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1,464 COMMENTS

ブルー

智ママさんへ

コメントありがとうございます。

日本社会の場合、異物は基本的に「隔離」してコミュニティの同質性を保とうしますよね。らい予防法しかり、最近だと「感染者」もそうです。

例えば田舎でCOViD-19に感染するとえらいことになります。周りが総毛立って怖がるからです。このあたりの国民性を「ケガレ」という概念との関係で研究している学者さんもいるらしいです。

関連して、Twitterである凸凹当事者の方が「障害者というのはNIMBYであるということを自覚しなくてはならない」とも仰っていましたね。日本は特にそれが強烈な社会のように思います。

>隔離教育も、改めていってほしいものですが、それを待っていては息子は成人してしまいます

⇒確かにこの件も制度の問題のようでいて、実は1000年に渡る熟成された国民性が後ろにあるらしいですから、いきなりは変わらないとも思います。

>厳しいとわかっていても、それでも頑張って伸びようとする

⇒神田橋先生も仰っておられましたが、(発達したい)当事者は絶対に自分の発達を諦めません。諦めないというよりも、どこをどう伸ばせばいいか分かってくるので、ずっとそれに取り組んでいる感じです。

ともあれ、私はよくも悪くも社会を「海」のように捉えています。人為的な働きかけがまったく無力ということはないのでしょうが、基本的に誰かの意志というよりは、それ自体のダイナミズムで動くものと考えています。(原動力はもちろん、資本主義と自由市場です)

つまり、自分の思う方向には往々にして変わってくれないことが多々あるということですから、いかに社会を変えるかという視点よりも、いかにしてその性質を知り、上手く泳ぎきるかという視点の方を強く持っているということです。

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ブルー

<ハッタツと日本人>

ウイルスのせいで日本がこうなったのでは多分ありません。恐怖によって、国民性がまる出しになっているだけです。いわば「国民性がすっぴん」の状態です。マスクで顔は隠していますが、国民性がまる出しです。

つまりこうなったのはウイルスのせいではなく、そもそもの国民性のためだと私は感じています。

日本人はとても怖がりです。なんの統計か忘れましたが、先進国の人々のうち、最もCOVID-19に不安を感じているのは日本人である・・・というデータをみかけたことがあります。

アジア人は西洋人に比べて相対的に(なぜか)全然死なないという情報も回っていた時期であったにも関わらず、欧米の人々よりもさらに怖がっていることを、その統計は示していました。

ともあれ我々ハッタツにとって、この「異物を極端に怖がる」国民性はもちろん受難です。ハッタツは定型の人から見たら「全員がそれぞれ違う種類の異物」だからです。

ただし今回の件で日本社会の変化の速度が速まったので、この点に限れば当事者にとっては良いことです。「コロナ後にはハッタツの人が生きやすくなる」という発言をしている関係者はちらほらいて、実は私もそう感じています。

しかし、今回露呈している日本人の国民性は多分1,000年に渡り熟成された筋金入りのものと考えます。学問の世界ではこれを日本人の「古層」と呼んで研究している人もいるのだそうです。

日本もまた文明史の御多分に漏れず、繰り返し伝染病に見舞われてきました。今回の件も短期的には未曽有の出来事に見えますが、歴史的に見れば繰り返されてきた物事です。例えば東大寺の大仏などは象徴的です。

つまり伝染病を繰り返し乗り切った上でやっぱりこういう国民性なのです。だから今回のパンデミックが落ち着いたからといって根本的国民性が変わるとはあまり思えません。

そしてもう少し時間が経過すれば、まるで「お化粧」がなされるように人々は本来の国民性を取り繕って過ごすようになるはずです。

そしてまた「多様性」とか「インクルージョン」と頑張って上から与えられる題目を(しぶしぶ)唱える日常が戻ってきます。これらは典型的に異物を受け入れていく思想ですから、日本人の場合は国民性にお化粧ができるくらい世の中に余裕がないと実践できないのです。

その余裕を作るためには経済成長が必要だし、そのためには資本主義と自由市場が良くも悪くも一番有効です。その中で個々人が競争に参加し、結果を出すことが必要になっていきます。それは我々ハッタツも例外ではありません。ただ、時折市場に参加できなくなったりもしますが。

そしてこういうことを嫌がる人々が先進国の中でダントツに多いのもまた、日本人の特徴です。

私は、今の状況を歴史の教訓としてよくよく覚えておこうと思っています。私は今回の件で日本はそもそもこういう国で、日本人はそもそもこういう人々なのだという確信を強めました。

この先の時代で日本人が自らの国民性を取り繕っても、今の時代のことを忘れないようにしようと思っています。

そして我々ハッタツは日本社会を生き抜く上ではこのような日本人の根本的国民性=本音では、異物を世界一怖がっている=をよくよく理解しておく必要があるということも、改めて感じたことです。

ただ、逆説的ですがハッタツの人々の社会的価値は異物であることそれ自体ではないかと思っています。つまり自らの異物性を使いこなす上での基本知識の一つが、日本人の国民性の理解ではないかと思いました。

追伸:

この件は、日本人の「皮膚」と関係しているかなとも感じましたが、深くは考えていません。ただ、「日本人は皮膚の作りが他の国の人と少し違うのかな?」という仮説を持つにいたりました。しかし実際のところはよくわかりません。

もう少し述べると、どうも日本人は自他の区分をもたらす身体感覚/皮膚感覚が他の国の人とは少々違っているのではないかという気がしています。そしてそれは皮膚の違いに由来しているのかも知れません。

これはいずれ深く考えるかも知れません。なお、私よりもっと賢い他の方が解明してくれるのなら、それに越したことはありません。

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智ママ

ブルーさん

いつもハッとする視点をありがとうございます。
以下は、個人的意見です。

らい病の隔離政策と現代の支援・学校教育の流れはとても良く似ています。

まず、一般のクラスと隔離して、特別な(福祉の流れに乗るための)教育を受けさせ、いずれは支援学校の上の学校に進学させ、一般のレールの上には出てこないように誘導する。そのために診断・発達検査の結果・医師の判断など、全てが使われます。
その人を伸ばすためではなく、息子よりもずっとできるお子さんたちが、特別支援教育を経て、福祉につなげるだけで、多くが終わっているのが歯がゆくもあります。
一旦レールの上から外れたら、絶対にもとには戻れない、戻らせない。らい病患者の絶対的な隔離を彷彿とさせる、そんな仕組みができているように、私には見えます。

