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仕事のお部屋

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752 COMMENTS

ブルー

<自閉の学び、その制約条件>

一旦、独立項目として書きます。
最終的には、この件を特定アンチ考察にも組み込みます。

まず、浅見さんのコメントから。

========================================================

資格試験ねえ。個人的にはまったく感心しない。たしかにブルーさんがおっしゃるように勉強は必要。毎日毎日勉強が必要なのが社会人。
でも資格試験っていうのはそのインプットとアウトプットが構造化されていて、頭の悪い人にはわかりやすいんだろうけどだからこそサバイバル能力には乏しい人が飛びつく傾向があり。だから自閉圏の人はわりと資格試験好き。自発的に道を切り開けない分、構造化されたインプットとアウトプットを好む、っていうかそれしかできない感じ。

その資格試験に貴重なリソースを割いてしまうこと自体、私からみると「生き方のセンスがない」。

=========================================================

⇒これ、まんまその通りです。たくさんの自閉の成人をご覧になったからこそお分かりになるのだと思います。

自閉の人の学び方に関しては、以前当事者の方への返信でも記載したことがありますが、今回もさらに記載します。

それから最初に踏まえて頂きたいのは、この論考は資格試験ディスリではないということです。また、資格試験に取り組んでいる自閉の人をディスるものでもありません。

自閉の学びには制約条件が出がち、という話です。

それでは検討してみましょう。

■自閉の人と資格試験

私自身、(自閉の御多分に漏れず)それなりの労力を今までの人生で資格試験に割いてきました。私は「○○3級」「○○準2級」とか、「○○初級」とか、その手の初歩的な資格をずいぶんたくさん持っています。

しかし当然ながら、このサイトで言うこともありませんでしたし、ましてや履歴書にはまず書きません。

それは、↓こちらの就活スクールの社長も仰っているように

【就活】MOSを履歴書やESで書かない方が良い理由を解説します!
https://www.youtube.com/watch?v=Gc8xMo5_ETs
(就活塾 ホワイトアカデミー)

この手の基本資格は「できて当たり前」の事なのと、それをアピールするとポテンシャルが低い人に見られるからです。わざわざ他人に言う事ではありません。

また、私自身も

「こうやって基本資格を色々と学んでいるのは、向学心にあふれるから、ではない。こういう時間をわざわざ取らないと物事を感覚的に習得できないからだ」

「やれやれ」

と思っていました。

■制約条件1_情報の取捨選択

自閉の人が学ぶときに、まず問題になるのは情報の取捨選択です。つまり言語情報や、非言語情報からポイントを絞る時に、そもそもポイントを絞ることが苦手になりがちです。

かつ、自閉の人が「ポイントだ」と思っている事柄も、定型とは違った事柄を抽出していることがあります。それは「間違い」のこともあれば「ユニークネス」の事もあるのですが。

定型と自閉とでは眼の付け所が良くも悪くも異なるのです。

資格試験はそもそも試験委員によって、出題範囲と、過去の試験実績から頻出ポイントが決まっています。つまり専門家によって定型から見ても違和感のないポイントが絞られているのです。

だから自閉が学ぶには便利、となります。

■制約条件2_同時並行処理

もちろん先に上げたMOSのスタンダードのように、きちんと勉強しないと体得しにくいタイプのスキルも世の中には多くあります。文系にとってのIT系は特にそうです。

ただ、同時に実務経験の中で体得していける学びもあります。例えば私が最初に勤めた会社の役員は、簿記の資格は持っていませんでした。

しかし、職務を通じた経験と自分なりの勉強で、製造原価計算のかなり奥深い理論まで「実戦に使える形で体得」していました。

まあ理系の大学を出た人でしたし、数字には強く、頭も素晴らしくいい人でしたが。かつ営業にも強かったです。結局その役員さん、その後に社長へ昇格となりました。

ともあれ、実務を通じて「やりながら学ぶ」というのは、実は同時並行処理です。「やる」と「学ぶ」が同時に発生しています。つまりマルチタスクですから、自閉の人が苦手とする場合も多々あります。

そこで、「やる」と「学ぶ」を分割する必要に迫られます。資格試験は「学ぶ」だけに特化したものですから、これまた自閉には便利です。

■サバイバル能力

サバイバル能力というのは、上記の2つを非言語情報下にて、身体で行うことです。

状況から、生存なり課題解決に必要なポイントを抽出する。そして試行錯誤を行いながら、やり方とサバイバルルートを編み出してしまう。

こういうことが苦手な自閉の人は(定型が観ると)妙なポイントに執着し、実戦的なやり方があることにも気がつかないで、ずっと同じ場所をぐるぐるぐるぐると10年くらい(場合によっては一生)回る危険性があります。

時折、当事者の人が「自分の人生だけ時が止まっている感覚」に言及することがあります。同じ所をぐるぐる回るからです。

私が

・手帳を取った時も、
・それを使って障害者採用で転職をした時も、
・あるいは正社員化をした時も
・そして手帳返納した時も

そうなのですが、自分の人生を「リスクがあっても少し強引に」前に進めるようにしているのは、自閉が陥りがちな「人生停止」を防ぐためです。

それにはこのようなメカニズムが隠れているということです。

最後に。

もう一度繰り返しますがこの論考は資格試験ディスリではありません。また、資格試験を学んでいる自閉の人をディスるものでもありません。

私だって実地で学べず、基本資格を使用せざるを得ないことが多々ありました。ただそれは「ちゃんと学んでいるのだドヤア」にはならないということです。

「自閉の学びには制約条件が出がち」という事が今回の論考のポイントです。

ともあれコメント欄のやり取りを通じて、「自閉の人の学び方」に関しての言語化が進んでいます。

ありがとうございます。これも特定アンチ考察に入れます。

今後とも宜しくお願い致します。

返信する
ブルー

自閉は自然に学べない。

自発的に学ぶ必要があるが、
それでドヤ顔をするのはお門違い。

そもそも定型は無意識に、自然に学んでいる。
その上でさらに意識的な学びを積む。

つまりこの件こそは、
自閉と定型のパフォーマンス差を生む最たるものである。

成人当事者にとって、最重要な件の一つ。
ではどうするか、ということはまたいずれ別の記事で。

返信する
yasu

ブルーさん、面白い考察ありがとうございます。

ブルーさんと浅見さんのやりとりを見ていて、資格試験やスキルの取得で、自閉圏の人は「鍛えられる」という形で学ぶのが難しいのかなと思いました。この場合、鍛えてくれるのは「環境=周り」ですね。

私の身近にある卑近な例だと英語なんですが、TOEICという検定試験(ほぼ資格試験のようなもの)があって、入社試験や海外赴任の目安として用いられたりします。がしかしこれで高得点取っていても「使える英語」が身についているかは人に依ります。以前、商社の人が、「商社に入社すればイヤでも英語は鍛えられるので、英語ができるからドヤ顔するのは違う」と言っていたことを思い出しました。一人で海外出張にただき出されて外人に囲まれ、交渉(お金が絡むとなお良い)しなければならないといった修羅場を踏んでこそ、度胸も含めて「鍛えられる」のだろうと思いますし、これ以外の道はちょっと考えられないです。(電話会議で日本とつないでもいいんですけど、話が複雑になってくると日本勢は黙りますからね(笑))

返信する
ブルー

yasuさん

コメントありがとうございます。

yasuさんの投稿を拝読させて頂いて考えてみるに、私の単語に変換致しますと

・揉まれる

になると感じます。

社会に揉まれて学ぶ、というのは自閉の人は苦手とする所ですね。そもそも、周囲の人が自閉の人の扱いに困るので、職場やコミュニティからリリースされたりもします。

また、なんというか運よくその環境に留まれて、その後に揉まれてもずっと同じなんですよ。これ当事者の人にも応答したことがあるのですが。多少は変化するところもあるにせよ、学習効率が今一つだったりします。

言い方を変えると「身につかない」。

語学を実務で覚えることも含めて、ここでの論点は身体的な学びだと思います。実際に語学はよく「五感で学びましょう」みたいな事が言われたりしますし。

しかし、(花風社クラスタの共通理解として)自閉の人はそもそもその五感にバグがあったりします。バグとはいわずとも、アンバランスだったりとか。

あるいは身体的学びといっても、そもそもの身体が定型と違っている。あるいはアタマとカラダの繋がりが不十分だったりとか。

学ぶ際にも全身を使えないわけです。五感はバグってる。カラダはアタマの味方をしてくれない。

仕方ないのでアタマと眼と手だけでなんとかする=資格試験、みたいな話です。

実際、身体アプローチをやっていくと、(ゆっくりではあっても)学びが「身につくようになる」感じがします。別に学習効率の測定とかを定量的にやってないですよ。ただ、そんな感じがするということです。

そしてこの件は、人生経験全体、特に人格的成熟にも影響を及ぼすと考えています。人は人の中で、「揉まれて」非言語的に学び、そして成熟していきます。

ところが自閉の人は・・・というわけです。そもそもコミュニティから弾かれる。定型の人にしてみれば「宇宙人」「仙人」。意味不明。

自閉は自閉で、定型が何を面白がっているのかさっぱり分からない。(例:雑談、デート、他)

なんというか成熟する経験を積む手前の段階で話が断絶している感じです。発達の人にとって「年相応」というのは中々に高いハードルだったりしますが、それも元をたどるとこの話だと考えます。

いずれにせよこの件は成人当事者の人生を規定します。その点で最重要ですが、やはり身体側からのアプローチが有効と考えます。

とりあえず「成熟」に関してはこのへんでやめます。さらに深い話がありますが、それはいずれこのサイトで書くかも知れません。

今後とも宜しくお願い致します。

返信する
浅見淳子

yasuさん、いきなり海外出張に送り出された私が通ります。
数字、すごい緊張しました。間違えると大変だし。
五万、50000は日本語では5×1万ですが、英語では50×千です。fifty thousand です。
五十万、500000に至ってはfivehundredthousandです。何言ってるかわかりますよね?

