「発達障害は一生治らない」と決めつけず、試行錯誤する仲間の交流サイトです。ご自由にご活用ください!

智くんの成長をみんなで見守るお部屋

『発達障害、治った自慢大会!』の殿(しんがり)を務めた智くん一家のお話。
重度の障害があってもどんどん治っています。
日々楽しいエピソードがたくさん!
みんなで見守りましょう。

146 COMMENTS

智ママ

5月下旬に行った、山の家宿泊訓練での思い出で、初日に小グループでオリエンテーリングをしたときのことを絵に描いたものです。

完全に頭足人ではなくなり、登場人物が全員服を着ていて(服を着ている表現が見られるようになった)、芝生の地面が発生しています。
オリエンテーリングを行っている、という他者への説明もみてわかるように描かれています。

描画についての視点が、また成長して表現がアップしてきたことがわかる絵画となっていました。

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シア

智ママさん

違和感ないです。
大人になってもスティック状の人物を書く人はたまにいますので絵の及第点は取れていると思います。

カラフルで楽しい絵ですね。
物体が空中に浮いていたりヘンテコな絵を研究所で見てきたからか豊かな訴求力のある内容でびっくりしました。

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智ママ

普通の発達だけのお子さんにとっては、なんてことない小さなことかもしれませんが。

生後2ヶ月で
「育成級?無理無理、この子には椅子に座って机につくことができるようになるだけでも御の字です!たぶん、数の概念からしてわかりません。文字も認識できないと思います。行けて支援学校、育成級に行けた事例を、僕は知りません」
と、NICU医師から、きっぱりと公立小の育成級進学も『絶対無理』と診断された息子です。

公立小育成級へ入学時には発達年齢1歳半で、2年時は発達年齢2歳半、4年生時の9歳で発達年齢4歳2ヶ月、と伸びた息子は、肝心のお勉強はさっぱりで、情報を入れる端から抜けていく(100の項目を入れて13〜15残ればいい方)という、遺伝子異常由来の頑固な知的と発達、器質的障害からくる視覚情報処理の難がある、という不利な状況での学習開始でしたが、

家庭学習の課題の5冊のドリル(小1国語・5マスの足し算・繰り上がりの足し算・5歳の音読・小1の漢字かきとり)をそれぞれ4頁させていたところ、今まで30分はかかっていた課題完了が、15分で終わるようになっていました!

学習の程度としては、新一年生よりもかなり遅れていますが、「理解したぶんだけ進む」ことを重要視した結果、小1国語を解き終わったときに「次は、足し算の算数ですね!」とドヤ顔で母親に語りかけるくらいは、ドリルを解けた感があったようです。

多発奇形でしょ?器質的障害もあるんでしょ?知的重度スタートだったんでしょ?
いや・・・お勉強、そんなレベルじゃ無理でしょ。
と周囲(含む小学校低学年担任)から笑われても馬鹿にされても、「できることが増えるなら、やってみる価値はあるよね?」で、確実にできた感を大事にして、ゴリゴリゴリゴリ同じ小1の国語のドリルを1年間で15回解かせていたところ、15回めにして、スラスラと問題を解いて「僕だってできるんだ!」(自他ともに認める、小1国語はできている状態)の境地に達することができました。

小学校では、ひらがなの書き取りをして、いまカタカナの書き取りをしています。
美しく書けることが第一の、支援学校中等部への進学を前提とした、学習の進度です。
読解の問題・選択の問題・国文法の問題なんて、自宅以外ではしたことがないです。
漢字は、勝手に自宅で書けるだけ書かせて、読みと書きでダブルの刺激が入るようにしています。

手探りでも自宅でできることを増やしたくて、ひたすら家庭学習でコツコツしていましたが、多発奇形(遠視系弱視あり)・遺伝子異常・器質的障害・知的と発達のクワドラプルな息子でも、小1の学習は、文字を認識できない、なぐり書きしかできない入学時の状態から、5年がかりでマスターすることが可能だということがわかりました。
やはり、療育整体とPTからの股関節のストレッチ・体幹の筋トレからくる、発達年齢の大きな伸びがあったから、地道な学習が活きてきたのかもしれないです。

親が諦めなければ、「僕、昔は難しかったけれど、今は小1の国語、サクサクできた!」という自己肯定感(その子にとって大きな壁だったことを、努力を重ねることで乗り越えることができた!という体験からくる『僕だって、やれるんや!』の気持ち)
を生むための、壁を超えることは可能なようです。

もともとは問題を解いていて、スカッと解法が頭の中を抜けていくような、一種独特の体感を息子にも体験させてあげたくて、始めたことでもありますが、
「解けた!」のスカッと体験が楽しい!と思えるようになってくれると、学習をする上で楽しみが増えるので、どんどん進めていけるようになると思っています。

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智ママ

先日、「いつまでも『公立中の育成級に行きたいな〜』と思うだけだは、何も始まらない。それなら、実際に動いてみましょう」と思いたち、公立中に電話をかけてみたところ、男性が出て、「まず、小学校の校長先生に話をもっていってください。こちらが動くのは、それからです。」と告げられました。