一般の社会人を経験しているお母さん方の中には、「治る、って言ったって、普通になるわけじゃないんだし。ちょっと良くなるぐらいでしょう?なら、行く道は同じなんだから、一緒じゃない。」「それよりは、発達の医師や、療育関係者や、施設運営者との間にパイプを作っておいたほうが、後々我が子のことで何かと頼ることになるんだから、いいんじゃない?」という方が多く見られました。
普通以外は、全てダメなんだから、十把一絡げにして、支援学校や、作業所や、工房や、施設に送り込んで、はいおしまい、という発想でおられたようです。

日本の社会が、多様性を認めにくく、障害を持ちながら働くことがまだ難しい社会であることをわかった上での、諦めだったようです。

私は、療育園でビリから二番目だった息子の発達を、諦めきれませんでした。
最初の療育園では、卒業時には真ん中(六人クラス)の発達に達していましたし、二番目の療育園でも、ビリから二番目で入園したのが、卒園時には上から三番目(八人クラス)になっていました。
小学校では、たぶん息子は、一年生の中で一番ビリです。ですが、まだ諦めがつかなくて、あれこれ頑張っています。

厳しいとわかっていても、それでも頑張って伸びようとするのが、大切なのではないかな?そのグラデーションの延長線上に、ブルーさんたちが居られるのではないかな?と、最近、そう思うようになってきました。

隔離政策が過ちだったことを国が認めたように、今の徐々に行われている隔離教育も、改めていってほしいものですが、それを待っていては息子は成人してしまいますので、さっさと伸びる方向にかじを切って、伸びてしまおうと思っています。

長文、失礼いたしました。

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snow

ハワイ旅行に行ったとき「(発達障害を)日本人は隠すけど、アメリカもドイツも隠さない。どんどん治療する」と言われてハッとしました。高学年娘はIQが中度寄りの軽度知的で就学相談で支援学校判定。歩いて2分の学校には行かず、バスではるか遠くの支援学校に行けと言われ断りました。すると教育委員会の方が「勉強よりも雑巾を絞ったり掃除をしたり、社会に出た時のお勉強をしましょう」と言ったのを思い出しました。言い方は悪いのですが、日本の支援教育=低賃金で働かせるための人材づくりにしか思えないのです。
そんな我が子は現在小6。大きなトラブルを起こしたことはなく、クラスに馴染んでいます。実は小学校に入学してから2年で中度寄りの軽度知的からグレーゾーン寄りの軽度知的まで数値が伸びました。前回の検査は体調不良の中、通所受給者証更新のために無理やり行ったため数値は出せませんでしたが、実生活の中では年齢相当の部分が増えてきました。隔離して雑巾の絞り方だけを教える生活にしなくて本当に良かったと思っています。
1年前から栄養療法、1か月前から花風社に出会って身体アプローチを始めたところ、この1ヶ月でものすごく語彙が増え、高度な言い回しをするようになり、効果を感じています。以前は全く本を読まなかった子がゲームの攻略本ですが毎日熱心に読んでいろいろ教えてくれます。
花風社様にもっと早く、せめて3月からの自粛期間に出会えていたらもっとたくさんの身体アプローチをできたのにと悔しい思い出いっぱいですが、確実に効果がでているので、もっともっと花風社様の本を読んで勉強したいと思っています。

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智ママ

4歳5歳の平仮名のドリルがそろそろ終わるので、多発奇形・中度知的・6歳の息子に試してみようかな?と思い、く◯んの幼児ドリルをお試しで、ネット上で閲覧してみました。

小学校の育成級でさせられているプリントが、2・3・4歳向けのく◯んのドリルのカラー拡大コピーだということがわかり、しばらく、あまりのことに唖然として、しばらく頭に血が上っていました。
4ヶ月、「く」「つ」「し」「へ」の書き取りだけさせられています。

息子にちょうど良さげなのは、3・4・5歳または4・5・6歳からなので、『筆圧が足りないから』という、教育の引き伸ばしの言葉は無視することにして、どんどん書かせていく予定です。

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智ママ

土曜日に、多発奇形・中度知的の6歳の息子が37.4度の微熱でした。
日曜日は、平熱でした。
月曜日は、また畳で寝ていたからか、37.5度の微熱でした。
他の症状は、まったくありませんでした。

37.5度あると、大学病院のサーモグラフィーに検知されて、中には入れなくなるので、心臓の直接受診を諦めて、電話受診に切り替えてもらいました。
楽しみにしていた、心臓医師と会うのと、受診後の売店でのアイスが食べられなくなった息子は、泣いて抗議しましたが、
「37.5あったら、大学病院には入れないからしかたないよ」と説明を繰り返して納得してもらいました。

一応、コロナ相談室に連絡してきいてみると、
「体温が上下するので、新型コロナではない可能性が高いです、一般の小児科に行っておいても大丈夫だと思いますが、電話連絡をしてから行ってください。」
ということでした。

夕方に、朝に報告と連絡をしていた、小学校からの連絡があり、
「心臓病があるので、なにかの感染症だとうつし合いますし、小学1年2年生同士で新型コロナにかかると非常に危険なので、できればご家庭で様子見をされておいてください」
とのことでした。

火曜日の夜明け前、ギリギリの発熱と認定するか、平熱と認定するか、な、息子の微妙な体温でした。

火曜日は文部省の活動の一環とかで、学校に劇団がきて演じてくれる、と担任の先生から一週間前から毎日、帰り際に説明を受けていたので、息子はたいそう劇を見るのを楽しみにしていました。
「これは、行けるかどうかわからんねえ」と告げると、大泣きで「しょうがっこう、いく!」「劇、みるの!」と言い続けました。

月曜に続いて火曜も在宅はきついし、できれば行かせてやりたいので、浴槽にお湯を張って、水遊びならぬお湯遊びをさせて、しばらくおいておきました。
しばらくして湯冷めする時間帯に、服を着せたまま体温を測ると、平熱に下がっており、土曜日の発熱も月曜日の発熱も、体の芯の冷えからくる反応だったことがわかりました。