でも行ってみたらわりとすいすい変換できました。
私は資格をなんにも持っていないので、今後留学(爆)か就活(爆)の機会があったらTOEIC受けてみます。もちろん試験会場がマスクフリーになってからですが(爆)。

返信する
ブルー

<花風社アンチの考察・コラム>
「モビングの発生機序」

今回はコラムといった感じの記事です。

■モビングの観方

モビングがあった場合は、時間経過を逆に辿ってみると発生原因が分かることがあります。

先日、あるお母さまの

・学力も感覚過敏も「上がらないもの・治らないもの」じゃない
・多動も他害も治る
・自信を持って頑張って

という希望と元気にあふれたツイートに、複数のアンチが群がって不満を言っていました。典型的モビングの風景です。

「治る」の定義に不満を言っていたアンチもいました(これも定番)。しかしアンチが何を言っているかは本質ではありません。

確かにアンチは「治る」という単語に過敏に反応します。だから一見するとアンチ達は先ほどの元気なツイートが持つ、明るい希望のエネルギーと「治る」という単語に反発しているように見えます。

確かにそれはそうなのです。しかし、本質的ポイントはその前の2つのツイートです。

先ほどのお母さまによれば

・「幼少期、典型的な受動型自閉症だった」お子様が、今では「授業でMVP取る」程になった。

⇒おめでとうございます。大変素晴らしいです。成人の私まで嬉しいです。お子様の今後のますますの活躍を期待致します。

・・・実は、この「自閉だったお子様が、今では授業でMVP」のツイートがアンチに対して心理的殺傷力を出しています。我々は喜びますが、アンチはやられます。

「授業でMVP」のツイートにはアンチはまず反応できません。しかし、心理にぶっ刺さります。心理にぶっ刺さるということは侵襲感覚が発生しますから、モビングで吐き出したくなります。

機序を細かくみれば「治る」だけに単純に反発したアンチも多いでしょうし、「自閉だったお子様、今では授業でMVP」のツイートが心理的にぶっ刺さり、その後「治る」という単語が出てきたので噛みついたアンチもいるでしょう。

いずれにせよ、アンチに対する「治った自慢」「治っておいて良かった自慢」の壮絶な心理的殺傷力は相変わらずです。

アンチのモビングがあった時、時間経過を逆に辿ると、往々にしてクラスタの方の「治った自慢」があります。

追伸:

今回のモビング騒動において最初に反応したアンチはおそらく「授業でMVP」がダイレクトにぶっ刺さり、その後「治る」に噛みついたのです。

そして、その「『治る』に噛みついたツイート」に、他のアンチが寄ってきて、モビング騒動です。

そこで、最初に反応したと思われるアンチの属性を観ると・・・。

これ以上はもうやめます。

アンチに関しては何でも論評してきました。しかし事の発端になったと思われる、最も残酷なこの件はアンチ考察とはまた違う話のように思います。

そしてこの件につきまして、私が何かを言うことは僭越と考えます。

返信する
浅見淳子

ブルーさんのコラム的考察読んでメモ書きです。

https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-15/#comment-7912

・モビングとは「擬攻撃」だということをブルーさんに教えてもらってはっとした。たしかにそうだ。彼らは攻撃はしてこない。ぐちゃぐちゃと言っているだけ。ブルーさんによると、特定アンチ佐藤信吾の場合には境界線を確かめたいから。その他のアンチのごちゃごちゃもたぶん、なんらかの謎理論で自分を納得させたいだけで、何を言っているかはわりとどうでもいい。
これはブルーさんから私が教わったこと。

・今回この集団モビングのトリガーとなったのは「MVP」の件らしい
→障害がなくなるだけではなく、優秀さを発揮するという事実が刺さるアンチがいる。具体的に言うと、そらぱぱ。それが彼の導火線に触れるようだ。

・治るの定義にこだわる→ポートフォリオみたいに子どもの人生を考えている人にありがち。完全に健常者になるのならやってみてやってもいい、みたいな。ここには子どもにかかる金の問題があり、それは親の経済環境やいつまで働くかなどのライフスタイルにかかわってくるから大事。年金がもらえるかどうかも大事。
それにたいし花風社の読者は、もちろん経済状況も大事にしながら(お母さんたちは子どもが治ると働きだす)
「本人が(主観的に)ラクになり、自立度が高まること」を目指しているのでここが違う。
親のポートフォリオの一環として子どもの障害がどうなるかを気にする人は定義にこだわる。花風社の読者はあくまで子どもがひとつでもラクになり少しでも自由度の高い成人人生を送れることを目指す。

・ロールモデル、いる?
私自身にはロールモデルいないし、いたら邪魔だと思います。
逆に花風社クラスタでロールモデルが必要な人がいたら、いると思えばうじゃうじゃいるのが花風社クラスタ。でもどの人も目指さなくていい。一人一人、一家庭一家庭が違う人生を歩んでいる。

でもまあ、ここを見て「ロールモデルがいない」なんていう特定アンチはブルーさんが指摘しているように「見ている現実が違う人」。

私の言い方で言えば現実が見られない人。

そうだろうなあと思う。

資格試験ねえ。個人的にはまったく感心しない。たしかにブルーさんがおっしゃるように勉強は必要。毎日毎日勉強が必要なのが社会人。
でも資格試験っていうのはそのインプットとアウトプットが構造化されていて、頭の悪い人にはわかりやすいんだろうけどだからこそサバイバル能力には乏しい人が飛びつく傾向があり。だから自閉圏の人はわりと資格試験好き。自発的に道を切り開けない分、構造化されたインプットとアウトプットを好む、っていうかそれしかできない感じ。

その資格試験に貴重なリソースを割いてしまうこと自体、私からみると「生き方のセンスがない」。
だからきっと今は「花風社にはロールモデルがない」という非現実に一生懸命しがみついているんだろう。

生きる力に乏しいねえ、アンチは。
というのが実感。

返信する
浅見淳子

ブルーさんの分析を読んで感じたことを書きます。
こちらの記事を読んだ分析です。

https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-15/#comment-7891

一部自分の関係発達の分析を含んでいます。
これは自分をつかむのにいいから皆さんもやるといいと思います。

まず、ブルーさんは当該人物が関係性発達のやり残しをしていると指摘しています。
これはうなずけるものです。
そしてそれを身体感覚の育ちの遅れと看破しています。
ブルーさんはこのヌケを自ら埋めて体験世界が変わった経験をお持ちのようです。
その体験があるからこそこれほど鋭い考察ができるのでしょう。

赤本こと『自閉っ子、こういう風にできてます!』の頃からわかっていたように自閉圏の人はえてして立体物としての自分感覚がなく、固有受容覚が弱く、そうなると空間の中での自分の位置づけが苦手。
それが人間関係においても距離感がわからないという感覚になります。
また五感にずれがあると自他の区別がつきにくい。
だから身体アプローチで社会性が伸びていくわけです。

ブルーさんがこの人物を「完全スルー推奨」と言ったときに私がそれをあっさり納得できたのは、たとえが秀逸だったから。
街中であきらかにおかしい人物が奇声を上げていた場合、無関係な人はスルーします。
当該人物がネット上でやっているのはそれと同じだと。
非常にわかりやすい。

そして今回のブルーさんの記事を読んで、あるエピソードを思い出しました。
地下鉄に乗って、次の駅で降りようとドア付近に立っていたとき、いきなり後ろからのしかかられたことがあったのです。しかも上から強烈な口臭が。

一応「すみません、どいてください」的なことを言おうとして見上げたときに気づいたのは、私にのしかかっているのが身長190センチくらいの大男で、知的障害がある人だということでした。
私の上にある掲示物を食い入るように見ています。何かツボにはまり、それに夢中で、人を押しつぶしていることにも気づかないのだと思い、私は自分が動きました。重かったし臭かったから。
滋賀県大津市在住佐藤信吾がやっているのはこういうことですね。強烈な腐臭を放つ距離感覚のない障害者だというだけの話です。
そして距離感覚を育てるのが「治す」なんだけど、彼はそれを自らの意思で選んでいないだけです。

さて、ブルーさんは記事の中でコミュニケーションの発達について書いています。
これは当該人物だけではなく、発達でこぼこした人たちに時々感じることですが、ものすごい手探りの遠距離からいきなり無遠慮になることがあります。
おそらく距離感がないのだろうとは思っていました。

翻って自分の人間関係を構築するときの距離感を考えてみると
私が誰かと関係性を構築するときは
あまり遠距離からではなく、中距離から始めることに気づきました。
ただしあくまで他人なので踏み込みません。
首都圏育ちの文化も影響しているでしょう。

そして中距離にもスペクトラムがあって、ほとんどの人は中距離なわけですが

近距離はごく少数ですね。地球上に十人もいませんね。
要するにたいていが中距離です。

そして執着の対象が怒りと恐怖の対象だというブルーさんの指摘ですが、私の場合、恐怖の対象はまずないですね。
怒りの対象は怒りが継続する間だけ執着するかもしれませんが、そのうちどうでもよくなると終わりです。
何がどうでもよくなるきっかけなのかはそれぞれです。
たとえば今、私にとってYTは本当にどうでもいいです。
いつの間にか、本当にどうでもよくなりました。

そしてやはり肌身でわからないのはここ。

=====ブルーさん引用

④ 癒着すると今度は自分で自分を対象物から剥がせない。モビングはここから来る。境界線がなくなっているので、それを感じたいがために話しかけてくることもある。

=====

ここがどうしてもわからないのは、やはり私にとって境界線が当たり前のことだからでしょう。

ところが花風社に好意的な人たちの中にも、この境界線があいまいな人はいますね。
だから私がマスクしないというと自分もマスクしてはいけないと思い込んだり。
そうではないです。
私は他人がマスクするしない・ワクチンするしない、は興味ありません。
ただ調べない人はバカだ、と思っています。
ワクチンを打つという意思は尊重しますが、普通のインフルワクチンとmRNAの機序の違いまで調べていない人は愚かだと思います。
どんな決断をしようとその人が責任を取るだけです。私の決断だってそうです。
それぞれがやりたいことをやれることが大事です。
ところが境界線がない花風社アンチの人と境界線のない花風社シンパの人が的外れなケンカとかすることがあるのですよね。
そういう無駄な争いもブルーさんの連載をきっかけになくなればいいと思います。

返信する
ブルー

浅見さん

ありがとうございました。
浅見さんのこの記事でさらに気がついたことや、
思い出したことを。

人間関係の距離感について考えてみると
自閉圏の人は極端な話、
遠間と近間しかできないように思います。

個別分析で取り上げている人物も
「中間距離」がありません。
遠間か、癒着かです。(近間すらだいぶ怪しい)

中間距離というのは「つかず離れず」です。
「つかず離れず」をやるためにはやはり距離感覚が必要です。

私自身、この「つかず離れず」は長い間できませんでした。
これは苦しいです。物凄く生きづらいです。

そして、周りの定型人にとってもキモいです。
「なんか距離感バグってる奴」となるからです。

良くも悪くも「つかず離れず」=中間距離の人間関係は
我々自閉圏の人間にしてみると
それ自体が大人の距離感で、「成熟」への一里塚に思えます。

連載はさらに続きます。今後とも宜しくお願い致します。

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浅見淳子

ブルーさん、ありがとうございます。
今回の記事は、自分をも分析する手がかりとなりました。
完成したらアップしますね。
この先も楽しみにしております。

返信する
ブルー

<花風社アンチの考察:「個別分析」>
~第14回:コミュニケーションの傾向と社会適応~

第13回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-15/#comment-7844

前回までは対応法を優先してお伝えする関係から、主にモビングに関係した話題が続きました。ここではもう少し話を広げて、この人物のコミュニケーションの傾向、そしてそこから導きだされる社会適応の度合いを観ます。

■発達のやり残し

人間関係の距離感の基本は自他分離です。自他が分離していないとそもそも距離感も何もないからです。

そして、次に支えとなるのは空間感覚/立体感覚です。発達の観点から言えば、お互いの人間関係における位置関係を、3次元的に身体で捉えることが必要です。

それにより、人間関係の適切な心理的位置取り(ポジショニング)ができるようになります。

つまりカラダで自他の空間的な位置関係が分からないということは、心理的にも実感を伴って人間関係の位置関係が分からないのです。

そして空間感覚/立体感覚も、初期の原始反射の統合や、前庭覚や固有受容覚の発達といった所からもたらされます。

成人になってからでもそれは取り戻すことができ、体験世界を劇的に変えることができます。・・・というか、できました。私個人のエピソードですが。体験世界の変化にホントびっくりしましたが。

