がることが心配されていました。ですが、想定外に心臓の経過が良く、異常がほぼ前回と同じレベルにとどまったので、
あと3ヶ月は「疲れたらしっかり当人の実感が出るまで休ませる。それ以外は普通にしてていい(マラソンと潜水は医師の指導で禁止、脱水とボールなどの打撲に気をつけることと指示あり)」ということでした。
日常面では、駄菓子屋のふっくらした魔女(白魔女)と悩めるお客様との間で魔法な駄菓子をめぐってのストーリー(銭〇堂)のアニメを見て、
いじめっ子が、いじめられっ子の給食を取り上げているのを見て「悪いことしたらアカンで」と呟いていたものの、
魔法の駄菓子の食べ過ぎでいじめっ子らが冬眠してしまって、(結果として不登校になった)いじめられっ子がまた給食を食べられるようになるのを見て「よかった!」と言うという、アン〇ンマンのように体の色をみれば正義側・悪役側が判別できる単純な理解ではなく、
(アン〇ンマンは健常者の2歳レベルですが、銭〇堂は健常の小学校2年生レベルにならないと楽しめません)
ストーリーの中から読み取って、善悪を判じるという、知的アップの要素が見られるようになりました。
華々しい結果ではありませんが、遺伝子異常系多発奇形ではありえないレベルでの少しずつの進歩が見られて、当人は見て理解して楽しめるテレビ番組が増えて、毎日楽しそうにしています。
9歳過ぎると大脳の成長は止まる(または遅くなる)説を唱える福祉・教育関係者は多いので、小3を過ぎるとあまりステップアップよりもルーティン固定で「どんな状態でもルーティンが回せる」ことを重視する指導になりがちですが、
息子の場合、微々たるものの、変化が絶えず見られるので、課題が少しずつ上がってきて、クラスの子もそれにつられていい方に雰囲気が変わるので、息子の所属する支援級は絶えず進歩する指導となっております。(『〇〇の奇跡』【〇〇は小学校名が入る】の種明かし?)
息子の担任曰く
「ある日、ドカン!とテーブル状に伸びる子は、時々負荷がかかりすぎると、ドン!と下がるときがあるんですけど、
息子さんのように、ダラダラ、ダラダラと、ゆるい坂道を登るみたいに伸びていって、『いつの間にかコレできるようになったね』となる子は、安定していて、何があっても後戻りがほぼ無いんですよね。不思議なことですが」とのことです。
息子はダラダラ坂道タイプらしいので、心臓の制約がかかってきて、知的発達の伸びが落ちるまでは、家庭での発達の促しをコツコツいくことにします。
最近、神田橋先生が以前、発達障害者と大器晩成型の人をリンクして語られていたのが、やっと腑に落ちるようになりました。
それにしても9歳限界説がまだ唱えられているとは驚きです。
花風社読者の皆様だけで、反証になっていると思いますが。
浅見社長
コメントありがとうございます。
「3歳で重度になったならもう支援学校ゆき決定」
「5歳で中度でもまた7歳で重度に戻って支援学校ゆき」
「元々、遺伝子異常の多発奇形なんだから伸びるはずがない」
という『発達検査で出た判定から1ミリも伸びない前提での福祉・支援・教育関係者の予言』を全部発達がちっくりちっくりと伸びることで覆してきた息子ですが、
親を絶望させて言いなりにさせるスタイルが医療・福祉・教育に根づいて伝統芸のようになっているので、これに騙された素直で情報弱者の親御さんは『あるがまま』方式漬けになって、子どもを伸ばすなんて思いもしないレベルに留まるので、そのまま塩漬けされていくようです。
我が家も、最初の医療レベル的には塩漬けコースの予定でしたが、あまりに2歳3歳の息子が感覚過敏でパニック起こして生きづらそうなので、改善させてやれたら。とあれこれ実験していたら実って、状態が良くなってきたので、
「よかったよねえ!お外にいっぱい行けるね!(5歳時点)」から「また外?たまには休ませて…(青息吐息の11歳時点)」となるうれしい悲鳴となっております。
土曜日の昼でのんびりしていたら、
「お母さん、僕はお弁当を作りたいです」
と息子が言いだしたので、急遽あるものでおかずを作ることにして、お弁当箱へのご飯詰めと、卵割りをしてもらいました。
・卵三個の特大オムレツ(カット済み)
・キャベツと玉ねぎの炒めもの(塩コショウ味)
・鶏むね肉の焼いたもの(塩コショウ味)
の(私が30分で作った)三品だけでしたが、できたものから弁当箱に詰めていました。
小6の空腹に耐えきれなかったからか、さっそく食べ始めてしまったので、お弁当としての記念写真が取れませんでしたが、
『お弁当は、作ると、お腹いっぱいまで食べても、ガス代と水道代と材料費しかお金がかからない』
ということを、いつのまにか学習してしまったので、
しばらく空腹になるたび、弁当男子になることが決定したようです。
そのうち、自炊男子になるのも、時間の問題かもしれないです。