息子は喜び勇んで、ランドセルを背負って劇を見に行き、担任の先生からため息をつかれて「お母さんの判断でなさった、ということで、よろしいですね?」と念を押されました。
給食時間に、給食を切りに行くと「魔女、こわかったの」と言っていました。

新型コロナが怖いので、学校も、保健センターの保健師も、37.5度の微熱(ぐったりしていなければ、小児科でも診てもらえないレベルの微熱です)の子どもを警戒して、根回しをして学校を休ませようとしたり、家庭訪問を取りやめようとしたり、と、2年前だとありえないほどバカバカしい状態が、普通のこと・慎重な判断ということにされています。

はやく、普通の生活に近くなるまで戻るといいな、と思います。

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智ママ

37.5度以上の発熱をしている子どもが、小児科にかかりたくても、「コロナ相談室に相談して、担当の〇〇さんから、『小児科にかかってください』と言われました」と電話口で告げないと、受診予約の電話も受け付けてもらえない(4月に「そういうシステムになっていますから!」と言われました)という状態で、突然の発熱の際には、本当に困ります。

春先の私の風邪のときには、新型コロナ相談室に、3日間で67回かけてやっと繋がったので、電話相談のために電話をかけ続けている間に、息子の状態が悪くなりはしないか、ヒヤヒヤしました。
今は、24時間体制で電話回線も少しは多く開設されているようです。

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智ママ

これをぼやくと、元仲間内では「かかったのが悪い」「かかると大変なのなら、最初から気をつけるべきだった」と、溺れかけている犬に向けて石を投げる行為と同じレベル(ライン上とはいえ、言論総括のようでした)のことをされたので、非常に不愉快でしたし、
「なんで、またかけてきた!」と言いたげな口調で電話に出て、しぶしぶ受診の予約を受け入れた総合病院(の看護師)には、もう極力行かないで済ませたいと思っています。

「今は、発熱しても、小児科も診てくれるところが少ないからですねえ・・・気をつけて生活されててください」
と心臓医師が苦笑いしながら言っていました。

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智ママ

浅見社長
 
ありがとうございます。

感染症が悪化して重度になったときにかかるよう大学病院から指定されている総合病院ですが、発達の受診(経過報告と経過観察)のために3ヶ月おきに訪れています。

春先に、現場の医療スタッフがパニック状態になるまで混んだあと、患者を減らす努力もされたらしく、徐々に患者数が少なくなっていって、2ヶ月前はスカスカでした。
そうなってから、看護師の対応が急ににこやかに変わりました。
上からの指示があったようです。

そこにかからなくて済んで、ホッとしました。

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ブルー

<カフェにて>

現状の私はフル・リモートワークになっているので、事実上の在宅勤務状態です。今日は仕事がひと段落したので、午後から散歩に出ました。屋外は晴れていて快適でした。

しばらく散歩をしているとカフェにたどり着きました。屋外のテラス席にも人がたくさん出ていました。私はアップルティーとチキンサンドを注文し、屋外のテラス席でのんびりしていました。

そうしたら隣の席の会話が、なんとなく耳に入ってきました。

「まあアスペルガーとか、そういう人・・・」

どうも、発達障害に関して話をしているようでした。そして私は興味がありませんでした。でも隣の席なので、なんとなく会話の断片が耳に入ってきました。私はBGM替わりに会話を聞き流していました。話をしているのは男性の2人組でした。

・・・話の断片を総合すると、どうも男性のうち一人は成人当事者のようでした。そして、その方は様々な経験を経て、発達障害の対処法を自分なりに編み出したようでした。

使っておられるパラダイムは、一般的なもののようでした。脳機能障害という理解をベースにしているようでした。また、環境調整や自己認識にも重点を置いている・・・つまり、当事者としてはフツーのことにしっかりと取り組んでおられるようでした。

私はそこで初めて少しだけ興味を覚えました。そして、話をしている男性に気がつかれないようにしながら、男性の顔を改めて確認しました。

「・・・確かに、『乗り越えた』当事者の方だ」

彼の表情や顔つきを見て、私はそう思いました。また、話し方や佇まいになんというか「勢い」を感じました。世代的には多分20代後半~30代前半くらいでしょうか。私より一回り下の世代です。

私はまた興味を失いかけました。自分の発達障害を乗り越えた成人当事者に対して、他の当時者が何かを言うのは余計なお世話です。ところが、最後にまたこの方は面白いことを言い出して、やっぱり私は関心をひかれたのです。

当事者の方:
「ところで、私がどうしてこのように対処できるようになったのか。それには理由があるのです。」

一緒にいた男性:
「ほうほう」

当事者の方:
「実は私、一卵性双生児なのです。で、双子の兄弟が私に特性がそっくりなんですよ。だから、兄弟を見ていると『俺ってこんな風に見えるんだ』となるのです。鏡を見ているみたいです。だから自分のことを分かる手助けになったというか」

一緒にいた男性:
「へ~面白いですね」

この当事者の方はかなりラッキーです。自己認識を正しくしていくのはとんでもなく時間を喰ったりしますが、そこを助けてくれる存在が身近にいたのです。

私はこの双子のエピソードを聞くと、また興味を失いました。それ以降の話は覚えていません。しばらくすると、私はカフェを後にしました。もう時間は夕方になっていました。

(おわり)

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浅見淳子

ブルーさん

すごい面白い話です。
視覚的にわかりやすいですよね。

それと別件ですが、最近アンチと廣木さんが途中まで似ていることに気づいたので、これを一度ブログにします。
オチがモビングに留まるか留まらないか、それが明暗を分けるというお話です。
楽しみにしておいてくださいね。

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ブルー

浅見さん

コメントありがとうございました。

>オチがモビングに留まるか留まらないか、それが明暗を分ける

⇒なるほど興味深いですね。楽しみにしております。

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智ママ

昨日の給食時間での会話です。

担任の先生「この小学校、大声で歌を歌わせているクラスがあるんですよねー。大丈夫かしら?簡単にうつってしまいますよね。」
私「?子どもは発症しても、軽くて済みますが?大声を出して歌うことで、ストレス発散になって、いいんじゃないですか?」
担任の先生「たしかに、それはいいんですけどね・・・おじいちゃんおばあちゃんにうつしてしまうと、オオゴトになるんですよねぇ。」