つまりこの人物はそういったところに発達のやり残しがあると推測されます。しかし後述しますがこの人物は自らの状態像の変化を望んでいない(=発達しなくない/治りたくない)ので、多分ずっとこのままです。

■困り事はどこにあるのか

もう少しいうと、この人物は困りごとの原因を本人に向けること自体を不当と考える立場です。この考え方の人々は福祉系の一部、心理系の一部に時折見かけます。

我々は当事者自身の中に「やれることがある=希望がある」と考えます。しかしこの人物を含めた一定数の人は、困り事を抱えた本人自身をなんとかする=多様性の否定、という世界観ですから、「不当なこと」とみなします。

どちらがいいかは各人の選択と考えます。

なお私自身は「障害の社会モデル」を否定しない立場です。あれはあれで確かにそうです。しかし私は私自身をなんとかしようとしました。一方で社会をどうにかしようとはしていません。社会へは適応しようとしました。

そしてこの「社会適応」も、身体からのアプローチを土台にしておかないと大変な疲労を招きます。

身体が適応できていないのに、アタマで自分を無理やり動かすことになるからです。だから当事者においても社会適応は大きな課題となります。

■コミュニケーションの傾向

対社会という観点で、この人物がSNS上でモビングではなく他人とやり取りをしている様子を分析してみると、以下のようなコミュニケーションの傾向が見られます。

<コミュニケーションの傾向>

① 最初は自分でも意識して相手と距離を保っている(遠距離)

② コミュニケーションが進み、少し距離が近づいて中距離になってくると、今度は「くっつきすぎる」。相手に踏み込み過ぎる。

境界線が薄いので、自他分離を保ちきれなくなることの現れ。特に、相手に対して何かの怒りを感じた場合はなおさらそうなる。

③ 相手によっては、自他の境界線を失い、癒着してしまう。特に、怒りと恐怖の対象はそうなる。いわば「距離ナシ状態」を招く。

④ 癒着すると今度は自分で自分を対象物から剥がせない。モビングはここから来る。境界線がなくなっているので、それを感じたいがために話しかけてくることもある。

■社会適応と対人関係

アンチは往々にして、花風社や「治る系」、あるいは「トンデモ」といった自分にとって脅威で嫌いなものに自分から(心理的に)くっついてしまいます。

なおかつ、自分をそういったものから剥がせなくなります。この人物も例外ではないことは、ずっとご案内してきた通りです。

それをアンチ考察の本編では「モビングの悪循環」ということで内的な世界のメカニズムとして解説しました。しかしそれはモビング以外の対人関係にもしっかりと表れているということです。

そして対人関係は社会適応の最たるものです。この人物は状態像を変えようとしないので、当然ながら社会適応にも大変な労力がかかることが推察されます。

よって、自分よりは社会を変えようとします。これは善悪や正誤の話ではありません。社会への啓発活動を一概に否定するものでもありません。

そもそもこの人物の社会啓発活動は、このようなメカニズムから来ているということです。

#花風社

返信する
ブルー

<忘備録>

「社会を変えようとする」に関係して。

以前、この人物は
「資格を取って発言力を増し、社会に訴えたい(趣旨)」
というようなことをつぶやいていた。

そして、2月6日に
それなりの規模の資格試験を
受けているようなツイートをしていた。

福祉・支援系で、2月6日が試験日で、
それなりの規模の試験となると、もうあれしかない。
某・支援系/対人援助系の国家資格だ。

せっかく当人が努力してきたのだから
せめてこれくらいは同じ当事者として
「受かっていることを願う」と言ってあげたい・・・
が、それはできなかった。

むしろ
「また、このパターンの人が現れた」
と思った。

■整理:問題の所在

この人物に関して

・勉強すること/資格試験の勉強
⇒否定していない。勉強はした方がいい。

ただし、物事の学び方に関しては自閉特有の問題がある。
それは以前、このサイトで当事者の人にも伝えたことがあるが、
いずれこの個別分析でも取り上げる。

・支援(セイフティーネット)を使う事
⇒否定していない。私だって手帳を使った。

・社会を変えようとすること
⇒否定はしないが、私はそっちの路線を取らない。

・病んでいること
⇒これ自体も否定はできない。
人は時として病む。
あるいは明日自分が病むかもしれない。

・治りたくない/状態像の変化を望まない
⇒成人の選択である。この選択を私は尊重する。

・当事者が支援者/専門職を目指す
⇒条件付きで可。事項で詳しく述べる。
つまりこれが論点である。

■当事者が支援者/専門職を目指すとき

かつて、あるいは今、私が世話になっている専門家の中には、
自閉の当事者もいた。

あるいは長い間病んでいた人もいた。
あるいは自殺未遂の末、ICUに担ぎ込まれていた人も。

しかし彼らは病気から立ち直り、今では健康だ。

自閉の人は、自らの発達課題を埋めなおし、
体験世界の劇的な変化を経験した。
(この自閉の当事者は、皆様も大好きな、首上げ重視のあの先生だ)

つまり、健康になってから、発達課題をクリアしてから
クライアントを取っているのだ。

当事者が支援者/専門職をやる場合は、
自らの病なり発達課題を解決できており
健康に生きている事が絶対条件になる。

これができていないと何がおきるか。
病んでいる対人援助職は何をはじめるか。

それは、皆様ご存知の通り

・クライアントは自己治療の道具
・それに無自覚

という、
主に心理系/スピ系で良く出くわすパターンを踏襲することになる。
クライアントを使って自分を癒そうとしてしまう。

当該人物は健康ではない。
発達課題もクリアできていない。

この人物が受験した資格は
超難関というわけでもないから、
今回がもしダメでも、多分3年以内には受かるだろう。

しかし、「病んでいる援助職」がまた一人
社会に増える。

だから「受かっているといいね」
と素直に言えない。

受かったとしても
「合格おめでとう」と素直に言えない。

当事者は病んでいる支援職を選んではいけないことを
私は経験で学んだからだ。

#花風社

返信する
ブルー

<忘備録>

◎行動パターンの観方。今後もずっとこのパターン。

■午前中~昼間

クラスタの皆様の「治った自慢」に花が咲く。
お子様の話もあれば、当事者の方の話(Twitter上)もあった。
ちょっと気が早いが、満開の桜を見るような気持ちになった。

輝く希望。明るい未来。
全て拝読をさせて頂きました。
皆様の多大なるご努力に敬意を表します。

お子様の健やかな成長と、
成人の方については今後の健康とより良い人生を
陰ながら祈念しております。

次に、観測中の人物の反応。
この人物は治った自慢にはほとんど反応できない。

しかし、自分から吸い寄せられる。
そして境界線がないので
無言の内に全てを自分から喰らい続けている。

反応がなくとも、
(よせばいいのに)無言でずっと喰らっている。

■夜間

文章内に「花風社」という文字を入れてつぶやいた人にモビング。
当事者の方と専門職の方。

夜に必ずモビングをするだろうと予測していたが、
その通りだった。

治った自慢に「ぶっ刺される」ため、
強い侵襲感覚が発生し
吐き出さないと眠れないからだ。

私にここでこう書かれても、
自分(の顕在意識)ではモビングをやめることはできない。

ウラを返すと、必ずパターン通りに動くことになる。
アンチは私が分析したパターン
「モビングの悪循環」の奴隷である。

このパターンが分かってしまうと
アンチというのは
「枯れ尾花」であることが分かると思う。

もうしばらく、
クラスタ各位にこのあたりのことを
ご案内しようと思う。

#花風社

返信する
ブルー

<忘備録>

あまりにも鮮やかだったので思わず投稿。

朝起きたら、治った自慢のお部屋に親御様の投稿が。
明るく、太陽のように希望で光り輝いている。

素晴らしい。
成人の私まで心が洗われる。

親御様のこれまでのご努力に敬意を表します。
そしてお子様の今後の健やかな成長を陰ながら願っております。

他方。

治った自慢が放つ希望の光に、
自分から吸い寄せられて
某アンチが心理的に惨殺されていた。

朝から

・モビング
・「治らないのダー」をリツイート
・お子様の発達に対するコロナ禍の影響について否定的なツイート

などなどなど、大変な騒ぎになっていた。

心理的に惨殺されているため、
吐き出さないとどうにもならないのだ。

アンチは希望にやられる。
しかも該当人物は境界線がないので、
防御できずに全て喰らってしまう。

希望の光にやられた魔物の呻き。

アンチに対して治った自慢は
壮絶な心理的殺傷力を発揮する。

返信する
ブルー

<花風社アンチの考察「個別分析」>
第13回:見立ての落とし穴

第12回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-15/#comment-7841

■対応法はシンプルなのですが・・・

復習になりますが、当該人物への対応法はシンプルです。

 ★完全スルー

もうこれだけです。

もしこの人物にモビングで押された場合、思わず押し返したくなりますから、押された瞬間に心理的にクルリと背を向けてください。

またこの人物を話題にしてもダメです。ネガティブワードをぶつけてもそれは打撃になりません。むしろ先方の深層心理に対して「餌」になります。

そしてこの人物の事を忘れて、純粋に「治った自慢」、成人の方なら「ヌケを埋めた」「トラウマ処理ができて、生きやすくなった」「仕事で成果が出た」等の明るい話題を喜んでいるとき、この人物は自分から吸い寄せられて(勝手に)ぶっ刺さります。

そして明るい話題に呪われるからこそ、侵襲感覚が発生して未来永劫モビング・・・

このように当該人物への対応法は、メカニズムが分かればシンプルです。しかしながら、今回もう少しだけ補足をします。対応法の章はこれで最後です。

■見立てがズレる

前回までずっと、定型かつ健康な人と、自閉の当事者かつアンチである当該人物の体験世界の逆転に関して扱ってきました。

前回までご案内してきたように、当該人物の体験世界は以下の2つの特徴を持ちます。

◆境界線の極端な薄さ(自閉の身体感覚由来)
◆体験世界の逆転(アンチ共通)

これら2つが重なりあうと、定型発達かつ健康な人の想像を絶する状態像が出来上がります。そのため、この人物の見立てを間違いやすくなります。

以下が見立てのズレの例です。

■見立てのズレの例

<「反応」に関して>

◇定型で健康な人
当該人物の反応がない→スルーしている、読んでいない

◇当該人物
反応がない→境界線がないため、反応があろうがなかろうが、全て(心理的に)被弾している。スルーもできない。じっと凝視し続けている。眼を離すと怖いからである。

クラスタ各位のTwitterも、このサイトの書き込みも、隅から隅まで全て、コメント欄のやりとりの細部にいたるまで、何から何まで読んでいる。もはや未来永劫に渡り目が離せない。完全に花風社と体験世界が癒着している。