担任教師はじめ先生方のヒエラルキーは絶対で、簡単には教頭・校長には接することができないシステムになっているため(まえもって都合の悪い事例は担任がもみ消してしまえる)、それなら直に話ができたらいいのよね?と思い、朝の挨拶に立つ校長先生をなんとなく送迎のたびに目で追いかけていました。

一昨日、児童が作った畑の水やりに、ジョウロを両手に一つずつ持った校長先生が目の前を横切ろうとしていたので、これ幸いと「実は、息子が公立中育成級に行きたいといっておりまして。何を準備してあげればよいのか、直接公立中に電話したら、『小学校の校長先生に話を通してからにしてください』と言われました」と告げると、
キョトンとされて、「えーと・・息子さんはまだ小5ですよね?まだ小6からでも良いかと思われますが・・・わかりました、ご両親と当人さんは公立中進学をご希望ですね。わかりました。あとからしておきます」と、ものの5分で話が通ってしまいました。

直訴したので、その後、何かと小学校内でモメるかもしれないな。とは思いましたが、

療育園→小学校育成級進学の際に、支援の手に任せてばかりではらちがあかないし、家庭での教育をキッチリしていないと、支援に抱っこでおんぶでは、伸びるものも伸びずに終わるということを学んだので、

「息子のためにできることは、多少フライングしてても、今からやる!今すぐやる!」の精神で、特攻気分でそのまま公立中学校に電話をかけたり、神様みたいにPTA役員や小学校s教諭の中で崇められている小学校の校長先生に、さらっと送迎の帰りがけに直訴したりしている私ですが、

「できるときには動いたほうが道が拓けるので、いけるところまでいってみよう」と思っています。

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智ママ

本日、形成外科・歯科・STの3科の受診でした。

術後の経過観察のために半年に一度、通っている形成外科では、
息子は放置していても、形成外科医師の適当な相づちと質問だけで、いつまでも話しているので、形成外科としては、自分が手術した喉の経過+言語聴覚士訓練の成果、それに発達の促しからのお喋り度合いを全部ナマで、自分の耳でチェックできるので、マスクをしていても会心の笑みが雰囲気で溢れてきてしまうほど、ニコニコしていました。

・小1女児(普通級)が「智くーん、またねー。ばいばーい!」と笑顔で手を降って挨拶してくれるぐらいは、小学校の景色に馴染んでいて、対人関係も良いこと。
・小1女児からは「儚げな雰囲気の、ちょっと気になる、そこそこイケメン?の育成級のお兄さん」と見られていて、校内でも有名人になっているらしいこと。

・ですが、当人は昨年にお世話になった、小6女児のお姉さまにハートが奪われていて、追いかけていくために公立中育成級に進学したいこと。
・地域の公立中には、息子よりも程度の重い発達のダウン症男児が一人いるので、息子はたとえこのままだとしても、公立中の育成級には進学できそうなこと。

・今のところ、小学校の一風景に溶け込むくらいは対人関係もよく、トラブルはゼロで当人も小学校育成級ライフを楽しめていること。
・府内の多発奇形生まれで、公立中学に行けるのは、県下でも初の事例に近いかもしれないこと。(少なくとも、大学病院では、初めての事例らしいこと)

を、母親の私の口から報告すると、
「いいですね!僕は半年に一回の面会ですが、この子は、確実にいい方向にどんどん発達が伸びていっています。語彙も増えてる。お喋りもしっかりしてきている。そのまま、公立中でも私立中でもどこでも、どんどん行っちゃってください!」
と『いけいけどんどん』を地で行く励ましを受けました。

形成外科医師つきの看護師は、年の頃50代くらいの女性でしたが、多発奇形生まれの小5関連の恋バナ2つに、目をキラキラさせて、あまりのことに笑いこけていました。
女性性のわりと強い方は、たとえ元乙女でも、いくつになっても、他者の恋バナに目がないようです。

形成外科は、内科と似た感じで「生まれつき顔の奇形があったり、指が一本多かったり、少なすぎたりした事例を、いかに手術で見た目と機能を整えて、一般社会に一人でも多く安定した状態で旅立たせるか、が腕の見せどころ」という科なので、
患者を囲い込んで福祉に塩漬けにする方向を打ち出す、発達や小児精神科とは一線を画していて、
「ん?多発奇形だけど経過が良い?結構なことじゃないか!前例にかまわず、どんどんいってください!」
と励ますのは、ごく当たり前のことです。
(心臓医師も同じ方向性で、息子がどんどん記録を塗り替えていくのが楽しみな経過観察のようです)

医師もニコニコ、そして小学校を堂々と休めて、お昼に生協のほか弁が2種類も食べられるので機嫌がいい息子も、ニコニコ。という形で形成外科は終わりました。

私はいつも息子の傍らで生活していますので、徐々に伸びてきた変化にはすぐには気づけず、半年に一度の経過観察での形成外科医師の評価に、「あ、まだ伸びてるんだ、なら、もうちょっと、いけるところまでいこう」と思えたことでした。

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