小学校の中で、小学生と同居(小学校では多数派ではない)のおじいちゃんおばあちゃんの健康まで考えてあげるなんて、優しいのか、責任をとりたくなくて慎重なのか、よくわからない発言だなぁ。と思いましたが、小学校の校舎の中でさえ、大声で歌うこと(ストレス解消にはとてもいいです)を担任によっては禁止されるなんて、学校の生徒が可哀想です。

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座波

パトカーで追跡中の被疑者が交通事故を起こして亡くなったりしても、警察は「追跡の仕方に問題はなかった」と発表することが少なくありませんよね。
以前は不思議でしたが今は「追跡方法のマニュアルに照らし合わせて違反はない」ということなのかなと考えています。
決められたことを間違わずに行うことが正しいこと、それをしている人が上位の人、もしかしたらそんな刷り込みが蔓延しているのかもしれません。それが公務員体質、ということなのでしょうか。

医療の世界でインフォームドコンセントの必要性、重要性が言われ始めた時、医師側に任せきりにするのではなく、患者側も主体的に治療に取り組むことがその目的の1つだったはずですが、今では「ちゃんと言いましたよね?」という医師側の責任回避のために使われることもあったりします。ちゃんとインフォームドコンセントしましたよね?といった具合です。

「自分はちゃんと決められたことをしました」というポーズを責任回避のために使っているのであれば、背景にあるのはやはり「恐怖」「不安」ということになりそうです。

ではどうするか?

まずは内的に安定できる身体にすること、そして外的な動揺にも動的平衡が保てるようにレベルアップを図り続けること、
神経発達障害治療で注目してきた身体アプローチはそれだけには限定されないのだとコロナ過で実感しています。無意識の強化、胆力の増進といったところでしょうか。
逆説的ですが、やはり発達障害はスペクトラムなのだと再認識しています。

智ママさんのコメントを読んで、こんなことを連想しました。

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智ママ

座次さん

コメントありがとうございます。

息子に施す以外にも、自分でもしている身体的アプローチによって、たしかに体質といいますか、心の体質のようなものが徐々に変化していることが、新型コロナの諸問題について考えたり、答えたりする際に気づくようになりました。
「うわっ」と思う光景に出合わせても、すぐにびっくり状態から回復します。
(例・手術後に息子が飲み込んでいた血をベッドで吐いたが、すぐに吐き皿を出して、看護師さんの手から溢れる吐いた血を受け止められた、おまけに吐いた当人の息子も動揺はしなかった、など)

発達障害の改善だけでなく、健康増進にはとても良さそうです。
問題は、たくましすぎる、可愛げのない母親になってしまうことですが、仰天する状態からすぐに回復して、原状回復や現状維持に働きかけて、被害を最小限に留めることができるのは、とてもいい方向に治ってきているな、と感じます。

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浅見淳子

横から失礼いたします。

そろそろ過剰なやってます感を醸し出すためだけの感染対策について考えなおさないと、子どもたちの発達が心配ですね。

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智ママ

浅見社長
コメントありがとうございます。

残念ながらすでにその影響は出てきていて、息子の通う小学校では、体育のときと、グラウンドを走り回るときには、マスクは外していいことになりましたが、給食は、まるで刑務所のように、全員そろって前を向いて、黙って食べるのが当たり前になってしまっています。

2年生以上の子どもたちにとっては、かなりなストレスになっていると思いますし、1年生に至っては、「黙って食べるのが小学校の食べ方」だと思わされているフシがあり、たとえ、普通の生活に明日から戻っていいことになったとしても、1年生に刷り込まされた「新生活様式」は、なかなか取れていかないのではないかと危惧しています。

まだ、リコーダーの練習はしている音が校舎から聞こえてくるので、楽器は使えるようですが、歌を歌って良い教室とそうでない教室があるようで、温度差が大きいようです。

幸い、育成級は子どもが二人だけなので、会話をそれぞれがしながら給食を摂っていますが、今後どうなるかは、まだわかりません。
できれば、周囲の高齢者のクレームばかり想定して怖がって小学生に我慢を強いるばかりではなく、小学校の教諭として、子どもへの影響を第一に考えて動いてほしいものです。

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座波

浅見さん

79年前と違うのは情報操作に限界があることだと思います。
おかしいと思っていない人までどうこうしようとするのは傲慢ですが、おかしいと思いながらも行動を変えられない人にとって、すでに行動を変えている人の存在は変化のきっかけの1つになるはずです。

どっとこむがそうなったように、変化を拡げることは可能ですよね。短期的には必要がなければマスクは外す、中長期的には身体の軸を整えブレないように身体アプローチに取り組んでいく。
企業社会の中ではなかなかの圧がかかっていますが(笑)、個人的にはすでに笑っていられる段階ではないと危機感を持って実践し続ける毎日です。子どもたちに犠牲を強いないために。

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浅見淳子

座波さん

そうですね。情報操作に限界がありますね。そして昨今の「治る」の広がりを見るとあれをもう一度やればいいのかなと思います。発達障害を治そうと言ったときは大騒ぎになりましたが、ノーマスクで街を歩いてもマスク警察は寄ってきません。横浜は都会だからかなと思いましたが、鹿児島にも高松にもマスク警察はいませんでした。

ガチのノーマスク勢は周囲に何人かいますが、皆インディの人たちですね。組織人は色々と本音と建て前の感染予防()をやらされていてなかなか大変なようなので、まずはインディな我々が動きます。

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智ママ

タオルを入れている浅い広めのプラスチックのカゴに、お尻を載せた、多発奇形・中度知的・6歳の息子が「車椅子!」と言って遊び始めました。
「車椅子は、エレベーターに乗るの!」と言って、橙色のカゴを前後に動かして遊んでいます。

・・・・きみ、足で、お尻を動かしてないかい??
自宅で、大学病院の患者ごっこしてるよ・・・
子どもの環境って、大切なんだなあ。と気づかされた、朝のひとときでありました。