<考えが違うが故のいさかいについて>

◇定型で健康な人
違う考えの人とは、時には論争が起きて「攻防戦」にもなるだろう。

◇当該人物
そもそも攻撃ができない。『擬』攻撃(モビング)しかできない。境界線が薄いため、全て心理的に被弾している。すなわち防御もできない。つまり攻撃も防御もできない。攻防戦(=タイマン)ができないので、モビングするしかない。

<境界線のなさ>

◇定型で健康な人
何かを言われたら言い返さないとダメだろう。モビングで押してきたら押し返すと反撃になるのだろう

◇当該人物
押し返されると、心理的接触面を得られる。つまり境界線をもらえるので、反撃を喰らったと感じるのではなく「報酬」をもらえたと深層心理では感じている。(本人が自覚しているかはともかくとして)

<体験世界の逆転:ネガティブな言葉>

◇定型で健康な人
この当事者アンチにネガティブな言葉、攻撃的な言葉をぶつければ反撃になるだろう。

◇当該人物&アンチ全般
ネガティブな言葉は、「自分がいつも内的に唱えている言葉」。よって、「お仲間の言葉」。つまり深層心理に共感していることになる。

<体験世界の逆転:ポジティブな言葉>

◇定型で健康な人/自閉かつ健康になりたい人
ポジティブな言葉は元気になる。

治った。発達した。嬉しい。
結果が出て本当に良かった。
明るい希望が少しづつ見えてきた。
他の人が結果を出すと、それを励みや参考にできる。

◇当該人物&アンチ全般

ポジティブな言葉は呪いになる。結果の差を見せつけられるとまた呪われる。

治ったなんてプラセボなのダー。
治ったら自分ではなくなる。
治るなんて言ってみたい。
エコーチェーンバーの住人どもがほざいているのダー。
エピソードはエビデンスレベルが低いのダー。
ガチカルトなのダー。
今日も絶望しかない。

■正しく対応するよりも、対応法を間違えないこと

この人物に対しては、正しい対応法は「完全スルー」でシンプルです。あとはこの人物の事をきれいに忘れて、治った自慢や仕事自慢など、明るい結果の書き込みをすれば先方が自動的に呪われます。

むしろ重要なのは対応法を間違えないことです。この人物に「何かをしてやろう」とした瞬間、つまり「心理的に正面を向いて」しまうと、ここまで述べてきた見立てのズレが発生して対応法を間違えます。

このサイトに集う方は、概ね

・定型かつ健康な人
・自閉であって、今は少ししんどいが、それでも健康を目指す人
・自閉でかつ健康な人

といった人々です。だからこういう人達にとって当該人物のような

・自閉かつ不健康で、今後も健康になりたくない人(=当事者アンチ)

という属性の人の体験世界は想像を絶しているし、かつトリッキーで意味不明です。だから見立てを間違え、対応法を間違え、さらなるモビングを誘発し・・・となりやすいです。

だから「モビングが来たら心理的に背を向けてください」「反撃不要です」「話題にすらしないでください」とお伝えしました。

そして・・・。

このネガティブで、トリッキーな体験世界(=魔界)に最も苦しめられているのはこの人物自身です。つまりモビングは「魔物の呻き」でもあります。

その苦しみから脱することは、発達するなり治るなりして状態像を変化させれば可能なのですが、先方は治りたくない人なので未来永劫に渡り「魔界」で苦しみ続けます。

それもまたこの人物の選択です。私は同じ成人当事者として皮肉ではなく本気で、その選択を尊重しています。

「こうすると発達して、楽になるよ」は余計なお世話だし、無駄です。先方には私の言葉は「ガチカルト信者からの、言葉巧みな誘惑」に聴こえるからです。

つまり先方にとっては私の方が魔界の住人というわけです。

これもまた、体験世界の逆転です。

#花風社

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ブルー

(裏話)

この「対応法」の章(第10回~第13回)だけは、
事前に書いてあった原稿ではありません。

この連載が開始されてから、
当該人物の反応を改めて観察して書いたものです。

そもそも格納しておいた原稿は個人的な研究資料であって
当該人物のことは書いてあっても
対応法までは記されていませんでした。

でも、現実的に重要かつクラスタの方に必要なのは、
まずは対応法と
それを支える見立て方、
そして見立てを支える当該人物の体験世界に関する知識です。

なので急いでそれを書いてUPしました。

次回以降はまた、この人物に関する個別分析に入っていきます。
宜しくお願い致します。

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ヨヨ子

ブルーさん

健康になりたくなくて苦しみ続けたいなんて不思議な人なんですね該当人物さんは。

しかも、確か該当人物さんって、家族持ちなんじゃなかったでしたっけ?
だとしたら、そのうちお嬢さんの学費を工面する日々が来ると思うんですが、障害者雇用じゃ厳しいんじゃないでしょうか?
実家が太いんですかね?

私は、治りたくない人は経済的に恵まれた人だと思っています。
もしくは父親が健在で無職の子供1人ならぎりぎり養える家庭の人。

治らなくて何が最終的に困るかって、お金です。
少なくとも私はそう思っています。
そしてそのことを実感するのは、単身者の場合は父親が亡くなった後、家庭のある人は子供の学費を真剣に考えるようになった時です。

発達障害者の最大の困り事は、そのうち、理解されないこと生きづらいことではなく、貧困になると思います。

返信する
ブルー

ヨヨ子さん

当該人物は「治ったら自分ではなくなる」だけではなく
「治すなんて差別」の人です。↓

アンチ考察第2回
https://naosouhattatushogai.com/blue-room/826/

実際、クラスタの当事者の方と会話になったときにもそう言っていました。

発達障害に対して「何かやれる余地がある」となった時、我々はそれを「希望」と取りますが、世の中の一定数の人は当事者を「『不当に』劣った存在とみなしている」と取ります。

この人物だけではなく、研究者にも支援者にもこういう考え方の人は一定数います。「なんとかしようとする」こと自体を嫌う一群です。

それからこの人物の経済状況は正確には分かりません。「低年収でつらい」とツイートしていたことは記憶しています。

「支援があってようやく生活している」(←繰り返しますが非難してません)とツイートしていたことも記憶しています。

当事者の経済状況は様々です。貧困層からスーパー当事者(年収●●●●万~)まで。発達の人に限定した公的統計はまだなかった・・・はずですが。(あるかもですが)

ただいずれにせよ我々は資本主義社会を生きなくてはいけません。

日本の社会インフラは凄まじく良くできていて、「つながれれば」餓死はしません。生存だけは必ず可能です。またどうやら多数の人は大きな政府を望んでいるみたいです。確かに市場で勝てるのはほんの少数の人です。

それでも「なんとか自立の方向へ向かえないか」と考える当事者がこのサイトに集まっています。

それ自体がもはや、少数派ということになると思います。

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智ママ

ヨヨ子さん、ブルーさん
横から失礼します。
長文ですが、少し目を通していただけたら幸いです。

お金の問題は、子どもが発達障害児だと心理士から判定されたときから始まっています。
『早期に、発達障害だと判定された子どもの将来は、B型作業所がほとんど』
『中学・高校でおかしいと思って調べてみたら判定された子の将来は、A型か、障害枠での就業、経過が悪く二次障害を発症している場合は、治療した後、様子を見ながら就労支援からのスタート』とされているからです。
B型作業所での工賃では、人は生きていけません。
A型作業所の工賃でも、生きていくことは厳しいです。

発達障害をなんとかして発達させなかったら、『人生、詰むしかない』金銭事情が待っています。

それを調べて知った母親は、将来を見越して、子どもが小学校に入ると、放課後デイサービスに週6預けて、母親はパートに出て働きます。
勤務でくたくたになった母親が、身体的アプローチ等の情報に繋がれない場合、子どもは、当然、伸びていきません。健常児との差は開いていくばかりです。

結果、いくらお金を貯めても、子どもに使われるのを待つばかり、お子さんは稼げる状態にならないため、将来の費用負担は一向に減らない、という状況が発生します。
言葉はよくありませんが、『障害児は、金食い虫』と一般人からそしられる一因になる現象です。
(息子に対して『馬鹿子にいくらお金を使ったって、モノになる人間にはならへんやないの。一生、お金がかかってくるんやし。社会のお荷物やないの』と某県の見知らぬお婆さんから、面と向かって陰口を叩かれたことがあります。)
その『社会のお荷物を育てている』という、心無い社会人からの厳しい視線からくる負い目を背負いながら、発達障害児の母親は、子どもが発達して生活状況が良くならない限り、非常に厳しい育児を強いられます。

発達して、できることが増えて、仕事の質が上がれば、社会の負担は減ります。
納税者になれれば、社会を支える側に回ることができます。

それなのに、『発達障害はよくなりません。一生、このままです。』との宣告を真に受けて、伸ばすことを諦めてしまう母親が、なんと多いことか。

将来に通う作業所の種類が変わるだけでも、工賃は大幅アップで、自分たちの持ち出しは減り、資産の長持ちが続くようになりえます。
就業できたら、もっと社会の負担は減ります。母親の負担も段違いに減ります。

それなのに、医療業界や療育業界や福祉業界の、『金の卵を生むメンドリ』にされてしまって、子どもさんの一生を灰色か黒で終わらせることが、なんと多いことか。
実に、もったいないことです。

息子が寝たきりにならなくなっただけで、自治体の医療予算と福祉予算は、大幅に削減になりました。(医療と療育関係者が、がっかりしました)
息子が重度の発達から脱して中度になっただけでも、支援学校の教員採用分の予算は浮きました。(療育でのつるみたいママさんが、がっかりしました)
小学校にとって、息子を将来行かせたいところがB型からA型作業所に変わるだけでも、生涯賃金は大幅にアップする予定です。(アンチの人ががっかりする予定です)

発達がよくなることは、いいことしかないです。
そして、そうしていかないと、福祉が縮小されて、軽度から中度の発達だけの人が、社会で生きていけなくなる時代が、すぐそこまで来ているのではないかと思われます。

周囲に対して、そして母親に対して、発達がよくなるメリットを、生活面だけでなく、金銭面でも、もうちょっと強く打ち出して説明していったほうがいいのかもしれません。
二日前に、まだ情報につながっていないお子さんのママと接する機会があり、その話になったので、ふと思って書いてみました。

長文で、申し訳ありませんが、多発奇形系の発達障害児の息子をもつ母親として、書きました。
このことについて、考えていただけたら、嬉しいです。

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浅見淳子

ブルーさん

ありがとうございます。

私がうっかり誤解して発達障害の世界に入ってこない限り
生涯をこういう病んだ群とは無縁に暮らしていたかもしれません。
ここまで体験世界が逆転していると不可解なのでこっちも反応してしまうけど
スルーが一番ということですね、わかりました。
そんなに難しいことではないです。

それと、智ママさんをいじったという理由がわかりました。
智ママさんはここでみんなの希望になる情報を次々と投稿してくださいます。
器質的な障害を持って生まれたお子さんの親御さんであり、病身である
という事実より普段から希望の星であったことが当該人物には憎たらしいことだったんでしょうね。
ともかく病んでますね。