すぐ焼くだけでいいおかず(鶏もも肉の生姜焼き(カット済み)など)の仕込みをして、冷蔵庫と冷凍庫に入れておくことにします。
息子の遠視性弱視のメガネを作りに、馴染みの眼鏡店に行きました。
注文した眼鏡を受け取るために、机について座って会話しながら待っていると、店長さんが来て、
「・・・失礼ですが、お宅には使用人がいらっしゃるのですか?」
と尋ねられたので
「?いませんけれど?」と答えると、
店長「いや、失礼いたしました。坊っちゃんがあまりにご行儀が良くて、いつもきちんと座っておられて、言葉遣いも丁寧で礼儀正しいので、てっきり使用人がいるお家ではないかと思っておりましたもので」
私「・・・え?」
店長「坊ちゃんお一人で?」
私「はい、この子が一人だけです。」
店長「それでおっとりして、お上品にお育ちになったんですね!」
私「・・・は、はあ・・・ありがとうございます。」
どうやら、住んでいるエリアから推測して、
『息子は使用人がいるお家の一人息子で、軽くはない障害はあってもきちんとしつけられ、平民出のしっかりしたお母さんに育てられていて、堅実な暮らしを教えるために、あえてウチの店をわざわざ利用してくれている』
と、店長さんが誤解なさっていたようなのです。
(小学校で小学生から流された、『智ママさん宅はヤクザのお偉いさんで、息子は姐さんと組幹部が不倫してできた子ども。妊娠を期に、組長と離婚した』という無茶苦茶な噂とは真逆です。)
お父さん 上流階級らしくお上品
息子 一人息子さんらしいけれどお上品(上流階級と思われた)
お母さん 中流階級出身らしいけれど堅実できちんとした女性
と見られていたらしく、
「お近づきの印に」と店長さんから息子に、うやうやしく名刺が渡されました。
二桁の多発奇形で、中度知的発達なのに、店長さんから気に入られて名刺を渡されたのは、ぶぶづけ市でも初めてだと思います。
もともと「一生、何らかの形で、(福祉系の)人のお世話になって暮らすことになるかもしれないから、お世話をする人に気持ちのいい受け答えができるようにしておこう。働くときも、そちらのほうが印象が良いし。」と思って、発達が重度→中度になる頃から、息子にきちんと受け答えができるように、ふるまえるように教えておいたのが、
妙なところで実って、息子に小5の終わりにして、眼鏡店の店長さんのファンができる。ということになりました。
もともと地下鉄からアクセスが良くて、メガネの手入れや再調整がしやすいことと、店員さんの親切で気さくな接客が助かって、いつもそこでメガネを作って、家族全員の予備メガネも作って。としているのですが、
とんだ展開になったことでした。
昨年の11月終わりくらいから家庭学習がストップしていて、春休みに再開したのですが、
2024年11月終わり
長文読解1ページ10分かかって解く
→
2025年4月
長文読解1ページ5分少し切るぐらいで解く+2ページ目も挑戦可能なゆとりあり
という微々たるレベルながら、知的にアップしていました。
2025年3月から、バイオ・ニューロ・フィードバックの訓練単位時間が15分近くになったので、
訓練し続けることに飽きてしまって、「まだあ?(まだ規定時間は終わりませんか?)」と言いながらイライラを散らすためにワン・ツーをしたり、お喋りをしたり。で、全然訓練に真面目になってなくて、しかも長時間過ぎてそれがストレスになっているのか、Carm down率が100%→55%と、半分近くまで下がってしまったので、
中川先生に報告・相談・提案して、
息子にとって、一番いいCarm downの値が出た訓練時間の値で(1回の訓練時間が8-12分レベル)、
1日5回を目指して訓練し直すことになりました。
(ここらへんが元理系のくせで、データが集まってから、上役に提案して相談してしまいます)
昨日から呼吸の時間が8分で良くなったので、息子は楽しそうに訓練を終えてさっさと寝ていました。
私も、無理に15-17分付き添ってしんどい中で呼吸し続けなくてよくなったので、助かりました。
脳室拡大と遺伝子異常由来の知的障害も込みでの事例ですが、
『息子レベルの中度ど真ん中くらいの子には、8分くらいが一番脳がリラックスしやすい』
『大人の私は、12分ぐらいがリラックスが深い(体感ですが)』
というデータが社会に提供できたので、よかったです。
個人差はあるでしょう。自分のリラックスして取り組める時間を知るのが大事ですね。呼吸訓練15分はしんどいと思います。
浅見社長
コメントありがとうございます。
主目的が『呼吸トレーニングによって脳波をリラックスモードにさせて、それの習慣化を固定する』ことなので、中川先生の「一日5分を5回から始めて、徐々に時間が伸びていきますから、できるだけ長く続けてください。もし変化があったり、記録に変化があったら、教えて下さい」という指示を守るだけだと、訓練時間12−15分でリラックスの数値が低くなってきても続けてデータをとるのでしょうが、実利と主目的メインでしていることなので、そのまま報告して相談しました。