そうは思ったものの、見立て遊びで、全身を使っているのを初めて見たので、ここに報告で書き込みます。

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ヨヨ子

精神医療の実態。
これは統合失調症患者さんのお話ですが、私は今現在精神病の世界で起きている問題が、数年後〜数十年後に神経発達障害の世界でも起こると考えています。
精神医療につながっているという点では精神障害者も発達障害者も同じですから。
なので貼らせてください。https://news.yahoo.co.jp/articles/d0867f390368c26adfd3cdebe1d4245c85277d58?page=1

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ヨヨ子

https://toyokeizai.net/articles/-/376169?page=2

もうひとつ。

「福祉や医療で働いている人達が悪さなんてするわけがない、我が子や自分の身を委ねていても大丈夫」
と考えている人達は医療や福祉に繋がれているまたは目をつけられているという状況が最悪の場合どういう結果になるかを知らないのだろうなあと思います。

私が精神医療に繋がれたのも、拉致のようなものでした。
統合失調症という診断が下されていないのに統合失調症薬(メジャートランキライザー)を複数出され、その副作用が出てパニックになっていたのを病気の悪化と取られ閉鎖病棟に連れていかれて5点拘束され、以後薬物漬け。
5点拘束は本来地方裁判所の許可がないと出来ないらしいのですが、私が拘束されてのは明らかに地方裁判所の許可が降りる前でした。
そして後年神田橋先生に「統合失調症でない人がメジャートランキライザーを飲むと想像とつかないことが起きる」と言われるような症状に見舞われ早10年。
発達障害だと分かった後でも、当時の主治医達からは「ベースに発達障害があったというだけで2次障害で統合失調症になったのだ」と言い張られ続けて一切謝罪なし。
セカンドオピニオン医達には発達障害だと言われたことはあっても統合失調症だなんて誰からも言われてことないのに。

そのせいか、平成の頃ならまだしも、令和の今では精神医療の怖さを知る手段がたくさんある上に投薬なしで脳を癒す方法も発見されたのに、よく発達障害者や発達障害児に精神科の受診=投薬治療を勧める支援者が絶えないものだと思ってしまいます。
最終的に上に貼ったような恐怖を味わうのは誰だと思っているのか、とも。

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ブルー

(※浅見さんのTwitterを見ていて)

各位

もしお時間がございましたら、グーグルにて
以下の検索をなさってみてください。

大変に示唆的です。

「ハーバード 希望 絶望 研究」

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智ママ

「お母さん、頑張りすぎると疲れるから、私達にお任せください」
(3歳の時に、重度の知的障害と判定されて、面談に来たときの療育園のスタッフ)
「小学校できちんと教えてもらえるから、ひらがな・カタカナは、いま教えなくていいですよ。育成級なら、ほぼ個別指導ですから、丁寧に教えてくれます」
(二番目の療育園のスタッフ)
「お母さん、学校に来るだけでも疲れると思うから、自宅ではできるだけゆっくりさせてあげてください」
(担任の先生)

言葉通りに受け取って、「はい、ありがとうございます」と言って安心していた自分の頭を、殴りたい気分でいっぱいです。
自分で、自分の子の子育てをしないで、誰が子育てをするのでしょう??
甘い言葉に勘違いをして、知らなかったこととはいえ、本来ならするべきことをサボっていただけです。
この子は特別な子なんだから(医師も福祉系の方も口を揃えてそう言われるし)、教育のプロである先生方の指示に、素直に従っていれば、それでいいのかも。と思っていた自分が、バカでした。

ボタンはめ・自力での身支度・ひらがな・カタカナ。
あれもこれも、できていないことばかり。
幸い、座学は短時間集中ならできますし、ボタンはめも、途中で投げ出したりはしない息子で、助かってはいます。

それでも、大人になった時にできることを増やすために、少しずつでも進もう。
そう思って、コツコツやり始めています。

やるべき課題が山積しているのに気づいて、少し途方に暮れかかりましたが、気を取り直して、一歩一歩進みたいと思います。

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智ママ

息子が生まれてから退院したあと、担当の保健師が来て、以下の指示を出しました。

・ひ◯こクラブを見ない(健常児を違うのを知って落ち込むから)
・児童館に行かない(健常児からウイルスを移されるから、というのは表向きで、健常児と息子を比べてしまうと落ち込むから)
・医師の言うことには絶対に従う
・自宅を購入しない(子どもが生活保護を受けるのに邪魔になるから、両親が戸建てを持たないように誘導しておく)
・散歩はしていいが、他の子と遊ばせたらダメ、じっと見てもダメ(健常の世界を知ったら、以下略)
・虐待しそうになったら連絡すること(保健師がなだめるから)
・殺しそうになったら、連絡すること(施設に保護する手続きをとるから)

いま考えるとかなりな保健師ですが、当時は障害児を出産したということで、動転していて、全てそのままにハイ、ハイ、と受け入れてしまっていました。
ずいぶん、バカにされていたんですね。

先日、主人が自宅に帰ってきた時にこのことを告げたら、「家をもつな、なんて、財産権の侵害だ!」と、大変に怒っていました。

その最初の扱いが普通なのだろうと思いながらの多発奇形育児で、3歳まで育てて、重度知的と重度発達の判定が出ての、二週間以内の療育園デビューでした。

ですから、私は普通の子育てや、普通のママ友との体験を知りません。

ですが、出産後すぐから、かなりなことをされながら育児をしてきたことを、最近になって知った次第です。

どうか、いま乳児育児や、幼児育児をなさっているお母さんで、私の体験したようなことを言われている方がいたら、すぐにおかしいと気づいてください。
障害児の親にも、人権は、あります。

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こじはるファン

智ママさん、はじめまして。30代当事者の者です。

仕事のお部屋で就職率90%以上と話題に上がっていた就労移行支援の元訓練生(現在は、働いております。)の者ですが、ここまでのことは受けなくてもやたらと当事者との関わりのみが大事と強調してくる支援者がいました。そして、健常者と比べなくていいと言っているところでした。健常者みたいになると、努力しない当事者との差が開きすぎるので嫌なのでしょうかね?