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ブルー

浅見さん

こちらこそありがとうございます。

>こっちも反応してしまうけどスルーが一番

⇒はい、押されるとこちらに「反撃したくなる衝動」が出ますが、それがNGです。相手が健康なら反撃が反撃になるのですが。

>希望の星であったことが当該人物には憎たらしい

⇒この人物にとって希望はドラキュラにとっての太陽光です。大変なダメージを喰らいます。

だから日頃から智くんの快進撃のエピソードに(自分から吸い寄せられて)ぶっ刺さり続けていたのです。よってモビングしないとどうにもなりません。

>ともかく病んでますね。

⇒ここから先は浅見さんだけではなく、クラスタ各位にもお伝えしたいことですが、

例えば街中や、よくあるのは電車の中で病んだ人、例えば先日の阪急電車でドアをずっと蹴っている人とか、

https://www.bengo4.com/c_23/n_14037/images/

「あきらかに病んでいて、かつ行動がアレな人」には普通は近づかないですよね。阪急電車の映像でも逃げ出している人がいますが、あれが通常の反応です。

でも、リアルなら「あきらかにビョーキでヤバイ人」と分かっても、ツイッターだと反応が遅れます。人物の全体像が見えにくいからです。

この人物なら

・自閉スペクトラム当事者
・当事者会を主催
・障害者雇用(低年収)にて勤務/妻子あり
・抗不安薬ワイパックス服用
・抜毛症あり(13歳から)
・女装をすることがある(趣味の範疇)
・発達障害に関する本を出版している「花風社」の社長と読者を眼の仇にし、何年も何年もネットストーキングを続けている。特に、自閉症児の母親と、花風社の本を支持する専門職に対してとりわけ執着することが多い。

といった全体的な情報が一瞬で分かったとしたら、一般の人から観て「触ってはいけない人」ということはすぐ分かります。

ところがモビングされると触りたくなります。全体像が見えにくい上に、反撃したい衝動が出るからです。

でも、やはり落ち着いて全体像を考えたら「触ってはいけない人」です。この連載はそれをお伝えするためのパンフレットです。

連載はもう少し続きます。今後とも宜しくお願い致します。

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智ママ

ブルーさん
分析、大変興味深く読ませていただいております。

この人物には、宗教(キリスト教)に入れ込んでいる母親がいます。
この人物にも入信を強制して、教会活動に参加させようと躍起になっていたようです。

自分が母親とうまくいかなかったこと、
自分が発達障害であること(これがアイデンティティになっている)、
自分の生育歴と病歴(これも自分自身だと勘違いしている)
から、自分にきちんと愛情をくれず、宗教に走り、自分に対応しなかった母親に対しての深い恨みつらみを、
発達障害を治そうとする花風社の社長やクラスタの皆さん(皆さん、不思議なことに全員、女性です。この人物は父親に対しては恨みがないか、薄いため、成功している男性にはあまり反応しないようです)に重ね合わせて、執拗にモビングという形での、攻撃を続けているのではないか?
(自らを受け入れず、宗教に走って、息子の自分をもそのキリスト教の道に引きずり込もうとして、当時発症していた食毛症も対応してもらえなかったことから、当該人物にとっては非常に有害だったと思われている、彼の母親を惹起させるため)
というように、当方では捉えていました。

私の息子のことは、該当人物にとっては、抹殺したいほど、相当に煙たい存在でいるようだとは感じていました。
私にとっても、医学的にとっても事実なことを、ここで報告しているだけですが、『治さないなんてもったいないよ!』と誘いかけてきているように彼には思えたのでしょう。

どちらにせよ、個人的な事情を理由にした、いいがかりであり、こちらに対しての迷惑行為です。
宗教ぐるいの母親がいても、生育歴や病歴に傷を負いながらも、まっとうに生きようとしている人は、いくらでもいます。

ある侮蔑的な意味で『気の毒に。』としか思えない人です。
人生の時間とチャンスをフイにして、不毛なことに費やすことで、自分の母親に復習し続けようとするのかもしれませんね。
こちらは彼の心中するつもりはないので、(助ける義理もないですし、そういう関係ではありませんし)遠くから置いておくことにしようかと思います。

毎回の連載、ありがたく、今後も楽しみです。

返信する
ブルー

智ママさん

コメントをありがとうございます。

当該人物の母親の件は私も知っています。

「何かのコミュニティに参加している母親」に何かトラウマか未完了でもあるのなとは思っていましたが、分析不十分のため本編には上げていません。

「親に対して(何か)を伝える事ができなかった」ことを未完了として持っているような書き込みを見かけたこともありますが、それはある意味全人類が成長過程で抱えることですので、私の中では分析不十分としてあります。

ただそれでも「自閉症児の母親が多いコミュニティ」に執着しているというのは特徴的かつ奇妙です。何かあるとは思います。

ひょっとするとですが。書いていて気がつきましたが。

クラスタのお母様方を

「何かのコミュニティに入って、子供の意に沿わない事をやっている母親」

という具合に捉えているのかもしれませんね。

だとするとトラウマか未完了か分かりませんが、自分に照らし合わせて何かを惹起するのかも知れません。

とは言え、クラスタの凸凹のお子様たちはそれぞれの子なりに明るい人生を掴んでいるご様子ですし、特に身体アプロ―チは成人同様、お子様自身にも「快適性」「生きやすさ」をもたらしていくはずです。

そうすると今度は「結果の差」で(心理的に)刺されることになります。なのでモビングして侵襲された感覚を追い出そうとせざるを得ません。

いずれにせよだいぶ拗れた状態像で、リアルで出くわしたら「触らない」人カテゴリーのはずです。

ですので全面スルー推奨です。

いつもコメントをありがとうございます。
今後とも宜しくお願い致します。

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浅見淳子

ブルーさん、智ママさん

当該人物の母親のことはよく知りませんでしたが、彼がとにかく何か子どもに人為的な手を加えようとする親たちに本能的な恐怖を抱いているのは感じてきました。栄養方面もそれでいたく攻撃していましたね。まあ栄養方面は私から見てもちょっとどうかなと思う人多いですが。

でも一方で髪の毛抜いて食べることに対応してもらえなかった恨みみたいなのもあるので、子どもの問題を一生懸命解決しようとする花風社クラスタのお母さんたちは憎たらしい反面あこがれみたいなものもあり、アンビバレントになって、よけいこじらせたかもしれません。

ブルーさんがリンクしてくださった動画が参考になりましたが、たとえば目の前で自分の髪の毛抜いて食べるやつがいたらすごくキモイわけです。赤の他人だったらスルー一択ですよね。

それがリアルな対応ですね。キモイ人はスルー。これを納得すると完全スルーは私にとって全く難しくなくなりました。ありがとうございます。

返信する
智ママ

浅見社長
こちらこそありがとうございます。
ブルーさんがわかりやすく説明してくださったおかげで、当該人物への返信は餌を撒く(彼に報酬を与える)だけだとわかりました。
きっかけを下さったのは、社長からいただいたTweetでした。
まだ風邪が治りきっていなかった身には、とてもありがたかったです。

ありがとうございます。

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RIRINA

ブルーさんの分析が素晴らしすぎて、震えます(笑)
実は、私も、Twitterのメッセージで智ママさんに「完全スルー」をおすすめしようと思って、できませんでした。ABA的な理由しか思い当たらなかったし、私自身も過去に彼に対して「完全スルー」ができなかったからです。
改めて、こちらのサイトは本当の意味で勉強になります!

返信する
ブルー

RIRINAさん

連載をお読み頂きありがとうございます。

>ABA的な理由しか思い当たらなかった

⇒別にABAをDisる意図はないのですが、
この連載は私しかできないと思います。だからやっている部分もあります。

・自閉を精神医学やABAベースの理解ではなく、体験世界と身体特性から理解していること、かつそれを言語で記述ができること

・花風社アンチを理解していること

主にこの2つを使って、私は当該人物(=当事者アンチ)を解析しています。

そして、この連載を通じて私も勉強しています。
彼を反面教師として。

もしご興味がありましたら、今後もお読み頂けると幸いです。
宜しくお願い致します。

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ブルー

<花風社アンチの考察「個別分析」>
第12回:現実感の逆転

第11回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-15/#comment-7830

■現実感も逆転

前回、アンチと健康な人(クラスタの方含む)では体験世界がきれいに逆転していることをご案内しました。前回は話を分かりやすくするためにポジティブ/ネガティブという軸で比較しましたが、より本質的には「現実感」が逆転しています。

つまり、「何を現実とするか」という現実感の付与基準が逆転しています。アンチと健康な人とでは、体感している現実そのものが逆転しています。

私がそれを理解したのは、当該人物が浅見さんのツイートに不満を述べていた時です。でも浅見さんは何かを述べていません。このサイトの書き込みを紹介していたのです。

簡単に言えばこのサイトにおいて

「当事者理解が進めば進む程、当事者を忌避する人が出てくるのも当然」

といった話題が盛り上がっていたことです。成人当事者と凸凹キッズの親御さんが多数書き込みをなさっておられました。

社会において発達障害の理解が進むにつれ、

◎「成人のハッタツは面倒かつポンコツな奴も多いから、関わらないでおこう」という行動選択をする人が増えていくこともまた、社会の理解が進む事の一つの側面だ

・・・といった感じの話題がこのサイトで盛り上がっていたのです。

この人物は支援を最重視しますから(※これを非難はしていません。セイフティーネットは使えば良いのです)、必然的に「社会の理解があれば発達障害者は生きやすくなる」という論理になりがちです。

ですから、このサイトで「社会の理解が進むと、発達障害者を嫌がる人も一定数出てくる」という話題について不満を述べたのです。

これは一見すると考えの違いに見えます。しかし、これは掘り下げると現実感の付与基準の違いです。

つまり「社会の理解が進むと、当事者を嫌がる人も一定数出る」に関して

●クラスタの方
 →「踏まえるべき現実」としている。特にクラスタの成人当事者は「よくよく踏まえるべき」とわが身の事として考えている。

●当該人物
 →「不当な中傷」としている。つまり「現実ではない」としている

現実感がきれいに逆転していることがお分かりでしょうか。これはどちらが正しく現実を観ているか、という「正誤」の話ではありません。単純にどの現実を観るかの違いです。

そういう点ではこれも「選択」の問題と言えます。

■論争の内実

関連して、考え方が違う人同士が論争になったときに

「アイツらは現実が見えていない」

とお互いが罵り合っていたりすることがあります。これは見えていないのではなくて、見ている現実がお互いにそもそも違うということです。

花風社vsアンチも同様です。つまりはクラスタの方と当該人物も同様です。お互いが違う現実を生きているので、違う道をいけばいいのですが、この人物はもはや花風社から自分を剥がせません。

そして互いにこれだけ現実感が違うからこそ、定型発達かつ健康な人の現実感でうっかりこの人物に触ると対応法を間違えます。だから私はこうして「パンフレット」をアーカイブしているのです。