親御さんによっては、「先生のおっしゃることは絶対だから!」と金科玉条に言いつけを守って、親子ともにしんどい思いをする人もいるかもしれないので、
『とりあえず、こんな経過報告と結果が出てきました』ということは、ここにマメに報告したいと思います。
春休みの登校日に近い扱いの日に、たまたまダルくて「校門から行って、校門から帰ってきてくれる?お母さん、留守番して休み休み、御用を済ませているから」と頼むと、
「いいですよ!一人で行って、帰ってきますね!」と言って本当に用事だけ済ませて、一人でリュックを背負って帰ってきました。
なので、「明日からの登校日は、いつものルートで、学校が終わったら帰ってきてね。それまで(帰宅時まで)に、お母さん、自宅にいるから」という指示が、経験則から通るようになってしまい、当人も『ドキドキしたけれど、一人で行って帰れた』と自信になっているので、一人で登下校デビューさせることになりました。
先程、事後報告で、担任の先生に電話で報告して、
「お母さん!そうは言いましても!」
と何かあったら責任問題になる!と食い下がられつつ、
私「(一回だけだけど)もう行けたし、いいですよ〜!」
私「たいした距離じゃないし、ランドセルにもリュックにも、迷子札つけてるから、事故に遭って意識がないときは、迷子札見た人が大学病院に運ぶように指示してくれたらいいし!電話もくれたらいいし!」
担任「・・お母さん!重大な決断をサラッと軽く言わんといて!軽い!軽すぎる!そこは重くしてて!」
(息子さんはぶつかって出血したら血が止まらないから、何かあったら大変なんですよ!)
私「いやー、何かあったら、それが息子の寿命だと割り切りますわ!」
担任「いや、そこは割り切らんといてくださいよ!親として!お願いしますから!」
と電話口でコントのような会話をしばらくしていましたが、最後は担任が了承してくれました。
今週から、通院で小学校に連絡事項があったとき以外は、原則として、一人での登下校開始です。
一人登校で、なついた中1のお兄さんたちに、途中から護衛してもらって登校することも多かったので、あまり母親としては心配していません。
登下校での出来事を楽しめる一年間になるといいな、と思います。
所用で、醍醐の百均ショップに息子を連れて買い物に行きました。
すると低学年時の担任がマスクをしてたまたまそこにいて(彼女も買い物に来ていた)
「えー!智ママ(名字)さんじゃないですか!これ智くん?いやー、大きくならはって〜!」と再会に喜ぶ元担任と息子でしたが、ややあって、
「え?ものすごくしっかりしてません?」と別れてから3年間でコツコツと着実に成長してきた息子のお喋りに仰天。
彼女がこれまで受け持った発達児の中でも、1,2を争うレベルで、『これは発達した』といえる事例だったようです。
「入学したときには、一語文で、しかもオウム返しだったのに!!」
「今では、事細かに喋ってはる!!こちらに情報がちゃんと伝わりますね!」
とコメントして、伸びた二桁の多発奇形の事例に、舌を巻いていました。
「雰囲気は小1のままやけど、しっかりした感じになりましたね!」
「はい、『〇〇(所属している小学校名)の奇跡』のメンバーですし。」
(あまりの支援級全体の伸びと、普通級との交流の良さに、市の教育委員会が注目していて[国や府の方針でもある、インクルーシブに準じる教育成果が著しく上がっている小学校]と目されています)
「進学は、公立中の支援級を目指しています」
もう、小1の頃のように「お母さん、ご冗談を(笑)」となることはありませんでした。
5年かけてコツコツ続けて、公立中支援級に入ると目されるレベルまで発達しました。
息子は3歳から開始したプレ療育園・4,5歳で在籍した療育園と、
毎回、ほぼビリで入って上位に食い込む形で卒業してきましたが、
今回の小学校も、支援級で上位に入る形で卒業することになりそうです。
当人は、今朝6時半に起きてきて
「お母さん!僕、小学6年生に、なった?」
「昨日で、小学5年生は、終わり??」
と確認してまた二度寝しにいっていますが、通常運転しております。
今年度も、いけるところまで伸びる予定です。
ご進級、おめでとうございます!
智くんも。
全国のみなさんも。
浅見社長
お祝いの言葉、ありがとうございます。
小5になってから『(支援級だけでなくて、普通級とも)お友達と話をすること』が楽しみになっていて、人からどんどん学んで吸収していっているので、小6の1年でまた成長を見せてくれると思います。
他のお子さんも伸びるといいなぁ。
発達が伸びたら、できることが増えて、世界が広がるから、さらに伸びてくるし。
プラスのサイクルが回るといいよね。
と願っています。