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智ママ

こじはるファンさん

コメントありがとうございます。

児童館へ行く→そこに来ている健常者と我が子を比べると落ち込む→我が子の育児に身が入らなくなる→育児放棄または虐待で施設に保護することになる→自治体の負担が増(福祉の育児施設は虐待系のお子さんでパンパンしており、障害系のお子さんに手をかける人員が確保しにくいそうです・市の都合ですが)
だから、生かさず殺さず育児し続けて親がにっちもさっちも行かなくなったあとに、最終的に福祉の手を借りるようにして、
まずはあらかじめ外界から遮断し、親が自分たちの言いなりになるように誘導していく、という、重度障害児を生んだ親に向けてのマニュアルを、施されていたようです。

息子が中程度の知的になったと保健センターに知らせると、パタリとその誘導はなくなり、経過を知った教育委員会は重度向けのお決まりの支援学校コースを勧めましたが、就学相談でひっくり返す成績を残した息子は、晴れて小学校の育成級に進学できることになりました。

健常者に向かっても、普通にはならない子なんだよ。と、言いたそうな曖昧な笑みを浮かべて、中程度になったという報告を聞いていた数代目の保健師でしたが、バカにして鼻で笑わないだけ、最初の保健師よりずっとましです。

他害すれすれのことをされたのでスタッフに報告すると、
どの子もいくら頑張ったって障害者なんだから、障害者の世界で仲良くやって。(口が裂けても障害者という言葉は使いませんが、意味としては同じニュアンスで『同じような子』という言葉を使っていました)
というスタンスが、よく見える最初の療育園でした。

いくら頑張っても、普通の人(理想的なビジネスマン)には育たないのだから、手のかからない、トラブルがないようなレベルで、そこそこの時間潰しをしてくれたらいいよ。という、重度知的・重度発達の療育クラスでした。

ですから、大人の軽度から中程度の発達の方が通われる支援施設で、同じように時間潰しコースを施す施設があったとしても、ひどくは驚きません。

『普通(理想的な普通)以外は、みんなハズレだから、重度・最重度以外は一緒くたにして箱に詰めてしまおう』という認識が、施設や制度を設定する側にあって、そうなっているかのように見受けられました。
実際は、発達はグラデーションになっていて、ちょっと訓練すれば社会に羽ばたけるレベルの方・頑張れば社会に適応できる方なども、訓練施設の中にごちゃまぜに入っていると思われますが、その方たちも一緒にして伸びないような訓練をさせているとすれば、実にもったいない話だと思います。

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智ママ

すみません、質問にきれいに回答できていませんでした。

努力する発達の人が伸びる→レベルの高い指導をすれば社会に飛び立てるにもかかわらず、そのコースを設定するのが手間暇かかるし、社会に飛び立つにしても就業先がフルで普通の人とやりとりできる場所が少ない
・・・・なので、伸びていく人と伸び悩む人とのトラブルを避けるためにも、あえて伸びないように誘導をかけて、発達同士でまとまるようにしておいたほうが手間がかからない、という事情があるのではないかと推測しています。

普通の人と自分を比べて、落ち込んで、二次障害を起こしてこじらせてしまうのを、非常に行政は嫌うので(手間がかかるし、その人に予算もかかるから)、あえて低く目標設定をしているのではないかと思います。

実際は、発達の人を伸ばして社会に旅立たせて、納税者になるまでにしてしまえば、自治体にとっては微々たるがくでもプラスになるので、いいことなのではないか?と思うのですが。
もったいない現状です。

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ヨヨ子

智ママさん。こんにちは。
こじはるファンさんへの返信であることを承知の上でコメントさせて頂きます。 

私は成人障害者向け支援のもったいなさも、障害児向け教育のもったいなさも、根元は同じだと思っています。

キーワードは智ママさんの投稿した文章にある「手間がかからない」「手間がかかる」です。

障害者全員を支援員の目の届く道を歩ませるのが、支援者にとって一番手間がかからない。
自分達の目の届かない場所に行かれたり、自分達の知らない知識を得られる場所に行かれたら、自分達が対処できないから。
だから目の届く場所のみに誘導する。

では、なぜ手間をかけるのが嫌なのか。
それは支援者が当事者やその親の人生が台無しになっても痛くも痒くもないから。
自分自身も発達障害や愛着障害や体の不具合を抱えていて、当事者に手間をかける体力や精神力が無いから。
そしてそういう人に限って支援者になる傾向があり、支援者や当事者の多くがそれに疑問を持たないから。
それどころか生きづらさを抱えた同志なら上手くやっていけるだろうという気持ち悪い考えすら持っているから。現にインターネットや書籍でそういう理由から作業所職員や放課後デイサービスで働くことを決めた人、たまに見ます。こちらからしたら同類愛哀れむ精神の支援者なんかに指導されたくないのに。

少なくとも私はそう思っています。

そして、その考えはこちらのお部屋の智ママさんの書き込みを見て確信に変わりました。

結局のところ、本気で障害者に手間をかけたい支援者なんてごくわずかなんだと思います。
私が仕事のお部屋に上げた就労移行支援事業所の実態シリーズ?の画像にある事柄だってそうです。
利用者を本気で就職させたいなら、訓練開始時間が10時で訓練終了時間が3時〜4時なんて、どう考えてもおかしい。
こんな時間帯にだけ外で訓練出来るようになったところでどんな仕事に就けというのか。
生活習慣を整える為だけに都合よく上手く利用してやろうと思っても、穏便に退所するが難しいのでそういう利用方法も危険ときてる。通所する為の説明はしても対処する為の説明をしている事業所は殆ど無いからです。これも支援員にとって「手間がかかる」からでしょう。通所者がずっと一ヶ所に止まってくれれば退所書類とか書かずに済むし退所や退所後についての面談をしなくて済みますから。

手間がかかるかからないでこちらの人生を左右されるなんてたまったもんじゃありません。
しかしそれが福祉の世界の現実なのだと思います。
そしてその状態を変えるのはおそらく不可能です。
障害者に希望を見出せるのはその人の才能であり、当事者側の啓蒙でどうにかなるものではないから。
だからこそ、脱支援や支援の断捨離を当事者側が行わなければいけないんだと思います。

智ママさんの障害児支援員の残酷さが分かる投稿が、そうしたことに気がついていない親御さんや、何かがおかしいと気付いて入るが確信には至っていない親御さんが、脱支援・支援の断捨離に向かう突破口になればいいなと思います。