対応法の章は次回で最後です。
その後、さらなる個別分析に入っていきます。

#花風社
#生きる現実そのものが違う

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ブルー

<花風社アンチの考察「個別分析」>
第11回:体験世界の逆転

第10回はこちら
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-14/#comment-7805

■前回までの復習

この人物に対しての対応として、前回までは「境界線の薄さ」ということをテーマにしてきました。境界線が薄いからこそ、押し返されて境界線を感じたいという(多分本人も気がついていない)欲求があることをご案内しました。

それゆえ、この人物はそもそも「触ってはいけない」「押し返してはいけない」つまり「パーフェクト・スルー」が対応法の原則であることをご案内しました。境界線を与えてしまうと、もっと欲しくなってさらにモビングしてくるからです。

そして、押されたら押し返したくなるのが人情ですから、この人物にモビングで押されたら「心理的に背を向ける」ということも解説しました。

今回からは、境界線の薄さに加えて、もう一つ理解しておくべきことを解説します。それはアンチ共通の性質でもあります。

■体験世界の逆転

アンチ考察本編は、「後書きその2」で完全終了します。
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-7/#comment-4871

ここでは最終段落にて、アンチとクラスタの方ではそもそもの世界観が異なっていることをお伝えしました。だからアンチへの説得は不可能です。かつてアンチと対話を試みたクラスタの方は、話が通じなさすぎて驚愕しておられました。

治る系の論文(エビデンス)を持ち出してアンチを説得しようとした花風社読者の方もおられましたが、先方がいまひとつ聞き入れませんでした。そもそもアンチが望んでいるのはエビデンスではないからです。

ここでクラスタの方とアンチは世界観が異なると述べましたが、その結果起きていることがあります。それは健康な人とアンチの体験世界の逆転です。

■体験世界の逆転

アンチはそもそも健康ではありません。自分の嫌いな出版社やその本、そしてその読者に何年も執着している時点で、健康ではありません。

健康な人は嫌いなものから離れていきます。それが「花風社は嫌いだが、アンチにならなかった人々」です。これが通常の一般人です。

健康な人とアンチでは、物事の受け取り方や、情動反応がきれいに逆になっています。これを私は健康な人とアンチの「体験世界の逆転」と呼んでいます。当然、この連載で扱っている人物にもこれは当てはまります。

例えば、健康な人はポジティブな物事や言葉に元気をもらい、ネガティブな物事や言葉にパワーダウンします。しかし、ここでいう「ポジティブ」と「ネガティブ」は、あくまでも健康な人の基準です。

アンチを含めて病んでいる人は、健康なもの・明るいもの・ポジティブなものが苦手です。そして病んでいる人は(健康な人から見ると)ネガティブなものに親和性を持ちます。当然花風社アンチもです。

クラスタ各位は健康な方が多いですから、なおさらアンチとの「体験世界の逆転」を理解しておく必要があります。情動反応や価値基準が、アンチと健康な人ではきれいに逆転していることを踏まえなくてはなりません。

■この人物にネガティブワードをぶつけてはいけない

そこから考えると、以下のことが言えます。
(※まず、そもそもこの人物に触ってはいけないのは大前提として)

それは、この人物に反撃のつもりで「コノヤロー」系統のネガティブワードを使ってはいけないということです。この人物をTwitter上で批判することも同様です。

それは反撃にもならないし、ダメージにもならないのです。そういうネガティブワードで嫌な気持ちになるのは健康な人だけです。しかしアンチは病んだ人々です。

アンチのアカウントを観てみると分かりますが(見過ぎないでください。精神と身体がおかしくなります)、アンチは四六時中、森羅万象に向かって「コノヤロー」と不満を述べています。あるいは不満や批判、中傷の類のツイートをリツイートしています。

そして、ネガティブなアカウントとつるみます。他のアンチはもちろんのこと、花風社を罵倒してヒマつぶしをしていた、通りがかりのゴロツキに話しかけていたこともありました。

ゴロツキはヒマなのであらゆる物事を罵倒している人物でした。そんなのにも話しかけていくのです。「花風社を罵るゾー」という共通項で。

アンチのアカウントを観ていると分かりますが、アンチの体験世界は暗く、不満に満ちていて、窮屈かつネガティブです。

体験世界がいわば「魔界」みたいになっています。その意味でアンチは魔界の住人(=魔物)とも言えます。そしてその魔界から出ようとしません。

時折何かを楽しむようなツイートをするものの、それは魔界での束の間の気晴らしです。本質的に明るい体験世界の人々ではありません。

つまりこの人物を含めたアンチに対して「コノヤロー」系のネガティブワードをぶつけると、親和性を出すことになります。コミュニケーション理論で言う所の「ペース合わせ」「波長合わせ」になってしまうのです。

罵倒が罵倒として機能するのは、健康な人に対してだけです。アンチにとって罵倒の用語はいわば「魔物の餌」です。

アンチにとっては、罵倒の言葉はいつも自分が唱えている共通言語なので、いわば深層心理に共感していることになってしまいます。つまりアンチと「(ダメな意味で)響き合ってしまう」のです。

■ポジティブワードはアンチには呪いになる

でも別に、アンチは無敵ではありません。むしろ(本人達が自覚しているように)弱者です。

不健康なアンチにとっては、健全でポジティブな言葉が逆に呪いになるのです。これもまた、体験世界の逆転から発生しています。

例えば、ポジティブの極致と言える「治った自慢」は、クラスタの方にとっては希望でも、アンチにとっては呪いになります。

実際、花風社クラスタの発言が呪いになると、この人物ではない某アンチが言っていたことがあります。それに他のアンチも共感していました。

アンチ考察第1回でも解説したように、アンチは「治った自慢」を極めて嫌います。それは結果の差を見せつけられるのと同時に、そもそもポジティブの極致だからというのもあるのです。

アンチ考察第1回
https://naosouhattatushogai.com/blue-room/808/

アンチに対して最強の心理的殺傷力を発揮するのは「治った自慢」です。成人の方なら仕事関係の成果や、ヌケを埋めた話でもいいでしょう。何か結果が出た物事です。

治った自慢がアンチに作用する様子は、さながらヴァンパイア(吸血鬼)が太陽の光を浴びると灰になるのと似ています。

このように、健康な人(クラスタ各位を含む)とアンチでは体験世界の逆転が起きていることを理解する必要があります。

つまり、クラスタの方がこの人物のことをきれいに忘れて、「治った」「発達した」「仕事でこんな成果があった」と純粋に喜んでいる時、この人物も含めてアンチは呪われます。

特に当該人物は、(よせばいいのに)治った自慢に吸い寄せられて、勝手に自分からブッ刺さります。そうすると体験世界を侵襲されたことになりますから、モビングして吐き出そうとしないと眠れない・・・となります。

モビングが一生やめられないというのは、前回ご案内した境界線のなさもあるのですが、そもそも体験世界の逆転によってクラスタ各位の明るい話に呪われ続けているということがあるのです。そしてそれは未来永劫、この人物が死ぬまで続きます。

だから、全面スルー推奨ですし、「アンチに反撃ダー、コノヤロー」も不要です。既にクラスタ各位はアンチに対して最強の心理的殺傷力を持つ「治った自慢」「治っておいて良かった自慢」をお持ちだからです。

繰り返しますがこの人物には常時、クラスタ各位の明るい話がぶっ刺さり続けています。本人はほとんど反応できませんが、無言のうちに喰らい続けています。これもまた境界線がないからです。

次回、対応法のまとめと、細かい注意点に入っていきます。

#花風社
#健康な人には想像を絶する状態像

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智ママ

ブルーさん
連載を楽しみに読ませていただいております。
毎回、目からウロコの展開で、読んでいて大変勉強になります。
ありがとうございます。

最近、マスク警察になっている保護者、または教員の方々と、小学校への送迎の際に接する機会が増えたのですが、怖がりの方々の思考回路と、アンチの方の思考回路の相似点を見つけて、その相同性の高さを、奇妙に思っているところです。

ネガティブワードで盛り上がり、「怖いね、怖いね」と同調するだけで終わる不毛な会話なのですが、こちら(私)にも『怖がらないのか?怖がろうよ?』と同調を促してきました。
これが、中身がないことで、『花風社ってけしからんよね』で盛り上がるだけのアンチの人の会話そっくりなのです。
会話に生産性(ポジティブさ)がまるきり感じられないのです。
井戸端会議のほうが、まだ情報収集に近いことになるのでありがたいのですが、それもあまりありません。
そして、お子さんのマスクがずれると、慌ててマスクを着用するように指示しています。

そのためか、彼または彼女たちと会話していても、私はなにか不足感が否めずに、違和感だけが残ります。
その割に、情報収集して対策を立てる際に、情報がテレビや新聞の情報だけで、玉石混交のTwitterやフェイスブックなどは一切活用されず、『手っ取り早く食べられる、出来上がって出てくる、ファーストフードのような情報』ばかりを好んでとりたがります。
一つ一つを検討して、取捨選択する手間が惜しいようです。

まるっと『テレビが言っているから』『お医者さんがこう言ってはるから』『新聞でもこう書いているから』と信じるだけで終わっているのです。

明らかに花風社クラスタの皆さん方の情報収集・検討方式と異なるパターンなので、見ていて不思議に思います。
この思考回路の差は、どこからくるのか、疑問に思っています。

かなり話がずれた質問になってしまいましたが、ブルーさんは、どうお考えになりますでしょうか。

返信する
ブルー

智ママさん

コメントありがとうございます。

答えになっているか分からないのですが。

Covid-19を(極端に)怖がる人の話はアンチ考察の番外編その4で書きました。

「花風社アンチとコロナ脳は同じ人種」
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-7/#comment-4824

それに対する浅見さんの応答ブログはこちら
「最初の思い込みの強さ」
https://blog.goo.ne.jp/tabby222/e/5040791fe08f8c83522b7c5941d959a9

ここで言う「コロナ脳」は、慎重派の人ではありません。恐怖のあまり珍妙かつ攻撃的な行動に至っている人のことです。「アタマ飛んじゃった」人達の事です。

それと関連してもう一つ。思考回路に関してですが。

アンチ考察本編第6回「読者の知的水準」
https://naosouhattatushogai.com/all/conference-room/623/comment-page-3/#comment-3847

浅見さんの応答はこちら
なぜ「知的上位層」向けに本を出すのか
https://blog.goo.ne.jp/tabby222/e/a3506862293e09f17b6213161d2eb2db

つまり要因は多分2つあって、

・怖がるか/怖がらないか(ネガティビティ親和orポジティビティ親和)
・考えるか/考えないか(悪い意味で感情に流されるか否か)

だと思います。

ただ、ここで言う知的水準は、出身校の偏差値では多分ありません。何か事が起きたときに、情報を集めたり、自分の頭で考えてみたりと、思考という分野において「試行錯誤」するか否かだと思います。

で、これは凄くエネルギーも喰うし、人と違った結論が出るのも当たり前ですから、やる人が少ないのだと思います。

何の統計か忘れましたが、日本人は世界一怖がりです。そして、世界一マスコミを信じる人が多い国民です。

日本人の基礎学力は世界的にも相当高いと思うのですが、それ以上に「心でっかち」なところもあるし、学校の宿題以外ではアタマを使いたくない人が大多数なので、今回のようなことになっていると感じています。

また、アンチ考察の後書きその1で、日本人の市場嫌いを扱いました。そして、何の研究でしたが、日本人は世界一、他人の足を引っ張る側面があるという研究も見かけたことがあります。(←ネットで少し話題になりました。「やっぱり」「知ってた」と)

アンチ考察の後書きその1でも述べましたが、アンチは一見奇妙なのですが、その奥は日本人のネガティブな原風景であることが分かります。異物を死ぬほど怖がり、思考よりは感情優先で、他人の足を引っ張る。

ある意味では日本人のネガティブなパターンを拡大して見せてくれているのがアンチなのです。

そういえば「日本人のネガティビティ親和性」として研究していた人もいましたね。それは悪いことばかりでもなくて、だからこそこれだけ治安のいい国になったし、これだけ便利な国になったとも言えます。
(※反面、花風社クラスタは「ポジティビティ親和性」のコミュニティです)

物事がつつがなく無難に進むことに偏執的に命をかけるようなところがあるからです。

いずれにせよ、感情と論理が個人の中で戦うと往々にして感情が勝ちます。そして恐怖もまた生物の本能に根差した最強の感情で、それに支配されれば思考は吹っ飛びます。あるいは恐怖を回避するための思考回路になります。

そういう点でこの件のコアはやはり恐怖と言えると思います。だからこそ日本人は安心と安全に命をかけた社会を造ってきたのですが、こういう時に一気に気質が露呈すると思っています。

答えになっていないかも知れませんが、宜しくお願い致します。

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浅見淳子

ブルーさん、色々ありがとうございます。
感想はメッセージコーナーに書いていきます。大きな学びになっています。
それと、11回以降がアーカイブされていないので、今朝担当者に伝えました。
ゆっくりかもしれませんが、アーカイブされていくと思います。
よろしくお願いいたします。

返信する
ブルー

浅見さん

いろいろとありがとうございます。
そしてアーカイブの件もありがとうございます。

これは私の学びでもあります。

そしてこの人物と私は似た所もあれば、正反対の所もあります。
さらにこの人物の分析を通じて、
実はクラスタの方は私の事もご覧になっておられます。

分析の基本は比較ですから
クラスタの方からはこの人物と私を見比べることによって
「自閉の人とは何か」「成人当事者とは」が
より分かりやすくなるのではないかと思っています。

連載はもう少し続きます。今後ともよろしくお願い致します。

(追伸)
智ママさんへの応答コメントの中に、
リンクを4つ入れているので承認待ちになっております。
そちら承認お願い致します。宜しくお願い致します。

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智ママ

ブルーさん

わざわざお返事を下さり、ありがとうございます。
移動中の地下鉄の中でふと見つけて読んで、思わずこの記事にのめり込んでしまって、あやうく目的地の駅を乗り過ごすところでした。
(息子が「お母さん、市役所前駅ですよ。」と教えて、車内で私の袖を引っ張ってくれたので助かりました。)

アンチ、またはコロナ脳の方々は『物事をつつがなく無難に進むことに偏執的に命をかけるようなところがあるからです。』とあり、それに「なるほどねえ、言えてるわ」と感動しました。

少しばかり、私事を書きます。ご面倒でしょうが、お目をお通しください。

私は、たまたま息子を産むことで、器質的障害児・かつ多重障害児の母親となりましたが、最初の療育ママ集団の皆さんは、ご自分が障害児を生んでしまったことで、マイナーな存在となったことに、非常な危機感(存在の危機に至るようなほどの重いものです)を抱いていました。

そして、『つつがなく送れなくなってしまった、普通の人生』に戻りたくはあるものの、障害児を抱えていては、その人生には戻してもらえないので、代わりに療育ママ友のコミュニティを作って、その中で無難に人生を送ることに、非常な力をいれておいででした。
そして、その中で花風社の身体的アプローチを始めて、結果が伸びていく息子のことを、内心は煙たく思っていたようです。コロナが流行りだすと一気に論調が激化し、私は風邪を罹患中に、ラインのママ会から総攻撃の上、私以外の皆がライン抜け、という、『仲間はずれ』に遭いました。

このときの、彼女たちのコロナの怖がりようと、攻撃の強さは、罹患中だったこともあり、強く記憶に刻まれました。私以外の皆が、コロナ脳になっていたからです。

しかし、それは、日本人の性質からすると、かなりの割合で、無理もないことだったのかもしれない、ということに、ブルーさんのお返事を読んでいて気付かされました。

彼女たちはもともと所属していた『普通の人生』カテゴリーから、発達と知的の障害児を出産してしまったことが明らかになったことで、普通の人生やコミュニティから外されてしまい、マイノリティとして生きるのに、根源的な不安や恐怖を抱えていて、
それがコロナによってますますその傾向が強化されていき、そしてそれが臨界を超えて私への攻撃に至っただけだ、と。
そしてまた、たまたま身体的アプローチを行っていた私達親子だけが、その思考の傾向の罠から逃れることができただけだった、ということもわかりました。

偶然とはいえ、すごいことが起きていたのだな。と理解できて、唖然としながら書店で雑誌を買いました。息子は地下街ではしゃいでいました。

もともと、高圧的に振る舞われると、私は反発して逆の行動をとってしまうところがあります。
コロナ流行初期に厳しく敷かれた外出禁止令が、私にはどうにも窮屈で、自宅にいても息子は騒ぐし自分の息は詰まるしで、自宅待機にたまらず、息子を連れて、頻繁に外に散歩にでかけていました。
それは、私の中の自然が欲したことで、抑えようにも自分の行動を止めようがなかったのですが、あれは野生の本能に近いものがあったのかもしれません。

しかし、彼女たち、または彼らは、なんと儚いものに、偏執的にエネルギーを使っているのでしょうね。
普通なんて、つつがない暮らしなんて、突然大きな変化が来たら、あっという間に吹き飛んでしまうものだというのに。

怯えからは、何もポジティブなものは生まれません。
もったいないことですが、それを選ばれているのならば、しかたのないことなのですね。

コロナは、いろいろな人の根っこの姿を明らかにしてくれました。
寂しいですが、ある程度は、しかたがないかな?と割り切りかけています。

以上のことを考えながら、また地下鉄に乗っていて、自宅の最寄駅で降りそびれかけて、また息子から袖を引っ張られました。
「おかあさん、ちゃんと降りましょう」と叱られました。

多くの人が騙されてワクチン注射を打って、副作用でバタバタ倒れていったり、死んだりするのを見たくはありませんが、仕組みがこうである以上、いくらこちらが説得しようとしても聞き入れてもらえないのは、しかたのないことなのかな。
思考回路が違うのだから。ほんの少しの差なのだけれど。と、溜息をつきながら諦めかけています。

最後は、湿っぽい話になってしまい申し訳ありません。

ブルーさんの説明はとてもわかり易く、納得できるものでした。

大変に、ありがとうございました。
以後、息子と外出中は、深く考えごとをすることは、少し控えようと思います。

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ブルー

智ママ様

お返事ありがとうございます。
主だった文節ごとにコメントしております。

なお、ちょっと解説じみた内容になっていて、
モノの言い方が上からになってしまっています。
そこだけはすみません。

>アンチ、またはコロナ脳の方々は『物事をつつがなく無難に進むことに偏執的に命をかけるようなところがあるからです。』

→これはアンチや(極端なゼロリスクを志向しようとしてアタマが飛んでいるタイプの)コロナ脳だけではなく、日本人が全般的に持っている性向です。例えば大都市の電車はそのおかげで分刻みに駅にやってきます。

つまり国民の資質ですから、ポジティブに出るかネガティブに出るかです。アンチやコロナ脳は恐怖にかられてネガティブに国民の資質を出しています。ポジティブに使うと、こういう治安が良くて清潔な国が出来上がります。

>普通の人生やコミュニティから外されてしまい、マイノリティとして生きるのに、根源的な不安や恐怖を抱えていて、

→どうやら多くの人はそうらしいのですが、私は本質的にこれを理解できないところがあります。「そういう人が日本人は多いらしい」と暗記しているだけで、理解はしていません。

ただ、いずれこのサイトで「普通」と私の関係に関しては書きます。次の連載の最後の方だったはずです。マイノリティ性に関しても、いずれ何かの機会に書くかも知れません。

>コロナは、いろいろな人の根っこの姿を明らかにしてくれました。

→はい。コロナ禍はとても勉強になりました。これは私だけかもしれませんが、その件だけは「良かった」という価値判断をしています。

>説得しようとしても聞き入れてもらえないのは、しかたのないことなのかな。
思考回路が違うのだから

→そもそも多くの人は智ママさんのような突き詰めて考える思考回路を持ちません。思考回路が「違う」のではなくて、そもそも「ありません」。感情回路(?)は持っていますが。よって説得は不可能です。

いろいろとモノの言い方が上からで申し訳ございません。
そして、いつもコメントをありがとうございます。

今後とも宜しくお願い致します。

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ブルー

ヨヨ子さんより:

>あと当事者特有のキモさの原因としては、ブルーさんのおっしゃるように体の問題もあるでしょうが、一般社会での経験不足というのもあると思います。つまりギョーカイの中に長くいればいるほどキモくなる。

ブルー:
→これは少し奥の深い論点です。でもやっぱり私はカラダで考えてしまうのですが。この件は単独で別途投稿します。

<当事者の「経験不足」問題>

ヨヨ子さんが仰る「ギョーカイの中に長くいればいるほどキモくなる」は、社会的/環境的な文脈だと理解しました。一般社会と隔離された場所にいると、一般社会の常識を学ぶ機会が減ってしまう、と。

ただ私はやはりこの件も身体から考えてしまいます。これは私の思考回路・・・というか人間観の癖&今までの経験の帰結なので、お気になさらないでください。

正しいか間違っているかというより、私個人がこう考えてしまう、という話なので。

経験を積むというのは、身体で学習するということです。当然ですが教科書から学んでいるわけでは必ずしもないので、やはり首を含めた首から下(つまりは身体)で、状況における非言語情報を取れないといけません。

つまりは非言語情報がとれないと、経験から学ぶことができません。実際、当事者はそもそも経験から身体で学ぶことを苦手としていると思います。

かつ経験から学ぶというのは「やりながら修正し、かつそれを覚え」みたいなところがあって、同時並行処理/マルチタスクです。これもまた苦手な当事者が多いです。

つまり、ヨヨ子さんが仰るようにそもそも学ぶ機会から疎外されているケースだけではなく、定型と同じ空間にいて、同じ経験をしているはずなのに、定型よりもまるで学べない、ということが発生しがちだと思います。

言葉を変えると、「自動で学べない」とも言えますが。そして、その学べない姿に定型がイラつくことがあります。「学習能力がない」「学ぶ姿勢がない」。(誰だ、あんなポンコツを採用したやつは)

かつ、学ぶというのは情報を自分の外から取ってくるプロセスを含みます。ここでも当事者特有の難点が出ます。

それは情報の取捨選択です。

これが当事者は定型と比べて独特な事が多い。だから、定型と同じ経験をしたとしても、定型みたいにインプットしておらず、場合によっては誤学習している危険性まではらんでいます。