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智ママ

ヨヨ子さん
深いコメント、どうもありがとうございます。

大学病院に通院していて、書き込みに気づくのが遅れました。
申し訳ありません。

小学校・中学校・高校の教師にも、たまに、「卒業したらもう知らない。」という方がいますが、療育園の系統はそれが顕著です。

OB訪問すると、珍しいらしく、たいそう喜ばれますが、こちらの体験を活かして、次の療育の改善につなげる、と言った要素がほとんど見受けられません。やる気のある支援員の方のみ、早くに見切りをつけて辞めていかれます。支援員同士でのイジメのようなものも見ました。
一応、現場の母親には、形ばかりは意見を汲み上げる用紙は配られますが、それが吸い上げられて、現場の改善に繋がるかどうかは、また別のところで引っかかっているようです。(ほぼ、形ばかりです)

公金を半端なくかけて、なんでわざわざ伸びない療育を施しているのだろう??と思っていましたが、自分たちが羊のように管理されているだけで、あえて伸びさせないようにして、利用料だけがほしい。という、非常に悪質な方法で利用されているだけだと知り、怒りを覚えました。

療育に入るまでは、「社会のお荷物になる、お金ばかりかかる、福祉の子」扱いされて「だから、そんな子を生んだ親も小さくなっていなければいけないわよ」と誘導されていました。
道を歩いていて、通りすがりのおばあさんに、あからさまにそう言われたこともあります。

ある程度育って、療育を利用して伸びるかといえば、今度は飼い殺しで、社会からお金を引き出すだけの道具としかみなされず、子どもの学習機会が奪われたまま、素人の親が頑張って育て続けても、プロである療育者や教育者から、面と向かっては曖昧な笑いを向けられ、影では話にあげられるとせせら笑われる、という現状です。

こちらのことをせせら笑うぐらいなら、誘導かけて、きちんと発達させて、成長した結果、伸びたから卒業します。とすればいいのに。
そう思いましたが、私と支援者は違う人間ですので、考え方も違います。それだからしかたないのかな?と思って、我慢しながら今まで育ててきました。

私達は、いつまで社会のお荷物扱いされて、頑張りを、支援者から、せせら笑われ続けなければならないのだろう??と純粋に疑問を感じながらの、ここ1年間でしたが。
あちらは、そういう対象を欲しがっていて、こちらを無理矢理にでも加工して、利用しているだけなのですね。

ならば、こちらは、ただ、伸びるだけです。伸びて、普通に近いサービスを受けられるように育つだけです。

方針は、あまり変わりませんが、『あちらがそうするのなら、こちらは意地でも伸びておこう』と決意を新たにするきっかけになった、ヨヨ子さんの書き込みでした。

ありがとうございました。

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ちょこ

Zoom視聴「医者が教えてくれない育ちのアセスメント」
昨日の期限ギリギリまで視聴しました(計5回)
一言では言い表せない程の濃厚な内容。
栗本さん大久保さん、浅見社長、ボリンゴさん、ありがとうございました!

さて…まずワクワクしながら一度目を視聴し、改めて栗本さん大久保さんの知識量や経験に驚き、時には「それそれ!」と声に出し頷き(Zoomならでは‪𐤔𐤔‬)
自分自身の子育てとすり合わせて行く感覚でした。
既に息子が治っている為、お二人のお話しで答え合わせをし、次の娘の課題などが明確になりました。
二度目以降は、気付けば自分も質問されたご家族の疑問に「何故だろうか?」と一緒に考え、お二人と同じ様な答えに辿り着き「やっぱりそうだよね!」とまた声を上げる…
なんとも不思議な感覚でした。

我が子のこれからの課題に目を向ける「保護者視点」「支援する側の視点」「最近、花風社クラスタさんになった保護者視点」などなど…様々な視点から見て考える事の出来る動画でした。
また、質疑応答で数年前との子育てに対する親の在り方…子供の見方…?
の変化なども身近に感じられ新鮮でした。

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智ママ

多発奇形・中度知的障害の息子のプリントは、1年生の10月に入ったというのに、いまだに3歳児向けの、曲線引きと『仲間と仲間を線で結びましょう』レベルのプリントのみで課題が終わっています。
『多発奇形だから、さして伸びないだろう』と思われているようです。
たまに、「し」「く」「つ」「い」の書き取りがあるだけです。

学校の進度にしびれを切らして、夏休みより、3歳のドリルから4歳のドリルに移行して、させはじめて、4歳のドリルが3冊めになりました。
平仮名に対しての苦手感はなく、中学校にいきたいなら。と課題に取り組んでいます。
運筆の訓練には、3歳向けの迷路ドリルがスイスイ解けるところまできました。

小学校の遠足がありますが、手術後の息子は参加できません。
そこで、「課題を出しましょうか?」と担任の先生が申し出られましたが、「いえ、自宅で4歳のドリルをさせていっていますので、それの重点的にさせようと思います」と返しました。

先生の顔色が変わり、「文字には記号の意味だけではなく、単語の一部という意味合いもあるから、文字を書きながら、単語を覚えさせましょう!」と必死に言い始めました。
・・・・文字は、文字という音声記号であり、意味と広がりはあとから付いてくると思いますが・・・・
ひょっとして、まさか、先生、家庭の進度を遅らせようとしている??

と、思いましたが、ことを荒立てたくないので、「はい、わかりました」と言って、そのまま帰りました。

入学して半年。
学校で書ける文字が、一筆で書けるたった4,5文字の平仮名だけ。
これは、教育機関として、どうだろうか?怠慢ではないのか?
もうひとりの知的に遅れがない多動のお子さんは、5歳から6歳の課題をどんどんしていっています。
息子は、いつまでも3歳の課題のままです。
先生、うちの子が多発奇形だから、なんにもできないと思って、あえてさせないでおいていませんか??