経験不足ならば経験を積めばいい・・・と一筋縄でいかないのが、当事者の経験学習です。やはり身体面の課題をクリアした方がいいと思っています。

なおかつ。まだあるんですよ、難点が。

経験って、人の輪の中で積み重ねていくことが多々あります。コミュニティであったり、組織であったり。

そして当事者はこの人の輪から弾かれることが多々あります。非言語情報を取りにくいので、コミュニティ/組織の文脈が読めず、そもそもそこになじむことができない。そして「お引き取りください」を喰らう。

つまり一般社会に出たとしても、やっぱり学ぶ機会から疎外される。

このように私は当事者の経験学習の不全の根本にも、身体の問題を観ます。それは先ほどお伝えしたように私の癖であり、また私の人間観&経験上の帰結です。

ただ、ヨヨ子さんが仰るように、社会的な文脈もいろいろあるとは思います。私はたいてい身体性で解釈してしまうので、社会的文脈を使った観点のバリエーションが少ないのだと思います。

以上宜しくお願い致します。

返信する
ヨヨ子

ブルーさん

なるほどです。
私にも身に覚えがないことも無いです。

私はブルーさんよりも体よりも社会経験を重視するタイプかもしれません。

成人の治ったは働くことです。
そして働くのなら体が基本といっても、面接者がまず見るのは学歴と職歴つまり今まで何を経験していたかです。
診断名から感覚過敏消えました片足立ちできますなんて何のアピールにもならないでしょうし、ネッシー信じてるような目で見られるのがオチでしょう。

私はそれを、去年の再就職活動で嫌というほど知りました。
ネット登録の人材派遣?でも、名前・年齢・就労年数・持っている国家資格及び学会からもらえる資格だけを入力させられて、「つまり社会で今まで何を経験してきたかでまずふるいにかけられるわけね」と思いました。

就労する上でアピールできるのって、今まで一般社会で何を経験したかなんです。体の機能を評価してもらうのは二の次です。
多分ここ閲覧してる人でも、発達障害はまずまず治ったけど職歴や学歴がないまたは学歴を取得するのがあまりにも遅かったがために仕事が無いという人もいると思います。

だから体の機能という見えない部分よりも、経験値という見える部分に重きを置く考え方なんだと思います。

体を無視してはいけないけど、そこを見てもらうには一般社会で今まで何を経験してきたかを雇用主に披露してまず雇ってもらわないと、就労には繋がらないのが現実だよねって考え方なんです。

返信する
ブルー

ヨヨ子さん

>体の機能を評価してもらうのは二の次です。
多分ここ閲覧してる人でも、発達障害はまずまず治ったけど職歴や学歴がないまたは学歴を取得するのがあまりにも遅かったがために仕事が無い

>そこを見てもらうには一般社会で今まで何を経験してきたかを雇用主に披露してまず雇ってもらわないと、就労には繋がらないのが現実

→これに関しては次の連載(私自身の転職活動記)にも最重要なテーマとして出てくるので、ほんの少しだけ予告なのですが。

ヨヨ子さんは確か一般就労のフィールドで活動されたと記憶しています。
で、私は障害者採用のフィールドで活動し、今年度から一般枠です。

そして障害者採用では・・・
ということは一般枠採用において・・・
よってヨヨ子さんが経験された件においては・・・

ということです。

詳しくは次の連載にて。

というかですねぇ、当該人物の話をはじめてしまったので、
障害者採用の連載が後ろにズレたわけですよ。

年明けから障害者採用体験記の最終章を書こうと思っていたのです。
春先には公開できるかなあと踏んでいたのですが。

まあ、格納していた連載を出すと決めたのは私ですが。
これだけが当該人物が私にもたらした手間
(実害とまではいかないけど)ですね。

それと再度予告しますが、
次の転職活動記で当該人物は(勝手に)物凄く呪われます。
今の個別分析編よりもずっと。

多分ですが、アンチ全般に対して
壮絶な心理的殺傷力が出ます。
私のせいではないのですが。

挙句の果てにはクラスタの方も
何人か「やられる」危険性があるので
重々気をつけていこうと思っています。

宜しくお願い致します。

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ヨヨ子

9年のブランクを経て再就職したヨヨ子です。再就職して1年足らずでシフトが変わってしまいました。

家を出る時間も違う。帰る時も間違う。
食事の時間も1時間くらい前後する。
就労時間も1日当たり1時間くらい増える。
非正規雇用とはこういうものです。
自分が来年どんな働き方をしてるか予測がつかない。

服薬時間も無理やり変えなければならなくなるかも知れません。
人が減れば入る時間を増やしてほしいと言われそれを断れば使い勝手の悪いパートだと思われるでしょう。

でも頑張るしかないです。

あと下の皆さんの投稿で思い出したのですが、私も職場で多少キモいと思われてるっぽいです。
はっきり奇異だよと言われたことすらあります。
それでもクビにならないのは私が無理してでも周りの都合に合わせて働くからだと思っています。
キモくても需要がないわけではないのです。
だから、自称キモい当事者の人も無賃労働するよりももっと働いた方がいいと思います。
気に食わないTwitterを毎日見てツイート出来るんなら元気ってことなんですから。

あと当事者特有のキモさの原因としては、ブルーさんのおっしゃるように体の問題もあるでしょうが、一般社会での経験不足というのもあると思います。つまりギョーカイの中に長くいればいるほどキモくなる。

返信する
ブルー

ヨヨ子さん

いろいろと考えさせられましたので、コメントをさせて頂きます。

>でも頑張るしかないです。

→頑張ってください。そしてお体とお心をご自愛ください。

>私も職場で多少キモいと思われてるっぽいです。
はっきり奇異だよと言われたことすらあります。
それでもクビにならないのは私が無理してでも周りの都合に合わせて働くからだと思っています。
キモくても需要がないわけではない

→それが職場のいい所というか、我々当事者の付け目だと思っています。「多少」キモくても、ちゃんと働く限りは職場にいられる。職場の人間関係はサークル活動のような「仲の良さ」ではなくて、あくまでも「成果」で結びついているからです。

>だから、自称キモい当事者の人も無賃労働するよりももっと働いた方がいいと思います。
気に食わないTwitterを毎日見てツイート出来るんなら元気ってことなんですから。

→当該人物はあえて言うなら「未病」の範疇の人だとは思います。健康・健全とはいいがたい。本人も「心を病む当事者として・・・」と言っていたことがあります。ただ勤務はしていますから、ある程度カラダは動くわけで、そういう意味ではヨヨ子さんの仰る通りだとは思います。でも「無賃労働」はもはや自分では一生やめることができません。

>あと当事者特有のキモさの原因としては、ブルーさんのおっしゃるように体の問題もあるでしょうが、一般社会での経験不足というのもあると思います。つまりギョーカイの中に長くいればいるほどキモくなる。

→これは少し奥の深い論点です。でもやっぱり私はカラダで考えてしまうのですが。この件は単独で別途投稿します。

返信する
yasu

メンタリストDaiGo氏が、YouTubeチャネルの中でアンチの性質についてコメントしていて、アンチ仲間からコメント(やいいね)をもらうために絡むのでコメントできないようにするとアンチは一気に減るといったことを言っていましたね。まあ、この「コメントやいいねが欲しい」というのも、度が過ぎるとキモイことになるのかなと思いました(笑)

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ブルー

yasuさん

コメントできないようにするとそれは減ると思います。アンチコメントというのは「心の痰」ですので、吐けなくなると違う所に吐きにいくからです。

承認欲求は・・・。SNSの場合はアンチコメントというよりいろいろと見受けられます。これ以上書くと本論から大幅にズレるのでやめますが。

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浅見淳子

ブルーさん

良い週末を。

こっちには最初からきっぱりと境界線があるわけです。

考えてみたらそらパパとかも昔は、「彼ら(我々)が仲間だからああいう主張が許しがたい」とか言っていたのですがそれを私は「何言ってんの全然仲間じゃないじゃん」と不思議だったわけです。最初から仲間じゃないものを勝手に仲間がられてあげくに仲間にふさわしくないと言われてもねえ。

それと同じでこの特定アンチも最初からこっちから見ると仲間じゃないわけです。

私は今回、また医療に治せない何かを発見しました。

それは「きもいこと」です。
きもい人物のきもさを医療は治せませんね。
そしてきもいことは社会的に大きな不利となります。
彼は無害。
だけどきもい。
我々にとってきもいように、彼のリアルで回りにいる人にとってもきもいことには間違いなく、それで自称弱者、社会的底辺にとどまっているかもしれません。

返信する
ブルー

浅見さん

コメントをありがとうございます。
文節ごとにコメントをお返ししてあります。

>こっちには最初からきっぱりと境界線がある

→それが健康な人ですよね。ところがこの人物は・・・ということです。

>考えてみたらそらパパとかも昔は、「彼ら(我々)が仲間だからああいう主張が許しがたい」とか言っていたのですがそれを私は「何言ってんの全然仲間じゃないじゃん」と不思議だったわけです。最初から仲間じゃないものを勝手に仲間がられてあげくに仲間にふさわしくないと言われてもねえ。

それと同じでこの特定アンチも最初からこっちから見ると仲間じゃないわけです。

→確かに仲間とは思えませんね。

>私は今回、また医療に治せない何かを発見しました。

それは「きもいこと」です。
きもい人物のきもさを医療は治せませんね。
そしてきもいことは社会的に大きな不利となります。

→この「ハッタツの奴がいて、そいつキモいんだけど」問題ですが。
確かにキモさは医療的に考えると治せません。

当事者キモい問題は、典型的に「発達」の問題と考えています。
「障害」や「医療」といったパラダイムで考えると間違えると思います。

当事者のキモさは

・身体の動きがヘンテコ(運動発達や代償機能の問題)
・人間関係の距離感バグってる(空間感覚/距離感覚の問題)
・身辺清潔ができない(感覚の偏りも影響か)
・空気が読めない/悪い意味で宇宙人的(非言語情報が身体で取れない)

・・・その他、100~200項目くらい(爆)

当事者のキモさ項目は、
多分細かく上げたら100~200個くらいはあると思いますが
やはり全身に渡る問題だと思います。

だから人間全体から悪い意味で違和感が発生して
定型の人にとってはキモいのです。

「ユニークな個性」ではありません。
他者に不快感をもたらすことも多々あるからです。

でもそれも全身へのアプローチで
「人間化」していくと思います。
でもこの人物は自らの状態変化を嫌がります。

>彼は無害。
だけどきもい。

我々にとってきもいように、
彼のリアルで回りにいる人にとってもきもいことには間違いなく、それで自称弱者、社会的底辺にとどまっているかもしれません。

→いつでしたか、この人物は小説か映画だったか、
キモいキャラクターに自分を重ねていたことがあります。

つまり。自分のキモさを自覚しているし、
それも踏まえてモビングしてきます。
「どうだキモいだろ」みたいな。

そういうものには付き合う必要がそもそもないということですね。

浅見さんも良い週末を。

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