と思いましたが、学校に任せていては、息子の希望する公立の中学校にとうてい進学できないので、家庭で4歳から5歳の平仮名・カタカナ、時計の読み方、4歳の迷路、と、次々に薄いドリルをさせていくことにしました。

学校と対峙してどうこうしようとは思っていませんが、わずかでもできる余地がある子を、そのままにしてわざと進度を遅らせるのは、おかしいと思います。
人任せにできないなら、自力でやるだけです。

息子には、まだ未来があるので、学校におまかせできないならば、家庭でバリバリしていこうと思います。

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智ママ

『理想の小1教育をしたいと思います。』と仰った担任の先生は、
3ヶ月絵本の読み聞かせをして、
1ヶ月『あいうえおのうた』で馴染ませて、
今、息子に、一筆書きで書ける、平仮名4文字の書き取りをさせていっています。
母親が4歳の平仮名の書き取りを進めると、何も知らないままでいる息子ではなくなるため、都合が悪いのでしょう。

息子はまだ中程度知的障害なので、とうてい軽度にはなれない。と見きって、
小学校→支援学校中等部→B型作業所と福祉施設、の、お決まりの福祉フルコースに送る気でおられるようです。

理想の1年生教育とは、ゆっくりとイメージを積み重ねて、一文字一文字を単語に関連付け続けて、やっと進める、身についた国語(実社会では記号としての文字が駆使できないと話になりませんが)教育を始めとした、クレームのつきにくい育成級の教育でしか行えないものであるようです。

花風社でいう、いわゆるめんどりコースにのせるために、理想の小1教育を行っている。
なんとも、皮肉な現状に見えます。

頑張ってできないなら、まだ諦めもつきますが、最初から頑張らせないで、あえてできないままでおいて、『お子さんは、勉強ができないから、支援学校中等部に行ってください』というのは、親としては、かなり納得がいきません。

あくまで頑張らせたくないのが学校の方針ならば、しかたがないので、少しでも文字が書けるように、計算ができるように、手立てを家庭でつけていこうと思います。

家庭でもできることを増やして、少しでも稼げる大人に近づいて、将来、働きながら余暇を列車の旅をして、一人でも楽しめるようにしておいてあげたい。と、思って、息子の発達を促しています。

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智ママ

本日、息子の通う小学校で、運動会がありました。
低学年・中学年・高学年と割り振って、それぞれで運動場を使い、息子は術後なので体が冷えないように私服で椅子に腰掛けて観戦しました。
観戦の親御さんも、子どもさんの走っている時間帯だけに来て、撮影して帰っていました。
その後は、上級生の育成級に入れてもらって、そこで授業をしながらZOOM観戦でした。

校長先生の挨拶もZOOMで見ました。
午前中の授業だけでお迎えに行ったとき、息子は机につきながら伸びていました。臨場感がないので、緊張感が続かなかったようです。
同学年の多動のお子さんは、緊張から開放されてはっちゃけてしまって、教室内では暴れ放題の状態でした。

生のZOOMは始めてみました。
タイムラグがあって、テレビ画面から音声が聞こえてくるので、どちらに照準を合わせたらいいのか迷いましたが、慣れるとなかなかわかりやすいものでした。

しかし,このような運動会は、一回で済んでほしいものだと思いました。

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智ママ

最近、なんかイライラするなあ。疲れやすいし。と思ったら、息子の声が耳に響いて、頭で処理しきれなくなったからのようです。

とある場所で、たまたま息子の通っている言語聴覚士とばったり会ったのですが、息子の発音を聞いてもらって、最近イライラして疲れやすいことを告げました。
すると、息子の口の構造が手術によって劇的に変わったので、発音がクリアに変わって、それでしゃべり倒す息子に、母親の耳がついていけずに悲鳴をあげている状態だと指摘されました。

今まで何回も聞き返していた発音が、一発で聞き取れるようになったことは大変にありがたいのですが、息子から、ここまでクリアに、近くで大きい声で話され続けると、かなり辛いものがあります。
(当人は、話すことがすぐに通じるので、お話が嬉しくてたまらないらしいです)

私の耳が息子の声の変化に慣れるまで、待つしかないかな・・・と思いながら、寝る前に、一人金魚と一人指回しをしています。

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智ママ

多発奇形・中度知的障害の6歳の息子をこれまで3年間見ていて、思うことです。

・感覚過敏がなくなると、自分の世界にこもって休むことが減るため、自然に外界との接触が増えて、経験値が上がっていく。
また、外界が見えるようになってくるため、人間観察するゆとりができるようになる。結果、更に人間関係の経験値が上がっていく。
・運動するのに不都合のない体に変わっていくと、動きがスムーズになり、経験値が上がる手助けをすることができるようになる。
・質のいい睡眠ができるようになると、疲れを翌日に持ち越さなくなるので、活動量が増える。また、発達の進度も上がる。
・発達の進度が上がると、できることが増えるので、暮らすことが楽になる。結果、また経験値が上がり、人格形成に必要な体験も自分の中に留め置くことができるようになる。結果、人格も以前よりは成長する。

この繰り返しで、発達が改善されて治っていく。そんな気がします。

息子は、爬虫類の脳が一部、まるごと欠損しています。
「ほんとに発達が進むかしら?脳がないのに。でも、このまま放置しているのももったいないから、とりあえず、できることは何でもやってみよう」と思って、ぽつぽつと親にできることをして増やしていったところ、いつの間にか息子は発達が進んでいました。
もし、息子に脳がフルで備わっていたら、多発奇形の身体でなかったならば(心奇形もなく、脳梁欠損や脳室拡大でなかったならば)、もっと発達は伸びているのではないかと思います。

ですが、現実は、医学的に奇跡と言われるような脳の使い方をして、毎日したいことを相手に伝えて、動いて、駆け引きをして、なんとかして自分の要求と相手の都合を折り合わせていこうとする毎日を過ごしているので、
「今の装備(持って生まれた身体)で、できることをしながら、伸びていけばいいよね?」という考えで育児を進めています。
先週に撮影した、頭部のMRIの結果が、楽しみです。

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ハンモック

智ママさん、こんにちは。冒頭に書かれている「発達が改善されて治っていく」プロセス、本当におっしゃる通りだと思います!わが子の育児を通して、同じようにぼんやりと感じていたので、とても共感しました。わかりやすく書いてくださり、ありがとうございます(^^)

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智ママ

ハンモックさん

恐縮です。こちらこそ、コメントありがとうございます。

治っていかれたお子さんのお母さんは、みなさん、言葉にするかしないかの違いだけで、このことを実感されておられるようです。
『治る、って、どういうこと?』とどっとこむに来られて疑問に感じられる方に、言語化しておいたほうがわかりやすいかな?と思い、書きました。

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